リチャード・ブランソン

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サー・リチャード・チャールズ・
ニコラス・ブランソン
サー・リチャード・チャールズ・ニコラス・ブランソン
生誕 1950年7月18日(64歳)
イギリスの旗 イギリスサリー、シャムリー・グリーン
職業 ヴァージン・グループ会長

サー・リチャード・チャールズ・ニコラス・ブランソンSir Richard Charles Nicholas Branson, 1950年7月18日 –)は、イギリス実業家コングロマリットヴァージン・グループの創設者で会長を務める。

プロフィール[編集]

生い立ち[編集]

1950年に、ロンドン郊外のサリー、シャムリー・グリーンのアッパーミドル(中流の上)の家庭に生まれた。父親は法廷弁護士で母親は元スチュワーデス、祖父はサーの称号を持ち、高等法院の裁判官で枢密院のメンバーだった。幼い頃はディスレクシアに悩まされていたことを公言している。17歳のときにパブリックスクールを中退し、「Student」という名の雑誌を創刊。

音楽産業[編集]

その後、趣味で始めた中古レコードの通信販売で成功を収める。1973年にはレコードレーベル「ヴァージン・レコード」を立ち上げ、セックス・ピストルズカルチャー・クラブマイク・オールドフィールドなどの人気ミュージシャンが所属するイギリスを代表するレコードレーベルの1つへと成長させた。

後に「ヴァージン・レコード」をEMIに売却したが、「V2レコード」を新たに立ち上げ、ロンドン東京を始めとする世界各国で音楽ショップ「ヴァージン・メガストア」を展開するなど、音楽産業は同グループの中核に位置づけられている。

航空産業[編集]

ヴァージン・アトランティック航空のボーイング747-400

1984年ヴァージン・アトランティック航空を設立。ボーイング747-200のリース機を1機購入し、ロンドンガトウィック)- ニューヨークニューアーク)間に就航させる。その後次第に規模を拡大し、1988年には東京(成田空港)路線にも就航した。

世界初のエコノミークラスへのシート内蔵テレビの導入や機内でのマッサージサービス、完全に背もたれが倒れるビジネスクラスの導入や超大型機エアバスA380の導入など、斬新なサービスを次々と導入する身軽さを売り物にし大成功を収め、現在はボーイング747-400エアバスA340などの最新鋭機材を数十機導入し、香港シドニーロサンゼルスなど世界中の主要都市に就航するまでに成長した。

その後もヨーロッパ圏内の格安航空会社ヴァージン・エキスプレスオーストラリアの格安航空会社であるヴァージン・ブルー、さらにナイジェリア最大の航空会社であるヴァージン・ナイジェリアやアメリカに格安航空会社のヴァージン・アメリカを設立する。また航空連合という形での航空業界再編には反対の立場を取る[1]など、航空業界の風雲児として注目を集め続ける。

多業種への参入[編集]

ブラウンGP

音楽産業や航空産業での成功を元に、ヨーロッパ圏内の携帯電話事業への参入や、「ヴァージン・コーラ」などの飲料水事業、「ヴァージン・シネマズ」ブランドで全世界に展開する映画館、大手バス会社のステージコーチ・グループとの合弁企業ヴァージン・トレインズ」を設立しての鉄道経営、金融事業などへ次々と参入した。

中には失敗して早期に撤退するものもあったものの、いくつかの事業では業界の慣習を破った新機軸を打ち出すことにより一定の成功を収めており、現在グループ全体で22カ国、25,000人の従業員を擁する規模にまで成長した。

2004年には「ヴァージン・ギャラクティック」を立ち上げ、宇宙旅行事業にも参入を開始した。2007年-2008年には経営危機に陥った「ノーザン・ロック銀行」の買収に名乗りを上げて話題を呼んだ(最終的には国有化)。

また、2005年日本人ドライバーの佐藤琢磨のスポンサーとなったことを皮切りに、フォーミュラ1へのスポンサーを開始し、2009年には、イギリスに本拠を置く「ブラウンGP」へスポンサーとして参加した。2010年については、新規参戦予定のマノー・グランプリへ出資し、チーム名を「ヴァージン・レーシング」と変更してF1への関わりを強化する。

F1の2010年シーズン開始前、同じく航空会社であるエアアジアをもつトニー・フェルナンデスロータス・レーシング)に、コンストラクターズランキングで負けたほうが勝ったチーム側の航空会社のスチュワーデスの制服を着るとの賭けを提案した[2]。結局この賭けはブランソンの負けとなり、フェルナンデスから制服が支給された[3]2013年5月12日パースクアラルンプール行きの便に搭乗、支給された制服を着て女装し、客室乗務員として勤務した。

冒険家[編集]

近年は飛行機による無着陸世界一周飛行や熱気球での太平洋や大西洋横断や世界一周飛行、民間宇宙旅行など、空の冒険へ積極的に参画し、特に1991年に行われた気球での太平洋横断チャレンジの際は、自らが搭乗者として乗り込むなど、他の大企業の経営者には決して見られないアグレッシブさを持つ。

ナイト[編集]

2000年には、事業の成功による雇用創出と外貨獲得によるイギリス経済への貢献により、エリザベス2世女王より「ナイト」の称号を賜わる。また、ダイアナ妃など、イギリス王室との親交も多い。

映画[編集]

ヴァージン・アトランティック航空が製作協力を行った映画007 カジノ・ロワイヤル」のマイアミ国際空港のシーンに、同社の航空機とともにカメオ出演している。なお、ヴァージン・アトランティック航空の最大のライバルのブリティッシュ・エアウェイズの機内でこの作品が放映された際には、一瞬しか映っていないにもかかわらず、このシーンがカットされている。

ロックバンドXTCの"Generals and Majors"のビデオクリップに、リチャード・ブランソンに酷似した人物が軍人役で出演している。XTCは、かつてヴァージン・グループに属していたヴァージン・レコードと契約していて、リチャード・ブランソンはXTCをとても気に入っていたと言われている。その話が本当だとすれば、カメオ出演したとしても不思議ではないのだが、真偽のほどは不明。YouTubeにも「あれはリチャード・ブランソンではないのか?」と言った投稿が多い。

その他[編集]

カリブ海にあるイギリス領バージン諸島の無人島を30万ドルで購入した。無人島に水道、電気を引き、バリ風の建物を建設し、リゾート地として開拓している。現在はネッカーアイランドと呼ばれ、ラリー・ペイジが挙式をしたり、リチャード・ブランソンは友人達を招待し、もてなしている。日本人では宇宙旅行者の稲波紀明が2度、山崎大地が1度、この島を訪れている。

他にもVオーストラリアの離陸前に流される機内ムービーでブランソン本人と思われるアニメキャラが乗客として登場している

脚注[編集]

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  1. ^ 但し、スターアライアンスには第二位の大株主であったシンガポール航空他、個別にマイレージ提携している航空会社が多く参加しており、比較的近い関係にあった。しかし、シンガポール航空の保有株が2012年デルタ航空へ売却された事により、スカイチームとの接近(正式加盟も含めて)も浮上している。
  2. ^ “Branson offers Lotus F1 boss a stewardess challenge”. Reuters. (2009年12月15日). http://www.reuters.com/article/idUSTRE5BE52P20091215 2010年11月15日閲覧。 
  3. ^ “リチャード・ブランソン、エアアジア航空のコスプレ決定”. F1-Gate.com. (2010年11月15日). http://f1-gate.com/virgin/f1_10019.html 2010年11月15日閲覧。 

外部リンク[編集]