ジム・オルーク (ミュージシャン)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ジム・オルーク | |
|---|---|
2005年、ストックホルムにて。
|
|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1969年1月18日(44歳) |
| ジャンル | インディーロック ロック |
| 職業 | ミュージシャン 音楽プロデューサー |
| 担当楽器 | ギター シンセサイザー |
| 共同作業者 | ソニック・ユース ガスター・デル・ソル |
ジム・オルーク(Jim O'Rourke, 1969年1月18日 - )は、アメリカ合衆国のミュージシャン。作曲家、プロデューサー、エンジニア、マルチ奏者。
姓の発音のより正確なカナ転写としてオローク[1]の表記も可能。
目次 |
人物 [編集]
シカゴのアイルランド系の両親の元に生まれる。
手がける音楽はアヴァンギャルド・ジャズ、ノイズミュージック、エクスペリメンタルポップ/ロック、オルタナティヴ、ポストロック、映画音楽など非常に多岐に亘り、ジャンルを特定することは困難。
オルタナティヴ・ロックバンド「ソニック・ユース」、ノイズロックバンド「ガスター・デル・ソル」、「ドラッグ・シティ・スーパーセッション」に在籍。ソニック・ユースでの担当楽器が道楽だったという。ただし、それぞれ人の出入りや同時進行のプロジェクトが多いため、各時点において在籍の有無を捕捉するのは難しい。
スウェーデンのシンガーであるスティーナ・ノルデンスタムの熱狂的なファンで、過去に、自らスティーナをプロデュースしたいと何度か申し出たが、断られている。
大の親日家であり、カラオケも好きなもののひとつ。自身のアルバムに、漫画家の友沢ミミヨを採用したこともある。
好きなアーティストとして、ジョン・フェイヒー、ヴァン・ダイク・パークス、デレク・ベイリー、武満徹、小杉武久、高柳昌行、メルツバウ、細野晴臣、加藤和彦、はちみつぱい、金延幸子、ハナタラシ、戸川純、若松孝二などを挙げている。
年譜 [編集]
- 2003年公開の映画『スクール・オブ・ロック』では音楽コンサルタントを務めた。
- 2006年夏に、音楽活動を休止して東京へ移住、映像と日本語の勉強を始める。
- 2008年からは、ルース・ファー、オソレザンといったプロジェクトで音楽活動を再開。
- 2012年、自身の楽曲を演奏するためのバックバンド「レッドゼツリン」を結成。
日本のアーティストとの仕事 [編集]
- くるり(アルバム『図鑑』をメンバーと共同プロデュース)
- 坂田明(Wha-ha-ha)(『およばれ/テトロドトキシン』は2人の名義で発売された。Polarisの坂田学や吉見征樹などが参加した)
- 大友良英 (ライブなどで競演しており、大友は自身のバンドでジム・オルークの「ユリイカ」をカバーしている)
- 朝日美穂 (アルバム『THRILL MARCH』を、その年のベスト・アルバムと某誌で評価しており『Classics』ではギターで参加)
- カヒミ・カリィ(アルバム『nunki』で数曲をプロデュース、その後2007年のライブツアーを一緒に行う)
- 若松孝二(2008年公開・若松孝二監督の映画『実録・連合赤軍』の音楽を、ジム本人たっての希望もあり担当。ジムは、若松の映画をすべて観ているという)。2012年には若松監督作品『海燕ホテル・ブルー』の音楽も担当。
- Maher Shalal Hash Baz(アルバム『他の岬』のライブ・レコーディングにギターで参加)
- 牧野貴(牧野貴監督の映画『No is E』『Elements of Nothing』『The Seasons』の音楽を担当。『Elements of Nothing』は、2008年ロッテルダム国際映画祭で、タイガー・アワードにノミネートされた)
- 前野健太(アルバム『オレらは肉の歩く朝』をプロデュース。前野のバックバンド「ソープランダーズ」にも参加。)
- 長谷川健一(アルバム『423』をプロデュース。)
その他多数。
出演 [編集]
- メモリーズ(日本映画専門チャンネル、2009年6月) - 今村昌平監督の『赤い殺意』をリクエスト。
- 新・平成歌謡塾(BS朝日、2011年1月16日 )- スペシャルレッスン生として四方章人から「矢切の渡し」の歌唱指導を受け、「日本語の情感をたっぷり表現できている」との評価を得た。