オールスター感謝祭

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オールスター感謝祭
ジャンル クイズバラエティ番組 / 特別番組
放送時間 毎年改編期土曜日
18:30 - 23:48(318(5時間18)分)
放送期間 1991年10月5日 - 現在(46回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 TBS
監督 安永洋平(舞台監督、第44・46回)
演出 高岡滋紀(総合演出、第46回)
プロデューサー 御法川隼斗(第46回 - )
内藤宏之・稲見亜矢(MP、第46回 - )
金原将公・谷澤美和・小林弘典
(協力P、第46回 - )
出演者 今田耕司
島崎和歌子
ほか
音声 ステレオ放送
字幕 リアルタイム字幕放送(第41回 - )
データ放送 実施中
エンディング Risky「My life is...」(1999年春 - 2012年秋)(2013年秋 - )
外部リンク 公式サイト

特記事項:
放送時間・スタッフ等は2014年春現在。
TBSおよび一部系列局では18:25 - 18:30に『もうすぐオールスター感謝祭』も別途放送。
正式な番組タイトルについては#放送時間・正式タイトルを参照。
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オールスター感謝祭』(オールスターかんしゃさい、英字表記:ALL STAR THANKSGIVING FESTIVAL)は、TBS系列1991年(平成3年)10月5日の秋から毎年、番組改編期である春と秋の土曜日に年2回生放送される日本大型クイズバラエティ番組2011年(平成23年)10月1日放送で20周年を迎えた長寿番組。略称は「感謝祭」。

概要[編集]

1987年から1991年春まで放送されていた『クイズまるごと大集合』を大幅にリニューアルする形でスタートした。番組開始からステレオ放送を実施している。2006年春からハイビジョン制作双方向対応番組地上デジタル放送の双方向で番組に参加しクイズ成績をTBS側に送る視聴者は、送信に使用するデジタル受信機器(デジタルテレビなど)にLAN回線を接続する必要がある。2011年秋からはリアルタイム字幕放送を実施している。

毎回200人の芸能人が解答者として参加し、制限時間内(問題により5秒・10秒・15秒・30秒)の早押し多者択一クイズを展開する。このルールは『クイズ!当たって25%』を踏襲したものである。不正解の場合はその時点で失格となる他、各問の正解者の中で最も解答が遅かった人も失格となる。

元々『4・10月だョ!全員集合』『春秋のスペシャル決定版・テレビまるごと大集合』『クイズまるごと大集合』から続く、新番組の宣伝を兼ねた期末期首特番であるため、一連の連続ドラマ及び感謝祭後に放送される単発ドラマに出演する主な俳優女優も参加する。

正解を2択-6択から1つを選ぶ形式である(稀に正解が2つ以上ある問題も出題される)。また改編期ゆえ、番組宣伝をかねて新番組をはじめTBS系の番組にちなんだ問題も多数出題される。また、時々芸能人が問題を制作することもあり、その場合制作者には問題制作料として3000円が贈られている。その他、予想問題や、番組イベントに絡んだ「山分けクイズ」(数択から1つ選んで、予想的中者それぞれに元の賞金を頭割りした賞金を与える)というものもある。

この番組独特のルールにより、学力や一般常識等が問われるクイズ番組ではよい成績を残せない芸能人が総合優勝者やピリオドチャンピオンになることもある。

18歳未満の出場者は労働者として労働基準法を順守するため22時までに退席し、13歳未満の子役の場合は、原則として20時までに退席する。番組の最後では長時間視聴し続けた視聴者に「5時間半の長丁場 ありがとうございました」(以前は「視聴者の皆様 長い間ご覧いただきありがとうございました」)といったお礼のテロップを出す(初期の頃は全体の終了後に、スタジオを退場する出場者の様子をバックに、出場者全員の賞金総額ランキングを順番に表示した後、このテロップが出る形になっていた)。

基本ルール[編集]

クイズは数問ごとに「Period(ピリオド)」と呼ばれる区切りに従って出題される。ピリオドの冒頭では解答者は全員、席で立ち上がり、各問題に誤答するか、正答した中でいちばん遅くボタンを押していた場合はその都度着席し脱落(予選落ち)となり、一問出題ごとに必ず一人は予選落ちが出るため、解答までのスピードも求められる。同タイムで2人以上が並んだ場合は並んだ全員が失格となる。

解答するには、各参加者の前に置かれている「キーパッド」と呼ばれる1から6までのボタンとタッチパネル式の液晶画面がついた端末を問題毎に操作する。通常は4択で、正解が2つ以上ある問題は全ての正解を選んでいないと失格となる。また、一部の問題はキーパッドの解答ボタンではなくタッチパネル式の液晶画面を操作して解答することもある。

すべてのキーパッドはクイズを管理するコンピューターに接続され、参加者全員がどの選択肢をどのタイミングで押したかが100分の1秒単位で把握できるようになっており、司会者席でも見ることができる。

各ピリオドの最終問題(「ラスト問題」と呼ばれる)の正解者のうち一番早く押した人が、そのピリオドのチャンピオンとなり、賞金を獲得する。ただし、どこでラスト問題が出題されるかは解答者には伝えられず、解答時間終了後に鐘が鳴ることで初めてラスト問題であることが分かるが、ヤマをかけて、問題を見る前からキーパッドを叩く解答者もいる。

ただし各競技イベントの結果予想などを1つのピリオドとする場合などは予選何組から決勝までわかるため、このような場合はラスト問題を当てることは可能である。選択肢も予めわかっているので正答が予想できなくても0.01秒を狙うのが基本となっている。

なお、ラスト問題でなくても、正解者が1人の場合もしくは2人以上でも「予選落ち」により残りが1人になる場合は、その問題でピリオドのチャンピオンが決定し、賞金を獲得する。正解者が0人となった場合、全員復活させて再スタートするか、ピリオドを終了させて賞金を次のピリオドに持ち越す(キャリーオーバー)処置を行う。また、問題の正解が誤りであったことが即座に判明した場合にも全員復活となるケースがあった(1998年春・秋)。

チャンピオン決定後、ボーナスクイズとして並べ替え問題がチャンピオンも含めた出場者全員に対して出題された。通常4択-最大6択で、制限時間は選択肢の数に応じて15秒ないし20秒(かつては30秒・60秒の問題もあった)。キーパッドの1から6のボタンがそれぞれAからFに対応しており、ここでチャンピオンが正解した場合は、更にボーナスを獲得できる。チャンピオンが不正解の場合は、その他の正解者にボーナス分が均等配分される(正解者が1人もいない場合は、ピリオドの途中で正解者0人となった場合と同様にキャリーオーバーとなる)。1997年秋とチーム対抗戦となった2013年秋はボーナスクイズが廃止されている。

これを放送時間の許す限り何回も繰り返し(ただし途中にマラソンなどのイベントがはさまれる)、最終的に正解ポイントと早押しのトータル時間を元に総合順位が決定される。正解ポイントが最優先で、正解ポイントが同じ場合、解答所要時間のトータルが短い人に高い順位が与えられる。なお、解答所要時間は正解した問題のみのトータルである。

マラソンなどのイベントに参加した人は、そのイベントの成績に応じて正解ポイントが加算される。以前はこの制度がなく、イベント参加組はその準備をするにあたり、解答できるチャンスが少なくなっていた。従って正解数も必然的に低くなる不公平が生じていたため、2003年春の回からこの加算制度が導入された。そのため前よりもマラソンやイベントで好成績を残した人が上位入賞、優勝することが多くなった。また、過去にはスタジオ外の会場(大井競馬場等)でイベントを行う際、移動のバス車内へキーパッドを持ち込み、解答したことがあった。1999年春のPeriod6では大井競馬場へ向かっていたバス内でふかわりょうがチャンピオンになった(このPeriod内ではベスト10位以内にバス内で解答していた芸能人が6人も食い込んだ)。

地上デジタル放送の双方向で参加している視聴者も、クイズのルールはスタジオの芸能人と同じである。予選落ちは、その視聴者が予選落ちした芸能人より解答時間が遅かった場合は同じく予選落ちとなる。また常時、前のピリオド終了時点の対芸能人200人との順位がデータ放送を通じて個別に表示されている。ピリオド終了からしばらくすると、対芸能人200人とのそのピリオド終了時点最新の順位と、参加している視聴者の前後2人の芸能人の名前がデータ放送を通じて個別に通知される。

ピリオドごとの賞金[編集]

2009年以降の金額は以下の通り。かっこ内は2008年度までのもの。

  • チャンピオン決定:賞金15万円(25万円)
  • ボーナスクイズ正解:賞金15万円(25万円)

休憩明けの遅刻対策として、一時期の休憩直後のピリオドは、チャンピオン決定・ボーナスクイズ正解の賞金が共に50万円に設定されていた。遅刻者は第1問に間に合わないと「タイムオーバーによる無回答による誤答」とみなされ回答権を失うため、ボーナスクイズまでは解答できなくなる。現在この制度は消滅している(詳しくは後述)。

機械が故障したり、ラスト問題までに正解者が1人もいなくなったり、ボーナスクイズの正解者が1人もいなかった場合、与えられなかった賞金は「キャリーオーバー」となり次のピリオドに持ち越し、次回のピリオドのチャンピオン決定時・ボーナスクイズの賞金は倍になる。かつては1996年秋ではPeriod9のボーナスクイズでは、正解者が1人しかいなかったが、東てる美がスタジオにいない船越栄一郎のボタンを押してキャリーオーバーになったことがある。その結果、次のPeriod10では、ダチョウ倶楽部寺門ジモンが賞金50万円を獲得したため、ボーナスクイズの賞金も50万円になった。

山分けクイズやギャンブルタイムを除き、単一ピリオドで得られる賞金の最高額は30万円(2008年度までは50万円)であるが、キャリーオーバー後のピリオドでは60万円(2008年度まで100万円)を得る可能性もある。ちなみにキャリーオーバーになった場合や、時間が押している中でのピリオドでは、ほとんど1問で終わることが多く、勘にすべてを賭ける解答者も少なくない。

総合順位による賞品・賞金[編集]

最終総合順位のトップ5に入るとクイズやイベントで獲得した賞金とは別に賞金・賞品が出る。 2014年春の個人戦での賞金・賞品は以下の通り。

  • 優勝トヨタ・ノア
  • 2位:賞金50万円
  • 3位:賞金30万円
  • 4位:賞金20万円
  • 5位:賞金10万円

2013年秋のチーム対抗戦では、以下の賞金がチームに与えられた。

  • 優勝:賞金100万円
  • 2位:賞金50万円
  • 3位:賞金30万円
  • 4・5位:賞金10万円

これまでに総合優勝者に贈られた賞品は、個人戦開始時から1997年秋までは賞金200万円、1998年は「新潟県湯沢のリゾートマンション1部屋[1]」(1998年春は3000万円、1998年秋は4800万円)、1999年春から2000年春までは用意された賞品の中から番組序盤に1つ選択する方式(ただし、優勝時に心変わりしても構わない)を取った。例として1999年春はラスベガスペア旅行、番組オリジナル小判、自伝出版の権利、叙々苑の焼肉300万円分から選択した。2000年秋から2003年春までは金貨300万円分、2003年秋、2004年春は総額600万円相当のブランド賞品など。

2004年秋の感謝祭では、アテネオリンピックの開催年だったことにちなんで300万円分の純金を使った番組特製金メダルが賞品として出た。2005年春はプラズマテレビなどの家電セット・別荘・焼肉チェーン叙々苑食事券の中から1つ選ぶことができた。2006年春では、30回記念にちなみ旅行30泊・高級中華料理30食・高級車とガソリン満タン30回から選べた。2007年春から2008年秋の4回は高級車や大型車が贈られた(2007年春はアルファロメオ・同年秋は本田技研工業・2008年の2回は日産自動車の車両が贈られた)。2008年秋では上位3人に賞金に加え、北京オリンピックの開催年だったことにちなんでメダルも与えた。2009年春では300万円分のビックカメラのポイントが与えられた。

2009年秋から2012年秋までは、複数社提供の一社であるヤマダ電機から300万円分の家電製品が与えられる(但し2011年春は後述のとおり賞金200万円で、後に寄付に廻している)。

2013年春は約5年ぶりに車両贈呈が復活。複数社提供の一社であるトヨタ自動車からラクティスが贈られた。2013年秋はチーム対抗戦であったが、個人別成績も集計していたため、個人成績1位にはMVPとして、トヨタ自動車のSAIが贈られた。2014年春はトヨタ・ノアが贈られた。

個人戦になった当初(1992年秋-1996年秋まで)は、50位・100位・150位にメロンやマツタケ、毛ガニといった飛び賞が設けられていた。また最下位の人にもTBSのお楽しみ福袋や「一から勉強し直せ」ということで地球儀や図鑑などの学習関係の賞品がもらえた。しかし、最下位になる人(正解数の少ない人。途中参加や早退の場合、スタジオで答えていない問題はすべて不正解扱いとなる)は大抵が裏番組出演や未成年等で遅刻・早退したケースであり、紳助も「これはやむを得ない」と言ったことがある。例外に1993年の秋で大相撲で優勝したのに成績で最下位だった藤森夕子(当時CCガールズ)に前述のメロンやマツタケといった飛び賞が贈られ、時間の関係上出来なかった飛び賞を総合成績で50位・100位・150位にも贈られた。この体制は1996年秋で廃止した。

個人戦になってから1996年秋まではワースト10・ベスト10の発表(回によっては141位-150位・91-100位・41-50位発表する回もあった)。現在の体制は1997年春以降。

主な出演者[編集]

総合司会[編集]

  • 島田紳助(第1回から第40回まで司会を務める。自身の不祥事による芸能界引退に伴い降板。以下、紳助と表記)
  • 今田耕司(第42回から紳助の後任として司会を務める。第29回と第30回に解答者として参加している。以下、今田と表記)
  • 島崎和歌子(第1回から司会を務める。以下、和歌子と表記)

代理司会[編集]

過去にイベント出場などで一旦司会を抜け出し、その間出演者に代役として司会を任せたこともある。

島田紳助の代役

赤坂5丁目ボクシングスペシャルタイトルマッチによる抜け出し

赤坂5丁目超魔術クイズ!!終了後の着替えによる抜け出し

※ただし赤坂5丁目超魔術クイズ!!が始まる直前は和歌子1人で進行

赤坂5丁目F1グランプリ出場による抜け出し

赤坂5丁目モトクロス選手権出場による抜け出し

島崎和歌子の代役

エンディングCDレコーディングによる抜け出し

赤坂5丁目スプリンターリレー出場による抜け出し

島田紳助の引退後(2011年秋、第41回)

リポーター[編集]

いずれもTBSアナウンサー

  • 出水麻衣(初出演は2006年秋で、回によって休憩タイムか野外担当かは異なる。2009年秋は野外競技及び控室リポートを担当)
  • 枡田絵理奈(2008年秋・2009年秋・2013年春に休憩タイムを担当、2012年春 - )
  • 杉山真也
  • 江藤愛(初出演は2009年秋で、出水とともに野外競技を担当)
  • 加藤シルビア(2008年秋と2009年春、2010年春・2010年秋、2011年春は募金ATMが設置されているスタジオを担当、2013年秋)
  • 田中みな実(初出演は2009年秋で、枡田とともに休憩タイムを、また出水とともに控室リポートを担当)
  • 駒田健吾
  • 古谷有美(2012年春)
  • 林みなほ(2012年秋、また番組内企画「赤坂5丁目ミニマラソン」にもランナーとして参加した)

実況[編集]

いずれもTBSアナウンサー

  • 初田啓介(赤坂マラソン・駅伝の実況を担当。1996年春から担当し実況アナとして一番出演期間が長く、感謝祭に出演しているTBSアナウンサーの中では一番古い)
  • 小笠原亘(スタジオで行われる競技の実況を担当)

歴代のリポーター・実況[編集]

杉本以外はTBSアナウンサー(当時を含む)

ほか

各回の放送概要[編集]

放送年 季節 放送月日 放送時間 正式タイトル
1 1991年 1991年10月5日 21:00-23:54(174分) オールスター感謝祭'XX
超豪華!クイズ決定版
この春/秋お待たせ特大号
2 1992年 1992年4月4日
3 1992年10月3日 19:00-23:54(294分)
4 1993年 1993年4月3日 18:30-23:48(318分)
5 1993年10月9日
6 1994年 1994年4月2日
7 1994年10月1日
8 1995年 1995年4月1日
9 1995年9月30日
10 1996年 1996年3月30日
11 1996年10月5日
12 1997年 1997年3月29日
13 1997年10月4日 オールスター感謝祭'97
秋の新装スペシャル!!
祝!クイズ賞金2億円
(特別編) 年末 1997年12月31日 21:00-23:45(165分) サヨナラ'97年末感謝祭
景気回復スペシャル!!
クイズ!今年の常識王
14 1998年 1998年3月28日 18:30-23:48(318分) オールスター感謝祭'XX
超豪華!クイズ決定版
この春/秋お待たせ特大号
15 1998年10月3日
16 1999年 1999年3月27日
17 1999年10月2日
18 2000年 2000年4月1日
19 2000年10月7日 オールスター感謝祭'00秋
超豪華!クイズ決定版
20世紀最後の特大号
20 2001年 2001年3月31日 オールスター感謝祭'XX春/秋
超豪華!クイズ決定版
21 2001年10月6日
22 2002年 2002年3月30日
23 2002年9月28日
24 2003年 2003年3月29日
25 2003年9月27日
26 2004年 2004年4月3日
27 2004年10月2日
28 2005年 2005年4月2日
29 2005年10月1日
30 2006年 2006年4月1日
31 2006年9月30日
32 2007年 2007年3月31日
33 2007年9月29日
34 2008年 2008年3月29日
35 2008年9月27日
36 2009年 2009年4月4日
37 2009年10月3日
38 2010年 2010年4月3日
39 2010年10月2日
40 2011年 2011年4月9日 オールスター感謝祭'11春
20周年超豪華版SP
41 2011年10月1日 オールスター感謝祭'11秋/'12春
芸能界No.1決定戦SP
42 2012年 2012年3月31日
43 2012年9月29日 オールスター感謝祭'12秋
超豪華!クイズ決定版
44 2013年 2013年3月30日 オールスター感謝祭'13春
5時間半全国一斉生テストSP!!
45 2013年9月28日 オールスター感謝祭'13秋
芸能界No.1チーム決定戦!
46 2014年 2014年3月29日 オールスター感謝祭'14春
豪華プレゼント大放出!視聴者に大感謝SP[3][4]
47 2014年10月4日 オールスター感謝祭'14秋

補足[編集]

正式タイトルのXXにはその年の西暦下2桁が入る(例:1991年秋→91、2000年→00、2010年→10)。また、EPGにおける番組タイトルは正式タイトルと異なる場合がある。

現在の放送日は基本的に春は3月の最後の土曜日、秋は9月の最後の土曜日となっている。以前は春は4月1日に近い土曜日、秋は10月1日に近い土曜日に放送されていた。また、初期は春は4月初の土曜日、秋は10月初の土曜日に放送されていた。18:30開始となった1993年春以降、当番組が放送される日は前番組(現在は『報道特集』と、地方局のローカルニュースなど)の放送時間が30分程度前倒しとなる。

1997年末は「特別編」として放送。

視聴率[編集]

  • 視聴率はいずれも、関東地区、ビデオリサーチ調べ。
  • 1997年春以降の平均視聴率はビデオリサーチの公式サイトで発表される「週間高世帯視聴率番組10」のバックナンバー(インターネットアーカイブを含む)や、TBS公式サイトの視聴率ランキングで確認。ランク外の回は確認できないので空欄。
  • 開始当初は20%以上の高視聴率を叩き出し、1994年春から1995年秋まで4回連続で視聴率25%以上を記録した(東海・関西地区では30%以上を記録)。1996年春以降は、25%を割ったものの、1997年秋のクイズシステム更新以降、徐々に持ち直してゆき、現在でもTBSの春・秋の恒例名物特番として15% - 18%程度の視聴率を毎回記録し時間帯トップとなることが多い。そのため、他局もこの特番が放送される日にはより強力な番組編成をしている。
  • 1994年秋は歴代最高視聴率を記録。同回の平均視聴率30%以上を記録し、同回の瞬間最高視聴率は「赤坂5丁目ミニマラソン」でみのもんたが赤坂の街を走っていた瞬間で41.1%。他の特番も高視聴率だったため、TBSがこの週のみ視聴率3冠を獲得している。
  • 2011年秋は2年ぶりに17%台を記録。かつ、他の特番も高視聴率だったため1994年秋以来の週間世帯平均視聴率3冠を獲得した[5][6]
  • 2012年春は14%を割り込み、2013年秋の視聴率は歴代最低の11.8%となった。

再放送[編集]

1992年春から毎回再放送されていたが、2006年春(再放送日:5月上旬)を最後に暫く放送されていなかったが、関東地区で2013年9月23日に2013年春が再放送され、感謝祭の再放送が7年ぶりに実施された。

再放送の際には主にコーナーものを中心として3時間から3時間30分に再編集をして、放送日は毎回不定で春は5月上旬頃から夏休み期間の8月下旬頃までの間、秋は11月中旬頃から冬休み期間の1月上旬頃までの間に主に土曜日か日曜日の昼14:00 - 17:00または14:00 - 17:30の枠で再放送されていた。2013年春の再放送は14:55 - 16:53の1時間58分の放送で、クイズ・イベントコーナーの一部、赤坂5丁目ミニマラソン、総合成績発表部分を再編集して放送した。

番組の特徴[編集]

カンニング[編集]

後ろの人が優位になったり(ひな壇のため、前列のキーパッドの解答が見える)、隣のキーパットの解答が見えたり、周囲で答えを教えあうために正解者が1ヶ所に固まったり、逆に不正解を教えた人間の周り全員が座ってしまうことが多発したため、1996年秋は監視カメラ(通称飯島愛カメラ)が導入された。その後、1997年春-1998年春までの3回は、司会者席背景メインセットのモニターとモニターの間の出入り口上部に4人、計8人の監視委員会が用意され随時監視するも、1998年秋にそれらが完全に廃止されたため、以降はある程度のカンニングが容認されており、教えあう声をマイクが拾う場合もある。芸人の中には互いに協調し合う者もおり、上位層は芸人で占められる場合が多い。コンビ芸人が共に早押しワースト10に含まれ、最悪の場合ワースト1・2となるケースも多々見られる。

休憩タイム[編集]

番組中には休憩タイムが用意されている。休憩時間は10分→15分である。紳助→今田と和歌子[7]が注意事項をお知らせしている。

2014年には豪華アーティスト(一部中継あり)によるディナーショー形式を取り視聴者も楽しめるようになった反面、出演者の食事はサンドイッチと水のみと簡素なものになった[8]

地上デジタル放送の双方向で参加している視聴者は、休憩開始時に番組開始時点から休憩開始時点までの成績を送信する。集計が終わり次第、休憩中にピリオド終了時点で通知される内容とともに、全国視聴者ランキングの中間順位がデータ放送を通じて個別に通知される。成績はいずれも休憩開始時点のものが通知される。

キャラクター[編集]

番組キャラクターは1997年秋に初登場。主に休憩タイム中の番宣時にナビゲートしていた。声優は何度か交代している。2001年春までは毎回異なるCGキャラクターが登場していたが、2001年秋以降は「ピテカンブラザーズ」が使用された(このキャラクター「ピテカン - 」は後に紳助司会の同局レギュラークイズ番組『島田検定SUPER!!』でも使われていた)。また、ピテカンブラザーズを主役にしたCGアニメも作られた。その後2010年春まで毎回「ピテカン - 」を使用しており、キャラクターは2010年秋から登場しなくなった。2010年秋以降、キャラクターによる番宣のナビゲートは廃止されたが、「ピテカン‐」自体はそれ以降もミニマラソンのコース紹介に使用されたり(2013年春まで)、2011年秋以降はでクイズ解答画面で紳助の引退・降板に伴い、紳助のCGに代わって使用されている。


歴史・変遷[編集]

この番組は、『金曜テレビの星!』での特番後レギュラー化、半年で終了した視聴者参加クイズ番組『クイズ!当たって25%』(1991年10月17日 - 1992年3月26日放送)が原点になっている。『クイズ100人に聞きました』などと同じく、番組フォーマットを海外から購入している。この番組フォーマットはイギリスのCelador Productionsが開発したものである[9]。なお、導入されたのはクイズのルールのみであり、コンピューターシステム、「Ready Go!」や「Answer Check!」などのコール、その他番組のイベントは日本オリジナルのものである。

出題および解答のコンピューターシステムはTBS側が国内企業(テクノネット)に依頼し、日本仕様に独自開発したものである。選択ボタンの増加やタッチパネルの導入、複数解答・移動体通信での解答への対応など、随時バージョンアップされている。当番組も2006年春に双方向サービスが現実のものとなって、一般視聴者もクイズ参加が楽しめるようになった。

1991年秋-1999年秋[編集]

  • 1991年6月28日、『金曜テレビの星!』にて前身番組『クイズ!当たって25%』が放送された。司会は紳助と草野仁
  • 1991年秋、初回が生放送された(1994年秋までは旧社屋Gスタジオで行われた)。
  • 1992年春、地方局のアナウンサーが「JNNアナウンサーチーム」として参加した。好評で要望が高かったため、この回より本放送数か月後に3時間または3時間半の再編集版の再放送がされるようになる。
  • 1992年秋、成績が個人戦に変わった。
  • 1993年春、赤坂5丁目ミニマラソンがスタート。
  • 1994年秋、オープニングの司会者による挨拶がなくなり、いきなり冒頭から第1ピリオドが始まるようになる(現在に至る)。
  • 1995年春、放送スタジオが現社屋Bスタジオに変更(上記同様)。
  • 1995年秋、司会者席テーブルの中に初めて電光掲示板(LED表示機)が設置され、コーナー名や番組名がスクロールされていた。この電光掲示板(LED表示機)はセットが入れ替わった後でも2007年秋まで同じものが12年間使用されていた。
  • 1996年春、カンニング対策として監視カメラ(飯島愛カメラ)が導入された。
  • 1996年秋、紳助の絵のCGがリニューアル。
  • 1997年春、1問正解するごとに2000円加算された。
  • 1997年秋、これまで4択までしか対応出来なかったキーパッドが、現行の2択から6択までに対応、液晶画面のタッチパネルで数字等も入力可能な仕様に変更される(それまでは4択固定だったため、2択の問題やイベントの参加のアンケートも4択表示で、3,4は選択肢がなかった。当時は2-3人ほどその3,4を選んでしまう者もいた)。これに伴い、スタジオのボタンの色が「赤・緑・紫・黄」から「赤・青・黄・緑・オレンジ・ピンク」の順に変更された。これを記念して、特殊なシステム(100万円からの減額方式)での大会が行われた。この大会ではピリオドで不正解・予選落ち及びミニマラソンなどのイベントスタンバイ中でクイズに参加できない解答者の所持金が1問につき2万円減額され、所持金が0円になると以降のクイズに参加できないルールだった。またボーナスクイズがなかった(並べ替え問題は、通常の問題と併せてピリオド内で出題された)。ミニマラソンなどの賞金もイベントスタンバイ中の1問につき2万円減額が適用されているため、せっかく上位入賞しても実際もらえる賞金が相殺されるケースもあった。それが原因か、イベント1発目の「女子限定赤坂5丁目ミニマラソン」は僅か8人が参加希望(しかもその内3人が男性)というハプニングとなった。この回のみ総合成績も、正解数や解答速度ではなく、獲得賞金額によって順位付けされ、総合上位への賞金・賞品も、上位3名にボーナス賞金という名目で今回獲得した賞金に上乗せされる形を取った。回答、「早押しワースト10」発表画面のリニューアル。出演者のグループ名の文字がすべて表示できなかったものが表示できるようになる。それまでCM明けに放送された番宣スポットが、この回では「記憶力クイズ」として使われた。
  • 1997年年末、1度だけ大晦日に年末特番『サヨナラ'97年末感謝祭 景気回復スペシャル!! クイズ!今年の常識王』が放送された。通常とは異なり、150名参加・1チーム25名の6チーム対抗戦、イベントをほとんど行わない代わりにチーム同士で副賞争奪クイズを行う等、『クイズ!当たって25%』に近いフォーマットで行われた。第1問は、当日直前まで生放送で放送していた『嗚呼!バラ色の珍生!!』(日本テレビ系)の収録スタジオからオールスター感謝祭の収録スタジオまでの紳助の移動が午後9時2分(放送開始は午後9時)までに間に合うか否かを予想した。結果は午後9時2分8秒に到着した。
  • 1998年秋、この回より番宣スポットは「休憩タイム」の中でまとめて放送される様になった。司会者席背景セットがこの回以降使いまわしになる(このセットは2007年秋まで使用された)。
  • 1999年春、和歌子が「Riskyデビュープロジェクト」参加のため(ドッキリ)、エイベックスに移動し司会から離れた。そのため、紳助が「一応、局アナの用意はしているが、生放送のハプニングということで」と安岡力也を代理司会に指名した。力也は約2ピリオド分を代行したが、司会をしている間は解答できないので、彼の指名でチャック・ウィルソンに交代。しかし、問題文をきちんと読めず、一部参加者と揉めそうになったため1ピリオドで交代、番組終了まで当時TBSアナウンサーの進藤晶子が務めた。

2000年春-2009年秋[編集]

  • 2000年春、オープニングから約1時間コンピュータートラブルが発生。
  • 2001年秋、1997年秋から登場したこれまで毎回異なるCGキャラクターだった番組イメージキャラクターはこの回以降、ピテカンブラザーズに固定される。またこの回より、視聴者サービスの一環として携帯電話を通じ、一般視聴者もリアルタイムでクイズに参加できるようになった。
  • 2002年秋、出題や「早押しワースト10」発表のリスト表示、紳助の絵などクイズシステムのCGが、2003年に発売されたテレビゲーム(後述)のデザインと合わせたものに再リニューアル。番組エンディングの個人成績ランキングでこれまで200位→11位までを10名おきに名前が表示されてゆくのに2分かかっていたものが、1分に短縮された。その代わりにランキングが早くなったことから10名おきに1人の芸能人の顔を映していたのをやめている。
  • 2003年春、紳助が「赤坂5丁目F1レース」(後述)出走のため、紳助離席中の代理司会を西川きよしが担当した。またこの回は第2回(1992年春)以来、地方局アナウンサー(TUYアナウンサー・佐々木瞳TUFアナウンサー・中野知美)が出場。一部の解答者がマラソンなどのイベント参加で順位が下がるデメリットを解消するため、参加および上位入賞すれば正解ポイントが加算するルールが追加された。
  • 2004年秋、TBS放送センター前が赤坂5丁目再開発計画(赤坂サカスプロジェクト)により空いていたことから紳助の要望で「モトクロス選手権(イベント)」が行われた。紳助は決勝戦にて参加をしたため、その間の代理司会を武田鉄矢が務めた。そのイベントで紳助は1位となり、司会者ながらも賞金20万円を獲得。この時の総合優勝者は渡辺正行。第1回から参加していた皆勤賞の渡辺は27回目の出場にして初めて総合優勝の栄冠を掴んだ。
  • 2005年春、前年11月に紳助が不祥事により謹慎したが本年1月に復帰。解答者にアテネ五輪日本代表などスポーツ選手が多く参加。また、TBSテレビ開局50周年を記念し、TBSテレビのかつての看板番組「風雲!たけし城」が復活した。2003年春からミニゲームポイント加算ルールを新設して初めてマラソン・駅伝に参加し、そこで獲得したポイントを利用した谷川真理が優勝した。
  • 2005年秋、地上デジタル放送ではアナログ放送より数秒遅れ不公平が生じるため[10]、『感謝祭』視聴者のすべてが携帯クイズに参加できる形式への変更になる(クイズ解答からイベント予想へ)。
  • 2006年春、地上デジタル放送のデータ放送およびワンセグ放送の双方向機能を利用して、より簡単に視聴者がクイズに参加できるようになった(この回で双方向を実施した放送局はTBS、テレビユー山形東北放送新潟放送静岡放送CBCテレビ(当時は中部日本放送)毎日放送の各局。なお、新聞のテレビ欄の記号では双方向の「双」ではなくデータ放送の「デ」の表記となっている。これは2006年秋以降も同様)。これに伴いスタジオの「1/A」から「4/D」のボタンの色が従来の「赤・青・黄・緑」からデジタル放送受信機のリモコンと同じ「青・赤・緑・黄」の順に変更された(6択問題はスタジオでは上記4つのボタンにさらにオレンジ・ピンクの「5/E」と「6/F」のボタンを、視聴者はリモコンの「1」から「6」の数字キーまたは画面上のボタンを矢印キーで選択して解答する)。問題数と正解数、さらには解答秒数がカウントされるシステムになっている(一部機能はBS-iで放送されていた『TIME OVER』に準拠している)。2006年秋以降もこの双方向サービスは行われている。
  • 2006年秋、地上デジタル放送のデータ放送双方向機能にあわせ、クイズ画面上の1から6のアイコン色が青・赤・緑・黄・オレンジ・ピンク(の順)に変更(以前は、全アイコン色が青→水色→ピンク)。なお、双方向サービスは今回が初実施となった系列局は北海道放送、青森テレビテレビユー福島テレビ山梨北陸放送RKB毎日放送の各局である(IBC岩手放送チューリップテレビ信越放送山陰放送中国放送テレビ山口あいテレビテレビ高知は本放送開始前日で試験放送の段階だった)。また、この回もTBS系列・JNN各局がオールスター感謝祭に協力する形となっている。この回から1992年春より毎回恒例の、本放送数か月後にされていた3時間または3時間半の再編集版の再放送をしなくなった。
  • 2007年春、ネット局すべての地上デジタル放送で視聴者の双方向参加が可能となり、今回もJNN系局の協力があった。『世界陸上2007大阪』に出場する選手がこの番組のために来日した。なお、前回まで出場していた当時の宮崎県知事・東国原英夫(そのまんま東)も出場する予定だったが、インフルエンザを発症したため、放送当日の朝にキャンセルし、宮崎からの携帯電話での中継出演となった。
  • 2008年春、赤坂再開発「赤坂サカス」の完成により、同関連企画が行われる。また、セットのリニューアルが行われ、司会者席背景・司会者席テーブルは1998年春以来10年ぶりに変更された。
  • 2008年秋、北京オリンピックの影響を受け、番組内で北京オリンピックを意識したイベントが行われた。前回大会の反省から、ローション企画が抑えめなものとなり、ぬるぬる相撲[11]がこの回では姿を消した。
  • 2009年春、「世界的な不況の煽り」を受け、この番組でも賞金がややダウンし、ピリオドチャンピオン・ボーナスクイズは各15万円、総合成績では2位賞金が100万円から50万円に、3位賞金が50万円から40万円に、それぞれ減額された。「ぬるぬる相撲」が1年ぶりに復活した。

2010年春-[編集]

  • 2010年秋、ピリオドクイズよりもギャンブルクイズに趣をおく結果となり、ピリオド数は、当時最少の7ピリオドだった。宮崎県知事(当時)・東国原英夫は宮崎県内で発生した口蹄疫問題で練習・参加する時間がなく、「赤坂5丁目ミニマラソン」には参加しなかった。またこの回の新企画「プライベートナンバーズ」で3問中後の2問が全員不正解でキャリーオーバーとなり、その企画後の次のピリオドでチャンピオンになった者がチャンピオンの獲得賞金に加えてキャリーオーバーとなった賞金を加算するという試みが行われた。
  • 2011年春、放送開始20年、放送回数40回という節目の回を迎えたことを記念し、サブタイトルは「祝!20周年超豪華版SP」になった。放送1か月前の3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の影響によりイベントの自粛など企画変更があり、賞金額もできる限り伏せて行った(「○○万円山分けクイズ」を「賞金山分けクイズ」に変更。ピリオドチャンピオンへの「賞金○○万円獲得」を「賞金獲得」など)。また、休憩会場には出演者が獲得した賞金から募金できるようATMを模した端末が設置された。今回は20周年記念ということで、かつて行われた「綱引き選手権」や「ボクシング対決」といった企画が復活している。さらに「早押しワースト10」発表画面や紳助の絵などのCGが再リニューアル。
  • 2011年秋、8月末に紳助が芸能界を引退(引退記事を参照)したことにより、放送の継続が危ぶまれていた[12]が、複数の司会者によるリレー形式で放送された。代理司会は本番までシークレットとされ、今田耕司、田村淳、東野幸治が担当した他、東野のパートではビートたけしの「乱入」(後述)もあった。今回から、一部スマートフォンからのイベント予想クイズへの参加が可能となり、前回伏せた賞金額や取りやめた視聴者プレゼントも復活した。サブタイトルはこの回と次の回は「芸能界No.1決定戦SP」だった。
  • 2012年春、この回から和歌子とコンビを組む司会者を今田耕司が務めることが公式サイトにて正式発表された。
  • 2012年秋、サブタイトルが2年ぶりに「超豪華!クイズ決定版」に戻った。総合成績上位の賞金獲得者は10人から8人に減少。今回から番組終盤に、正解すればポイントが2問分→3問分→4問分にアップした「大逆転ピリオド」を実施した。
  • 2013年春、サブタイトルは「5時間半全国一斉生テストSP!!」となった。通常ピリオドはそれぞれテーマが限定され、ピリオド数ではなく「都道府県Period」などテーマでの表記となった。また、「ピリオドMC」(出題ゲスト)として、鈴木福本田望結ら映画『コドモ警察』の出演者(Period2「小学生の常識Period」)、黒柳徹子(Period4・5「黒柳徹子Period」、世界史パンダなど黒柳の関心事から作成した問題)、ビートたけし(Period8・9「ビートたけしPeriod」)が登場した。地上デジタル放送視聴者参加クイズでは、視聴者ランキングのトップに100万円がプレゼントされることになり、スタジオ200人の総合成績上位の賞金獲得者は上位5人に減少した。一部系列局(テレビ山梨テレビ高知など)ではデータ放送が利用できないトラブルが発生した。
  • 2013年秋、サブタイトルは「芸能界No.1チーム決定戦!」となった。4人1組45チームの団体戦でクイズ・イベントが(事実上の出場者20名削減となり180人の出場に削減され)展開された。団体戦は92年春の第2回以来である[13]。クイズシステムは4人合計の得点を競う形となり、ピリオドチャンピオンには20万円(ただし、4人で山分けされる)、チーム戦トップ5にはチーム全体へ賞金が与えられた。また、個人1位のMVPには車が与えられた。この回ではボーナスクイズは廃止され、チーム対抗の並べ替えクイズが行われ、賞金は10万円の山分けなども減額となるなど全体的に賞金額が減った。
  • 2014年春、サブタイトルは「豪華プレゼント大放出!視聴者に大感謝SP」となった。1年ぶりに個人戦に戻したが、解答者の人数は前回より10人少ない170人に減少した。また、この回はピリオド数が最小の5ピリオドであった。

番組で誕生した大会(企画)[編集]

赤坂5丁目ミニマラソン[編集]

赤坂5丁目ミニ駅伝[編集]

短距離走→スプリンターズステークス[編集]

マラソンが苦手な芸能人を対象に行われた大会。1994年秋の第1回は、出場者への事前告知なしに、傾斜のきつい坂道「ハートブレイクヒル」を登る短距離走だったため、出場者からブーイングが起こった。1995年春から1996年春まではTBS旧社屋跡地にコースを造って行われた。その第1回に出場した相楽晴子は「後ろにお巡りさんがいないと走れない」と言ったため、春の大会では、警官の扮装をしたエキストラに追いかけられながら走ったが、結局レベルの高さに屈してしまい敗れる。1996年秋では、「外濠公園総合グラウンド」で開催された。1999年春からは舞台を大井競馬場に移し、ゲートの中からダートコース100mを疾走した。さらにタイム上位の選手8人は、サラブレッド的場文男騎手騎乗)と対決するレース、「人馬対決マイルチャンピオンシップ」に出場できた。なお2000年春はスプリンターズステークスを行わず、事前に選抜された選手8名で人馬対決マイルチャンピオンシップが行われている。

2010年以降は最初のイベントとしてスプリンターリレーやばんえい競馬対決、象対決など趣向を凝らした短距離対決が行われている。

赤坂5丁目水泳大会[編集]

1994年春から1996年秋に、TBS放送センターの隣にある赤坂パークビルヂングにあるスポーツクラブのプールを貸切り開催された水泳のレース。井上晴美梶原真弓らの女性が得意としていた。1994年秋・1995年春には、1995年12月に肺がんで死去した川谷拓三も出場した。実況は小林豊

赤坂5丁目大サーカス・超人クイズ[編集]

休憩の次のピリオド前に行われるパフォーマンスショー。1999年頃から開始。毎回有名サーカス団や雑技団を呼び、参加者の目の前で開催する「超人達のテクニック」に拍手喝采は必至。テクニックに圧巻され忘れられがちだが、このパフォーマンス自体もクイズの一つとなっており、パフォーマンス中の様々な部分がクイズとして出題される。

主な出演パフォーマンス集団に中国雑技団中国)やシルク・ドゥ・ソレイユ(カナダ)がいる。

ぬるぬる大相撲[編集]

2006年春に初登場、ローションが塗られた土俵の上で相撲を行う。行司西川きよし。初回はトーナメント方式で行い、元力士のHIROを倒した河本準一が「ぬるぬる王子」として君臨した。以後は小川直也率いる格闘家軍VS河本率いる芸人軍との対決。非力な芸人が格闘家に劇的な勝利を収めるなど、幾多の名勝負・珍勝負を生み出した。また、大島美幸VS北斗晶の試合では北斗が大島の水着を脱がし、テレビで尻を見せようとするためタオルが投げ込まれる「お約束」が存在する。最後は河本の音頭で「ひ、ふ、み、ぬるっとぬるっと!」の掛け声で締める。(小川の「3、2、1、ハッスル、ハッスル!」のアレンジ)

ミニマラソンと並ぶ名物企画となっている。ただし、2008年春の大会で河本が右肋骨を骨折、2008年秋から「人間ハンマー投げ」に切り替えたが、2009年春には、ローション相撲が復活した。だがその後も河本が何らかの怪我をしたことが判明した。また、2012年秋は新企画の「ぬるぬるビーチフラッグ」が行われた。

2011年秋では、河本準一と小川直也を含む6人(残りの4人は河本の要望により、直前による参加のアンケートで選ばれた人)によるトーナメント戦で行われた。河本と小川は勝ち残っても決勝で対戦するようにマッチングされている。トーナメント戦での優勝は河本で、総合成績で2位になった。

2012年秋から2013年春にかけては行われなかったが、2013年秋には1年半ぶりの復活となり、草野仁と対決し勝利を収めた。

ビートたけしの乱入ピリオド[編集]

紳助が降板して、MC未定だった第41回(2011年秋)から実施され、午後10時頃にビートたけしが乱入し、自身が作成した問題を出題する。第41回こそ「突然の乱入」の形を取ったが、以後は「恒例」となっている[14][15]。第42回以降はその時期に起こったニュースで話題になった人物に扮装している。解答者であるたけし軍団のメンバー(ガタルカナル・タカつまみ枝豆ダンカン[16])やダチョウ倶楽部肥後克広寺門ジモン上島竜兵)はたけしに野次を浴びせる役割となっている。また、松村邦洋は自身の持ちネタであるたけしのモノマネをすることが定番となっている。

  • ルールは通常のピリオド同様、予選落ちやチャンピオン決定、ボーナスクイズ(2013年秋は除く)も行われる。内容はたけし曰く「もっと考えなきゃいけない」とのことで、単純な難易度の枠を超えた、問題自体が成立しないたけしの好き勝手の難題が多い。具体的には以下のようなもの。
    • 音楽が流れたが、音楽とは無関係の問題(しかも、問題はかなりマイナーで正解することがほぼ不可能である)
    • あまりにもマイナー過ぎて誰も正解を知らないような問題(この盲点を突いて、マイナー問題に見せかけて簡単な問題になっているケースもある)
    • 初めから正解が無い問題(「本当のTBSはどれ?」(2011年秋)と「和田アキ子さんの秘密はどれ?」(2012年春)の2回)
    • 事前に説明無しで複数の選択肢をすべて答えないと正解にならない問題(普通は事前に連絡がある。「ラサール石井さんは裏で何と言われている?」(2012年春)の問題で正解が3個あった)
  • 以上の様な問題を出題するために何度も全員復活が起き、参加者が混乱するだけでなく、解答者であるたけし軍団のメンバーやダチョウ倶楽部などからのブーイングや野次が起き、爆笑問題田中裕二太田光)が登場した2012年春からは、たけし軍団・ダチョウ倶楽部・松村邦洋がたけしに野次を浴びせつつ詰め寄り乱闘するそぶりを見せ、それを止めようとした太田をたけしと軍団・ダチョウ・松村、今田が袋叩きにするというコントを複数回行っている(田中はそれを止めようとするもたけしに叩かれてしまう)。太田はこれを「フライデー事件(の再現)」と話している。また、ほとんどが答えられないため全員復活や1-2人正解によるチャンピオン決定というケースも多い。
第41回(2011年秋 Period4)
白の特攻服姿で乱入。このピリオドでは3回の全員復活が行われた。
第42回(2012年春 Period5・6)
「赤坂五丁目ミニマラソン」中に某芸能人と問題を起こした女性占い師に扮して見切れた後、内田裕也のコスチュームで乱入。乱闘に加え、出された問題で侮辱されたラサール石井が解答席を飛び出す等、前年以上にエスカレートした。このときたけしが持っていた内田裕也の杖は『水戸黄門』を演じていた里見浩太朗による素材のチェックで安全なものと確認されている[17]
また2回のピリオドの間、合計3回の全員復活が行われた。
第43回(2012年秋 Period7・8)
「赤坂五丁目ミニマラソン」中に、ロンドンオリンピック開会式においてインド選手団の中に紛れ込み話題になったインド人女性に扮装して見切れた後、ロンドンオリンピック・日本選手団最高齢選手の法華津寛に扮装して乱入。マイナーな物を織り交ぜながらも、ちゃんとした正解がある問題を出題したため、全員不正解による全員復活は無かった。
第44回(2013年春 Period8・9)
第3回WBCで優勝したドミニカ代表選手のロビンソン・カノに扮して登場。今回もマイナーな物を織り交ぜたり、一部引っかけ問題がありながらも、ちゃんとした正解がある問題を出題したため、全員不正解による全員復活は無かった。
第45回(2013年秋 Period7)
自転車のサドル泥棒のニュースに因み、サドルを大量に持ち込んだ「サドルマン」として登場。芸能界に関する下世話問題や、たけし軍団のメンバーに関する問題が出題された(その中での今回の引っかけ問題はすべての選択肢が正解の問題で、解答者は全員正解となった。)。なお、この回ではこのピリオドはデータ放送での回答は出来なかった。

大逆転ピリオド[編集]

  • 第43回(2012年秋)から第45回(2013年秋)まで導入された。番組終了間際に、予選落ちの失格無しで1問正解する毎に2問分のポイントが入るピリオドとなり、チャンピオンになるとボーナスクイズなしで賞金が2倍の30万円獲得できる。さらに、ポイントが3問分になる「大大逆転ピリオド」や、ポイントが4問分になる「大大大逆転ピリオド」と続くことがある。
  • 大逆転ピリオド開始前に、ここまでの中間成績ベスト20を発表する。大逆転ピリオド開始からは、途中までベスト10の順位の途中経過を1問ごとに表示する。

その他[編集]

非常に多いため、一部のみ記載。

大相撲 赤坂(Bスタ)場所
全盛期にはマラソン、水泳と並ぶ人気コーナー。1993年秋にスタート。当初は4人のトーナメント戦だったが、1994年秋からは事実上(横綱といわれる)チャック・ウィルソンと藤原喜明のガチンコマッチになっていた(当時のコーナー名は「大相撲Gスタ場所」で、1995年春からは「大相撲Bスタ場所」)。行司は、1994年秋までは蔵間龍也、蔵間の没後1995年春から1997年は桂邦彦プロデューサーに交代。1998年・1999年は一旦休止していたが、2000年春に復活。2000年秋からは再び行われなくなるが、のちに発展形の「ぬるぬる大相撲」が行われることとなる。
赤坂5丁目綱引き選手権
初登場は2001年春。当初は綱引きの女子世界チャンピオンである大分コスモレディースTCが登場し、芸能人やプロレスラーと戦ったが、「(プロレスラーを大勢入れても毎回タレントチームが負けているため)コスモレディースの勝ちがみえみえ」なことから、2004年秋はお笑い芸人「東」・「西」に分け戦った。その後行われなくなったが、2011年春に40回を記念して復活した。この時はマドラーズ大阪TCと格闘家軍団が対決した。
2012年秋に再び復活。マドラーズ大阪TCと『炎の体育会TV』チームが対決。結果は体育会TVチームが勝利を納めた。
赤坂5丁目やけくそマラソン
1997年秋の大会及び1998年春の大会で実施。どちらとも番組最後のコーナーであり、番組終了10分前前後から番組終了にかけて行われた。コースは1997年秋・1998年春共に心臓破りの坂の頂上からスタートし坂を下り、スモールハットを折り返して坂を上がり、Bスタに戻るという形式。優勝賞金は50万円。男女別に3位まで賞金があり、4位以下の選手も番組終了までに帰ってくれば1万円がもらえた。出場資格で1997年秋は賞金がゼロになってしまった解答者、1998年春は賞金が1万円以下の解答者。
人馬対決
大井競馬場にて人間8人(1999年と2000年秋はその前に行われたスプリンターズステークス上位8人、2000年春は事前に選出済み)対的場文男騎手が騎乗する馬とのレース、距離は1604mで人間は1人あたり200mをリレーで走る。
戦績は人間が3勝、馬が1勝している。2000年秋では的場騎手が落馬してしまい、人間の勝ちとなった(ケガ人はなし)。
2011年春には第40回記念として復活する予定だったが、東日本大震災により取りやめとなっている。その後2012年春にばんえい競馬のばん馬を用いて復活、結果は人間0勝、馬2勝だった。
赤坂5丁目本物だぁれ?
初期は登場した5-6人のうち本当に超人技ができる人を当てる。
現在はその回で放送される俳優・女優4-5人のうち、1人だけが超激辛料理を食べ、あたかも全員激辛料理を食べているように演技する。参加者以外の解答者はその演技を見て誰が激辛料理を食べたのかを予想、一番解答が多かった人を「200人の答え」とし、予想が当たれば200人で、外れれば演じた5人で賞金を山分けする。
赤坂5丁目F1グランプリ
2003年春秋・2004年春に行われた。女性限定のカートレース。コースはミニマラソンコースの一部を使用して行われ、各予選レース1位の選手が特別招待選手の出場する決勝戦に進出できた。特別招待選手は2003年春が司会の紳助、2003年秋が土屋圭市、2004年春が片山右京
2011年秋には赤坂5丁目カートグランプリとして復活。男女混合(体重ハンデ無し)で特設コースを1台ずつ走り、そのタイムを競うタイムアタック形式で行われた。この中で、女性として唯一出場した南明奈が圧勝、その走りがで話題となりYouTubeでは放送後わずか3日で再生回数が120万回、権利者削除されるまで最終的に300万回をこえ、日本国外版のYouTubeにも紹介されるなど大きな話題となった。
赤坂5丁目モトクロス選手権
再開発工事に伴い土砂となっていた旧社屋跡地にて2004年秋、2005年春ともに開催。特製のモトクロスバイクに乗り特設コースを2周する形で行われた。このイベントは男女関係なく参加できたが、体重の軽い女性が有利で、特に岩佐真悠子は2回とも上位入賞を果たしている。なお、優勝は司会の紳助(2004年秋・シード)、保阪尚希(2005年春)。
クイズ! ケータイ国民投票!
芸能人の200人の内の4人が選択肢となり、視聴者は携帯サイト(2014年春はデータ放送)で投票、会場の200人はキーパッドで誰が1位になるのかを予想する(例・会場にいる4人の名前が和歌子の口頭で呼ばれ、この中で1番奢りそうな人は誰か、など)。また、2014年春にはカップヌードルの新CMの出演者を決める生公開オーディションが行われた。

コール[編集]

200人もの人間を相手にクイズを進行させるため、時には一斉に物事を行ったり連絡したりするために、独特の言い回しが多数用いられる。なお、このコールは版権元であるCelador Productionsの番組フォーマットとは関係ない。

全員Stand Up!(-スタンドアップ)
ピリオドを開始するときに宣言される。それと同時に、解答者のランプが一斉に点灯する。最近では別の仕事で未着となっている人物の座席は解答権を付与しないため、ランプが点灯しない。これは一時期、未着の人物のボタンを遅く押して予選落ちを逃れるという反則が見られるようになったためと推測される。
Ready Go!(レディ・ゴー)
問題やアンケートの解答を開始するときに宣言される。このコールから個人が解答を確定するまでの時間が解答所要時間となる。
Answer Check!(アンサー・チェック)、正解はこちら。
解答時間が終了し、実際の解答分布を確認する際のもの。"Ready Go!!"と同じく、"Answer"部は和歌子が、"Check"部は2人でアナウンス(こちらも2人で行うこともある)。
まずはこちらをご覧(お聞き)ください。
絵(動画)の問題、音楽の問題をはじめるときの定例句。しかし、見聞きした内容が問題と直接関係ないオチがあることもしばしば。音楽の問題では手拍子が沸くことも。問題によっては、「まずはこちらをよーくご覧(お聞き)ください」となることもある。
この問題は、○秒でお答え下さい。
制限時間は通常10秒、ボーナスクイズは15秒だが、問題によっては5秒や20秒の場合があり、そのときに出題効果音の直後に何秒か宣言される。2007年以降は、ひとつのピリオドにまとめる傾向があり、「このピリオドは」とアナウンスしている。
この問題には、答えが○つあります。
4者2選択や5者3選択などの複数正解問題において宣言され、正解を全て押していれば、生き残れる。
正解者○○名、○○円、お手元のランプが付いている方、お持ち帰り下さい。
ボーナスクイズをチャンピオンが失敗したときに山分けの獲得賞金額が宣言される。
なお、司会者側の画面にはチャンピオンの正解可否にかかわらず山分けになった場合の人数と金額が正解発表前に表示されている。
鐘が鳴りました!
ピリオド最終問題を知らせる鐘が鳴った直後に宣言される。

ハプニング・出来事など[編集]

「アマンド」いたずら電話事件[編集]

第3回(1992年秋)には放送時間が5時間に拡大して長丁場となり、初めて休憩タイムに食事が提供されることになった。スタジオ200人からキーパッドで4択の希望を募り(選択肢は(ロッテリアの)ハンバーガー、サンドイッチ、(叙々苑の)焼肉弁当、食べたくない)、それぞれの数を集計し、出前を発注。サンドイッチについては当時のTBSの近所にあった洋菓子店・アマンドに全部で62個発注した。

アマンド以外は届いたが、追究したらそのアンケート後の注文電話後に、心ない一部の視聴者が番組関係者を名乗ってアマンド赤坂店に「すいません。100個追加」という悪質ないたずら電話をしたため、配達が大幅に遅れ、合計162個発注してしまった。結局放送終了後の打ち上げは(アマンドの)サンドイッチだらけになってしまったという。

この事件が起きたため、この回のみで出前発注は取りやめ、第4回からは局側で食事を提供するビュッフェスタイルに変更した。

ジミー大西エアガン狙撃事件[編集]

第6回(1994年春)に行われたミニマラソンで、ジミー大西は海パン1丁で顔の前に1万円札を吊るすという格好で走ったが、この時沿道の観客の中から何者かがジミーをエアガンで射撃するという事件が起こった。折り返しでジミーがスタジオに戻ってきた際、ジミーの訴えで発覚し、紳助は「エアガンでジミーを撃つのはやめてください!」と観客に注意した。

これがリアルタイムでテレビで放送されたため、地元の警視庁赤坂警察署が捜査に乗り出すという一大事になり(結局犯人は捕まらず)、次の回では沿道警備が強化(コース上に100人以上の警備員・TBSスタッフを配置した)され、その後警備上の理由等により、TBSの敷地内からなるべく出ないコースに変更された。現在も沿道には沢山の観客が詰め掛け、旗を振って応援しているが、毎回、警察や警備スタッフなどによる厳重警戒が行われている。

紳助と東京03のトラブル騒動[編集]

第37回(2009年秋)でシルク・ドゥ・ソレイユの演技中、唐突に紳助が東京03の解答席へ詰め寄る[18]場面が放送映像に見られた後、東京03はうつむき加減に座ったまま番組終了までクイズに参加していない様子が観られた。視聴者がこの出来事について当日出演者のオール巨人の公式ブログコメント欄へ投稿すると、翌日の記事で巨人はトラブルを認め、「その後の若手との打ち上げでは、少し怒った後紳助は握手をした」と収束をうかがわせる記述が「紳助を擁護している」など一部から批判を受け、ブログは炎上してコメント欄が閉鎖[18]される。トラブルの内容に様々な憶測が飛び交うも、東京03は後日『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)出演時に、「(出演者の人数が多いので挨拶に行くのは逆に失礼だと思い)本番前に挨拶に行かなかったため」と明かすと明石家さんまは、東京03の気遣いを紳助が誤解したもので「互いに誤解して起きたことだから、仕方ない」とフォローした[19]ビートたけしは先輩芸人に対する過度な礼儀の強制を、「紳助が『あいさつがない』とかって若手の東京03ってのを怒ったものだから、出番前にタレントがいちいちオレんとこにあいさつに来て、うるさくってしょうがないよ」[20]と苦言を呈している。

主なスタッフ[編集]

  • 音楽:門司肇
  • 選曲:関谷行雄(映広
  • 問題オペレーター:根岸善一郎
  • 舞台監督:安永洋平(2013年春・2014年春)
  • 総合演出:大松雅和(2013年秋)、高岡滋紀(2014年春)
  • プロデューサー:篠塚純(2009年春 - 2013年秋<2012年秋からは4代目プロデューサー>、※2004年秋 - 2007年春は総合演出)、御法川隼斗(2014年春)
  • エグゼクティブプロデューサー(2012年春まではチーフプロデューサー):
    • 安田淳(2008年秋 - 2013年秋、※1997年秋 - 1999年秋は総合演出、2000年秋 - 2008年春は2代目プロデューサー)
    • 江藤俊久(2012年秋 - 2013年秋、※1994年秋 - 1996年春・1997年春 - 1997年秋はフロアディレクター、2008年秋 - 2012年春は3代目プロデューサー)
  • 制作・著作:TBS
過去の主なスタッフ

ゲーム[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ただし、不動産取得税などの諸費用は自腹のため、1998年春で優勝したさまぁ〜ず(当時はバカルディ)・三村マサカズは結果的にTBSに買い取らせている。
  2. ^ 相方の田村亮は、解答者として参加していた。
  3. ^ オールスター感謝祭14公式ツイッター
  4. ^ ロゴに春の文字は入っていないがタイトルコールでは読まれた。
  5. ^ “TBSが17年ぶりに3冠を達成!”. webザテレビジョン. (2011年10月4日). http://news.thetv.jp/article/25041/ 2011年10月16日閲覧。 
  6. ^ 全日GP帯すべての時間帯でトップ!17年ぶりに3冠達成|TBSホット情報
  7. ^ 第16回大会では紳助と進藤、第41回大会では淳と和歌子。
  8. ^ [pic.twitter.com/MSSoIPZgtp 出場者吉田豪のTwitterより]
  9. ^ 本家イギリス版は『Everybody's Equal』(ITV)。同フォーマットの番組は日本のほか、フランスイタリア、カナダ・ケベック州レバノンハンガリースペインでも放送された。
  10. ^ オールスター感謝祭 第1話「果たして誰への感謝なのか。MCと出演者のポジションの秘密。」 - 制作者と視聴者の架け橋テレビコ
  11. ^ ローション企画で代表的なものであり、終始通してローションの餌食になった出演者が続出。
  12. ^ 止まっているTBS 紳助さん番組「一刻も早く決めたいんですが…」 - Sponichi Annex 2011年8月31日
  13. ^ 進化を重ねる45回目の『感謝祭』! 体重4トンを超えるゾウが赤坂を走るぞう!!
  14. ^ 第42回では放送当日のテレビ欄に「今年もあの男が乱入!?」「芸人T登場!?」と書かれていた。
  15. ^ 第46回(2014年春)は出演が無かった。
  16. ^ 2011年秋は軍団のメンバーではないが、たけしと関連のある笑福亭笑瓶2代目林家三平、2012年春は笑福亭笑瓶と井手らっきょ、2013年春は三又又三、2013年秋は笑福亭笑瓶と三又又三もそれぞれ参加。
  17. ^ 価格.com - 「オールスター感謝祭 '12春 超豪華!クイズ決定版」2012年3月31日(土)放送内容 テレビ紹介情報
  18. ^ a b “島田紳助のブチギレ騒動は事実だった!オール巨人が暴露「少し怒って堪忍した」”. ガジェット通信. (2009年10月5日). http://getnews.jp/archives/32275 
  19. ^ “「東京03」が初めて語る 紳助激怒騒動の真相”. J-CASTニュース. (2009年11月18日). http://www.j-cast.com/2009/11/18054161.html 
  20. ^ ビートたけしメッタ斬り「紳助のせいで俺にとばっちり」 - 東京スポーツ 2009年10月27日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]