ビリー・ジョー・アームストロング

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ビリー・ジョー・アームストロング
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基本情報
出生名 ビリー・ジョー・アームストロング
Billie Joe Armstrong
出生 1972年2月17日(42歳)
アメリカ合衆国カリフォルニア州 オークランド
職業 ミュージシャン
担当楽器 ヴォーカル, ギター, ピアノ
ハーモニカ, マンドリン
ドラム, サックス
活動期間 1989年~ 現在
共同作業者 グリーン・デイ
The Network
Pinhead Gunpowder
Foxboro Hot Tubs

ビリー・ジョー・アームストロング (Billie Joe Armstrong) は、アメリカ合衆国カリフォルニア州オークランド出身。パンク・ロックバンド、グリーン・デイのヴォーカリスト、ギタリスト。

来歴[編集]

1972年2月17日、アメリカ・カリフォルニア州オークランドに6人兄弟の末っ子として生まれる。父アンディーはジャズ・ミュージシャン兼トラック・ドライバー、母はレストランウエイトレスであった。

ビリーは5歳の頃、小学校の先生の勧めで歌を始め、病院に行き、患者のために歌ったりしていた。「ルック・フォー・ラヴ」という曲を地元レーベルでレコーディングしている[1]

11歳の時、父からブルーと名付けられた青色のストラトキャスターを貰う[2]

1983年9月10日、ビリーが11歳の時に父が食道癌で亡くなる[3]。母は、6人の子供を養うため、ウエイトレスの仕事を続ける。

12歳になり、ビリーは地元のミドルスクールに進学。ここでマイク・ダーントと出会う。10代の頃のビリーは他の同世代の子供と同じくメタルハードロックを好んで聴いていたが、セックス・ピストルズの「ホリデー・イン・ザ・サン」を聞いて以降パンクに傾倒していくこととなる。やがて地元の高校へと進学し、1990年2月の18歳の誕生日を目前に音楽の道を追求するため同高校を退学。マイクと共にグリーン・デイ前身のバンドとなるスウィート・チルドレンを結成。家出をし、共に自活するようになる。

その後、地元のレーベルのルックアウト・レコーズからCDを出すことになった。ビリーとマイクは、デモテープを持っていき社長と会う。その時社長は、どこのガキかも分からない彼らを、そう簡単には受け入れなかった。すると社長に「会社から200マイル離れた田舎の小屋で夜にオーディションするから、やる気があるなら来なさい。」と言われた。当時17歳だった2人は、それを信じてその小屋へ行った。しかし、小屋にはがかかっており、さらに雨も降っていた。仕方なく2人は鍵をぶち壊して中に入り、社長が驚くと思い2人は発電機を盗んできた。音は出せる状態だが照明が無いので近所のガキ12人を集めてロウソクを持たせた。そこに社長が現れ2人を見ると、まんまと騙したつもりだったのに逆に驚かされ、見事契約することができたという。だが、その後ルックアウト・レコーズは2011年12月に廃業してしまう。

人物[編集]

  • 1990年初め、ミネソタ州でのコンサートでアドリエナ・ネッサーと出会い、4年後の7月2日には結婚。現在は2児の父である。
  • アドヴォケイト誌のインタビューで、「同性にも性的興味はある」と述べた。ただし、同性との性的経験はないとも発言している。
  • ザ・クラッシュジョー・ストラマーを尊敬していると公言してしており、「I Fought The Law」などをカヴァーしている。
  • マイ・ケミカル・ロマンスのボーカルジェラルド・ウェイに、売り上げ増大による過度のプレッシャーについて相談されることがあった。そして、「世界は正当なロックを必要としてるんだ」と彼に言い、成功へ導いた。
  • 父の死から2年後、母は再婚するが、ビリーとその兄弟は彼のことをひどく嫌っていた。

問題[編集]

2003年1月飲酒運転で警察に捕まっている。スピード違反で捕まり、そのとき吸気アルコール度数がカルフォルニア州基準の0.08%を越える0.18%であった。

2012年9月21日に、ラスベガスで開催されたiHeart Radio Music Festivalに出演。しかし、「バスケット・ケース」の演奏中に残り1分と表示されたモニターを見たビリーは、「残り1分、1分?ふざけるな。1分だって?俺はクソジャスティン・ビーバーじゃないんだ、クソ野郎」とブチ切れ、「1分がどんなものか見せてやるよ」と放ち、ステージにギターを叩きつけ、観客を騒然とさせた。

その2日後の23日、薬物乱用の治療のためリハビリ施設に入院することをスポークスマンが発表した。バンドのオフィシャルサイトでは「グリーン・デイは、ラスベガスでのiHeart Radio Music Festivalで不愉快な思いをした人全員に謝罪します」と声明文が公開され、ビリーが入院するため、予定されていたプロモーション・イベントをいくつかキャンセル、延期すると発表された。

過激発言も繰り返しており、ブリトニー・スピアーズには「公開処刑を見ているような気持ちになる」と、ボン・ジョヴィには「今まで一緒にプレーしたバンドの中で最悪だった」と、韓国の人気歌手・PSYには「こいつは音楽界のヘルペスだ。一度はいなくなったと思ったら、また戻って来やがる」 と扱き下ろした[4]

使用楽器[編集]

また、ギブソンからレスポールジュニアのシグネイチャーモデルが発売されている。

脚注[編集]

  1. ^ 『インターナショナル・スーパーヒッツ』の「マリア」の冒頭部分に当時のレコーディングの一部が使われている。
  2. ^ 2012年現在でも、ブルーのレプリカがライブなどに登場している。
  3. ^ ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ」は彼の父親の思い出について書いた曲である。
  4. ^ 「こいつは音楽界のヘルペス。どうぞ消えて」 米パンクバンドボーカルがPSYを痛烈罵倒J-CASTニュース、2013年5月10日

外部リンク[編集]