日野皓正

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日野皓正
基本情報
出生 1942年10月25日(72歳)
日本の旗 日本
出身地 東京都
学歴 日本ジャズ学校
ジャンル ジャズ
職業 トランペット奏者
活動期間 1964年-
公式サイト http://www.terumasahino.com/

日野 皓正(ひの てるまさ、1942年10月25日 - )は、日本を代表する世界的なジャズトランペットコルネット)奏者。東京都生まれ。2010年現在、アメリカニューヨーク在住。

父は、タップダンサーでトランペット奏者の日野敏。弟は、ジャズ・ドラマー日野元彦ベーシスト日野賢二は次男。 日野皓正クインテットでは、メンバーに新人を加え育てていくことでも有名。

1950年代前半に、ティーブ・釜萢が設立した「日本ジャズ学校」に通いトランペットを習った[1]。またトランペット奏者であった坂上弘からもトランペットの手ほどきを受けた[2]

私生活では20歳の時に知り合った恋人と最初の結婚をする。その後再々婚した現在の妻はアメリカ人。

来歴[編集]

1964年白木秀雄クインテットに参加し、その後ベルリン・ジャズ・フェスティバルに出演し世界のジャズ界から注目を浴びた。

1967年、アルバム『アローン・アローン・アンド・アローン』でデビュー。また、ピアニスト菊地雅章と共に日野=菊地クインテットでも活動。 1960年代後半から1970年代前半にかけて日本ジャズの最先端を走り、『日野皓正コンサート』『ハイノロジー』『ライブ』『タローズ・ムード』等数々の名盤を発表した。

1968年エディ・ダニエルズ『This Is New』(コロムビア / タクト)の録音に参加した。

1971年ジョー・ヘンダーソン『Joe Henderson And Kikuchi, Hino In Concert』(Fontana)の録音に参加した。

1975年から、活動の拠点をアメリカに移す。 70年代後半からはフュージョン分野にもチャレンジ、新鮮なポップ感覚も披露した。現在もニューヨークを中心に活躍中。

1975年、ヨハヒム・キューン『Hip Elegy』(MPS)の録音に参加した。

1976年リッチー・バイラーク『Zal』(Trio)、1984年、『Ayers Rock』(Polydor)の録音に参加した。 1976年、The Eleventh House featuring Larry Coryell『Aspects』(Arista)の録音でラリー・コリエルランデイ・ブレッカーマイケル・ブレッカーデヴィッド・サンボーンと共演した。

1977年ジョン・スコフィールド『John Scofield(East Meets West)』(Break Time)の録音に参加した。

1978年マル・ウォルドロン『Moods』(Enja)の録音でスティーヴ・レイシーと共演した。

1982年エルヴィン・ジョーンズ『Earth Jones』(Palo Alto Jazz)の録音でケニー・カークランドジョージ・ムラーツと共演した。

1989年、日本人ミュージシャンとしては初めてブルーノート・レコードと専属契約する。

1996年有馬記念においてスタート前のファンファーレを担当。中山競馬場のファンを唖然とさせる。

2000年大阪音楽大学短期大学部客員教授就任。

2004年紫綬褒章を受章。

2006年、ティファニー、ハンク・ジョーンズ『My Favorite Things』(ヴィレッジミュージック / Eighty-Eight)の録音に参加した。

2010年尚美学園大学客員教授就任。

出演[編集]

テレビ[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

外部リンク[編集]