アグネス・チャン

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アグネス・チャン
Agnes Chan cropped 1 John Roos Susan Roos Agnes Chan and Ken Hayami 20100225.jpg
2010年2月25日東京都港区にて
繁体字 陳 美齡
簡体字 陈 美龄
Chén Měilíng
注音符号 ㄔㄣˊ ㄇㄟˇㄌㄧㄥˊ
Chan4 Mei5 ling4
出生 1955年8月20日(58歳)
香港の旗 香港.ルーツは広東省
英語名 Agnes Chan
職業 歌手タレントエッセイスト教育学博士
活動期間 1972年 -
配偶者 金子 力
子供 3男
公式サイト http://www.agneschan.gr.jp/ http://ameblo.jp/agneschan/

アグネス・チャン(本名:陳美齡、英語:Agnes Miling Kaneko Chan、広東語:チャン・メイリン、北京語:チェン・メイリン、日本名:金子 陳 美齢(かねこ チャンメイリン)、1955年8月20日 - )は、香港歌手エッセイストカトリック教徒で、「アグネス」は洗礼名である[1]トロント大学卒業。1992年6月スタンフォード大学大学院教育学博士課程を修了。1994年には博士号が授与された[2]。初代日本ユニセフ協会大使である[3]日本対がん協会の初代「ほほえみ大使」も務める[4]

概要[編集]

1972年、代表曲の一つである「ひなげしの花」で、日本での歌手デビューを果たす。高く澄んだ歌声と愛くるしいルックス、たどたどしいが一生懸命日本語で歌う姿が受けて、一躍人気アイドルとなった。日本ではその後も「草原の輝き」、「小さな恋の物語」、「星に願いを」、「ポケットいっぱいの秘密」、「愛の迷い子」、「恋人たちの午後」「白いくつ下は似合わない」、香港における「The Circle Game」「香港香港」、「雨中のカーネション」などヒット曲は多く、台湾アメリカ合衆国などでも音楽活動を行っている。歌手としての活躍のほか、1998年には初代日本ユニセフ協会大使に就任するなど、ボランティアやチャリティーなどを通じた社会奉仕や貧困や平和についての発言でも知られている。近年ではピンクリボン運動への参加や、大学の客員教授やニュージーランドの高校の学園長などとしての教育活動も行っている。

略歴[編集]

2010年5月25日、日本医療政策機構代表黒川清、在日英国大使ディビッド・ウォレン、在日米国大使ジョン・ルースらと
  • 1971年に『Second Folk Album』と題するオムニバスアルバムでジョニ・ミッチェルの「The Circle Game」を姉のアイリーン・チャンとカバー。シングル化されてヒットした。
  • 1972年には姉と張徹監督の映画『年輕人』『反叛』に出演、映画が配給されたマレーシアタイなどの東南アジアでも人気がでるようになった。
  • 香港のテレビ番組『Agnes Chan Show』のゲストとして知り合った平尾昌晃によって日本に紹介され、1972年11月25日ワーナーパイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)より「ひなげしの花」でデビュー。当初の衣裳はロングであったが、翌年ミニスカートに変えて人気が急上昇した。
  • 1973年7月発売の「草原の輝き」が大ヒット、同年12月に第15回日本レコード大賞新人賞を受賞。
  • 1973年10月発売の「小さな恋の物語」が自身最大のヒット曲となり、オリコンチャート1位を獲得。だが、デビュー曲「ひなげしの花」及び前作の「草原の輝き」の印象が強烈である所為か、この曲は世間一般での印象が薄く、テレビの懐メロ番組でも歌われることは少ない。
  • 1974年、「草原の輝き」が春の選抜高等学校野球大会入場行進曲に選ばれる。また、ブロマイドの売上成績第1位を獲得。この頃のコンサートではバックバンドに鈴木慶一ムーンライダーズ、司会は植田芳暁を起用していた。1976年には「恋のシーソーゲーム」でホットケーキがバックをつとめ、さよならコンサートなどのコンサートに参加した。
  • 1974年、上智大学国際学部に入学。父の勧めもあって、1976年に芸能活動を休んでカナダトロント大学へ留学(編入学)。社会児童心理学を専攻。
  • 1978年、トロント大学を卒業。同年8月に日本に戻り、吉田拓郎作曲の歌「アゲイン」で芸能活動を再開する。復帰コンサートツアーのひとつとして、中国人歌手としては初となる日本武道館でのコンサートも行った。レコード会社は次の「やさしさ知らず」からSMSに移籍。
  • 1979年香港で、初の広東語アルバム『雨中康乃馨』を発売。日本ではゴダイゴとのコラボレーションアルバム『AGNES IN WONDERLAND 不思議の国のアグネス』と『ABC Agnes』を発売。
  • 1984年国際青年年記念平和論文に応募し、特別賞を受賞。フジテレビなるほど!ザ・ワールド』の主題曲「愛のハーモニー」から徳間ジャパンにレコード会社を移籍。
  • 1985年、芸能活動のみでなく、ボランティア活動を再開するようになった。4月、北京首都体育館で5万4千人を動員して宋慶齢基金会チャリティーコンサートを開催、中国で記念のベスト盤カセットテープが販売された。
  • 同年、日本テレビの『24時間テレビ』のために、旱魃による食料不足状態にあったエチオピアを取材。単に悲惨な情況を伝えるだけでなく、「ロンドン橋落ちた」の替え歌アムハラ語で歌って現地の子供と交流する様子も伝えられた。
  • 1986年、元マネージャーの金子力(現所属事務所トマス・アンド・アグネス社長)と結婚し、カナダで長男を出産した。
  • 1987年、テレビ局などへ生後まもない長男を連れて行ったことを林真理子が批判した。これを端初にアグネス論争が起こる。「アグネス」が新語・流行語大賞大衆賞を受賞するほどの社会的論争となり、男女雇用機会均等法成立の時期ともあいまって、日本の働く母親、女性の立場を再考させるきっかけとなった。
  • 1988年飛鳥涼(現ASKA)作詞・作曲の歌「LIFE」でポニーキャニオンに移籍。
  • 1989年には、米国スタンフォード大学教育学部博士課程に留学、現地で次男を出産。
  • 1990年、留学の合間をぬって帰国、親子のペアファッション・ブランド、DEAR AGNESを発表。
  • 1991年、「幸せなのになぜ涙がでるのは」は7万部を越えるヒットとなった。
  • 1992年10月には、東京カザルスホールにて、20周年記念コンサートを行う。
  • 1994年東京大学とスタンフォード大学の卒業生の10年後の姿を調査し、日米両国の男女間格差の実態をまとめ、教育学博士号(Ph.D.)を取得した。この時の論文は『この道は丘へと続く』と題して2003年に日本でも翻訳出版されている。
  • 1994年目白大学の助教授に就任(2008年現在は客員教授)。国際コミュニケーション学を担当する。
  • 1996年、香港にて三男を出産。その後もエッセイスト、共栄大学客員教授として日本全国で講演を続けた。
  • 1998年、初代日本ユニセフ協会大使に就任(後述)。同年、タイの児童買春の現状を視察。帰国後、様々なマスコミを通してその現状を訴え、翌年の『児童買春・ポルノ禁止法』成立の原動力となった。
  • 1999年日本ユニセフ協会大使として、スーダンを視察。帰国後は、子供兵士の実態を報告。2000年には、東西ティモール、2001年には、フィリピンを視察し、紛争の犠牲になった子供たちの実態や児童労働問題を広くマスコミに訴えた。
  • 2000年には日本クラウンに移籍し、ロングヘアをやめてイメージチェンジして、「この身がちぎれるほどに」を歌うなど、ムード歌謡の分野で歌手活動に力を入れるようになった。
  • 2002年には小説『パーフェクト・カップル』、『銃弾の指輪』を出版し、作家活動も開始した。翌年には月刊『すばる』に短編小説の連載もしている。
  • 2003年終戦後のイラク2005年には、スーダンダルフール地方を訪問し、平和への思いを強くする。
  • 2005年にリリースした、初のセルフカバー曲『草原の輝き2005』はアサヒ飲料十六茶コマーシャルに使われた。9月に発売された『しあわせの花』は、手話を取り入れた振り付けで歌った。10月には広島大学の主宰する「ペスタロッチー教育賞」の14回目を受賞。
  • 2006年2月、ジャッキー・チェンとのデュエット曲を含む英語盤CD『 Forget Yourself』をアメリカで発売した。12月には日本デビュー35周年を記念するコンサートの第一弾が行われた。年末に香港で唾液腺腫瘍の摘出手術を受けるも、その後早くも年明けから芸能活動を行う。
  • 2007年
    • 「そこには幸せがもう生まれているから」など、平和をテーマに山本伸一作詞、自から作曲した3作のシングル(内1作は2008年発売)とアルバム、それに2作の著作を出した。また、日本各地で日本デビュー35周年のコンサートツアーが行われており、2008年までに「世界へ届け、平和への歌声」のコンサートを112回開催した。
    • 10月31日、北京人民大会堂で同会場初のポップス系の楽曲でチャリティーコンサートを行った。この前に初期の乳ガンが発見され、摘出手術を受けた。
    • 11月、民主音楽協会にコンサートツアーの実績が認められ、「民音文化賞」を受賞。
  • 2008年
    • 9月、(財)日本対がん協会「ほほえみ大使」に就任。自分の乳がん体験から、日本全国で催されている「リレー・フォー・ライフ」、「ピンクリボン運動」にも参加。
    • 12月、これまで続けて来た「歌で平和を」の活動が認められ、第50回日本レコード大賞特別賞を受賞。
  • 2009年 9月、ブログ「アグネスちゃんこ鍋」を開設。
  • 2010年
    • 2月、日本ユニセフ協会大使としてソマリアの現状を視察するため、ソマリア北部ハルゲイサを訪問。危険に遭遇した場合に備え、これまでで三度目となる遺書を記した[5]。ソマリアの北部はソマリランドとして事実上独立しており、外務省ではソマリア内戦が続く中にあって比較的安定している地域としながらも、ソマリア全土に最高の危険度を指定している[6]
    • 3月、日本武道館民主音楽協会主催によるコンサートを32年ぶりに行い、ヒット曲のメドレーなど懐かしい曲を披露し、2月に視察を行ったソマリアの子どもたちへの思いを込めて作詞作曲した「小さな祈り」[7]も披露した。
    • 4月、AICニュージーランド校AICJ中学校・高等学校姉妹校)の学園長に就任。
    • 10月、初のプロデュース活動として、ローラ・チャンを「ひなげしの花」でデビューさせる旨を発表。
    • 10月27日「ユニセフ新戦略=僻地の子を最優先に」(読売ホール)にてソマリアの視察報告を行い、今後の人道支援のあり方をテーマにシンポジウムを行う。
    • 11月、デビュー曲のアンサーソング「あの丘で」をリリース。
  • 2011年
  • 2012年
    • 日本対がん協会主催、リレー・フォー・ライフ横浜in山下公園実行委員長に就任
    • 4月にユニセフミッションでブータン王国を訪ね、「幸せの国」の子供達の現状を視察、テレビ、新聞、雑誌で現状を報告した。
    • 11月にパレスチナをユニセフミッションで訪問。パレスチナとイスラエル問題で揺れる子供達の生活を視察し、広く国内で報告を行った。
    • 日本デビュー40周年の記念曲「午後の通り雨」、CDボックス『Always Agnes 〜アグネス・チャン・ワーナー・イヤーズ・コレクション 1972-1978〜』が発売された。
  • 2013年
    • 4月にナイジェリアをユニセフミッションで訪ね。貧富の差で苦しむ子供達の現状を視察。マスコミに広く報告中。

活動[編集]

日本ユニセフ協会大使[編集]

2010年2月25日在日本アメリカ合衆国大使ジョン・ルース(左から1人目)、大使夫人スーザン・ルース(左から2人目)、日本ユニセフ協会専務速水研(右から1人目)と

1998年、アグネスは日本ユニセフ協会大使に就任した(日本ユニセフは特例財団法人(民間団体)。 日本ユニセフ協会はユニセフへの承認協力団体である。 就任後、これまでにタイ南スーダン、東西ティモール、フィリピンカンボジアイラクスーダンレソトモルドバインド中国ブルキナファソソマリアブータンイスラエルを公式訪問し、現地で目にした子どもたちの窮状を広く伝えるほか、『わたしが愛する日本』などの著作で、日本の平和を目指す提言を行っている。

なお、「日本ユニセフ協会大使」は「財団法人日本ユニセフ協会」が任命する称号である。それに対して、黒柳徹子オードリー・ヘプバーンらが務める「ユニセフ親善大使」は「国際連合児童基金」(UNICEF)が任命する称号である。両者は全く別の称号であり、混同しないよう留意が必要である。

ただ、アグネス本人は「私が九八年にユニセフの大使になった」[10]、「私が大使に誘われたとき、ユニセフから『私たちは一番弱い子供の声になりたいの。だから、一緒にやってくれませんか』と言われた」[11]と語っている。

児童ポルノ批判[編集]

アグネスは、児童ポルノの被害者を実際にタイ、カンボジア、フィリピンの現状を見て、児童ポルノに関して厳しい立場をとっている。2008年3月11日には森山眞弓元法務大臣と共に、「児童ポルノの単純所持禁止」という声明を発表。政府、国会に意見を求めている。NHKの番組『視点・論点』に出演した際にも、「私は子供たちの人権を守りたい」「表現の自由を守りたい」と語り、日本も既に法制化を実現している先進諸国と足並みを揃えるべきではないかと提言している。

エピソード[編集]

  • 日本語が喋れなかったデビュー当時、事務所が用意する食事は彼女が「中国系だから」と毎回のように中華丼だったが、今は嫌いな食べ物だという。尚当時好きな食べ物は焼き鳥だった。また来日直後、日比谷公園にいるを見ては「ころころ太っていて凄くおいしそうだった」「どうして沢山のハトが放し飼いされてるのかとても不思議」と思っていたらしい。
  • 徹子の部屋にゲスト出演した際に『上海出身者を信用してはいけない、彼らと付き合う時には充分注意しろ』が父の口癖だったというエピソードを番組内で明かしていた。
  • アメリカンスクールに通っていた頃、英語が堪能だった先輩の南沙織とは仲が良く、彼女の引退直前にはインタビューもされている。
  • 彼女の父の口癖は「迷ったら、一番険しい道を選びなさい」「裏切られたひとの幸せを祈りなさい」だった。
  • 1976年に芸能活動を休止し、トロント大学に留学したのは父の勧めであったという。しかし彼女の父は翌1977年に他界し、大学を卒業する姿を見せることはできなかった。
  • 助教授をつとめた目白大学の教え子に猫ひろしがいる。
  • 2007年10月の北京でのチャリティコンサートは、9月開催の予定が延期となり、その時に空いたスケジュールで受けた検査で乳ガンが発見された。10月に摘出手術を受けて無事成功し、わずか1週間で芸能活動を再開している。
  • 2007年に発表した平和をテーマにした曲の第一弾は、自らピアノを弾きながら詞にメロディーをつけた「そこには幸せがもう生まれているから」[12]。続く「ピースフルワールド」、「朗らかに」をリリース。いずれもアグネスが作詞しており、「みんな地球に生きるひと」など、平和をテーマにしたこの三曲のカップリング曲はすべて彼女の詞である。
  • 1985年には広尾に自宅を購入。リビング・ルームは事務所の会議室も兼ねるため、人が集まる「運命の場所」だという考えから、風水を取り入れて広めに設計した。
  • 家庭では子供たちが納得するまで最長8時間説教したことが学びの場.comで公表されている[13]
  • 2012年9月25日に放送された『なかよしテレビ』(フジ系)にて「中国は反日教育(=愛国心教育)はしてないんです。あのね、反日教育はしてない。歴史を教えてるだけです」「中国が教えてる歴史も韓国が教えてる歴史も、アメリカで私が学んだ中国とアジアの歴史も一緒なんです。日本の歴史だけが違うんです」と持論を述べている。上記のように日本に対しては批判的であるが、中国に対してはウイグルチベットに関する政策を含め、一切批判的な言説を公開していない。
  • 乳がんの薬の副作用で増えた体重を抑えるために、「エア縄跳び」を始めて、テレビで取り上げられ、話題になった。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

  • (1971 CIRCLE GAME(香港デビュー盤))
  1. ひなげしの花 (日本デビュー盤) (1972.11.25)
    (c/w) 初恋
  2. 妖精の詩 (1973.04.10)
    (c/w) いじわる雨の日曜日
  3. 草原の輝き (1973.07.25)
    (c/w) 山鳩
  4. 小さな恋の物語  (1973.10.25) (週間売り上げ1位を獲得)
    (c/w) ふたりの牧場
  5. 星に願いを (1974.02.25)
    (c/w) わたしの日曜日
  6. ポケットいっぱいの秘密 (1974.06.10)
    (c/w) しあわせの白い砂
  7. 美しい朝がきます (1974.09.10)
    (c/w) わたしのペンフレンド
  8. 愛の迷い子 (1974.12.21)
    (c/w) まごころ
    • (1974 燕飛翔(台湾盤))
  9. 恋人たちの午後 (1975.03.25)
    (c/w) ほほえみ
  10. はだしの冒険 (1975.06.10)
    (c/w) 心のとびら
  11. 白いくつ下は似合わない (1975.08.25)
    (c/w) 愛を告げて
  12. 冬の日の帰り道 (1975.12.10) 
    (c/w) ハロー・グッドバイ (同曲は後に柏原よしえ(現・芳恵)が1981年「ハロー・グッバイ」としてカバーし大ヒット)
  13. 恋のシーソー・ゲーム (1976.04.10)
    (c/w) 小さなアンブレラ
  14. 夢をください (1976.08.10)
    (c/w) 愛はメッセージ
  15. 心に翼をください (1977.04.25)
    (c/w) いつまでも変わらずに
  16. 少し待ってて (1977.08.25)
    (c/w) 頬に青い風
  17. 花のささやき (1977.11.25)  (原曲「In un fiore」イタリアの「Wilma Goich」のカバー)
    (c/w) 雨の月曜日
  18. アゲイン (1978.08.25)(同年10月にA・B面入れ替え盤リリース)
    (c/w) グット・ナイト・ミス・ロンリー
  19. やさしさ知らず (1978.11.25)
    (c/w) 3つの銅貨
  20. 鏡の中の私 (Through the Looking Glass) (1979.03.30)
    (c/w) アイム・ロスト
  21. 100万人のジャバーウォーキー (Jabberwocky)  (1979.07.25)
    (c/w) 風まかせ・愛まかせ
  22. 春不遠(はるとおからじ) (1979.11.25)
    (c/w) 言葉が消えた
  23. ぼくの海 (1980.04.25)
    (c/w) CHILDREN OF THE SEA
  24. シャイン・オン・ミー (SHINE ON ME) (1980.10.21)
    (c/w) サムワン・トゥ・ラブ
  25. 原野牧歌 (1981.03.30)
    (c/w) 原野牧歌(中国語)
  26. 愛の呪文 (1981.08.21)
    (c/w) 絹の娘
  27. 24時間のララバイ (1982.06.21)
    (c/w) I Believe In Love
  28. 小さな質問 (1983.03.30)
    (c/w) 時の河
  29. Lady of The Wind (1983.12.16)
    (c/w) 人はなぜ
  30. 愛のハーモニー (1984.11.25)
    (c/w) スノー・フレイク
  31. 帰って来たつばめ (1985.06.25)
    (c/w) 手のひらの愛
  32. 愛がみつかりそう (1985.10.25)
    (c/w) Somebody’s Crying
  33. Thanks マイ・フレンド (1986.05.25)
    (c/w) Thanks My Friend
  34. LIFE (1988.08.31 )
    (c/w) 可愛いキミ
    • (1989 漓江曲(香港盤))
  35. 好きになってもいいですか (1992.09.18)
    (c/w) I’d Give My Life For You/命をあげよう
  36. 鳥の幸せ (1994.07.01) (第48回愛鳥週間「全国野鳥保護のつどい」テーマソング)
  37. この身がちぎれるほどに ~Lovin'you is killin'me (2000.06.21)
    (c/w) 悲しみの誕生
  38. 忘れないで -time to say goodbye- (2001.04.25)
    (c/w) beleive~永遠の輪廻~/忘也忘不了 「忘れないで」チャイニーズヴァージョン
  39. 私小説 -my love story- (2001.09.21)
    (c/w) 想い出が多すぎて-Lost Memory-
  40. 香港国際空港(CHEK LAP KOK空港) (2002.07.21)
    (c/w) 夕焼け
  41. 愛のゆくえに ~fallin’love~ (2003.04.23)
    (c/w) 触れずの恋
  42. 心の旅人 (2003.10.22)
    (c/w) 能登の夕陽に染められて
  43. 2番目のしあわせ (2004.03.29)
    (c/w) 愛は奇跡のように
  44. 草原の輝き2005 (2005.04.01 )
    (c/w) ポケットいっぱいの秘密2005 
  45. しあわせの花 (2005.09.21)
    (c/w) 息
  46. そこには幸せがもう生まれているから (2007.03.07)
    (c/w) みんな地球に生きる人
  47. ピースフル ワールド -Peaceful World- (2007.08.03)
    (c/w) 七つの海に橋をかけよう
  48. 朗らかに ~シングルバージョン~ (2008.03.05)
    (c/w) マザーの愛しかた
  49. この良き日に (2008.09.03)
    (c/w) 一人にはしないから 
  50. あなたの忘れ物 (2009.09.02)
    (c/w) あなたの言葉
  51. あの丘で (2010.11.03)
    (c/w) 僕らには翼がある~大空へ~
  52. 午後の通り雨 (2012.8.08)
    (c/w) 変わらない君に乾杯

アルバム[編集]

  • 1971年、Will the circle game be unbroken
  • 1972年、ORIGINAL (1) 、ひなげしの花、With Love from Agnes、All I Want For Christmas Is My Two Front Teeth
  • 1973年、花のように、星のように、草原の輝き、FLOWER CONCERT
  • 1974年、アグネスの小さな日記、あなたとわたしのコンサート、燕飛翔
  • 1975年、あなたにありがとう、小さな恋のおはなし、ファミリー・コンサート、はじめまして青春、Loving Songs、我在戀愛
  • 1976年、Mei Mei いつでも夢を、また逢う日まで、愛人那裡去尋找、AGNES CHAN、愛のメモリアル
  • 1977年、How are you? お元気ですか、私の恋人、カナダより愛をこめて
  • 1978年、Happy Again、ヨーイドン
  • 1979年、AGNES IN WONDERLAND 不思議の国のアグネス、ABC AGNES、雨中康乃馨、美しい日々
  • 1980年、MESSAGE、晨星・情劫・流浪客・問我是誰、歸來的燕子(『台灣旅日紅星2枚組』の内1枚として2002年にCD化)
  • 1981年、Love Me Little Love Me Long、愛的咒語、痴戀・忘憂草
  • 1982年、漓江曲、HALF TIME・Cristmas Song Medley
  • 1983年、小さな質問、Girl Friends、願你繼續醉
  • 1985年、愛的Harmony、愛が見つかりそう CITY ROMANCE
  • 1990年、ディア・アグネス・カーペンターズ・コレクション
  • 1992年、世界の童謡子守唄全集I〜V
  • 1997年、陳美齡精選
  • 1999年、世界の子守唄童謡名曲集
  • 2000年、アグネスのたのしいどうよう、アグネスのえいごのうた、Melancholy、LOVE PEACE&FREEDOM
  • 2001年、私小説-My Love Story-
  • 2002年、アグネス・チャン CD-BOX
  • 2005年、Lost & Found-私のもとへ-
  • 2006年、Forget Yourself(アメリカ限定発売。DVD付き)
  • 2007年、世界へとどけ平和への歌声-ピースフルワールド-
  • 2012年、Always Agnes 〜アグネス・チャン・ワーナー・イヤーズ・コレクション 1972-1978〜

映像作品[編集]

  • 1975年、東宝映画 アグネスからの贈りもの
  • 1997年、歌の妖精 Vol.5(アグネス・チャン、テレサ・テン欧陽菲菲
  • 2001年、アグネス・チャンコンサート2000 リ・インカーネーション〜再会〜
  • 2007年、アグネス・チャン35周年記念コンサート〜世界へとどけ平和への歌声!〜TALK & LIVE

他に、本人出演のカラオケDVD、カラオケLD、カラオケVCDがいくつかある。

みんなのうた[編集]

  • 1983年 ロバちょっとすねた
  • 1987年 神父さんのパイプオルガン

主要著作[編集]

  • 1974年、小さな恋のおはなし(ワールドレジャー)
  • 1975年、小さな恋のおはなしPARTⅡ(ワールドレジャー)
  • 1976年、小さな恋のおはなしPARTⅢ、また逢う日まで(ペップ出版)
  • 1977年、鈴木武樹とアグネス・チャンの英語の時間です(サンリオ)、お元気ですかLOVE LETTER from AGNES CHAN(ペップ出版)
  • 1978年、ハッピー・アゲイン(二見書房)
  • 1979年、不思議の国のアグネス(六興出版)
  • 1980年、HAPPY ENGLISH~英語は目で覚えよう(集英社)
  • 1983年、アグネス・マイ・中華(誠文堂新光社)
  • 1984年、ひなげし語録(現代出版)
  • 1985年、アグネスの香港指南(講談社)、歌で平和を…。-帰ってきたつばめ-(徳間ジャパン)、E.T.2緑の惑星ストーリーブック(CBS・ソニー出版)、ひなげし語録2 愛が見つかりそう(現代出版)
  • 1986年、不思議の国のアグネス<文庫>(河出書房新社)、
  • 1987年、私の赤チャンネル(フジテレビ出版)、みんな地球に生きるひと(岩波書店)、ひなげし語録<文庫>(三笠書房)、アグネスの中国家庭料理入門(講談社)、アグネス・チャンと世界を語ろう(三修社)
  • 1988年、アグネスの命がいっぱい(小学館)、アグネスのLOVE JAPAN(南雲堂)、"子連れ出勤"を考える(岩波書店)
  • 1989年、アグネスの体験的国際交流論(日本放送出版協会)、愛、抱きしめて(現代書林)、COSMO READINGS 心をこめて アグネス(南雲堂)、ツバメの来た道(中央公論社)、アグネスの香港指南<文庫>(講談社)
  • 1990年、アジアのことが気にならないあなたに(共著)(めこん)、ごめんなさいがいえなくて(産研)
  • 1991年、幸せなのになぜ涙がでるの(労働旬報社)
  • 1992年、スタンフォードの朝(日本文芸社)
  • 1993年、不思議の国のOLたち(にっかん書房)、A TALK WITH AGNES CHAN(南雲堂)、新しい女(読売新聞社)
  • 1994年、ママ、博士にならなくてもいいよ(朝日新聞社)、お母さんの子育て心理学(労働旬報社)
  • 1995年、大人だって泣いていい(小学館)、Dr.アグネスのポジティブ育児(立風書房)
  • 1996年、アグネスのおやつですよ(主婦と生活社)、みんな地球に生きるひとPart2(岩波書店)、KEEP ON SMILING(南雲堂)、いじめない いじめられない いじめさせない(労働旬報社)、かわうそオリバーとゆかいななかま1~4(訳)(Gakken)
  • 1997年、アグネスの 旅 香港指南(扶桑社)、アグネスの英語で世界を考える(筑摩書房)、白い靴下はもう似合わない(実業之日本社)
  • 1998年、タギーへの手紙(訳)(佼成出版社)、アグネスのナチュラル薬膳-きれいになるレシピ35(新声社)、ねがいをのぼる太陽に(訳)(日本航空文化事業センター)
  • 1999年、アグネスが教える とっさのひとこと 中国語(ロングセラーズ)、THE ROAD WONGS UPHILL ALL THE WAY(The MIT Press)、木からのおくりもの(学習研究社)、アグネスのファミリー・フィッシング入門(ラジオ短波出版)、みんな未来に生きるひと(旬報社)
  • 2000年、アグネスの「子育てはTWO WAY」(佼成出版社)
  • 2001年、ねことねずみ(訳)(講談社)、アグネスのポジティブ育児(成美堂出版)
  • 2002年、パーフェクト・カップル(幻冬舎)、銃弾の指輪(幻冬舎)、アグネス・チャンのやさしい中国料理(ブティック社)
  • 2003年、戦争と平和 そして子どもたちは…(オリコン・エンタテインメント)、この道は丘へと続く~The Road Winds Uphill All The Way(共著)(株式会社共同通信社)
  • 2004年、わたしの先生(岩波ジュニア文庫)、アグネスの世界に乾杯!(東京ニュース通信社)、わたしが愛する日本(かもがわ出版)、小さな命からの伝言(新日本出版社)
  • 2005年、「結婚生活」って何?(共著)(講談社)
  • 2006年、アグネス流エイジング薬膳デトックス(家の光協会)、花とカラーの誕生日メッセージ(共著)(EH春潮社)
  • 2007年、みんな地球に生きるひとPart3(岩波書店)、わたしの失敗Ⅱ(共著)(文藝春秋)、しあわせを見つける マザー・テレサ26の愛の言葉(主婦と生活社)、家族ってなんだろう(共著)(佼成出版社)、差別のない世界を作る(国際社会のルール3)(旬報社)、アグネス・チャンの命を育むスープ(主婦の友社)
  • 2008年、アグネスのはじめての子育て(近代映画社)、そこには幸せがもう生まれているから(潮出版社)、東京タワーがピンクに染まった日(現代人文社)
  • 2009年、楽しい中国語(ロングセラーズ)
  • 2013年、ブータン 幸せの国の子どもたち(東京書籍)

出演[編集]

現在のレギュラー番組[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

  • アグネスのサニーサイドUP!(岐阜放送ラジオほか、日曜09:00 - 09:15ほか)

過去のレギュラー番組[編集]

テレビ[編集]

準レギュラー[編集]

ラジオ[編集]

インターネット番組[編集]

ドラマ[編集]

CM[編集]

テレビCM[編集]

CMソングのみ[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ アグネス・チャンさん、マザー・テレサの本を出版 2007年09月24日13時40分 asahi.com
  2. ^ アグネス・チャン プロフィール
  3. ^ 日本ユニセフ協会
  4. ^ 日本対がん協会
  5. ^ “アグネス残す3度目の遺書…ユニセフ大使ソマリア出発”. スポーツ報知. (2010年2月16日) 
  6. ^ 海外安全ホームページ”. 外務省. 2010年11月8日閲覧。
  7. ^ “日本ユニセフ協会からのお知らせ” 
  8. ^ アグネス・チャンが1000万円寄付 2011年3月19日『日刊スポーツ』
  9. ^ 中村雅俊感動鞠躬謝港人 2011年4月3日『星島日報』
  10. ^ 柴口育子構成「阿川佐和子のこの人に会いたい――10月1日に乳がんの手術をして、10日のコンサートから復帰しました」『週刊文春』49巻43号、文藝春秋2007年11月8日、135頁。
  11. ^ 柴口育子構成「阿川佐和子のこの人に会いたい――10月1日に乳がんの手術をして、10日のコンサートから復帰しました」『週刊文春』49巻43号、文藝春秋2007年11月8日、136頁。
  12. ^ Forum21 2008-1-1 信濃町探偵団―創価学会最新動向
  13. ^ アグネス・チャン 教育学博士、そして母として語る〜子どもは自信を持てば、どんどん伸びていきます。」 内田洋行 教育総合研究所、2009年3月4日。
  14. ^ アグネス大学公式サイト
  15. ^ アグネス・チャンと天地真理をモデルにしたフィギュアが発売されていた。このほかにも同世代のアイドルをモデルにしたフィギュアなども発売されている。

関連文献[編集]

  • アグネス・チャン、チャック・ウイルソンピーター・バラカン「日本の若い奴らに礼儀教えます」『文藝春秋』62巻10号、1984年9月、460-467頁。
  • アグネス・チャン、梁泰昊「国籍は、どうってことないの」『世界』480号、1985年10月、209-222頁。
  • 大和田滝恵「これが『新大学改革か』――アグネス・チャンを客員講師にした信州大経済学部教官公募の内幕」『朝日ジャーナル』28巻9号、1986年3月7日、11-15頁。
  • アグネス・チャン「アグネス・バッシングなんかに負けない」『中央公論』102巻12号、1987年10月、244-251頁。
  • 竹内好美「林真理子のアグネス・チャン批判――『会社に託児所』を要求しない働く女性の論理」『朝日ジャーナル』30巻21号、1988年5月27日、84-86頁。
  • 「連載 親子のカタチ 88」『週刊朝日』2008年3/21、65-69頁。
  • 「即興政治論 希望の窓を開かせよう」『東京新聞』2008年4月15日。
  • 「アグネス子連れ論争から20年」『AERA』2008年5/26、18-19頁。
  • 「安藤優子の 私の人生の師匠たち」第15回『marisol』2008年、175-179頁。
  • 「更年期のクスリ」『STORY』2008年9月、275-277頁。
  • 「ピンクリボン特集2008」『AERA』2008年10/6。
  • 「沁みる歌ひとつ『この良き日に』」『ミュージックスター』vol.216、2008年11月、14-15頁。
  • 「乳がん体験を語る」『読売新聞』2009年1月19日。
  • 「ほほえみ大使として」『ザ・パーム』2009年春号、18-22頁。
  • 「アグネスのブルキナファソ報告」共同通信配信 地方紙各紙(『信濃毎日新聞』2009年5月11日)。
  • 「Burkina Faso: Mining for a better life」『THE JAPAN TIMES』2009年6月30日。
  • 「一歩ずつ世界平和に励む」『毎日新聞』2009年10月14日。
  • 「失敗も楽しめる余裕が持てるようになりました」PHP『ほんとうの時代』2010年3月号、28-30頁。
  • 「悩んだとき、支えにしている父のことば」学研『心に響くあの人のことば』No.2、2010年2月、4-7頁。
  • 「アグネスのソマリア報告」共同通信配信 地方紙各紙(『高知新聞』2010年3月24日)。
  • 「ソマリア現地視察レポート」『週刊女性』2010年3/30号、154-155頁。
  • 「書きかけの履歴書25」光文社『HERS』2010年4月号、113-117頁。
  • 「水の惑星に生まれて~美しい海と森について~」-アグネス・チャン客員研究員講演会の報告-『農林水産政策研究だより』VOL.25。
  • 「ソマリア報告 過酷な状況に生きる子どもと女性たち」サンパウロ『家庭の友』2010年6月号、2-9頁。
  • 「STAGEシアター③ アグネス・チャン in 武道館」『月刊歌謡アリーナ』2010年6月号、14頁。
  • 「A glimmer of hope in war-ravaged Somalia」『THE JAPAN TIMES』2010年6月17日。
  • 「今も生き続けるマザー・テレサの愛」『家庭の友』2010年8月号、2-9頁。
  • 「ソマリア視察報告」『UNICEF NEWS』2010年、Vol.226、1-3頁。
  • 「期待される報道の役割」『メディア展望』第587号、2010年12月、1-5頁。
  • 「読者の夢インタビュー」『読売新聞』2012年3月8日。
  • 「ゆるがぬこころ」曹洞宗宗務庁『禅の風』第36号、2011年、33頁。
  • 「スペシャルインタビュー」読売新聞『病院の実力』、2011年、19-21頁。
  • 「明日をひらく③ もっと生きたい」『中学道徳』中学校第3学年用、2012年、154-159頁。
  • 「人生に乾杯!」『週間朝日』増大号/2012年2月10日、59-63頁。
  • 「ブータン王国視察レポート」『Asahi Weekly』June 17,2012、14頁。
  • 「アグネス・チャンが見た ブータンの幸せ」『家の光』2012年9月号、18-21頁。
  • 「アグネス訪問記(上) ブータンの子どもたち」共同通信配信 地方紙各紙(『信濃毎日新聞』2012年8月31日)。
  • 「ひと」『朝日新聞』2012年9月12日。
  • 「緊急座談会 あなたはいじめ問題にどう向き合う?」『教職課程』Vol.38、2012年10月号、108-113頁。
  • 「イスラエルの「封鎖」が子どもたちを苦しめている」『自然と人間』Vol.198、2012年12月号、9-11頁。
  • 「新春対談 互いに支えあう社会を目指して」『日本医師会雑誌』第141巻・第10号/2013年1月号、2131-2144頁。
  • 「笑顔の世界へ」『第三文明』No.641、2013年5月号、92頁 他。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]