フォーミュラ1

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フォーミュラ1
カテゴリ シングルシーター
国・地域 国際
開始年 1950年
ドライバー 22
チーム 11
エンジン
サプライヤー
フェラーリ · メルセデス · ルノー
タイヤ
サプライヤー

P

ピレリ
ドライバーズ
チャンピオン
ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル
(レッドブル・レーシング)
コンストラクターズ
チャンピオン
オーストリアの旗 レッドブル・レーシング
公式サイト www.formula1.com
Motorsport current event.svg 現在のシーズン

フォーミュラ1Formula One英語発音: [ˈfɔːrmjulə ˈwʌn] フォーァミュラ・ン)は、モータースポーツカテゴリーの1つであり、その世界選手権を指す場合もある。略称F1(エフ・ワン)。

F1世界選手権 (FIA Formula One World Championship) は、国際自動車連盟 (FIA) が主催する自動車レースの最高峰で、現在は4輪の1人乗りフォーミュラカーで行われている。

概要[編集]

モータースポーツの最高峰[編集]

1950年イギリスシルバーストン・サーキットで始まった。ヨーロッパを中心に世界各国を転戦し、各レース毎の順位によって与えられる点数「チャンピオンシップ・ポイント」の総計によってチャンピオンを決定する。なお、FIAが主催する四輪自動車競技の世界選手権は、F1の他、世界ラリー選手権 (WRC)、世界ツーリングカー選手権 (WTCC)、世界耐久選手権 (WEC)がある。

Formula とは「決まり」「規定」を意味し、FIAが定めるクラスはF1以外にもフォーミュラ3 (F3)、フォーミュラ2 (F2)、フォーミュラ3000(F3000、現在はGP2)などがある。アメリカではオープン・ホイール(「露出した車輪」の意)と呼ばれ、北米圏ではインディカー・シリーズをトップフォーミュラとした独自の系統が存在する。日本にはF3000から発展した独立カテゴリー「スーパーフォーミュラ」がある。

出場する車両には、タイヤシャシーエンジンなどあらゆる部分に規定(テクニカルレギュレーション)があり、これに反した車両は走行できない。また、走行中のマナーなどの取り決め(スポーティングレギュレーション)もあり、違反した場合にはレース中のピット通過や、スターティンググリッド降格などのペナルティを課せられる。かつてはタイレルP34のような6輪も認められていたが、1983年以降は4輪の1人乗りフォーミュラカーに限られている。

かつては他のカテゴリー同様、1社のシャシーを複数のチームが使用することもあったが、現在ではコンコルド協定において、知的所有権を含め、過去2年のうちに参戦した他チームのシャシーを使用できないよう規定された。そのため、フォーミュラカー選手権としては唯一、全チームがオリジナルのシャシーを使用している[1]

ヨーロッパで広がった最高峰自動車レースのF1は、ヨーロッパにおいてはサッカーなどとともに、最も市民の熱狂を集めるスポーツの一つであり、1,000馬力超とも言われたターボエンジン搭載のモンスターマシンを操るスーパーライセンスを保持するF1ドライバーは「F1パイロット」とも別称され尊敬されていたが、近年は安全面などからパワーが抑えられているため、パイロットという呼称は最早使われなくなっている。

オリンピックFIFAワールドカップと共に世界的な人気も高いが、近年では景気後退によるスポンサーの撤退や開催費用の負担などから、最盛期に比べ人気は低落している。[2]にもかかわらず、全戦数は増える一方でコンストラクターの金銭難は悪化の一途をたどっており、2014年度はケータハムとマルシャに管財人の手が入りグランプリ中途での撤退を余儀なくされている。

最高峰の代名詞[編集]

「F1」はモータースポーツ以外にも、パワーボートを「海のF1」、レッドブル・エアレース・ワールドシリーズを「空のF1」、ボブスレーを「氷上のF1」と称するなど、トップカテゴリーの例えとして使われることがある。

開催国と開催数[編集]

イギリスイタリアでは、1950年以来継続して開催されている[3][4]。1960年代まではヨーロッパを中心に年間10戦前後で行われていたが、商業化と共に開催地域の拡大と開催数の増加が図られ、国々を転戦する興業一座という例えでグランプリ・サーカスと称されるようになった。1970年代から1980年代にかけてアメリカ大陸での開催が盛んになり、1990年代以降は参戦自動車メーカーが市場開拓を図るアジア地域での開催が増えており、新規開催を求める国も増加の一方である。

その間15戦前後で推移していた開催数は2000年代半ばから増加し、2005年と2010年~2011年には19戦、2012年にはついに20戦の大台に乗ったが、2013年は19戦開催。移動等で負担が非常に大きくなっているため、開催数を調整すべきという議論がされている一方、2014年のカレンダーによると、インドと韓国が消滅し新たにロシアとオーストリアが加わり全19戦となっている。

2015年のカレンダーはメキシコが復活し全20戦であるにもかかわらず、ケータハムとマルシャの撤退に伴いグリッドに並ぶマシンは20台揃うかどうかが不明という異例の事態へ発展する可能性が高い。

1国1開催[編集]

原則として1つの国で開催されるグランプリ (GP) は1シーズン中1回だけ(1国1開催)と定められている。しかし、様々な理由により複数回開催される例外がある。主な理由として、商業的見込みから人気ドライバーや人気チームを有するF1熱の高い国を重視する傾向が挙げられる。通常開催名は「国名+グランプリ」で表されるため、これらの例外では以下のような「別名」を使用している。

1997年は1国2開催がスペインGPとヨーロッパGP、ドイツGPとルクセンブルクGP、イタリアGPとサンマリノGPの3例行われた。極端な例としては、1982年アメリカで「アメリカ西GP」(ロング・ビーチ)・「アメリカ東GP」(デトロイト)・「ラスベガスGP」(ラスベガス)という1国3開催が行われた。

しかしながら、FIA2007年以降は1国1開催の原則を徹底する方針を示しており、同年から2012年までドイツグランプリはニュルブルクリンク(2007年、2009年、2011年)とホッケンハイム(2008年、2010年、2012年)で交互開催された。ヨーロッパGPも2012年をもって終了し、2013年よりスペインでのF1開催はカタロニアのみである。これはタバコ広告の禁止などの影響を含め、できるだけヨーロッパ以外の開催地を増やしてマーケットを拡大する意図があるものと見られている。2008年以降シンガポールグランプリ(2008年-)、アブダビグランプリ(2009年-)、韓国グランプリ(2010年-2013年)、インドグランプリ(2011年-2013年、2015年-)と立て続けにアジア地域でグランプリが始まった。その中の韓国グランプリは資金難を克服できずに、2013年で早くも無期限撤退。2014年にインドGPは休会するが、2016年度以降に年度ねじれを改め再開が検討されている。2016年度以降はタイでも開催が検討されている。2016年に開催されることが確実なのはアゼルバイジャンGPだけである。

また、2007年の日本GPが富士スピードウェイで開催されることが決まると鈴鹿サーキットが別名称での開催継続を要請したものの、原則もあってカレンダーから外れた。なお、鈴鹿サーキットに限らず、イモラでのサンマリノGPも2007年からは開催されていない。FOCAバーニー・エクレストンは、2007年および2008年は富士スピードウェイで日本GPを開催し、2009年以降は鈴鹿と富士で隔年開催することを発表していたが、富士のF1撤退に伴い、2010年も鈴鹿で開催されることとなった。なお、2018年まで鈴鹿サーキットにて日本GP開催が決まっている。

チャンピオンシップ[編集]

各レース毎の順位によって与えられる点数「チャンピオンシップ・ポイント」の総計によってチャンピオンが決定する。獲得ポイントの最も多い選手が「ドライバーズ・ワールド・チャンピオン」となる。過去には有効ポイント制を採用していた事もあった。車体製造者(コンストラクター)には2台までポイントが与えられその合計で「コンストラクターズ・ワールド・チャンピオン」が与えられる[5]

強力なターボ・エンジンと自然吸気 (NA) エンジンが混走した1987年には自然吸気エンジン搭載車のみでのチャンピオンシップが制定され、それぞれドライバーに与えられる「ジム・クラーク・カップ」、コンストラクターに与えられる「コーリン・チャップマン・カップ」と呼ばれたが、翌1988年、ターボ・エンジンの燃費規制が厳しくなり自然吸気エンジンとの戦力差が縮小され、1年限りで廃止された。その後、ターボ・エンジンは禁止になった。

基本的な競技の進行[編集]

フリー走行[編集]

金曜(モナコグランプリのみ木曜)に午前・午後の2回、土曜午前に1回、計3回の練習走行が設けられる。各マシンは過去のセッティングデータに基づいて開催サーキットの特性にある程度合わせて持ち込まれるが、実際に走行することによってドライバーの意見を反映させて微調整を繰り返す。また、参戦初年度のドライバーが過去に未体験のサーキットを走る場合、コースの習熟の意味も含まれている。近年ではマシンテストの回数を制限されているため、その代わりにフリー走行をマシンテストの場として利用したり、新しいパーツの評価を行ったりする場として活用せざるを得ない傾向にある。

予選[編集]

土曜午後に行われ、『ノックアウト方式』でスターティンググリッドを決定する。予選では、各車が一定時間内で自由に走行を行い、1周の最速タイムを競いあう。参加台数が24台の2011年の場合、24台が20分間走行するQ1(第1セッション)でタイム下位の7台がノックアウトされ、18位から24位までが決定される。続く15分間のQ2(第2セッション)では、17台からタイム下位の11位から17位が決定される。Q2でトップ10以内のドライバーは最後のQ3(第3セッション)へと進み、1位から10位までが決定する。Q3で一番速いタイムを記録した者にはポールポジションが与えられ、その後ろはタイム順で整列する事になる[6]

なお、タイムはマシンに搭載された無線装置により1/1,000秒単位まで計測される。まれに1/1,000秒まで同タイムのケースが見られるが、その場合には先にタイムを出したドライバーの順位が上になる[7]

2011年から107%ルールが再導入され、予選第1セッションのトップタイムから換算して107パーセントより遅いドライバーは決勝に参加できない予選落ちも復活した。

決勝[編集]

日曜午後に行われる決勝は、原則的に距離305kmを超える最も少ない周回数で争われる。また、レースが2時間を超えた場合は、その周回で打ち切られる。例外として、モナコグランプリ市街地コースで行われることによる体力的・精神的負担などを考慮し、また平均速度が極端に遅く(他コースより60km/hほど遅い)競技時間が長くなってしまうことから、1967年から約260kmで争われている。また、ドライコンディション時に2時間を超えて終了したコースについては翌年から周回数を減らして行われる[8]。全車静止した状態からスタートを切り(スタンディングスタート)[9]、規定の周回数を最初に走破したドライバーが優勝となる。

その後の順位は走破した周回数とその時間により決まる。すなわち優勝者と同じ周回を走りきったドライバー、その次に1周遅れのドライバー、2周遅れ…という順で、それぞれの中で先にゴールしたドライバーから順位がつけられる。途中リタイヤして、最後まで走り切れなかったドライバーも、全体の9割以上の周回を走っていれば周回遅れとして完走扱いになる(例…60周で行われるレースなら54周以上走っていたら完走扱いとなる)。そのため、1982年のモナコGPのように『フィニッシュできなかったドライバーが表彰台』という珍事も起こり得る[10]

例) 2004年日本GP 53周
順位 ドライバー タイム/時間差 備考
1位 ミハエル・シューマッハ 1時間24分26秒985
2位 ラルフ・シューマッハ +14秒098
3位 ジェンソン・バトン +19秒662
4位 佐藤琢磨 +31秒781
11位 ヤルノ・トゥルーリ +1周
16位 ジャンマリア・ブルーニ +3周
ルーベンス・バリチェロ 38周でリタイヤ(+15周) (完走扱いではない)

レース中にピットで可能な作業は時代によって異なり、タイヤ交換・マシン微調整などを行うことができる。(2010年からレース中にピットに入り給油することは禁止となった。)2007年からはレース中に2種類のタイヤを使用することが義務づけられたため、レース中のタイヤ交換は必ず行わなければならないが、その他については必ずしも行わなくても良い。現在ではコース上での追い抜きが難しくなったこともあり、このようなピットでの戦略(タイヤ交換・タイミング、以前は給油量など)がレースの勝敗を大きく左右する。

レギュレーションの変遷[編集]

自動車に関する技術の進歩とマシンの高速化による危険性の増加にともない、F1のレギュレーションは大小さまざまな変更がなされている。特に1994年サンマリノグランプリで起きた2件の死亡事故以後は、安全性向上のためのレギュレーションが多く施行された。この流れのレギュレーション変更には、主にスピードの低下を狙ったものと安全設備の設置を義務付けるものとがある。また、2000年代に入ってからは高騰したマシン開発費を抑制するためのレギュレーションが施行されている。

マシン[編集]

コンマ秒単位の争いをドライバーが担っていた時代は終わり、2014年現在はマシンの性能で表彰台に乗れるかどうかが左右される時代になってしまっている。このため、前年度ワールドチャンピオンがQ2ノックアウトということも今では一切珍しくなくなってしまっている。[11]

また、グランプリ中途での新規開発により下位コンストラクターがいつまでも不利、ということも理論上はないが、事実上上位コンストラクターが表彰台を独占することが慣例化してしまっている。このためF1の人気低落に歯止めがかからず、ヨーロッパのグランプリでは本選の空席も珍しくない。

ドライバー[編集]

セバスチャン・ベッテルによる「ペイドライバーは動く障害物だ」や「カーティケヤンはきゅうり」などの発言で知られるように、金でシートを買ったと悪名高い存在がペイドライバーである。1990年代からこの種のドライバーはまったく珍しくなかったが、資金の高額化により数十億円にも及ぶ資金でシートを用意されるドライバーも存在する。[12]

現在は必ずしも性能の悪いドライバーがペイドライバー、ということもなくなっており、本人の意にそぐわない形で資金を持ち込んでシートを得るドライバーも存在する。これはF1だけに限ったことではなく他のモータースポーツでも普通にみられることではあるが、F1の場合は特に資金が高額のため批判の対象になることが多い。

ミハエル・シューマッハが引退後ドライバーの低年齢化には歯止めがかからず、マックス・フェルスタッペンは史上最年少の17歳でF1のフリー走行をこなしている。2014年現在最年長のドライバーは34歳のキミ・ライコネンであり、35歳を過ぎたドライバーがチャンピオン争いをしていた時代は遠い過去になってしまっている。

レースイベント[編集]

各年毎の結果は下記囲み内のリンクを参照。

また、各グランプリの年別の勝者などについては、F1選手権レースの一覧から各グランプリ別の記事を参照。

追加決定のレース[編集]

今後、選手権に追加されることが決定しているレース

追加の検討がなされたレース[編集]

F1選手権への追加の検討が一度でもなされたレースイベントは以下。

Formula One Paddock Club[編集]

F1を代表するグランプリの1つであり毎年世界中のセレブリティーが訪れることでも有名なモナコグランプリをはじめ、各グランプリに「Formula One Paddock Club」と呼ばれる特別観戦エリアが設定されている。「Formula One Paddock Club」は、各国の有力者や文化人などのいわゆる「セレブリティー」が訪れるなど、単なるスポーツ観戦の枠を超えた社交場の1つとして提供されている。

この事は、F1がヨーロッパの文化や社交に根付いていることを象徴しているのみならず、高い入場料金が設定されている上、その多くがF1に多額の資金を注入している自動車メーカーやスポンサー向けに提供されていることから「多額の資金が投下され、商業化が進む近年のF1を象徴している」という指摘もある。

F1などのオープンホイールを題材とした作品[編集]

実写映画・ドラマ[編集]

マンガ・アニメ[編集]

など。自動車漫画#モータースポーツを主題にした作品も参照。

ゲーム[編集]

など。

音楽[編集]

小説[編集]

日本におけるテレビ中継[編集]

1986年以前[編集]

1976年のF1世界選手権イン・ジャパンと1977年の日本GPをTBSが中継し、その後1986年までは、TBSがダイジェスト形式で放送を行っていた。また、カーグラフィックTV(当時はテレビ朝日、現BS朝日)でも全戦をダイジェスト形式で放送を行っていたこともある。

1987年以降[編集]

1987年から日本GPが復活することや中嶋悟のフルタイム参戦に伴い、フジテレビは日本GPのみを中継できる権利を購入しようとFIAにかけあった。しかし、FIAの放映権販売の方針として、一つのグランプリだけを売ることをせず、すべてのグランプリの放映権を一括で購入させる方式をとっていた。そのため、フジテレビはある意味においてはやむなく独占中継権を取得した。放映権料は30億といわれた。同局はその際、日本GPの冠スポンサー(名称は「フジテレビジョン日本グランプリ」)にもなり、23年間冠スポンサーを継続したが、リーマンショックに端を発した不況の煽りを受け、2010年冠スポンサーの座を辞した。

なお、1991年の日本GPは日曜日の20時からというゴールデンタイムにテレビ放送された。バブル景気下における未曾有のF1ブームの上に、日本人初のレギュラードライバーの中嶋悟の最後の日本GP、セナとマンセルのタイトル争いといった要素が影響し、すでにレース終了から5時間以上が経ってからの録画中継という形にもかかわらず、20.8%(中部地域では27.4%)の高視聴率をマークした。

2012年以降[編集]

1987年から25年放送されてきた地上波放送がスポンサーの減少などの理由で終了しBSフジでの放送に移行されることになった(FOMとの放映権の契約は2013年まで)。CS放送(フジテレビNEXT)での全セッション生中継はこれまでどおり放送される。

生中継[編集]

F1日本グランプリは日本国内で開催されるにも関わらず、F1と同じくフジテレビ系列が放送する日本中央競馬会の日曜日のメインレースと時間帯が重なるため生中継ができず、日本国外では生中継が行われながら開催国では同日夜のゴールデンタイム・プライムタイムでの録画放送しか見られないと言うねじれ現象が長年続いていた。1994年のパシフィックGPが日本国内開催のF1グランプリレースとして初めてフジテレビ系列で生中継されたが、この時はレーススタート時間が12時30分であったことで、中央競馬中継とのバッティングが避けられている。しかしその後も長く、日本国内開催のF1グランプリレースが地上波で生中継されることはなかった。

2005年に、フジテレビが放送を開始して初めて日本GPの地上波生中継が実現した。ファイナルラップでマクラーレンキミ・ライコネンルノージャンカルロ・フィジケラを追い抜くという、1位と2位の逆転劇があったことなどにより平均視聴率10.3%(関東地区)とまずまずの結果を残したことから2006年以降も継続された。2007年9月30日の日本GPは日本中央競馬会のGI競走スプリンターズステークスと重なることからどうなるか注目されたが、日本GPの生中継は13時10分 - 15時15分(最大延長15時35分まで)となり、レギュラーの競馬中継時間と一部重なることになるが、F1・競馬両レースを生中継するにはほぼ問題ないスケジュールとなった。しかし日本GPが雨の影響でレース時間が延長になり、15時35分までF1が中継され、トップ3記者会見の非中継、また競馬もパドックや本馬場入場の非中継などの影響があった。2009年もGIスプリンターズステークスと重なるが、スプリンターズステークスの発走時刻を15時45分と、通常のGI発走時刻より5分遅くすることが決まっている。 しかし、2010年はレーススタート時刻が15時だったため、中央競馬中継(みんなのKEIBA)と時刻が被った。中央競馬中継のための規約の関係上、みんなのKEIBAを放送休止にはできないため、16時からの中継に変更となり、再び生放送はされなくなった。

海外グランプリではカナダGPブラジルGPなど南北アメリカ大陸で開催されるレースが時差の関係から生中継となる(1992年のメキシコGPとカナダGPは月曜朝(録画放送)・月曜深夜(ダイジェスト)と2回放送していた)。また、1999年と2006年オーストラリアGPが生中継で放送されている(2006年は残り3周あたりから生中継)。ヨーロッパにおいて開催されるレースは、レース時間が日本におけるゴールデンタイム、プライムタイムと重なり、その時間帯に相応しい高い視聴率が望めないために地上波での生中継は行われていない。

CS放送[編集]

CS放送は全戦生中継(金曜フリー走行、土曜日フリー走行、予選、決勝。)で、地上波とは別の実況・解説者にて放送している。今宮純川井一仁が現地のスタジオで、フジテレビのスタジオにいる実況アナウンサーともう一人の解説者(森脇基恭熊倉重春小倉茂徳など)と共に中継を行っている。なお音声切り替えにより、解説、実況のない現地の音声のみで楽しむことができる。

脚注[編集]

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  1. ^ ローラダラーラなどのシャシーメーカに製作を依頼することは可能だが、その場合もそのシャシーを他チームと共用することはできない。
  2. ^ 2014年の鈴鹿グランプリは15万人を初めて切った。
  3. ^ イタリアはイモラ開催の1980年以外はモンツァでの開催。
  4. ^ その次に開催数が多いフランスは1955年と2009年以降未開催となっている。
  5. ^ コンストラクターにはチームと言う意味合いは含まれて無いが、2005年現在ではレギュレーションに『チームと車体製造者は同一でなければならない』と記載されており、ルール上は同様の意味合いとなっている。
  6. ^ ただし、決勝レース前までにエンジン交換を行った場合にはその回数・タイミングに応じて、10グリッド降格等のペナルティが課される。また、危険走行などに対するペナルティ(タイム加算ペナルティ、予選上位タイムの取り消しペナルティ、予選全タイムの取り消しペナルティなど)でグリッド降格となることもある。
  7. ^ 1997年ヘレスサーキットでのヨーロッパグランプリにてジャック・ビルヌーブミハエル・シューマッハハインツ・ハラルド・フレンツェンが1分21秒072の同タイムとなりビルヌーブがポールポジションを獲得した。それ以前には、1988年鈴鹿にてネルソン・ピケと中嶋悟が1分43秒693の同タイムだったが、先にタイムを出したネルソン・ピケが5位、中嶋悟が6位になったという例もある。
  8. ^ フェニックス市街地で行われたアメリカGPが代表例(1989年では75周で優勝タイム2時間1分33秒133、翌1990年では72周に変更)。
  9. ^ ただし、雨天時などスタンディングスタートで行うリスクが高いと判断された場合は、セーフティカーの先導によるローリングスタートが行われる場合もある。
  10. ^ 優勝者と同一周回内でチェッカーフラッグを受けたドライバーがいなかったため。ちなみに、このとき2位・3位になったディディエ・ピローニアンドレア・デ・チェザリスは、共にファイナルラップ中にガス欠を起こしリタイヤしている。
  11. ^ セバスチャン・ベッテルは2013年度ワールドチャンピオンであるにもかかわらず、2014年度はチームメイトに負けた上Q2でカットされたグランプリがある。
  12. ^ パストール・マルドナドはベネズエラの石油会社がスポンサーになっており、ロータスのシートへの資金は史上最高額を更新した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公式サイト
ニュースサイト