スクーデリア・トロ・ロッソ

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トロ・ロッソ
エントリー名 Scuderia Toro Rosso
チーム国籍 イタリアの旗 イタリア
チーム本拠地 イタリアの旗 イタリアファエンツァ
チーム代表者 フランツ・トスト
テクニカルディレクター ジェームス・キー
2014年のF1世界選手権
ドライバー ロシアの旗 ダニール・クビアト
フランスの旗 ジャン=エリック・ベルニュ
テストドライバー TBA
シャーシ トロ・ロッソ STR9
エンジン ルノー・エナジー F1-2014
タイヤ ピレリ
F1世界選手権におけるチーム履歴
参戦年度 2006 -
出走回数 147 (294台)
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズ
タイトル
0
優勝回数 1
通算獲得ポイント 169
表彰台(3位以内)回数 1
ポールポジション 1
ファステストラップ 0
F1デビュー戦 2006年バーレーンGP
初勝利 2008年イタリアGP
2013年順位 8位(33pts)
( ※ : 記録は2013年ブラジルグランプリ終了時 )
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スクデリーア・トロ・ロッソ (Scuderia Toro Rosso)は、2006年からF1に参戦しているレーシングコンストラクター。本拠地はイタリアファエンツァ

概要[編集]

ジュニアチーム[編集]

2005年11月1日、世界的エナジードリンクメーカーであるレッドブル社がF1チームのミナルディを買収して設立した。チーム代表のフランツ・トストほか主要人事は交代しているが、ファエンツァの本拠地とチームクルーはミナルディから引き継いだ形となっている。

レッドブル社は先にジャガー・レーシングを買収してレッドブル・レーシングとして運営しており、トロ・ロッソはその弟チームにあたる。レッドブル社が後援する若手ドライバー養成プログラム(レッドブル・ジュニアチーム)の契約ドライバーを起用して経験を積ませ、才能が認められれば本家のレッドブル・レーシングへ昇格させるというシステムを採用している。ジュニアチームの責任者は、元F1ドライバーのヘルムート・マルコが務めている。

レッドブル・レーシングは本拠地がイギリス、チーム国籍はレッドブル本社のあるオーストリア登録となっているが、トロ・ロッソの場合はミナルディ時代と変わらぬイタリア国籍である。この2チームはマシンのカラーリングも似ているが、トロ・ロッソはノーズが金色で、エンジンカウルに雄牛のイラストが描かれている点で識別することができる。このイラストはJos Pirknerがデザインし、Knud Tirochがすべてのカウルにエアブラシでペイントしている[1]

当初、レッドブルは2チームで同じマシンを使用し、開発の効率化とコストの節約を図ろうとした。コンコルド協定には2チーム間のマシン売買を禁じる「カスタマーカー禁止条項」が存在するため、2009年までは関連会社のレッドブル・テクノロジーがマシンを開発し、レッドブル・レーシングと本チームにその知的所有権を譲渡するという方法を採っていた。しかし、スーパーアグリとともにスパイカーから提訴され、 2010年より自社でマシンを開発・製造する「コンストラクター化」を迫られることになった。

名称[編集]

イタリア語でスクーデリア (Scuderia)は馬小屋や厩舎から転じて「チーム」、トロ (Toro) は「(去勢されていない)雄牛」、ロッソ (Rosso) は「赤色」を意味し、英語に訳すとTeam Red Bullとなる。コンストラクター(シャーシ)銘柄はSTRと表記される。

当初は「スクアドラ・トロ・ロッソ(Squadra Toro Rosso)」というチーム名を使用したが、この「スクアドラ」は主にサッカークラブなどに対して用いるものではないかという意見が多数寄せられたため、後に似た意味であるが通常レーシングチームに対して用いられる「スクーデリアScuderia)」に変更された。なお、かつて1980年代にF1にエントリーしていたイタリアのコンストラクターのオゼッラのチーム名は「オゼッラ・スクアドラ・コルセ(Osella Squadra Corse)」だった。

チーム所有[編集]

チームオーナーはレッドブル創業者のディートリッヒ・マテシッツ2006年2月から2008年11月まで、元F1ドライバーのゲルハルト・ベルガーがチーム株式の50%を取得してチームの共同オーナーに就任し、同時にアドバイザーという形でチームに加わっていた。

2010年よりコンストラクター化が必須とされると、マテシッツはチーム売却の意思を明らかにした。ただし、売却は2008年シーズン中には行わないことも明言した[2]

2008年11月25日にマテシッツは、ベルガーが所有していた株式を買い戻したと発表した。これによってトロ・ロッソは再びレッドブル・レーシングとともにマテシッツによって運営される[3]。株式売却したベルガーによれば、この売買の理由はレッドブルがトロロッソチーム売却を望んだため[4]。自身の保有株式をレッドブルに売却することでチーム所有者を一本化、チーム売却をよりスムースに行わせるためと思われる。

しかし、いわゆるリーマン・ショック後の世界的な景気低迷によりチームの買収に本格的に乗り出す企業がなく、2013年現在もチームはマテシッツの所有となっている。

来歴[編集]

2006年[編集]

STR1をドライブするスコット・スピードアメリカGP

初年度となるこの年はレースドライバーにヴィタントニオ・リウッツィスコット・スピード、リザーブ&テストドライバーにニール・ジャニという若手で揃えたラインナップとし、3名全てレッドブル・ジュニアチーム出身のドライバーを起用した。

F1で使用されるエンジンはこの年からV8・2.4リッターエンジンに変更されたが、トロ・ロッソだけはプライベーターであるという理由によって、エンジンは前年度にミナルディが使用していたコスワース製のV10・3リッターエンジンにリストリクター(吸気制限装置)を装着し、さらに最高回転数を制限されたものを使用した。シャーシは前年にレッドブルが使用したRB1と酷似したSTR1で出走した。

これらの点については公平性という観点から疑問の声が上がった。制限付きのV10エンジンの使用については、元々ごく小規模なチームで常に資金難に喘いでいたミナルディからの要請であったため、他チームも使用を認めたという経緯があり、その後にミナルディを買収して誕生し、資金的にはその気になればコスワースを会社ごと買収できるほど潤沢であったトロ・ロッソにおいても認める必要があるのかという点で疑問視され、V10エンジンを使用することで他チームに対して有利となる局面が生じるのではないかと指摘する声も少なくなかった。実際にFIAはV10エンジンを使用するトロ・ロッソがレースにおいて大きなアドバンテージを得ていると判断した場合には、最高回転数をさらに引き下げる準備を行なっていた。

シャシーについても、2006年に参戦を開始したスーパーアグリB・A・Rチームの2005年もしくはそれ以前に用いたシャシーを使用しようとしてFIAに禁じられたケースと矛盾があり、疑問の声が聞かれる。シャシーについては元々はこのシャシーがレッドブルの前身となるジャガー・レーシング時代に設計されたものであり、すでに存在しないコンストラクターであるジャガーのシャシーであることが使用が許可されている理由であると理解されているが、この点はB・A・Rのケースにおいても同様である。

シーズン開幕後、リストリクターと回転数を16,700rpmに制限する規制により最高速は抑えられたものの、エンジンを低回転で最大トルクが出るようにチューニングしたことにより、中低速コーナーからの加速性能に優れるようになり、特に低速サーキットではグリッド上位に上がるようになった。これに対して、改めてトロ・ロッソにV10エンジンの使用を認めるか否かの議論が起きた。しかし、シーズンが進むにつれて各チームがV8エンジンの性能を上げてきたため、他チームの疑問視する声もシーズン中盤には治まることとなった。

2007年からはレッドブルが所有していたフェラーリエンジンの供給契約を譲り受け、コスワースV10を手放すことが発表された。

当時の共同オーナーだったベルガーはこのエンジン騒動について「規制されたエンジンが一番遅くなければいけないという根拠はない。ルールの中で我々が最善を尽くした結果だ」とコメントしている。

2007年[編集]

レースドライバーは前年に続き、ヴィタントニオ・リウッツィとスコット・スピードという布陣でスタート。しかし、当初からドライバー陣と共同オーナーであるベルガーとの関係がギクシャクしており、開幕前から心配する声が出ていた。また、マシンは「STR2」で、デザインはエイドリアン・ニューウェイである。

前年同様、このマシンもカスタマーシャシーではないかとの批判を受けたが、問題はないとの立場を取っていた。しかし、カスタマーシャシーに反対するスパイカーF1と、トロ・ロッソ、スーパーアグリの三者間で商業権料をシェアするなどの合意がなされた。

エイドリアン・ニューウェイがデザインしたマシンということで期待も一部にはあったが、2チームに共通の部品を供給する十分な余裕がなく、レッドブル・レーシングが優先されることや信頼性の問題もあって、完走さえままならない状況になってしまった。唯一、モナコGPではスピードが入賞一歩手前の9位に入った。しかし、スピードとチーム首脳陣の関係は開幕前よりもさらに悪化。第10戦ヨーロッパGPでリタイアしたスピードはトスト代表と口論して更迭された。

第11戦ハンガリーGP以降は、BMWザウバーのリザーブ&テストドライバーを務めていたセバスチャン・ベッテルが加入。日本GPではベッテルが3位を走行したが、マーク・ウェバーに追突してリタイアした。続く中国GPにおいて待望のダブル入賞を果たした。

2008年[編集]

STR3をドライブするベッテル(前)とボーデ(後)

ドライバーは、2007年度途中より加入したセバスチャン・ベッテルと、2004-2007年チャンプカー4年連続チャンピオンのセバスチャン・ボーデである。

トロ・ロッソのチーム代表であるフランツ・トストは、前年のマシンを2008年のレギュレーションに合わせた「STR2B」で序盤の4戦を戦う意向を示していた[5]が、STR3用のパーツが間に合わないとの理由で、第5戦トルコGPまで使用され、STR3は第6戦モナコGPから投入された。エンジンは引き続きフェラーリから供給を受ける。

STR2Bは開幕戦にボーデが7位に入った以外は入賞できなかった。しかし、STR3を投入してからはフェラーリエンジンのパワフルさにも助けられ、入賞圏内でフィニッシュすることも多くなる。そして、第13戦ベルギーGPではファイナルラップまでボーデが3位を走行したが、最後は雨に祟られ7位に落ちてしまった。だが、次戦イタリアGP予選では前回とは逆に雨に助けられ、ベッテルがチームと自身初のポールポジションを、ボーデが自己最高位の4位を獲得。決勝でもベッテルがそのまま首位を守り、F1史上最年少優勝となる自身初優勝を成し遂げた。この優勝は、

  • ベッテルのF1史上最年少優勝および史上最年少での表彰台登壇。
  • トロ・ロッソにとって前身のミナルディ時代を含めて初の優勝(表彰台獲得自体も初めて)。
  • 1957年のマセラティ250F駆るスターリング・モス以来、約半世紀ぶりのフェラーリ以外のイタリアチームによるイタリアGP優勝。
  • フェラーリのカスタマーエンジンの初優勝。
  • 実質的親チームのレッドブル・レーシングよりも先に初優勝を成し遂げた。

という記録づくめの優勝となった。開発技術・開発スピード・開発費の全てが高騰し、非メーカー系のプライベートチームが優勝することはもはや不可能と言われている昨今のF1にあって、このベッテルの優勝は近年稀に見る快挙といえる。最終的に、コンストラクターズポイント・シーズンランキングともに本家レッドブル・レーシングを上回る成績を収めた。

イタリアGP後のヘレス合同テスト、およびシーズン終了後の11月17日より行われたバルセロナ合同テストで、2009年のドライバーオーディションとして佐藤琢磨セバスチャン・ブエミをテストした。[6]

2009年[編集]

STR4をドライブするセバスチャン・ブエミドイツGP

ベッテルのレッドブル・レーシングへの抜擢が決定し、1月9日に新人のブエミがレギュラーシートを獲得。ボーデと佐藤が残るシートを争うことになったが、2月7日にボーデの契約継続が発表され、F1復帰を狙っていた佐藤は選から漏れた。

開幕戦では2台ダブル入賞を果たしたものの、前年後半戦の好調から一転して、再びポイント獲得に苦労する中団のポジションに戻ってしまった。

ドイツGP終了後に成績不振のボーデが解雇され、ハンガリーGPからハイメ・アルグエルスアリが出走した。アルグエルスアリは19歳125日という最年少出走記録を作った。

2010年[編集]

前年に引き続きブエミとアルグエルスアリがレースドライバーとして継続が発表され、テストドライバーにはレッドブル・レーシングとの掛け持ちという形でブレンドン・ハートレイダニエル・リチャルドが発表された。なお2010年より他チームとのマシンデザイン共有が認められなくなったため、同年のニューマシンであるSTR5は、前年型のSTR4をベースとしつつも独自にデザイン・製造されたマシンであった。

開幕戦バーレーンGPから第9戦ヨーロッパGPまではコンスタントに両ドライバーがポイントを着実に重ね計5回の入賞で10ポイントを稼いでいた。ところが中盤戦から復調してきたザウバーに対して苦戦をしいられる結果となり、ポイントランキングでもリードを許してしまう。第16戦日本GPでブエミが7戦ぶりに10位入賞、その後に最終戦アブダビGPでアルグエルスアリが9位入賞を果たすもコンストラクターズポイントで31ポイントの大差をつけられて9位13ポイントに終わった。

F1における戦績[編集]

シャーシー
エンジン
タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 ポイント ランキング
2006 STR1
コスワースTJ2005(V10)
M BHR
バーレーンの旗
MAL
マレーシアの旗
AUS
オーストラリアの旗
SMR
サンマリノの旗
EUR
欧州連合の旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
GBR
イギリスの旗
CAN
カナダの旗
USA
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
TUR
トルコの旗
ITA
イタリアの旗
CHN
中華人民共和国の旗
JPN
日本の旗
BRA
ブラジルの旗
1 9th
ヴィタントニオ・リウッツィ 11 11 Ret 14 Ret 15 10 13 13 8 13 10 Ret Ret 14 10 14 13
スコット・スピード 13 Ret 9 15 11 Ret 13 Ret 10 Ret 10 12 11 13 13 14 18 11
2007 STR2
フェラーリTipo056(V8)
B AUS
オーストラリアの旗
MAL
マレーシアの旗
BHR
バーレーンの旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
CAN
カナダの旗
USA
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
EUR
欧州連合の旗
HUN
ハンガリーの旗
TUR
トルコの旗
ITA
イタリアの旗
BEL
ベルギーの旗
JPN
日本の旗
CHN
中華人民共和国の旗
BRA
ブラジルの旗
8 7th
ヴィタントニオ・リウッツィ 14 17 Ret Ret Ret Ret 17 Ret 16 Ret Ret 15 17 12 9 6 13
スコット・スピード Ret 14 Ret Ret 9 Ret 13 Ret Ret Ret
セバスチャン・ベッテル 16 19 18 Ret Ret 4 Ret
2008 STR2B,STR3
フェラーリTipo056(V8)
B AUS
オーストラリアの旗
MAL
マレーシアの旗
BHR
バーレーンの旗
ESP
スペインの旗
TUR
トルコの旗
MON
モナコの旗
CAN
カナダの旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
EUR
欧州連合の旗
BEL
ベルギーの旗
ITA
イタリアの旗
SIN
シンガポールの旗
JPN
日本の旗
CHN
中華人民共和国の旗
BRA
ブラジルの旗
39 6th
セバスチャン・ボーデ 7 Ret 15 Ret Ret Ret 13 17 11 12 18 10 7 18 12 10 13 14
セバスチャン・ベッテル Ret Ret Ret Ret 17 5 8 12 Ret 8 Ret 6 5 1 5 6 9 4
2009 STR4
フェラーリTipo056 V8
B AUS
オーストラリアの旗
MAL
マレーシアの旗
CHN
中華人民共和国の旗
BHR
バーレーンの旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
TUR
トルコの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
EUR
欧州連合の旗
BEL
ベルギーの旗
ITA
イタリアの旗
SIN
シンガポールの旗
JPN
日本の旗
BRA
ブラジルの旗
ABU
アラブ首長国連邦の旗
8 10th
セバスチャン・ボーデ 8 10 11 13 Ret 8 18 Ret Ret
ハイメ・アルグエルスアリ 15 16 Ret Ret Ret Ret 13 Ret
セバスチャン・ブエミ 7 16 8 17 Ret Ret 15 18 16 16 Ret 12 13 Ret Ret 7 8
2010 STR5
フェラーリTipo056(V8)
B BHR
バーレーンの旗
AUS
オーストラリアの旗
MAL
マレーシアの旗
CHN
中華人民共和国の旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
TUR
トルコの旗
CAN
カナダの旗
EUR
欧州連合の旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
BEL
ベルギーの旗
ITA
イタリアの旗
SIN
シンガポールの旗
JPN
日本の旗
KOR
韓国の旗
BRA
ブラジルの旗
ABU
アラブ首長国連邦の旗
13 9th
セバスチャン・ブエミ 16 Ret 11 Ret Ret 10 16 8 9 12 Ret 12 12 11 14 10 Ret 13 15
ハイメ・アルグエルスアリ 13 11 9 13 10 11 12 12 13 Ret 15 Ret 13 15 12 11 11 11 9

出典[編集]

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  1. ^ "Making Of Toro Rosso". Tiroch Art. (2010年5月24日) 2013年5月31日閲覧。
  2. ^ Toro Rosso team put up for sale- (autosport.com 2008年3月18日)
  3. ^ レッドブル トロロッソの株式を買い戻す(GP UPDATE 2008年11月26日)
  4. ^ F1way.comより
  5. ^ Toro Rosso to start 2008 with old car- (Manipe F12007年11月17日)
  6. ^ http://jp.f1-live.com/f1/jp/headlines/news/detail/080919210351.shtml

関連項目[編集]

外部リンク[編集]