ジミー大西

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ジミー大西( - おおにし、本名:大西 秀明(おおにし ひであき)、1964年1月1日 - )は、元お笑いタレントで、現在は画家である。所属事務所吉本興業大阪府八尾市出身。血液型はA型。

目次

[編集] 来歴・人物

大阪府八尾市立安中小学校時代は、ボーイズリーグ八尾フレンドに所属。4年後輩には桑田真澄がいた。八尾市立成法中学校時代も野球部で活躍、高校はスポーツ推薦で強豪の大商大堺高校に進学した。しかし、ベンチが出す数式を用いたサインが覚えられなかったため(一度、試合中にバッターボックスでその数式を地面に書いて計算し、監督に激怒された)、試合に出してもらえず、1年夏から引退するまでマネージャーを務めた。その野球部の監督は読売ジャイアンツに在籍していた山本幸二の兄で、怖かったという。高校在学中から吉本興業に入り、なんば花月の裏方(幕引きや進行)を務める。明石家さんまとはこの頃に出会っている。その後、さんまの勧めによりぼんちおさむに弟子入り。吉本新喜劇などを経て「おおにしこにし」という漫才コンビを結成したが、どうしてもジミーだけが目立ってしまうため長続きしなかった。

高校時代、JR阪和線津久野駅で、いじめっ子に「次に来る快速電車に乗りたいから何とかして停めてくれ(快速は津久野駅に停車しないため)」と無理を頼まれ(脅され)、素っ裸で線路に突き落とされたジミーが身を挺して電車を緊急停車させたことがある。その後ジミーはすぐ駅員に捕まり、学校に連絡されて停学処分を受けた。この事件のせいで、ジミーの両親はJR西日本から請求された賠償金、数百万円を借金をしてまで支払わなければならない破目になってしまった。[要出典]

運転手にならないかと明石家さんまに誘われた時はジミーは運転免許を持っておらず、そこでさんまに『2週間で免許が取れる合宿制の自動車教習所があるから行ってこい』と言われ、合宿制の自動車教習所に通った。1カ月たっても卒業できず、また漢字が読めなくて筆記試験に通らなかった、試験に落ちるたびに、さんまにお金を送ってもらっていたという。結局ジミーは、免許を取るまで半年もかかった。さんま曰く、『車がもう1台買えたわ』。

さんまが運転手としてジミーの面倒を見るようになってからは、さんまによって才能を引き出され、数々の一発ギャグを身に付けていく。さんまが面倒を見るようになった当時のジミーは、吉本興業からは半ば見捨てられている存在であった。吉本社員の「売れるわけがない」という発言は彼ら二人の、特にさんまのモチベーションに繋がった。なお、この運転手時代に、料金所で車の窓を開けるのを忘れて、手を窓に思いっきりぶつけて手を骨折してしまったというエピソードがある。

特に、人から決まった言葉を振られた後に返すタイプのギャグが有名。「ジミーちゃんやってる?」と振られたあとの「やってる、やってるぅ」や、「ジミーがんばれよ」と振られたあとの「お前もがんばれよ!」、股間を触られたときに発する「ふるさとー」または「エクスタシー」など。これらのギャグが評判となり、天然ボケ芸人として全国的に人気を博した。(「やってる、やってるぅ」のギャグ誕生当時は、手を股間付近で動かしていたが、明石家さんまにそれはまずいと言われ、顔の付近で動かすようになった)。

芸人として絶頂期を迎えていた1996年頃に、後述するテレビ番組の企画によって芸術の才能を見出され、芸術家の道を歩むことになった。松本人志は引退に際し、「もったいないな、あいつには誰も勝たれへんで!他に辞めなあかん奴いっぱいおんのに」とジミーの才能を絶賛していた。またビートたけしも、さんまのフリに確実にギャグで返すジミーに対して「パブロフの犬の様な条件反射すごいな!」と絶賛している。

萩本欽一に「このボケが意図的であればチャップリン以来の天才喜劇役者だ」と言われた。しかし、個室で2人きりで話をして、部屋から出てきた萩本の第一声は「天然だったね…」というがっかりした声であった。これが、「天然ボケ」という言葉の由来であるといわれている。

山崎邦正も、初対面でジミーと個室で2人きりになったときに、山崎が何を聞いても、ジミーは「ウホッ、ウホッ」としか話さなかったと述懐している。

異常に嗅覚が鋭く、ある番組の企画の「たくさん並べられたスリッパの中から女子アナの履いたスリッパを当てる」というゲームで警察犬と対決し、見事勝利した。絵画を描くとき、絵具は水性をよく使うが、油性は苦手らしい。とある番組でその理由を調べるために、油性絵具のにおいを嗅がせたところ、嗚咽にもだえ苦しんでいた。油性絵具のにおいを受け付けないため、絵画ではあまり使わないらしいことがわかった。またパニックに陥ると頭や顔を掻きむしる癖がある。

現在は画家に専念しているが、さんまの舞台公演への出演、それ以外にも時折テレビにも出演し、かつてのオトボケぶりを発揮している。しかしながら、妻の親族から、テレビで昔のようなギャグやボケをするのを禁止されているらしい。しかし、振られるとついつい反応してしまうという。『ひょうきん予備校』(フジテレビ)や『欽ドン!』(同)などで、ダウンタウンとも付き合いが古く、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)の罰ゲームスペシャルにビデオ出演している。

さんまの舞台公演「明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ」については、画家転向後の一時期は出演を見合わせたが、2002年に10年目の記念ということでゲストとして復帰。2004年のPart.11以降は、再びレギュラー扱いになっている。

『ひょうきん予備校』に出演していたときは(本名の大西秀明名義)現在では考えられないほどのしっかりもののキャラで、キレのあるボケやツッコミで周囲を爆笑させていた。

また、芸人時代は島田紳助が管理していたマンションに住んでいた。

2006年出演の『いつみても波瀾万丈』(日本テレビ)にて、岡本太郎は目標、明石家さんまは親みたいなものと答える。

2008年7月26日27時間テレビ内のクイズ!ヘキサゴンIIに出演し、つるの剛士(8位)、野久保直樹(9位)、上地雄輔(12位)、スザンヌ(13位)、里田まい(14位)、木下優樹菜(15位)のおバカ6人組が出演しているのに関わらず最下位(3点)をとってしまった(明石家さんまは未受験のため中村玉緒と同点で実質16位、1回の放送で「おバカ6人組」全員に負けたのは若槻千夏misono南明奈赤井沙希以来5~6人目)。特に行列早抜け!リレークイズでは、他のおバカタレントを遥かに凌駕するような、芸人時代よりもパワーアップした凄まじいボケっぷりとさんまのフリに対する的確な持ちギャグを見せつけた。

[編集] 画家として

なんばパークス屋上に設置のモニュメント『天海の輝き』

EXテレビ』(EX Osaka、読売テレビ)や『世界ウルルン滞在記』(毎日放送)などのテレビ番組企画にて、絵画作品が抽象画家などの専門家によって評価され、1993年に初めて個展を開催。動物などをテーマとしたシュールな画風と鮮やかな色彩感覚で画家として注目脚光を浴びた。

「平成の山下清」と称されることもあるが、このフレーズは画家として活動を始める前から『EXテレビ』等で盛んに使われていたフレーズで、ジミーを画家として売り出す際に山下の名を利用しただけである。実際、人物像、作風など、両者に共通点はほとんどない。

旧・第一勧業銀行(現・みずほ銀行)のキャッシュカード通帳ボジョレー・ヌーボーのラベル、bloodthirsty butchersのアルバム『未完成』のジャケットなどを手掛けた。

香川県坂出市川崎造船坂出工場で建造された天然ガスタンカーには、ジミーと地元小学生が原画を担当した「魚」「カニ」「エビ」「カメ」の4種類の絵が、特殊フィルムによってプリントされている。なお、これは乗り物としては世界最大のラッピングであるという。

ジミーの絵が初めて『笑っていいとも』(フジテレビ)に紹介された時、司会のタモリは、これを半ば馬鹿にした様なニュアンスで取り上げており、また、スタジオの観客からも感心というよりは驚いた様な反応があった(ただし、この時点で既に現在の画風を確立している)。

絵が評価され始めた頃、先輩芸人や知人達から絵を描いて欲しいとの依頼が来るようになり、本人も断れずに描いていたという。しかし、現在は吉本興業が絵の管理を行っているため、吉本興業の許可が無い限り、描いてもらえないようになっている。しかし明石家さんまからの頼みは別のようで、松尾伴内木村拓哉工藤静香などに描いている(その都度さんまからお小遣いをもらう)。

また『ダウンタウンDX』(読売テレビ)の番組内で、芸能人の宝物を専門家に鑑定してもらうコーナーにジミーの絵が登場したこともある。このとき、まじまじと絵を見つめていた松本は、「そうか、ジミーちゃんには我々がこんな風に見えてるんだ。だから、あんな(性格)なんですねー」と語り、笑いを誘った。ちなみに鑑定結果は「100万円」。前述のボジョレーヌーボーのラベルなど、広く海外で評価されている点などが考慮されたという。

パブロ・ピカソの絵を見ようとスペインに居住した際、間違ってバルセロナに滞在してしまうこととなった。しかし、そこで、サクラダファミリアといったアントニオ・ガウディの影響を受け、立体にも開眼する。ただ、ピカソの絵も現地に展示してあったものをちゃんと鑑賞したという。

岡本太郎はジミーの作品を絶賛しており、岡本がジミーの絵を紹介するテレビ番組を見て、激励の手紙を送っている(朝日新聞2008年9月12日朝刊東京版企画掲載広告「私の転機」による)。また、岡本に初めて絵画を観てもらった際には、「描く紙が四角いことにとらわれている。キャンバスは大地。大地はもっとヤバい」という感想をもらっている。これは後の作風に大きな影響を与えている。また、ジミーは岡本から紫色の絵具を贈られている。このことについて、「どういう意図でくれたのか分からないが、紫という色はとても難しい色で、今はまだ使うことは出来ない。いつか貰った絵具で絵を書けるような画家になりたい」と語っている。

高尚になりがちな絵画を、身近にすることに評価が高い。似たような色使いをすることを「色と色とがケンカしちゃう」、パブロ・ピカソの「青の時代」を「単一の青ではない」などと表現し、判りやすくしている。加えて、絵画詐欺を解決してもらった大阪府警へのお礼に、自転車カゴのカバーをデザインするなど、身近にする活動も行っている。

[編集] 年譜・エピソード

[編集] 初恋のエピソード

恋愛とは一見、無縁のように見えるジミーではあるが、実は、切ない初恋のエピソードを持っている。幼い頃から人見知りが激しく、幼少時代は外に出ても家族以外の人とは口を聞かなかったというジミー。同級生ともなかなか馴染めずにいたそんな彼にも、ただ一人だけ、いつも優しく接してくれていた幼馴染みの女の子がいた。実は、彼が人前で初めて自分の気持ちを伝えたのが、彼女に向って言った「好き」という言葉だった(本人談)それが、ジミーの初恋だったのだ。しかし、小学校に上がったのち、その娘が病気で亡くなってしまい、そのことを担任の先生から報告されたジミーだったが、まだ子供だったせいもあって、死ということの意味が理解できず、「あの娘、また何日かしたら戻ってくるんでしょ?」と、何度も先生に尋ねたのだという。あの娘はまたいつか戻ってくる、そう信じて疑わなかったジミー。先生も困り果てるほどしつこく尋ね続けていたその時、ふと教室の扉の外に気配を感じ、そちらに目をやると、亡くなったはずのその女の子が廊下に立っているのが見えたのだという。「ほら先生、あの娘、そこにいるよ」と、慌てて先生に言ったのだが、再び廊下を見た時、すでに彼女の姿はなかった。大好きだった娘が亡くなったことでジミーの気がどうにかしてしまったのではないかと心配した同級生が「大西、あの娘を好きだったのは分かるけど、彼女は死んだんだよ、帰ってこないんだよ」と必死に彼をなだめ、その場はジミーも一応、納得したのだという。本人曰く、「彼女の幻を見たのはあの時が最初で最後だった」とのこと。

[編集] 主な出演番組(過去)

現在でも『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の罰ゲーム企画など、時折バラエティ番組に出演している。

テレビドラマ

[編集] 主なギャグ・名言など

[編集] 持ちネタ

  • 「ジミーちゃんやってる?」「やってる、やってるぅ」「やめろっちゃ」
  • 「ジミー、がんばれよ!」「お前もがんばれよ!」
  • 「ウー、ウゥ!」
  • 「桃が二つありました、桃が三つありました、合わせて?」「ももももも!」
  • 「口になんか付いてるよ?」「唇です」「何階建て?」「5階建て」
  • 「ジミーちゃん、大丈夫!」「(鼻つまんで)ダイジョウブ!」
  • 「キャビアは何の卵?」「ドラえもん!」
  • ハタ坊に扮した「ひょうきん族」で、イヤミに扮した明石家さんまに諺の問題で「人のふり見て?」と聞かれて)「どないすんねん!」 ※出演者はみな大爆笑
  • (同様に「穴があったら」)「入ってしまうかなぁ?」
  • (「ぬかに」)「漬けもん」
  • 「古今東西、お題は『欽ちゃんファミリー』!」「良い子悪い子普通の子!」
  • 「12÷3 は?」「えーっと…1あまり4」
  • 「電車の窓から頭を出してきゅっきゅっきゅーきゅっきゅっきゅー」
  • 「しっかりせぇ」「よーしわかった」
  • 「ストレッチ」「えーっと一人エッチ?」
  • 「メキシコ、メキシコー、アミーゴ!」
  • 「エクスタシー」
  • 「ナタデココー」
  • 「そこへ官房長官(本人曰く「喧嘩の仲裁をする人」)が入ってきて、お金で始末をする始末でした!」
  • 松本人志肛門を押し付けられ)「鼻の上にウンコ乗ったみたいやっ!」
  • 山崎邦正との英語の本読み対決で)「お前三人称単数現在がめちゃめちゃやんけ!」
  • 四字熟語は?」「春分の日」
  • 「ご機嫌ななめですねー」
  • 上岡から師匠をおさむは何と呼んでいるのかと問われて「ばか!」(ジミーはさんまのことを「若(わか)」と呼んでいる。なお、おさむはジミーを「大西」と呼んでいる)。

[編集] 2008年27時間テレビクイズ!ヘキサゴンIIでの珍解答

[編集] 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の罰ゲームスペシャル、「絶対に笑ってはいけない」シリーズにおいて

  • (英語で1から100まで)「ワン、ツー、(略)、ナインティーン…テンテン…テンテンワン、テンテンツー、(以下「テンテンテンテンテンテンテンテンテンテン」まで)」
  • (questionsを)「ローションズ」
  • (Veniceを)「Ven…Ven…Ven、ビクター」
  • (Tuesdayを)「習っていない」
  • DVについて その1)「誰かとビデオばっかり見てはるんですか?」
  • (DVについて その2)「カメラか何かですか?」
  • (DV知らないんですか?という問いかけに対し)「勉強不足だったもので、ございません
  • (DVについて その3)「高齢、高齢年金かも分からないですねそのとこの人。こ、厚生年金ですかね」
  • (DVの略について)「ドンマイ・バチカン」
  • (ドンマイ・バチカンを修正して)「ドンマイ・バカタレです」
  • (英語で一人しりとりというお題で)「mop(モップ) → pushphone(プッシュホン)。あ、『ん』付いてもうた」
  • (羊に対してメーではなく)「ネー」
  • (羊の痔を見て)「ウンコついてますよ」
  • (豚のお乳の出が悪いことについて、実際に乳を吸って その1)「ちょっと玉が取れてきてみたいなんで、つまっていた繊維みたいなのがとれてきた」
  • (豚のお乳の出が悪いことについて、実際に乳を吸い その2)「ここも立ってきてますんで乳首のほうも」
  • DNAについて その1)「ちっちゃいミクロのアシスタント」
  • (DNAについて その2)「ディスカウントのアシスタント」
  • (DNAについて その3)「(上記を)日本語に訳すとちょっと割り引きますよってことです」
  • ツベルクリン反応の発音について)「疑問文です。これは」
  • (ドイツの政治について)「フランクフルト、ポリスマンと私たちは癒着をしてます
  • (「英語で「きらきら星」を歌ってください」と言われると)「キラキラ、 キラキラ、 ・・・・・ キラキラ、ピカピ

[編集] 著書

[編集] 画集

[編集] 日記

[編集] 絵日記

[編集] 絵本

[編集] カレンダー

  • ジミー大西 作品集カレンダー 2002(ハゴロモ、2001年11月) ISBN 4894952645
  • ジミー大西 作品集カレンダー 2003(ハゴロモ、2002年11月) ISBN 489495298X
  • ジミー大西 作品集 2004年度 カレンダー (ハゴロモ、2003年11月) ISBN 4777402665
  • ジミー大西 作品集 2005年度 カレンダー (ハゴロモ、2004年12月) ISBN 477741275X

[編集] 関連書

[編集] 関連項目

  • 石田ひかり - テレビ番組を通じて親交がある。
  • 山田花子 - 同じ吉本興業の後輩で、キャラも似ているせいか、仲が良い。

[編集] 外部リンク

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