ソニック・ユース

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ソニック・ユース
Sonic Youth
キム・ゴードン(左)とサーストン・ムーア、2005年
キム・ゴードン(左)とサーストン・ムーア、2005年
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク
ジャンル オルタナティヴ・ロック
インディー・ロック
ポストパンク
ノイズロック
ノー・ウェーヴ
エクスペリメンタル
活動期間 1981年 - 2011年
レーベル NeutralEcstatic Peace!
HomesteadSSTEnigma
DGCSYRInterscopeMatador
公式サイト Sonicyouth.com
メンバー
サーストン・ムーア (g, vo)
キム・ゴードン (b, g, vo)
リー・ラナルド (g, vo)
スティーヴ・シェリー (dr)
マーク・イボルド (b)
旧メンバー
ジム・オルーク(マルチ奏者)
リチャード・エドソン (dr)
ボブ・ハート (dr)

ソニック・ユース (Sonic Youth) は、1981年に結成された、ニューヨーク出身のバンド

1980年代以降におけるアメリカのインディーシーンにおいて、ノイズパンクの雄として君臨。後のグランジオルタナティヴ・ロックムーヴメントへ大きな影響を与え、自身らも満を持してメジャーへと移行。以後、メジャーとインディーを行き来しつつ、活動を続けている。

メンバー[編集]

  • キム・ゴードンベース、ギター、ボーカル)
    • 自身のバンド、フリー・キトゥンでも作品を発表している。幼少時代、サーフィンをして遊ぶなど、活発な子供であった。音楽活動のほかにファッションブランド「x-girl」の立ち上げ時のデザイナーを務めた経験もある。
リー・ラナルドのためにユーリ・ランドマンが特別に制作した楽器「ムーンランダー」(2007年)

過去のメンバー[編集]

  • ジム・オルーク(道楽)
    • 2002年から参加。「ソニック・ナース」日本盤発売の際には担当パート「道楽」として紹介される。実際にはベース、ギター、シンセサイザーなど幅広く担当し、ミキシングも手がけた。
    • 2005年、映画音楽やソロ活動に携わる為に一時的にバンドを離脱.以降ジャンルを問わないマルチプレイヤーとして第一線で活動中。

バンドとしては、ボーカリストが3人もいる変則的なスタイル。サーストン・ムーアとキム・ゴードンはおしどり夫婦で有名であったが、2011年10月に27年の結婚生活を終え離婚[1]。一人娘の「ココ」がいる。ココは、ダイナソーJr.のアルバム"Beyond"に収録されている"Been There All The Time"という曲のPVで、父と共演している。

概要[編集]

1970年代後半から活動を開始する。

現代音楽家グレン・ブランカが主宰するギター・オーケストレーションのグループで、サーストン・ムーアとリー・ラナルドが出会い、サーストンの彼女のキムを誘い、ソニックユースの原型が誕生した。ドラムにはあまり恵まれず、実力不足で何回か交代している。

グループ名は、元MC5のギタリスト、フレッド “ソニック” スミス(パティ・スミスの亡き夫)が好きだったのと、サーストンが好きなレゲエのアーティストに”ユース”という言葉の付いた者が多かったので思いついた名前。本人曰く、あまり意味は無いらしい。バンド名を変えてアルバムを出すことも多かったことから、それほどバンド名に執着は無い様子でもある。

ジャンルとしては、ノイズロックグランジオルタナに分類される(ときおり日本独自のジャンル分けとしてボアダムスらとともに「ジャンク」とも呼ばれることがあったが、サーストンは嫌っていた)。サーストン・ムーアは「エレキ・ギターを聴くということはノイズを聞くこと」との持論があり、ギターノイズだけの曲、ポエトリー・リーディングのような曲など、実験的な曲も多い。自分でオリジナルのコードを考えたり変則的チューニングを多用する。

当初アメリカでは人気が出ず、ニュー・ウェイヴが全盛期だったイギリスを始めとするヨーロッパで評価された。イギリスではパブリック・イメージ・リミテッドのツアーの前座として活動していた。長年インディーズ・レーベルで活動。1988年発表のアルバム「デイドリーム・ネイション」が傑作と評され、バンドはメジャーのDGCレコード(当時ゲフィン・レコード傘下、2011年現在はインタースコープ・レコード傘下)と契約を果たす。自分達がメジャーシーンに移行することで、オルタナシーン全体の過小評価を覆したいとの思いが強かった。実験的な楽曲が多く、その音楽性には高い評価があるものの、セールス面との対比から「無冠の帝王」などと揶揄されることもあった。

2006年の「ラザー・リップト」のリリースをもって、インタースコープとの契約が満了したが、バンドはその後マタドール・レコードと契約して(日本のみホステス・エンタテインメントと契約)再びインディーズに戻った。2009年、移籍第1作となる「ザ・エターナル」をリリースした。

交流[編集]

ソニック・ユースを尊敬している、または親交のあるバンド、メンバーに曲のプロデュースを手伝ってもらったバンドは非常に多い。特に、アンダーグラウンドのバンドやアートスクール系のバンドが多い。

メンバーであるスティーブ・シェリーは、自主レーベル、スメルズ・ライク・レコードを運営するなど、アンダー・グラウンドへ目を向け、有能なアーティストをオーバー・グラウンドへ紹介することもしばしばあり「ソニック・ユースがお気に入りにあげている」といった冠詞はよく目にするものである。ニルヴァーナダイナソーJr.といったバンドも、ソニック・ユースに見初められたバンドである。

日本のバンドでは、ボアダムス少年ナイフ灰野敬二らと親交がある。

その他[編集]

  • サーストンによると、半分以上の曲で、ギターは変則チューニングを使っている。実際、多くの曲はレギュラーチューニングでコピーすることは難しい。
  • キムについて歌ったレイプマンの"Kim Gordon's Panties"と言う曲がある(なお、レイプマンとのスプリット・ギグ時に、彼らがこの曲を演奏したことにサーストンが激怒し、後でボーカルのスティーヴ・アルビニをボコボコにした、という真偽不明のエピソードもある)。

参照元[編集]

  1. ^ Caryn Ganz (2011年10月14日). “Kim Gordon and Thurston Moore Announce Split | SPIN.com”. Spin. 2011年10月15日閲覧。

ディスコグラフィー[編集]

スタジオアルバム[編集]

コンピレーション[編集]

EP[編集]

DVD[編集]

  • コーポレイト・ゴースト-ザ・ビデオ: 1990-2002(2004年)

外部リンク[編集]