アグネス・チャン

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アグネス・チャン
繁体字 陳 美齡
簡体字 陈 美龄
Chén Měilíng
注音符号 ㄔㄣˊ ㄇㄟˇㄌㄧㄥˊ
Chan4 Mei5 ling4
出生 1955年8月20日(56歳)
香港の旗 香港
英語名 Agnes Chan
職業 歌手タレントエッセイスト教育学者
活動期間 1971年 -
配偶者 金子 力
子供 3男
公式サイト http://www.agneschan.gr.jp/

アグネス・チャン(本名:陳美齡、英語:Agnes Miling Kaneko Chan、広東語:チャン・メイリン、北京語:チェン・メイリン、日本名:金子 陳 美齢(かねこ チャンメイリン)、1955年8月20日 - )は、香港歌手エッセイストカトリック教徒で、「アグネス」は洗礼名である[1]トロント大学卒業。1992年6月スタンフォード大学大学院教育学博士課程を卒業。1994年には博士号が授与された[2]。初代日本ユニセフ協会大使である[3]血液型AB型。

目次

[編集] 概要

1972年、代表曲の一つである「ひなげしの花」で、日本での歌手デビューを果たす。高く澄んだ歌声と愛くるしいルックス、たどたどしいが一生懸命日本語で歌う姿勢が受けて、一躍人気アイドルとなった。日本ではその後も「草原の輝き」、「小さな恋の物語」、香港における「The Circle Game」などヒット曲は多く、台湾アメリカ合衆国などでも音楽活動を行っている。歌手としての活躍のほか、1998年には初代日本ユニセフ協会大使に就任するなど、ボランティアやチャリティーなどを通じた社会奉仕や貧困や平和についての発言でも知られている。近年ではピンクリボン運動への参加や、大学の客員教授やニュージーランドの高校の学園長などとしての教育活動も行っている。

[編集] 略歴

[編集] 活動

[編集] 日本ユニセフ協会大使

1998年、アグネスは日本ユニセフ協会大使に就任した(日本ユニセフは特例財団法人(民間団体)であり、黒柳徹子が親善大使を勤める 国際連合児童基金(ユニセフ)の承認を受けて活動している別団体である)。就任後、これまでにタイスーダン東ティモールフィリピンイラクモルドバレソトインド中華人民共和国ブルキナファソを公式訪問し、現地で目にした子どもたちの窮状を伝えるほか、『わたしが愛する日本』などの著作で、日本の平和を目指す提言を行っている。

アグネス本人は「私が九八年にユニセフの大使になった」[10]、「私が大使に誘われたとき、ユニセフから『私たちは一番弱い子供の声になりたいの。だから、一緒にやってくれませんか』と言われた」[11]と語っている。

[編集] 児童ポルノ批判

アグネスは、自らがアイドル時代に不本意な水着撮影をさせられたり、下着の見える写真を雑誌に掲載された体験もあり、児童ポルノに関して厳しい立場をとっている。2008年3月11日には森山眞弓元法務大臣と共に、「児童ポルノの単純所持禁止、ゲームや漫画等で児童を性的に描いたものも『準児童ポルノ』として禁止するべきだ」という声明を発表。政府、国会に意見を求めている。NHKの番組『視点・論点』に出演した際にも、「私は子供たちの人権を守りたい」「表現の自由を守りたい」と語り、日本も既に法制化を実現している先進諸国と足並みを揃えるべきではないかと提言している。

[編集] 批判

2010年8月、大槻義彦が公式ブログ上にてアグネス・チャンの経営する販売会社チャンズ(CHAN'S)が霊芝エキスやパワーストーンを販売している事を霊感商法だと批判した[12][13]。批判を受けて販売を中止した。

[編集] エピソード

  • 中学生の時に始めたボランティア活動で、ギターを手に校内で募金を集めた。これが噂になり、香港のフォーク歌手のオムニバスアルバムへのレコーディングの話が出たという。
  • 日本語ができなかったデビュー当時、事務所が用意する食事は彼女が「中国系だから」と毎回のように中華丼だった。今では一番嫌いで見たくもない食べ物だという。
  • 逆に当時好きな食べ物は焼き鳥だった。又日本に来日直後、公園など野生に放されているを見ては、「凄くうまそうでつい無性に食べたくて仕方なかった」「こんなおいしそうなハトが沢山放し飼いにされるなんて、日本は相当お金持ちの国なのかしら?」と思っていたらしい。
  • そんな中、アメリカンスクールに通い英語が堪能だった先輩の南沙織とは仲が良く、彼女の引退直前にはインタビューもされている。
  • 彼女の父の口癖は「上海出身の人間は信用するな」だった。その言葉の真意は解らないが「父は過去に上海出身者との間で何かあったのかもしれないですね」と『徹子の部屋』に出演した時に父の思い出を明かしている。
  • 1976年に芸能活動を休止し、トロント大学に留学したのは父の勧めであったという。しかし彼女の父は翌1977年に他界し、大学を卒業する姿を見せることはできなかった。
  • 助教授をつとめた目白大学の教え子に猫ひろしがいる。
  • 2007年10月の北京でのチャリティコンサートは、9月開催の予定が中国共産党の指示を受けて延期しており、その時に空いたスケジュールで受けた検査で乳ガンが発見された。10月に摘出手術を受けて無事成功し、わずか1週間で芸能活動を再開している。
  • 2007年に発表した平和をテーマにした曲の第一弾は、自らピアノを弾きながら詞にメロディーをつけた「そこには幸せがもう生まれているから」[14]。続く「ピースフルワールド」、「朗らかに」をリリース。いずれもアグネスが作詞しており、「みんな地球に生きるひと」など、平和をテーマにしたこの三曲のカップリング曲はすべて彼女の詞である。
  • 1985年には広尾に自宅を購入。リビング・ルームは事務所の会議室も兼ねるため、人が集まる「運命の場所」だという考えから、風水を取り入れて広めに設計した。白いマーブルを基調とし、シャンデリアや暖炉などにこだわったほか、カーテンや椅子などの家具はほぼイタリア製でそろえたという[15]。香港で買うと日本よりかなり安いという。
  • 家庭では子供たちが納得するまで最長8時間説教したことが学びの場.comで公表されている[16]

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  • (1971 CIRCLE GAME(香港デビュー盤))
  1. ひなげしの花 (日本デビュー盤) (1972.11.25)
    (c/w) 初恋
  2. 妖精の詩 (1973.04.10)
    (c/w) いじわる雨の日曜日
  3. 草原の輝き (1973.07.25)
    (c/w) 山鳩
  4. 小さな恋の物語  (1973.10.25) (週間売り上げ1位を獲得)
    (c/w) ふたりの牧場
  5. 星に願いを (1974.02.25)
    (c/w) わたしの日曜日
  6. ポケットいっぱいの秘密 (1974.06.10)
    (c/w) しあわせの白い砂
  7. 美しい朝がきます (1974.09.10)
    (c/w) わたしのペンフレンド
  8. 愛の迷い子 (1974.12.21)
    (c/w) まごころ
    • (1974 燕飛翔(台湾盤))
  9. 恋人たちの午後 (1975.03.25)
    (c/w) ほほえみ
  10. はだしの冒険 (1975.06.10)
    (c/w) 心のとびら
  11. 白いくつ下は似合わない (1975.08.25)
    (c/w) 愛を告げて
  12. 冬の日の帰り道 (1975.12.10) 
    (c/w) ハロー・グッドバイ (ハロー・グッドバイは後に柏原よしえハロー・グッバイとしてカバーして大ヒットに)
  13. 恋のシーソー・ゲーム (1976.04.10)
    (c/w) 小さなアンブレラ
  14. 夢をください (1976.08.10)
    (c/w) 愛はメッセージ
  15. 心に翼をください (1977.04.25)
    (c/w) いつまでも変わらずに
  16. 少し待ってて (1977.08.25)
    (c/w) 頬に青い風
  17. 花のささやき (1977.11.25)  (原曲「In un fiore」イタリアの「Wilma Goich」のカヴァー)
    (c/w) 雨の月曜日
  18. アゲイン (1978.08.25)(同年10月にA・B面入れ替え盤リリース)
    (c/w) グット・ナイト・ミス・ロンリー
  19. やさしさ知らず (1978.11.25)
    (c/w) 3つの銅貨
  20. 鏡の中の私 (Through the Looking Glass) (1979.03.30)
    (c/w) アイム・ロスト
  21. 100万人のジャバーウォーキー (Jabberwocky)  (1979.07.25)
    (c/w) 風まかせ・愛まかせ
  22. 春不遠(はるとおからじ) (1979.11.25)
    (c/w) 言葉が消えた
  23. ぼくの海 (1980.04.25)
    (c/w) CHILDREN OF THE SEA
  24. シャイン・オン・ミー (SHINE ON ME) (1980.10.21)
    (c/w) サムワン・トゥ・ラブ
  25. 原野牧歌 (1981.03.30)
    (c/w) 原野牧歌(中国語)
  26. 愛の呪文 (1981.08.21)
    (c/w) 絹の娘
  27. 24時間のララバイ (1982.06.21)
    (c/w) I Believe In Love
  28. 小さな質問 (1983.03.30)
    (c/w) 時の河
  29. Lady of The Wind (1983.12.16)
    (c/w) 人はなぜ
  30. 愛のハーモニー (1984.11.25)
    (c/w) スノー・フレイク
  31. 帰って来たつばめ (1985.06.25)
    (c/w) 手のひらの愛
  32. 愛がみつかりそう (1985.10.25)
    (c/w) Somebody’s Crying
  33. Thanks マイ・フレンド (1986.05.25)
    (c/w) Thanks My Friend
  34. LIFE (1988.08.31 )
    (c/w) 可愛いキミ
    • (1989 漓江曲(香港盤))
  35. 好きになってもいいですか (1992.09.18)
    (c/w) I’d Give My Life For You/命をあげよう
  36. 鳥の幸せ (1994.07.01) (第48回愛鳥週間「全国野鳥保護のつどい」テーマソング)
  37. この身がちぎれるほどに ~Lovin'you is killin'me (2000.06.21)
    (c/w) 悲しみの誕生
  38. 忘れないで -time to say goodbye- (2001.04.25)
    (c/w) beleive~永遠の輪廻~/忘也忘不了 「忘れないで」チャイニーズヴァージョン
  39. 私小説 -my love story- (2001.09.21)
    (c/w) 想い出が多すぎて-Lost Memory-
  40. 香港国際空港(CHEK LAP KOK空港) (2002.07.21)
    (c/w) 夕焼け
  41. 愛のゆくえに ~fallin’love~ (2003.04.23)
    (c/w) 触れずの恋
  42. 心の旅人 (2003.10.22)
    (c/w) 能登の夕陽に染められて
  43. 2番目のしあわせ (2004.03.29)
    (c/w) 愛は奇跡のように
  44. 草原の輝き2005 (2005.04.01 )
    (c/w) ポケットいっぱいの秘密2005 
  45. しあわせの花 (2005.09.21)
    (c/w) 息
  46. そこには幸せがもう生まれているから (2007.03.07)
    (c/w) みんな地球に生きる人
  47. ピースフル ワールド -Peaceful World- (2007.08.03)
    (c/w) 七つの海に橋をかけよう
  48. 朗らかに ~シングルバージョン~ (2008.03.05)
    (c/w) マザーの愛しかた
  49. この良き日に (2008.09.03)
    (c/w) 一人にはしないから 
  50. あなたの忘れ物 (2009.09.02)
    (c/w) あなたの言葉
  51. あの丘で (2010.11.03)
    (c/w) 僕らには翼がある~大空へ~

[編集] アルバム

  • 1971年、Will the circle game be unbroken
  • 1972年、ORIGINAL (1) 、ひなげしの花、With Love from Agnes、All I Want For Christmas Is My Two Front Teeth
  • 1973年、花のように、星のように、草原の輝き、FLOWER CONCERT
  • 1974年、アグネスの小さな日記、あなたとわたしのコンサート、燕飛翔
  • 1975年、あなたにありがとう、小さな恋のおはなし、ファミリー・コンサート、はじめまして青春、Loving Songs、我在戀愛
  • 1976年、Mei Mei いつでも夢を、また逢う日まで、愛人那裡去尋找、AGNES CHAN、愛のメモリアル
  • 1977年、How are you? お元気ですか、私の恋人、カナダより愛をこめて
  • 1978年、Happy Again、ヨーイドン
  • 1979年、AGNES IN WONDERLAND 不思議の国のアグネス、ABC AGNES、雨中康乃馨、美しい日々
  • 1980年、MESSAGE、晨星・情劫・流浪客・問我是誰、歸來的燕子(『台灣旅日紅星2枚組の内1枚として2002年にCD化)
  • 1981年、Love Me Little Love Me Long、愛的咒語、痴戀・忘憂草
  • 1982年、漓江曲、HALF TIME・Cristmas Song Medley
  • 1983年、小さな質問、Girl Friends、願你繼續醉
  • 1985年、愛的Harmony、愛が見つかりそう CITY ROMANCE
  • 1990年、ディア・アグネス・カーペンターズ・コレクション
  • 1992年、世界の童謡子守唄全集I〜V
  • 1997年、陳美齡精選
  • 1999年、世界の子守唄童謡名曲集
  • 2000年、アグネスのたのしいどうよう、アグネスのえいごのうた、Melancholy、LOVE PEACE&FREEDOM
  • 2001年、私小説-My Love Story-
  • 2002年、アグネス・チャンCD BOX
  • 2005年、Lost & Found-私のもとへ-
  • 2006年、Forget Yourself(アメリカ限定発売。DVD付き)
  • 2007年、世界へとどけ平和への歌声ーピースフルワールドー

[編集] 映像作品

  • 1975年、東宝映画 アグネスからの贈りもの
  • 1997年、歌の妖精 Vol.5(アグネス・チャン、テレサ・テン欧陽菲菲
  • 2001年、アグネス・チャンコンサート2000 リ・インカーネーション〜再会〜
  • 2007年、アグネス・チャン35周年記念コンサート〜世界へとどけ平和への歌声!〜TALK & LIVE

他に、本人出演のカラオケDVD、カラオケLD、カラオケVCDがいくつかある。

[編集] みんなのうた

  • 1980年 ぼくの海
  • 1983年 ロバちょっとすねた
  • 1987年 神父さんのパイプオルガン

[編集] 主要著作

  • 1983年、アグネス・マイ・中華
  • 1984年、歌で平和を
  • 1984年、みんな地球に生きるひと
  • 1989年、アジアのことが気にならないあなたに(共著)
  • 1993年、新しい女
  • 1996年、みんな地球に生きるひとPart2
  • 1997年、アグネスの香港指南、アグネスの英語で世界を考える
  • 1999年、THE ROAD WINDS UPHILL ALL THE WAY(共著)、みんな未来に生きるひと
  • 2001年、アグネスのポジティブ育児
  • 2002年、パーフェクト・カップル、銃弾の指輪
  • 2003年、この道は丘へと続く(共著)
  • 2004年、アグネスの世界に乾杯!、わたしが愛する日本、小さな命からの伝言
  • 2005年、The Right Track 未来を生きる人々へ、「結婚生活」って何?(喜多嶋洋子との共著)
  • 2006年、アグネス流エイジング 薬膳デトックス、花とカラーの誕生日メッセージ(共著)
  • 2007年、みんな地球に生きるひとPart3、しあわせを見つけるマザー・テレサ26の愛の言葉
  • 2008年、そこには幸せがもう生まれているから、東京タワーがピンクに染まった日

[編集] 出演

[編集] 現在のレギュラー番組

[編集] テレビ番組

[編集] 準レギュラー

[編集] ラジオ番組

  • アグネスのサニーサイドUP!(岐阜放送ラジオほか、日曜09:00 - 09:15ほか)

[編集] 過去のレギュラー番組

[編集] テレビ

[編集] 準レギュラー

[編集] ラジオ

[編集] インターネット番組

[編集] ドラマ

[編集] CM

[編集] テレビCM

[編集] CMソングのみ

[編集] 脚注

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  1. ^ アグネス・チャンさん、マザー・テレサの本を出版 2007年09月24日13時40分 asahi.com
  2. ^ アグネス・チャン プロフィール
  3. ^ 日本ユニセフ協会
  4. ^ “アグネス残す3度目の遺書…ユニセフ大使ソマリア出発”. スポーツ報知. (2010年2月16日) 
  5. ^ “ソマリランドで大統領選”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2010年6月26日). http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/100626/mds1006262307002-n1.htm 2010年11月9日閲覧。 
  6. ^ 海外安全ホームページ”. 外務省. 2010年11月8日閲覧。
  7. ^ “日本ユニセフ協会からのお知らせ” 
  8. ^ アグネス・チャンが1000万円寄付 2011年3月19日『日刊スポーツ』
  9. ^ 中村雅俊感動鞠躬謝港人 2011年4月3日『星島日報』
  10. ^ 柴口育子構成「阿川佐和子のこの人に会いたい――10月1日に乳がんの手術をして、10日のコンサートから復帰しました」『週刊文春』49巻43号、文藝春秋2007年11月8日、135頁。
  11. ^ 柴口育子構成「阿川佐和子のこの人に会いたい――10月1日に乳がんの手術をして、10日のコンサートから復帰しました」『週刊文春』49巻43号、文藝春秋2007年11月8日、136頁。
  12. ^ 大槻義彦 (2010年8月25日). “「アグネス チャンの正体」”. 2010年11月3日閲覧。
  13. ^ 大槻義彦 (2010年8月27日). “「アグネス チャンの霊感商法」”. 2010年11月3日閲覧。
  14. ^ Forum21 2008-1-1 信濃町探偵団―創価学会最新動向
  15. ^ 「私のリビング」 文藝春秋2009年6月11号
  16. ^アグネス・チャン 教育学博士、そして母として語る〜子どもは自信を持てば、どんどん伸びていきます。」 内田洋行 教育総合研究所、2009年3月4日。
  17. ^ アグネス大学公式サイト

[編集] 関連項目

[編集] 関連文献

  • アグネス・チャン、チャック・ウイルソンピーター・バラカン「日本の若い奴らに礼儀教えます」『文藝春秋』62巻10号、1984年9月、460-467頁。
  • アグネス・チャン、梁泰昊「国籍は、どうってことないの」『世界』480号、1985年10月、209-222頁。
  • 大和田滝恵「これが『新大学改革か』――アグネス・チャンを客員講師にした信州大経済学部教官公募の内幕」『朝日ジャーナル』28巻9号、1986年3月7日、11-15頁。
  • アグネス・チャン「アグネス・バッシングなんかに負けない」『中央公論』102巻12号、1987年10月、244-251頁。
  • 竹内好美「林真理子のアグネス・チャン批判――『会社に託児所』を要求しない働く女性の論理」『朝日ジャーナル』30巻21号、1988年5月27日、84-86頁。
  • アグネス・チャン「『家』の履歴書――結婚式や新居もすべて風水の指示で」『週刊文春』42巻18号、2000年5月18日、74-77頁。
  • 「安倍首相がアグネス・チャンの結婚式で『介添え役』」『週刊文春』48巻45号、2006年11月23日、30-31頁。
  • 「『アグネス・チャン』新曲の作詞家は『池田大作』センセイ」『週刊新潮』52巻12号、2007年3月29日、50頁。
  • 「『池田大作』作詞CDで『顔面マヒが治った』アグネス・チャン」『週刊新潮』53巻10号、2008年3月13日、138-139頁。
  • 「実況中継『創価友誼之証』を贈られたアグネス・チャン」『週刊文春』51巻40号、2009年10月22日、137-138頁。
  • 「『アグネス・チャン』が遺書を残して『ソマリランド』快適旅行」『週刊新潮』55巻12号、2010年3月25日、44-45頁。

[編集] 外部リンク

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