アメリカグランプリ

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Flag of the United States.svg United States Grand Prix
サーキット・オブ・ジ・アメリカズ
Austin circuit.svg
レース情報
周回 56[1]
コース長 5.516 km (3.427 mi)
レース長 308.896[1] km (191.939 mi)
開催回数 43
初回 1908年
最多勝利
(ドライバー)
ドイツの旗 ミハエル・シューマッハ (5)
最多勝利
(コンストラクター)
イタリアの旗 フェラーリ (9)
最新開催(2013年):
ポールポジション ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル
Red Bull-Renault
1:36.338
決勝順位 1. ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル
レッドブル-ルノー
1:39.17.168
2. フランスの旗 ロマン・グロージャン
Lotus-Renault
+6.284
3. オーストラリアの旗 マーク・ウェバー
Red Bull-Renault
+8.396
ファステストラップ ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル
Red Bull-Renault
1:39.856

アメリカグランプリ(アメリカGP, : United States Grand Prix)は、アメリカ合衆国1959年から断続的に行われているF1世界選手権レースのひとつ。その他、アメリカ国内で開催された、アメリカグランプリ以外のF1選手権レースについても本項目で記述する。

歴史[編集]

前史[編集]

1912年のアメリカン・グランド・プライズ

19世紀末の自動車の発明以来、アメリカでは草競馬場のコースを利用したオーバルレースが人気となり、インディ5001908年-)を含む全米選手権の発足に至る。その一方、ヨーロッパタイプの公道サーキットでレースを行おうとする者も現れ、1904年には欧米交流戦のヴァンダービルト杯が始まり、1908年には欧州のグランプリ規定に則ったアメリカン・グランド・プライズ (American Grand Prize) が創設された。アメリカン・グランド・プライズはジョージア州サバンナウィスコンシン州ミルウォーキーカリフォルニア州サンタモニカ、カリフォルニア州サンフランシスコといった場所で1916年までに7回開催された(1911年以降はヴァンダービルト杯との同時開催)。1914年の大会を制したマーサー (Mercer) を除けば、いずれも優勝したのは欧州車であった。第一次世界大戦によりヨーロッパのレース界との交流が絶たれると、この種のイベントは開催されなくなった。

1950年にF1世界選手権が創設されると、インディ500も選手権の1戦に組み込まれたが、ヨーロッパからの参戦者も少なかったため、1960年限りでF1のカレンダーから姿を消した。

アメリカグランプリの成功と衰退[編集]

1958年カリフォルニア州リバーサイド・インターナショナル・レースウェイにて開催されたUSACスポーツカー選手権 (USAC Road Racing Championship) の1戦に「アメリカグランプリ (United States Grand Prix) 」の名が冠せられた。そして翌1959年に、フロリダ州の飛行場跡地に出来たサーキット、セブリング・インターナショナル・レースウェイでF1世界選手権のアメリカGPが初開催された。1960年にリバーサイドで開催されたあと、翌1961年から1980年まではニューヨーク州ワトキンズグレン・インターナショナル・レースウェイで行われた。「グレン」ことワトキンズグレンでは紅葉の美しい季節に開催され、シーズン終盤の名物レースとなった。

当地では徐々にF1が浸透し、商業的観点からモータースポーツが重視されるようになっていくと、1976年から1984年までは年2回開催されるようになった(1982年は年3回)。この期間はアメリカGPの他に「アメリカ西グランプリ」「アメリカ東グランプリ」「ラスベガスGP」といった名称も使用された(詳細は後述のアメリカグランプリ以外の名称で行われたF1レースを参照)。

しかし、サーキットは市街地の仮設コースばかりで、レースが行われる際の安全性確保や興行的問題、さらにCART(後のチャンプカー)人気上昇等の問題から、開催数は次第に減少していった。そして1991年にアリゾナ州フェニックス市街地コースで行われたアメリカGPを最後に、一旦は米国内でF1が開催されなくなる。

インディアナポリスでの復活[編集]

インディアナポリスのコースレイアウト。F1ではオーバルトラックを逆走し、インフィールドのロードコースも使用する。

F1は「世界選手権」の名を掲げているが、アメリカ国内においてはNASCARインディカーなどのカテゴリーに比べてマイナーな存在であり、人気が定着しきれないでいた。こうした事態を打破するため、インディ500ブリックヤード400が行われているアメリカンモータースポーツ界の聖地、インディアナポリス・モーター・スピードウェイを舞台にして、2000年よりアメリカGPが復活することとなった。初開催の決勝日には巨大なスタンドを埋める20万人もの観客を集め、当地における潜在的なF1人気を実証することになった。

2003年まではシーズン終盤のレースとして9月末に開催されてきたが、2004年以降は参戦チームの遠征費用効率化を目的とし、6月にカナダGPとの連戦で開催されるようになった。

2005年ミシュランタイヤのトラブルに端を発し、ミシュランタイヤ装着全7チーム14台がフォーメーションラップのみで自主リタイアブリヂストンタイヤを装着する3チーム6台のみでレースが行われるという異常事態が発生した(詳細は2005年アメリカGPを参照)。この事件はミシュランと国際自動車連盟 (FIA) の間に大きな亀裂を生む事となり、2006年のミシュランF1撤退に少なからぬ影響を及ぼした。加えて退屈なレースに観客からの不満が爆発し、主催者はチケットの返金などの対応に追われる事になった。

こうした経緯から主催者とFIAの関係も悪化の一途を辿り、2008年のF1アメリカグランプリ開催を断念する共同声明を発表するに至った。

オースティン、ニュージャージーでの開催[編集]

F1に参戦するチーム・自動車メーカー・スポンサーからは「大消費地であるアメリカでF1が開催されないことは、宣伝媒体としてのF1の価値を低下させる」としてアメリカでの開催を復活させるよう根強い要望があった。F1の興行権を持つフォーミュラ・ワン・マネジメント(FOM)が米国内の様々なサーキットと交渉を行った結果、2012年より新たにテキサス州オースティンにサーキットを建設してアメリカグランプリを復活させることが決定した[2]

2010年9月にはヘルマン・ティルケ率いるティルケデザインの設計による新サーキットのコースレイアウトが公表された[3]。サーキットの建設は同年12月に開始され、建設費用は約2億ドル[4]。サーキット建設に当たっては、NFLミネソタ・バイキングスNBAサンアントニオ・スパーズなどのオーナーを務めたこともある投資家のレッド・マコームズ、元ロードレース世界選手権(WGP)・GP500クラスチャンピオンのケビン・シュワンツなどの支援を受けている[5]。後にこのサーキットはサーキット・オブ・ジ・アメリカズと名づけられた。

メディアの中にはサーキットの建設費用などの調達ができず開催が流れる危険性を憂慮するものもあり[6]、実際プロモーター側でも、場合によっては同地でのグランプリ初開催が1年延期され2013年にずれ込む可能性を認めていたが[7]、予定通り2012年11月にレースが開催された。

一方で、2013年からはニュージャージー州でもう1つのグランプリが開催される予定とされ、2011年10月25日に同州知事が開催を発表した。ハドソン川を挟んでニューヨークマンハッタンの対岸に位置するウィーホーケンウェストニューヨークにまたがる市街地を使用する[8]としていたが、サーキット建設の認可手続きが間に合わず、実際の開催は2015年からにずれ込む見込みとされている[9]。名称はニュージャージーグランプリとなる予定である。

アメリカグランプリ以外の名称で行われたF1レース[編集]

米国内で実施されながら、複数回の開催のためにアメリカグランプリ以外の名前で行われたレースがある。1982年は米国内で実に3回ものグランプリが開催された。また、インディ500もF1選手権に組み込まれていた。

アメリカ東グランプリ[編集]

1961年よりワトキンズグレンで「アメリカグランプリ」が開催されていたが、1976年にロングビーチもF1レースを開催することになり、アメリカでは2戦が行われることになった。ロングビーチは「アメリカ西グランプリ」と呼ばれ、ワトキンズグレンはこの年から「アメリカ東グランプリ」と呼ばれるようになった。

1980年限りでワトキンズグレンのレースは終了したが、1982年からはデトロイトで「アメリカ東グランプリ」が開催された。1983年限りでロングビーチの「アメリカ西グランプリ」は終了したが、1984年にはダラスがF1を開催し、このレースが「アメリカグランプリ」と呼ばれ、デトロイトのレースは「アメリカ東グランプリ」の名を維持した。1985年にはアメリカでの開催が1レースとなり、デトロイトのレースは「アメリカグランプリ」と呼ばれるようになった。以後、アメリカでのF1レースは「アメリカグランプリ」の名で開催されている(2008年シーズン終了時)。

アメリカ西グランプリ[編集]

1976年から1983年までロングビーチ市街地コースを使用して開催された。カリフォルニア州ロングビーチ市街をサーキットとして使用した。1周3.251kmを初め多彩なレイアウトがある。

ラスベガスグランプリ[編集]

1981年1982年ラスベガス市街地コースを使用して開催された。ラスベガスホテルシーザーズ・パレスの巨大駐車場コンクリートウォールを設置、1周3.650kmのコースを急造して開催された。1981年はウィリアムズアラン・ジョーンズが、1982年はティレルミケーレ・アルボレートがそれぞれ勝利したが、2年で打ち切りとなった。

インディ500[編集]

1950年からインディ500がF1世界選手権に組み込まれた。選手権ポイントも他のGP同様与えられたが、インディ500と他のF1GPに参戦するドライバーも少数だった。1960年をもってF1世界選手権から除外された。

主な出来事[編集]

過去のF1レースの結果[編集]

(インディ500は除く)

グランプリ名 決勝日 ラウンド サーキット 優勝者 所属チーム 結果
1959 アメリカGP 12月12日 9 セブリング ブルース・マクラーレン クーパー 詳細
1960 アメリカGP 11月20日 10 リバーサイド スターリング・モス ロブ・ウォーカー 詳細
1961 アメリカGP 10月8日 8 ワトキンズ・グレン イネス・アイルランド ロータス 詳細
1962 アメリカGP 10月7日 8 ワトキンズ・グレン ジム・クラーク ロータス 詳細
1963 アメリカGP 10月6日 8 ワトキンズ・グレン グラハム・ヒル BRM 詳細
1964 アメリカGP 10月4日 9 ワトキンズ・グレン グラハム・ヒル BRM 詳細
1965 アメリカGP 10月3日 9 ワトキンズ・グレン グラハム・ヒル BRM 詳細
1966 アメリカGP 10月2日 8 ワトキンズ・グレン ジム・クラーク ロータス 詳細
1967 アメリカGP 10月1日 10 ワトキンズ・グレン ジム・クラーク ロータス 詳細
1968 アメリカGP 10月6日 11 ワトキンズ・グレン ジャッキー・スチュワート マトラ 詳細
1969 アメリカGP 10月5日 10 ワトキンズ・グレン ヨッヘン・リント ロータス 詳細
1970 アメリカGP 10月4日 12 ワトキンズ・グレン エマーソン・フィッティパルディ ロータス 詳細
1971 アメリカGP 10月3日 11 ワトキンズ・グレン フランソワ・セベール ティレル 詳細
1972 アメリカGP 10月8日 12 ワトキンズ・グレン ジャッキー・スチュワート ティレル 詳細
1973 アメリカGP 10月7日 15 ワトキンズ・グレン ロニー・ピーターソン ロータス 詳細
1974 アメリカGP 10月6日 15 ワトキンズ・グレン カルロス・ロイテマン ブラバム 詳細
1975 アメリカGP 10月5日 14 ワトキンズ・グレン ニキ・ラウダ フェラーリ 詳細
1976 アメリカ西GP 3月28日 3 ロングビーチ クレイ・レガツォーニ フェラーリ 詳細
アメリカ東GP 10月10日 15 ワトキンズ・グレン ジェームス・ハント マクラーレン 詳細
1977 アメリカ西GP 4月3日 4 ロングビーチ マリオ・アンドレッティ ロータス 詳細
アメリカ東GP 10月2日 15 ワトキンズ・グレン ジェームス・ハント マクラーレン 詳細
1978 アメリカ西GP 4月2日 4 ロングビーチ カルロス・ロイテマン フェラーリ 詳細
アメリカ東GP 10月1日 15 ワトキンズ・グレン カルロス・ロイテマン フェラーリ 詳細
1979 アメリカ西GP 4月8日 4 ロングビーチ ジル・ヴィルヌーヴ フェラーリ 詳細
アメリカ東GP 10月7日 15 ワトキンズ・グレン ジル・ヴィルヌーヴ フェラーリ 詳細
1980 アメリカ西GP 3月30日 4 ロングビーチ ネルソン・ピケ ブラバム 詳細
アメリカ東GP 10月5日 14 ワトキンズ・グレン アラン・ジョーンズ ウィリアムズ 詳細
1981 アメリカ西GP 3月15日 1 ロングビーチ アラン・ジョーンズ ウィリアムズ 詳細
ラスベガスGP 10月17日 15 ラスベガス アラン・ジョーンズ ウィリアムズ 詳細
1982 アメリカ西GP 4月4日 3 ロングビーチ ニキ・ラウダ マクラーレン 詳細
アメリカ東GP 6月6日 7 デトロイト ジョン・ワトソン マクラーレン 詳細
ラスベガスGP 9月25日 16 ラスベガス ミケーレ・アルボレート ティレル 詳細
1983 アメリカ西GP 3月27日 2 ロングビーチ ジョン・ワトソン マクラーレン 詳細
アメリカ東GP 6月5日 7 デトロイト ミケーレ・アルボレート ティレル 詳細
1984 アメリカ東GP 6月24日 8 デトロイト ネルソン・ピケ ブラバム 詳細
アメリカGP 7月8日 9 ダラス ケケ・ロズベルグ ウィリアムズ 詳細
1985 アメリカGP 6月23日 6 デトロイト ケケ・ロズベルグ ウィリアムズ 詳細
1986 アメリカGP 6月22日 7 デトロイト アイルトン・セナ ロータス 詳細
1987 アメリカGP 6月21日 6 デトロイト アイルトン・セナ ロータス 詳細
1988 アメリカGP 6月19日 6 デトロイト アイルトン・セナ マクラーレン 詳細
1989 アメリカGP 6月4日 5 フェニックス アラン・プロスト マクラーレン 詳細
1990 アメリカGP 3月11日 1 フェニックス アイルトン・セナ マクラーレン 詳細
1991 アメリカGP 3月10日 1 フェニックス アイルトン・セナ マクラーレン 詳細
1992 -
1999
開催されず
2000 アメリカGP 9月24日 15 インディアナポリス ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
2001 アメリカGP 9月30日 16 インディアナポリス ミカ・ハッキネン マクラーレン 詳細
2002 アメリカGP 9月29日 16 インディアナポリス ルーベンス・バリチェロ フェラーリ 詳細
2003 アメリカGP 9月28日 15 インディアナポリス ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
2004 アメリカGP 6月20日 9 インディアナポリス ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
2005 アメリカGP 6月19日 9 インディアナポリス ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
2006 アメリカGP 7月2日 10 インディアナポリス ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
2007 アメリカGP 6月17日 7 インディアナポリス ルイス・ハミルトン マクラーレン 詳細
2008 -
2011
開催されず
2012 アメリカGP 11月18日 19 オースティン ルイス・ハミルトン マクラーレン 詳細
2013 アメリカGP 11月17日 18 オースティン セバスチャン・ベッテル レッドブル 詳細

脚注[編集]

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出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]