ジョン・ライドン

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ジョン・ライドン
2010年、公演中}
2010年、公演中
基本情報
出生名 ジョン・ジョセフ・ライドン
John Joseph Lydon
別名 ジョニー・ロットン
出生 1956年1月31日(58歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン フィンズベリー・パーク
ジャンル パンク・ロック
ポスト・パンク
オルタナティヴ・ロック
職業 ミュージシャン
ボーカリスト
シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル
ギターサクソフォンベース
シュトロー・ヴァイオリン
ヴァイオリンシンセサイザー
キーボードパーカッション
活動期間 1975年 -
共同作業者 セックス・ピストルズ
パブリック・イメージ・リミテッド
タイム・ゾーン
公式サイト John Lydon.com

ジョン・ライドンJohn Lydon1956年1月31日 - )は、イギリスミュージシャン

ジョニー・ロットンJohnny Rotten、「腐れのジョニー」の意)の愛称でパンク・ロックバンド、セックス・ピストルズのリード・ヴォーカルを務め、解散後はパブリック・イメージ・リミテッドを結成した。

ジョニー・ロットンの愛称は、ピストルズのギターのスティーブ・ジョーンズが彼の汚い歯の状態から名付けたという説と[1][2][要高次出典]、「いつも腐っている」という理由で付けられたという説がある[3][要高次出典]

経歴[編集]

出生[編集]

ジョン・ライドンは1956年1月31日にロンドンのフィンズベリー・パークで生まれた[4]。両親は共にアイルランド移民であった。彼は三人の弟と共にフィンズベリー・パークの貧しい労働者階級の中で成長した。当時のイギリスにおけるアイルランド移民は黒人と同様、最下層に近い差別を受けていた。彼は自伝『No Irish, No Blacks, No Dogs』で子供のころ、通学の途中に差別による投石を頻繁にうけたと語っている。

幼いころに髄膜炎を患い[5]、半年近く生死の淵を彷徨い、その後遺症で退院した時は“cat(猫)”の綴りや両親の顔すら忘れている記憶喪失の状態で、それが原因で小学生のころはいじめられっ子であった。何もかも一からやり直しの状態であったが、母親の熱心な教育のおかげで人並み以上のレベルまで取り戻すことができた[6]。彼はこの病気の過去を「“ロットン”への道を歩み始める第一歩」と語っている。なお、この病の影響で20歳代に10cm以上身長が伸びた。

セックス・ピストルズ[編集]

小学生時代とは打って変わり、中学生からのライドンは退学処分されるほどの不良となり、十代後半はマルコム・マクラーレン(デザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドが共同経営者)のブティック「Sex」をライドンをリーダー格とする不良グループ“ジョンズ”の溜まり場としていた[7]

1975年にマクラーレンがアメリカのバンド、ニューヨーク・ドールズとの小ツアーから帰り、スティーヴ・ジョーンズやポール・クックと共に新たなバンドの結成を模索していたとき、ライドンが現れた。ライドンは「I Hate」とサインペンでなぐり書きされたピンク・フロイドのTシャツを着ており、店内でのオーディションでアリス・クーパーの「アイム・エイティーン」を歌った。そしてバンドへ加入、バンド名はセックス・ピストルズに決まる。

ピストルズの後半、ライドンは、ヘロイン中毒である親友のシド・ヴィシャスの薬物治療の手助けをするが、結局シド・ヴィシャスはヘロインをやめられずまともに演奏できる状態ではなくなった。メンバー間の不仲も頂点に達し、バンドは最悪の状態になり、アメリカツアーのサンフランシスコ最終公演を最後にライドンは脱退を表明。ラストライブの最後に「騙された気分はどうだい」と言い放っている[8][9]。脱退表明時には「ロックは死んだ」と宣言した[10]

ピストルズ脱退後[編集]

ライドンは1978年4月に、ベースのジャー・ウォブル、ギターのキース・レヴィン、ドラムのジム・ウオーカーと共にパブリック・イメージ・リミテッド(PIL)を結成し、ファースト・アルバム『First Issue』を発表する。

1988年12月21日に起こったパンアメリカン航空103便爆破事件のロンドン発ニューヨーク行き便に搭乗予定だったが、妻ノラの荷造りが間に合わず乗り遅れ、結果的に命拾いをした[11]

1996年のセックス・ピストルズを一時的に再結成。

1997年に初のソロ・アルバム『Psychos-Path』を発表。PILを休止する。

突然の変貌[編集]

2004年にイギリスITVリアリティ番組I'm A Celebrity Get Me Out Of Here」に出演。落ちぶれた芸能人がジャングルでサバイバルを行う番組で、ライドンは尻をカメラにつきだしたり、ダチョウにつつかれたりと「醜態」をさらすが、この番組によって、皮肉にも彼は「一流コメディアン」として世間に再認識されることとなった。

その後、イギリス・ディスカバリー・チャンネルにて「john lydon's megabugs」なる昆虫をテーマにしたシリーズ物にメインパーソナリティーとして出演。その他、白いチンパンジーやホオジロザメの特集番組にもそれぞれ出演する[12]

2007年、「ギターヒーロー3 レジェンド オブ ロック」に「アナーキー・イン・ザ・U.K.」が採用されたことで、本作のPRを始めるようになりセックス・ピストルズとして久しぶりに活動することになる。

2008年6月4日、リアリティ番組の収録中ライドンに暴力を振るわれたとして、番組の女性プロデューサーが、米ロサンゼルスの裁判所に訴えた[13][14]

2009年12月にPILでイギリス国内で数回コンサートを行った。

人物[編集]

音楽について「音楽はオレの全てなんだ」と述べる一方で「昔から一貫して(音楽)ビジネスってヤツを否定的にしか見れない」と述べている[15]

英国及びその隣国の現代史をテーマにした番組にも出演し「英国を偉大なものにしたのは何か?」というテーマに対し、「俺だろ」とわざとシニカルに振舞った。ライヴでは派手なパフォーマンスを見せるライドンだが、実はいつも大変緊張していたらしく、緊張を和らげるためによく著名な舞台俳優の伝記を読み漁っていたという[要出典]

彼の猫背は幼いころのにうった脊髄注射の影響で、睨み付けるような目つきはそうしないと焦点が合わないためであり、髄膜炎の後遺症である。

2002年BBCが行った「100名の最も偉大な英国人」投票にて第87位に選ばれている。

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第14位[16]

音楽の趣向[編集]

反抗的で不良じみたスタイルをまとってはいるものの、実際はかなりのインテリで聡明な一面を持っており、ピストルズ以降の音楽活動でもパンクにとらわれない幅広い音楽性を見せた。母親が音楽ファンであり、少年時代から様々な音楽に触れて来ている。彼が「嫌いだ」と言う音楽(ザ・クラッシュオアシスなど)は、実はほとんどの場合は反面、一定の理解を示しており、一概に発言をそのまま受け取ることはできない。

例えば 1970年代後半、それまでのイギリス、そして世界のロックシーンを支配していたレッド・ツェッペリンピンク・フロイドなどは「ダイナソーロック」と代名され、嘲笑されるものとなった。このころにライドンはレッド・ツェッペリンのボーカル、ロバート・プラントの前にふざけてひざまつき、神の如く拝める仕草をし[17]、プラントに頭を蹴られそうになったことがある。しかしレッド・ツェッペリンそのものの音楽性は好みだといい(主に後期ツェッペリン)、後年になるとプラントの作詞能力を認める発言もしている。本人曰く「フィジカル・グラフティこそ最高だ!」とのこと。この素直で柔軟なキャラクターもライドンの魅力の一つである。ただし、その理由を「フィジカル・グラフィティは2枚組アルバムであり、曲が多く入っているから」だとするなど、一筋縄では行かない。また、既述のとおりデビュー前に Pink Floyd の文字の前に "I Hate" と自分で書いたTシャツを着ていたことはつとに有名だが、2012年1月のアメリカにおけるトークショー[18]では同バンドのレコード数枚は素晴らしく、メンバー数名も個人的に知っていて良いやつらだと語っている。

ポール・マッカートニーについては「彼のことは好きだ。長年に渡っていい曲を書いている。ロックの歴史であの位置にいるのは当然だ」と評している[19]U2については「存在すべきじゃないバンド。あいつらの曲には人生経験なんかない」と評している[19]。また「コールドプレイレディオヘッドにはイライラする。魂がこもってない。無意味にしかみえない。ナイスだがただのたわ言だ」と発言している[20]

女性ヴォーカルバンドや女性ミュージシャンが大好きでシンディー・ローパーとは特に仲が良い。PIL時代、96年ピストルズ再結成時を通じてツアーの前座には新人女性ミュージシャン&バンドを起用していた。ソニック・ユース、シュガーキューブスやL7などがブレイクを果たし、彼の見る目の確かさを物語っている。PIL時代は開演前のBGMもダイアナ・ロスマドンナなどおよそ彼のイメージからは想像も付かない曲ばかりを流していた。レディ・ガガを知性に裏付けられた独創性があると讃え(彼女のヒット曲、”Paparazzi” などを例に)[21]ケイト・ブッシュの声域が非常に高いにもかかわらず「本当に心に響いた」とも褒めている[22]

レディ・ガガについて「彼女は最高だよ。「パパラッチ」は2009年の傑作の1つだと思っている。彼女は面白くて頭がいい」と評している[19]。マドンナについては「しけててがむしゃらで真面目くさってる。彼女は好きじゃない。面白くないからな」と評している[19]

歌詞・主張[編集]

セックス・ピストルズ時代、マネージャーのマルコム・マクラーレンに「Submission(=服従、屈服)」に関しての詞を書けと言われたライドンが後日持って来た詞は「Sub Mission(潜水艦の任務)」に関してのものであった。

ピストルズの社会風刺の効いた過激でストレートなメッセージ性の強い歌詞はライドンの手によるもので、「Anarchy in the U.K.」での“アンチ・キリスト”発言(キリスト教圏内ではありえないタブー)や「God save the Queen」では“女王は人間じゃない”“王室は民衆を白痴にする”などの痛烈な王室制批判など過激な歌詞をぶちまけている。

これらの歌詞や言動によって、ライドンは右翼や国家警察の目の敵となり、ピストルズ時代には愛国主義者に襲われ、ナイフで足や左手の平を貫通するほどの怪我を負っている。この後遺症で左の拳が握れず、ギターも弾けなくなった。警察にも嫌がらせのように幾度となく家宅捜索や別件逮捕をされ、そのため2007年現在もイギリスからアメリカに居住を移したままである。ライドンはイギリスの保守派全般に危険人物とみなされた。

ライドンは「俺たちの人生の大部分をサッチャー政権時代が占めており、それに目一杯抵抗することがピストルズの役目であり挑戦だった。自分たちでもそれなりに精一杯やったと思うよ」と述べている[23]

楽曲「ライズ」について「この曲は20年くらい前に書いたもので、ネルソン・マンデラと当時の南アフリカ警察の拷問の手法について扱ったものなんだ。だから俺には本当に痛みの伴う作品なんだ」と述べている[24]

2013年に再結成PILとして北京と上海で行う公演のため中国に入国する前に、当局から「これまでの歌詞を全て提示するよう」要求されている[25]。ライドンは「政府にこれまで書いた歌詞を全て見せろと言われた。驚いたことに許可が下りた。相当趣味が良いか、そもそも俺が何やってるのか分かってないかのどちらかだ」と述べている[25][26]

交友関係[編集]

アメリカのテレビ番組でシド・ヴィシャスに関してコメントを求められた時は、「ピストルズなんて聴いたことないんだろ?」と悪態をつきながらも、「あの頃はみんな自分の事だけで精一杯で、誰もあいつを助けてやれなかったんだ」と言って涙を見せた。ジョンにとって、シドは悪ガキ時代の大切な仲間だった。

ローリング・ストーンズについては 「まあ、頑張ってほしいよ。ストーンズは俺の敵じゃない。ミック・ジャガーは俺たちにとってはすごくいいことをいくつかやってくれてて、初期のセックス・ピストルズでシドが面倒ばっかり起こしてた頃、ミックが裏で動いてくれてて、俺たちに弁護士やらいろんなことを紹介してくれてて、当時の俺たちにはできるはずのなかったことを提供してくれてたんだ」と述べている[27]

ピンク・フロイドシド・バレットデヴィッド・ギルモアロジャー・ウォーターズとも親交があり、マリブの邸宅は近所なのでよく連れだってリムジンに同乗し、パーティーに出かけたりしている。

婚姻関係[編集]

妻ノラとは法的には結婚をしていないことを明かしているが、彼女の事は妻だと紹介している。ノラはライドンより14歳年上で、彼女の娘はスリッツのボーカリスト、アリ・アップである。また、ノラはドイツの大手出版業者の資産家の娘で、ライドンは彼女の資産を運用し、不動産開発業者になったと噂があるが、事実はライドンがイギリスの日刊紙ザ・サンに冗談で発言したものが広まって行っただけである[28]

ライドンは「オレは30年間妻と一緒にいる礼儀正しい男[29]」「今でも愛し合っている[30]」と発言している。

脚注、出典[編集]

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  1. ^ 映画『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』、サウンドトラック『ザ・グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル』収録「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン(スウィンドル交響曲)」より。
  2. ^ セックス・ピストルズ/パブリック・イメージ・リミテッドのジョン・ライドンが歯を手術amass 2012年8月1日
  3. ^ 2012年01月31日(火) - 今日は何の日? CDJournal.com 2001年12月25日
  4. ^ これは彼の自叙伝によるもので、彼の出生証明書は失われており事実を確認することはできない[要出典]
  5. ^ ピストルズのジョン・ライドン、子供時代に患った髄膜炎とその“最悪感”を語るガジェット通信 @nifty 2012年4月20日
  6. ^ このため彼は攻撃的なキャラクターに似合わず、大変な母親思いである[要出典]
  7. ^ ジョンズはメンバー全員の名がjohnであることから名づけられた[要出典]。(当時メンバーだったシド・ヴィシャスの本名もJohn Simon Ritchieである)。
  8. ^ デストロイ・エキサイト: Destroy.excite
  9. ^ セックス・ピストルズ『伝説のラスト・ライヴ』
  10. ^ 「○○は死んだ」は誰の発言? ジャンルへの死亡宣告まとめOOPS! オープス 2011年12月16日
  11. ^ John Lydon 16年前の飛行機爆破事件にまつわる恐怖体験を語る[1]
  12. ^ 特に「俺はガキの頃『ジョーズ』って映画を見て以来、ずっとサメの生態に興味を持っていた」らしく[要出典]スイムスーツに着替えて水中ケージの中でサメと対面する事に嬉々とし、更に番組中ホオジロザメに対する人々の認識の誤解を説く擁護派の一面を見せた。
  13. ^ ピストルズのジョン・ライドン、女性殴って訴えられるAFPBB NEWS 2008年6月5日
  14. ^ セックス・ピストルズのジョン・ライドン、女性を殴打し訴えられる夕刊ガジェット通信 @nifty 2008年6月7日
  15. ^ PILが20年ぶり新作をリリース! ジョン・ライドン「オーディション番組は音楽をバカにしてる」夕刊ガジェット通信 @nifty 2012年5月30日
  16. ^ Rocklist.net...Q Magazine Lists..”. Q - 100 Greatest Singers (2007年4月). 2013年5月21日閲覧。
  17. ^ プラントは70年代、『黄金の神』というニックネームを持っていた。
  18. ^ [2]
  19. ^ a b c d ジョン・ライドン、レディー・ガガからの誉め言葉に上機嫌BARKSニュース 2010年7月20日
  20. ^ ジョン・ライドン「UKには俺が必要!」BARKSニュース 2009年12月17日
  21. ^ [3]
  22. ^ スケーター雑誌、Supreme Book Vol.6にて。
  23. ^ ジョン・ライドン「サッチャーの死を祝う連中はさすがに下衆だ」ガジェット通信 @nifty 2013年4月12日
  24. ^ ジョン・ライドン、ネルソン・マンデラが死ぬようなことがあったらちゃんと天国に行ってほしいと語る(2013.07.02)RO69(アールオーロック) 2013年7月2日
  25. ^ a b 中国がクラフトワークの入国を拒否! ジョン・ライドンは過去の楽曲の歌詞を全て提示ガジェット通信 @nifty 2013年4月1日
  26. ^ クラフトワーク、中国が入国ビザを拒否BARKSニュース 2013年3月29日
  27. ^ ジョン・ライドン、グラストンベリーのストーンズは「様子がおかしかった」と語る(2013.07.20)RO69(アールオーロック) 2013年7月20日
  28. ^ 2004年4月18日付「The Sunday Times」
  29. ^ セックス・ピストルズのジョン・ライドン、新人ポップスターを泣かせる」]ガジェット通信 @nifty 2008年6月18日
  30. ^ ジョン・ライドン、オーストラリアのテレビ番組の女性キャスターに噛みついて性差別的だと批判される(2013.04.11)RO69(アールオーロック) 2013年4月11日

外部リンク[編集]