キャロル (バンド)
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キャロル(CAROL)は、日本のロックバンド。1972年メジャーデビュー、1975年解散。 3年という短期間の活動ながらも強いインパクトを残し、以降の日本ロックシーンに絶大な影響を与えた伝説のバンドと称される。
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[編集] メンバー
- 矢沢永吉(ベース、ボーカル)
- ジョニー大倉(サイドギター、ボーカル)
- 内海利勝(リードギター、ボーカル):横浜出身。神奈川県立柏陽高等学校卒業。キャロルのギタリストとして活躍。キャロル解散後はシマロンズを率いてアルバムを発表。いち早くレゲエのリズムを取り入れるなど意欲的でヒットにこそ恵まれなかったが、「たわごと」「鏡の中の俺」の2曲が少し注目を浴びた。原田芳雄(俳優)のバックバンドのギタリストを勤めたこともある。現在もblues file No.1での活動やソロで精力的に活動中。
- ユウ岡崎(ドラムス)
[編集] 略歴
- 矢沢永吉が自ら書いた貼り紙で募集をかけ結成される。ちなみにそのとき貼り紙の文句は、「ビートルズとロックンロール好きなヤツ、求ム!」
- もともと、ビートルズのコピーバンドとしてスタート。ハンブルク時代のビートルズのロッカーズスタイル(革ジャン、リーゼント、ロックンロール)を真似することで注目を集める。また、オリジナル曲にもその影響が多く見られる。音楽スタイルとしては、レノン=マッカートニー手法ともいうべき、矢沢=大倉の二人で多くの作詞作曲を担当(主に矢沢永吉作曲、ジョニー大倉作詞)。
- 当初、バンドのコンセプトをつくっていたのはジョニー大倉。「キャロル」というバンド名に始まり、革ジャンにリーゼントというスタイル導入も彼の発案によるもの。なお矢沢永吉は、バンド結成当初はマッシュルームカットだった。
- ある企画でフジテレビの人気番組「リブ・ヤング!」に出演したところ、たまたま番組を見ていたミッキー・カーチスの目に留まり、メジャーデビューが決定する。
- プロデビューにおいては、内田裕也のレーベルか、ミッキー・カーチスのレーベルかでメンバーは迷った(ほぼ同時期に誘いを受けていた)。結局、バンドは内田に丁寧に侘びをいれ、ミッキーを選んだ。 しかし、金銭的にバンド側に著しく不利な契約を長期で結んでしまい、後にバンドはミッキーとも袂を分かつ。
- 後にダウン・タウン・ブギウギ・バンドに参加する相原誠がドラムスを担当していた時期もあったが、ユウ岡崎が正式メンバーとなった。
- 内田裕也、山本寛斎など大物との出会いが、バンドの存在を大きく変えていくこととなる。内田裕也プロデュースの「ロックンロール・カーニバル」では、サディスティック・ミカ・バンド、ファニー・カンパニーなどと共演することが多く、飛躍的に知名度を上げる。特にミカ・バンドとはツアーで回ることが多く、彼らの影響もあって音楽的な幅を広げることになる。
- ジョニー大倉は当時、ドラッグに依存する生活ぶりで破綻をきたしていたこともあり、何度か失踪を繰り返していた。そのこともあり、最年長の矢沢永吉がバンド・マスターとしての地位を確立する。暫くは3人での活動を進め、ジョニーを待ち、探したが出て来なかったので新しくメンバーを加えて活動した時期もある。
- 矢沢永吉の卓越したリーダーシップが、メンバーを良い方向に回転させたと考えられる。彼の力強いボーカルは当時から大物の片鱗を見せており、ジョニー大倉の日本語と英語をミックスさせた秀逸な作詞センスは、後のアーティスト、作詞家に多大な影響を与えることになる。また、日本語を英語風に発音する独特の歌い方は多くのアーティストが模倣した。
- メンバー間で軋轢が生じ、1975年4月13日、日比谷野外音楽堂で惜しまれつつ解散。矢沢永吉はソロ活動に転じ、日本を代表するロック・ミュージシャンに成長。ジョニー大倉はソロ活動の傍ら、俳優としても活躍。内海利勝は新グループ『シマロンズ』を率いた。ユウ岡崎も現在『C's Graffiti Japanese Rock'n Roll Band』で活躍中である。
- 解散ライブでは、特殊効果用の火がセットに燃え移り、炎上するという事件も起きた。それを演出と思った観客も多かった。この解散ライブは「ロックのメッカ」としての、その後多くの「野音伝説」を生むきっかけとなった。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- ルイジアンナ / 最後の恋人(日本フォノグラム / フィリップス FS-1732 1972年12月20日)
- ヘイ・タクシー / 恋の救急車 (日本フォノグラム / フィリップス FS-1733 1973年1月25日)
- やりきれない気持ち / ホープ (日本フォノグラム / フィリップス FS-1736 1973年2月25日)*A面はアルバム収録とは別テイク
- レディ・セブンティーン / 愛の叫び (日本フォノグラム / フィリップス FS-1741 1973年3月25日)
- 彼女は彼のもの / 憎いあの娘 (日本フォノグラム / フィリップス FS-1747 1973年4月25日)
- 0時5分の最終列車 / 二人だけ (日本フォノグラム / フィリップス FS-1752 1973年5月25日)
- ファンキー・モンキー・ベイビー / コーヒー・ショップの女の娘(日本フォノグラム / フィリップス FS-1755 1973年6月25日)
- 涙のテディー・ボーイ / 番格ロックのテーマ(日本フォノグラム / フィリップス FS-1774 1974年2月5日)
- 夏の終り / 泣いてるあの娘(日本フォノグラム / フィリップス FS-1797 1974年7月25日)
- ラストチャンス / 変わりえぬ愛(日本フォノグラム / フィリップス FS-1807 1974年12月20日)
[編集] アルバム
- ルイジアンナ(日本フォノグラム / フィリップス FX-8056 1973年3月25日)*「やりきれない気持ち」「ホープ」「ワン・ナイト」のドラムは相原誠
- ファンキー・モンキー・ベイビー(日本フォノグラム / フィリップス FX-8066 1973年7月25日)
- ライブ・イン "リブ・ヤング"(日本フォノグラム / フィリップス FX-8081 LIVE・1973年12月20日)
- キャロル・ファースト(日本フォノグラム / フィリップス FX-8095 1974年7月25日)
- GOOD-BYE CAROL(日本フォノグラム / フィリップス 20Y-9 ドキュメント・1975年4月5日)
- 燃えつきる キャロル・ラスト・ライブ(日本フォノグラム / フィリップス FS-9001〜2 LIVE・1975年5月15日)
[編集] ベストアルバム
- キャロル・ゴールデン・ヒッツ(日本フォノグラム / フィリップス 20Y-3 1974年12月25日)
- キャロル・ゴールデン・ヒッツ・マークII(日本フォノグラム / フィリップス 20Y-16 1976年5月25日)
- ラスト・チャンス キャロル・レア・トラックス(日本フォノグラム / フィリップス PHCL-3032 CD 1992年11月26日)
- THE★BEST(ユニバーサルミュージック UMCK-9525 CD 2003年1月22日:ノイズエラーにより回収、正規盤は1月31日)
※ 初回盤のみレア映像が入ったDVD付(UMBX-1502)
[編集] 映像作品
[編集] ビデオ
- 燃えつきる キャロル・ラスト・ライブ (日本フォノグラム VHS PV13-1 1984年3月19日、Editor : Toshio Ikeda )*「涙のテディー・ボーイ」「やりきれない気持ち」を追加収録
[編集] レーザーディスク
[編集] DVD
- 燃えつきる キャロル・ラスト・ライブ (ユニバーサルミュージック DVD UMBK-1524 2003年1月22日)
※ ボーナストラックとして、テレビ神奈川『ヤング・インパルス』出演時の「ファンキー・モンキー・ベイビー」、「憎いあの娘」が入っている。
[編集] テレビ放映作品
- NHKドキュメント キャロル (1973年10月20日、NHK 監督:龍村仁)
- 夜明けの刑事 (1974年10月9日、TBS)* 第2話ゲスト出演
- 特番 ぎんざNOW! グッドバイ・キャロル (1975年7月12日、プロデューサー:小谷章・村木益雄、ディレクター:佐藤輝雄、制作協力:TELL DIRECTOR'S FAMILY TBS)
※ こちらがオリジナルでビデオ、LD、DVDとは編集が異なる
[編集] 書籍及び楽譜
- CAROL バイオグラフィー&バンドスコアー / キャロル (1973年5月、東京音楽書院) TOS-K-0168
- 暴力青春 キャロル・最後の言葉 / キャロル (1975年7月10日、KKベストセラーズ)0200-011264-7617

