RADWIMPS

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RADWIMPS
基本情報
別名 ラッド
出身地 日本の旗 日本,神奈川県
ジャンル

ミクスチャー・ロック

ロック
活動期間 2001年 -
レーベル EMIミュージック・ジャパン
2005年 - )
事務所 (有)ボクチン
公式サイト RADWIMPS.jp
メンバー
野田洋次郎(ボーカルギター
桑原彰(ギターコーラス
武田祐介(ベースコーラス
山口智史(ドラムスコーラス
旧メンバー
 斉木祐介(ギター)
朝生恵(ベース)
芝藤昭夫(ドラムス)

RADWIMPS(ラッドウィンプス)は、日本の4人組ロックバンドである。所属レコード会社はEMIミュージック・ジャパン。所属事務所は有限会社ボクチン英称:voque ting、所属はRADWIMPSのみ)。略称は「ラッド」。

バンド名は「すごい」「いかした」という意味の軽い俗語アメリカ英語: RADと「弱虫」「意気地なし」という意味の「WIMP」を組み合わせた造語であり、「かっこいい弱虫」「見事な意気地なし」「非常に怖がり」「マジスゲーびびり野郎」などといった意味である[注釈 1]。一定のファンを持つグループでありながら、メディアへの露出が極端に少ないことでも知られている。

目次

[編集] メンバー

[編集] 野田洋次郎

(のだ ようじろう、1985年7月5日 - )ボーカルギター、ほぼ全ての楽曲の作詞作曲を担当。
身長180cm。血液型A型。足サイズ28.5cm。視力0.2。左利き。慶應義塾大学環境情報学部中退。
[いつ?]ライブラジオ出演などでは必ずと言って良いほど帽子を着用している。
帰国子女であり、幼稚園の残り2か月から小学校4年生の終わり頃までアメリカに4年間在住。英語が堪能なのは、本人曰く住んでいた場所がド田舎で英語をしゃべらざるを得なかったらしい。RADWIMPSの歌詞にも英語が多く用いられている。
父親は国籍上フランス人でパリ在住である。母親はピアノの先生であった。兄が1人。中学、高校と桐蔭学園に進学。その時のあだ名は「野田さん」。クラスメイトからは「のでぃー」。
ノエル・ギャラガーの影響が強く、これまでもギブソン・ES-335なども使用。ギターに触り始めたのは小学5年。木村拓哉の演奏する「夜空ノムコウ」を観たのがきっかけ。本格的に使い始めたのはメジャーデビュー後である。降谷建志にも影響を受けており、当人とはROCKIN'ON JAPAN[2]で対談している。
ライブなどでは曲によってピアノ、キーボード、シンセサイザーを演奏する事もある。
俳優の水嶋ヒロとは中学・高校が一緒で大学では同じ学部の同級生であった。また、テレビ朝日本間智恵アナウンサーも大学時代の同期生である。
楽曲「ヒキコモリロリン」の歌詞にも登場している「田中昌也」は、中学校時代の教師であり、野田のお気に入りである。
2007年7月号まで『ROCKIN'ON JAPAN』においてコラム「野田の事件簿」、同誌2008年2月号 - 7月号まで「RADWIMPS野田洋次郎のともだち100人できるかな」を連載。
CHARAのアルバム『honey』収録曲「ラブラドール」をプロデュース。

[編集] 桑原彰

(くわはら あきら、1985年4月4日 - )ギターリーダーコーラス担当。
身長166cm。血液型A型。足のサイズ24.5cm。視力0.9。横浜学園高等学校中退。
使用楽器は、2005年以降、Gibson Les Paul Standard Gold Topなど。ビンテージや、ヒストリックコレクションなど多数所有している。そのほか、psychederhythmのギターも愛用している。
16歳の時に「俺はRADで食っていく」と決め高校中退[3]。野田との初対面の場所はミスタードーナツであった。
「"桑原"と書いて何と読む?」という質問に対して「ゲーム」と答えるほどゲームが好きである[3]。もしRADWIMPSで無ければファミ通に勤務していたとも発言している[3]
得意なものまねは中尾彬[3]

[編集] 武田祐介

(たけだ ゆうすけ、1985年5月24日 - )ベース、コーラス担当。
身長167cm。血液型B型。足のサイズ26cm。視力1.5。洗足学園音楽大学ジャズ科卒業。
フレットレス・ベースを初め、多弦ベースを多く所有しており、4弦ベースはあまり持っていない。
ライブ(生春巻きなど)でのメインはYAMAHA BB-NEII (5弦)、YAMAHA TRB6PⅡ (6弦)、YAMAHA BB-Takeda Custom(5弦)を使用。
尊敬するベーシストはマーカス・ミラー[3]ジャコ・パストリアス。スラップ奏法を好み、ライブで良く飛び跳ねながら演奏する。
小学生の頃、ギターを弾いていた友達をきっかけに興味を持つ。中学生になり、ギターの上手な先生が吹奏楽部の顧問だったという理由で吹奏楽部に入部する。もちろんギターは吹奏楽には無いので、同じ弦楽器のコントラバスを始める。途中からRADに加入。理由はたまたま近くにいたからであるが、本人は「(RADに入った決め手は)有名だったから」[3]と言っている。
すね毛の濃さなら誰にも負けないといい、別名「多毛田」[3]。「猫に食べられたい」と言うほど無類の猫好き。かなりの大食いだが、太らない

[編集] 山口智史

(やまぐち さとし、1985年3月20日 - )ドラム、コーラス担当。
身長168cm。血液型A型。足のサイズ26cm。視力1.0。洗足学園音楽大学ジャズ科中退。
好きなアーティストは、スピッツHY。尊敬するドラマーは村上秀一[3]。大の麻雀好き[3]
武田と加入次期や理由は同じ。武田とは仲が良く、昔はホテルもたいてい一緒の部屋だったという[3]ヤマハとスポンサー契約を結んでいる。
2009年2月1日に結婚・挙式したことを自身のブログにて報告。

[編集] 経歴

2001年、野田洋次郎が友人・桑原彰からボーカルに誘われRADWIMPS結成。2002年2月5日、RADWIMPSという名前では初のライブを関内B.B.STREETで行う。同年8月 - YOKOHAMA HIGHSCHOOL MUSIC FESTIVAL 2002に桑原が締め切り前日に勝手に応募し出場。「もしも」でグランプリを獲得。同年の大会に山口、翌年の大会に武田が別のバンドで出場した。2003年3月、FM世田谷が主催する高校生文化祭・青二祭出演。当初予定していたバンドの出演キャンセルにより、本番10日前に急遽出演することに。同年5月3日 - 1万枚限定で1stシングル「もしも」(100円)を販売し、即完売となる。7月1日 - 1stアルバム『RADWIMPS』発売。8月 - 野田の受験を理由に活動休止。
2004年
3月 - バンド活動を再開する。それに伴いメンバーをチェンジ。武田と山口が加わり現在の形に至る。7月22日 - 2ndシングル「祈跡」発売。
2005年
2月 - かねてから出演していた東京のFM局J-WAVEのイベント「SPUNKY JONES GARAGE」に出演。3月8日 - 2ndアルバム『RADWIMPS 2 〜発展途上〜』発売。4月 - 2006年3月 - ZIP-FMで「HEAT PHONICS Feat.RADWIMPS」というアーティスト番組を担当する。FM横浜で「RADWIMPSの金9!」という2時間枠のアーティスト番組を担当する。5月25日 - 初の両A面となる3rdシングル「へっくしゅん/愛し」発売。11月23日 - 4thシングル「25コ目の染色体」発売、東芝EMIからメジャーデビューを果たす。
2006年
1月18日 - 5thシングル「イーディーピー 〜飛んで火に入る夏の君〜」発売。2月15日 - メジャーとしては初のアルバムとなる3rdアルバム『RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』発売。オリコン初登場13位を記録。5月17日 - 6thシングル「ふたりごと」発売。7月16日 - 7thシングル「有心論」発売。10月9日 - SCHOOL OF LOCK!のウェブサイトにてインターネットラジオ・「RAD LOCKS!」にパーソナリティとして出演開始。11月8日 - 8thシングル「セツナレンサ」発売。オリコン初登場4位を記録し、シングル・アルバム通じて初のTOP10入りを果たす。12月6日 - 4thアルバム『RADWIMPS 4〜おかずのごはん〜』発売。オリコン初登場5位を記録。12月24日 - 山口以外のメンバーがFMPORT、J's COUNTDOWNにコメント出演。
2007年
3月27日 - SCHOOL OF LOCK!の放送にて火曜日23:00〜からのArtistLOOKS!でゆずが番組を卒業したのをきっかけに次週から講師LOOKS!を担当する事になった。2007年9月をもって一旦終了。
2008年
1月20日 - 野田が『ROCKIN'ON JAPAN』2008年2月号より「RADWIMPS野田洋次郎のともだち100人できるかな」を連載(2008年7月号まで)。1月23日 - 9thシングル「オーダーメイド」発売。自身初のオリコン初登場1位を獲得。
2009年
1月7日 - 新曲「おしゃかしゃま」「雨音子」の着うたを配信。同日、5thアルバム『アルトコロニーの定理』を2009年3月11日に発売することを発表した[1]。1月21日 - RADWIMPSイルトコロニーTOUR 09を4月6日から行う事を発表。3月11日 - 5thアルバム『アルトコロニーの定理』発売、自己最高の初動売上を記録し、オリコン初登場2位を獲得。同日、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが番組を休校するのをきっかけにSCHOOL OF LOCK!の放送にて毎週水曜日ArtistLOCKS!を担当(2009年5月まで)。11月3日 - 全国FM放送協議会(JFN)主催のFM FESTIVAL LIFE MUSIC AWARDにて大賞(LIFE MUSIC OF THE YEAR)を受賞。
2010年
6月30日 - 10thシングル「携帯電話」、11thシングル「マニフェスト」を同時発売。
2011年
1月12日 - 12thシングル「DADA」発売。シングルでは自己最高の初動売上を記録し、2作目のオリコン初登場1位を獲得。1月31日 - SCHOOL OF LOCK!の放送にて2月3日まで4日間、期間限定「ミニRADLOCKS」を担当。2月9日 - 13thシングル「狭心症」発売。3月9日 - 6thアルバム「絶体絶命」発売。また、このアルバムの収録曲「君と羊と青」が2011年度のNHKサッカー中継のテーマソングに起用された。Jリーグ天皇杯などの国内大会のほか、ロンドンオリンピックの予選や7月の南米選手権などの中継でも起用される予定[4]
2012年
1月11日 - ライブDVD「絶対延命」発売。それに先駆け、東京・大阪・名古屋3地区の映画館にて3日間限定ロードショーを開催。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

2003年 - もしも
2004年 - 祈跡
2005年 - へっくしゅん/愛し25コ目の染色体
2006年 - イーディーピー 〜飛んで火に入る夏の君〜ふたりごと有心論 - セツナレンサ
2008年 - オーダーメイド
2010年 - 携帯電話マニフェスト
2011年 - DADA - 狭心症

[編集] アルバム

2002年 - 自主制作アルバム RADWIMPS
2003年 - RADWIMPS
2005年 - RADWIMPS 2 〜発展途上〜
2006年 - RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜RADWIMPS 4〜おかずのごはん〜
2009年 - アルトコロニーの定理
2011年 - 絶体絶命

[編集] バンドスコア

  • 無人島で拾ったバンド譜 (2006年7月26日)
  • おかずのごはんのバンドの譜面の本 (2007年3月1日)
  • アルトベンリーの兵器(2009年9月29日)

[編集] DVD

[編集] 参加作品

  • SUPER TEEN'S!! (2003年10月10日)コバヤシレコード/GROUND SWELL LABEL 3.人生 出会い
  • 寺子屋「EMI」 (2010年11月10日)

[編集] ライブツアー

  • RADWIMPSはるなっTOUR (2005年3月19日 - 9月3日)
  • RADWIMPSと行く無人島ツアー2500円? ドリンク代は別途頂きます。 (2006年3月5日 - 3月30日)
  • セプテンバーにぃさん (2006年9月2日 - 3日)横浜2DAYS
  • ソナタと行く冬のツアー (2006年12月25日 - 29日)9mm Parabellum Bulletオープニングアクトとして出演。
  • TOUR 2007 "春巻き" (2007年3月5日 - 4月8日)
  • セプテンバーまだじゃん。 (2007年8月30日)
  • オーダーメイドライブ  (2008年7月31日)  
  • RADWIMPS "イルトコロニー TOUR 09" (2009年4月6日 - 6月24日)
  • RADWIMPS「絶体延命ツアー」 (2011年4月1日 - 6月30日)

[編集] 脚注

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[編集] 注釈

  1. ^ マーティ・フリードマンによれば、「rad(すごい)」も「wimp(みじめ)」もアメリカ合衆国では死語だという。しかしマーティは「ふざけた名前と音楽とのギャップがちょー最高だね」と評している[1]

[編集] 出典

  1. ^ マーティ・フリードマン「マーティ・フリードマンのJ-POPメタル斬り」、『日経エンタテインメント!』第12巻第5号、日経BP社東京都、2008年4月、 pp.106頁、2008年3月閲覧。
  2. ^ 2007年9月号増刊
  3. ^ a b c d e f g h i j スペースシャワーTV 2009年3月度V.I.P.「らっどりる」
  4. ^ RADWIMPS新曲「君と羊と青」がNHKサッカーテーマに

[編集] 外部リンク

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