坂田利夫
| 坂田 利夫 | |
|---|---|
| 本名 | 地神 利夫 (じがみ としお) |
| ニックネーム | アホの坂田 |
| 生年月日 | 1941年10月7日(70歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 159cm |
| 方言 | 関西弁 |
| 最終学歴 | 此花商業高等学校卒業 |
| 出身 | 吉本新喜劇研究生 |
| コンビ名 | コメディNo.1(1967年 - 2009年) |
| 相方 | 前田五郎 |
| 芸風 | 漫才 漫談 コント |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部 |
| 活動時期 | 1967年 - |
| 現在の代表番組 | めちゃ×2イケてるッ!(不定期出演) バラエティー生活笑百科(不定期出演) |
| 過去の代表番組 | あっちこっち丁稚 |
| 配偶者 | 未婚 |
| 弟子 | げんしじん 他 |
坂田 利夫(さかた としお、1941年10月7日 - )は、日本のお笑い芸人である。本名、地神 利夫(じがみ としお)。通称、アホの坂田。
大阪府大阪市港区出身。吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)大阪本部所属。独身。私立此花商業高等学校(現・此花学院高等学校)卒業。血液型はB型。なお、『日曜笑劇場』などにゲスト出演する際は、舞台初登場時に、恒例のお約束として、キダ・タロー作曲の「アホの坂田のテーマ」が流れる。
目次 |
[編集] 来歴
- 1941年10月 大阪府大阪市港区に生まれる。
- 1961年 高校卒業後職を転々とした後に吉本新喜劇の研究生として吉本入り。
- 1967年 前田邦弘(前田五郎)と漫才コンビ、コメディNo.1を結成。
- 1970年 第5回 上方漫才大賞(ラジオ大阪) 新人賞受賞
- 1971年 昭和45年度 第1回 NHK上方漫才コンテスト 最優秀話術賞受賞。この2度の栄冠が、坂田(地神)にお笑いの道への専心を決意させる事になる。
- 1972年 第1回 上方お笑い大賞(読売テレビ)金賞受賞
- 1972年8月 『アホの坂田のテーマ』のレコード発売。
- 1979年 第14回上方漫才大賞(ラジオ大阪)大賞受賞
- 2009年8月31日 コメディNo.1を解散
[編集] 人物
- 1950年のジェーン台風の被害を受けたため、幼少時の写真はほとんどない。同じ境遇の芸人に、桂三枝がいる。
- 「アホの坂田のテーマ」が大ヒットした際、大阪の教育委員会から「サカタ姓の小中学生がからかわれたり、いじめに遭っている」との指摘を受け、放送局は一時、この曲の演奏を自粛する事態になる[1]。この時、坂田自身も言われのないバッシングを受ける羽目にあう。ちなみにこの歌は江川卓が後楽園球場初登板の時、相手側の阪神ファンはもちろん、一塁側のジャイアンツファンからも「アホの江川」の替え歌で迎える異常事態もあった。なお、この試合で江川はラインバックにホームランを打たれるデビュー戦だった。また明石家さんまによると、この曲が選抜高等学校野球大会のテーマ曲に内定していたが、前述の件で取り消しになった。(代わりに選ばれたのが水前寺清子の「365歩のマーチ」)
- 純粋で、人を疑わないので、『お笑いウルトラクイズ』のドッキリ企画「人間性クイズ」のターゲットになったことがある。また、昔はいつも中田カウスのいたずらの標的にされていた。テレビ局の人間のふりをしたカウスにレポーターの仕事が入っていると騙され、元日の朝の漁港(カウスの回想では大阪市中央卸売市場)を白のモーニングコートにネクタイといういでたちで歩き回ったことがある。
- 妹の結婚式で「ふつつかな妹ですが」と言うべき所を「ふしだらな妹ですが」と言ってしまった。
- まだ若手だった頃のダウンタウンの漫才を舞台袖で見ていた坂田は、舞台後の二人に、「お前ら、なかなかおもろいやないかい。」と激励の言葉をかけてやったが、当の坂田がチョビヒゲに長いチョンマゲ姿のいかにもアホな格好をしており、ダウンタウンは内心「お前の方がおもろいわ!」とツッコんだという。
- 愛するペットはイグアナ。
- 歩くことが大の苦手である。
- ウナギが大好物である。自宅で食する時は何故か裸で食べる(「今田耕司の実は・・・」(ABC朝日放送)において隠しカメラで撮影され実証された)
- 若手時代、先輩芸人からゆで卵を水なしで一気食いしたら小遣いをやると言われて実行し、黄身が喉に絡まって窒息死しかけたことがある。
- 1975年から1983年まで朝日放送テレビ他で放送されていた『あっちこっち丁稚』では、木村進、間寛平とともに、木金堂というカステラ店の丁稚役で出演していた(相方の前田五郎は、木金堂の主人役であった)。なお、デビュー当初から数年間は、相方の前田五郎とともに、吉本新喜劇でも活躍していた。
- 野球には特に詳しくはないが、「2006 ワールド・ベースボール・クラシック・決勝 日本×キューバ」を吉本社屋内で野球好きの吉本芸人達とテレビ観覧した。
- かつて富士通のパソコン・FMVシリーズのCMキャラクター、“タッチおじさん”の声を担当していた際、富士通からパソコン一式を贈られた。しかし使い方が全く分からないため、届いた日に配送業者がパソコンデスクにセッティングした状態のままで放置されていた。
- ハイヒールモモコのスッピンは、坂田にそっくりである。朝日放送の『探偵!ナイトスクープ』で「モモコさんのスッピンが坂田さんに似ていると言いますが、逆に坂田さんが化粧したらモモコさんに似ていますか?」という依頼があり、実際に坂田に化粧をしてモモコと並べたことがある。
- チュートリアルの徳井義実に、真の男前No.3として紹介された(No.2は島木譲二、No.1は徳井義実)。
- かつて前田とコンビを組んでいた時代でも、終盤は単独の活動が多いためか、若い人の間ではピン芸人だと思われることが多かった。
- 相方の前田五郎の芸能活動休養後、単独(漫談)で京橋花月の吉本新喜劇にたまに出演している。
- 「歯ァ喰いしばって寝るだけや」という名言を持っている。
[編集] 交友
西川きよし・ヘレン夫妻とは、仲が良いことで有名。芸人として食べられなかった頃、坂田と西川は、吉本新喜劇でマドンナとして活動していたヘレンに養ってもらっていた。また、彼等が結婚した後も、しばらく西川家に居候していたことがある(ヘレン曰く「3人で川の字になって寝ていた」)。また、夫妻の長男忠志誕生の際、仕事で駆け付けられなかったきよしに代わり父親役として立ち会う。ちなみに夫妻とも坂田より年下であるが、芸歴は二人の方が長いので西川夫妻は坂田のことを「坂田君」と呼び、坂田は二人のことを「きよっさん」「ヘレンさん」と呼んでいる。坂田を漫才に誘ったのも西川である(西川が「やす・きよ」コンビで人気が出ていた頃、当時吉本新喜劇の役者だった坂田に対し、西川が「漫才は儲かるでぇ~!」と言ったのが漫才転向のきっかけだった)。
間寛平とも仲が良く、寛平の子供達は、坂田利夫の事をパパと呼んでいた。昔、一緒に住んでいたこともある。
面倒見がよく、明石家さんまなど、未だに「兄さん」と呼んで慕う後輩芸人も多い。
大木ひびきとは、無二の飲み友達である。(互いに独身者)
[編集] 持ちネタ・芸風
[編集] 「アホ」
自らをアホ(阿呆)と称し、他人に軽蔑されても意に介さず、また明石家さんまなど後輩から「もう『師匠』なんですから、仕事をえらんでや」とたしなめられてもアホに徹するその姿は、芸人の鑑である。
しかし素顔はデリケートそのもので、「アホ」はあくまでも芸であり、私生活で見知らぬ人に「アホ」といわれるとムキになって怒ることもあるらしい。舞台でも観客に「アホ」などとボロカスに言われて喧嘩したことがあるという。また、「バカ」と言われると相当不機嫌になる。
実は、高校卒業までは常に成績トップクラスの秀才だった。そのため、母親は息子がアホと言われる事にひどく抵抗があったらしく、レストランで二人で食事をしていた時、そこに来ていた学生に利夫がアホと言われた際には、泣きながら止めようとしたらしい。その後、坂田は自分の芸風に悩むことになる。
アホを演じるのが嫌になってこれまでの芸風をやめようとした時、藤山寛美から「アホは心の優しい者しかできんのやで」と諭され思い直した。
60代を過ぎても未婚である理由は、本人曰く結婚出来ないのではなく、結婚しないから。理由は、子供が出来た時に「アホの子」と指を差され負担になるのではないか心配だからである。結婚・寛美関連ではもう一つ、今田耕司に寛美の娘である藤山直美との結婚を勧められたというエピソードもある(アホとアホの娘を結婚させて「最強のアホ」を産ませる魂胆だったらしいが、本気度は不明)。
標準語のイントネーションで「アほ」と言われることに非常に抵抗を感じている。新幹線で乗り合わせた乗客に「坂田、お前、アほだってな」と言われ、「ワシはアほと違う、アホや!」と言い返そうとしたが、その相手が怖い商売の方だったため、「へい、私はアホでございます」と下手に出てしまったこともある(月亭八方の楽屋ニュースより)。
[編集] 鈴木宗男のそっくりさん
「2004年時点での坂田の容姿は、衆議院議員・鈴木宗男(新党大地代表)の容姿と似ている」と言われ、本人も悪ノリしてよく物真似をしていた。
一時期人気は凋落傾向にあったが、2002年、鈴木宗男の一連の疑惑に絡み、鈴木のそっくりさんとしてマスコミへの露出度を高めるにつれ人気が復活、本人もギャグとして大いに利用。鈴木が逮捕され437日間拘置される間、鈴木に取って代わりさらに露出度を高める。その後、2005年、鈴木は衆議院議員に復活。最近では鈴木のほうが熱心に坂田を利用しタレント活動に力を入れるなど、お互いに持ちつ持たれつの良好な関係を築いている。
2006年、『めちゃ×2イケてるッ!』の「濱口だまし」で鈴木宗男のそっくりさんとして登場するはずだったが、大阪での仕事があったために代役として鈴木宗男本人が登場した。
[編集] 代表的なギャグ
- あ、よいとせのこらせのよいとせのこらせ
- アッホ! - フジテレビ「オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦スペシャル!!」で清水アキラが坂田利夫のマネとして、ピンクレディーの扮装で「UFO」を歌った際、「ご本人登場」として坂田も共演。そのギャグを逆パクリしたもの。
- アホウドリの歌 - 「なにわ人情コメディ 横丁へよ~こちょ!」などに出演した際に、番組の終盤近くなどで披露する歌。
- あ~りが~とさ~ん(当たりギャグである)
- あんたバカね、オホホ~(元々はルーキー新一の「あなた知らないのホホホン」のパクリとの疑問もある)
- いえす、あいどぅー
- 恋のマイアホ - これまた、ものまね番組で清水アキラが坂田利夫のマネとして、「恋のマイアヒ」を歌った際、「ご本人登場」として坂田も共演。そのギャグを逆パクリしたもの。
- サンキュー、便所マッチ
- ジョンジョロリ~ン、ジョンジョロリ~ン、ジョンジョロリンの、ぱっぱ(冒頭に「みみずもカエルも皆ごめん」と言う場合もある。)
- G・N・Pは国民総生産、G・D・Pは国内総生産、Y・K・Kはチャックの会社(オチ)
- 手足をくねらせながらの独特の横歩き。吉本の舞台では、時に「アホ」と大きく書かれた赤い腹巻きを着けていることがある。
- ファーホーファアーホー(椅子などに座り、両手両足で交互に拍手をしながら)
- まいっちゃったよたまんないね
- (両手を肩の高さで縮めた状態から、手首を交互に突き出しながら)アホアホミサイル発射!アホアホアホアホ・・・
[編集] 弟子
- げんしじん(1989年4月入門。芸名は「坂田さる」。その後、「おまえは進化した」と言われ、「げんしじん」となる)
- ライト坂田(ライム中田(現・吉本新喜劇の別所清一)と「ライムライト」として活躍)
- 坂ペン太(廃業)
- 2003年、「坂田利夫の一番弟子・坂田勝(52)」を騙り、18年間も徒歩で日本一周をしているという男性が、北海道帯広市長を表敬訪問し、地元の新聞に紹介されたが、坂田にはそのような名前の弟子がいなかったことが明らかになっている。
[編集] 出演
[編集] バラエティ
- かんさいすきま情報社(K-CATチャンネル)
- めちゃ×2イケてるッ!(フジテレビ、不定期出演)
- オールスター感謝祭(TBS、春・秋 改編期特番)
- あっちこっち丁稚(ABC)
- オレたちひょうきん族(フジテレビ、『ひょうきんベストテン』でさだまさし、田原俊彦を演じた)
[編集] CM
- きのこの山・たけのこの里 (明治製菓、ナインティナインと共演)
- どん・でん(味の素、岡田彰布と共演)
- 麺の達人(日清食品、吉岡美穂と共演)
- Miu(ダイドードリンコ、釈由美子と共演)
- スパワールド(雛形あきこと共演)
- 富士通 (タッチおじさん)
- KIRIN「新!コクの時間 贅沢麦」(ナレーション)
- 富士急ハイランド「高飛車」
- パンシロンNOWUP(ロート製薬、ジングルのみ)
[編集] テレビドラマ
- ワタナベ(1993年、関西テレビ、時野正造 役)
- 世にも奇妙な物語 秋の特別編 「どつきどつかれて生きるのさ」(2008年、フジテレビ、大阪国首相 役)
- ドラマ30 京都へおこしやす!(2008年、朝日放送)
[編集] その他
[編集] 著書
- アホの坂田のアホだらけ(吉本音楽出版 1986年)ISBN 4924442372
- アホの坂田のビッグバンってなんでんねん?(飛鳥新社 1998年)ISBN 4870313316(太田晴雄との共著)
- 国宝阿呆―人類初の世界遺産?(学習研究社 2003年)ISBN 4054019951
[編集] 脚注
- ^ 「アホの坂田」バカ売れだったが1本の電話で…、2009年4月1日、スポーツニッポン。