宇野誠一郎

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宇野 誠一郎(うの せいいちろう、1927年2月27日 - 2011年4月26日[1])は、日本作曲家編曲家作詞家

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[編集] 人物

兵庫県武庫郡鍛冶町出身。早稲田大学文学部仏文科卒業。妻は声優、女優の里見京子

幼少のころから母親の影響でピアノを習う。小学3年の時にピアノを取り上げられ練習を禁じられたが、独自に勉強を積む。

音楽大学への進学を考えていたが、音大に通っていた親戚に紹介された音楽評論家の園部三郎に「作曲家志望だからといって音大に行くのは間違っている。それよりむしろ見聞を広めるために一般校に行くべきだ」と指導され、早稲田大学に入学。

在学中の1948年から池内友次郎安部幸明に作曲を、齋藤秀雄に指揮を、平尾貴四男に管弦樂法などを学ぶ。このころから自由舞台、テアトル・プッペ、児童劇団などの劇伴音楽を手がけた。

その後NHKなどで単発ラジオ番組の伴奏音楽を数多く手がけた後、同じくNHKで1956年に始まったテレビ人形劇「チロリン村とくるみの木」を番組終了まで担当する。

このころ三木鶏郎の「冗談工房」に誘われしばらく出入りしたが、方向性の違いから離脱している。また同時期に放送作家だった井上ひさしと知り合い、NHKラジオドラマ「モグッチョチビッチョこんにちは」(1962年)、テレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」「ネコジャラ市の11人」、劇団テアトル・エコーの公演作品など、井上が脚本を手がけた作品で音楽を担当。単なる挿入歌を超え脚本台詞と一体化した歌曲が持ち味となる。

東映動画の長編アニメ映画「少年ジャックと魔法使い」(1967年)で同年の毎日映画コンクールスタッフ部門音楽賞を受賞。

その後もアニメやドラマ、映画、CMなどで幅広い活動を続けたが、テレビの世界における音楽のあり方に疑問を感じるようになり、次第に活動の場を舞台音楽へと限定するようになる。井上ひさし主宰の劇団「こまつ座」では初回公演から音楽を担当しており、「決定版 十一ぴきのネコ」(1989年)で第24回紀伊國屋演劇賞の個人賞を受賞している。

2011年4月26日、心不全のため東京都内の病院で死去。84歳没[1]

[編集] 代表作品

[編集] アニメーション

[編集] 人形劇

[編集] 実写

[編集] その他

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 作曲家の宇野誠一郎さん死去 「ひょうたん島」など - 47NEWS(よんななニュース)
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