梶原雄太

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梶原 雄太
本名: 梶原 雄太
生年月日: 1980年8月7日(28歳)
出身地: 大阪府大阪市
コンビ名: キングコング
事務所: 吉本興業
NSC22期生)
活動時期: 1999年9月 - 現在
受賞歴
2000年 NHK上方漫才コンテスト最優秀賞
2001年 ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞
・2001年 OBC上方漫才大賞新人賞
・2001年 YTV上方お笑い大賞最優秀新人賞

梶原 雄太(かじわら ゆうた、1980年8月7日 - )は、吉本興業所属のお笑い芸人。漫才コンビキングコングボケ担当。相方は西野亮廣大阪府大阪市都島区出身。太成高等学校(現太成学院大学高等学校)卒業。身長は160.3cm(番組の測定結果)。体重は54kg。血液型B型。主なアルバイト経験はマクドナルドシェーキーズ

目次

[編集] 人物・特徴

漫才でも小柄な体を活かして動き回る。これは、梶原自身が「動いてないと面白くない」と言う程。運動神経抜群でサッカーボクシングなどの経験がある。瞬発力には特に自信があり、本人曰く「5m走なら誰にも負けない」らしい。ダーツにハマっていた時期があり、芸能人ダーツ大会という企画で優勝するほどの腕前である。しかし、『関口宏の東京フレンドパークII』に出演した時、運動神経を求められるコーナーはクリア出来たにも拘わらず、ダーツコーナーで3発投げた矢が全て的に当たらなかった。

2006年に始まった「はねるのトびら」のコーナー「ギリギリッス」では高い運動神経で活躍している。養成所時代は3m程度の壁を垂直に駆け登って天井にタッチできたが、2007年の「ギリギリス」ではすべり台の急斜面を61までしか駆け登れなかったなど、当時と比べると身体能力が落ちたことに本人や相方・西野はショックを受けている模様(「キングコングのほにゃらじお」や「TV LIFE」のインタビューより)

高校時代にビジュアル系ロックバンドのボーカル兼ドラマーをしていたことがあり、バンド名は「BELIEVE」(ビリーブ)、主にGLAYやL'Arc〜en〜Cielのコピーバンド(テレビ大阪 吉本超合金F「抜き打ち家庭訪問3」より)をしていた。ドラムの腕をテレビ番組や映画『ガキンチョ★ROCK』で披露している。またダンスやラップも得意とし、WEST SIDEでラップを担当した。「難波兄弟」というユニットでCDデビューを果たしたり、『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』の企画で彼の母親を題材にしたラップ「おかん」でCDもリリースした。漫才でもラップを題材にしたネタがある。

2005年頃から「TEAM TANI」というフットサルチームを主宰し、後輩芸人らが参加している。チーム名は母親の旧姓が「谷」であることに由来する(「梶原」は幼少期に離別した父親の姓)。

また、ケンドーコバヤシが番組内でいじられキャラとしての梶原をいじったため、ファンがケンドーコバヤシを傘で刺そうとしたことがある(チャンネル北野の番組「2ちゃんねるを読む」でケンドーコバヤシが告白)。

2007年10月9日に、第一子の男の子が誕生し、2009年7月に第二子が誕生予定であることを2009年2月25日放送の「はねるのトびら」で公表している。

[編集] 出来事

家族は母と2人の兄で、両親は小学校1年生の時に離婚した。苦労した母を見ていたためかとても母親思いで、反抗期など一切無かったという。『はねるのトびら』では梶原が母を演じたコントもあった。関西ローカルのある番組の企画で2000万のマンションを購入して母にプレゼント、母を喜ばせた。しかし、それが原因で、当時21歳にして35年ローンを組むハメになり、払い終えるのは55歳だという。

2003年2月5月、ストレスによる病気で仕事を休養した。当時かなり精神的に参っており、電車にも乗れず、先輩であるFUJIWARA藤本敏史が家に招いた(その時はタクシーで移動)際、「本当に誰もいないですか?」と何度も尋ね、突然堰を切ったように号泣したかと思えば、おもむろに立ち上がりすべての部屋の戸を開け、人がいるのではないか、盗聴器が仕掛けられているのではないかと探し回った程。当時の口癖は、「死にたい、死にたい」。休業中、100回は自殺を考えたと、復帰後に本人が明かしている。復帰後、自殺願望はなくなったものの、マイナス思考は今も変わらず。当時は復帰する気は殆ど無く、相方が待っていると知った時も、「何で俺なんか待ってんねん?」と思ったという。そして、謝罪する為に西野の家へ入るや否や、泣きながら土下座し、謝り倒した。休業がきっかけで、その間彼を支えていた女性と交際しその後結婚。しかし、復帰の翌年(2004年4月)に離婚した。原因は本人の浮気である。これで母ともどもバツイチとなり、今でもことあるごとにイジられている。

2006年3月下旬、蜂窩織炎で入院。足がルーズソックスのようになり、右手首がボクシンググローブ並に腫れ上がっているのだとか。おはスタのレギュラー最終日に退院が間に合わず、電話で生出演した。本人が担当しているラジオ番組でも電話出演し、生放送中にも拘らず「ずぅーっとびっこ引いてますねん」と放送禁止用語を言ってしまい西野が番組中に謝罪した。入院中西野が見舞いに来た時に梶原も使った事のない尿瓶に西野が尿をした。梶原はそれに気付かず、数時間経って臭った為、部屋中を探したらその尿瓶が出てきた。

蜂窩織炎に加え血管浮腫という奇病にもかかっていた。症例が少なく、梶原が日本で38人目だという。まだ完全には治っていないのに、禁止されていた酒を飲んでしまい、ぶり返してしまった。

デビュー当時の体重は48kgだったが、2006年には10kg程度増加した。それ以降ジム通いなどでダイエットしている。

2007年4月12日発売の女性週刊誌女性セブン」にて、2006年春から交際中の5歳年下の元読者モデルと6月にもできちゃった結婚する見通しとスクープ報道される。相方の西野亮廣は同日に自身のブログで認めた。翌日の「笑っていいとも!」ではタモリにいじられたが、本人は否定も肯定もしなかった。6月20日放送の「はねるのトびら」で発表するまで緘口令が敷かれていた模様。スポーツ報知によると6月19日までに入籍を済ませた[1]。6月20日放送の「はねるのトびら」のコーナー、「実録スケバン物語 虻川先輩の呼び出し」にて、結婚相手の女性とのプライベートキス写真を公開された上、馴れ初めの再現VTRの放送、そして花嫁自身がウェディングドレス姿で登場し全国ネットで生キスをするという大ドッキリを敢行された。尚、挙式・披露宴は6月23日に都内で行われた。

2007年、6年ぶりにM-1グランプリの決勝進出(結果は決勝3位)した際は、過度のプレッシャーから円形脱毛症になり、後頭部に脱毛ができた。

はねるのトびらスタッフ内でのバーベキューパーティーに、梶原が奥さん子供を連れて参加する。だがスタッフは「演者がいると気を使う」と迷惑だった様である。(2008年10月29日放送のほぼ100円ショップの冒頭より)

[編集] 天然伝説

相方の西野ネタ作りで揉めた時に、西野が「それで何のメリットがあるのか」と返すと、「メリット」という意味が分からず「メリットって何や~!」と逆ギレ。西野がネタのことよりも「メリット」の意味を一から説明したというくらいである。さらにその後揉めた時には、梶原が「もう帰るわ!」と言い放ち、西野が「何で(何故)帰んねん!」と言ったら「タクシー(に乗って帰るん)や!!」と真顔で言った。

飛行機で西野の前に座った梶原が座席のシートを倒し、もたれて寝るのかと思いきや、倒したシートを戻さず前のテーブルに突っ伏して寝ていた。その時西野が梶原の頭に水を少しずつかけてみたら、起きた梶原が何を勘違いしたのか、「やってもーた」と発言した、というエピソードも。(ダウンタウンDX)

他にもレギュラー出演していた『メレンゲの気持ちNTV)』に『はねるのトびら』で共演中のロバートがゲストとして出演し、山本博の秘密を暴露していたが、最後に山本の特技である「オカリナ」のことを「カナリヤ」と言ってしまい恥をかいた。2005年、『ぶちぬき』の生放送で映画主題歌を担当した『超星艦隊セイザーX』をPRする際、「超・性感帯」と聞こえるように発音してしまう大失態を犯した。

[編集] 人物・性格

いじられキャラでもあり、『笑っていいとも』『タモリのジャポニカロゴス』でタモリによく「ピスタチオ」「茶碗蒸しに付いてる木のスプーン」「ムール貝」などの変なあだ名をつけられる。しかし2006年頃からは相方の西野の方が頻繁にいじられるようになり、梶原はいじり役に徹することが多い。「うたばん」に出演したときに司会の中居正広の無茶振りで1人でネタをやらされ、恥をかいてしまうこともあった。

顔がDEPAPEPEの徳岡慶也に似ていると言われる。相方と青木さやかで司会を務める『音楽戦士 MUSIC FIGHTERNTV)』で、散々言われた。

芸風と容姿が事務所の先輩であるナインティナイン岡村隆史に似ているため、表面上は「共演したくない」と避けられているが、それを逆手に取った企画(「めちゃ×2イケてるッ!」の『サル兄弟』など)で共演を果たしている。一方プライベートでは食事を共にしたり、梶原が岡村に悩みを相談をしたりするなど、一般的な先輩・後輩の仲である。(ナインティナインのオールナイトニッポンより)

L'Arc〜en〜Cielのファンで、ライブに行った事もある。西野はその時ライブのスタッフをしていた。音楽戦士にてhydeからサングラスを貰った。また、Mr.Childrenのファンでもある。もしもミスチルから「メンバーに入れたい」と言われたらどうする?と言う話題になった時、「逆に無理~!!」と嬉しそうに語っていた(「音楽戦士」トークから)。

先輩の加藤浩次同様に生まれながらの喘息持ちである。

にんじん、トマト、グリーンピースが嫌い。特に生のトマト嫌いは顕著で、『とんねるずのみなさんのおかげでした』の『新・食わず嫌い王決定戦』(2004年出演)ではトマトを食べて対戦相手の高島礼子に一発で見破られた。また、高いところが苦手ではねるのトびらヒロミとのポケバイレースで敗れ、罰ゲームのスカイダイビングをすることとなり周りの草をむしりながら逃げたことがある。

はねるのトびらのクイズコーナーで問題を逆さまに出される「さかさマン」というコーナーがあったが、「とるせのをつかにーれか」(カレーにカツをのせると?)と出題され、自信満々に「カツサンド!」と答えメンバーの爆笑をさらっていた。 出身は大阪だが、プロ野球は根っからの巨人ファンで甲子園球場で巨人戦が見たくてアルバイトをしていた。巨人の補強は綺麗な補強だと公言していた。

[編集] 出演作品

  • 東宝系の特撮ヒーロー映画「超星艦隊セイザーX 戦え!星の戦士たち」(2005年12月公開)にて、歌手として主題歌を担当した。
  • ドラマ電車男にて、電車男を応援するネット住人が爆発的にふくれ上がる描写の一シーンとして2回だけ出演した。同じ『はねるのトびら』の塚地武雅のシリアスな演技に比べると扱いこそ群衆Aではあったが、電車男を楽しそうに応援していた。相方の西野は同クール月9のスローダンスに出演している。

[編集] 出演番組

他コンビとしての活動はキングコングを参照。

[編集] CD

※全てシングルCD

[編集] PV出演

[編集] 外部リンク