矢切
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矢切(やきり/やぎり)は千葉県松戸市にある地名の一つ。江戸川の渡し舟である矢切の渡しが知られる。
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[編集] 概要
上矢切(かみやきり)、中矢切(なかやきり)、下矢切(しもやきり)の3地区の地区の総称である。これら3地区は松戸町に合併する前の各村単位(上矢切村、中矢切村、下矢切村)である。地名としてはどれも「やきり」と濁らないが、駅名、バス停留所名は「やぎり」と濁る。後述の歌謡曲『矢切の渡し』も「やぎりのわたし」と読ませているため、濁ることが多くなった。
歴史的には清音の発音か濁音の発音かは明らかではないが、「やぎり」と連濁するほうが自然である。したがって、歴史的文書上で「やきり」と表記されていても、「やぎり」と発音していた可能性が高い。かっての日本語話者の濁音意識からは、表記上に「き」か「ぎ」を区分することは無かったからである。
上記のことから、現今の正式のかな表記がたとえ「やきり」となっていても、音韻上は「やぎり」と発音するほうが自然であり、歴史的にも好ましいと言える。
[編集] 略史
- 戦国時代には北条氏と里見氏による国府台合戦の戦場となった場所であり、この付近から市川市国府台付近にかけては同合戦にちなむ伝説や史跡が多く伝わっている。
- 1889年4月1日 - 東葛飾郡の上矢切村、中矢切村、下矢切村、小山村、栗山村、松戸駅(宿駅)が合併して松戸町(後の松戸市)となる。旧村単位は大字となる。
[編集] 矢切の渡し
矢切の地名は、江戸川の渡し舟として有名な矢切の渡しの由来でもある。江戸川をはさむ矢切と東京都葛飾区柴又を結んでおり、現在も渡し舟が運行されている。渡船の料金は大人100円(2005年現在)。矢切の渡しと柴又の帝釈天界隈は、環境省の「日本の音風景100選」に選定されている。
この渡しは江戸時代初期に江戸幕府が地元民のために設けた利根川水系河川15ヶ所の渡し場のうちのひとつであり、観光用途に設けられたものではない。かつては官営だったが、その後民営となり、代々個人により運営されている。
この渡しが日本全国に有名になったのは、明治時代の伊藤左千夫の小説『野菊の墓』(1906年)によるところが大きい。現在、矢切にこの小説の文学碑が建立されている。 また、矢切の対岸柴又を舞台とする映画「男はつらいよ」シリーズの作中にも、しばしば登場する。
現在はほぼ観光用途のために存在するが、元が渡し舟だったため、渡し場に多少の土産物屋がある程度で、特に観光化されているわけではない。このため繁忙期や風の強い日などは、モーターで運行される。なお矢切側の公共交通機関がやや遠いため、多くの乗客は柴又側から乗船し、往復利用している。
[編集] 歌謡曲
矢切の渡しは、昭和末期に作詞:石本美由起、作曲:船村徹の歌謡曲『矢切の渡し』の大ヒットによって再び脚光を浴びた。
1978年5月にちあきなおみがシングル『酒場川』のB面曲として発売。1982年10月21日に『矢切の渡し』をA面にしたちあき盤が発売(B面は『別れの一本杉』)。1983年に細川たかし、瀬川瑛子、春日八郎 & 藤野とし恵、島倉千代子 & 船村徹など、7種のシングルによる競作で発売された。なお、細川盤の発売にあたって細川の所属する日本コロムビアはちあき盤(1978年当時日本コロムビアに所属、1983年当時はビクターに移籍していた)を生産中止にしている。
シングルレコードとして最も売れたのは細川盤(「矢切の渡し(細川たかし)」参照)であったが、当時のUSENのチャートではちあき盤が首位を独走していた。
その他、美空ひばりもLPで同曲をカバーした。
[編集] 行事
[編集] 矢切ねぎ
矢切地区で作られるねぎは出荷量こそ少ないものの、太くて甘みがあり、「矢切ねぎ」として2008年、地域団体商標に登録された。
[編集] アクセス
[編集] 矢切地区への交通
- 鉄道
- 最寄り駅は北総線矢切駅。野菊の墓文学碑は徒歩10分以内。
- 松戸駅西口〜矢切駅〜国府台駅〜市川駅を結ぶ京成バス市川線は本数が多く、主に中矢切〜下矢切の住民によく利用される。
- 道路
- 国道6号(水戸街道)、国道298号(東京外環自動車道、一部開通)、千葉県道1号市川松戸線(松戸街道)なお、東京外環自動車道の高速道路部分については、現在工事中であり矢切地区の北側に松戸インターチェンジの設置が予定されている。
[編集] 矢切の渡しへの交通
- 鉄道
- 方法1:JR常磐線、新京成線松戸駅西口より京成バス矢切高校行きで終点下車、田園地帯・堤防を歩き凡そ20分。
- 方法2:JR常磐線、新京成線松戸駅西口より京成バス矢切駅経由市川駅行きで下矢切停留所下車の場合は、野菊の墓文学碑を経由する散策が可能。
- 方法3:北総鉄道北総線の矢切駅から徒歩。
- ※「矢切の渡し」のみの場合(矢切界隈の散策をしない場合)は、矢切側は鉄道駅・集落との間が離れている[1]ため、柴又側からの往復利用が無難である。
- ※歌謡曲「矢切の渡し」が大ヒットし、観光客がピークだった頃には矢切神社から渡し場まで馬車が出ていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 矢切の渡し - 松戸市観光協会
- 矢切の渡し - 葛飾区産業情報
- 「野菊の墓」文学碑 - 矢切の里
- 「矢切の植物。矢切を散歩する。」 - 矢切の植物、散歩コースを紹介した個人サイト

