SMAP
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| SMAP | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 活動期間 | 1988年 - |
| レーベル | ビクターエンタテインメント (1991年 - ) |
| 事務所 | ジャニーズ事務所 |
| 公式サイト | www.johnnys-net.jp/j/artists/smap/ |
| メンバー | |
| 中居正広 木村拓哉 稲垣吾郎 草彅剛 香取慎吾 |
|
| 旧メンバー | |
| 森且行 (1988年 - 1996年) |
|
SMAP(スマップ)は、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループ。所属レコード会社はビクターエンタテインメント。1988年4月結成。1991年1月1日に日本武道館で最初のコンサートを行い、同年9月9日、「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。
目次 |
[編集] メンバー
- 現メンバー
- 中居正広(なかい まさひろ、1972年8月18日、A型・神奈川県出身)
- 木村拓哉(きむら たくや、1972年11月13日、O型・東京都出身)
- 稲垣吾郎(いながき ごろう、1973年12月8日、O型・東京都出身)
- 草彅剛(くさなぎ つよし、1974年7月9日、A型・埼玉県出身)
- 香取慎吾(かとり しんご、1977年1月31日、A型・神奈川県出身)
- 元メンバー
[編集] グループ名
グループ名は、事務所の社長・ジャニー喜多川による命名。 「Sports Music Assemble People」の頭文字から取られた。これは前身であるスケートボーイズ(後述)のキャッチコピーでもあった。 また、SMAPの兄貴分グループ・光GENJIのGENJIメンバーである佐藤寛之ならびに佐藤敦啓のS、諸星和己のM、赤坂晃のA、そして山本淳一の愛称のP(山本の愛称は「バンジー」だが、社長がずっと「パンジー」と思い違いしていたため)を貰った名前でもある。この件については、1989年に『週刊マーガレット』誌上にて連載されたSMAPが主人公の漫画「SMAPに夢中」の第1話でのインタビューにて、SMAPのメンバー自身が答えている。また、『週刊女性』2004年11月9日号に掲載されていた「元ジャニーズ事務所メンバー座談会」にて、山本淳一自身も説明している。
[編集] グループの歴史
- 1988年
- 4月スケートボーイズの中からグループ結成。結成当時の年齢はそれぞれ中居15歳、木村15歳、稲垣14歳、森14歳、草彅13歳、香取11歳。CDデビューまでのJr.内グループ期間が3年以上に渡り、その間アイドル番組やドラマ、舞台などに出演し、小中高生の間でアイドルとしての人気を確保していった。
- 1991年
- 9月9日にCDデビュー。当時SMAPを知っていたのは若い学生が中心であって一般認識は低かった。また、CDデビュー直前になって音楽番組が次々と無くなり、「アイドル氷河期」と呼ばれる時代に入る。これまでアイドルは音楽番組での活動が主流であったが、活動の場を失ったSMAPはバラエティなどで活動することを選ぶ。
- 1992年
- 4月(デビュー半年後)、当時若者に絶大な人気を誇ったフジテレビの通称「Panasonic枠」にて、『夢で逢えたら』の後番組として開始した『夢がMORIMORI』へのレギュラー出演が決定したことが、彼らの転機となる。この番組への出演は、ジャニーズ事務所の社長並びに副社長がフジテレビの佐藤プロデューサーに頼み込むも当初何度も断られていた。最後にメリー副社長が「彼らを一度見てくれ」と言って佐藤P(当時)と吉田D(当時)を連れて舞台を見せ、本人たちを会わせて何とか社内で協議するところまでこぎつけた。このことをフジに持ち帰った佐藤が、自班に新人アイドルSMAPの起用を問うたところ、若手Dだった荒井が「僕にやらせてください」と申し出たことで話が動いたのである。この番組で、当時のアイドルとしては極めて異例である本格的なコントや女装など、現在のSMAPがバラエティで活躍する足掛かりとも言える活動の中で、知名度と人気を獲得していく。
- 1994年
- 「Hey Hey おおきに毎度あり」で、初のオリコン1位を獲得。
- 2001年
- 8月24日、稲垣が東京都渋谷区の路上に車を止めていたところ、駐車違反取り締まりの警察官の足にバンパーを接触させる事故を起こし、公務執行妨害および傷害罪ならびに道路交通法違反の現行犯で逮捕された。このときマスメディア各社は、当初稲垣「容疑者」としていた呼称を、釈放後は稲垣「メンバー」という珍しい呼称を用いて報道していた。しかし事件の経緯に悪質さは見られず、道路交通法違反については反則金を納付し、稲垣本人に逃亡の意思はなかったという東京地検の判断により、公務執行妨害と傷害については起訴猶予となった。翌月には稲垣本人による謝罪会見も行われた。
- 9月9日CDデビュー"10周年"を迎えたが、4人だけで10周年を迎えざるを得なくなり、稲垣の顔がプリントされたTシャツを着たり、番組中に稲垣の名前を呼び掛けるなどメンバーは「SMAPは5人で必ず戻ってくる」ということをアピールした。
- 当初は出場候補に挙げられていた『第52回NHK紅白歌合戦』を「稲垣が出場不可の為」と4人だけでの出場を拒み、グループ初の出場辞退を行った。
- 2003年
- 『僕の生きる道』の主題歌にアルバム『Drink! Smap!』に収録された「世界に一つだけの花」が起用される。ドラマ人気と相まってこの歌も注目をあび、急遽シングルカットを行い、250万枚を超える大ヒットとなった。
- 『第54回NHK紅白歌合戦』ではグループとしては史上初、ポップス歌手としては25年ぶりに大トリを務めた。
- 2004年
- 香取が大河ドラマに出演しており、他のメンバーも連続ドラマ主演等があり、スケジュールが合うのが『SMAP×SMAP』の収録日だけという状況だった。そのためこの年はコンサートツアーはなかった(SMAPのメンバーの大河出演自体は1993年の『炎立つ』第一部における稲垣の出演という形で行われていたものの、通年作品ではなかったため特に問題とはならなかった)。
- 上記の理由で「年内にシングルを1枚も出していない」という結果になり『第55回NHK紅白歌合戦』の出場を辞退し、これが2度目の出場辞退となった。
- この年はツアーが開催されなかったが、2ちゃんねるに「SMAPが室蘭でコンサートを行う予定があるらしい」との書き込みからインターネットを通じてデマが広まり、ファンからの問い合わせが室蘭市へ殺到、後日室蘭市が「そのような予定はありません」と公式に発表した事件が起きた。
- 2005年
- 2年ぶりにコンサートツアーを行い、7月30日の札幌ドームを皮切りにアーティストの単独公演としては初の国立霞ヶ丘陸上競技場でコンサートを行ったとして話題になった。
- ツアー開始に合わせ、シングル『BANG!BANG!バカンス!』とアルバム『SAMPLE BANG!』を同時発売し、発売当日でシングル、アルバム共にランキング初登場1位を記録し、3人組以上のグループの同じアーティストが同日発売のシングル・アルバムで同時に1位を記録するのは1993年のWANDS以来12年ぶりの快挙であった。
- 12月19日にはオリコン史上4組目となるシングル総売上2000万枚突破。
- 2002年1月21日、『SMAP×SMAP』のBISTRO SMAPコーナーに宇宙飛行士の毛利衛・野口聡一が出演し、この時の勝者(稲垣・香取ペア)の料理と野口が希望し草彅が作ったカレーが、野口聡一と共に5月15日、スペースシャトル「ディスカバリー」に乗り込んだ。その際、全世界同時生中継されたNASA共同記者会見に稲垣、香取が出席し、世界中の記者たちに混ざり英語で質問した。またディスカバリーでは、モーニングソングとして、「世界に一つだけの花」が一度流れた。
- 2006年
- 9月9日、CDデビュー"15周年"を迎えた。
- 2009年
- 4月23日、草彅が酒に酔って着衣を全て脱ぎ、公然わいせつ罪で現行犯逮捕。メンバーの逮捕は稲垣以来二人目。草彅以外のメンバー主演のドラマおよび出演しているバラエティにおいては予定通り放送された。なお、逮捕直後は稲垣同様「容疑者」と呼ばれていたが、「メンバー」と言い換えられた稲垣とは異なり、釈放後は「草彅剛さん」と通常通りの敬称になった。その後、本人の謝罪会見があり、後日、犯行自体が軽微で、本人の反省と社会的制裁を受けているとし、起訴猶予となった。
- 約1ヶ月間の謹慎を終え、5月28日から草彅の芸能活動再開が発表された。そして、5月29日の『森田一義アワー 笑っていいとも!』でテレビ復帰し、6月1日の『SMAP×SMAP』に5人揃ったSMAPが放送された。
- 2001年以来8年ぶりにメンバー全員が、連続ドラマレギュラー出演を果たし、稲垣以外のメンバーは主演を演じた。
- 2010年
- 1月4日、『SMAP×SMAP』4時間30分の生放送。番組として、またSMAPがメインの生放送は今回の放送が史上最長時間。しかし、香取が1月2日にインフルエンザを患ったため、4人での出演となったが、エンディングで香取が電話出演した。
- 6月13日に上海万博の一環で、上海万博文化センターにてイベント「SMAP上海万博ファンの集い」を行う事を4月26日に発表。しかし、来客者殺到での安全確保や警備等の不徹底から、会場の混乱を懸念し6月5日に中止が決定した。開催されればSMAP初の海外イベントだった[1]。
- 10月9日・10日に上海体育場にてツアーの最終公演を行なわれる予定であり、8月1日に正式発表された。今回の公演は、上海万博のイベントが中止になる前からイベントと同時並行で交渉を進められ、7月29日に中国政府の文化部の公演開催の認可が得られ、開催が正式決定した。また、中国のファンより約15年前から公演依頼が寄せられていたそうで、グループ初の海外イベントが単独コンサートとなり、上海万博開催期間中に開催されることとなった[2]。
[編集] NHK紅白歌合戦出場歴
| 年度 | 放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1991年(平成3年) | 第42回 | 1 | Can't Stop!! -LOVING- | 2/28 | 工藤静香 | |
| 1992年(平成4年) | 第43回 | 2 | 雪が降ってきた | 1/28 | 森口博子(1) | トップバッター |
| 1993年(平成5年) | 第44回 | 3 | $10 | 2/26 | 西田ひかる | |
| 1994年(平成6年) | 第45回 | 4 | がんばりましょう | 6/25 | 森口博子(2) | |
| 1995年(平成7年) | 第46回 | 5 | 胸騒ぎ '96 | 8/25 | 森高千里 | |
| 1996年(平成8年) | 第47回 | 6 | SHAKE | 11/25 | 安室奈美恵(1) | |
| 1997年(平成9年) | 第48回 | 7 | ダイナマイトセロリ! | 11/25 | 華原朋美 | |
| 1998年(平成10年) | 第49回 | 8 | 夜空ノムコウ | 23/25 | 天童よしみ(1) | |
| 1999年(平成11年) | 第50回 | 9 | Fly | 16/27 | 安室奈美恵(2) | |
| 2000年(平成12年) | 第51回 | 10 | らいおんハート | 26/28 | 安室奈美恵(3) | |
| 2002年(平成14年) | 第53回 | 11 | freebird '02 | 22/27 | 中島美嘉 | |
| 2003年(平成15年) | 第54回 | 12 | 世界に一つだけの花 | 30/30 | 天童よしみ(2) | 大トリ(1) |
| 2005年(平成17年) | 第56回 | 13 | Triangle | 29/29 | 天童よしみ(3) | 大トリ(2) |
| 2006年(平成18年) | 第57回 | 14 | ありがとう | 26/27 | DREAMS COME TRUE(1) | トリ前(1) |
| 2007年(平成19年) | 第58回 | 15 | 弾丸ファイター 紅白SP | 25/27 | DREAMS COME TRUE(2) | |
| 2008年(平成20年) | 第59回 | 16 | この瞬間、きっと夢じゃない 紅白SP | 24/26 | 石川さゆり | |
| 2009年(平成21年) | 第60回 | 17 | そっと きゅっと 〜 世界に一つだけの花 | 24/25 | 絢香 | トリ前(2) |
- 『NHK紅白歌合戦』には、1991年より、ほぼ毎年出場し、リーダーの中居が1997年、1998年、2006年、2008年、2009年は白組司会、2007年は紅組司会として司会も務めた。2003年と2005年は大トリで歌い、2007年では予定されていた楽曲が全て終了した後の特別なコーナーで、隠れ大トリとして幕を閉めた。なお、2001年は「(稲垣が謹慎中で)5人で出演できないため」、2004年は先述のように「新曲を発表していない」との理由で、出場を辞退している。また、近年NHKの音楽番組出演は紅白以外していない。
[編集] エピソード
- 今でこそ出す曲はすべて首位に上りつめるほどにもなったが、デビュー当時はCDの売り上げが芳しくなく、3作目の時に全員事務所に呼び出され、「お前らはなぜ売れないんだ」と叱られ、特にリーダーの中居が叱られた[3]。12作目の「Hey Hey おおきに毎度あり」で初めてオリコン一位を達成し、それ以後はヒット作品を連発している。
- 当時、光GENJIのコンサートにゲスト出演した際、MCが全く受けず、ジャニー喜多川から「You Die(お前らは終わりだ)」と言われた[4]。
- 「音松くん」・「ビストロSMAP」から、個人のイメージカラーは中居:ピンク(過去は青)、木村:赤、稲垣:青(過去はピンク)、草彅:黄色、香取:緑としている。番組の影響もあり、これらは比較的一般認知があるが、グループのイメージカラーも存在しており、それはオレンジとしている。1stシングルのジャケットがオレンジ調なのはその為である。
- 先輩に厳しい指導を受けてきたということもあり、自分たちがされてきたことを後輩にしてはいけないということをメンバー同士での話し合い(メンバー曰く、SMAP会議)で決めている。
- 2002年に発売されたSMAPのアルバム『Drink! Smap!』と同名の清涼飲料水が2002年7月23日に発売された(以下、Drink! Smap!項参照)。2010年には、アルバム『We are SMAP!』と同名のスポーツドリンクが7月6日にアサヒ飲料から発売されている(以下、we are SMAP!項参照)。SMAPの名を冠した飲料の発売は3度目のことである。
- SMAPメンバーはほとんど事務所に行ったことがない。
- 90年代後半からSMAP人気は爆発的に盛り上がり、数多くの「社会現象」を引き起こした。その理由から糸井重里はSMAPを「現代のビートルズ」と評した。
- 連ドラの出演は現在フジテレビとTBSがメインになっている。日本テレビでの連ドラ出演は草彅主演の『フードファイト』以降途絶えている。
- メンバーが主演するドラマにおいてSMAPの曲が起用されるのは草彅主演のドラマが多く、それ以外のメンバー主演のドラマで起用されることは稀である(草彅がSMAPの曲を好んでいるため。ただし、近年の木村主演の場合は殆どが洋楽を主題歌として使う)。なお、事務所所属のアーティストの楽曲もあまり起用されない。
- デビュー以来、2001年と2004年を除き『NHK紅白歌合戦』に出場している。その一方で1997年から開催されている、ジャニーズカウントダウンライブには出演したことがない。理由には様々な憶測があるが、開催初年に中居が紅白の司会に抜擢された(また開催以降の13年間で、中居は6度紅白の司会を担当している)、開催の根源になったJ-FRIENDSにSMAPは所属していなかった、などが理由とされている。
- また、ジャニーズ大運動会にも出演していない(復活の2009年には野球の部のみ中居が出演した)。この他にも様々な「ジャニーズ」という括りでの催し物は殆ど出演していない。理由は定かではないが、このことに関してメンバーは「自分達はジャニーズ内で、はぶられているから」とコメントしている。
- 事務所の後輩とテレビ番組での共演はあまりないが、『ミュージックステーション』などでは稀に共演することがあり、近年では個人がドラマでKAT-TUNやHey!Say!JUMPのメンバーと共演することもある。
- 俳優の山本耕史、谷原章介、小日向文世などはメンバー全員とドラマで共演しており、それ以外にもメンバーと共演する俳優は大抵固定されることが多い。
- デビューして間もない頃、明治大学の文化祭に出演している。ジャニーズ事務所の人間が学園祭に出演するというのは史上初(2007年11月4日放送回『笑っていいとも!増刊号』で放送された後説で香取が語るが、本人は覚えておらず、客席にいた女性に教えてもらって知った。その時に、控え室が教室であったことや、小さな体育館で歌ったりしたことを、うっすらと思い出していた)。
- 5年ごとの節目に大きな出来事が起こるというジンクスがある。1991年のファーストコンサートに香取が骨折しコンサートに参加できなかったことに始まり、デビュー5周年の1996年には森の脱退、10周年の2001年には前述の稲垣の不祥事、15周年の2006年には草彅・香取のインフルエンザ、木村の副鼻腔炎、中居のはやり目・肋骨の疲労骨折・肉離れという災難が起きている。
- 木村がCMに出演した為かは不明だが、MOTHER2 ギーグの逆襲において、設定を決める際にメンバーに関連した言葉が登場する(中居:まさひろりん、木村:たくや、稲垣:ごろこ、森:もりソバ、草彅:つよし、香取:しんご)。
- CDデビューが9月9日とぞろ目だった事から、「月日がぞろ目はSMAPの日」とする風習があった。それ故に、以降に発売されたシングル・アルバムCDもぞろ目で発売する事が多かった。しかし、1996年の森の脱退と共に何故かこの風習がなくなり、以降のCD発売日には特にこだわりはなくなった。
- 「CMタレント好感度ランキング」(CM総合研究所ほか調べ)で1997年 - 2005年の9年連続総合1位。2005年には男性タレント部門トップ5を独占した。
- 2009年以降、映画等のタイアップで期間限定・無料閲覧可能のブログを行うようになる。あくまでも役名で行うブログの為、自身の本名をブログ内で名乗ることはない。しかしタイアップの映画等とは全く関係ない事を書く場合もよくある。ジャニーズ事務所内で無料閲覧のブログを行うことは史上初であり、2010年現在経験者はSMAPのみである。
- 草彅:『井尻又兵衛と名もなきスタッフブログ』(井尻又兵衛に扮し『BALLAD 名もなき恋のうた』公開に伴い)
- 香取:『ターロウと仲間達の日記』(ターロウに扮し『TALK LIKE SINGING』ニューヨーク公演中に)
- 香取:『帰ってきた!ターロウと仲間達の日記』(ターロウに扮し『TALK LIKE SINGING』東京公演中に)
- 木村:『葉月蓮介Blog』(葉月蓮介に扮し『月の恋人〜Moon Lovers〜』放送期間中に)
[編集] 記録
[編集] オリコン
- シングルでは『夜空ノムコウ』、『らいおんハート』、『慎吾ママのおはロック』(ソロ曲)、アルバムでは『Smap Vest』がミリオンヒット。(プラネット調べでは『SHAKE』もミリオンヒット)
- 『世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)』がダブルミリオンヒット。
- 『世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)』に関して。
- 21世紀以降のシングルCD売上第1位。
- オリコン歴代シングルチャート第9位。
- シングル通算TOP10獲得作品数 - 45作(歴代2位。1位は浜崎あゆみ)
- シングル連続TOP10獲得作品数 - 45作(歴代2位。1位は浜崎あゆみ)
- デビューからの連続TOP10獲得作品数 - 45作(歴代1位)
- シングル連続TOP10獲得年数 - 20年(B'zと並び歴代1位タイ)
- シングルTOP10部門で4冠達成[5]
- 史上4組目のシングル総売上2000万枚突破。
- 国内アーティストで果たしているのはB'z、Mr.Children、サザンオールスターズ、SMAP、後に達成した浜崎あゆみを含めて5組のみ。
- アルバム総売上1000万枚突破。
- 3年代に渡るアルバム首位獲得。
- 1990年代・2000年代・2010年代に渡って。グループとしてはサザンオールスターズ・CHAGE and ASKAに続き3組目。アイドルではソロを含め史上初。
- 『SMAPとイッちゃった! SMAP SAMPLE TOUR 2005』がオリコン音楽DVD初動売上歴代第3位(発売当初第1位)。
[編集] 売り上げ
|
シングル |
アルバム |
音楽DVD |
[編集] 日本ゴールドディスク大賞
| 回 | 受賞部門 | 作品 |
|---|---|---|
| 第6回 | ベスト5・ニューアーティスト賞 | - |
| 第9回 | 日本ゴールドディスク大賞 | Cool |
| ミュージック・ビデオ賞 | SEXY SIX SHOW | |
| 第10回 | アルバム賞 歌謡曲・アイドル部門(男性) | SMAP 007〜Gold Singer〜 |
| 第11回 | アルバム賞 歌謡曲・アイドル部門(男性) | SMAP 008 TACOMAX |
| 第13回 | ソング・オブ・ザ・イヤー | 夜空ノムコウ |
| 第15回 | ソング・オブ・ザ・イヤー | らいおんハート |
| 慎吾ママのおはロック | ||
| 第16回 | ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー | Smap Vest |
| ミュージック・ビデオ・オブ・ザ・イヤー | Smap! Tour! 2002! | |
| Live MIJ | ||
| 第18回 | ソング・オブ・ザ・イヤー | 世界に一つだけの花 |
| 第20回 | ミュージック・ビデオ・オブ・ザ・イヤー | SMAPとイッちゃった! SMAP SAMPLE TOUR 2005 |
| 第21回 | ザ・ベスト・ミュージック・ビデオ | Pop Up! SMAP LIVE! 思ったより飛んじゃいました! ツアー |
| 第23回 | ザ・ベスト・ミュージック・ビデオ | SMAP 2008 super.modern.artistic.performance tour |
[編集] テレビ
[編集] ディスコグラフィ
詳細は「SMAPの作品」を参照
[編集] 概要・特徴
- デビュー当初は例年のアイドル同様事務所主導で発売を行ってきたが、1993年半ば頃からレコード会社主導でCDの発売を行う様になる。それと同時に権利上の理由で、アルバムのジャケットにメンバーの写真を使用する事が減少する。それでもシングルでは毎回使用されていたが、1997年頃を境にシングルでも減少する。
- シングルは、1999年の『Fly』まで8cmシングルで発売。2000年の『Let It Be』からマキシシングルでの発売となった。
- 『オリジナルスマイル』、『夜空ノムコウ』、『Triangle』は中学や高校の音楽の教科書に採用されており、『世界に一つだけの花』の詞は英語の教科書に引用されている。
- CD業界ではコピーコントロールCDでの発売が主流であったにも関わらず、2003年発売の『世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)』は通常のCD-DAとして発売され、200万枚以上を売上げた。この結果からCDコピーの増加がCD売上げ低下に必ずしも繋がらない事を証明した。
- 今日、特にアイドルのCDは「初回限定盤」・「通常盤」といった複数種販売が一般的である。しかしSMAPに関しては、ジャケットの違い(色違い程度)やポストカード等の簡単な特典を付ける初回限定盤を稀に行う程度で、同一CDで収録曲が異なる事や、価格が変わる(DVD等の特典の影響で)事は長らく行っていなかった。しかし45作目のシングル『This is love』で初めて複数種販売を行う様になる。
- デビュー当初から既に普及していた、「両A面シングル」という発売方法長らく行わなかった。しかしその後、2008年の『そのまま/White Message』で初めて両A面シングルを発売する。しかし、『White Message』は、一部のホームページでは両A面扱いになっていなく、SMAP自身もテレビ等で「カップリング」と呼んでおり、歌われる事も殆どなかった為、実際にはカップリング扱いだった。2作目の両A面シングル『そっと きゅっと/スーパースター★』で漸くメディア露出が増える等、両A面に近い扱いをする様になった。
- 多くの曲を収録できる為、様々な試みが行えることからシングルよりアルバムの方がSMAP本人は力を入れる傾向がある。『夜空ノムコウ』に繋がったと言える本格的なバラードや、ジャニーズで初となるラップ曲もファーストアルバム『SMAP 001』で行われている。後に200万枚以上売り上げる『世界に一つだけの花』も最初はアルバムに収録されていた。その為か、コンサートで『真夜中のMERRY-GO-ROUND』等過去のアルバムに収録された曲を歌うことも多々ある。また、シングルでも「カップリングの方が好き」とメンバーが発言することも珍しくなく、『オレンジ』等カップリング曲が有名になる事もある。
- 近年はシングル曲に何らかしらのタイアップを付けての販売が多い。2005年から歌詞に関係なく、テレビ朝日系スポーツテーマソングに採用されることが多々ある。また、カップリングやアルバム曲にタイアップが付く事もある。タイアップされた楽曲に関しては、「ジャニーズ タイアップ一覧」を参照。
[編集] CDシングル
[編集] ソロ作品
| # | 発売日 | タイトル | アーティスト | 歌唱者 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 1993年2月3日 | If You Give Your Heart | Goro Inagaki - Jody Watley | 稲垣吾郎 |
| 2 | 1997年10月29日 | みんないい子 | 香取慎吾 & 原由子 | 香取慎吾 |
| 3 | 2000年8月18日 | 慎吾ママのおはロック | 慎吾ママ | 香取慎吾 |
| 4 | 2001年8月22日 | 慎吾ママの学園天国 -校門篇- | 慎吾ママ | 香取慎吾 |
| 5 | 2002年6月26日 | 愛の唄 〜チョンマル サランヘヨ〜 | チョナン・カン | 草彅剛 |
| 6 | 2004年3月10日 | Wonderful Life | &G | 稲垣吾郎 |
| 7 | 2004年8月25日 | HATTORI3 | ハットリくん | 香取慎吾 |
| 8 | 2009年8月5日 | こちら葛飾区亀有公園前派出所 | 両さん | 香取慎吾 |
[編集] 期間限定販売
| # | 発売期間 | タイトル |
|---|---|---|
| 1 | 2002年7月28日 - 2002年11月3日 | Smap Single Series |
| 2 | 2007年12月2日 - 2008年1月7日 | HAPPY HAPPY SMAP |
| 3 | 2008年12月16日 - 2009年1月12日 | MERRY HAPPY SMAP |
| 4 | 2009年12月18日 - 2010年1月11日 | CHAN TO SHI NAI TO NE! |
| 5 | 2009年12月18日 - 2010年1月11日 | SEKAI NI HITOTSU DAKE NO HANA(S.O.N. version) |
[編集] その他
- 「音松くん」名義
- ダウンロード限定
- 発売中止
[編集] CDアルバム
[編集] オリジナルアルバム
『001』から一貫してアルバムにナンバリングがされているが、『010』が映像作品(後述)のため、10枚目以降はナンバリングの数字と実際のアルバムの枚数が一致しない。また『SAMPLE BANG!』以降はナンバリングがアルバムタイトルに付かなくなっている。
| # | 発売日 | タイトル |
|---|---|---|
| 1 | 1992年1月1日 | SMAP 001 |
| 2 | 1992年8月26日 | SMAP 002 |
| 3 | 1993年1月1日 | SMAP 003 |
| 4 | 1993年7月7日 | SMAP 004 |
| 5 | 1994年2月2日 | SMAP 005 |
| 6 | 1994年7月7日 | SMAP 006〜SEXY SIX〜 |
| 7 | 1995年7月7日 | SMAP 007〜Gold Singer〜 |
| 8 | 1996年3月3日 | SMAP 008 TACOMAX |
| 9 | 1996年8月12日 | SMAP 009 |
| 10 | 1997年8月6日 | SMAP 011 ス |
| 11 | 1998年6月18日 | SMAP 012 VIVA AMIGOS! |
| 12 | 1999年7月14日 | BIRDMAN〜SMAP 013 |
| 13 | 2000年10月14日 | S map〜SMAP 014 |
| 14 | 2002年7月24日 | SMAP 015/Drink! Smap! |
| 15 | 2003年6月25日 | SMAP 016/MIJ |
| 16 | 2005年7月27日 | SAMPLE BANG! |
| 17 | 2006年7月26日 | Pop Up! SMAP |
| 18 | 2008年9月24日 | super.modern.artistic.performance |
| 19 | 2010年7月21日 | We are SMAP! |
[編集] ベストアルバム
| # | 発売日 | タイトル |
|---|---|---|
| 1 | 1995年1月1日 | Cool |
| 2 | 1997年3月26日 | WOOL |
| 3 | 2001年3月23日 | Smap Vest |
| 4 | 2001年8月8日 | pamS |
[編集] その他
- リミックスアルバム
- ミニアルバム
- インストゥルメンタルアルバム
[編集] 映像作品
[編集] 音楽
| # | VHS発売日 | DVD発売日 | タイトル |
|---|---|---|---|
| 1 | 1991年9月21日 | - | Hop Smap Jump! |
| 2 | 1992年3月14日 | 2003年12月24日 | 1992.1 SMAP 1st LIVE「やってきましたお正月!!」コンサート |
| 3 | 1994年11月11日 | 2003年12月24日 | SEXY SIX SHOW |
| 4 | 1995年12月16日 | 2003年12月24日 | SMAP 007 MOVIES〜Summer Minna Atsumare Party |
| 5 | 1996年12月9日 | 2000年12月6日 | SMAP 010 "TEN" |
| 6 | 1997年12月17日 | 1997 SMAP LIVE ス | |
| 7 | 1998年12月24日 | 2000年12月6日 | SMAP LIVE AMIGOS! |
| 8 | 1999年12月22日 | 2000年1月1日 | LIVE BIRDMAN |
| 9 | 2001年3月14日 | LIVE S map | |
| 10 | 2001年12月21日 | LIVE pamS | |
| 11 | 2002年9月21日 | Clip! Smap! | |
| 12 | 2003年3月5日 | Smap! Tour! 2002! | |
| 13 | 2003年12月24日 | Live MIJ | |
| 14 | 2005年12月14日 | SMAPとイッちゃった! SMAP SAMPLE TOUR 2005 | |
| 15 | 2006年12月6日 | Pop Up! SMAP LIVE! 思ったより飛んじゃいました! ツアー | |
| 16 | - | 2008年12月17日 | SMAP 2008 super.modern.artistic.performance tour |
[編集] PVについて
- SMAPの楽曲でPVが制作されていながらビデオテープとDVDでソフト化されていないものとして、「Peace!」、「たいせつ」、「Let It Be」及び「友だちへ 〜Say What You Will〜」から「そっと きゅっと」までの9作を合わせて現在まで12作ある。前者の3作は制作済だったが、PV集「Clip! Smap!」に収録されなかった。ソロ作品も含めれば、慎吾ママ「慎吾ママのおはロック」。ちなみに香取慎吾と倖田來未のデュエット曲「Everybody」(コンサート中にスクリーンにて上映された)はDVDに収録。又、二人がステージで歌った映像も収録。
[編集] 音楽以外
| # | VHS発売日 | DVD発売日 | タイトル | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 1992年3月14日 | 2003年12月24日 | オリジナル・ストーリー 心の鏡 | |
| 2 | 1993年9月1日 | 2003年12月24日 | SMAP VIDEO はじめての夏 | |
| 3 | 1994年6月29日 | 2002年6月25日 | 映画『シュート!』 | |
| 期間 限定盤 |
2005年12月3日 | |||
| 2007年1月27日 | ||||
| 4 | 1997年4月25日 | - | ドラマ『僕が僕であるために』 | |
| 5 | 2001年8月8日 | Smap Short Films | ||
| 6 | 2002年8月23日 | 世にも奇妙な物語 SMAPの特別編 | ||
| 7 | - | 2005年11月30日 | X'smap〜虎とライオンと五人の男〜 | |
| 8 | - | 2010年9月29日予定 | SMAPがんばりますっ!! 2010 10時間超完全版 | |
- その他
- ローソン限定 ジャニーズワールドSMAP編(1巻・3巻 - 7巻の計6本)
- 夢がMORI MORI Special Live
- 夢がMORI MORI Super Live
- SMAP WINTER CONCERT 1995 - 1996(VHS→1996年)
- 発売中止
- 『THE SECRET LIVE』(中居、草彅、香取で行われたコントライブ)
[編集] 書籍
- SMAPスーパー写真集 THE FIRST
- SMAP写真集少年紀
- SMAP YEAR BOOK 1993-1994
- smap year book 1994-1995
- Snap
- super.modern.artistic.photobook.1(SMAP SHOP限定)
- CHAN TO SHI NAI TO NE! in NY(SMAP SHOP限定)
- Super - fashion & Music Assemble Photo - magazine(THE SMAP MAGAZINE)
[編集] 期間限定ショップ
[編集] 出演
[編集] テレビ番組
[編集] 現在
- 月曜日
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(1994年 -、フジテレビ)【香取慎吾】
- SMAP×SMAP(1996年 -、関西テレビ・フジテレビ)
- G.I.ゴロー(2010年 -、TBS)【稲垣吾郎】
- 火曜日
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(1994年 -、フジテレビ)【中居正広】
- ザ・ミュージックアワー(2010年 -、TBS)【中居正広】
- 『ぷっ』すま(1998年 -、テレビ朝日)【草彅剛】
- 水曜日
- ザ!世界仰天ニュース(2001年 -、日本テレビ)【中居正広】
- 金曜日
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(1995年 -、フジテレビ)【草彅剛】
- 中居正広の金曜日のスマたちへ(2001年 -、TBS)【中居正広】
- 僕らの音楽(2005年 -、フジテレビ)【草彅剛】
- 土曜日
- 裏Sma!!(2001年 -、テレビ朝日)【香取慎吾】
- SmaSTATION!!(2001年 -、テレビ朝日)【香取慎吾・稲垣吾郎(不定期)】
- 日曜日
- 笑っていいとも!増刊号(1994年 -、フジテレビ)【中居正広・草彅剛・香取慎吾】
- 中井正広のブラックバラエティ(2004年 -、日本テレビ)【中居正広】
- ベビスマ(2007年 -、フジテレビ)
[編集] 過去
- いつみ・加トちゃんのWA-ッと集まれ!!(1988年、フジテレビ)
- SMAPの初レギュラー番組。
- 歌のビッグファイト!(1989年、テレビ東京)
- アイドル共和国(1989年 - 1991年、テレビ朝日)
- ヤンヤンもぎたて族(1990年、テレビ東京)
- SMAPの学園キッズ(1990年 - 1991年、テレビ東京)
- 満員御礼!学園キッズからタイトル変更した。
- 桜っ子クラブ(1991年 - 1994年、テレビ朝日)
- 愛ラブSMAP!(1991年 - 1996年、テレビ東京)
- SMAPの学園キッズからリニューアルしタイトル変更した。
- 夢がMORIMORI(1992年 - 1995年、フジテレビ)
- キスした?SMAP(1993年 - 1996年、朝日放送)
- アイドルオンステージ(1993年 - 1997年、NHKBS2)
- SMAPのがんばりましょう(1995年、フジテレビ)
- マジカル頭脳パワー!!(1995年 - 1996年、日本テレビ)
- BANG! BANG! BANG!(1996年、フジテレビ)
[編集] スペシャル番組
- 新春かくし芸大会(1990年 - 1995年、1997年 - 1999年、フジテレビ)
- NHK紅白歌合戦(1991年 - 2000年、2002年、2003年、2005年 - NHK)
- FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル(1993年 - 1995年、フジテレビ)
- 夢がMORIMORIチームとして出場
- MUSIC STATION SPECIAL SUPERLIVE(1993年 - 1999年、2002年、2003年、2005年 - テレビ朝日)
- 1993年はトップ、1996年・1999年はトリを担当。トップ・トリの両方経験があるのは安室奈美恵と共に2組のみ。
- FNS歌謡祭(1995年 - 2001年、2003年、2005年 - フジテレビ)
- さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル(1995年 - 日本テレビ)
- 年に1回、クリスマス前に放送。1995年の第1回放送には森も出演していた。
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(1995年、2005年、日本テレビ系列)
- SMAP・TOKIO・KinKi Kids 最初で最後の勢揃いスペシャル(1995年、日本テレビ)
- SMAP年越し(1995年 - 1997年、フジテレビ)
- FNS超テレビの祭典(1996年、フジテレビ)
- SMAP×SMAPチームとして出場
- スーパーテレビ情報最前線 SMAPに密着120日(1996年、日本テレビ)
- FAN SMAPスペシャル〜胸さわぎを頼むよ〜(1996年、日本テレビ)
- FNSの日(27時間テレビ、26時間テレビ)(1998年 - 2000年、2004年、2006年、2007年、フジテレビ系列)
- SMAPシークレットX'masパーティー(2000年、日本テレビ)
- 前日にさんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャルもあった為、この年は2日連続日本テレビで生放送を行った。
- 世界水泳モントリオール2005(2005年、テレビ朝日)
- SMAPがんばりますっ!!(2009年 - テレビ朝日)
- フジテレビ開局50周年 名作ドラマ&映画全て見せます!SMAP PRESENTS ドラマの裏の本当のドラマ(2009年、フジテレビ)
[編集] テレビドラマ
- あぶない少年III(1988年10月12日 - 1989年3月29日、テレビ東京)
- SMAPのドラマデビュー作品で、メンバー6人がそれぞれ本名で出演。
- もっと、ときめきを―ふたりまでの距離―(日本テレビ系、1992年)
- 僕が僕であるために(1997年1月3日放送、フジテレビ)
- 尾崎豊の名曲を主題歌に使用した、5人全員出演の単発スペシャルドラマ。
- 古畑任三郎スペシャル「古畑任三郎 vs SMAP」 (フジテレビ系、1999年1月3日放送)
- メンバー5人でSMAPそのものとして出演。古畑史上最高のエポックメイキング的出来事となった。ちなみに木村は2回目の出演(木村以外に古畑任三郎の犯人役にゲスト出演した者はいない)。本人役のゲスト出演者は古畑史上初(2006年1月の「古畑任三郎 FINAL」第2夜においてイチローが本人役で出演したため、唯一の本人役ゲストとはならなかった)。
- 2006年10月9日には『ドラマレジェンドスペシャル』第一弾として放送され、実質的に再放送であるにも関わらず視聴率22.7%を記録した。
- 世にも奇妙な物語 SMAPの特別編(2001年1月1日放送、フジテレビ)
- メンバー1人1人が各話の主人公を演じる。
- 2008年4月28日には『SMAP SPECIAL MONDAY NIGHTS』の一環で、『ドラマレジェンドスペシャル』として放送。タモリのストーリーテラー部分を新撮したが、実質的な内容は再放送と同様。しかしながら18.1%と高視聴率を記録。
- X'smap〜虎とライオンと五人の男〜(2004年12月25日放送、フジテレビ)
- この年音楽活動が全く無かったSMAPが、ファンへお詫びの気持ちとクリスマスプレゼントとして放送。
- 毒トマト殺人事件(2010年7月1日放送、テレビ朝日)
- 『SMAPがんばりますっ!!』の撮影の裏でSMAPには極秘で制作されたドラマ。主演であるSMAPにドラマとは伝えずにドラマ撮影するのは業界初の試みであり、今回の撮影方法を『ドッキリドラマ』と呼んでいる。
[編集] ラジオ番組
[編集] 現在
- 月曜日〜金曜日
- おはようSMAP(1996年 - 、TOKYO FM)
- STOP THE SMAP(1991年 - 、文化放送)
- 金曜日
- 木村拓哉のWHAT'S UP SMAP!(1995年 - 、TOKYO FM)【木村拓哉】
- 土曜日
- 中居正広のSome girl' SMAP(1995年 - 、ニッポン放送)【中居正広】
- 日曜日
- SMAP POWER SPLASH(1995年4月 - 、bayfm)【草彅剛・香取慎吾】
[編集] 過去
- POP・SMAP (1989年4月 - 、TBSラジオ)
- Hi!SMAP (1989年10月21日 - 、文化放送)
- SMAP's map (1990年10月 - 、文化放送)
- SMAPのオールナイトニッポン (1993年6月12日・第2部、2003年6月25日・第1部、ニッポン放送)
- スクランブルSMAP (1993年 - 、TBSラジオ)【6人全員】→【森且行・香取慎吾】→【香取慎吾】
- 中居正広のオールナイトニッポン(ニッポン放送、1993年11月15日 - 1994年10月31日)【中居正広】
- SMAPの天気予報 (1994年 - 、TOKYO FM)
- 木村拓哉のミリオン・ナイツ (1995年3月21日、TOKYO FM)【木村拓哉】
- WOO YAH SMAP (1995年 - 、NACK5)【中居正広】
- 森且行のSMAP IN THE HOUSE! (1995年、 - FM横浜)【森且行】
- SMAP&ジャニーズ スーパー電リク (1997年、TOKYO FM)
[編集] CM
[編集] 現在
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- 香取慎吾
[編集] 過去
- トンボ学生服(トンボ、1989年)
- SMAP(飲料)(森永乳業、1989年)
- おたっくす(FAX)(パナソニック、1991年、1992年)
- スララ(ワープロ)(パナソニック、1992年)
- イタリアーノ(アイス)、シリアルチョコレート、バケーション(ロッテ、1992年)
- ででんのでん(電話機)(パナソニック、1993年)
- ビッグコーン(ロッテ、1993年、1994年)
- シュガーレスガム(ロッテ、1994年、1995年)
- クノール 北海道コーンポタージュ(味の素、1995年、1996年)
- スーパーカップ、EXヌードル(エースコック、1996年)
- 劇空間プロ野球(日本テレビ、1997年)
- ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち(エニックス、2000年)
- ANA(全日空、2001年 - 2003年)
- ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君(スクウェア・エニックス、2004年)
- 自動車保険、トータルアシスト(東京海上日動火災保険、2004年、2005年)
- 芝浦アイランド(三井不動産、2005年、2006年)※関東地方限定
- ホットペッパー(リクルート、2006年、2007年)
- ポカリスエット(大塚製薬、2007年 -)
- NTT(NTT、1995年 - 1999年、NTT東日本、1999年 - 2009年)
- フレッツ光(NTT東日本、2006年 -)※東日本限定だが、西日本地域でもBSデジタル放送、特にBS-iで視聴可能
- ドラゴンクエストIX 星空の守り人(スクウェア・エニックス、2009年)
[編集] 映画
- シュート! (1994年)
- 6人時代のSMAPが出演している。
[編集] 舞台
- 聖闘士星矢 (1991年8月15日 - 9月1日、青山劇場)
- 木村が海皇ポセイドンを、他の5人は青銅聖闘士を演じた。
- ドラゴンクエスト (1992年、京都・南座)
- ANOTHER〜沈黙の島編・少年の島編 (1993年、天王洲・アートスフィア/京都・南座)
- THE SECRET LIVE(1999年7月1日 - 7月4日、紀伊國屋サザンシアター)
- 中居、草彅、香取の三人で行ったコントライブ。
[編集] 握手会
- 西武園ゆうえんち(1991年9月9日)
- こどもの国(1992年4月4日)
- 横浜アリーナこの握手会では、通常17000人収容の横浜アリーナだが50000人を収容した。これについて当時のSMAPのメンバーは「正直こんなにお客さんが来てくれるなんて予想外でした」や「握手する手が震えていた」などのコメントをしている。(1993年9月15日)
[編集] コンサート
- ツアーは原則アルバム発売に伴って行っており、初期は年に2回アルバムを発売していた為、年2回(イベントを含めるとそれ以上)行っていた。
- 1997年以降個人活動増加でスケジュール確保が困難になり、コンサートは年1回となった。また同様の理由でイベントも行わなくなった。
- 2004年以降年1回のコンサートも行う事も厳しくなり、2年に1回のペースへと移り変わっている。
- 初期の頃からバラエティ番組に参加してきた事もあり、過去のアイドルでは異例と言える程MCが長い。また1回のコンサートで2回MCを行う事もある。また、コントを行う場合もある。
- 個人活動増加で5人全員のスケジュール確保が難しい為、リハーサルを殆ど行えず本番を迎えてしまう。その為時間の見積もりが甘く、ツアー開始直後は3時間のコンサートで4時間を越えてしまうこともある。
- 「SMAPの魅せ方はSMAPが一番よく知っている」という理由でコンサートの構成を初期の頃からメンバー自身(特に中居)が行っている。構成は曲順だけでなくジャンクション映像など細部まで手がけている。2006年には世界的に見ても珍しい、コンサートでの3D映像を使用したジャンクションを行った(この事は2005年のライブ終了時に既に中居の中で構想があった)。
- 初期の頃から積極的にソロ曲をアルバムに収録しており、コンサートでも披露していた。2003年から全員のソロ曲をアルバムに収録するようになり、それに伴いコンサートでも各自のソロコーナーを与えられる様になった。
| 1991年 | SMAP FIRST CONCERT | 1月1日 | リハーサル中にバック転を練習していた香取が足を骨折。他の5人での公演となったが香取の強い希望で1曲のみ参加した。これ以降1996年まで、元日にコンサートを行なうことが恒例となった。 | |
| 単発コンサート | 1か所3公演 | |||
| 日本武道館 | ||||
| 1991年 | SPRING SMAP'91 | 3月24日 - 4月3日 | ||
| ツアー | 3か所3公演 | |||
| 横浜アリーナ、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館 | ||||
| 1992年 | SMAP'92「やってきましたお正月!!」 | 1月1日 - 1月7日 | CDデビュー後の初ツアー。1月1日の東京公演は1日5回公演が行なわれたため、4回目ぐらいからメンバー何人かは足がつっていたという(Smastationで香取が発言)。 | |
| ツアー | 3か所??公演 | |||
| 日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館 | ||||
| 1992年 | SPRING SMAP'92 | 3月21日 - 4月5日 | 初めて東名阪以外の地方で公演したツアー。東京公演は、追加公演として急遽決定した。 | |
| ツアー | 6か所??公演 | |||
| 北海道厚生年金会館、宮城県民会館、かつしかシンフォニーヒルズ、京都会館、広島アステールプラザ、福岡市民会館 | ||||
| 1992年 | SMAP'92 SUMMER CONCERT "負けるなBaby!" | 8月26日 - 8月31日 | 東京公演はNHK衛星放送の特集番組枠内にて生中継された。また、現在でも語られる「名古屋ガラガラ事件」(客席の7割が空席だった)が起きた。 | |
| ツアー | 3か所??公演 | |||
| 日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール | ||||
| 1992年 | 明治大学駿台祭SMAPライブ | 11月2日 | 唯一の学園祭ライブ。この時期は、事務所の意向で他のタレントも学園祭等に多く出演しており、その一環として出演したもの。 | |
| 学園祭 | 1か所1公演 | |||
| 明治大学 | ||||
| 1993年 | NEW YEAR CONCERT 1993 | 1月1日 - 1月8日 | ||
| ツアー | 3か所?公演 | |||
| 日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館 | ||||
| 1993年 | 夢がMORI MORI Spring Concert | 3月5日 | 『夢がMORIMORI』の企画にて行なわれたスペシャルコンサート。同番組から森口博子、森脇健児も出演。 | |
| イベント | 1か所1公演 | |||
| 1993年 | SPRING SMAP'93 | 3月21日 - 4月24日 | 「SPRING SMAP」というタイトルを使用したのは、このツアーが最後。 | |
| ツアー | 9か所??公演 | |||
| 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、大宮ソニックシティ、神奈川県民ホール、静岡市民文化会館、京都会館、神戸国際会館、広島アステールプラザ、福岡サンパレス | ||||
| 1994年 | NEW YEAR CONCERT 1994 | 1月1日 - 1月7日 | 東京公演は1日6回公演を行なった。大阪城ホールは追加公演として行なわれた。 | |
| ツアー | 4か所17公演 | |||
| 日本武道館、愛知厚生年金会館、大阪城ホール、大阪厚生年金会館 | ||||
| 1994年 | 夢がMORIMORI Spring Concert'94 | 3月9日 | 『夢がMORIMORI』の企画にて行なわれたスペシャルコンサートの第2弾。前回と同じく森口博子、森脇健児も出演。 | |
| イベント | 1か所1公演 | |||
| 中野サンプラザ | ||||
| 1994年 | SPRING CONCERT 1994 "Hey Hey おおきに毎度あり" | 4月30日 - 5月8日 | ||
| ツアー | 4か所??公演 | |||
| 東京厚生年金会館、横浜アリーナ、愛知厚生年金会館、大阪万博ホール | ||||
| 1994年 | SEXY SIX SHOW | 7月24日 - 8月30日 | 初の東名阪を交えた本格的な全国ツアー。 | |
| ツアー | 13か所64公演 | |||
| 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、群馬県民会館、日本武道館、新潟テルサ、石川厚生年金会館、名古屋市公会堂、京都南座、大阪厚生年金会館、広島メルパルクホール、福岡サンパレス、長崎市公会堂、鹿児島県文化センター | ||||
| 1995年 | COOL JANUARY | 1月1日 - 1月6日 | ツアー初日の1月1日、日本武道館にて、SMAP初のベストアルバム『COOL』を同時リリースした。 | |
| ツアー | 3か所??公演 | |||
| 日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール | ||||
| 1995年 | ジャニーズワールドスペシャル 「COOL COOL SMAP '95」 |
1月29日 - 2月26日 | 当時ローソン限定で発売されていたビデオ「ビジュアルレコード ジャニーズワールド」に因んでの、ローソンの懸賞による無料コンサート。内容は1月のツアーとほぼ同じ。 | |
| イベント | ?か所??公演 | |||
| 仙台サンプラザ、横浜アリーナ、大阪城ホール、日本武道館 | ||||
| 1995年 | COOL SPRING | 3月31日 - 4月4日 | ||
| ツアー | 3か所??公演 | |||
| 日本武道館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール | ||||
| 1995年 | SUMMER MINNA ATUMARE PARTY | 7月26日 - 9月3日 | 自身初の野外公演、そして自身初・同事務所初の沖縄公演。このツアー以後「SMAPのチケットは取り難い」と言われるようになる。 ツアータイトルは"ATSUMARE"ではなく"ATUMARE"(TSUではなくTU)。 |
|
| ツアー | 18か所43公演 | |||
| 北海道厚生年金会館、青森市文化会館、岩手県民会館、仙台サンプラザ、群馬県民会館、大宮ソニックシティ、横浜アリーナ、新潟県民会館、金沢市観光会館、松本文化会館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、香川県民ホール、福岡サンパレス、長崎市公会堂、宮崎市民会館、鹿児島市民文化ホール、沖縄県総合運動公園陸上競技場 | ||||
| 1995年 | WINTER CONCERT 1995-1996 | 12月26日 - 1月14日 | 東京公演では、自身初・同事務所初のカウントダウンコンサートが行なわれた(なお、これ以降は行なわれていない)。 | |
| ツアー | 3か所28公演 | |||
| 代々木ホワイトシアター、名古屋レインボーホール、大阪城ホール | ||||
| 1996年 | SPRING CONCERT'96 | 3月22日 - 4月7日 | 冬のツアーの内容をそのままに、地方で開催された初のアリーナツアー。008のアルバムの曲が追加された。そして6人としては最後のツアーとなった。 | |
| ツアー | 6か所12公演 | |||
| 札幌月寒グリーンドーム、盛岡市アイスアリーナ、浜松アリーナ、サンドーム福井、広島サンプラザ、福岡国際センター | ||||
| 1996年 | 超無限大翔 | 7月19日 - 8月24日 | ツアータイトルの読み方は「ちょうむげんだいしょう」。 初のスタジアムツアー。森がこのツアーの前に脱退したため5人で行われた。当初沖縄を除く5ヶ所5公演の予定だったが、申し込みが殺到したため、各会場で1公演ずつ+沖縄公演の計6公演を追加。また福岡公演では1日2回公演を実施。沖縄公演では、興行元によるチケット収入の詐欺事件が起きた。 |
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| ツアー | 6か所11公演 | |||
| 札幌・真駒内オープンスタジアム、仙台・国営みちのく杜の湖畔公園、東京ドーム、阪急西宮スタジアム、福岡ドーム 、沖縄・糸満市西崎陸上競技場 | ||||
| 1997年 | SMAP 1997 "ス" 〜スばらしい!ステキな!スゴイぞ!スーパースペシャルコンサート〜 | 7月15日 - 9月15日 | この年より、ツアーは1年に1回となる。初めてコンサートにTV番組「SMAP×SMAP」のキャラクターが登場する演出を行った。後のコンサートの演出を方向付けるターニングポイントとなるツアーとなった。大阪公演ではめちゃイケのオファーシリーズの第1弾でナインティナインの岡村隆史がジャニーズJr.に混ざり踊りを踊っていた。中居のソロではダンサーとして踊っていた。 | |
| ツアー | 9か所26公演 | |||
| 札幌・真駒内オープンスタジアム、山形市総合スポーツセンター、横浜スタジアム、石川県産業展示館4号館、長野エムウェーブ、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島グリーンアリーナ、福岡ドーム | ||||
| 1998年 | CONCERT TOUR 1998 "VIVA AMIGOS!" | 7月21日 - 10月1日 | アスティとくしまで予定されていた徳島公演(4公演)が阿波踊りのイベントとダブルブッキングしていることが発覚し公演中止になる。 | |
| ツアー | 8か所22公演 | |||
| 真駒内オープンスタジアム、仙台グランディ21総合体育館、東京ドーム、石川産業展示館4号館、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島グリーンアリーナ、福岡ドーム | ||||
| 1999年 | SMAP 1999 TOUR "BIRDMAN" | 7月24日 - 9月26日 | ストーリー仕立てで作成されたプロモーションビデオが話題となり、そのストーリーコンセプトを元にステージの演出がなされた。 | |
| ツアー | 7か所16公演 | |||
| 真駒内オープンスタジアム、秋田大館樹海ドーム、仙台・名取スポーツパーク、横浜スタジアム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム | ||||
| 2000年 | SMAP'00 "S map Tour" | 10月14日 - 11月27日 | この年のツアーは、通常とは異なり秋に開催され、これ以降のコンサートは1日の公演数は1回のみに統一された。1回の公演時間が3時間を超えるようになったのもこのツアーから。このツアー中に木村の結婚が発表され、会場だったさいたまスーパーアリーナで木村が会見を行った。 | |
| ツアー | 8か所18公演 | |||
| 札幌コミュニティドーム、秋田大館樹海ドーム、シェルコムせんだい、さいたまスーパーアリーナ、東京ドーム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム | ||||
| 2001年 | SMAP'01 "pamS Tour" | 7月28日 - 9月30日 | デビュー10周年に行なわれたツアー。今まで発売した曲の中から、普段のコンサートでは歌わない曲も選曲された。しかし、稲垣吾郎が謹慎中のため、8月25日以降の公演は4人で行なった。 | |
| ツアー | 9か所20公演 | |||
| 札幌ドーム、岩手・安比高原野外特設会場、東京ドーム、東京スタジアム、新潟・国営越後丘陵公園、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島・国営備北丘陵公園、福岡ドーム | ||||
| 2002年 | SMAP'02 "Drink! Smap! Tour" | 7月28日 - 11月3日 | 夏から秋にかけての長期にわたるツアーとなり、観客動員数も100万人を超えるようになった。日韓ワールドカップにちなみ、サッカーが行なわれるスタジアムを中心にツアーを展開。前年の名古屋公演より4人で行なったため、ツアーは名古屋から行なわれた。また、阪急西宮スタジアムは解体することが決まり、このスタジアムでのコンサートはSMAPが最後となった。大阪公演では、1997年に続き、ナインティナインの岡村が2回目の出演。この年初めて曲間のジャンクションに映像使用した。 | |
| ツアー | 12か所24公演 | |||
| 札幌ドーム、宮城スタジアム、東京ドーム、東京スタジアム、新潟スタジアム・ビッグスワン、静岡スタジアム・エコパ、ナゴヤドーム、大阪ドーム、阪急西宮スタジアム、広島ビッグアーチ、福岡ドーム | ||||
| 2003年 | SMAP'03 "MIJ Tour" | 7月5日 - 9月6日 | 香取慎吾の大河ドラマ出演の関係上、通常よりも公演数を少なくしたが、大阪の追加公演が決定し、2年連続で観客動員数が100万人を超えた。約7万人が収容できる横浜国際総合競技場にて史上3組目、SMAP初のコンサートを行なった。ツアー終了後、ジャンクション映像に使用されたメンバーそれぞれの木製人形使が一部CDショップに飾られた。 | |
| ツアー | 9か所21公演 | |||
| 札幌ドーム、宮城スタジアム、味の素スタジアム、横浜国際総合競技場、新潟スタジアム・ビッグスワン、豊田スタジアム、大阪ドーム、広島ビッグアーチ、福岡ドーム | ||||
| 2005年 | SMAPとイク? SMAP SAMPLE TOUR FOR 62DAYS. | 7月30日 - 9月29日 | 前回から2年ぶりのツアー。「2年ぶりだから色々な事を試してみよう」をコンセプトに製作された。その一環で、「今までSMAPのコンサートを観たことがない人にも来て欲しい」と、「SAMPLEシート」を設定。「MEN'Sシート(男性専用席)」と、「初体験シート(男性と女性のカップル)」を発売した。単独アーティストとして初の国立霞ヶ丘競技場でのコンサートを行った。観客動員数は前回から引き続き100万人を超えた。 | |
| ツアー | 7か所21公演 | |||
| 札幌ドーム、東京ドーム、国立霞ヶ丘競技場、日産スタジアム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡Yahoo!JAPANドーム | ||||
| 2006年 | Pop Up! SMAP - 飛びます!トビだす!とびスマ?TOUR | 7月30日 - 10月9日 | 首都圏でのドーム・スタジアム3か所8公演48万人動員は、史上最大規模。前年同様「MEN'Sシート」と「カップルシート(初体験シートを名称変更)」が発売された。また、前年のツアーでは、新潟県中越地震以後にも関わらず、新潟公演が行なわれなかったため、メンバーの強い希望により実現した。ジャンクション映像に3D映像を使用(3D眼鏡は会場で配布)し、メンバーが飛び出る映像を製作した。観客動員数は4ツアー連続で100万人を超えた。福岡Yahoo!JAPANドームの公演中に中居の肋骨2本にヒビが入っている事が判明する。数週で肋骨は完治したが、その後9月9日の国立霞ヶ丘競技場公演で左足肉離れを起こしてしまう。9月28日の東京ドーム公演では、香取のソロコーナーに倖田來未がゲスト出演し、香取と倖田のデュエットが生で実現した(後日、香取も倖田のコンサートにゲスト出演した)。 | |
| ツアー | 8か所21公演 | |||
| 札幌ドーム、新潟スタジアム、東京ドーム、国立霞ヶ丘競技場、日産スタジアム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、福岡Yahoo!JAPANドーム | ||||
| 2008年 | SMAP 2008 super.modern.artistic.performance tour | 9月24日 - 12月3日 | 前回ツアーから2年ぶりの公演となり、「今までに見た事がないSMAP」をコンセプトに製作。ステージング&コリオグラフィーに、TRFのSAM・CHIHARU・ETSUを迎えた。公演場所はSMAPが5人体制になってから最小の5ヶ所。しかし、当時の日本人アーティスト最多の東京ドーム6公演を決行。そのためか、例年以上に有名人の来場が多く、また事務所の後輩も多数訪れた。観客動員数は約80万人。初日のコンサート終盤、香取慎吾が深さ1.5メートルのくぼみに誤って転落し、右ひざ挫創(ざそう)及び打撲内出血で全治2週間と診断された。12月3日、札幌ドームでのツアー最終日には『FNS歌謡祭』で「Still U」の生中継が行われた。 | |
| ツアー | 5か所16公演 | |||
| 札幌ドーム、東京ドーム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、福岡Yahoo!JAPANドーム | ||||
| 2010年 | We are SMAP! 2010 SMAP CONCERT TOUR | 7月31日 - 10月10日(開催中) | 前回から2年ぶりのツアーで、今回でツアー開催20年目を迎える。夏季にツアーが行われるのは4年ぶりの事。9月15日の東京ドーム公演で通算観客動員数1000万人を迎える予定。また上海万博で実現とならなかった、初めての海外公演が予定されている。観客動員数は4年ぶりに100万人突破を予定。ツアー初日直前に中居が急性腰痛症である事が発覚した。 | |
| ツアー | 6か所21公演 | |||
| 札幌ドーム、東京ドーム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、福岡Yahoo!JAPANドーム、上海体育場 | ||||
[編集] スケートボーイズ (前身)
- スケートボーイズは、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループ。1987年の秋に結成。 SMAPの前身として知られ、光GENJIの『ガラスの十代』のバックでスケボーをやるグループとして初登場。
- 「Diamondハリケーン」でもバックダンスグループとして、中居・木村・佐藤敬・他2名で登場。この時はGENJIの赤坂&佐藤敦啓が年齢制限で夜の歌番組にTV出演できなかったため、木村拓哉と佐藤敬が替わりにマイクを握った。
- 1988年4月、各アイドル誌にて、主要メンバー12名で正式に初お披露目。 だが、誌面で紹介される機会のなかったメンバーも数名居り、延べ20名近くのメンバーが参加している。
[編集] メンバー
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- 後のTOKIO
- 国分太一 (後期に参加)
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[編集] 備考
- 主要メンバー12人(国分太一はまだメンバーに加わっていない)が揃った写真は少ない。なお、「トンボ学生服」の販売促進用として作られた下敷きでは、上半分が脱退組(森且行も含む)、下半分が現在のSMAPという構図となっている。
- SMAPが結成された後も、しばらくは並行してスケートボーイズが存在したが、数か月後に自然消滅した。 漏れたメンバーのほとんどは、後に「平家派」というグループで活動。しかしそれも1990年初頭に消滅した。現在では、TOKIOのメンバーとなった国分太一を除き全員がジャニーズ事務所を退所。但し、芸能活動という意味では、現在も俳優・歌手として活動中の野口隆史(反町隆史…退所後改名。現在に至る)以外にも、松元治郎は、その後和久二郎と改名し、WANDSの第3期ボーカリストを務めていた。
[編集] 関連項目
- ジャニーズ事務所
- 音松くん - テレビ番組で6人が兄弟を演じたコント。
- スマシプ - SMAPのうち3人の企画ユニット。
- 姫ちゃんのリボン - 「笑顔のゲンキ」等初期のSMAPの曲が使われたアニメ。アニメ版では草彅剛が支倉役の声優として出演。アニメ版では物語上、13、14話に6人時代のSMAPで出演した。ただし、セリフがあるのは草彅剛のみで、その他の5人にセリフは無い。
- 赤ずきんチャチャ - 「君色思い」が使われたアニメ。アニメ版には香取が声優として出演(声優デビュー作である)。
- Smappies - アルバムのバックバンドメンバーによるユニット。インストゥルメンタル・アルバムを2枚リリースしている。
[編集] 脚注
- ^ SMAP「つらい」上海万博イベント中止 サンケイスポーツ 2010年6月5日付
- ^ SMAP、上海ライブ決定!初海外、万博中止のリベンジだ! スポーツ報知 2010年8月2日付
- ^ 2007年7月29日『FNS27時間テレビ』「BISTRO SMAP」香取談
- ^ 2007年11月15日『うたばん』中居談
- ^ 「SMAP42作トップ10、史上初の主要4部門制覇」オリコン、2008年3月11日
[編集] 外部リンク
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