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カヒミ・カリィ(Kahimi Karie、1968年3月15日 - )は、栃木県宇都宮市出身のミュージシャン。芸名は結婚前の本名のアナグラム。2009年6月27日タップダンサーの熊谷和徳と結婚。
[編集] 略歴
- 1968年 - 1989年
- 1968年3月15日、沖縄(父の転勤先)にて、日本人の父とハワイ系日系人の母との間で生まれる。引っ越しをたびたび繰り返す。父親は宇都宮で医師として病院を経営していて、教育には厳格だった(出典=「サイゾー」2004年8月号)。
- 初めて買ったレコードは「小さな恋のメロディ」のサントラ。高校のころにはセルジュ・ゲンスブール、ミカド、フランソワーズ・アルディ等にはまる(出典=「ロッキング・オン・ジャパン」1994年9月号)。
- 高校卒業後、専門学校で写真を勉強。しかし、一年時に中退している(出典=「トキオン」1998年6月号)。
- 1990年
- フリッパーズ・ギター監修のオムニバス「FAB GEAR」で、嶺川貴子とのユニットFancy Face Groovy Name にて参加。※このユニット活動は1回限りのみ。
- フリッパーズ・ギターのビデオクリップ集「LOST PICTURES」に出演。
- 1991年
- 10月:瀧見憲司主催のクルーエル・レコードのオムニバス「BLOW UP」に2曲提供し、カヒミ・カリィとしてソロデビュー。この時、コーネリアスの小山田から名前は「ウルトラ・ヴァイオレット」にすると告げられたが、カヒミ本人が拒否したため、瀧見がカヒミの本名のアナグラムによって、カヒミ・カリィと名付けた(出典=「MARQUEE」vol.8)。
- 1992年
- 12月:小山田圭吾プロデュースによる1stマキシシングル「MIKE ALWAY'S DIARY」(クルーエル・レコード)発表。
- 1993年
- 3月:オムニバスアルバム「HELLO YOUNG LOVERS」に参加(クルーエル・レコード)。
- 1994年
- 6月:2ndマキシ「Girly」(クルーエル・レコード)発表。7万枚をセールスする。
- 雑誌「CUTiE」9月号「ホットな二人のラブラブファッション」特集にて、当時恋人だった小山田圭吾とのセクシーなシャツ姿のツーショット披露した。
- フジテレビ深夜放送「よい国」においてエンディングテーマを歌う。楽曲は「DIS-MOI QUELQUE CHOSE AVANT DE DORMIR」および「STILL BE YOUR GIRL」。
- 1995年
- 1月25日:ポリスターレコードのトラットリア・レーベルより「MY FIRST KARIE]、クルーエル・レコードより「I am a kitten」発表。※日本初のメジャー&インディーズからのマキシ同時発売。
- 3月:ISSEY MIYAKEのニューブランド「K-ZELL」のパリコレクションに出演。
- 7月:マキシ「彼らの存在」発表。ムッシュかまやつ、伊武雅刀とのデュエットを披露。※「まじめに愛して!」(ジェーン・バーキン主演)の危うい三角関係を意識した、架空の映画音楽集。
- 「GOOD MORNING WORLD」のPVが、香港MTVの1995年度女性アーティスト・ビデオ・クリップ賞を受賞。
- 1996年
- 森永「ハイチュウ」のCMに出演&音楽(「ロワ・ソレイユ」)担当。
- 「ハミングがきこえる」(作詞:さくらももこ、作曲・編曲:小山田圭吾)がTVアニメ「ちびまる子ちゃん」オープニング曲として使用される。
- 8月:パリへ移住。
- 1997年
- 3月:1stフルアルバム「クロコダイルの涙」発表。アルバム収録の「David Hamiltom」はライラ・フランスとのデュエット。シングルカットされた「Tiny King Kong」ではカヒミのソロバージョンが収録されている。
- ※アルバムタイトルは、泣いていると思って近づくと、ガブリとやられる、という意味の諺。
- 雑誌「BRUTUS」3月号にて、サム・ハスキンスによる撮り下ろし写真掲載。プリント、レイアウトもハスキンス自身が行う。
- TaKaRa「ハイフィールズ」のCMに出演&音楽担当。
- 1998年
- アメリカMinty Freshよりベスト盤を発売。この年、初のライブツアー敢行。
- 10月:「K.K.Girly Action Tour'98」北米などで全17公演。
- 12月:「K.K.Girly Action Tour'98」東京、大阪で全3公演
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
[編集] ミニアルバム
[編集] フルアルバム
- 「Larme De Crocodile」(1997年)
- 「K.K.K.K.K」(1998年)
- 「THE BEST OF TRATTORIA YEARS PLUS MORE」(1998年) ※トラットリア時代のベスト版
- 「TILT」(2000年)
- 「K.K.WORKS 1998-2000」(2001年) ※ユニバーサル時代のベスト版
- 「Trapeziste」(2003年)
- 「Montage」(2004年)
- 「NUNKI」(2006年)
- 「Specialothers」(2007年) ※CM音楽、ゲーム音楽、コラボーレーション作品などを再録
[編集] リミックスアルバム
- 「a K is a K is a K」(1998年)
[編集] オムニバス等参加アルバム
- 「FAB GEAR」(1990年)※「恋はイエイエ(新・アイドルを探せ)」:FANCY GROOVEY NAME(フリッパーズ・ギター プロデュースによる嶺川貴子とのユニット)
- 「BLOW-UP」(1991年)※「Bonjour Line」「Cruel Records Strikes Back」:KAHIMI AND THE CLUEL GLAND ORCHESTRA
- 「HELLO YOUNG LOVERS」(1993年)※「Take It Easy My Brother Charlie」(アストラッド・ジルベルトのカヴァー。ポルトガル語。ミニアルバム「Le Roi Soleil」の同曲とは別録音)
- 「ゲンズブール・トリビュート'95」(1995年)※「メロディについて」(小山田圭吾プロデュース)
[編集] 客演
- coba「tiny monster」(1996年)※「tiny king kong」の日本語バージョン
- 大野雄二「LUPIN TROIS par Yuji Ohno et Kahimi karie!!!」(2003年)※「le soleil d'or」※テレビスペシャル「ルパン三世 お宝返却大作戦!!」サントラ
[編集] DVD
[編集] 映画
[編集] 映画へのコメント執筆、提供
- 「I'm gonna tear my playhouse down!」(2002年)※36ページのCDS付アートブック
- 「KAHIMI KARIE+MARQUEE」(2005年)※MARQUEE掲載写真を再編集し、ZOREN GOLDによる撮り下ろしを追加した写真集。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク