視聴率

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視聴率(しちょうりつ)は、あるテレビ番組をその地区のテレビ所有世帯のうち何パーセントが視聴したかを表す推定値であり、一つの指標である。視聴率には個人視聴率と世帯視聴率があるが、一般的に視聴率といえば世帯視聴率のことを指す。

概説[編集]

かつては「聴視率」という言い方もされていた[1]

視聴率の測定は基本的に、モニター世帯に設置されるテレビに接続した専用の機器から得られるデータを基にしている。地域や調査内容によっては、日記式のアンケートによる調査を行っているものもある。

「視聴率」はその時刻に「テレビの電源が入っていた世帯からの割合」で測るものではなく、「調査対象世帯全体に対する割合」である。例えば、100世帯がテレビ視聴率計測の対象だったとした場合、そのうちの「1世帯がテレビをつけていた状態」とする。しかし、「残りの99世帯がテレビを消していた状態」の場合、つけていた1世帯が視聴していた番組の視聴率は100パーセントではなく、1パーセントとなる。電源が入っていた世帯からの割合で測る場合は、それぞれの局の割合を「番組視聴占拠率」と呼ぶ。

"平均視聴率"は毎分0秒の時の視聴率(瞬間視聴率)の平均で求められており、一番組中で最も高かった瞬間視聴率をマスコミ用語で"瞬間最高視聴率"として考慮することもある。

なお瞬間視聴率、瞬間最高視聴率という言葉はマスコミによる造語[2]で、「ビデオリサーチ」ではそれぞれ毎分視聴率、毎分視聴率の最高値という。

視聴率というものを調査する意義は、大きく分けて

  • 各種番組の視聴率から、国民の関心の高さを探る
  • 視聴率の移り変わりから社会の動きを知る
  • テレビの媒体力や広告効果のひとつの指標として提示することで、利用スポンサーに対して広告料をもらう根拠とできる

といったものがある。

2014年7月には初めて録画率を表す「録画視聴率」が公開された。

日本[編集]

日本では、測定する有力会社が「ビデオリサーチ」1つのみになった2000年3月以降、同社の調査結果が世帯視聴率とされている。「ビデオリサーチ」の場合、機械式の視聴率調査は関東関西名古屋札幌仙台福島新潟静岡岡山香川広島北部九州の11地区で毎日、青森岩手秋田山形富山金沢長野山陰鳥取島根)、山口愛媛高知熊本長崎大分鹿児島沖縄の16地区で毎月の月始め2週間、それぞれ調査期間を設けて調査を行っている。標本数は関東、関西、名古屋の3地区で600、それ以外の地区は200である。なお、放送エリア内に地元民放テレビ局が3局以上あることが機械式視聴率調査の条件のため、福井山梨徳島佐賀宮崎では機械式視聴率調査は行われていない[注釈 1]

また、衛星放送ケーブルテレビ地上独立テレビ局などは一括して「その他の局」という扱いとなり、個別の数字は特に公表されていない[3]が、NHK BSスポーツ中継NHK BSプレミアム移行後の連続テレビ小説大河ドラマなどはマスコミによって公表されている。また、録画による視聴(録画率)やパソコンによる視聴はカウントされていない(ただし録画率ランキングがある)。地上デジタル放送については、2003年12月の開始当初は対象外[注釈 2]としていたが、普及に合わせてデジタル対応の調査機器への更新が進められた[4]

一般に関東、関西、名古屋地区などで、ゴールデンタイムで15パーセントを超えるとヒット作と言われることが多く、逆に10パーセントを切ると「一桁」として視聴率が低迷していると言われることが多い。

民間放送各社、特にキー局にとってはこの数値が1パーセント増減しただけで利益や広告の営業活動に大きく響くため、視聴率を重視している。また、全国の世帯から徴収する受信料で成り立つ日本放送協会(NHK)も同様に重視している。

これまでの関東地区における最高視聴率は「ビデオリサーチ」が視聴率調査を開始した1962年12月3日以降では1963年12月31日NHK総合テレビ第14回NHK紅白歌合戦』で記録した81.4パーセントであり(1961年-2000年に行われていた「ニールセン」による調査でも『第14回NHK紅白歌合戦』の89.8パーセントが最高)、「ビデオリサーチ」以前も含めた最高視聴率は1955年5月30日日本テレビボクシング中継・パスカル・ペレス白井義男戦で記録した96.1パーセント(電通調べ)[5]である。

「ビデオリサーチ」調査における関東地区の全日視聴率では、NHK総合が1963年から1986年までの24年間、各民放キー局を押しのけて、連続して1位を獲得していた[6][注釈 3]1987年以降は民放局がその座を獲得することが多くなった。

「ビデオリサーチ」調査では『NHK紅白歌合戦』があることなど(後述)から、年間視聴率1位はNHK総合の番組ということが多い。2001年までNHK総合の番組が年間視聴率1位の座を譲ったことがなかった(紅白についても1997年まで年間視聴率1位の座を譲ったことがなかった)。2002年以降は年によっては民放番組(主に国際スポーツ中継の日本戦)が年間視聴率1位を獲得することもある。

在京局歴代最高視聴率(ビデオリサーチ・関東地区調べ)
放送局 番組名 放送日 放送時間 長さ 視聴率
NHK総合 第14回NHK紅白歌合戦 1963年(昭和38年)
12月31日
21:05 - 23:45 160分 81.4 %
NHK Eテレ 第61回全国高等学校野球選手権大会 箕島×星稜箕島対星稜延長18回 1979年(昭和54年)
8月16日
18:00 - 20:00 120分 29.4 %
日本テレビ 日本プロレス中継WWA世界選手権・ザ・デストロイヤー×力道山 1963年(昭和38年)
5月24日
20:00 - 21:15 075分 64.0 %
テレビ朝日 2006 FIFAワールドカップ 日本×クロアチア 2006年(平成18年)
6月18日
21:35 - 翌0:30 175分 52.7 %
TBSテレビ 2010 FIFAワールドカップ 日本×パラグアイ 2010年(平成22年)
6月29日
22:40 - 翌1:10 150分 57.3 %
テレビ東京 1994 FIFAワールドカップアジア地区最終予選 日本×イラクドーハの悲劇 1993年(平成5年)
10月28日
22:00 - 翌0:15 135分 48.1 %
フジテレビ 2002 FIFAワールドカップ 日本×ロシア 2002年(平成14年)
6月9日
20:00 - 22:54 174分 66.1 %

歴史[編集]

日本[編集]

日本における視聴率は記録に残っているものでは、1954年に「NHK放送文化研究所」が年に2回、訪問面接法による調査を開始したのが最初[7]。「NHK放送文化研究所」による調査は、1971年に調査方式を配付回収法に変更した。数か月に1回、1週間分の個人視聴率の調査・発表を行っている。

1955年には電通が年に4回、日記式のアンケートによる調査を開始した[8](電通による視聴率調査は1963年1月が最終。以後の調査は「ビデオリサーチ」へ引き継がれる[9])。

1958年には社団法人中央調査社が同じく日記式のアンケートによる調査を年に4回開始し、1959年には年12回(毎月)に拡大した[10]1961年4月、ニールセンが日本に進出し測定機械による世帯視聴率調査を開始し、1962年12月からはビデオリサーチ社も調査を開始した[11]。当時は測定器を該当する世帯のテレビに取り付け、情報を紙テープに記録するオフラインメータ方式[12]で、調査員が記録テープを回収[13]した後に集計を行っていたため、前週の視聴率が翌週に判明する状態であった[14]

1977年9月26日、関東地区にてビデオリサーチが開発した「ミノル・メーター」[15][16]を使用し、通信回路(電話回線)を経由して情報を自動回収するオンラインメータ方式[12]による調査を開始したことにより、翌日には視聴率が判明するようになった[13][14]

長らくこのニールセンとビデオリサーチの2社が日本国内における世帯視聴率を測定していたが、2000年3月にニールセンが日本国内における視聴率調査から撤退し[17]、それ以後は、世帯視聴率はビデオリサーチの測定した結果のみが用いられることとなった。撤退の理由は個人視聴率導入に関して民放キー局と意見が対立したからだとされる。

2006年8月よりジュピターテレコム(J:COM)が、番組供給事業者向けにセットトップボックス(STB)の双方向機能を使った「デジタル視聴率」の提供を開始した[18]

2011年7月4日にビデオリサーチは、フルセグ放送が視聴できるデスクトップパソコンとケーブルテレビデジアナ変換を「パソコンテレビ」として視聴率の調査対象に加えた。また、同年7月24日以降、アナログ放送が終了したエリアでは、調査対象がデジタル放送を視聴できる世帯のみとなっている。

2015年1月から録画タイムシフトによる視聴率提供を予定している[19][20][21]

日本国外[編集]

アメリカでは1950年代以降、視聴率調査はニールセン・メディア・リサーチ社が業務を独占している[22]。調査方法は、アメリカ全国調査は1987年よりピープルメーター方式(それ以前は日記式アンケート)、地域調査は1週間分の日記式のアンケートを郵送する方式に加えて、2003年後半から2004年前半にピープルメーター方式を導入した[22]

問題点[編集]

データの信憑性についての批判[編集]

視聴率のデータの信憑性に対する主な批判としては次のようなものが挙げられる。

  • 「ビデオリサーチ」社は調査方法の詳細を公開していないため、信憑性を検証できない。
  • 「ビデオリサーチ」社は等間隔抽出法を使っているため、単純無作為抽出法層化抽出法に比べて標本誤差が大きい(それに対して、NHKの個人視聴率調査は層化無作為二段抽出法であるため、標本誤差が小さい[23])。
  • 日本における視聴率の調査は、(2000年3月以降から)「ビデオリサーチ」1社が独占しており、競合する業者が存在しないため、他の同等の品質の比較データがない。
  • サンプル(標本)の数が少ない。多くて数百件しかないため、少ない件数で大きく数値が変動してしまう(最低でも数千件単位の標本がないと信頼できるデータが得られない)。この脆弱性を悪用し、過去に日本テレビ視聴率買収事件が起こっており、今後も同様の問題が起こる可能性がある。
  • テレビのない家庭が含まれていない。
  • 視聴データを回収するために固定電話回線が使われているが、携帯電話IP電話の普及によって固定電話を持たない家庭が増えてきている[24]
  • あくまで協力世帯のみであり、職業家族構成が聞かれたり、電気代の代わりに謝礼が払われるため、バイアスがかかる。

統計学的なデータの質についての問題[編集]

  • データの誤差がほとんど考慮されない。「ビデオリサーチ」社の調査方法では、標本数600・信頼度95パーセントの場合、視聴率10パーセントの時の誤差±2.4ポイント、視聴率20パーセントの時の誤差は±3.3ポイントである。つまり、「視聴率20.0パーセント」と発表された場合の視聴率は「16.7 〜 23.3パーセントの間にある」確率が95パーセントということである。標本数200の地域ではさらに誤差が大きい。
  • 「首都圏などの都市部では標本数が600」の場合と、「地方では標本数が200」の差があり、「都市部」と「地方」で標本数に違いがあるため、地域間の単純比較が難しく、公平性を欠いている。
  • 調査は「世帯」の単位で行っているので、テレビが一家に2台以上ある実態に対応できていない。また、録画率については対応していない。NHKを除き地上局(のスポンサー)にとっては、CMを飛ばされる録画を視聴率に加える価値はないともいえる。しかし、テレビドラマ特撮テレビアニメなどは後にDVDブルーレイディスクなどのパッケージ商品としてソフト化をすることが恒例である。特撮やテレビアニメは放送中(もしくは放送後、放送前)にグッズ販売をすることがほとんどであり、録画視聴者がグッズ購入に走ることも考えられ一概に録画を否定することはできない。また、中には『婚カツ!』のように(前半は)視聴率が低いが録画率では好調という番組もあった[25]
  • 「民放の地上波」を対象とした場合、「首都圏」(在京キー局5局 + 独立局)・「都市部」(テレビ東京系を含む5局)・「地方」(民放のチャンネル数が4局以下)において、チャンネル数と視聴できる番組(特にテレビアニメ・バラエティ番組の有無)の差が著しく、全ての市・町・村を対象に、単一の番組が公平に視聴できるわけではないため、民放5局が視聴可能な関東・関西などの都市部に偏る。
  • 発表された視聴率が記事になる時は、基本的に「関東地区」の視聴率のみが記事になり、「キー局と同時に視聴できるローカル局」が対象に含まれていない。しかし、関東地区で視聴率が低くても、他地区で視聴率が高くなることや低くなることもある。
  • その番組自体を「観なければ」視聴率が上がらないのであるが、番組内で興味深い内容が放送された場合、何故かそのタイミングで視聴率が上がることが多い(視聴者にとって、その番組自体を「観なければ」内容が解らないため)。

その他の問題[編集]

  • 一般視聴者が確認できる視聴率はランキング上位のごく一部の番組に留まっており、各番組の視聴率などの詳細はテレビ視聴率日報を見ることができる主にマスメディア関係の人しか判らない。
  • 番組内容が評価対象となる視聴質が無視されることにつながる。
  • 地域別・男女別・年齢層別のデータしかないため、データマイニングによる詳細な視聴者分析をすることができない。詳細なクラスタ解析ができてないため、番組製作や広告が曖昧なターゲット向けになってしまっている。

番組内容への影響[編集]

視聴率は番組の良し悪しについての客観的指標として最も使用されている。視聴率が高い番組は「広告効果が高い番組である」という評価となり、その分利益も大きくなるため、キー局主体のテレビ局は様々な手段で視聴率向上のための努力をする。しかし、その努力が行き過ぎると、番組内容は二の次で高視聴率を取れる番組を制作しようとしてしまう。その結果、様々な悪影響を与えてしまうこととなる。

  • 興味本位の番組・大衆迎合的番組が増える。また、そのような番組制作にて報道の自由を大義名分にプライバシー権・放送倫理を侵害する問題が発生する温床となる。
  • 高視聴率を望む傾向が強くなるので、ドラマを中心にバラエティ番組情報番組に出演して宣伝する番組が多い。ただ、低視聴率番組は途中で打ち切られやすいが、打ち切りとなった番組が後に多大な評価を得ることも希にある。
  • 視聴者も刺激的、ドラマ的な展開を求めたがるためにやらせなどの捏造行為が発生しやすい。特に軽度のやらせは「演出」の一種として扱う傾向があり、番組全体の劇場化が指摘される。中には犯罪を依頼し、作られた事件現場を真っ先に報道していたとして調査された事件も存在する[26]
  • 視聴率調査地域(東京23区政令指定都市県庁所在地の都市部)と、それ以外の市・町・村における情報格差。
  • 公正にニュースを伝えることを目標とする報道番組についても、キー局は視聴率獲得のために、特に世間から関心の高いと判断したものばかりを伝える傾向があるとされる。

視聴者への煽り[編集]

キー局は時折、視聴率を稼ぐため「ワイドショー」やスキャンダルなどにおける渦中の人物などを出演させ新聞のテレビ欄に「○○出演」などと煽るケースがある。ほとんどのケースで視聴率稼ぎのため人物を冒頭から出演させることはなく「もうすぐ○○登場」などとテロップで煽り、「番組の終盤で登場する」「番組の最後で差し障りのない内容のみ放送する」「同業の別人を出演させる」などのケースがあり、視聴者から抗議の電話が寄せられキー局が謝罪などの対応に追われることがある[27]

視聴者よりスポンサーを向いた番組作り[編集]

上記のように視聴率が番組の良し悪しを決める唯一無二の存在になると、視聴者より「スポンサーの意向を反映」した番組になりやすい。例えば、バラエティ番組ではハイライトシーンの直前に山場CMが入ることが2000年頃から常識になっている。また、スポンサーが重視する購買欲の高い若い女性向け(F1層)の番組がバブル景気以降増えており、1980年代以前のゴールデンタイムは、老若男女だれでも受け入れられる番組が主体だったのに対して、それ以降は明らかに女性をターゲットにした番組がゴールデンタイムでも主流になっている。特に情報系番組は「女性に人気」「女性が支持する」といった語句を並べてあたかも男性視聴者は存在しないような番組作りを行っている番組もある。日本テレビは同局の人気番組であった「伊東家の食卓」を「女性の視聴率が低い」という理由で終了させた(週刊ダイヤモンド2011年1月15日号「新聞・テレビ勝者なき消耗戦」より) 。

そして、スポンサーの発言は(ローカル局を含めた)テレビ界全体を萎縮させる力を持っており、例えば2008年11月の厚生労働省への批判報道に対して経団連名誉会長兼トヨタ自動車相談役の奥田碩が「厚労省叩きは異常な話。正直言ってマスコミに報復してやろうかな。スポンサーを降りるとか」[28]と発言すると、日本民間放送連盟会長の広瀬道貞(兼テレビ朝日相談役)は「テレビの影響力の大きさから言えば、ある種の節度が必要かなという気もした」とトヨタに屈服するような発言をも行った。特に日本テレビ『踊る!さんま御殿!!』では自身の起こした窃盗事件を番組内で公表した芸能人の出演を巡りスポンサーのトヨタ自動車が「(芸能人)を出すならスポンサーを降りる」と番組およびスタッフに通告した。芸能人が出演した回はトヨタ自動車がスポンサーを降り、最終的にタレントが出演自粛を表明した事情も存在した。

視聴率争い[編集]

視聴率がテレビ局の評価を決めると言っても過言ではないため、国や時代、時間帯を問わず視聴率争いは行われている。ここではその代表的なものをあげる。

土曜20時戦争[編集]

TBSの『8時だョ!全員集合』(1969年-1985年)が「お化け番組」と呼ばれる程の凄まじい人気を誇ったことで発生した。当初『コント55号の世界は笑う』で優位だったライバルのフジテレビは対抗する番組を企画するも悉く放送終了し、土曜20時枠は「鬼門」とまで言われた。1974年に荒井注ザ・ドリフターズから抜けて暫くは『欽ちゃんのドンとやってみよう!』の成功もあって視聴率が逆転したが、志村けんの「東村山音頭」のヒットで再び逆転、以後、『オレたちひょうきん族』(1981年 - 1989年、フジテレビ)が登場するまで対抗出来る番組は無かった。中には『ピーマン白書』のように大々的な番宣キャンペーンを行ったにも関わらず、放送回数6回で打ち切りになったものも存在した。その現象は日本テレビでも発生し『全日本プロレス中継』や当時人気番組『笑点』の司会だった三波伸介を要して『爆笑ヒット大進撃!!』『ダントツ笑撃隊!!』を放送し対抗するが短命で終了した。当時のドリフの人気を示すエピソードとしてタレントの王理恵は自分はドリフ(全員集合)を見たかったが、家では父(王貞治)が出ている野球中継を見ていた。月曜日、自分は学校でドリフの話についていけなかったと当時を回顧した[29]

『オレたちひょうきん族』放送開始直後視聴率は伸び悩んだが、ドリフターズの不祥事もあり、以降『オレたちひょうきん族』は徐々に視聴率を獲得し、1984年の年間視聴率でついに全員集合を逆転、翌1985年に全員集合は終了した。その後全員集合の後継番組『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(以下『ごきげんテレビ』)が放送されると今度はフライデー襲撃事件により、看板だったビートたけしが抜けたこともあり徐々に『ごきげんテレビ』が視聴率を獲得し『オレたちひょうきん族』を逆転、1989年、『オレたちひょうきん族』は放送終了となった。

1990年代に入ると『ごきげんテレビ』への対抗として、『マジカル頭脳パワー!!』(日本テレビ)、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』(フジテレビ)が放送開始。テレビ朝日も1978年から続く『暴れん坊将軍シリーズ』を放送、人気4番組による争いとなる。争いは1年ほど続いたが、まず『ごきげんテレビ』が『KATO&KENテレビバスターズ』としてリニューアルするも視聴率で低迷し終了。『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』も収録時の事故により放送が打ち切られると、『めちゃ×2イケてるッ!』(以下『めちゃイケ』、1996年-)の放送まで再びフジテレビの土曜20時枠は「鬼門」となった。『マジカル頭脳パワー!!』は『あるなしクイズ」が番組をまたいで大ブームとなったこともあり[注釈 4]視聴率を獲得したが、プロ野球中継により放送を返上することが度々あったためプロ野球中継による番組休止から回避するために番組枠を移動した。

TBSは1993年に『どうぶつ奇想天外!』をスタート。当初は『マジカル頭脳パワー!!』に苦戦したが『マジカル頭脳パワー!!』の移動により安定した視聴率を獲得し「親が子どもに見せたい番組」の上位にランクインされる人気番組になった。フジテレビも1996年に『めちゃイケ』をスタートさせると視聴率を獲得、1978年の放送以来、常に安定した人気を保っていた『暴れん坊将軍シリーズ』を移動させた。

その後しばらくは『めちゃイケ』の独走状態であったが、2004年に放送開始した日本テレビ『世界一受けたい授業』の台頭により、同番組に陰りが見え始めてくる。2006年度には『世界一受けたい授業』が『めちゃイケ』を上回ることも珍しくなくなった。その後、追いうちをかけるように、2008年にTBSでドラマ『ROOKIES』が放送され、このことが顕著となった同作品が終わっても視聴率が回復しなかった。しかし、その後『めちゃイケ』は特別企画を中心に視聴率を稼いでいる。しかし、2010年以降はテレビ東京の『土曜スペシャル』が「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」を中心に人気を集め、中には『めちゃイケ』を凌ぐ視聴率を記録する回もあり[30]、『めちゃイケ』の独走状態ではなくなっている。

放送局 番組名 放送時間 長さ
日本テレビ 世界一受けたい授業 19:56 - 20:54 058分
テレビ朝日 関ジャニの仕分け∞ 19:54 - 20:54 060分
TBSテレビ ジョブチューン アノ職業のヒミツぶっちゃけます! 19:56 - 20:54 058分
テレビ東京 土曜スペシャル・第2部 19:00 - 20:54 114分
フジテレビ めちゃ2イケてるッ! 19:57 - 20:54 057分

木曜21時戦争及びとんねるず包囲網[編集]

1970年代から80年代前半にかけて、木曜21時はTBSの『ザ・ベストテン』が一強状態であったが、1988年頃になると、『ザ・ベストテン』の人気にも陰りが出始め視聴率が1桁の回もあった[31]。フジテレビは10月、人気を誇ったとんねるずの初ゴールデン冠番組として『とんねるずのみなさんのおかげです』(現在は『とんねるずのみなさんのおかげでした』)を開始。『みなさんのおかげです』の初回視聴率は27.9パーセントを記録、一気に『ザ・ベストテン』を破り、『ザ・ベストテンは1年後放送を終了する。逆に『みなさんのおかげです』はその年から1994年まで7年連続で年間バラエティ番組平均視聴率ランキング第一位を獲得することになる。一方、フジテレビ以外の民放3局(日本テレビ、テレビ朝日、TBS)は横並びに視聴率が5パーセント以下と低迷した。この事態に3局は揃ってドラマを編成してフジテレビに対抗しようとしたが、とんねるず人気は落ちず、結局2006年までとんねるずの番組(『ラスタとんねるず'94』、『とんねるずの本汁でしょう!!』、『とんねるずのみなさんのおかげでした』)がこの時間帯の視聴率一位を譲らなかった。

放送局 番組名 放送時間 長さ
日本テレビ 秘密のケンミンSHOW 21:00 - 21:54 54分
テレビ朝日 木曜ドラマ 21:00 - 21:54 54分
TBSテレビ 木曜ドラマ劇場 21:00 - 21:54 54分
テレビ東京 和風総本家 21:00 - 21:54 54分
フジテレビ とんねるずのみなさんのおかげでした 21:00 - 21:54 54分

札幌戦争[編集]

北海道地区の夕方ワイド番組における視聴率争いで、札幌テレビ放送(STV)が1991年10月に始めた『どさんこワイド120』を中心としたものである[32]

1989年10月、北海道文化放送(UHB)が道内初の夕方ワイド番組となる『TVポテトジャーナル』をスタートさせた。視聴率は当初苦戦していたが、次第に2桁を取る週が出るようになる。STVは2年後の1991年に『どさんこワイド』をスタートさせる。『どさんこワイド』も『TVポテトジャーナル』同様、視聴率は当初は苦戦したものの、次第に視聴率が向上する。『どさんこワイド』の成功を受け、北海道放送(HBC)は1993年10月に『HBCゆうやけワイド・テレビ一番星』を16時から19時までの3時間、『テレポート6』を内包する形で開始するが、STVも『どさんこワイド』の放送時間を『テレビ一番星』と同じ16時から19時までの時間帯まで拡大させた。 その後夕方ワイド番組はHBC・STV・UHBの巴戦が続いていたが、UHBは1993年10月に『TVポテトジャーナル』から番組名を変更した『ポテト』を1994年9月に終了させ、ドラマの再放送枠に戻る。その後北海道テレビ放送(HTB)が1999年4月に『情報ワイド 夕方Don!Don!』を17・18時台でスタートさせ夕方ワイド番組の視聴率争いに参入した。さらには2002年にはNHK北海道が『ほくほくテレビ』を2003年にはTVhも『おばんでスタ!』を放送、夕方ワイド番組争いに参入するが撤退した。2011年4月、一時期夕方ワイド番組から撤退したUHBは夕方ワイド番組『U型テレビ』をスタートさせた。

放送局 番組名 放送時間 長さ
札幌テレビ放送 どさんこワイド179 15:48 - 19:00 192分
北海道テレビ放送 イチオシ! 15:55 - 19:00 185分
北海道放送 今日ドキッ! 15:50 - 19:00 190分
北海道文化放送 U型ライブ 15:52 - 16:48 056分

金曜20時戦争[編集]

1970年代から1980年代にかけて金曜20時に放送された『太陽にほえろ』(日本テレビ)と『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日)、TBSのドラマ・バラエティ番組の視聴率争いを中心としたものである。『太陽にほえろ』と『ワールドプロレスリング』の両番組は、ほぼ同時期にスタートし同時期に終了や枠移動を行っている[注釈 5]。当時、日本プロレスの中継は日本テレビとNET(現テレビ朝日)の2局で放送を行っていたが、日本プロレスの意向により日本テレビはジャイアント馬場中心の試合を、NETはアントニオ猪木の試合を中心に放送していた。その後、日本プロレスから猪木が除名されたことを機に、NET首脳陣は馬場の試合中継を要求、日本プロレス幹部がこれに応じたため日本テレビ側が激怒、1972年5月、放送していた日本プロレス中継を打ち切り、7月21日から金曜夜20時枠に刑事ドラマ『太陽にほえろ』の放送を開始した。一方のNETは、1週間後の7月28日より同じく金曜夜20時枠に『NET日本プロレスリング中継』のタイトルでプロレス番組を開始した。当初、日本テレビは『太陽にほえろ』の放送を1クールで終了させ[33]10月から馬場が設立した全日本プロレスの中継番組を『ワールドプロレスリング』に直接ぶつける計画があった[34]。しかし、『太陽にほえろ』が高視聴率を記録したため『全日本プロレス中継』は土曜夜20時枠に放送し、お化け番組と称された『8時だョ!全員集合』にぶつけることとなった。その後、『太陽にほえろ』が新人や無名俳優を主演の新米刑事として出演させ、成長させるパターンで安定した視聴率を稼いだのに対し、『ワールドプロレスリング』がアントニオ猪木を中心とした異種格闘技路線で高視聴率を挙げた。

両番組のために低迷していたTBS1979年秋から学園ドラマ『3年B組金八先生』を放送。『金八先生』は放送開始するや瞬く間に巷の話題となって視聴率が毎回上がり続け、視聴率争いは三つ巴となる。『金八先生』は半年後の終了前には30パーセントを超える視聴率を毎回獲得して『太陽にほえろ』と『ワールドプロレスリング』を完全に逆転した。特に『金八先生』第1シリーズの最終回は関東地区で39.9パーセントの視聴率を記録した[35]。同日、『太陽にほえろ』は400回スペシャルを放送したが視聴率は『金八先生』の半分以下18.8パーセントに終わる[36]。『金八先生』第2シリーズ終了後もTBSは『金八先生』と舞台設定を同じにした学園ドラマ、通称・桜中学シリーズをこの時間帯に敷いてリードを保つ。その間、『太陽にほえろ』は見所であった殉職降板&新刑事登場を連発して巻き返しを図る。『ワールドプロレスリング』もタイガーマスク(初代)や長州力を登場させた。特に小林邦昭がタイガーマスクのマスクを剥ぎにかかるシーンが放送されるとタイガーの正体見たさに視聴率が上昇した[37]。その反抗の影響と桜中学シリーズ自体もシリーズを重ねて飽きられ始めると、再び三つ巴の様相となっていった。しかし、1986年5月にTBSが当時絶大な人気を誇るビートたけしをメインに据えた視聴者参加型バラエティ番組『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』をスタートさせると抜きんでた視聴率を稼ぐようになって金曜20時の視聴率の覇権を収めた。日本テレビは主演の石原裕次郎の体調不良もあって『太陽にほえろ』の終了を決断。テレビ朝日も『ワールドプロレスリング』を月曜20時台へ移動させ、音楽番組『ミュージックステーション』の放送を開始した。長寿番組だった両番組を追いやった『風雲!たけし城』だが、同年12月のフライデー襲撃事件により、看板だったビートたけしと番組に多く出演していた弟子のたけし軍団が芸能活動謹慎となって画面から消え一時の勢いが衰えてしまい、金曜20時の視聴率争いは再び混沌としていく。

一方、フジテレビは1979年秋当時人気番組だった『ザ・ベストテン』に対抗して『ビッグベストテン』放送するが振るわず半年で打ち切られた。また後続番組『花の金曜ゴールデンスタジオ』→『ハナキンスタジオ』も同様に打ち切られ単発番組枠へ移動した。1988年、『ミュージックステーション』や『風雲!たけし城』に対抗するため明石家さんまを中心とした新番組の計画や『オレたちひょうきん族』の放送枠移動の計画があったが昭和天皇の病状悪化による自粛ブームや出演者の問題もあり中止になった。

放送局 番組名 放送時間 長さ
日本テレビ なんでもワールドランキング ネプ&イモトの世界番付 19:56 - 20:54 58分
テレビ朝日 ミュージックステーション 20:00 - 20:54 54分
TBSテレビ ぴったんこカン・カン 19:56 - 20:54 58分
テレビ東京 金曜8時のドラマ 19:58 - 20:54 56分
フジテレビ してみるテレビ!教訓のススメ 19:57 - 20:54 57分

正午戦争[編集]

1960年代から1970年代後半にかけてTBSの『ベルトクイズQ&Q』、テレビ朝日の『アフタヌーンショー』の2大番組が争っていた。1970年代お昼の視聴率で苦戦していたフジテレビは1980年、漫才ブームに便乗し『笑ってる場合ですよ!』を放送。漫才ブーム終焉後の1982年『森田一義アワー 笑っていいとも!』の放送を開始する。『笑っていいとも!』は瞬く間に人気を博しギネスブックに登録されるほどの人気番組になった。1985年、やらせリンチ事件をきっかけに『アフタヌーンショー』が打ち切られると他局の番組に太刀打ちできる番組はなく正午の時間帯はいいともの一人勝ち状態となったことから視聴率争いは日本テレビ、TBS、テレビ朝日による2位争いに移行した。実際みのもんたは『午後は○○おもいッきりテレビ』(以下『おもいっきりテレビ』)の司会に就任した際の記者会見で、目標を『笑っていいとも!』ではなく当時時間帯2位だった『新伍のお待ちどおさま』に設定するなど2位争いが過熱した。

日本テレビは1987年、おもいッきりテレビを放送。当初は『笑っていいとも!』をはじめ他局に苦戦したが1989年、司会の山本コータローが参議院選挙出馬のため降板。みのもんたに司会が変わると、それまでの内容を一新した事が功を奏し、中高年を中心に人気が出はじめた。視聴率で『笑っていいとも!』を逆転する日もあり、それまでの2位争いからみのもんた症候群という造語までできたおもいっきりテレビと、若者を中心に安定した人気を保つ『笑っていいとも!』2番組の戦いへと変わっていく。

一方、アフタヌーンショーの打ち切り以降同時間帯で苦戦し2位争いから脱落していたテレビ朝日は1996年に『ワイド!スクランブル』を放送。再びワイドショー路線に回帰すると同時に視聴率も上向きになった。2004年4月1日保坂尚希の離婚会見を独占生中継した際は『笑っていいとも!』、『おもいっきりテレビ』を抑え視聴率1位を獲得するなど[38]放送内容によっては『笑っていいとも!』、『おもいっきりテレビ』を上回ることもあった。

TBSは『ベルトクイズQ&Q』の終了以降、お昼の番組に苦戦することになった。特に90年代は『新伍のお待ちどおさま』が終了すると、テレビ朝日同様に短命で終了する番組が続出、正午は死に枠とさえいわれた。2000年『ベストタイム』の放送以降苦戦を続けていたが2012年『ひるおび!・第2部』にて年間視聴率が同時間帯横並びトップを獲得した。

2014年3月、フジテレビは人気番組『笑っていいとも!』を終了させ4月より新番組『バイキング』を放送、テレビ朝日も4月より長寿番組『徹子の部屋』の放送枠を移動し放送している。

放送局 番組名 放送時間 長さ
日本テレビ ヒルナンデス! 11:55 - 13:55 120分
テレビ朝日 徹子の部屋 12:00 - 12:30 030分
TBSテレビ ひるおび!・第2部 11:55 - 13:50 115分
テレビ東京 昼めし旅 〜あなたのご飯見せてください!〜 11:45 - 12:40 055分
フジテレビ バイキング 11:55 - 13:00 065分

マンデー・ナイト・ウォー[編集]

1990年代後半のアメリカ合衆国では、米国を二分するプロレス団体のWWF(現・WWE)とWCW(解散し現存しない)が、月曜夜の同じ時間帯にプロレス中継(WWFの『MONDAY NIGHT RAW』、WCWの『MONDAY NITRO』)を放送しており、熾烈な視聴率争いが発生していた[39][40]

この視聴率争いは凄まじく、ライバル団体の放送を見て何の前触れもなしに対戦カードを変更する、視聴率で押されそうになると現地スタッフがレスラーに乱入を指令する、などの常軌を逸した演出も日常茶飯事であった。当初はWCWが人気レスラーを起用しnWoブームを生むなど優勢であったが、WWFが選手や社長一家の抗争を前面に出すアティテュード路線に変更することで巻き返し、ついにはWCWを解散に追い込んだ。

大阪土曜戦争[編集]

1950年代から朝日放送が製作し土曜の夜に大阪地区で絶大な人気を誇った関西ローカル番組『部長刑事』を巡る争いである。『部長刑事』は大阪府警察本部が「応援」という形で番組に協力していたこともあり大阪土曜夜の顔番組であった。そのため読売テレビ関西テレビなど他局は対抗する手段がなく裏番組は軒並み打ち切りになっていた。1970年、毎日放送斎藤守慶(営業局長)が、打倒部長刑事を旗印に東映に「新しい仮面ヒーロー番組を製作したい」という企画を依頼した。そこでできた作品が『仮面ライダー』である[41]。斉藤の目論見は成功し『仮面ライダー』は関西地区で第1話からいきなり20パーセント超えの視聴率をマークした[42]。『仮面ライダー』は変身ブームの到来とともに社会現象にまでなった。その後も『部長刑事』への対抗として『仮面ライダーV3』や『仮面ライダーX』などの「仮面ライダーシリーズ」や『クイズダービー』(毎日放送)、『平成教育委員会』(関西テレビ)を放送する。『部長刑事』も所々でてこ入れを行い毎回10パーセント前後の安定した視聴率を上げていたが、『新・部長刑事 アーバンポリス24』からはマンネリ化もあり視聴率で苦戦し始めた。『部長刑事』は「外伝」を始めた2001年、ついに放送時間を土曜18時30分に移動した。「部長刑事シリーズ」は2002年3月まで放送開始から実に43年7か月の間、大阪地区で放送されたが関東・中京をはじめとした他のネット局では別時間帯で放送されたり放送されなかった回の存在、不祥事の間接的な原因になるなどした。

選挙特番[編集]

日本[編集]

国政選挙の報道特別番組が行われるたびに激しい視聴率争いが繰り広げられた。公共放送であるNHKに対抗すべく民放では趣向を凝らすようになる。1980年代に日本テレビで放送された『久米宏のTVスクランブル』は選挙当日『久米宏のTV選挙スクランブル』と名を変え落選した候補者には、葬送行進曲を流し、候補者の顔写真が落ちていくという演出を行った。1989年以降、民放各局では視聴率獲得のため野球やゴルフ、サッカーなどの中継と開票速報を同時に行う番組編成を行い視聴率を稼いだ。また、多くのタレントや芸能人がコメンテーターとして出演させるようになったり、テレビ局や新聞社などの事前分析を元に他局より1秒でも早く選挙区の当落を判明させて放送するようになった。しかし、NHKをはじめ当落の誤報を起こすようになり番組内で謝罪したケースも存在した。2010年、テレビ東京が池上彰を司会に据えて開票速報をスタートさせたところわかりやすい解説や公明党の幹部や候補者に創価学会との関係について質問する姿勢、また当選した候補者や有名候補者への鋭い切り口が視聴者の好評を獲て2010年参議院選挙、2012年総選挙、2013年参議院選挙の開票速報においてテレビ東京は3回連続で民放1位を獲得、2013年の特番では初の2桁視聴率も獲得している[43]

視聴率測定における時間帯区分[編集]

ゴールデンタイム・プライムタイム[編集]

冒頭で述べた通り、(1960年代から2000年まで2社体制で視聴率調査をしていた)「ニールセン」と「ビデオリサーチ」とで、最もテレビの視聴が高い時間帯の基準が両社で異なっていたからによるものとされている。米国に本社を持つ「ニールセン」では、米国基準で最もテレビの視聴が高い時間帯を設定し、これを19時から23時までとして「プライムタイム」と呼んだ(ただし実際の米国における「プライムタイム」の時間帯は月〜土曜の20時-23時・日曜の19時-23時であり、日本のそれとは異なる)。

これに対し、「ビデオリサーチ」は日本独自の基準として、最もテレビの視聴が高い時間帯を19時から22時までとして「ゴールデンタイム」と呼んだ。

なお、この2区分の調査は、ニールセンの「プライムタイム」は1961年4月の調査開始当初から、「ビデオリサーチ」の「ゴールデンタイム」も1962年12月の調査開始当初から始めた。しかし「ビデオリサーチ」も1971年から「プライムタイム」の調査を開始し、現在に至っている。

三冠王・四冠王[編集]

日本の放送局が視聴率を評価する際に使う表現で、下記3区分すべてで平均視聴率がトップの放送局を指して「三冠王」と呼ぶ。

上記に加え、日本テレビではノンプライム(6時-19時、23時-24時)でも視聴率がトップであれば「四冠王」と呼んでいたが、2012年度からはノンプライムを内部参考化したため、こう呼ばれることはなくなった[44]。テレビ朝日ではプライム2[45](23時-翌日1時)でも視聴率がトップであれば、「四冠王」と呼ぶ。なお、NHKおよびTBS・テレビ東京・フジテレビにおいて、公式にはいずれの意味の「四冠王」の表現を用いていない(フジはかつて、ノンプライムの放送区分を用いて四冠王を称していたことがあった)。

1980年代後半に、フジテレビが「三冠王」を使い始めた。フジテレビは1982年から1993年までの12年間、連続して三冠王となったが、これは在京民放局5局の中での三冠王である(NHKを含めた中での三冠王となったのは1987年1990年から1993年の合わせて5年間で、それ以外の年はNHKがフジテレビの全日視聴率を上回っていた)。なお、1993年のフジテレビの全日視聴率は、日本テレビと同率であった[46]。一方で、年度視聴率においても、フジテレビは1982年から1992年までの11年間は連続して三冠王となったが、やはりこちらも在京民放局5局の中での三冠王であった(1990年になってやっとNHKの全日視聴率を含めて完全三冠王となったが、長くは続かず、NHKを含めた在京6局の中での三冠王は結局、1992年度までの3年だけであった)。

その後、日本テレビが「四冠王」の表現を使い始め、バラエティー番組やプロ野球巨人戦の中継が好調に推移したことで、同社が(NHKを含めた在京6局の中での)年間視聴率四冠王の座を1994年から2003年までの10年間、連続して獲得した(1994年の日本テレビは、全日は単独で首位だったが、ゴールデンタイム、ならびにプライムタイムのそれぞれの年間視聴率でフジテレビと同率であった[47])。一方で、年度視聴率においては、日本テレビは1994年から2002年までの9年間、連続して三冠王だったが、1993年度は全日のみ首位(ゴールデン、プライムはフジの二冠)、2003年度はプライム以外の三冠だった(プライム首位はフジ)。

2004年以降は、フジテレビが年間、および年度視聴率の三冠王を2010年まで7年連続で獲得(NHKを含めた在京6局中)。2011年は日本テレビが8年ぶりに年間視聴率三冠王を奪還した(こちらもNHKを含めた在京6局中。ただし、全日はフジテレビと同率であった)[48]

しかし、2012年はテレビ朝日が年間視聴率で、開局以来初のプライム首位を獲得し、日本テレビの2年連続三冠王達成はならなかった(日本テレビは全日、ゴールデンの二冠)。さらに、2012年の年度視聴率、ならびに2013年の年間視聴率では、テレビ朝日がゴールデン、プライムの二冠を達成した(全日は共に日本テレビが首位)。

視聴率三冠王の第1号はTBSで、1978年に1度達成している。当時は『まんが日本昔ばなし』、『クイズダービー』、『8時だョ!全員集合』、『Gメン'75』と言った超人気番組を同局が有していたことが要因であった。なお、この年のTBSの全日視聴率はNHKと同率であった[46]

また、フジテレビがNHKを除くともっとも三冠王を達成している。その当時は『とんねるずのみなさんのおかげです』、『ねるとん紅鯨団』、『とんねるずのハンマープライス』、『笑っていいとも!増刊号』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』(以上の物は年間平均視聴率順で、フジテレビの全盛であった、90年~95年の物である)と、バラエティが主力で、特にお笑い第三世代が中心であった。

視聴率を題材にしたフィクション[編集]

関連書籍[編集]

いずれも日本における視聴率に関するもの。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ この5県は年に4回程度、日記式の視聴率調査が非公式に行われている。
  2. ^ 調査機器自体がデジタル未対応という事情もあったが当時の放送エリアは親局受信エリアの一部に限られていたことや受信設備自体が上級指向のものに限られていたため。
  3. ^ 1978年の年間の全日視聴率は、NHK総合とTBSとが10.1パーセントで同率1位であった。なお、この年(1978年)にはTBSが年間視聴率で3冠王を獲得している。
  4. ^ 当時、他局の『笑っていいとも!』でもあるなしクイズをコーナーとして放送していた。
  5. ^ スタートは『太陽にほえろ』が1972年7月21日、『ワールドプロレスリング』が1972年7月28日(放送開始時のタイトルは『NET日本プロレスリング中継』、1973年4月6日より新日本プロレス中継番組として『ワールドプロレスリング』に改題)、終了が『太陽にほえろ』は1986年11月14日(第一期)、『ワールドプロレスリング』が1986年10月に放送枠移動
  6. ^ この作品の連載終了後に、ビデオリサーチ社長時代の森崎実はコメントを発表し、会社創立以降、ミノル・メーター導入までの、視聴率調査の実態について自ら概説している。「『渦』を脱出 視聴率調査 - 小説に書かれなかった調査会社のあれこれ」(『日本経済新聞』1977年1月13日付掲載、また『松本清張全集 第40巻』(1982年、文藝春秋)付属の月報に全文が再掲されている)参照。

出典[編集]

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  1. ^ 週刊TVガイド』1969年9月5日号でこの名称を使用している。
  2. ^ 日刊スポーツ 2010年6月22日付
  3. ^ BS(NHK衛星放送・WOWOW)・CS・CATVの視聴率は?ビデオリサーチ
  4. ^ 〈視聴率のふしぎ・下〉デジタル化に対応できるか(2006.12 朝日新聞社 asahi.comウェブアーカイブ
  5. ^ 日本放送協会編『放送五十年史 資料編』、日本放送出版協会、1977年、590-591頁。
  6. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』(引田惣弥・著、講談社、2004年、ISBN 4062122227、116頁)
  7. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』15頁。
  8. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』15-18頁。
  9. ^ 『放送五十年史 資料編』591頁。
  10. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』18頁。
  11. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』18-19頁。
  12. ^ a b テーマ別調べ方案内 / タイトル:テレビ視聴率(総論) 国立国会図書館
  13. ^ a b 視聴率調査について(視聴率ハンドブック) - テキスト版 / PDF版(2008年11月作成) (PDF) ビデオリサーチ
  14. ^ a b 前代未聞!視聴率測定世帯買収事件 視聴率のためなら悪魔に魂を… All About 2003年10月26日
  15. ^ 広告景気年表:1977年 電通 消費者情報トレンドボックス
  16. ^ 沿革 1962年 - 69年 ビデオリサーチ 会社情報
  17. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』19頁。
  18. ^ J:COM News Release 「デジタル視聴率」を番組供給事業者に 2006年8月より提供開始
  19. ^ ビデオリサーチ、録画番組再生などのタイムシフト視聴動向を調査。'15年1月からデータ提供へ
  20. ^ タイムシフト視聴動向把握に向けた取り組みについて <主な調査結果>
  21. ^ 録画視聴率を初公表、ドラマ上位が鮮明 ビデオリサーチ
  22. ^ a b TV視聴率調査のニールセン社、問われる調査手法の信頼性 WIRED.jp 2004年4月19日
  23. ^ 世論調査の手順 - 調査相手の抽出 NHK放送文化研究所
  24. ^ 若年層が新聞や書籍、雑誌、固定電話から遠ざかっている傾向がより顕著に
  25. ^ 低視聴率にあえぐ中居「婚カツ!」 なんと録画ランキングでは大人気(2009.5 J-CASTニュース
  26. ^ asahi.com(朝日新聞社):テレビ番組元司会者、視聴率のため殺人依頼? ブラジル - テレビ・ラジオ - 映画・音楽・芸能
  27. ^ “中島知子さんの「占い師スタジオ登場」とウソのテロップ 日テレが公式サイトで謝罪”. 産経新聞. (2012年5月29日). http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120529/ent12052922000019-n1.htm 2012年6月3日閲覧。 
  28. ^ メディアから広告引き上げ トヨタ奥田氏「報復宣言」の効果J-CASTニュース2008年11月13日
  29. ^ スポーツニッポン 2004年5月15日号
  30. ^ バックナンバー2012年度 VOL.36 2012年 8月27日(月) 〜 9月2日(日)
  31. ^ 1988年3月31日放送分関東地区・ビデオリサーチ社調べ
  32. ^ 自社制作ワイドで火花を散らす“札幌戦争”」『1994年7月号、創出版
  33. ^ 石原慎太郎著『弟』より抜粋
  34. ^ 日刊ゲンダイ 2008年10月18日号
  35. ^ ビデオリサーチ社調べ
  36. ^ 関東地区・ビデオリサーチ社調べ
  37. ^ 夕刊フジ 2013年5月6日号
  38. ^ 2004年4月2日ビデオリサーチ社発表より
  39. ^ 『WWE マンデーナイトウォー』 ジェネオンエンタテインメント、2004年6月25日。ASIN B000244RVC
  40. ^ Rick Scaia,"THE MONDAY NIGHT WARS: RAW vs. Nitro,"ONLINE ONSLAUGHT,August 7, 2003.
  41. ^ 読売新聞 1993年3月15日夕刊より。
  42. ^ ビデオリサーチ社の調べでは関西地区20.5パーセント
  43. ^ 池上彰氏&テレ東が圧勝!民放選挙特番
  44. ^ 日刊合同通信 2012年4月13日(金) 第57巻 第13791号による(参考:[1])。
  45. ^ なお、日本テレビでは2012年4月以降、この時間帯を「プラチナゾーン」と呼んでいる。
  46. ^ a b 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』116頁
  47. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』199頁
  48. ^ 〈速報〉日テレが11年「視聴率3冠王」 asahi.com 2012年1月2日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]