吉本新喜劇

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吉本新喜劇(よしもとしんきげき)はよしもとクリエイティブ・エージェンシー(2007年9月までは吉本興業)に所属するお笑い芸人によって舞台にて行われる喜劇または、それを行う劇団のことである。

目次

[編集] 概要

なんばグランド花月劇場(NGK)で本公演が行なわれ、毎週土曜日に『よしもと新喜劇』としてテレビ放映される[1]。また、地方公演として座員を絞った形での巡業によって公演される(花月東京お出かけ公演、神戸等)。

また、池乃めだかを始めとする数人の新喜劇座員とその他の吉本所属のお笑い芸人らが共演する新喜劇風の舞台喜劇の番組(『日曜笑劇場』。2009年5月現在は、『爆笑ふれあいコメディ こちらかきくけ公園前』を放送中)も伝統的に朝日放送テレビで放送されており、その番組では、毎日放送テレビで放送される『よしもと新喜劇』とは違って、毎回の舞台設定、レギュラー出演者の役柄設定などは固定されている。以前は読売テレビでも、『吉本コメディ』の名で放送されており、こちらも同様の構成であった。

大阪ではNGKのほか、京橋花月でも座員と数人の吉本芸人による「京橋吉本新喜劇」が上演されており、東京ではルミネtheよしもとを本拠地とする芸人たちと「やめよっカナ!?キャンペーン」時代の若手で主役級だった今田耕司たちを座長とした、新喜劇所属ではない集団による演劇もチーム(班編成)で連日上演されている(東京での上演経緯と現況については後述)。

新作は毎週火曜日に上演されている。このため、台本を受け取るのは前日か当日で、前日月曜日の2回目興行終了後から最長で午前1時ごろまで立ち稽古を続けていることがある。 その様子はなんばグランド花月公式サイトにおいて、「のぞき穴」のコーナーでうかがえていたが、2007年12月に公式ホームページがリニューアルされてからは取り止められた。なお、新喜劇は金曜日がカメラリハーサル(カメリハ)で、一度芝居をカメラで試し撮りをし、翌日の土曜日の原則2回目公演時にテレビ収録をしている。

毎年正月公演時には若手出演者の誰かが酔っぱらって舞台に立つのが恒例となっていたが、公演に差し障りが出るために2009年からは楽屋での飲酒は禁止された。(オール巨人ブログより)

[編集] 成り立ち・歴史

[編集] 創立

1959年3月1日うめだ花月劇場開場と同時に「吉本ヴァラエティ」として発足。第一号の演目は「アチャコの迷月赤城山」(サブタイトルに「忠治以外傳」とある)。出演者は花菱アチャコ佐々十郎大村崑芦屋小雁中山千夏、他。
毎日放送テレビとのタイアップとして生まれ、創設者の八田竹男(のち吉本興業社長)をして「テレビ時代をにらんだ新たな演芸のビジネスモデル」として、うめだ花月と毎日放送テレビの看板となるべく、まさに社運をかけて育成された。
初期には花菱アチャコや東五九童、大村崑、雷門五郎笑福亭松之助ら既存のスターに頼っていたが、やがて他劇団などからの引き抜きや自前のスター発掘を行うようになり、守住清平参平白羽大介秋山たか志白木みのる花紀京ルーキー新一森信財津一郎岡八朗原哲男桑原和男らが台頭するようになった。なお、1964年6月ごろから吉本ヴァラエティから「吉本新喜劇」と正式呼称するようになったが、すでに1959年の吉本ヴァラエティ第1回公演には吉本新喜劇とうたわれている。

なお、上演開始からちょうど50年経過に当たる2009年3月1日から3月9日まで、この誕生経緯をなぞった50周年記念興行(通常の45分公演を70分に拡大したもの)が行われた。

[編集] 3チーム制時代の新喜劇

かつては大阪と京都に3つの吉本直営の演芸劇場(大阪に「なんば花月」と「うめだ花月」、京都に「京都花月」)があり、劇座員を3つの組に振り分ける3チーム体制となっていて、それぞれ10日単位(月上旬を上席、中旬を中席、下旬を下席と呼んでいた)で各チームが各劇場に出演し、ひと月で全劇場を回るローテーション制(京都→うめだ→なんばの順で移動する)を繰り返していた。現在活躍中のベテラン座員はほとんどがこの3ヶ所のいずれかで初舞台を踏んでいる。

「うめだ花月」での公演は毎日放送で「花月爆笑劇場」として土曜日の12時から、また「なんば花月」での公演は朝日放送で「お笑い花月劇場」として土曜日の13時から、いずれもテレビ中継されていた。

ちなみに、京都花月とうめだ花月は同じ芝居がかかり、なんば花月は両劇場にはかからない新作が上演されていた(例えば、あるチームが上席に京都で掛けた芝居は、引き続いてうめだの中席で同じ芝居を上演されるが、下席のなんばでは別の新作を上演する。このなんばの新作は基本的に京都、うめだでは上演されない)。これは、上記にあるように毎日放送(うめだ花月からの中継)と朝日放送(なんば花月からの中継)がそれぞれ新喜劇を放送していたため、区別するためであると考えられる。

[編集] 松竹新喜劇との棲み分け

大阪における笑演芸の劇団として、かつては日本を代表する喜劇役者の一人といわれた藤山寛美が率いた松竹新喜劇があるが、それとの違いは、大雑把に言えば吉本は師弟制から競争制になり、芝居内容も現代に合ったドタバタな享楽を追求したのに対し、松竹は最後まで藤山寛美を中心とする師弟制で、上方の伝統的な恋愛物の色彩が強かった、といったところである。また師弟関係にしても、井上竜夫を移籍させたはいいが、吉本で育ってしまった。


吉本新喜劇は花月で上演される漫才落語、諸芸の間に組み入れられ、コントの延長的な軽演劇である。「芝居の途中から入場しても笑える」というコンプセントを持っていた。対して松竹新喜劇は泣きと笑いを交えた本格的な狂言・芝居であり、他の芸と組んで興行を打つことない。しばし松竹新喜劇は松竹芸能の演芸の常打ち小屋(劇場)であった、角座浪花座で他の演芸と同時に上演されたように誤解されるが、そのような事なく、角座と同じ道頓堀・櫓町にあった中座に本拠に置いていた。松竹系で吉本新喜劇に相当する一座は松竹爆笑劇などがあたる。

ビートたけしが「(かつて出演していたラジオ番組オールナイトニッポンで、高田文夫と松竹の話題に触れたトークでのこと)藤山さんはボンクラにも最低5万円渡してやるんだって。そうしねえと若手が生活に困って芝居に専念できねえからって。本当かね」と発言した。これは雑誌「笑芸人」やたけしの著書に書かれていたことである。

たけしの話が本当とするならば、松竹新喜劇と比べると吉本新喜劇の座員たちの生活は恵まれているとは言えず、若手の月給は8万円程度と言われている。

2007年には『コヤブ新喜劇 ~座長になって1年たちましたスペシャル~』に松竹新喜劇の顔であった藤山寛美の娘で松竹新喜劇にも出演する藤山直美がシークレットゲストとして出演した。これは小籔千豊も「歴史的瞬間」と呼ぶほどで、かつての関係を知る人々を大いに驚かせた。

[編集] 松竹新喜劇との違い

同じ「新喜劇」を名乗るが、その生い立ちや内容、構成、演出法など両者は大いに異なる。

松竹新喜劇は歌舞伎役者の出である曾我廼家五郎曾我廼家十郎が結成した日本初の本格喜劇「曾我廼家兄弟劇」をその源流とする。五郎と十郎は大阪に古くから伝わる伝統芸能・仁輪加(にわか)を改良して本格演劇に仕立てた。仁輪加は本来即興で演じる歌舞伎などのパロディーなどであり、東京で言う「アチャラカ」(=軽演劇。ただしこちらはオペラのパロディー)と同義であるが、このような経緯を持つため松竹新喜劇は舞台中心の本格演劇に位置付けられている。内容も人間の業を描いた物や人情物などが多く、ギャグは入るが本筋の通ったものである。

一方の吉本新喜劇は常々「漫才芝居」と形容されるように、ドタバタ中心のナンセンス軽演劇であり、一種のスラップスティックコメディである。ストーリーよりもギャグ、演技よりもキャラクター性を重視する。これは元々吉本新喜劇がテレビ番組向けに製作された物であり、テレビ中継で名を売り花月劇場に観客を呼び込む「客寄せ」の役割を担ってきたことによる物である。

両者は比較されることを嫌い、吉本側も「ウチらと向こう(松竹新喜劇)は、たとえ同じスポーツであるにしても種目が違う」と言い切っている。

なお、なんばグランド花月(NGK)がオープンした時、藤山寛美は劇団員を引率して林正之助を表敬訪問している。この時、道頓堀櫓町中座から、千日前のNGKまで派手に行進して注目を浴びた。

吉本新喜劇から松竹新喜劇に移籍した例としては高石太がいる。

[編集] 新喜劇人気の下火と復活

1980年頃に始まる漫才ブームは吉本興業のタレントの全国区進出を成功させ、吉本興業は業容を拡大。トップスターの全国(すなわち東京)進出が相次いだ。一方で、吉本新喜劇は、おおむね旧態依然とした演出を続け、中高年層の支持は維持されていたものの、漫才ブーム心斎橋筋2丁目劇場と言った笑いの新しい波の洗礼を受けた若者層には飽きられ、また、室谷信雄木村進ら主力の離脱などで、客足が減りつつあった。

各劇場の老朽化が進んだことで、吉本興業は1987年にNGKことなんばグランド花月をグランドオープンさせたが、オープン当初は下火となった新喜劇の上演はNGKでは行われなかった。同時期の1987年京都花月閉館、1988年のなんば花月閉館により伝統の3チーム制は失われ本拠地はうめだ花月のみになり、3チーム制も崩壊していた。

[編集] 新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン

そのような中、1988年木村政雄が吉本興業本社制作部次長に就任。新喜劇を再生させるには世代交代と全国区に売り出すことが必要であるとの方針の下、再生プロジェクトとして、期限までに観客動員数が目標値に達しなければ吉本新喜劇をやめるというセンセーショナルな「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」を開始。このとき設定された目標観客動員数は1989年10月から1990年3月までの半年間で延べ18万人、1日平均に換算すると約1000人であり、当時のうめだ花月の座席定員から換算して70%近い平均稼働率(1日2回公演の場合)を上げなければ目標値に達しないという、非常に高いハードルであった。これにより、現場は緊張し、マスコミが取り上げ、固定ファンに危機感を与えたのみならず、関西地方を中心とした潜在的ファンの掘り起こしや、新喜劇になじみのない全国のファンに認知度を高めることにより、観客動員が増え、キャンペーン期間終了を目前に控えた1990年3月中旬、ついに観客動員数は目標数の「1989年10月から数えて延べ18万人」に達し、新喜劇は存続・復活を果たすこととなった。

この裏で、木村政雄は、座員全員にいったん解散を宣告した。そして、一人一人に面談を行い「これからは若手を中心にキャスティングします。もしかしたら、通行人Aとかをやってもらうかもしれません。それでもやって頂けますか?」とベテラン・中堅座員等にヒアリングを行い、今後の手法に意が沿わない座員は外れてもらうという再入団システムを導入した。ヒアリングの末、新喜劇の顔であった花紀京岡八郎が「勇退」という形で退団を強いられ、その他座員の多くもクビを宣告され、船場太郎桑原和男ら一時的に残留したベテランも脇に回るなど世代交代が進み、従来のコアなファンには新喜劇の変質が意識された。当時、みうらじゅんがプロデュースした「吉本ギャグ100連発」は、この新喜劇復活劇の重要な要因の一つであったとも言えるが、その内容は世代交代で去ってゆく芸人の芸が中心であり、一種レクイエム的なものであったと評価できる。その後の新喜劇復活の形が、みうらら従来のファンの本意であったかは疑問である。それを裏付けるように、みうらはそれ以後の「吉本ギャグ100連発2」「吉本ギャグ100連発3」の制作には参加していない。

因みに、この「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」の頃から1997年6月末頃までのなんばグランド花月での新喜劇公演の演出を担当したのは、女性演出家の湊裕美子である。彼女は、その後、1997年秋~1998年秋にかけて放送された東京発のゴールデンタイムの全国ネットの新喜劇の番組である「超!よしもと新喜劇」と「超コメディ60!」でも演出を担当した。

[編集] 各劇場(大阪)の現況

存続決定後、キャンペーンの一環として、心斎橋筋2丁目劇場出身の若手を中心に上演されていたニュー吉本新喜劇が、1989年11月に、うめだ花月からなんばグランド花月に拠点を移し、現在に至っている。

また、1996年には、主演映画の宣伝のために来日していたジャッキー・チェンが、なんばグランド花月で公演された新喜劇に、国際警察の刑事役で飛び入り出演した(この時の公演は、MBSテレビの「よしもと新喜劇」でも放送された)。

なお、なんばグランド花月での新喜劇公演に(新喜劇座員を含む)吉本興業以外の芸能事務所に所属する芸能人や有名人が出演したケースとしては、アグネス・チャンや、最近では、2006年2007年3月に、吉本と芸能提携を結んでいるプロ野球球団オリックス・バファローズ所属の選手たち(清原和博選手、中村紀洋選手など)が出演した「新喜劇にバファローズがやってきた!」などがある。

なんばグランド花月は新喜劇とベテラン芸人(漫才や落語、手品など)中心で、以下の公演構成となっている。

  • 平日:12時ごろ開始の1日あたり2回公演
  • 金曜:仕事帰りの観客を集めるために夕方を追加した3回
  • 土休日:行楽客を対象として午前10時ごろからの3回公演

京橋花月は「ひる寄席」の部に、NGKから1~2組のベテラン芸人,うめだ花月から移動した若手の漫才コンビ4~5組,週替わりで新喜劇座長及び座員と数人の吉本芸人による「京橋吉本新喜劇」が上演されている。

  • 平日:開演12:00~終演14:30
  • 土曜日:1回目開演12:00~終演14:30/2回目開演15:30~終演18:00
  • 日祝日:1回目開演10:00~終演12:30/2回目開演13:30~終演16:00

なお、最近になって再び「いまはギャグに頼って筋を壊しすぎてないか」という危惧が出始め、これが新しい発想を持った人材を発掘する「金の卵」作家オーディションにつながった。

しかし、内場を除くすべての現座長が頻繁に(半ばシリーズ物として)特定のキャラクターを演じるなど、ギャグではなくむしろキャラクターに頼っているのではないかと思われる面もある。

[編集] 東京での定期上演と現況

「やめよッカナ?キャンペーン」によって、全国的に知名度を高めた新喜劇は1991年に初の東京公演となる「帝都公演」を開催して大成功を収める。その後テレビ放送でも全国において木曜20時台の視聴率を確保したいという毎日放送の思惑と、新喜劇を全国区化させたいという吉本の意向が合致し、「超!よしもと新喜劇」が1997年秋から東京で収録され、新喜劇が東京発の形でゴールデンタイムに全国ネットでテレビ放送されるようになった(後に「超コメディ60!」としてリニューアルされた)。しかし、舞台は新喜劇なのに仕掛けがドリフであったり、新喜劇や関西とはまったく関係のない者が多数出演したりしたことから、従来からのファンにも見放され、1998年秋に終了。この1年間は、本家NGKからも特に知名度と笑わせる力のあるベテラン勢が駆り出されたうえ、リーダーに相当するポジションにいたのは実質吉田ヒロだけ(なお、のちに座長となる当時の4人のニューリーダーのうち、「超!よしもと新喜劇」~「超コメディ60!」に一度も出演しなかったのはヒロと石田靖。また、女優陣では、この当時のマドンナ役の一人であった中西喜美恵なども、「超!よしもと新喜劇」~「超コメディ60!」に一度も出演しなかった)であり、ニューリーダー制の発足直後の柔軟さ、斬新さから一転、まさに「やめよッカナ」直前の状況が再来していた。

それでもやはり東京公演をあきらめたわけではなく、1999年からは場所と方式を変えてスタジオアルタで週末にニューリーダー3人を中心にした本家そのままの新喜劇を定期上演。これも「ギャク輸入!新喜劇」(朝日放送)として、関西地区で放送された。

2001年には、ルミネtheよしもとが開業し、今度は東京オリジナルの台本、座員とNGK新喜劇経験者を座長に据えた公演が開始され、現在に至る。また、2009年4月末に品川に開業したよしもとプリンスシアターでは、辻本、内場等NGK新喜劇座員が中心となる本場吉本新喜劇が、原則として毎週火曜から木曜または金曜にかけて上演されている(それ以外の曜日はルミネのメンバーによる作品が上演される)。

[編集] 海外公演

これまでニューヨークロンドン台湾上海で、吉本新喜劇を上演し、さらに2006年7月には日本国内3大都市だけでなくハリウッドコダック・シアターでも「すっごい吉本新喜劇LA&JAPANツアー」と銘打って特別編成で上演された。座員は今田耕司やレイザーラモンHGなど新喜劇出身でルミネtheよしもとの出演者が中心となっているが、大阪からは内場勝則未知やすえ池乃めだか、そして新喜劇外からはピン芸人たむらけんじが参加した。

[編集] 吉本新喜劇オリジナル香港ロケ

タイトル「吉本新喜劇誘拐事件IN香港」 これはテレビ大阪が企画・制作して1993年1991年で放送した。 まだ中国に返還前の香港が舞台で吉本新喜劇のメンバーが行方不明になり、また今度はなんばグランド花月内で行方不明が出て、香港旅行から帰ってきた夫婦漫才師宮川大助・花子が他のメンバーが香港で目撃したという話を聞き、他のメンバーは早速香港に行く探しに行ったがそこには謎のカンフー集団と謎の美女の登場で急展開する。後物語の始まる前に今田耕司東野幸治正夢を見るシーンがある。

豪華な香港スターの共演で爆笑するアクション・ミステリー・ギャグの吉本新喜劇。

[編集] 出演・スタッフ

[編集] 現行座員

全盛期には60人いたが、低迷期には31人に激減するも1989年以降は入団数が増加し、現在は客員・休業中を含めると80人程の団員が在籍する。

[編集] 座長

NGKでの上演分については、原則として内場、辻本、小籔、川畑の4人の中から1人が作家と相談し、その週の新喜劇を作成するシステムをとっている(座長共演の週は出演者表記のトップのほうが作成者である)。このシステムは座長それぞれの新喜劇に対する方向性や個性の違いが非常に出やすく(前述したように特定のキャラクターを演じる等)、出演者に関係なく特定の座長の上演作のみを好むファンも多い。また、2007年8月7日から8月13日に"未知やすえ 女座長特別公演"が行われた。翌2008年にも8月5日から8月11日までの行程で行なわれており、2009年8月に実施が予定されている[2]

[編集] 重鎮クラス

基本的に座長及び専科経験者のみ。入団時期や入団経緯は関係ない(座長も専科も経験がないチャーリー浜に関しては1991年「…じゃ、あ~りませんか」での流行語大賞を受賞した際に吉本新喜劇の名前を全国に知らしめた功績が大きいとされている)。また、重鎮クラス以上の者がNGKで登場すると必ずといっていいほど拍手が飛ぶ。さらに、登場時には、登場人物全員がコケるギャグの使用が許される。小籔・川畑の座長就任以降はこのポジションに先輩座長である内場・辻本が座り、新喜劇に客演するケースも多くなっている。

[編集] 次期/副座長クラス

吉本新喜劇の中堅座員で、座長がいない公演での代理(安尾を除く)、ストーリー上では座長の補佐的な立場や主役といった重要な役柄を演じることが多い。

[編集] ベテラン

重鎮クラスとの違いは座長経験の有無(チャーリー浜のみ例外。上述の重鎮クラス参照)。重鎮と同様に登場時には拍手が飛び、登場時に登場人物全員がコケるギャグの使用が許される。

[編集] マドンナ

舞台上の華。主人公の恋人(妻)や片想いの相手役が主。芝居全体を通して可憐なイメージをまとうため、それを利用して一公演にほぼ一回はキレる演技が見られる。ベテランの域に入ると中山美保や浅香あき恵のようにまったく逆のポジション(老け・ブサイク役)に転向する例もある。なお、時には、マドンナ役の女優が2人以上出演することもある。

[編集] 中堅クラス

同じ中堅座員の次期/副座長クラスと違い、劇中盤のみに登場することが多い。持ちギャグやイジられネタで存在感を見せる。

[編集] 若手(金のひよこ)

2005年まで行われていた『新喜劇フー!!』や、キャプテン☆ボンバーを主役として2006年に行なわれていた『新喜劇ボンバー!!』もこの座員を中心にうめだ花月で活動する芸人も加わっていた。

[編集] 金の卵(2005年)

2005年に行われた吉本新喜劇金の卵オーディションに合格した座員。新人といっても芸人や舞台人などのキャリアがある者も含まれ、すでに何人かは吉本新喜劇以外で活動がある。月1回の金の卵ライブ(金の卵LIVE)に全員が出演。この座員による金の卵ライブは2006年7月が最終回。

[編集] 金の卵(2006年)

2006年に行われた吉本新喜劇金の卵オーディションに合格した座員。2008年京橋(大阪)にも「京橋花月」がオープンし、新喜劇の上演が決定していることから、これに対応した採用と思われる。

[編集] 金の卵(2007年)

[編集] 金の卵(2008年)

2005年金の卵オーディションで10名(内2名は諸事情により退団している)が新喜劇に入団した。そして2006年も金の卵オーディションを開催し14名が合格、再び黄金期に向けて拡張路線をとっている。NGK公演は中堅・ベテラン中心で若手は端役に回ることがほとんどであるため、うめだ花月にも出演している若手を中心とした「金のひよこライブ」や金の卵座員による「金の卵ライブ」など若手にも機会を積極的に与えている。しかし若手が大量に入ることになったためか、2006年には3名が退団している。余談だが3名のうち2名は活動履歴がほとんどなかった。

[編集] 客員

正式座員ではないが、NGKの新喜劇に出演することがある者。

  • Mr.オクレ - ここ最近は頻繁に出演するようになり、プロフィールも公式ページに用意されていたり、「エキサイティングツアー'07」にも参加していたりすることから、限りなく正座員に近い待遇を受けている。

[編集] 休業中

[編集] 作家

主に以下の6人が担当している。

それ以外にも以下の作家が担当している。

[編集] 座員増と座長式による弊害

ここまで座員が増え、座長に強大な権限が与えられると、出演者の組み合わせパターンも固定され(派閥化)てしまい、また台本の使い回しなどの弊害が生じ、特に辻本茂雄が座長の公演についてマンネリ化が強くなってきている。前述した芝居に対する方向性の違いから、例えばチャーリー浜と桑原和男が不仲なことは、ただ漫然と劇を見ているだけでは気づかないが、こうした側面は小籔のラジオ(「ゴー傑P」土曜(MBSラジオ))でのトークなどでうかがえる。また、退団した帯谷孝史も新喜劇の座長制については「1人の人間が考えることなんて無限の引き出しがあるわけやなし、そうなったら過去のあれとこれを持ってきて…」「リーダーを決めると芝居の方向性が固まってしまう」などと批判している。

吉田ヒロは派閥化の弊害を理解しているためか、座員をパターンにはめず、なにがしか常に新喜劇では前衛的な、新しい試みを行っていた。座員のえり好みは行わず、劇のストーリー上のパターンもおおまかなものにとどめ、保守的なストーリー展開を否定。これは、自身がボブキャッツ時代に派閥化の弊害を味わったため、とされる(かつて、ボブキャッツは元ダウンタウンファミリーで、派閥に取り込まれていた)。

[編集] 主要座員のテレビ・ラジオ出演

東京在住の石田、関西ローカルでレギュラー番組の多い辻本、小籔、やすえ、肉体派芸人でおなじみのなかやまきんに君以外の座員は、テレビ(「よしもと新喜劇」や「日曜笑劇場」の舞台収録を除く)での露出はあまりない。その他の中堅・若手の出演は、あるとしても関西ローカル番組での再現映像(朝日放送おはよう朝日です」の1コーナーなど)程度であるが、最近では森田まりこのように「とんねるずのみなさんのおかげでした」の博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜フジテレビ系列)に出演する若手座員もいる。

テレビ出演の多い辻本、やすえはスケジュールの都合上、新喜劇を休演することが多い(舞台よりもテレビ収録への参加が最優先であるため)。ただし、辻本は座長公演での出演の場合は休演はしない。

ラジオでは、FMで烏川や小籔、末成がレギュラー番組を持っている。

なお、石田と花子は吉本新喜劇の公式サイトでは現在も所属,吉本興業公式サイトのプロフィールでは東京所属となっている。

[編集] 旧座員

以下に挙げる人物は過去に在籍した座員のごく一部である。

[編集] 旧体制時代(1989年9月以前)

[編集] やめよッカナ?時代以降(1989年10月以後)

これらのほか、日曜笑劇場に出ていた明石家さんまダウンタウン桂三枝などを入れると、かなり多くの吉本所属タレントが新喜劇に関わったことになる。

[編集] 作家・演出家

[編集] 入退団について

新喜劇入団の際は、新人はNSCで新喜劇入団を希望したり、あるいはオーディションを受け、合格したら養成機関である吉本新喜劇jr.(YSJ)に入りうめだ花月などの舞台に立つ。そしてある程度実力がついたと見なされたらNGKに出られる運びとなる。この他、吉本興業本社が有望な若手を自社内で異動させたり(最近では松下笑一がこれに該当すると思われる)、漫才コンビを解散した芸人が新喜劇に入団したりすることが多い。現座長のうち、辻本茂雄(三角公園USA)、吉田ヒロ(ボブキャッツ。なお、2007年3月限りで座長を卒業し、座長出身ゲスト座員に異動)、小籔千豊(ビリジアン)の3人がコンビの出身である。過去にはしましまんず、現在ではランディーズが、漫才活動と並行して新喜劇に加入している。

男優は漫才畑を歩いてきた者が圧倒的に多く、NSCを含む純粋な芝居畑出身は内場勝則、石田靖、烏川耕一安尾信乃助川畑泰史小米良啓太伊賀健二山田亮平山昌雄など数える程度であるが、逆に女優はNSCから直接入るケースがほとんどで、コンビの出身は未知やすえ(未知やすえ・やすよ)、浅香あき恵(新喜劇を解雇されて一時期島田一の介と漫才をしていた)ぐらいである。過去には大阪パフォーマンスドールJDといった吉本興業の他分野からの転向も多かった。また、中西喜美恵高橋靖子などのマドンナ役の女優の場合には、オーディションで他の芸能事務所や劇団などから吉本興業(新喜劇)に引き抜かれたケースもある。

珍しいケースに落語出身者が挙げられる。やなぎ浩二三遊亭柳枝門下)、中條健一桂三枝門下。ただし落語部門の弟子ではない)など。オーディションによる入団は藤井隆以降しばらく途絶えていたが2004年に「吉本新喜劇金の卵オーディション」を開催し、2006年には第2回オーディションが開催された。

新喜劇退団の際は、座員同士、または座員がピン芸人や旧コンビを解散した芸人とコンビを結成して退団するケースが見られるが、それでも多いとは言い切れない(尾崎小百合岡ゆうたがその例)。圧倒的に多いのは、所属事務所の移籍と芸能界からの引退である(放送作家への転向もこれに含まれる)。女性座員の場合には、結婚により新喜劇を退団するケースも多い(同時に芸能界から引退する場合もある)。

なお、現在、中西喜美恵(未知やすえと並ぶ1990年代のマドンナ役女優の一人)と森内紀世(川畑泰史夫人)は、ともに休業中で、復帰時期は未定である。

間寛平シベリア文太のように、吉本興業本社が自社内で異動させて、退団するケースもかなり見られる。近年ではレイザーラモンもそのケースに当たる。また、帯谷孝史のように、プライベートの問題で新喜劇から追放されてしまうケースもある。

三チーム制を維持していた時期は最盛期、130人以上の座員、10数人の座付き作家を抱えていた。そのため「元・吉本新喜劇」という肩書きを持つ人物は上に記した代表的な座員以外にも膨大な数に上る。しかし「やめよっかナ!?キャンペーン」の大リストラによって、座員は一時40人前後にまで減らされた。現在では若手の新規採用やベテラン役者の復帰で60人前後となっている。

[編集] 特徴

[編集] 演技面の特徴

  • 各座員の固定された「持ちネタ」を利用した予定調和[3]
  • 座員同士の息の合わせに応じたアドリブ(辻本茂雄のローテーショントークなど)。
  • ベテラン、重鎮クラスの座員は登場時に一発ギャグを言う(それに合わせて他の座員もこける)
  • それ以外にも、一人のボケに役者全員がこけるというパターンが多い[4]

[編集] ストーリー展開の特徴

  • 幕が上がった直後は、おおむねカップル2組の会話などから芝居が始まることが多い。
  • 悪状況を打開するために一芝居打つが、必ず失敗する(例:悪役にマドンナを襲わせて、すかさず主役が助けに入って仲を改善するなど)。
  • 社長や親分はなぜか外で待たされている。部下が「社長、社長~」と呼んでからわざわざ登場する。
    安尾はこれを逆手にとって「…って言うたら誰か来ると思ったでしょ?」とボケる。
  • 内緒話は漏れなく聞かれている。絵や看板の後ろでこっそり聞いていて、話が終わると絵や看板を落として登場することもある。そのため、内緒話を他の者に漏らして状況をややこしくすることもある。
  • たいていは最後のほうで必ずヤクザ、もしくは強盗犯が出て、大暴れする(主に島木譲二のワンマンショー)。座長が場を納めて、エンディングへ持って行くというパターンが多い。
  • 警官や刑事は大事な場面でほとんどの場合、失敗ばかりで警察や刑事としての役割は手錠を掛けるぐらいでしか果たせていない。
  • 舞台終盤での感動の場面は必ず誰かがぶちこわしにする。これは茂造じいさんがほとんどである。
  • 最後は必ずハッピーエンドで締める。以下のパターンが圧倒的に多い。
    • 主人公(座長)がマドンナに告白するがフラれ、逆にマドンナが別の人物に告白する、もしくは恋人がいる(相手は副座長クラスかたいぞうなどのブサイクキャラが多い)。
    • 主人公がマドンナの元を去り、マドンナが主人公の名前を大声で叫ぶと「ただいま」とすぐに戻ってくる。
    • 借金取りに払わずに済んだお金を主人公(茂造じいさん、小籔千豊など)が持ち逃げしようとして見つかる。
  • ハッピーエンドの後の最大のオチでエンディングが流れる。出演者がドタバタしている間に緞帳(どんちょう)が降りて終演となる。

[編集] 設定面での特徴

  • 基本的に役名=芸名。親子役の場合は子は親の姓になる(例:烏川耕一桑原和男の息子役の場合→桑原耕一
    • ただし、辻本茂雄が老人役を演じる場合には「茂造じいさん」、桑原和男が女性(おばあちゃん、おばちゃん)役を演じる場合には「桑原和子」、小籔千豊が元シスター役を演じる場合には「ヨハネ・小籔(旧姓四数田(しすた))」、池乃めだかの場合は「池乃(または本名の中井、別の座員の姓)一郎」となる、などといったようなケースもある。たいぞうぢゃいこなどは基本的に本名を名乗る。
  • 毎回の出演座員の中に、必ず容姿をいじられる出演者がいる。中條健一のオール緑(アスパラガスなど)、伊賀健二の新幹線など。
  • ほとんどの登場人物は悪役を除き知り合い同士。
  • 基本的にベテランや父母役以外の主要登場人物は20代~30代前半の年頃の若者という設定(これを利用して「来年50の癖に」(浅香あき恵)など私生活の暴露を行うことも)。
  • 舞台のロケーションは宿泊施設や、食堂、アパートの一室、オフィスであることが多い。
  • 宿名、店名、社名、ヤクザの組名などは「花月○○」「吉本○○」「NGK(なんばグランド花月)○○」がほとんど(花月旅館、吉本財閥、花月組、NGK開発など)。
    • 辻本茂雄の座長公演でうどん屋のロケーションの時は店名が「大勝うどん」となっていることがあるが、実はこの店名は辻本の父が阪南市で経営していたうどん屋の名前である。
  • 就職先はたいてい東京だが、関西弁は抜けない場合が多い。また故郷から大阪にやってきた場合、大抵はその故郷が四国であることが多い。
  • 殺人など「人が死ぬ」ことはほとんどない(ただし事故死、以前からすでに死んでいる、などはある)。傷つくということはあるものの、血を流したりはしない(が、最近では流血ネタが使われることが多くなっている)。

[編集] 舞台面の特徴

  • ドリフのコントのようなセットチェンジや大掛かりな仕掛けは基本的には行わない。新春公演など例外的に場を暗転させて座員の会話を挟んで行うこともあるが、まれである。またかつては、小籔・川畑座長公演では暗転シーンが頻繁に入れられていた(現在では皆無に等しい)。
  • NGKでの公演ではセットを毎週建替え、使い回しは基本的に行わない。地方巡業ではセットは基本的に使い回しているが、これは地方巡業が単発であるため、使い回さないと採算がとれないからである。
    • NGKの公演でも、日曜笑劇場ではロケーションが固定されていることから、セットは使い回し、建替えは基本的には行わない。
  • 相手を殴る時は効果音が入る。この時舞台袖で進行係りがそれ専用に作られた「叩き棒」という特殊な木を、殴るタイミングに合わせて叩いている。叩いてる姿は客席のA-25~27なら見えることがある。

[編集] ギャグ

演じる座員が複数いる場合のギャグを記す。

  • オープニングでカップルや店員役の女優が男優に「可愛い」「きれい」「美人」などと呼ばれ、「そんな、可愛いなんて!嫌やわ~」と言いながらお盆、バッグ、岡持などで男優をどつく。この他「シャッター押してください」とカメラを渡されると、カメラを構えずにシャッターだけ押す。
  • 同じくオープニングで大衆食堂やレストランなどで客が食事を終えて「あー美味しかったー。おっちゃん(マスター)何ぼ?」「100万円」そして全員コケる(このフレーズは新喜劇のギャグの中でも全国的に知名度の高いものだが、最近はほとんど使われていない)。
  • ヤクザ「邪魔するで~」ツッコミ「邪魔するんやったら帰って~」ヤクザ「はいよ~。…って、なんでやねん!」のノリツッコミ。
  • ヤクザ(暴力座員)は必ず3人組で登場するが、このスタイルは40年以上前からあり(以前は桑原和男帯谷孝史島田一の介島木譲二など。現在の座員は主に辻本茂雄烏川耕一安尾信乃助など)役者が変わっても常に3人組として登場する。そして客席に向かって威嚇(いかく)がてら挨拶代わりに「俺たち〇〇3人組、ウワッ!」。
  • 何でこうなったんや~(茂造じいさんが多かったが、安尾も使うようになった)
    • 自分のせいで状況が悪化した時に「何でこうなったんや」とボケる。そして周りに「あんたのせいや!!」と突っ込まれる。
    • 小籔千豊は、内緒の話をばらすことが普通だが、このときは「ほらばれた~!」と言う。
  • 「真似すんな」「真似すんな」「手上げんな」「手上げんな」などと相手の言うことを何度も真似るやりとりが続き、最後に「おまえ(ら)アホか」と言うと「おまえよりましや」と返す。島木譲二に対して使われることが多かった。辻本がやられたことも。また、真似る側の人間が複数になることもある(このギャグは、最近は使われていない)。
  • 客に無礼を働いたときに、客「何ちゅう奴(店や?)」と怒鳴られると、「○○です」と名乗る。客「名前聞いてへんわ!」と突っ込まれる。茂造じいさんと安尾が多用する。最近では「どうなってんねん、この店は~~」という質問に対して、「裏が厨房になってまして、向こうがトイレになってます」と答え、「構造聞いてるんちゃうわ」というギャグも安尾の時に多用されている。
  • 「○○に似ている」といじられ続けた演者が、『からかうのをやめろ』と言う意味で「○○から離れろ!」と叫ぶ。それを受けて、いじる側がくもの子を散らすように一目散に「○○から離れ」て、舞台袖やセットの裏に隠れる。置き去りにされた演者は「オレから離れてどうすんねん!」「戻って来い!」などと一人で喚く。中田の「アンパンマン」、烏川の「ひょっとこ」、伊賀の「新幹線」などのバリエーションがある。
  • 悲劇のBGMが流れて携帯電話で「もしもし~?」と言い、「着メロかい!?」と突っ込まれる(小籔、辻本、安尾が多用。これは小籔が座長就任前に開発したものである)。古畑任三郎火曜サスペンス劇場のテーマが流れることも。2007年1月6日放送分では、エンディングのBGMまで着メロになった。そのため、幕が途中で止まってしまった。
  • 私生活の暴露(基本的にはあまり見られない)
    • 舞台上で、小籔千豊未知やすえが両想いという設定で、もし妻がやすえだったらこうなる、と“例え話”で自分(内場)の私生活の話を暴露した(缶ビールは1本と決められているので、2本目を飲みたいときはくしゃみをしながら、缶を開けるプシュッという音を紛らわす等)。“例え話”が終わった後、やすえに「お兄ちゃん、話があるなら、奥で、ゆっくり聞こか?」と言われ、川畑泰史には「やけにリアルな例え話やなぁ」とつっこまれた。
    • 吉田ヒロが辻本にバツイチであるといじられる。
    • 浅香あき恵が「チェ・ジウです」→「チェ・ジウちゃうやん、50やん」とツッコまれる、などなど。
  • 一芝居打つ際の練習で、緊張しすぎでものすごい高い裏声でセリフを言ったり、歌舞伎風になったりする(西科伊賀青野が使う。たいてい無視される)。
  • なぜか薪雑端(まきざっぱ)というゴム棒のようなものがセット裏に用意されており、全員でヤクザや強盗犯などを一斉にどつく。どさくさに紛れて関係のない人間(浅香など)をどつくことも。
    • この薪雑端は、辻本が「過去に何があったんや?」と問い詰める時の必需品でもある。相手がとまどっていると「はよ答えんかい」と殴る。また、横に浅香がいると、「こっち向くな!」「おまえは答えんな」と何度も殴ったりする。
  • 話の流れで婚約者が別の人と婚約したときに「お幸せに…」と格好良く決めておいて「うわーん」と泣きマネをして、退場する。
  • 借金を背負った人や強盗犯を全員でドタバタと追いかける。途中、逃げる側と追う側が入れ替わったり、つまづいた者(大抵が島木)が後続に踏みつけられたり、どさくさに紛れて関係のないこと(平山のバック転など)をする。
  • 刑事2人組という設定でスーツなのに、
    (刑事A)「行くぞ、ジーパン」
    (共演者)「ジーパンはいてないやないですか」
    (刑事B)「いえ、私は休日はいつもジーパンで過ごしているからジーパンなんです」
    (共演者)「わかりにくいわ。え、(隣の)あなたは?」
    (刑事A)「ノーパンです。」
    (共演者)「え、ノーパン!?え、休日はいつもノーパンで過ごしてはるんですか?」
    (刑事B)「平日です」
    (共演者)「今かい!!」
    ここから辻本が「どうも、フルチンです」と被せるパターンもある。
    (あだ名とかはあるんですか、などのやりとりの後に)
    (刑事A)「(スーツを着ていて)私のあだ名は、見てわかるとおり、ジーパンです」
    (共演者)「いや、スーツやん!!」
    というやりとりのパターンもある。
  • ヤクザにピストルで胸を撃たれるが携帯電話で弾が止まっていたために助かる。(主に小籔座長公演で見られる)
    「せやけど、携帯にそんな機能なんてついてへんやろ…防弾フォンや!!」
    「ていうことはドコモ怪我してへんねや」
    「ほんなら、この携帯は○○の命を救った英雄なわけや」
    つーかー、つーかー!!」
    「ていうか、もうソフトバンクに変わったで」

[編集] オープニング曲

かつては朝日放送で放送されていた花月中継のオープニング曲であり、毎日放送の中継(「生産性向上のためのBG音楽・工場向け第一集その5」。うめだ花月では、この曲が実際の舞台でも緞帳を上げる時に流れていた)やなんばグランド花月での実際のオープニング曲はそれとは異なるものであった。しかし、「ホンワカパッパ ホンワカホンワカ…」というメロディがあまりにも印象に残るものであったため、「新喜劇をイメージさせる曲」にとどまらず、「六甲おろし」ともども大阪をイメージさせる曲にまで認識されるようになった。情報番組で大阪の軽い話題を扱う際は、ほとんどの場合が「Somebody Stole My Gal」がかけられていると言っても過言ではない。この高認知度のおかげで、現在ではなんばグランド花月でも緞帳が上がる際に必ずこの曲が流されており、音楽に合わせて手拍子をする団体客までいることがある(数年前までは上演作品ごとに曲を変えていたが、昨今のストーリーのマンネリ化と並行するかのように音楽までも固定されてしまった)。

ちなみに、以前『探偵!ナイトスクープ』で、「この曲を擬音化したら『ホンワカ……』か『プンワカ……』のどちらになるか」でもめているカップルの依頼があった。街頭調査の結果、「ホンワカ」が大勢を占めたのだが、ロケが放送される前にスタジオで「音楽的にいえば『ホンワカ』」と断言されてしまっていた。

なお、「Somebody Stole My Gal」は映画「アビエイター」の中でBGMとして流れたり、ベニー・グッドマンなどもレコーディングしているが、聴き慣れた「ホンワカ……」はPee Wee Huntがアレンジしたバージョンでしか聴けないとされる。

[編集] テーマソング

テレビ放送用
  • 「エクスタシー」(1992年2月21日リリースから下記の ECSTASY OSAKAまで)
  • 「ECSTASY OSAKA」(1996年から現在まで)
  • 「宝島」(内場・辻本による東京からの放送時代に使用)
  • 「エビバディ!笑おうサンバ」(2009年5月20日リリース、6月頃より使用開始の見込み)
巡業用

[編集] テレビ番組

[編集] 過去に新喜劇がレギュラーでテレビ放送された番組

  • 花月爆笑劇場(毎日放送・1980年代後期まで。うめだ花月からの中継が主)
  • お笑い花月劇場(朝日放送・1980年代中期頃まで。なんば花月からの中継が主)
  • 吉本コメディ(よみうりテレビ。コメディNo1、間寛平、木村進らによるシチュエーションコメディ)
  • 超!よしもと新喜劇TBS系列)
  • 超コメディ60!(TBS系列)
  • ギャグ輸入!月刊ヨシモト新喜劇(ABCテレビ)
  • 吉本☆新喜劇の週末(CS放送 フジテレビ721ch/ヨシモトファンダンゴTV 284ch)

[編集] 吉本新喜劇の映画

正式タイトル「シネマライズ新喜劇」 これは1996年製作・撮影した吉本新喜劇の映画。 公開は1997年61分上映。 ただし関西しか上映しない地方公開

出演者はお馴染みの吉本新喜劇のメンバーと他の出演者が出演しています。 ビデオもありおまけのコーナーで今田耕司東野幸治が吉本新喜劇のメンバーの丸秘情報を教えるコーナーがある。  

 

[編集] 脚注

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  1. ^ 関西の子供たちは、このテレビ放送でボケとツッコミを覚え、立派な関西人になるとされる。(岩本 2009参照。)
  2. ^ 告知チラシ
  3. ^ 松原隆一郎は、客との合意の上で成立する、何年も使ったギャグを知っていることを前提とした笑いであるとする。また尾上圭介は、大阪では面白いヒトで笑う傾向があり、お決まりキャラクターで笑わせる面が強いとする。(岩本 2009)。
  4. ^ 阪田真己子は、ズッコケることで笑いどころを視覚的合図として送るという信頼関係が構築されており、それを受け入れない部外者には理解できず時に怒りさえ覚える、とする。(岩本 2009)。

[編集] 参照文献

  • 岩本哲生「吉本新喜劇 君は笑える?」、『朝日新聞』2009年4月18日東京版朝刊、24面。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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