辰巳琢郎

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たつみ たくろう
辰巳 琢郎
本名 同じ
生年月日 1958年8月6日(53歳)
出生地 大阪府大阪市住之江区
身長 180 cm
血液型 B
職業 俳優
活動期間 1977年~
活動内容 俳優
タレント
配偶者 あり
公式サイト 辰巳郎公式サイト

辰巳 琢郎(たつみ たくろう、1958年8月6日 - )は、日本俳優タレント。タクスオフィス所属で代表取締役社長を務める。身長180cm、体重73kg。

目次

[編集] 人物

大阪府大阪市住之江区出身。 父親は大島渚と京都大学で同窓だった。妻との間に1男1女がおり、長女はソプラノ歌手の辰巳真理恵。長男は一般人。

学歴京都大学文学部卒業学位文学士(京都大学)

称号日本ソムリエ協会ソムリエ・ドヌールシャンパーニュ騎士団騎士賞歴には法務大臣感謝状など。

[編集] 来歴

[編集] そとばこまちの座長として

大阪市立敷津浦小学校大阪教育大学附属天王寺中学校大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎京都大学文学部卒業。大学在学中に学内劇団「卒塔婆小町」(劇団そとばこまち)を主宰、当時の芸名は「つみつくろう」。劇団員には川下大洋生瀬勝久らがいた。

[編集] 芸能界のクイズ王

俳優として活躍する一方、クイズ番組で数多く優勝していることでも有名。「たけし・逸見の平成教育委員会」で驚異的な正解率が、芸能界のクイズ王として知られるきっかけとなり、北野武先生からもラサール石井と共に大絶賛された。勉強小僧が完成して海外旅行獲得を達成したとき、北野先生が問題を急遽追加して阻止しようとしたが、結局、辰巳はあっさり正解したエピソードがある。

これが縁でテレビ東京決戦!クイズの帝王」の司会をラサールと共に務めた。しかし、「クイズ$ミリオネア」では、満額の1000万円がかけられた最終問題に挑戦したが誤答して1000万円を獲得できなかった。

「最近は、クイズ番組が正直キツイ。一度覚えても、すぐに忘れてしまうところがある」と語っている。(2008年7月15日放送の「2時っチャオ!」のゲスト出演による本人談)

クイズ以外のバラエティ番組に出演することは少ない。

[編集] 名前に関するエピソード

琢郎のの字がに似ていることから豚郎(ぶたろう)とよくからかわれることがある。この発端は「笑っていいとも!」の中でタモリが「琢郎の琢の字って豚に似てるけど『豚郎さん』って間違われたことない?」と言ったことで始まり、辰巳の口からも「タモリさんのせいで…」と言うようになった。しかし話すことはあっても別に恨んだり、怒っている様子は特に無い。また、北野武と共演する際(平成教育委員会など)は、北野武は必ず嬉しそうに「今日はたつみぶたろう君が来てくれてますから」と茶々を入れる。TBSのバラエティ番組で一緒に司会をした松村邦洋にも「たつみぶたろうさん」と言われたことがあり、別の番組では「辰巳豚郎」と誤記をした出演者もいた。

[編集] ワイン通

無類のワイン通で、2001年に日本ソムリエ協会のソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ)となる。2005年から長野県原産地呼称管理制度のワイン官能審査委員を務める。2006年からは、BSフジで放送されている「辰巳琢郎のワイン番組」の司会も担当している。

[編集] その他

そとばこまち時代の同僚の川下大洋とは同い年で同じ大学だが、川下が一浪で入学したため同期ではない。

2008年、小笠原諸島返還40周年大使に任命された。

他に近畿大学文芸学部客員教授、国連WFP協会顧問、京都市観光大使、なども務める。

劇中で関西人の役を演じたり、関西出身のタレント・芸人と話したりする時は関西弁になる。

[編集] 出演作品

[編集] テレビ・ドラマ

[編集] テレビ・バラエティー/情報

[編集] 映画

[編集] ミュージカル

[編集] 舞台

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[編集] その他

[編集] CM

[編集] 名言

「大学を出ている人は頭が良いとか悪いとか言う問題ではなく、自分で目標設定をして、その目標に向かって努力をすると言う経験を通過してきている。そこに値打ちがある」

[編集] 東日本大震災での「子供が餓死」発言

2011年3月11日に発生した東日本大震災について、被災地である宮城県石巻の知人から「この状況を、たくさんの人に伝えて下さい。死体がゴロゴロなんですから。避難所にいるのに、食糧がなく、子供が餓死してるんですよ。お願いします、辰巳さん!」との衛星電話がかかってきたと同年3月15日のブログに掲載。「避難所で子供が餓死」という情報が辰巳のブログをソースとしてネットで拡散。シネマトゥデイ(本来は映画・芸能ニュースサイト)でも3月19日に「辰巳琢郎「子どもの餓死、死体の山…」石巻市の救援が行き届かない現状を代弁」[1]として取り上げられ、シネマトゥデイが配信する各ニュースサイトで掲載された。

しかし、宮城県で公式に避難所での死者が確認されたのは3月19日であり、子供の餓死ではなく老人の病死であった[2]

3月21日のブログでは、再び連絡が取れた知人に確認した訂正と補足として「指定避難所ではなく、『避難していた場所』だった」「食料はあったが、食べることができずに死んでいった子供のことを『餓死』と表現した」等、先日の発言内容を修正。「「子供が餓死」という言葉が、凄まじいエネルギーを持ってネットの世界を、それこそ津波のように広がったことには、発信元として少し反省もしています」とした。

[編集] 出典

  1. ^ 辰巳琢郎「子どもの餓死、死体の山…」石巻市の救援が行き届かない現状を代弁(シネマトゥデイ、2011年3月19日)
  2. ^ 宮城県の避難所、初の死亡者(日本経済新聞、2011年3月19日)

[編集] 外部リンク

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