グリーン・デイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Green Day
Green day Live 5 june 2013 in Rome.JPG
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州 バークレー
ジャンル ポップ・パンク
パンク・ロック
オルタナティブ・ロック
活動期間 1987年 -
レーベル リプリーズ・レコード
ワーナーミュージック
公式サイト Green Day (英語)
WARNER MUSIC JAPAN - GREEN DAY (日本語)
メンバー
ビリー・ジョー・アームストロングボーカルギターハーモニカドラムス
マイク・ダーントベースコーラス
トレ・クールドラムスギター
ジェイソン・ホワイト(ギター、コーラス)
旧メンバー
ジョン・キフメイヤー (ドラムス)

グリーン・デイ (Green Day) は、1987年に結成したアメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身のパンク・ロックバンド

バンド名の由来は、「初めてドラッグをやった日」を歌った曲、「グリーン・デイ」から。ちなみに、バークレーのスラングで「親元から離れ独り立ちする日」と言う意味もある。

概要[編集]

1990年にレコードデビュー、1994年にメジャーデビューを果たす。パンクバンドとしては史上初のグラミー賞の最高賞「最優秀レコード賞」を獲得するなど、ポップ・パンクを代表するだけでなく、パンク史においても重要な地位に位置づけられるバンドである。

グラミー賞の最優秀オルタナティブアルバム賞を受賞した『ドゥーキー』、最優秀アルバム賞を受賞した『アメリカン・イディオット』、『21世紀のブレイクダウン』などのアルバムのほか、「バスケット・ケース」、「マイノリティ」、グラミー賞の最優秀レコード賞を受賞した「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス」などの楽曲で知られる。 2012年に『ウノ!』・『ドス!』・『トレ!』を2か月ごとに発売した。

来歴[編集]

結成-1990年代[編集]

  • 1987年、互いに親友だったビリーやマイクらが、グリーン・デイの母体となるスウィート・チルドレン(Sweet Children)を結成する。
  • 1989年、「グリーン・デイ」と改名し、ルックアウト・レコーズと契約する。
  • 1990年、1stアルバム『1,039/スムーズド・アウト・スラッピー・アワーズ』でレコードデビューを果たす。当時から既に独自の音楽スタイルを確立しており、それを徐々に変化させながら活動していくことになる。音楽性の相違や学業への専念を理由にオリジナルドラマーのジョンがバンドを脱退する。
  • 1991年、バンドのメンバーとして定着することになるトレが加わる。
  • 1992年、2ndアルバム『カープランク』を発表する。
  • 1993年、メジャーレーベル、リプリーズ・レコードに移籍する。
  • 1994年、3rdアルバム『ドゥーキー(Dookie)』でメジャーデビューを果たす。『ドゥーキー』からの1stシングル「ロングヴュー(Longview)」や3rdシングル「バスケット・ケース(Basket Case)」などがモダン・ロックチャートで1位に輝き、これらはライヴでも定番の代表曲となる。ウッドストック94にも出演。演奏中に観客に泥を投げ込まれたりステージに多くの観客が乱入、最後の曲は途中から観客との泥の投げ合いとなる。
  • 1995年、『ドゥーキー』はロングヒットし(後に全米でダイヤモンドディスクを獲得)、日本などの外国でもその名を知られるようになる。さらに、グラミー賞でも数部門にノミネートされ、「最優秀オルタナティブ・グループ」を受賞する。『ドゥーキー』の大ヒットの勢いに乗って4thアルバム『インソムニアック(Insomniac)』を発表、前作と同じく全米2位。
  • 1996年、初の来日公演を果たす。
  • 1997年 - 2000年、徐々に発表速度を落としながら、5thアルバム『ニムロッド(Nimrod)』(1997年)、6thアルバム『ウォーニング(Warning)』(2000年)を発表する。この頃からパンクからロックンロールへの曲調の変化が見られ、バンドはポップなロックを追求していく。

2000年代[編集]

2010年代[編集]

  • 2010年、アルバム『21世紀のブレイクダウン』でグラミー賞の「最優秀ロック・アルバム賞」を受賞する。
  • 同年4月、『アメリカン・イディオット』や『21世紀のブレイクダウン』の楽曲を中心とするミュージカル「American Idiot: The Musical」がニューヨークの劇場街、ブロードウェイにて上演された。また、同年6月にはミュージカルのサウンドトラックアルバム「アメリカン・イディオット(ブロードウェイ・ミュージカル・キャスト・ヴァージョン)(American Idiot: The Original Broadway Cast Recording)」も発売された。
  • 2011年、2枚目となるフルライヴ・アルバム『最強ライヴ!(Awesome As Fuck)』を発売。DVDにはさいたまスーパーアリーナでのライヴ映像が収録されている。また、2003年に何者かに盗まれ日の目を見ることができなかったアルバムからのタイトル曲「Cigarettes And Valentines」が、盗難事件後初めてライヴ音源として収録された。
  • 2012年、9th『ウノ!(¡Uno!)』(2012年9月26日発売)、10th『ドス!(¡Dos!)』(2012年11月14日発売)、11th『トレ!(¡Tré!)』(2012年12月12日(2013年1月16日から前倒し)発売)からなるアルバム3部作品を続けてリリースすることを発表した。アルバムジャケットにはそれぞれ順に、ビリー、マイク、トレ(全員目の部分に×印)が描かれている。
  • 2013年2014年にオーストラリアで開催されるサウンドウェーブ・フェスティバルツアー終了後に、バンドとしての活動を一時休止することを発表した。
  • 2014年コンピレーション・アルバムデモリシャスを同年4月19日にリリースすることを発表。このアルバムには9th『ウノ!(¡Uno!)』、10th『ドス!(¡Dos!)』、11th『トレ!(¡Tré!)』レコーディング時のデモ音源や未公開トラックが収録される予定。

メンバー[編集]

ライヴでは、観客にギターを演奏させたり、演奏した人にギターをプレゼントしたりするなどのファンサービスが恒例となっている。2児の父。
本名は、マイケル・ライアン・プリチャード・(ダーント)Michael Ryan Pritchard Dirnt。ダーントは、ニックネーム。ビリーとは幼馴染み。California Music Awardsなど数々の音楽賞で「最優秀ベーシスト」に輝いている。
本名は、フランク・エドウィン・ライト3世 Frank Edwin Wright Ⅲ。1991年に加入。California Music Awardsなど、数々の音楽賞で「最優秀ドラマー」に輝いている。またギターも演奏できるので、ライヴなどでは時々ギターソロを弾く。その際、ビリーがドラムを叩く。
1999年からサポートメンバー・ツアーギタリストとして加わって以降、バンドと10年以上ものキャリアを築き上げてきたこともあり、2012年、正式に4人目のメンバーとなったことが発表された。

サポートメンバー[編集]

2013年時点で下記の2人が、バンドのライヴにサポートメンバーおよびツアーミュージシャンとして参加している。

  • ジェイソン・フリース (Jason Freese) - キーボード、ピアノ、ギター、トロンボーン、サックス、アコーディオン、コーラス
  • ジェフ・マティカ (Jeff Matika) - ギター、コーラス

ディスコグラフィー[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

世界総売り上げ100万枚
プラチナム獲得(US)、世界総売り上げ200万枚
  • 1994年 - 3rd(メジャーデビューアルバム)「ドゥーキー(Dookie)」
全米最高2位、ダイアモンド獲得(US)、世界総売り上げ2,000万枚
全米最高2位、2xプラチナム獲得(US)、世界総売り上げ600万枚
全米最高10位、2xプラチナム獲得(US)、世界総売り上げ600万枚
全米最高4位、ゴールド獲得(US)、500万枚
全米最高1位、5xプラチナム獲得(US)、世界総売り上げ1500万枚
全米初登場1位、全英初登場1位、オリコン初登場1位、その他21カ国で初登場1位を記録
公式なトータルセールスは発表されていないが、各国の売り上げを単純計算すると、最低でも1250万枚以上
  • 2012年 - 9th「ウノ!(¡Uno!)」
全米最高2位
  • 2012年 - 10th「ドス!(¡Dos!)」
全米最高9位
  • 2012年 - 11th「トレ!(¡Tré!)」
全米最高13位

ライヴ・アルバム[編集]

全米最高8位
シガレット・アンド・ヴァレンタインを初披露。

コンピレーション・アルバム[編集]

1stアルバム「39/スムーズ」に、EP「1,000アワーズ」と「スラッピー」の曲を加え合わせた事実上の編集盤だが、日本など一部では1stアルバムとして表記(発売)されている。
全米最高40位、プラチナム獲得(US)、世界総売り上げ500万枚
全米最高27位、世界総売り上げ300万枚
今までのシングルのB面を集めたもの。
9th『ウノ!』、10th『ドス!』、11th『トレ!』レコーディング時のデモ音源や未公開トラックを収録。

サウンド[編集]

バンドのサウンドは、ラモーンズザ・クラッシュセックス・ピストルズなどと比べられることが多い[3]

『アメリカン・イディオット』絡みでは、オアシスノエル・ギャラガーから強い抗議を受けている[4]。オアシスのヒット曲である『ワンダーウォール(Wonderwall)』と、『ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス』のアレンジが酷似しているというもの[5]。この抗議に対して、グリーン・デイサイドからのアナウンスはされていない。

訴訟[編集]

2006年、雑貨店経営の男に『アメリカン・イディオット』は自分が高校時代に作曲したものであると訴えられた。内容は「高校時代自分が作った曲を悪意のある同級生が盗み聞きし、10年以上たって、ビリーに渡り、取引をした」という主張で証拠もほとんどなかった。当然、裁判所はこれを棄却。男は新たな証拠を探し、また訴えるという[6]

日本でのTV出演[編集]

その他[編集]

  • 植物人間状態の息子を持つ母親がその息子にグリーン・デイの曲を聞かせ続けていたら、意識を取り戻したという逸話がある[要出典]
  • ビリーもマイクもドラムの演奏が出来、その動画がYouTubeで公開されている。
  • 2013年ヴードゥー・エクスピリエンスに出演予定だったが、ビリーが薬物乱用ためリハビリ施設に入院、代役をメタリカが務めた。その当日のライブで、ジェイムズ・ヘットフィールドが「俺たちはグリーン・デイだ!…ちょっと背が高いけどな!」とおどけた。後半は「これはビリーに捧げるよ」と、メタリカの代表曲「バッテリー」を披露。アンコールでは「アメリカン・イディオット」を披露し、観客による大合唱が起こったが、短く終了し、ジェイムズは「俺たちにはこの曲はできないよ」と萎縮、その後「彼らは問題を解決しようとしているんだ。無事に解決するといいね、世界は彼らを必要としているんだから」と加えた[7]

脚注[編集]

  1. ^ RollingStone
  2. ^ 当時7thアルバム(2004年発表の7thアルバム『アメリカン・イディオット』)として完成するはずだった。
  3. ^ Azerrad, Michael. Our Band Could Be Your Life. Little Brown and Company, 2001. Pg. 496. ISBN 0-316-78753-1
  4. ^ ギャラガー兄弟は、グリーン・デイ、及びそのファン嫌いでも知られる。
  5. ^ グリーン・デイ、オアシスのノエルから苦情!?
  6. ^ Green Day Sued By A Real American Idiot
  7. ^ メタリカ、ステージからグリーン・デイにエール

関連項目[編集]

  • ピンヘッド・ガンパウダー
  • ネットワーク
  • フォックスボロ・ホット・タブス

外部リンク[編集]