弘道会

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弘道会
Kodo-kai.png
弘道会の代紋
組織の概要
設立年: 1984年
設立者: 司忍
本部: 愛知県名古屋市中村区
首領: 髙山清司
構成員数: 約4,000人(2010年3月時点)[1]

二代目弘道会(こうどうかい)は、名古屋市中村区宿跡町に本拠を置く日本暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の2次団体。構成員は約4000人。

目次

[編集] 略歴

1966年(昭和41年)5月5日、名古屋港で沖仲仕を仕切っていた三代目山口組(組長は田岡一雄鈴木組鈴木光義組長(中森光義とも名乗った)がヤクザから引退。この時、鈴木組も解散するが、若頭の弘田武志が鈴木組の縄張りなどを引き継ぎ弘田組を結成、同時に弘田も山口組直参に取り立てられる。

弘田は若頭に司忍を据え、司は司興業を設立。更に佐々木康裕が弘田より親子盃を受け、佐々木組を結成した。1975年(昭和50年)に高山清司が佐々木組若頭に就任、翌76年に佐々木組は菱心会と改名し高山は理事長に就任。程無くして高山は高山組を設立した。

山口組四代目跡目問題で弘田は山本広擁立にまわり、竹中正久と対立。しかし山本らが結成した一和会には参加せず、1984年(昭和59年)に弘田は引退。弘田組は若頭の司が引き継ぎ、弘道会を設立した。その後、司が六代目山口組組長を継承すると、2005年(平成17年)3月に弘道会若頭・髙山清司(二代目髙山組総裁)が二代目を継承、山口組若頭にも就任した。

警察官の氏名や年齢、住所、所有車のナンバーから家族に至るまで個人情報を収集したり、取り調べに対して完全に黙秘を通したり、家宅捜索では 出入口を封鎖して捜査員の入室を妨害するなど、警察に対する対決姿勢を示す暴力団のマフィア化を牽引する山口組の中核組織である。そのため、警察庁は暴力団捜査において弘道会への徹底取締りを最重要課題としている。一方で愛知県警察の暴力団担当刑事との癒着が指摘されている[2]

[編集] 歴代会長

  • 弘田組:弘田武志(三代目山口組若中 旧鈴木組若頭)
  • 弘道会初代 - 司 忍(六代目山口組組長 五代目山口組若頭 四代目山口組若中 二代目弘道会総裁 初代司興業組長)
  • 弘道会二代目 - 髙山清司(六代目山口組若頭 五代目山口組若頭補佐 二代目高山組総裁 初代高山組組長)

[編集] 最高幹部

役職 氏名 率いる三次団体 本拠地
会長 高山清司
若頭 竹内照明[3] 二代目高山組組長 名古屋市南区
最高顧問 小笠原茂巳 北海道釧路市
副会長 中村英昭
舎弟頭 谷 誠次朗 谷誠会会長 名古屋市名東区
相談役・九州統括責任者 武藤宏史 西部連合会長 福岡市博多区
相談役 浜田健嗣 浜健組総長 名古屋市東区
相談役 徳宗春澤 西心会会長 熊本県熊本市
舎弟頭補佐 鈴木 覚 正道会会長 札幌市中央区
舎弟頭補佐 福島康正 福島連合会長 札幌市中央区
舎弟頭補佐 森 健司 三代目司興業組長 名古屋市中区
本部長 間宮誠次 五代目河村一家総長 名古屋市中村区
若頭補佐・組織総括委員長 小松数男(戸籍名 椎名数男) 小松組組長 東京都新宿区
若頭補佐・懲罰総括委員長・東北統括責任者 金田基一 金田組組長 秋田県秋田市
若頭補佐・渉外総括委員長 野内正博 野内組組長 岐阜県岐阜市
若頭補佐・綱紀総括委員長 古川陽忠 示道会会長 長野県長野市
若頭補佐・運営総括委員長 松山 猛 十代目稲葉地一家総長 名古屋市中村区
会長付 土井幸政 政治結社・司政会議総裁
舎弟 中島 護 八代目平野家一家総長 名古屋市中区
舎弟・関東統括責任者 藤島洋志 藤島組組長 東京都台東区
舎弟 矢野 宏 紀勢連合最高顧問・三代目端地組組長 三重県熊野市
舎弟 川田清史 七代目寄居宗家総長 群馬県太田市
舎弟 磯部伸冶 十代目常滑一家総長 愛知県知多郡武豊町
舎弟 木村晃司 二代目野崎組組長 三重県伊勢市
舎弟・関西統括責任者 宮崎洋明

[編集] 脚注

  1. ^ 弘道会が勢力拡大、山口組全体では減少 - asahi.com 2010年3月4日掲載 (2010-05-22 閲覧)
  2. ^ 山口組弘道会壊滅のための“頂上作戦” 組長からナンバー3までを逮捕 週刊金曜日2010年12月17日号
  3. ^ 出典は、『六代目山口組 完全データBOOK』メディアックス、2007年、ISBN 978-4-86201-328-6のP.96

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

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