島田紳助
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| 島田紳助 | |||
|---|---|---|---|
| 本名: | 長谷川 公彦(はせがわ きみひこ) | ||
| 生年月日: | 1956年3月24日(53歳) | ||
| 出身地: | 京都府京都市南区 | ||
| 血液型: | AB | ||
| 身長: | 170cm | ||
| 方言: | 大阪弁 | ||
| 最終学歴: | 京都学園大学中退 | ||
| 師匠: | 島田洋之介・今喜多代 | ||
| コンビ名: | 紳助竜介(解散) | ||
| 相方: | 松本竜介(故人) | ||
| 芸風: | ボケ(漫才師時代) | ||
| 立ち位置: | 右(漫才師時代) | ||
| 事務所: | 吉本興業 | ||
| 活動時期: | 1975年 - 現在 | ||
| 同期: | タモリ 明石家さんま 関根勤 |
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| 現在の代表番組: | 行列のできる法律相談所 人生が変わる1分間の深イイ話 クイズ!ヘキサゴンII 開運!なんでも鑑定団 |
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| 過去の代表番組: | サンデープロジェクト 嗚呼!バラ色の珍生!! オレたちひょうきん族 |
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| 作品: | 映画「風、スローダウン」 | ||
| 他の活動: | (株)ディンプス相談役 京都市特別観光大使 |
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| 配偶者: | 既婚 | ||
| 弟子: | 島田まさし ほか | ||
| 受賞歴 | |||
| ・1984年 花月大賞 マンスリーよしもと賞 ・1991年 日本映画批評家賞 特別賞 |
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島田 紳助(しまだ しんすけ、本名:長谷川 公彦(はせがわ きみひこ)、1956年3月24日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、作詞家、実業家。株式会社ディンプス相談役、京都市特別観光大使。元漫才コンビ「紳助・竜介」のボケ担当。
目次 |
プロフィール
- 京都府京都市南区出身。京都市特別観光大使も務めている。
- 大谷高校卒業、京都学園大学中退であるが、大学には親が入学金を支払った直後、弟子入りしたため、通っていない。このことと本人から自身の大学についてのエピソードが語られることがないため、一般的には最終学歴は高卒であると思われている。
- 吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属。これとは別に、「有限会社オフィス百三十アール」(通称 「130R」)という個人事務所を設けている。事務所の名前は鈴鹿サーキットにあるコーナーの名称に由来している。ちなみに、板尾創路はこの「130R」という名前を気に入り、島田の了承を得て、「130R」という名前をほんこんと自身のコンビ名にした。
- 自称身長170cm、血液型はAB型。
- 弟子に島田まさしらがいる。また土建屋よしゆきは高校の同級生である。
- 多くの芸能人からは「紳助さん」、同期の明石家さんまと和田アキ子や坂田利夫ら先輩芸能人からは「紳助」、くりぃむしちゅーら中堅芸人からは「紳助師匠」と呼ばれている。また、『クイズ!ヘキサゴンII』で作詞家としての活動する際の名義は「カシアス島田」である。ただし、紳助本人は「遠い親戚」と主張している。
来歴
芸能界入りまで
- 父親が国鉄(現JR)職員(南満州鉄道の職員歴もある)の家庭に生まれ育つ。「松本紳助」で紳助本人が語ったところによると「鳩みたいに真面目で温厚な性格で、自分が警察に補導されても「話し合いで解決できる」と言って一度も激怒しなかった」とのころ。
- 中学生の時は学校の窓ガラスを割ったり、教室で盗品を売りさばいたりしており、高校生の頃に車上荒らしで補導されて少年鑑別所に送致された経験がある。少年時代は暴走族であったと語っており、現在も当時の話をしばしばネタにしている。高校のとき教師から叱責されたのを機会に「おもろい不良になろう」と改心(?)する。高校時代のあだ名は、泣きながら熱く語る事から「泣き虫みー君」。高校の三者面談で「公彦君はこの学校のゴミです。」と言われたことがあった。後年、芸能界で大成した後に学校へ行くと「君はこの学校の誇りだ」と言われ、それに対して、「ゴミと誇り(埃)やったら変わらへん」と冗談めかして話している。
- 10代の頃は大場政夫に憧れ、ボクシングジムに通っていた。1973年には京都府高校フライ級1位を獲得(ただし紳助曰く出場者は3人)また、料亭に勤めていたことがあり、将来は寿司屋か競艇の選手か漫才師かと考えていた。
10代 芸能界入り
- 18歳の時、B&Bに憧れ、B&Bの師匠である漫才コンビの島田洋之介・今喜多代(現・今日喜多代)に入門。同期に明石家さんま、オール巨人、桂小枝などがいる。「島田洋七を倒すことに俺の青春を賭けよう」と誓ったが、「結局何もしてないのに勝手に倒れた」と当時を振り返っている。
- 「島田紳助」という芸名の由来は、「島田」は師匠の島田洋之介一門から、「紳助」という名前はいくつかの芸名候補の中から、師匠の島田洋之介が「『紳助』でいいやん」という一言で決まった。ちなみに紳助本人は数ある芸名候補の中で「けんじ」という芸名にしたいと思っていたが、反対に「紳助」が一番嫌だと思っていたという。理由は、子供の頃に同じ「しんすけ」という名前の友達がおり、その友達があまり良い印象ではなかったためだという。ちなみに、同期の杉本高文に「島田紳助」という芸名が決まった時に「その名前じゃ絶対に売れない」とからかわれ、紳助は落ち込んだが、逆に杉本が「明石家さんま」という芸名をもらったと聞いた時、紳助は「こいつ(芸能人として)終わった」と大笑いしたというエピソードがある。
- 弟子入りしてから竜介に出会うまでの2年間は別の芸人と2回コンビを組んでいるがどれも全くうまくいかず、すぐに解散している。この2年間にキャバレーの呼び込みのバイトをしたり、緻密な研究ノートを書いたり、海原千里・万里、夢路いとし・喜味こいし、B&Bら既にテレビで活躍している漫才コンビのレギュラーの本数の推移のグラフなどを書き、部屋いっぱいに貼っていた。1977年9月にNGKで進行をしていた松本竜介(解散後松本竜助に改名)と漫才コンビ紳助・竜介結成。つなぎ作業着風の衣装を着てリーゼント姿の紳助が竜介と絡む芸風は「ツッパリ漫才」と呼ばれ、若い男性を中心に爆発的人気を得る。
20代 漫才師としての繁栄と終焉
- 1980年頃からの漫才ブームでは、関西の雄として一角を担った(詳細は紳助・竜介の項目を参照)。1981年には、井筒和幸監督の映画『ガキ帝国』で竜介とともに映画初主演を果たした。
- 同年、後に伝説のバラエティ番組となるフジテレビの『オレたちひょうきん族』にコンビ揃ってレギュラー出演。この番組で紳助は、『ザ・ベストテン』のパロディコーナー「ひょうきんベストテン」の司会を務めたり、同期のさんまの恋人役で女装をしてコントを演じたりなど、竜介とのコンビにとらわれない形での出演が増え、紳助個人の才能を見せるようになる。また同時期、日本テレビ系音楽番組『歌のトップテン』で和田アキ子と共に2代目司会を担当。この番組で紳助は和田から司会術を学び、「ひょうきんベストテン」とこの『歌のトップテン』で司会者としての礎を築いた。
- 漫才ブームが次第に沈静化する中、1985年5月、紳助・竜介は解散。その際、「このままでは太平サブロー・シローやダウンタウンには勝てない」と発言した。
- ちなみに、現在は司会者としての活躍がメインであり、パネラーとしての出演は滅多にないが、この頃には『クイズ!!ひらめきパスワード』、『わくわく動物ランド』(共にTBS系列)、『アイ・アイゲーム』(フジテレビ系列)には解答者として出演していた。
30代 - 現在 司会者としての地位を確立
- 1990年代の紳助は、お笑いにとらわれない形での仕事が増えていった。特に1990年に、テレビ朝日系報道番組『サンデープロジェクト』の司会に起用されたことは話題を呼び、2004年まで14年も続く仕事となり、その間にタレントとしてのイメージを大きく変えることになった。
- 以降、司会者としての出演が増え、司会を務めた『EXテレビ』、『嗚呼!バラ色の珍生!!』(共に日本テレビ系列)、『ダウトをさがせ!』(TBS系列)、『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京系列)などが人気番組となる。特に、1991年秋には現在も続いているTBSの春・秋の名物大型特番『オールスター感謝祭』がスタートし、毎回200人もの芸能人を3~5時間半の長時間仕切り上げ、司会者としての地位を不動のものにする。
- こうした司会業の中で、若手の芸能人や素人の出演者を「いじる」才能が徐々に注目されるようになった。それまでバラエティ番組とは無縁だった歌手や俳優のバラエティ番組との相性を見抜いて自分が司会する番組に出演させることが多く、円広志や高木美保、misono[1]のように、それをきっかけに活動の幅を広げていく芸能人も存在する。
- 2000年代に入ってからはプロデュース業にも進出。関西ローカルの番組『紳助の人間マンダラ』(関西テレビ系)では、吉本興業のお笑いコンビであるランディーズ、ロザン、キングコングの3組によるアイドルユニット「WEST SIDE」をプロデュース。関西圏ではジャニーズ事務所のアイドル達をも凌駕するほどの大人気グループに成長させた。
- 2004年10月から2005年1月までの間は後述の傷害事件により一時、テレビから姿を消していたが、その後2005年からの『クイズ!ヘキサゴンII』ではPaboや羞恥心といったユニットをプロデュースし、ブームを巻き起こす。
- タレント業以外では石垣島に喫茶店「TOMURU(トムル)」をオープンしている。また、2005年11月に大阪・東心斎橋に「寿司 はせ川」をオープンし、2007年9月には東京・西麻布にもオープンした。
- 2009年6月14日放送のNHKの番組「MUSIC JAPAN」にコメント出演した。それが15年ぶりのNHKの番組になった。
- 2009年、毎年夏にFNS系列で放送されている大型長時間番組『FNSの日・ 26時間テレビ』の総合司会に初抜擢された。
エピソード
- 数多くのレギュラー番組を持っているが、火・水・木曜日の三日間は定休日であると発言している。以前までは月曜も休みであった。また、まれにゲスト出演する場合、定休日でも仕事をすることがある。(2008年7月7日放送「人生が変わる1分間の深イイ話」より本人談)
- 海外旅行は、絶対にグアムしか行かないことを90年代のバラエティ番組『メトロポリタンジャーニー』で明らかにしていたが、近年は『クイズ!紳助くん』のロケで韓国に行ったことからそのポリシーを変え始めている。
- 老眼の年齢に差し掛かったこともあり、『一攫千金!日本ルー列島』や『クイズ!ヘキサゴンII』の初期には眼鏡を着用して番組に出演することもある。特に、『オールスター感謝祭』では200人もの芸能人を仕切らなければならないため、毎回眼鏡を着用し司会を務めている。
- 極度の高所恐怖症である。ある番組でリフトに乗った際、2mの高さで本気で怖がっていた。また『松紳』で、脚立の一番上にも立てないことを明かした。
- 元相方の松本竜助について、著書に「彼が居たから8年もの間漫才が出来た」と記してある。2006年3月に竜助が倒れた際には東京での仕事をすべてキャンセルして大阪へ駆けつけた。同年4月1日に竜助は逝去、通夜と葬儀には参列しなかった。
- 長年多くの番組で司会を勤め、数多くの芸能人と共演しているがとんねるずと一度も共演したことがない。本人は『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」に出たいと『行列のできる法律相談所』で語ったことがある。
- ボクシングの亀田一家への理解が高く、行列のできる法律相談所において、面識のない亀田一家に対する意見を語ったところ、亀田興毅から丁寧なお礼のメールが来たという。ちなみに亀田興毅はたむらけんじに島田のメールアドレスを聞いたという(たむけんの焼肉屋が亀田家のスポンサーを務めた縁から)。
- 苦手食べ物は、パンとホルモン。(2009年6月15日放送「人生が変わる1分間の深イイ話」より)
お笑いに対する見方
- 後輩のダウンタウンが全国区レベルの芸人となって以降、「テンポを遅くした調子で喋る」「ダラダラ舞台に出る」などダウンタウンの漫才のスタイルを真似る若手が大量に発生した時期があったが、紳助は、「ダウンタウンは、それまでの漫才を組み立てる事が出来て初めて、あのスタイルに辿りついている。漫才の基本もなってない奴らが、あんなことをして面白いはずはない。」と批判した。同様の批判は、ダウンタウンと同期の トミーズ雅もしている。
- M-1グランプリの立案理由については、「世の中、テレビはおろか、劇場に立ったことすらほとんどない、売れない芸人は沢山いる。それでも、そういう子らは夢を見てやってるから、辞めようとしない。そこで、M-1に出られる期限を結成10年にしたら、まあそこで芽があれば、準決勝に出てテレビに映る。運のエエ子らはそこ以外で世に出られる可能性もあるけど、基本的には10年やって芽が出なんだら、お笑いをやめるべき。周りを不幸にする。そのための区切り。」と語っている(2008年7月28日、「人生が変わる1分間の深イイ話」での発言)。
傷害事件と謹慎
- 2004年10月25日大阪・朝日放送社内にて『クイズ!紳助くん』収録前、同じ吉本興業に所属する勝谷誠彦の女性マネージャーに対し、何らかの理由で激昂し、その女性を別室に無理やり連れ込み、素手で殴る、顔に唾を吐きかけるなどの暴行を加え、傷害を負わせた。[2]。
- 女性が部屋を飛び出した後、紳助は「こいつおかしいねん。殴ってもないのに大声出しやがって」と周囲に怒鳴りちらし、それに対し女性は「あなたに殴られて左耳が聞こえないんですよ。一生聞こえなかったらどうしてくれるんですか!」と反論したが、紳助は「な?こんな口答えする女やから、殴られても当たり前やろ」と周囲に言ったといわれている。
- すぐさま被害女性は大阪府警に被害届を提出し、紳助は10月28日付で傷害事件として正式告訴された。紳助は警察に訴えられたと知ると同日に吉本興業の東京支社で記者会見を開き、暴行傷害の容疑を認め、TVカメラの前で「100対0で僕が悪いです」、「被害者が芸能界を辞めろと言うならすぐに辞めます」といって泣きじゃくって反省している様子をみせた。
- これを受けて吉本興業では11月4日まで紳助を謹慎処分とし、期間中のレギュラー番組については、各局ともテロップ(収録した日付など)を挿入して通常通り放送した。ただし『行列のできる法律相談所』については法律をテーマに扱っているだけにテロップ挿入で放送という訳にはいかず、緊急生放送として事務所の後輩で番組レギュラーである東野幸治を司会に立てて放送した。
- 大阪府警大淀署は11月4日、紳助を「加害者」として傷害罪の疑いで書類送検、検察が略式起訴を請求し、大阪簡易裁判所において「罰金30万円」の略式命令が下された。
- 前述の謝罪会見で紳助は「髪をつかんで座らせ、平手で一発」と述べていたが、その後の略式起訴の際には「右手やリュックサックで頭を殴ったほか、髪をつかんで壁に打ちつけ、唾を吐きかけるなどの暴行を加え、約2ヶ月の怪我を負わせた」という犯行事実を認めたことが分かっている。
- なお、紳助は、当初の11月4日までの芸能活動自粛期間の無期限延期を表明し、11月8日の『キスだけじゃイヤッ!』を最後にブラウン管から一時期姿を消した。被害者からは「芸能界を辞めて」と引退を要求されていたが、2ヶ月ほどの謹慎ののち、2005年1月2日『行列のできる法律相談所』内の生放送にて復帰の挨拶と事件についての謝罪を改めて行って復帰した。ダウンタウンは紳助のレギュラー司会の代行を勤め、紳助の復帰まで繋いだ。
- 被害女性は事件後休職していたが、2006年6月限りで休職期間満了として退職扱いとなった。しかし、同年8月4日には被害女性が加害者の紳助と吉本興業を相手取り、4400万円の損害賠償を求める民事訴訟を東京地方裁判所に起こしている。また、仕事ができなくなったのは首の捻挫やPTSDなどが原因であるとして、退職扱いの無効と雇用関係の確認も求めている。
- この事件に関しては世間のみならず芸能界でも、評価が大きく分かれた。
政治について
- 大阪府知事選挙や国政選挙での出馬の可能性についてしばしば報道される。東国原英夫は、島田が「オレは政治家じゃなくて、商人だ。豪商の立場から政治家を応援する」と自らに語ったことがあるとし、転身の可能性について否定している[3]。
- 政治信条に関しては保守主義で、読売テレビ「今夜はシャンパリーノ」で憲法9条がテーマとして取り上げられたとき、「改正したほうが良い」と発言している。
- 2008年4月27日放送の行列のできる法律相談所にて、橋下徹大阪府知事による4年間の府政によって結果(大阪府の債務など)が出なかった場合、自らが出馬して同知事と争うと冗談で言っていた。また、同日に橋下府知事より、選挙戦での演説におけるアドバイスを求めていた事を同知事によって明らかにされた。作戦は「情に訴える」だったという。
- 2004年の参院選で、民主党から出馬した尾立源幸の選挙運動の応援演説に駆けつけた。尾立はこの選挙でトップ当選を果たした。同時に「民主党候補を支援したのは強力な2大政党制をつくるため。民主党が政権を取ったら今度は自民党を応援する」と語った。
現在の出演番組
レギュラー番組
- 行列のできる法律相談所 毎週日曜日21時00分~21時54分(日本テレビ系)
- 人生が変わる1分間の深イイ話 毎週月曜日21時00分~21時54分(日本テレビ系)
- クイズ!紳助くん 毎週月曜日23時17分~0時17分(朝日放送系、関西ローカル)
- 開運!なんでも鑑定団 毎週火曜日20時54分~21時54分(テレビ東京系)
- クイズ!ヘキサゴンII 毎週水曜日19時00分~19時57分(フジテレビ系)
- ホンネの殿堂!!紳助にはわかるまいっ 毎週金曜日19時57分~20時54分(フジテレビ系)
単発・不定期番組
過去の出演番組
- 一攫千金!日本ルー列島(フジテレビ系)
- 女神のアンテナ(テレビ朝日)
- 美味紳助(テレビ朝日)
- 松紳(日本テレビ/ダウンタウンの松本人志と共演)
- キスだけじゃイヤッ!(読売テレビ(ytv))⇒以後はスペシャル番組として放送予定。
- 芸恋リアル(読売テレビ(ytv))
- 今夜はシャンパリーノ(読売テレビ(ytv))
- 謎を解け!まさかのミステリー(日本テレビ)
- 島田検定!! 国民的潜在能力テスト→島田検定SUPER!!(TBS)
- アスリート応援TV! ニッポン!チャ×3(TBS)
- クイズ!ヘキサゴン(フジテレビ)
- コロンブスのゆで卵(TBS)
- サンデープロジェクト(テレビ朝日/2004年3月まで出演。番組は継続中)
- 嗚呼!バラ色の珍生!!(日本テレビ/1994年10月 - 2001年3月)
- EXテレビ(日本テレビ・読売テレビ(ytv))
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ系、ゲスト出演)
- 笑っていいとも!増刊号(フジテレビ系)
- 今夜は最高!(日本テレビ系、ゲスト出演)
- オレたちひょうきん族(フジテレビ)
- ひょうきんミニ放送局(フジテレビ)
- ひょうきん予備校(フジテレビ)
- SMAP×SMAP(フジテレビ、ビストロSMAPゲスト出演)
- クイズ どんなMONだい?!(日本テレビ)
- 新伍・紳助のあぶない話(関西テレビ/1990年-1996年)
- カジノザウルス(関西テレビ/1996年7月-1997年3月)
- メトロポリタンジャーニー(フジテレビ/1996年4月-1997年3月)
- 紳助の人間マンダラ(関西テレビ)
- クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!(日本テレビ/逸見政孝の代理司会)
- 歌のトップテン (日本テレビ)
- クイズ!!体にいいTV(日本テレビ)
- 全国高等学校クイズ選手権(日本テレビ/事前番組司会を10年間担当。番組は継続中)
- クイズ三角関係 (TBS)
- わくわく動物ランド (TBS)
- クイズ仕事人(朝日放送/『クイズ!紳助くん』の前身番組)
- 紳助のサルでもわかるニュース(読売テレビ(ytv))
- クイズ!当たって25%(TBS/1991年10月-1992年3月/『オールスター感謝祭』の原型番組)
- ムーブ・島田弁護協会(TBS/『沼島の春よふたたび!お見合い大作戦』はこの番組から誕生)
- 青春!島田学校(TBS/1990年)
- CLUB紳助(朝日放送/1988年4月12日-1996年9月)
- 海岸物語 昔みたいに…(TBS/1988年)- 郷原進 役
- TV-JACK(朝日放送)
- 誰がカバやねんロックンロールショー(関西テレビ)
- 紳竜・さんまのスクープ一直線(関西テレビ)
- ヤングプラザ(朝日放送)
- 夢々夢中組(毎日放送)
- ウォンテッド!!(フジテレビ系)
- 走れ!!しあわせ建設(フジテレビ系)
- 紳助・ケントの世界がお呼びです!(毎日放送・TBS/1988年4月-1990年9月)
- 紳助の狼が来た~(読売テレビ(ytv))
- 特捜!芸能ポリスくん(TBS/1997年-1998年)
- ジョン万次郎(TBS、2002年10月-2003年3月)
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(日本テレビ/2005年・2007年)
- スーパークイズスペシャル(日本テレビ)
- 太っ腹!紳助ファンど(関西テレビ放送)
- おとうさんの時間(NHK総合)
- 料理の鉄人(フジテレビ/1996年9月28日放送/陳建一と対戦したが負け)
- MBSヤングタウン木曜(MBSラジオ/1984年4月-1987年7月)
- ハイヤングKYOTO土曜(京都放送)
- B.C.ビューティー・コロシアム(フジテレビ/2001年-2003年)
- プロ野球珍プレー・好プレー大賞(フジテレビ)
- 人形劇三国志(NHK教育テレビ/1983年)
- ダウトをさがせ!(毎日放送)
- 島田紳助のスーパーギャング(TBSラジオ/1988年4月-1989年3月)
- 熱血!島田塾〜おれたちホンキ宣言〜(テレビ朝日)
- HEARTに聞け(TBS)
- ZERO×選挙2007(日本テレビ/2007年7月29日放送/メインキャスター)
- 明日使える心理学!テッパンノート(毎日放送)
- ザ・ディール(TBS系/年数回特番)
- 恐怖の食卓(フジテレビ系/年数回特番)
- しゃべくり007(日本テレビ系/ゲスト出演)
- 行列のできる芸能人通販王決定戦(日本テレビ系)
- 島田紳助がオールスターの皆様に芸能界の厳しさ教えますスペシャル!(読売テレビ(ytv)系)
CM
現在
過去
- ブルーレット(1986年/小林製薬)
- ナムコ『さんまの名探偵』
- ナムコ『デジタル・デビル物語 女神転生』
- 1988年、アシックス
- 日清焼そばU.F.O.(1989年)
- 誌上対談(1989年/日産自動車)
- ラガービール(1990年/キリンビール)
- C1000タケダ(1990年/武田薬品)
- 1991年-1992年/大信販(現:アプラス)
- 吟生(1992年/サントリー)
- 不老林(メイグイファ/1994-1995年/資生堂)
- アーモンド・チョコレート(1994-1995年/江崎グリコ)
- 関西風味(1995-1996年/キリンビール)
- ボンゴ・フレンディ(1995年/マツダ)
- NEXT(1998年/フィリップモリス)
- NTTパーソナル関西
- 伊藤ハム(2005年)
- ジョージア(2006年1月)
書籍
- 紳助の青春の叫び PART5 (1980年11月 レオ企画)
- 風よ、鈴鹿へ (1991年7月 小学館 ISBN 978-4-09-363291-1)
- 風が、止まる時 (1990年9月 小学館 978-4-09-363292-8)
- こんな僕でよかったら (毎日新聞社)
- 「いつも心に紳助を」シリーズ (毎日新聞社)
- いつも心に紳助を (1994年10月 ISBN 978-4-620-31030-5, 小池書院 ISBN 978-4-88315-737-2)
- いつも心に紳助を 2
- 新 いつも心に紳助を (1996年11月 ISBN 978-4-62-031144-9)
- いつも心に紳助を ファイナル (1997年5月 ISBN 978-46-2031174-6)
- ラスト・ラン~おっさんたちの青春が終わった~ (1995年8月 小学館 ISBN 978-4-09-363293-5)
- 紳助のH・愛・ジョーク (1995年9月 毎日新聞社 ISBN 978-4-620-31076-3, 1998年4月 小池書院 ISBN 978-4-88315-781-5)
- メッセージ (1996年3月 毎日新聞社 ISBN 978-4-620-31106-7)
- 紳助の「メッセージ」 たった一回の人生やもん! (同上の本、1999年4月 小池書院 ISBN 978-4-88315-789-1)
- えせ田舎暮らし (1997年9月 KTC中央出版 ISBN 978-4-87758-053-7)
- 知識ゼロからの金儲け (2000年6月 幻冬舎 ISBN 978-4-87728-970-6)
- ぼくの生きかた (2001年3月 KTC中央出版 ISBN 978-4-87758-205-0)
- 天下の廻りモノオカネの正体 (2001年6月 幻冬舎 ISBN 978-4-344-40115-0)
- いつも風を感じて (2004年11月 KTC中央出版 ISBN 978-4-87758-335-4)
- ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する -絶対に失敗しないビジネス経営哲学- (2007年5月 幻冬舎新書 ISBN 978-4-344-98038-9)
- ニッポンを繁盛させる方法 (2007年11月 共著:東国原英夫 角川書店 978-4-04-710121-0)
松本竜助と共著
- 紳助・竜介のツッパリ魔:反抗の悪知恵 (1981年5月 ワニブックス ISBN 978-4-584-20021-6)
松本人志と共著
- 松本紳助 (2002年1月 ワニブックス ISBN 978-4-8470-1415-4)
- 裏松本紳助 (2002年11月 ワニブックスISBN 978-4-8470-1473-4)
- 哲学 (2003年3月 幻冬舎 ISBN 978-4-344-40332-1)
- 松紳 (2004年7月 ワニブックス ISBN 978-4-8470-1559-5)
雑誌記事
- 月刊現代 (講談社)
- 2005年9月号 - 本誌〔現代〕独占!120分 復帰から7ヶ月--吉本女性社員「暴行事件」を初めて語った 島田紳助 涙!--あの事件のこと、芸人とは、そして僕の未来 (共著:中田カウス・増田 晶文)
- 週刊文春 (文藝春秋)
- 2008年8月14日・21日夏の特大号(2490号) - [独占告白]スキあらばエッチするという姿勢は一パーセントでも持ち続けたい 独占告白 島田紳助「視聴率王」の苦しみ--「羞恥心」成功から、株、不動産、"黒い交際"まで、すべてを語った
CD
- 1981年ごろ、島田がボーカルを務める「紳助バンド」(ギターを弾けない村上ショージ、ベース・Mr.オクレ)として活動。
- 時間だけがロックンロール(1981年。作詞も)
- 東京コミュニケーション(作詞。紳助バンド)
- 1982年 『い・け・な・い・お化粧マジック』(明石家さんまとデュエット)
- 1990年には「島田紳助&バスガス爆発楽団」を結成する。
- 1991年 ダウンタウンのアルバム『万力の国』に楽曲提供。
- 1999年7月28日 島田紳助プロデュースの演歌「大阪の女」で島谷ひとみがデビュー。
- 紳助の人間マンダラの企画から。
作詞
- 2006年8月30日 島田紳助作詞の演歌、香田晋「おかあさん」がリリース。
- カシアスRECORDSの企画から。
- 2007年1月7日 RYOEIのアルバム『DEAI』がリリース。
- アルバム内の「我が敵は我にあり」を作詞。
- 2007年9月26日 島田紳助作詞の曲、Pabo「恋のヘキサゴン」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2008年4月9日 島田紳助作詞の曲、羞恥心「羞恥心」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2008年6月25日 カシアス島田(島田紳助)作詞の曲、羞恥心「泣かないで」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2008年10月22日 カシアス島田作詞の曲、クイズ!ヘキサゴンIIのアルバム「WE LOVE ヘキサゴン」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。アルバム内に入っている曲すべてを作詞。
- 2008年10月29日 misonoシングル「家族の日/アブラゼミ♀(大阪バージョン)-ピアノ・バージョン-」がリリース。
- シングル内の「アブラゼミ♀(大阪バージョン)-ピアノ・バージョン-」をカシアス島田名義で作詞。
- 2008年11月7日 島田紳助作詞の曲、RYOEI「我が敵は我にあり」がリリース。
- 2008年11月12日 カシアス島田作詞の曲、里田まい with 合田兄妹「もうすぐクリスマス」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2008年12月10日 カシアス島田(島田紳助)作詞の曲、羞恥心「弱虫サンタ」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2009年1月14日 カシアス島田作詞の曲、里田まい with 合田兄妹「バイバイ」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2009年3月25日 カシアス島田作詞の曲、矢口真里 VS エアバンド「青春 僕/青春 俺」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2009年4月22日 つるの剛士シングル「つるのうた」がリリース。
- アルバム内の「何もかもが君だった (つるの剛士version)」をカシアス島田名義で作詞。
- 2009年5月20日 カシアス島田作詞の曲、トモとスザンヌ/部長と部下「出会えてよかった/お台場の女」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2009年6月17日 カシアス島田作詞の曲、南明奈のスーパーマイルドセブン/里田まい with 合田家族「I Believe 〜夢を叶える魔法の言葉〜/Don't leave me」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
- 2009年7月15日 カシアス島田作詞の曲、フレンズ&ヘキサゴンオールスターズ「泣いてもいいですか」がリリース。
- クイズ!ヘキサゴンIIの企画から。
プロデュースしたユニット
- WEST SIDE…ランディーズ、ロザン、キングコング
- 2001年デビュー。紳助の人間マンダラの企画から。
- 平成の新撰組(仮)
- カシアス島田名義で。2009年秋デビュー予定。人生が変わる一分間の深イイ話の企画から。
クイズ!ヘキサゴンIIでのユニット
- Pabo…里田まい(カントリー娘。)、スザンヌ、木下優樹菜
- 2007年デビュー。
- 羞恥心…つるの剛士、上地雄輔、野久保直樹
- 1st『羞恥心』は、島田紳助の名義で、2nd『泣かないで』からはカシアス島田名義でプロデュース。2008年デビュー。
- ラクダとカッパ…クリス松村、山根良顕(アンガールズ)
- カシアス島田名義で。2008年デビュー。
- アラジン…羞恥心、Pabo
- カシアス島田名義で。2008年デビュー。
- misono&ヒロシ…misono、品川祐(品川庄司)
- カシアス島田名義で。2008年デビュー。
- AIR BAND…岡田圭右(ますだおかだ)、庄司智春(品川庄司)、アンガールズ、波田陽区、金剛地武志
- カシアス島田名義で。2008年デビュー。
- 一発屋2008…ダンディ坂野、小島よしお、波田陽区、金剛地武志
- カシアス島田名義で。2008年デビュー。
- 里田まい with 合田兄妹…里田まい(カントリー娘。)、misono、藤本敏史 (FUJIWARA)
- カシアス島田名義で。2008年デビュー。
- トモとスザンヌ…庄司智春(品川庄司)、スザンヌ
- カシアス島田名義で。2009年デビュー。
- 部長と部下…牧原俊幸(フジテレビアナウンサー)、中村仁美(フジテレビアナウンサー)
- カシアス島田名義で。2009年デビュー。
- 南明奈のスーパーマイルドセブン…南明奈、崎本大海、波田陽区、FUJIWARA(藤本敏史、原西孝幸)、小島よしお、クリス松村
- カシアス島田名義で。2009年デビュー。
- 里田まい with 合田家族…里田まい(カントリー娘。)、misono、藤本敏史 (FUJIWARA)、神戸蘭子
- カシアス島田名義で。2009年デビュー。
- フレンズ…つるの剛士、崎本大海
- カシアス島田名義で。2009年デビュー。
映画
- じゃりン子チエ(1981年/東京ムービー新社)マサル役で声の出演
- ガキ帝国 (1981年/ATG)リュウ役で映画初出演、スクリプター
- マンザイ太閤記(1981年/東京ムービー新社)
- 次郎長青春篇 つっぱり清水港 (1982年/松竹)森の石松役
- 逃がれの街(1983年/日本テレビ、田中プロ)米倉役
- 瀬戸内少年野球団(1984年/ヘラルド・エース)正木二郎役
- 星くず兄弟の伝説(1985年/「星くず伝説」プロジェクト)「ひょうきんベストテン」司会
- ゴルフ夜明け前(1987年/東宝)桂小五郎役
- 死霊の罠(1988年/ジャパンホームビデオ)
- 佐賀のがばいばあちゃん(2006年)スポーツ用品店店主役(友情出演)
脚本・監督
- 風、スローダウン(1991年/東映/石田靖主演)
Vシネマ
- 新・童貞物語2 Close to you あなたのそばに (1991年/バンダイビジュアル)
- 殺しやPAZUZU (2000年/ミュージアム)
ゲーム
受賞歴
- 第1回 日本映画批評家賞 特別賞(映画「風、スローダウン」)
- 第17回おおさか映画祭 新人監督賞(映画「風、スローダウン」)
- 卒煙大賞(2004年、過去にthe brilliant greenやaikoらが受賞した賞)
関連項目
主な交友関係
- 明石家さんま
- 渡辺二郎 - 2000年の裁判では紳助が情状証人として渡辺の減刑を要求。
- 和田アキ子
- 徳光和夫
- 松本人志
- 円広志
- 秋野暢子
- 磯野貴理
- 島崎和歌子
- 松澤一之
- 鈴木紗理奈
- 石田純一
- 東野幸治
- 飯星景子
- 辺見えみり
- 板東英二
- ロザン
- 野々村真
- 山田花子
- つるの剛士
- 宮川俊二
- 井上マー
- 高原兄
- 川村ひかる
- 山口もえ
- 橋下徹
- 北村晴男
- 丸山和也
- オール巨人
- 桂小枝
- 土建屋よしゆき - 現在、交友なし。
- YOSHIKI - 『世界バリバリ★バリュー』で、友人と証明された。
- 村田満
- FUJIWARA(紳助曰く、『裏回し』がうまいので、よく紳助の番組に出演する。)
- 品川庄司(紳助曰く、『裏回し』がうまいので、よく紳助の番組に出演する。)
外部リンク
脚注
- ^ 「行列のできる法律相談所」内のトーク
- ^ http://web.archive.org/web/20041107032531/http://www.sanspo.com/geino/top/gt200410/gt2004102701.html
- ^ 大阪スポーツ 2007年12月11日、22面
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島田紳助
| 現在放送中のバラエティ番組 |
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| 行列のできる法律相談所 - 人生が変わる1分間の深イイ話 - クイズ!紳助くん - 開運!なんでも鑑定団 - クイズ!ヘキサゴンII - ホンネの殿堂!!紳助にはわかるまいっ |
| 現在放送中の単発・不定期 バラエティ番組 |
| オールスター感謝祭 - M-1グランプリ |
| 過去に担当した番組 |
| オレたちひょうきん族 - CLUB紳助 - EXOSAKA - サンデープロジェクト -クイズ仕事人-紳助の人間マンダラ-ダウトをさがせ!- 紳助のサルでもわかるニュース - キスだけじゃイヤッ! - 特捜!芸能ポリスくん-松紳 - 世界バリバリ★バリュー-芸恋リアル - 今夜はシャンパリーノ - 美味紳助 - 女神のアンテナ - 謎を解け!まさかのミステリー - 島田紳助がオールスターの皆様に芸能界の厳しさ教えますスペシャル! |
| 島田紳助・松本竜介 |
| 松本竜助 |
| プロデュースしたグループユニット |
| WEST SIDE - Pabo - 羞恥心 - ラクダとカッパ - アラジン - misono&ヒロシ - AIR BAND - 一発屋2008 - 里田まい with 合田兄妹 - トモとスザンヌ - 部長と部下 - 南明奈のスーパーマイルドセブン - フレンズ |
| 関連項目 |
| 吉本興業 - おバカタレント - ヘキサゴンファミリー- |
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