ジミー大西

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ジミー大西
本名 大西秀明
生年月日 1964年1月1日(48歳)
出身地 大阪府八尾市
血液型 A型
方言 大阪弁
最終学歴 大商大堺高校
師匠 明石家さんま
ぼんちおさむ
出身 現事務所直入
芸風 漫談
事務所 吉本興業
活動時期 1982年 - 1996年[1]
他の活動 画家
配偶者 既婚

ジミー大西(ジミーおおにし、1964年1月1日 - )は、日本の画家[2]、元お笑いタレントである。本名、大西 秀明(おおにし ひであき)。

大阪府八尾市出身。吉本興業所属。血液型はA型。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 青年期

八尾市立安中小学校時代は、ボーイズリーグ八尾フレンドに所属。4年後輩には桑田真澄がいた。八尾市立成法中学校時代も野球部で活躍、高校はスポーツ推薦で強豪の大商大堺高校に進学した。しかし、ベンチが出す数式を用いたサインが覚えられなかったため(一度、試合中にバッターボックスでその数式を地面に書いて計算し、監督に激怒された)、試合に出してもらえず、1年夏から引退するまでマネージャーを務めた。その野球部の監督は読売ジャイアンツに在籍していた山本功児の兄で、怖かったという。

高校時代、国鉄阪和線津久野駅で、いじめっ子に「次に来る快速電車に乗りたいから何とかして停めてくれ(快速は津久野駅に停車しないため)」と無理を頼まれ(脅され)、裸で線路に突き落とされたジミーが身を挺して電車を緊急停車させたことがある。その後ジミーはすぐ駅員に捕まり、学校に連絡されて停学処分を受けた。この事件のせいで、ジミーの両親は国鉄から請求された賠償金、数百万円を借金をしてまで支払わなければならない破目になってしまった。[要出典]

成績の悪さから就職先が見つからないため、担任教師が吉本興業に雇ってくれるよう頼み込んだ事で、高校在学中から吉本に入り、なんば花月の裏方(幕引きや進行)を務める。明石家さんまとはこの頃に出会っている。その後、さんまの勧めによりぼんちおさむに弟子入り。しかし憧れは間寛平だった。吉本新喜劇などを経て「おおにしこにし」という漫才コンビを結成したが、どうしてもジミーだけが目立ってしまうため長続きしなかった。

[編集] 芸人時代

ひょうきん予備校』(1986年-1987年)に出演していた(本名の大西秀明名義)ときは、現在では考えられないほどのしっかりもののキャラで、キレのあるボケやツッコミで周囲を爆笑させていた。また、芸人時代は島田紳助が管理していたマンションに住んでいた。

萩本欽一に「このボケが意図的であればチャップリン以来の天才喜劇役者だ」と言われた。しかし、個室で2人きりで話をして、部屋から出てきた萩本の第一声は「天然だったね…」というがっかりした声であった。これが、「天然ボケ」という言葉の由来であるといわれている。

運転手にならないかとさんまに誘われた時は、ジミーは運転免許を持っておらず、そこでさんまに『2週間で免許が取れる合宿制の自動車教習所があるから行ってこい』と言われ、合宿制の自動車教習所に通った。1カ月たっても卒業できず、また漢字が読めなくて筆記試験に通らなかった、試験に落ちるたびに、さんまにお金を送ってもらっていたという。結局ジミーは、免許を取るまで半年掛かった。さんま曰く、『車がもう1台買えたわ』。

さんまが運転手としてジミーの面倒を見るようになってからは、さんまによって才能を引き出され、数々の一発ギャグを身に付けていく。さんまが面倒を見るようになった当時のジミーは、吉本興業からは半ば見捨てられている存在であった。吉本社員の「売れるわけがない」という発言は彼ら二人の、特にさんまのモチベーションに繋がった。なお、この運転手時代に、料金所で車の窓を開けるのを忘れて、手を窓に思いっきりぶつけて手を骨折してしまったというエピソードがある。

特に、人から決まった言葉を振られた後に返すタイプのギャグが有名。「ジミーちゃんやってる?」と振られたあとの「やってる、やってるぅ」や、「ジミーがんばれよ」と振られたあとの「お前もがんばれよ!」、股間を触られたときに発する「ふるさとー」または「エクスタシー」など。これらのギャグが評判となり、天然ボケ芸人として全国的に人気を博した。(「やってる、やってるぅ」のギャグ誕生当時は、手を股間付近で動かしていたが、明石家さんまにそれはまずいと言われ、顔の付近で動かすようになった)。

芸人として絶頂期を迎えていた1996年頃に、後述するテレビ番組の企画によって芸術の才能を見出され、芸術家の道を歩むことになった。松本人志は引退に際し「もったいないな、あいつには誰も勝たれへんで!他に辞めなあかん奴いっぱいおんのに」とジミーの才能を絶賛していた。またビートたけしも、さんまのフリに確実にギャグで返すジミーに対して「パブロフの犬の様な条件反射すごいな!」と絶賛している。

山崎邦正も、初対面でジミーと個室で2人きりになったときに、山崎が何を聞いても、ジミーは「ウホッ、ウホッ」としか話さなかったと述懐している。

異常に嗅覚が鋭く、組の企画の「たくさん並べられたスリッパの中から女子アナの履いたスリッパを当てる」というゲームで警察犬と対決し、見事勝利した。また絵画修業で赴いたアフリカでは、広大な平原を徘徊しているアフリカゾウを臭いで探し当てた。

絵画を描くとき、絵具は水性をよく使う。

[編集] 画家転向後

現在は画家に専念しているが、さんまの舞台公演への出演、それ以外にも時折テレビにも出演し、かつてのオトボケぶりを発揮している。しかしながら、妻の親族から、テレビで昔のようなギャグやボケをするのを禁止されているらしいが、振られるとついつい反応してしまうという。『ひょうきん予備校』(フジテレビ)や『欽ドン!』(同)などで、ダウンタウンとも付き合いが古く、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)の罰ゲームスペシャルにビデオ出演している。松本は「画伯は今ではこの番組ぐらいにしか出てくれませんから」と語っている。

さんまの舞台公演「明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ」については、画家転向後の一時期は出演を見合わせたが、2002年に10年目の記念ということでゲストとして復帰。2004年のPart.11以降は、再びレギュラー扱いになっている。(但し、14回公演は、スケジュールがずれてしまい出演しなかった。(ちょうど、海外での絵画留学があった為)なので、13回公演でゲスト出演した山田花子が出演する事になった)

2006年出演の『いつみても波瀾万丈』(日本テレビ)にて、岡本太郎は目標、明石家さんまは親みたいなものと答える。

2008年7月26日27時間テレビ内のクイズ!ヘキサゴンIIに出演。行列早抜け!リレークイズでは、さんまのフリに対する的確な持ちギャグを見せつけ、また中村玉緒・浅田美代子と共にヘキサゴンファミリーのおバカキャラ達を圧倒するボケを披露した。司会の島田紳助もこのジミーの活躍に「ジミーに久しぶりに会ったけど、前より確実にパワーアップしてる」と彼を評価している。

2009年6月27日放送の『ヤングタウン土曜日』にて、クリスマスに向けてイケメンになるために整形手術を行ったことがさんまから明かされた。あごの骨を削る本格的な手術で、12月までは食事は流動食のみで、包帯グルグル巻きの状態であるとのことである。しかし、ライオンのごきげんようにて、さんまが出演した際、ジミーの整形の話をし、12月にジミーがさんまのところにきたが、さんま曰く「なんにも変わっていなかった」とのこと。

[編集] 画家として

なんばパークス屋上に設置のモニュメント『天海の輝き』

EXテレビ』(EX Osaka、読売テレビ)や『世界ウルルン滞在記』(毎日放送)などのテレビ番組企画にて、絵画作品が抽象画家などの専門家によって評価され、「平成の山下清」と周囲(特に島田紳助)から言われるようになる[3]1993年に初めて個展を開催。動物などをテーマとしたシュールな画風と鮮やかな色彩感覚で画家として注目脚光を浴びた。

ダウンタウンDX』(読売テレビ)の番組内で、芸能人の宝物を専門家に鑑定してもらうコーナーにジミーの絵が登場したこともある。このとき、まじまじと絵を見つめていた松本は、「そうか、ジミーちゃんには我々がこんな風に見えてるんだ。だから、あんな(性格)なんですねー」と語り、笑いを誘った。

鑑定結果は「100万円」。後述のボジョレーヌーボーのラベルなど、広く日本国外で評価されている点などが考慮されたという。

パブロ・ピカソの絵を見ようとスペインバルセロナ[4]に滞在した際にアントニオ・ガウディの影響を受け、立体にも開眼する。

[編集] 岡本太郎との関係

岡本太郎はジミーの絵の紹介するテレビの番組を見て、激励の手紙を送っている[5]。また、岡本に初めて絵画を観てもらった際には「描く紙が四角いことにとらわれている。キャンバスは大地。大地はもっとヤバい」という感想をもらっている[6]。これは後の作風に大きな影響を与えている。また、ジミーは岡本から紫色の絵具を贈られている。このことについてはテレビ番組[7]で「どういう意図でくれたのか分からないが、紫という色はとても難しい色で、今はまだ使うことは出来ない。いつか貰った絵具で絵を書けるような画家になりたい」と語っている。

[編集] 主な作品

[編集] 年譜・エピソード

[編集] 主な出演番組(過去)

現在でも『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の罰ゲーム企画など、時折バラエティ番組に出演している。

テレビドラマ

[編集] 主なギャグ・名言など

[編集] 持ちネタ

  • 「ジミーちゃんやってる?」「やってる、やってるぅ」「やめろっちゃ」
  • 目上の人が、「ジミーちゃん、がんばれよ!」と言うと、目上の人にもかかわらず、「お前もがんばれよ!」と言う
  • 「ウー、ウゥ!」
  • 「桃が二つありました、桃が三つありました、合わせて?」「ももももも!」
  • 「口になんか付いてるよ?」「唇です」「何階建て?」「5階建て」
  • 「ジミーちゃん、大丈夫!」「(鼻つまんで)ダイジョウブ!」
  • 「キャビアは何の卵?」「ドラえもん!」
  • ハタ坊に扮した「ひょうきん族」で、イヤミに扮した明石家さんまに諺の問題で「人のふり見て?」と聞かれて)「どないすんねん!」 ※出演者はみな大爆笑
  • (同様に「穴があったら」)「入ってしまうかなぁ?」
  • (「ぬかに」)「漬けもん」
  • 「古今東西、お題は『欽ちゃんファミリー』!」「良い子悪い子普通の子!」
  • 「12÷3 は?」「えーっと…1あまり4」
  • 「電車の窓から頭を出してきゅっきゅっきゅーきゅっきゅっきゅー」
  • 「しっかりせぇ」「よーしわかった」
  • 「ストレッチ」「えーっと一人エッチ?」
  • メキシコ、メキシコー、アミーゴ!」
  • 「エクスタシー」
  • 「ナタデココー」
  • 「そこへ官房長官(本人曰く「喧嘩の仲裁をする人」)が入ってきて、お金で始末をする始末でした!」
  • 松本人志肛門を押し付けられ)「鼻の上にウンコ乗ったみたいやっ!」
  • 山崎邦正との英語の本読み対決で複数形のsを取り上げて)「お前三人称単数現在がめちゃめちゃやんけ!」
  • 四字熟語は?」「春分の日」
  • 「ご機嫌ななめですねー」
  • もんまり
  • 上岡から師匠をおさむは何と呼んでいるのかと問われて「ばか!」(ジミーはさんまのことを「若(わか)」と呼んでいる。なお、おさむはジミーを「大西」と呼んでいる)。

[編集] 著書

[編集] 画集

[編集] 日記

[編集] 絵日記

[編集] 絵本

[編集] カレンダー

  • ジミー大西 作品集カレンダー 2002(ハゴロモ、2001年11月) ISBN 4894952645
  • ジミー大西 作品集カレンダー 2003(ハゴロモ、2002年11月) ISBN 489495298X
  • ジミー大西 作品集 2004年度 カレンダー (ハゴロモ、2003年11月) ISBN 4777402665
  • ジミー大西 作品集 2005年度 カレンダー (ハゴロモ、2004年12月) ISBN 477741275X

[編集] 関連書

[編集] 脚注

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  1. ^ それ以降も時々出演。
  2. ^ 本人は「絵描き」と称している
  3. ^ ただし、両者の作風や人物像に全く共通点はない。
  4. ^ バルセロナはピカソが青年期に修行した町で、ピカソ美術館がある。
  5. ^ 朝日新聞2008年9月12日朝刊東京版企画掲載広告「私の転機」
  6. ^ この話が「岡本太郎がジミーの絵を絶賛した」という伝聞の元になっている。
  7. ^ NHK 夢の聖地へ
  8. ^ http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_01/g2007011204.html
  9. ^ 谷村ひとし著 パチンコドンキホーテより

[編集] 外部リンク

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