WEST SIDE

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

WEST SIDE
基本情報
出身地 Flag of Japan.svg 日本
ジャンル J-POP
活動期間 2001年 - 2003年
レーベル R&C Japan
共同作業者 島田紳助
布川敏和(元シブがき隊)
影響 SMAP
メンバー
ランディーズ高井俊彦中川貴志
ロザン宇治原史規菅広文
キングコング西野亮廣梶原雄太
旧メンバー
ライセンス井本貴史藤原一裕
  

WEST SIDE(ウエストサイド)は、吉本興業所属の若手のお笑いコンビであるランディーズロザンキングコングの3組で結成されたダンスユニット。

島田紳助プロデュースのユニット。最近では羞恥心Paboと紳助は人気ユニットを作っているが、WEST SIDEが紳助が初めてプロデュースしたユニットである。

目次

[編集] 概要

関西テレビ(KTV)で放送されていた「紳助の人間マンダラ」の企画で、吉本興業所属の若手芸人の中から「男前」を基本とし、「歌って踊れる芸人を発掘しよう」という島田紳助の発案のもとオーディションを行った。合格コンビはランディーズ、ロザン、ライセンスの3組。

しかしライセンスが東京進出を決断したためにグループへ加入しなかった。その空き枠に当時吉本総合芸能学院(NSC)卒業1年の人気コンビ・キングコングが加入。3組でスタートした時の名前は「男前組」。その後、沖縄アクターズスクール大阪校でダンスレッスン、沖縄での公演参加。CDデビュー時に作曲を担当したBros.KORNとの初対面の時に彼が直感でひらめいたポーズ(両手を顔の前で広げ、薬指と中指を交差させ、片手でアルファベットのWの形を作る)の名前を取り、グループ名を“WEST SIDE”と決定する。初代プロデュースは 元シブがき隊の布川敏和が行なった。

シングル「WEST LOVE SHINE」(東芝EMI)で2001年1月にCDデビュー。プロモーションビデオの撮影では井筒和幸が監督を務めた。この1stシングルが、関西オリコンで初登場2位を記録する。その人気は関西圏ではジャニーズ事務所のタレント達を上回る勢いで、漫才中にも歓声が止まないため、梶原が客席に怒鳴ったことがある、という逸話も。その後2ndシングル「Right Here,Right Now」、アルバム『WS』(ともにR&C Japan)、写真集(角川書店)、DVDなどを発売し、Zepp Osakaでのライブも行った。2001年11月23日には、ルミネtheよしもとでもライブを行った。

テレビでは「- 人間マンダラ」のほか、「大阪発元気ダッシュ!DOYAH」(NHK衛星第二)や「ゲンキ王国~GENKING~」(KTV)などにレギュラー出演。2002年8月には主演ドラマが放映された。

2003年9月12月に特別公演「~ゲンキ王国外伝~ウエストサイド・コメディ」を開催。 base SUMMER SMILEで2002年、2003年に「WEST LOVE SHINE」を歌っている。

2003年10月9日放送の「アリ×アリ」(関西テレビ)内で「WEST SIDEの同窓会」を開催している。

それ以降は“WEST SIDE”としての活動は無く、3組それぞれの仕事に専念している。

だが、「笑っていいとも!増刊号」でキングコング西野や「月刊コント増刊号」でランディーズとロザンがダンスを披露したりしている。

[編集] お笑いとアイドル

当時のグループ内でも、ランディーズ高井のように、「この活動を積極的やりたい」メンバーがいた中で、キングコングのような、「この活動をしたくない」メンバーがいたのも事実である。梶原に関しては、WEST SIDEの中では実力がトップクラスであるにもかかわらず、このグループの活動に対して積極的ではなかった。当時のWEST SIDEのメンバーはbaseよしもとやテレビ・ラジオ(ほとんどが関西)に出演し、しかも漫才やコント、トークの実力十二分にあったが、WEST SIDEで活動中の時はファンから芸人ではなくジャニーズ同様アイドル目線で見られており、当時の梶原は「ファン(当時)は今まで(WEST SIDE加入前)は真剣に漫才を聴いていたのにもかかわらず、WEST SIDE加入後、俺らが漫才をする為にステージに立った瞬間、「キャーキャー」と声援をし、梶原は一旦は注意するが、漫才を開始しても一向に声援を止めないので「うるさい!」と注意し、静かになってから漫才を始めていた」と証言している。つまり、この当時のキングコングのファンは、「漫才・コントが面白いから劇場に行く」のではなく、「かっこいいWEST SIDEのメンバーであるキングコングを見る為に行く」という客が大半を占めていた。これはWEST SIDEだけではなく、その前に結成された「吉本印天然素材」も同様であった。メンバーの中で人気があったナインティナインは、理由として「自分達はアイドルではない。お笑い芸人だ」という考えが強く「どうしてダンスを披露しなければならないのか?」と思っていた。

しかし時間が経つにつれ、両者の意識が変わってきている。キングコングの2人は自身の出演する大阪のラジオにて、「今やったらもう1回してもいい」とWEST SIDE復活を示唆するような発言をした事がある。特に、WEST SIDEを嫌がっていた西野は積極的に「やってもいい(やりたい)」と言っている。そして、ナインティナインも、「今やったらキャーキャー言われたい」と発言しており両者ともキャーキャー言われるのが芸人人気が分かる1つの手段だったと話している。

また、WEST SIDEの活動を見ていた先輩芸人や後輩芸人が、あまりWEST SIDEの活動を良く思っていなかった。しかし、同じbaseよしもとのメンバーだったフットボールアワーブラックマヨネーズは「羨ましかった」と言っている。

[編集] メンバー(解散後)

[編集] ランディーズ

解散後は、吉本新喜劇で活動中。本業以外でも、何本かのテレビドラマや映画にそれぞれが出演。高井はTHE★RED STARというバンドに所属している。

  • 高井俊彦
    • WEST SIDE時代は、リーダーとして活躍していた。解散後もWEST SIDE復活を狙っている。吉本の音楽イベントに出ては「ウエッサ~イ!」と叫んでいる。
  • 中川貴志
    • WEST SIDE時代は、ダンスは下手ながらもおじさんキャラで周りから好かれていた。WEST SIDE時代はモテたといっている。

[編集] ロザン

解散後は、関西を中心に活動中。ちちんぷいぷいなど関西の人気番組などに出演。また紳助の番組クイズ!紳助くん等に出演中。頭の良さを生かし、東京のクイズ番組等でも人気に。

  • 宇治原史規
    • WEST SIDE時代は、顔は悪いと残念がられながらも歌や踊りもしっかりとこなし、天才ぶりを発揮していた。
  • 菅広文
    • WEST SIDE時代は、イケメンキャラとして人気を集めつつも、多少不器用なためダンスが苦手で何度も練習していた。

[編集] キングコング

解散後、いち早く東京進出を果たし、はねるのトびらを中心に若者の人気者に。

  • 西野亮廣
    • WEST SIDE時代は、菅と並びイケメンキャラとして扱われていたが、ダンスと歌唱力は良くなく、特にダンスに関しては、ロザン菅やランディーズ中川のように、「ダンスが追いつけなくて、苦手のように見える」ではなく、練習中はあまりに特徴すぎるダンスを披露していており、「彼のダンスはおかしい」と言われていた。解散後「WEST SIDEが吐き気がするほど嫌いだった」と自身のブログで語っているが、ラジオ等では、「もう一度やりたい」と発言する事も多々ある。他メンバーとの仲は良い様子。
  • 梶原雄太
    • WEST SIDE時代は、持ち前の運動神経で見事なダンスを披露し、歌もグループ1でWEST SIDEの歌の中で1番多く歌っている。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

WEST LOVE SHINE
2001年1月24日発売のデビューシングル。
Right Here, Right Now
2001年11月7日発売の2ndシングル。

[編集] アルバム

W・S
2001年12月12日に発売された唯一のアルバム。シングル表題となった2曲の他、アルバムオリジナル曲8曲を収録。

[編集] 関連商品

[編集] DVD・ビデオ

[編集] グッズ

  • WEST SIDE (写真集)
  • ビニールバッグ
  • ポストカード(10枚セット)
  • カンバッジ(54mm)
  • カンバッジ(31mm) (高井、中川、菅、宇治原、梶原、西野)
  • ファスナーアクセサリー (高井、中川、菅、宇治原、梶原、西野)
  • 爆笑オンエアバトル2(WESTSIDEのインタビューあり)

[編集] WEST SIDEとして出演した番組

[編集] TV

[編集] ラジオ

  • WEST SIDEのヒミツの穴
  • AM808。マジッすよ!

[編集] 関連項目