雨上がり決死隊

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雨上がり決死隊
メンバー 宮迫博之
蛍原徹
別名 あめあがり
結成年 1989年
事務所 吉本興業
活動時期 1989年 -
出身 NSC大阪校7期
影響 ダウンタウン
出会い NSC
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 コント
ネタ作成者 両者
現在の代表番組 レギュラー番組
アメトーーク!
世界行ってみたらホントはこんなトコだった!?
バイキング
スペシャル番組
R-1ぐらんぷり
過去の代表番組 ワンナイR&R
ひらめ筋GOLD
ハナタカ天狗
雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!
リンカーン
同期 名倉潤
松村邦洋
なるみ
受賞歴
1992年 ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
1992年 上方お笑い大賞銀賞
1993年 上方漫才大賞新人奨励賞
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雨上がり決死隊(あめあがりけっしたい)は、吉本興業所属のお笑いコンビ。愛称は雨上がりで、後輩芸人からは雨さんと呼ばれる。

メンバー[編集]

略歴[編集]

  • 2人共吉本総合芸能学院(NSC)出身(1988年度・7期生)。
  • コンビ名の由来は、2人とも好きだったRCサクセションの曲『雨あがりの夜空に』から。正確には、NSC同期生で行なったライブのタイトル「雨上がり決死隊」をそのままコンビ名にしたものである。
  • NHKの番組出演時には、「死」という文字を使用するのは放送上好ましくないというNHK側の意向により、「雨上がり決隊」と暫定的にコンビ名を変えることで対処した(ただし、蛍原単独で出演した第60回NHK紅白歌合戦Eテレ0655等は例外)。なお、知人にお祝いの品を贈る際にもこの名前を使用している。また、踊る!さんま御殿出演時には「雨上がり決し隊」の表記だったこともある。現在はNHKでも『雨上がり決死隊』で出演可能になり、NHKでも本来のコンビ名で出演している。
  • 1989年3月(NSC卒業後)にコンビを結成したが、それ以前はそれぞれ別のコンビを組んでおり、宮迫は「ぴいぷる」、蛍原は「ホワイト&ホワイト」として活動していた。蛍原は他にも、「のっぺり星人」としてピン芸人として舞台に立ったことがある。
  • NSC時代に、高校時代の同級生など元々友人関係から来たお笑いコンビを多く見てきた。そのため、宮迫と蛍原はコンビを結成した当時、自分達も二人での思い出(=ネタ)を作らなければいけないと1年間芸人としての活動は少なくして一緒に過ごそうと決め、アルバイトも同じバーで始めた。ちなみに、宮迫はそのバーでのアルバイトがろくに続かず辞めてしまい、蛍原だけが数年勤めた。
  • NSC時代の同期生に、ナインティナイン矢部浩之の実兄・矢部美幸(現:ラフェイス代表取締役)がいる。彼は当時、お笑いコンビ「ちゃんねるず」として活動していた。
  • 1990年代前半は、若い女性達を中心に人気を博した吉本興業のお笑いユニット・吉本印天然素材のリーダー格として活躍。天然素材で共に活動していたナインティナインはNSC9期生で、2年後輩になる。
  • 1992年1月、第13回ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞を受賞したが、最優秀新人賞はナインティナインが受賞し東京進出を果たした。以後、東京進出までに時間を要することとなった。
  • お笑い新人グランプリ結果発表の際、発表の前に審査員が最優秀新人賞ナインティナインの賞状を持って宮迫の前を通り、それを見てしまった宮迫はすごい顔をしたという。
  • 大人気の天然素材時代、同番組でMCを担当する。当時の雨上がりは天然素材の牽引役でありナイナイと人気を二分していた。ナイナイ・FUJIWARAチュパチャップスバッファロー吾郎等に対し、宮迫は「お前ら、面白くないねん!!俺らが1番面白いんや」と暴れるキャラクターでもあった。天然素材はアイドル芸人として売ろうとする会社の方針と対立したが、かえってお笑いを愛する芸人の集まりだった天然素材内部の結束力は高まり、現在でも宮迫は「天素が滑るな」と元メンバーを叱咤することがある。
  • 名古屋では、CBC中部日本放送の夕方のワイド番組『ミックスパイください』にレギュラーで出演。その姉妹番組である深夜番組『ミックスパイ+』にも出演し、番組の総合司会を任せられていたが、高視聴率を誇っていたミックスパイ本編とは逆にミックスパイ+は常に視聴率0%台を叩き出していた。その事実を知った宮迫は、「こんな誰も見てないテレビに出ても仕方ない!」「やる気ないわ!」「帰る!」等、番組の生放送中に暴言を吐きまくり、その日の番組は終了。程なく番組自体も放送終了した。しかし、この番組以降もCBCテレビの番組にことある毎に出演しており、現在は『ノブナガ』の準レギュラー(以前はレギュラーだったが、現在はフットボールアワーと2週ごとに交代で出演)である。
  • 1999年に人気番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演し再び注目を浴びる。その後『めちゃ×2イケてるッ!』に出演したことや、宮迫の「宮迫です」の自己紹介ネタが定着したことなどから再び人気に火が点き始めた。なお、この自己紹介ネタは、現在全国ネットの放送では披露する機会が少ないが、関西ローカル放送の『痛快!明石家電視台』(毎日放送)では欠かさず披露されている。
  • 2000年に、フジテレビの深夜番組『エブナイ』で木曜のレギュラーとして出演。番組での様々なキャラクターによるコントが視聴者にウケて、木曜の放送は『ワンナイ THURSDAY 〜ウケねらいな俺達〜』と改題された後に『ワンナイR&R』として独立。その後、プライムタイムへと進出した。これにより、ガレッジセール山口智充(途中から、平畠啓史とのDonDokoDonとしての出演)らと共に大ブレイクを果たした。
  • 2003年に、初の全国ネットの冠番組雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』を持つ。

エピソード[編集]

  • 司会進行は番組によってまちまちである。宮迫単独の番組では、宮迫が進行役を担当するが、コンビでは蛍原が進行役を担当することが多い。
  • 2人ともパソコンを所持していないなど機械類に非常に疎いことをラジオで公言している。
  • 2人とも現在、禁煙中で2011年現在、蛍原は9年目、宮迫は3年目。[1]
  • 先にブレイクしたナインティナインより2年先輩だが、この2組が共演した時は宮迫が岡村にタメ口で話されたり呼び捨てや「お前」呼ばわりされた挙句[2]にキレて取っ組み合いになり、止めに入った蛍原[3]が宮迫にドロップキックを浴びせられて吹っ飛ぶというミニコントがある[4]。もちろん、これはネタであり、本来はナイナイは宮迫さんと呼んでいる、但し、蛍原は「ホトちゃん」と呼ぶ事がしばしばある。
  • 2人の共通点として、B級グルメ好きであることが挙げられる。特に餃子の王将は二人とも大ファンであり、ラジオで餃子の王将から放送したこともある。
  • 同世代の芸人さまぁ〜ずとは、1度ブレイクするも消えてその後再ブレイクした、『ボキャブラ天国』のオファーが来ていたにもかかわらず本人の意思により出演しなかったという共通点を持つ。ちなみにさまぁ〜ずは1年先輩で宮迫は年上というのもあってか敬語で話している。因みに蛍原は先輩ではあるが、同級生である。
  • コンビ仲については『アメトーーク!』にて「さまぁ〜ずさんと同じで、飲みに行くのも1人誰か他にいれば行ける」と述べている。
  • 『アメトーーク!』において「雨上がりファミリー」と呼ばれるものがある。そのメンバーは、FUJIWARA(藤本敏史原西孝幸)、千原兄弟千原せいじ千原ジュニア)、バッファロー吾郎(木村明浩竹若元博)、ほっしゃん。、宮川大輔、渡辺鐘オモロー山下(共に当時ジャリズム)、たむらけんじケンドーコバヤシである。
  • ボケ・ツッコミが最近よく(特にフリートーク中に)入れ替わることを指摘されており、「いつボケとツッコミ変わったんですか?」と問われ、宮迫は「だいぶ前」と答えた(『アメトーーク』Pリーグ芸人の回にて)。

出演(コンビでの出演)[編集]

テレビ番組[編集]

バラエティ番組[編集]

現在[編集]

スペシャル番組[編集]

過去[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオ番組[編集]

CM[編集]

映画[編集]

著書[編集]

  • 雨上がり決死隊の天使と悪魔(ぴあ)
  • 雨上がり文庫(小学館文庫)

その他[編集]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ アメトーーク 2011年7月22日
  2. ^ 最近はタメ口よりも呼び捨て・「お前」呼ばわりで起こる方が多い。
  3. ^ 不在の場合もあり。
  4. ^ ナインティナインと同期の宮川大輔と共演した時やプライベートをバラされた時にも起こることがある。
  5. ^ 深夜の人気番組、ゴールデンでアツ~い対決SANSPO.COM 2011年10月21日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]