岡田圭右

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岡田 圭右
本名 岡田 圭右
生年月日 1968年11月17日(45歳)
出身地 大阪府大阪市
血液型 O型
身長 176cm
方言 関西弁共通語
最終学歴 大阪外語専門学校
出身 松竹芸能タレント養成所
コンビ名 ますだおかだ
相方 増田英彦
芸風 漫才コント
立ち位置
事務所 松竹芸能
活動時期 1994年 -
同期 ペナルティアンジャッシュ
現在の代表番組 ヴァンガ道
PON!など
過去の代表番組 ラジかる!!
ラジかるッ
おもいッきりイイ!!テレビ
クイズ!ヘキサゴンII
おもいッきりDON!
おもいッきりPON!など
作品 『無欲 〜岡田がおかだである理由〜』(あさ出版)
配偶者 上嶋祐佳
親族 岡田結実(娘)
受賞歴
M-1グランプリ 2代目グランプリ

岡田 圭右(おかだ けいすけ、1968年11月17日 - )は、日本漫才師お笑いタレントますだおかだツッコミ担当だが、一発ギャグでボケることもある。相方は増田英彦

大阪府大阪市中央区松屋町出身。松竹芸能所属。血液型O型。身長176cm。

経歴[編集]

  • 大阪市立中大江小学校大阪市立東中学校大阪府立港高等学校関西外国語大学短期大学部英米語学科、大阪外語専門学校卒業。
  • 1993年増田の説得に応じコンビ結成し松竹芸能養成所に入学。事務所の同期にはオセロがいる。吉本興業では大阪NSC12期生と同期にあたる。
    • 関西外国語大学短期大学部在学中に二人が出会い、増田がコンビ結成を持ちかけた。増田が関西外大の4回生の時、岡田と学園祭でコンビ復活。二人の活躍(岡田は在校生ではなかった)で学園祭が盛り上がり、松竹芸能にスカウトされるも、プロデビューはそこからまた1年後。結局、増田は、プロ入りに際して、岡田を3年半かけて説得したことになる。
    • 文具メーカークツワで、一年間サラリーマン生活を送ったことがある。英検2級、秘書の資格を有している。
  • 1995年11月17日(27歳の自分の誕生日)に元同期のお笑いコンビの「-4℃」の上嶋祐佳と結婚。

芸風[編集]

  • 昭和の芸人」と呼ばれるように、「古い」(ツッコミが単語、大声、オーバーアクションなど)芸を使う。漫才ではツッコミ担当だが、時々笑いを取ろうと一発ギャグをする。が、いつも空回りで滑る(それを増田が放置して笑いを取る、などのパターンにつなげる)。ただし本人は、スベるのも芸風(すべり芸)だと言い、ボケの増田英彦もあえて滑るツッコミをさせるネタもある。
  • 増田からは、漫才中によく「いらんことを言うな」と突っ込まれ、「絶叫マシーン」とも称されている[1]
  • 現在のスベリキャラは、増田と「松竹芸人の偉いさん」で考えた。「それに乗っかって自分のものにした」と増田は語っている。
  • フリートークなどでの「アドリブ」「落とし」などは弱く、スベることが多い。バラエティ番組ではすべり芸人に数えられるが、漫才のツッコミとしての実力自体はかなり高い。
  • アメトーークでは出川哲朗に「岡田はすべり芸の天才」と評された。中井正広のブラックバラエティの「すべり芸人」で(野球に例えて)スタメンを組むという企画で、「確実にスベる」と絶賛され一番打者に選ばた。
  • クイズ!ヘキサゴンIIでは、岡田がトーク中にギャグを挟み見事なスベリをしたために、2秒ほど時間が止まったかのような沈黙を作り上げた。司会者の島田紳助から「普通は雑談でざわざわなるもんやけど、見事やわ。お前凄いわ、時間を止めるようなスベリはなかなかできるもんやない」と絶賛された。
  • 端正な顔立ちをしているイケメン芸人と称されることもあるが、イケメン扱いされることはほとんどなく、いじられキャラとなっている。一般的にも、今や「面白くない方」「寒い方」と言われており、イケメン芸人としての注目は皆無になっている。が「アメトーーク」のハンサム芸人のくくりに出演していた。
  • 主なギャグは「パァ」「パカッ」「閉店ガラガラ」「出た!」「ウワオ!」「コラー」「バカー」「アータ」「アータネー」「チリンチリ~ン自転車のベルの音)」「卓球の音」「ハンドスコープ」「ピョン」。2006年からは「パァ」を「パカッ」に変えると「笑いの金メダル」で発表したが、実際は「パァ」のままである。ピンの時は「もしもサイが~だったら」という「サイネタ」や、「もしもシカが~だったら」という「シカネタ」を披露する。また、ギャグの中には岡田の母が使っていたものも含まれている(増田曰く)。「閉店ガラガラ」はもともと、駄菓子屋をやっていた岡田の母の口癖からである[2]くりぃむナントカでは「せやな…」というギャグも作った(下記詳細)。2008年は子年という事で「チュー」(手を顔の前で交差させて指を三本立て、ヒゲを表現しつつ奇声をあげる)というギャグを作るが、「パァ」以上に滑ることが多い。しかし、ひとつ500円で買い取らせていただきますの曲中や、その他子年以外の時にも使われる事が多いなど、干支に関するギャグの中では最も優遇されているギャグでもある。丑年にちなんだギャグ「モォー」も披露したが、スザンヌの妹のマーガリンに真似されたため、別バージョン「ギュー」を披露している
  • 漫才中には、増田からモノマネをよく振られ、ラジオでは野村克也中村勝広竹村健一のモノマネをふられることが多い。
  • 2003年12月『ウンナンのホントコ!』収録中に、バナナの皮に滑って転んで腕を骨折した。それを鉄拳の紙芝居ネタにされている。岡田扇風機は、鉄拳の紙芝居ネタから生まれた。
  • パーソナリティーを務めていたオールナイトニッポンでは、ケチな性格をネタにされていた。
  • 『くりぃむナントカ』(テレビ朝日)では、「せやな芸人」の異名を持つ。岡田が企画や罰ゲームにダメだしすると、有田哲平から「スタッフも一生懸命考えてるんですよ」と説得され、スタッフを見回し長い沈黙の後「せやな…」と捨てゼリフをはき納得する時間はかかるがすべり知らずのギャグ。本人も新しいギャグが開拓されたと思い、他の番組でも使おうとしたところ、誰も岡田を待ってくれず「せやな…」の言葉を吐けずに終わるため、『くりぃむナントカ』限定の持ちギャグになっている。しかし、『くりぃむナントカ』でも最近では有田も待ってくれず封印されつつあった中で、番組も終了してしまい、お蔵入りとなった。しかし、特番で復活した際、壮絶に滑った後に「ここは切り取り撮影で…」と言ったところ、それが非常にウケて、以後くりぃむナントカSPで頻繁に使っている。また、N-1グランプリでの「苦言を呈する」というキャラも定番化している。

エピソード[編集]

  • 温厚な性格で、声を荒げたり怒鳴ったことはほとんどないという。
  • 子供の頃から走り屋に憧れ、最初の愛車である日産・180SXを手に入れる。阪神高速環状線が良く見えるホテルでアルバイトをしていた際には、休憩時間になるとビルの上からギャラリーをしていたという[出典 1]
  • 座右の銘は「無欲」。このテーマで『無欲~岡田がおかだである理由~』も上梓している。『アッコにおまかせ』で準レギュラーを務める中でこの話をしたところ、和田アキ子から「無欲じゃなくて強欲だろっ!」と突っ込まれ、本番中には「モニターチェックしすぎ!」「カッコつけすぎ」とまで注意された。
  • 父親は、かつて大阪市中央区にて豆腐屋を経営していた。バブル期を境に賃貸ビルに改築、駄菓子屋も経営していた。
  • 野球好きである。特に、阪急時代からのオリックス・バファローズ(旧・オリックス・ブルーウェーブ)の熱狂的なファンであり、オリックス・ブルーウェーブに所属していたイチローとも仲が良い。ちなみに、「鈴木一朗」時代のイチローから使用済みバットを貰ったが、当時担当していたラジオ番組で聴取者プレゼントにしてしまったことを未だに悔やんでいる。オリックスブルーウェーブと近鉄バファローズが合併する際、否定的な意見を述べる両チームのファンが多い中で「阪急からオリックスになった時でも応援する気持ちは変わらなかった。合併しようが、チーム名が『バファローズ』になろうが(応援する)気持ちは変わらない」とコメントを寄せていた。松竹芸能の先輩、森脇健児ホークスの熱狂的なファンであるため、スポーツ番組などの「パ・リーグ球団ファン座談会」などの企画に揃って出演することが多い。
  • 小学生の頃リトルリーグで、当時ピッチャーだった清原和博と対戦したことがある。結果は三振スリーバント失敗)だった。
  • 中学生の頃、仲間と3人で笑福亭鶴瓶宅のピンポンダッシュをするイタズラをしていた。仲間は捕まり、岡田だけは逃げ遂せたが、約20年後に、逃げた少年が岡田だったことはすでに把握していると鶴瓶自身に公表された[3]
  • 短大から附属の大学の3回生へ編入するための試験でカンニングするも試験監督に見つかり、全教科の試験を無効扱いとされる。短大卒業後は専門学校に進学する[4]
  • 家族構成は妻、息子、娘。妻は1990年代に「-4℃」というコンビで活動していた元漫才師の上嶋祐佳2006年10月14日の「めちゃイケ」では「エロい嫁」としてイジられていた)。その相方だった松本美香は、現在も松竹芸能に所属し、芸能活動をしている。娘はモデルやタレントとして活動している岡田結実[5]
  • 黒柳徹子司会のテレビ朝日系『徹子の部屋』のようなトーク番組(タイトルは『岡田の部屋』)の司会をすること」が目標だと明かしたが、司会の島田紳助に「CSでも無理や」と返された[6]
  • 爆笑オンエアバトルで満点を取ったときに545KBが満点と知らず、増田をみて「何こいつは喜んでんねん」とツッコミを入れたことがある。
  • ドラマ「ディビジョン1 ステージ7『東京ミチカ』 」で、木村多江とキスシーンを演じたことがある。妻にそのシーンを見られたくなかったために、ドラマが放送される時間に外食に誘い出したという[7]
  • テレビ朝日系『笑いの金メダル』では、パペットマペットとのスペシャルコンビ「パペットマペットオカペット」を数回披露している。
  • 全日本プロレスファン。
  • 松竹芸能の後輩であるアメリカザリガニ柳原哲也Over Drive石野敦士と、毎月トークライブを敢行している。
  • M-1優勝後のシャンパンファイトで衣装が汚れたために、獲得賞金でその当時の衣装を買い取った。また、残額は両親や妻へプレゼントし、妻はそのお金でホクロを取った。そして現在、その取ったホクロを岡田が大事に保管しているとのこと。
  • 以前までは同期の松嶋尚美[8]と共に喫煙者であったが、2002年ポリープ手術を受け、以降は禁煙トレーニングを行い、同年12月31日付で卒煙した。翌年以降は非喫煙者である。
  • 相方の増田とヘキサゴンファミリーユニットであるスベラーズメンバー全員下戸である。辛うじて飲めるのはビール。缶ビール1本程度の量が限界である。また、それ以外の酒類は苦手。
  • 初体験は18歳と、オールナイトニッポンで明らかになった。
  • ボウリングが好きであり得意としている。2007年元日にフジテレビ系で放送された、お笑いチャンピオンボウリング新春初投げスペシャルで見事チームを優勝に導き、自身はMVPを受賞した。
  • 歌唱力は低い。「AIR BAND」では、ミックスダウンの際に歌声をいじっていると、つるのと野久保の2人に暴露されている[9]
  • ファッションセンスが良いと評されることがある。長女がモデルをしていることもあり、あまり野暮な格好はしないようにと気をつけており、妻や娘からのアドバイスも受けて、流行を取り入れたりしている。また、相方の増田がアクセサリーが苦手なのに対し、岡田は仕事ではTPOに応じていながらも、プライベートでは結婚指輪以外にネックレスやブレスレットも身に着ける。
  • 2007年度イエローリボン賞(ベスト・ファーザーin関西)を受賞した。授業参観への積極的な参加や、頻繁に家族旅行に出かけるといったマイホームパパぶりが評価された。
  • 下着はビキニTバック派である。(アッコにおまかせで岡田本人が発言)
  • 好きなミュージシャンは小田和正サザンオールスターズますおかちゃんねるなどで発言)。
  • 機械音痴。自宅にパソコンは所有しているが、自身はインターネットなどを全くしない。自身のラジオにて、増田に「検索って何?」と質問したことがある。
  • 2009年11月に初の単独書『無欲 〜岡田がおかだである理由〜』(あさ出版)を上梓。年末近くということもあり、出版記念サイン会では、翌年の干支ギャグ(寅年)「ガォ!アンドワォ!」の発表も行われた。ところが、あまりウケがよくなかったため、翌年1月に大阪で行われた出版記念サイン会では「ガォ!アンドワォ! …おぉ、すべっタイガー」と、ギャグが進化していた。

「おもいッきりPON!」、「PON!」での司会ぶり並び出来事など[編集]

  • 2009年10月から「おもいッきりDON!第1部 おもいッきりPON!」の木曜日、金曜日MCを担当。2010年4月の番組改編後も引き続き「PON!」の木曜日、金曜日を担当。時折月~水にも「スーパーサブ」として参加することもあるが、2010年3月29日の「PON!」初日にはビビる大木とのダブルMCとして出演した。
  • 番組開始当初、オープニングでは岡田の持ちギャグ「閉店ガラガラ」を転じて「開店ガラガラ」で始まっていた。
  • 2009年11月19日放送のオープニング中、誕生日を祝う花として、一輪のみ渡されるなど、よく弄られていた。2010年11月18日放送ではスベリ芸に伴い、番組スタッフからローラースケートがプレゼントされるなど、しばしば番組スタッフから遊ばれる。本人も「汐留のオモチャ」と満更悪い気はしていない。
  • おもいッきりPON!」木曜日では、「腹ペコ中継!おなかがPON!」のコーナーで行われる「ルーレットでPON!」でクワバタオハラが自腹で視聴者に料理をプレゼントする企画があったが、2009年11月26日の放送では岡田の財布が中継先に渡され、岡田の財布から現金で支払われるという非情なサプライズ企画があった。その際、この日のルーレットは全面が「10名」という特別仕様で、結果として3万円強の支払いを負った。
  • 2009年11月27日放送回から、金曜の「おもいッきりPON!」のオープニング企画の一つとして「元祖 岡ひげ危機一発」が始まった。毎週オープニング時に出演者がナイフを一つ挿し、岡田の顔写真を貼った人形が飛んだら岡田に罰ゲームを課すと言うイジリ企画であった。その結果、12月25日の放送回で人形が飛び、罰ゲームとして翌金曜となる2010年1月8日のMCを鳥居みゆきがジャックし、岡田は突撃芸人枠としてロケを担当させられる屈辱を味わった。

「岡田会」[編集]

岡田のケチさ加減は笑いの金メダルなど、色々な番組で放送されている。自称倹約家のメンバーと収録後などに食事をする通称「岡田会」と呼ばれるグループが存在し、岡田はそのリーダーである。主なメンバーは次の通り。

岡田のギャグ[編集]

  • パァ!出たぁ!
  • 閉店ガラガラ出たぁ!
  • せやな…
  • 言うとる場合か
  • 切り取り撮影でお願いします
  • チュー!(ねずみ年限定)
  • ギュー!(うし年限定、「モォ~」から変更)
  • タイガァー!(2010年とら年限定)※「アッコにおまかせ」内で公開。
  • タイガァーアンドワォー!(2010年限定)
  • ガオッアンドワオッ!Oh~、スベッタイガー!(2010年寅年限定。上記の2つの寅年ギャグよりも圧倒的に使用頻度が高い。)
  • ン~ワァォ!
  • ピョ~ン(2011年うさぎ年にむけてのギャグ)

2007年より、翌年の干支を“干支ギャグ”と称して「アッコにおまかせ」内で発表している。

2008年(子年) 2009年(丑年) 2010年(寅年) 2011年(卯年) 2012年(辰年) 2013年(巳年) 2014年(午年)
チュ~! ギュ~! ガオッアンドワオッ!Oh~、スベッタイガー! ピョォォ~ン! リュ~ウ! ニョロ、フェ~! バ(馬)!

出演[編集]

テレビ番組[編集]

情報・バラエティー[編集]

現在[編集]
不定期・特番
過去[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

劇場アニメ[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

出典[編集]

  1. ^ @Goo(Goo-net公式メールマガジン2010年7月14日号Vol.126より

脚注[編集]

  1. ^ 笑いの金メダル
  2. ^ 【インタビュー】ますだおかだ・岡田圭右、すべり芸の″誕生秘話″と″メカニズム″を真面目に解説「温かい目にするための『努力』が大事」”. マイナビニュース(livedoor NEWS) (2013年10月25日). 2013年12月8日閲覧。
  3. ^ 2011年10月14日放送の『きらきらアフロ』内
  4. ^ 関西テレビ『太っ腹!紳助ファンど』より
  5. ^ ますだおかだ岡田圭右の娘はモデル! 「家ではネクラ」と父の意外な一面明かす RBB TODAY 2014年4月3日
  6. ^ 日本テレビ系『行列のできる法律相談所』より
  7. ^ 笑いの金メダル』にて
  8. ^ 松嶋尚美2010年12月31日付で卒煙している。
  9. ^ 2008年10月24日の「羞恥心のオールナイトニッポン(第2弾)」
  10. ^ 今年のゲスト声優、遂に決定! “りんごぼうや”には、井上真央さん! 黒マジョの”マジョーラ”には、岡田圭右さん!!”. 2014年映画「それいけ!アンパンマン りんごぼうやとみんなの願い」公式サイト. 2014年4月10日閲覧。