さんま・一機のイッチョカミでやんす
『さんま・一機のイッチョカミでやんす』(さんま・かずきのイッチョカミでやんす)は、1989年10月から1990年9月まで日本テレビ系列局で毎週土曜日午後10時 - 10時30分に放送されていたバラエティ番組。
出演は明石家さんまと小堺一機の2人で、準レギュラーにはラサール石井・松尾伴内・ジミー大西らが出演していた。番組のスポンサーは前番組から引き続き提供していた味の素と新たに加わった三楽酒造(現:メルシャン)の2社だったが、末期ではさらに増えた。
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[編集] 概要
放送当時この2人はフジテレビ系の『笑っていいとも!』の金曜日レギュラーと『いただきます』の司会の関係で金曜日の「いただきます」の冒頭はこの2人によるフリートークが生放送されていた。しかし、時間が限られているフリートークではお互いの個性を十分発揮するまでには至らなかったので、収録番組でもいいから個性あるトークをしたいとの事で当番組が立ち上がった。また、1989年9月限りで『オレたちひょうきん族』の終了が決定しており、コント番組をやりたいというさんまの希望があったためだとも言われている[誰によって?]。
内容はさんま・小堺・松尾・石井によるフリートークと、過去に日本テレビ系で放送されていた連続ドラマのパロディコント、ジミーが読むニュースコーナー(漢字を間違えて読み笑いを誘っていた)などを主体に放送していた。ちなみに、この前番組は味の素提供の料理番組『味の素ごちそうさまワールド・地球おいしいぞ!!』であったため、ジャンルの違う番組になってしまった。
番組エンディングテーマ曲には、クライズラー&カンパニーの「愛のよろこび」が使用された。クライズラー&カンパニーにとっては、当番組がメジャーデビューになる。
ちなみに「イッチョカミ」は関西弁・泉州弁で「なんでもしたがるくせにすぐやめる人の事や、おせっかいに口出しする事」を意味する。
[編集] スペシャル時コント内容
[編集] 小堺編
小堺と松下由樹によるTBSドラマ『想い出にかわるまで』のパロディ、石田純一役を小堺が担当、そして今井美樹役を明石家さんま、財津和夫役をジミー大西が担当。しかしコント後半、登場してきたジミーの滅茶苦茶な演技を見るなり、松下が笑い転げる展開になった。
[編集] ラサール編
麻丘めぐみの前でラサール石井が黒水着一丁のAV男優マグナム北斗に扮し「振り付け」付きで(麻丘の歌)「わたしの彼は左きき」を歌うというコント。
[編集] スタッフ
[編集] 番組の終焉
内容的には傑作であるものの、裏番組には勝てなかったことや[独自研究?]1990年秋から『蝶々・たけしの21世紀まで待てない!!』を立ち上げて放送枠を1時間拡大し、制作枠を読売テレビに譲ることになったことなどから、1990年9月に終了した。後番組から1994年の『麻酔』まで土曜22時枠は60分通しの読売テレビ制作枠となり、その後『夜もヒッパレ一生けんめい』から再び日本テレビ制作枠に戻っている。
[編集] 雑記
- ジミー大西が読むニュースでは、よく相撲の結果が読まれていたが四股名の漢字が読めず、霧島を「つゆじま」、北勝海を「ほっかっかい」、貴花田を「きかでん」、安芸ノ島を「あんげいのしま」と読んでいた。また「故郷に錦(にしき)を飾りました」と言うべきところを「故郷に綿(わた)を飾りました」と読んでしまい、さんまに突っ込まれている。
- かつての人気ドラマ『細うで繁盛記』のパロディドラマを、明石家さんま・小堺一機・松尾伴内などがやっていた。最終回のゲストに富士真奈美が出演したこともある。
- 同番組スペシャル時には、麻丘めぐみや女優の松下由樹、当時三和銀行のイメージガールだった設楽りさ子、石田ゆり子をゲストにショートコントを繰り広げた。
- 同番組に関わったスタッフは後に、『踊る!さんま御殿!!』や、『恋のから騒ぎ』にも関わっている(いずれも2009年1月時点)。
- 当時、ひょうきん族のようなアドリブ性が効いたコント番組を日本テレビは制作したことが無く、さんまをはじめ、ひょうきん族に出ていたタレントたちは困惑したという。例えば、さんまがリハーサルとは違う事(違う動きやセリフを喋る)を本番中に行った時に、突然「カット」とスタッフが中断したという。つまり台本どおりにコントをしなければならないと思ったようだ(ひょうきん族はほとんどがアドリブで作られているため)。
| 日本テレビ系列 土曜22時枠前半 | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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さんま・一機のイッチョカミでやんす
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