トーマス・エドワード・ロレンス

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トーマス・エドワード・ロレンス
Thomas Edward Lawrence
1888年8月16日 -1935年5月19日(満46歳没)
渾名 アラビアのロレンス
生誕地 ウェールズ トレマドック
死没地 ドーセット ボービントン・キャンプ
所属政体 イギリス
所属組織

イギリス陸軍
イギリス空軍

イギリス海軍
植民地省中東局
外務省アラブ局
軍歴 1914 - 1918
1923 - 1935
最終階級 中佐
戦闘/作戦 第一次世界大戦
*アラブ反乱
賞罰 バス勲章
レジオンドヌール勲章ほか
  

トーマス・エドワード・ロレンスThomas Edward Lawrence1888年8月16日 - 1935年5月19日)は、アラビアのロレンスとして知られているイギリス軍人考古学者オスマン帝国(トルコ)に対するアラブ人の反乱(アラブ反乱)を支援し、その成功に貢献した。

目次

[編集] 生涯

[編集] 生い立ち

1888年ウェールズトレマドックに生まれる。父はトーマス・ロバート・タイ・チャップマン(ロレンス)、母はセアラ・ロレンス。ロレンスは母方の姓で、1927年にはショーに改姓した。

1907年にはオックスフォード大学ジーザス・コレッジへ進学する。オックスフォード在学中から中近東を訪れて、1906年7月にはレバノンを旅して十字軍遺跡などを調査している。在学時代の恩師にもあたるデイビット・ホガース博士と1911年の卒業後にも大英博物館の調査隊に参加してトルコへ渡っており、若い頃からアラブ人と多く接触し、アラビア語も習得していた。

1913年には帰国するが、シナイ半島の測量のため再びエジプト・トルコへ渡る。この時期のロレンスの活動には不明点が多く、測量以外の情報収集にも従事していることから、イギリス特務機関のメンバーであったとも考えられている。同年6月に帰国。

[編集] 軍歴

1914年7月に第一次世界大戦が勃発し、イギリスも連合国の1国として参戦する。10月に召集されイギリス陸軍省作戦部地図課に勤務することになる。臨時陸軍中尉に任官され、同年12月にはカイロの陸軍情報部に転属となり、軍用地図の作成に従事する一方で、語学を活かした連絡係なども務める。

1916年10月には、新設された外務省管轄下のアラブ局(局長はホガース)に転属され、同年3月には大尉に昇進。この間の休暇にアラビア半島へ旅行しているが、これはオスマン帝国に対するアラブの反乱の指導者を選定する非公式任務であったと言われる。

メソポタミアのクトで籠城中のイギリス軍を救援するため、オスマン帝国軍の買収工作に参加し、10月にはハーシム家当主、フサイン・イブン・アリーの3男ファイサル・イブン・フサインと会見。この年から1918年までは情報将校としてアラブの反乱を支援し、ヒジャーズ鉄道の破壊などを行う。

オートバイ(「ジョージ(George)」)に乗るロレンス

1921年1月には植民地省中東局・アラブ問題の顧問として、同省大臣ウィンストン・チャーチル(後の首相)から招聘されるが、1922年には偽名「ジョン・ヒューム・ロス」で空軍に二等兵として入隊し、1923年1月には除隊。同年2月には偽名「T・E・ショー」で陸軍戦車隊に入隊する。

[編集] 死去

1925年には空軍に復帰する。1935年5月13日に、ブラフシューペリア社製のオートバイを運転中の交通事故で意識不明となり、5月19日に死去、46歳。墓所はドーセット州モートンの教会

[編集] 備考

一般には映画『アラビアのロレンス』で描かれているような「アラブ諸国の独立に尽力した人物(アラブ人にとっての英雄)」として認識されているが、中東における行動は一貫してイギリスの国益のためのものだった(アラブ側を利用していた)、とする指摘もある。

長身がもてはやされるイギリスの上流社会で、背丈が低いこと(165cm)がコンプレックス[1]だったという説がある。

[編集] 著書

著者自身が原稿を25%ほど削った「簡約版」
 田隅恒生訳:東洋文庫全5巻で、2008年より刊行開始09年7月完結。
  • 抄訳版 『砂漠の反乱』 柏倉俊三訳  角川文庫(1966年 復刊1989年 改版1994年)  
  • 『砂漠の反乱』 小林元訳 中公文庫(2001年)、元版は『沙漠の叛乱』 地平社 (柏倉と共訳,1942年)

[編集] 彼を扱った作品

日本語書籍
  • アラビアのロレンス』 中野好夫 岩波新書(1940、改訂版1963)、のち『中野好夫集7』、筑摩書房、1984 
  • 『アラビアのロレンス』 ロバート・グレーヴズ (平凡社東洋文庫、1963、平凡社ライブラリー、2000)、角川文庫でも縮約版が出された、新版1994
  • 『アラビアのロレンス』 ロバート・ペイン (ノンフィクション・ライブラリー, 筑摩書房 1963)
  • 『アラビアのロレンスの秘密』 P.ナイトリイ,C.シンプスン (早川書房 1971、ハヤカワ文庫NF 1977.新版1989)
  • 『裸のローレンス アラビアのローレンスの虚像と実像』 デズモンド・スチュアート (講談社文庫上下 ,1980)
  • 『アラブが見たアラビアのロレンス』 スレイマン・ムーサ  牟田口義郎訳 (リブロポート 1988、中公文庫,2002)
  • 『アラビアのロレンス』 ジェレミー・ウィルソン 山口圭三郎訳  (新書館, 1989)  写真図版多数
  • 『アラビアのロレンスを探して』 スティーヴン・タバクニック、クリストファー・マセスン 八木谷涼子訳 (平凡社, 1991)
  • 『アラビアのロレンスと日本人』 牟田口義郎   (NTT出版 , 1997)
  • 『アラビアのロレンスを求めて』 牟田口義郎  (中公新書 , 1999)
  • 『行動的精神の軌跡 冒険者の肖像』 ロジエ・ステファン (竹内選書 竹内書店, 1972)
  • 『冒険家の肖像 T.E.ロレンス,マルロー,フォン・ザロモン』 ロジェ・ステファーヌ (冨山房百科文庫13、1978)上記の異訳書
  • 『アウトサイダー』 コリン・ウィルソン 中村保男訳  (集英社文庫 、1988)  ロレンス論がある
  • 『T.E.ロレンス書誌』 八木谷涼子 (自費出版 1993) 本人のHPに詳細な文献紹介がある。
  • T・E・ロレンス』 新書館 神坂智子による漫画 (1985~1988)
映像
  • アラビアのロレンス』(Lawrence of Arabia) (映画, 1962)完全版が1989年に公開された。
  • ロレンス1918』(A Dangerous Man: Lawrence After Arabia) イギリスのテレビドラマ(1990)

[編集] 人物・エピソード

  • 生涯独身を貫いた。やもめ暮らしで食事の後片づけを省略するために、ピクニック用の紙製の食器を用いた。

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
  1. ^ ただし当時の英国人の平均身長からして特に小柄だったわけではない。