小堺一機

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小堺一機
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本名: 小堺 一機
コンビ名: コサキン(正式なコンビではない)
事務所: 浅井企画
国籍: 日本
出身地: 千葉県市川市
生年月日: 1956年1月3日(52歳)
活動時期: 1977年 - 現在
受賞歴
1977年 ぎんざNOW! 素人コメディアン道場 優勝
1985年 日本放送演芸大賞 最優秀ホープ賞
1986年 日本放送演芸大賞 優秀賞
1987年 日本放送演芸大賞 敢闘賞
1988年 浅草芸能大賞 新人賞
2006年 日本映画批評家大賞舞台ミュージカル大賞

小堺 一機(こさかい かずき、男性、1956年1月3日 - )は、千葉県市川市生まれのお笑いタレントコメディアン俳優東京都立市ヶ谷商業高等学校研数学館を経て、専修大学経営学部卒業。所属事務所浅井企画。身長は165cm(公称)。

目次

[編集] 略歴

幼少時代は、出身の千葉県市川市真間で育つ。市内(京成八幡駅)にある京成百貨店でよく買い物をしていた。京成電車で上野へ遊びに行った際に松坂屋を見て「地元の小ささにショックを受けた」と、後にテレビや京成電鉄の広報誌等で語る。ただ、父が当時雇われ寿司職人であったため、市川には長く住んでおらず、東京・浅草で少年時代を過ごす(祖父母が市川に住んでいたため、時々通ってはいた)。ここで映画への興味を深めたり、ストリップ劇場など大人の世界にも触れる。また児童劇団に所属するなど、華やかな世界への興味を抱くようになる。幼少の頃はデザイナーに憧れていたそうだが、小学校の健康診断で弱視と診断され、断念したという。[1]

専修大学在学中の1977年、TBSのテレビ番組『ぎんざNOW!』内「素人コメディアン道場」で第17代チャンピオンとなり、芸能界入り。大学卒業後、故・勝新太郎主宰の「勝アカデミー」第1期生として入校(同期にルー大柴がいる)、岸田森らに師事。翌年「勝アカデミー」を卒業。

浅井企画と契約し、本格的に芸能活動を始める。『ぎんざNOW!』初代チャンピオンであり、浅井企画の先輩で長年の親友でもある関根勤とコンビ「コサキン」を組み、ライブハウスの舞台に立ち修行を積む一方、萩本欽一の看板番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』のワンコーナー「クロ子とグレ子」で関根と共に人気を獲得。

活躍が認められ、フジテレビのテレビ番組『ライオンのいただきます』(現在の『ライオンのごきげんよう』の前身)の司会に抜擢され、以来お昼の顔となる。また、関根と共にパーソナリティを務めるTBSラジオのラジオ番組『コサキン』シリーズは、放送開始25年を数える長寿番組となっている。

2004年7月、首の腫瘤(しゅりゅう)の摘出手術の為にレギュラー番組を一時降板するが、同年8月30日に放送した『ごきげんよう』の生放送でテレビ復帰した。髪を白く染めるという意表をついた復帰で注目を集めた。それ以後は金色の頭髪がトレードマークとなっている(なお、従前より「髪の毛の後退」は彼自身ネタとしている)。

人物評は「人畜無害」「お昼の顔」「当たり障りの無い司会者」「サイコロの達人」。ただし、「人畜無害」「当たり障りの無い」というのは「テレビでの顔」であり、実は自身の舞台公演やコサキンでのラジオ番組では毒舌コメントや辛辣なコメントをしている。[2]

[編集] 人物

幼少時代に、NHK専属の「東京放送児童合唱団」に所属し、同局公開番組『歌はともだち』等にも出演。タレントになった後も歌の上手さには定評があり、レコード・CDも数枚リリースするほか、ドラマ舞台ミュージカル・CM等、幅広く活躍している。萩本欽一曰く、「小堺は『お笑い芸人』というより『エンターテイナー』」。タップダンスの腕も一流。また、デビューのきっかけとなったモノマネ芸(萩本欽一・田中邦衛田村正和など)にも定評がある。

エネルギッシュな性格で、司会番組『ごきげんよう』や出演CMなどでも常にテンションが高い。自身の担当するラジオ番組『コサキンDEワァオ!』では「120%のパワー全開」とネタにされ、清水ミチコには「出たばっかりの若手芸人じゃないんだから」とたしなめられている。当の本人は「あれでも抑えているつもり」なのだとか。

『ごきげんよう』での小堺の、自分は聞き役に回ってゲスト出演者の話を上手く引き出し、引き立てる技術は知られるところである。盟友の関根は、小堺の代役で司会を務めた際に、改めて小堺の司会の上手さが分かったと語っている。しかし、『ごきげんよう』に関根がゲスト出演する時には、ラジオ番組『コサキン』出演時のテンションになってしまい、他のゲスト出演者や観客を置き去りにして2人だけの世界でトークをしてしまう。

映画好きで、無類の服好き。特にブランドものの洋服や靴、映画のDVDなどには目がなく、気に入ったものはすぐに買ってしまう。TAKEOKIKUCHIでは、小堺が足繁く通うことを知った菊池武夫が、自らコーディネートをするようになった程の上得意である。このこと(同じ服を色違いで買うことも多い)を、かつてラジオ番組(現在の『コサキンDEワァオ!』)内で告白してしまったため、関根やリスナーにいつもネタにされている。買うだけ買って、殆ど着ないという服も多いらしく、ラジオ番組のリスナーや後輩芸人にあげたり、家に遊びに来たルー大柴に小堺が着ないからと勝手に持って行かれたりしている。しかも、季節の変わり目になると、ルーから「小堺、服くれよ」という催促のハガキが送られてくる。

関根が格闘技マニアでゴルフが得意であるのとは対照的に、スポーツに対する興味が薄い(ジムで体を鍛えることはしている)。ラジオ番組では、スポーツ選手の名前が読めないことがたびたびネタにされている。野茂英雄を「のしげ」、現役時代の高木豊内野手を「たかぎとようち野手」と発言していた。

毎年、後輩芸人や「おすまし」の出演者などを連れてニューヨークへ行き、ブロードウェイミュージカルや本場のショー・ビジネスを観ている。彼がいわゆる「お笑い芸人」ではなく、スマートに笑いを提供する「エンターテイナー」を志向していることを証明する一面であり、ナンセンスコントやマニアックな笑いを追求する盟友の関根とは対照的である。なお、上記のように服好きであるため、ニューヨークに行っても服を買っている。このため、ラジオ番組では「ニューヨークに服を買いに行った」などと言われることもある。

キャロル時代からの矢沢永吉の大ファン。矢沢と対談した関根から、矢沢の飲み残しのミネラルウォーターをお土産として貰い、それを冷蔵庫で大切に保管していたと語っていた。

妻と長男・長女・次女の5人暮らし。長男は、2006年からエフエム世田谷で大学生制作の番組のDJを務めている。父は、第9次と第15次の南極地域観測隊に同行したこともある寿司職人。以前は「鮨一機」という名で寿司店を経営していた(現在引退、弟子が店を引き継ぎ「鮨とよ島」を営む)。父の縁で、『南極観測の将来を考える会』の発起人を務めている。なお、会の代表である村山雅美(第9次と第15次の南極地域観測隊隊長・故人)は、小堺の仲人である。

30代に入った途端、頭髪が徐々に薄くなり、当時、本人が「前頭部後退」として頻繁に自虐ネタにしていた。現在でも「『危機一髪』を後ろから読むと『一機うし』となる」などとネタにしている。

以前、出演していたドラマで沢口靖子とのキスシーンがあり、その撮影当日になってからそのことを告げられ、びっくりしたらしい。しかも、自分はそのことで落ち着かない気持ちになったのに、沢口は平然と「じゃ、宜しくお願いします」と言ってきたので、「女優さんってすごいんだな」と改めて感じたらしい。明石家さんまの影響で、引き笑いをするようになってしまっている。

[編集] 出演

太字は現在出演中の番組。

[編集] テレビ番組

[編集] ドラマ

[編集] バラエティ

[編集] アニメーション

[編集] その他

[編集] ラジオ番組

[編集] 映画

[編集] 映像作品

  • 小堺一機&柳沢慎吾LIVE ライブマン★コミック君!!テレビくん登場の巻
  • コサキン仮面

[編集] 舞台

ほか。

[編集] CM

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル・EP

  • With(作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお
    小堺のプロポーズをテーマにした歌。TBSラジオの番組『コサキン』のエンディングテーマとして20年近く使用されている。また、同・TBSラジオの『小堺一機のサタデーウィズ』のエンディングテーマとしても使用されており、こちらではアルバム『WITH』収録のリアレンジバージョンが使用されている。
  • ムーンライト・シィンギング
  • 今夜だけ少年に帰りたい(1988年)自身主演ドラマ「空に星があるように」の主題歌。佐野めぐみとデュエット。
  • フィナーレで出逢えたら
  • I LOVE TOYS!
  • とりあえず大丈夫
  • 思い出して下さい(歌:サンドイッチ
    欽ちゃんのどこまでやるの!?』内で企画されたユニットで、小堺と鳥居かほり藤井暁の3人組だった。この曲は、わらべに次いで番組のエンディング曲となった。

[編集] アルバム

  • Someone Like You -あなたに似た人-
  • ポケットの砂
  • マージナル
  • WITH
  • スノーマン
  • 大のオトナが…
  • 迎えに来たよ
  • with K
  • TheNextdoorBoy
  • 雑踏

[編集] ものまねレパートリー

以下の6人に関しては、ラジオ『コサキン』の企画で本人の目の前でモノマネをし、本人から直々にモノマネをしていいという公認をしてもらった芸能人である。

他多数。

[編集] 注釈

  1. ^ 雑誌『WaWaWa』のインタビューより
  2. ^ コサキンでの場合は関根が輪をかけて毒舌なために、目立たないだけである。

[編集] 外部リンク