山田五郎

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山田 五郎(やまだ ごろう、1958年12月5日 - )は、東京都渋谷区出身の美術評論家タレントコラムニスト。元講談社編集者。本名は武田 正彦(たけだ まさひこ)。愛称は教授五郎さん

人物[編集]

  • 東京国立博物館評議員。イギリス古時計協会(Antiquarian Horological Society)会員。GPGH(Grand Prix d'Horlogerie de Geneve)元審査員。
  • 自身が認める得意分野は美術と時計、次が男性ファッションと「街」。
  • 特に機械式時計の歴史に詳しく、専門学校で教えていたことも。
  • そのヘアスタイルから、和製タンタンとも呼ばれたことがある[1]
  • ペンネームは、『ホットドッグ・プレス』編集部の忘れ物入れに落ちていたモンブランシャープペンシル(pix75)に記してあった持ち主「Yamada」の名前をペンと共に拝借。「五郎」は適当に決めたもの。
  • 西洋美術に造詣が深い。
  • 趣味は時計鉱物ドクログッズ、鉄瓶などの収集とギターみうらじゅんとは雑誌の対談で知り合いSMフェチロックなどの共通の趣味を通じ、現在も親友関係にある。
  • 好物はスジ肉
  • 東京に生まれるが、9歳から高校卒業までの10年間を大阪(当初は短期間であるが兵庫県西宮市に住む)で過ごしたため、全国ネットのテレビ番組では共通語で話すが、関西向けの番組などでは流暢な大阪方言を使う。流暢な英会話もできる。
  • 西宮の小学校に編入した当時は、東京から来た「東京もん」ということで、何をやっても「コイツは東京やから」と否定的に受け止められる。大喧嘩して児童相談所に送られたこともあった[2]が、本人は大阪になじむために、必死に溶け込んだ。高校卒業するころには立派な大阪弁を駆使する「大阪人」となっていた。
  • 灘中学校の受験に失敗して公立中学校に進んだため「周りがみんなバカに見え」、再度非行に走って警察補導されたが、両親に泣かれて更生。反動で中学2年の頃は引きこもりとなり、誰とも話さず読書ばかりしていたが、「そういうことは東大に入ってからやれ」と父親に叱責されて反発し、映画音楽美術文学の世界に入り込んだという[2]
  • いわゆる「サブカル系文化人」に属している。
  • 黒澤明監督の映画『影武者』にエキストラ出演している。陰部火傷するなど撮影は苛烈を極めたが、撮影の合間に黒澤に「(本名が武田であることから)君は武田信玄の末裔かね」と声を掛けられ、嬉しかったという(信玄と山田に血縁関係は無い)。

経歴[編集]

同在学中にオーストリアザルツブルク大学へ留学し、西洋美術史を専攻。 大学の卒論は「戦後野球漫画の様式的発展」。指導教官は何初彦。

大学卒業後は講談社へ入社し、『ホットドッグ・プレス』『ソフィア』『チェックメイト』『TOKYO1週間』などの雑誌編集を担当。『ホットドッグ―』では編集長を務めた。いとうせいこうは講談社での後輩であり、数年間は共に『ホットドッグ―』に所属していた。

テレビ出演のきっかけは『タモリ倶楽部』のコーナー「今週の五つ星り」に出演していた赤井英和が降板することになり、その代わりとして同番組の構成作家で知り合いの高橋洋二から急遽出演を依頼されたことにある[3]。これを皮切りに、現在ではバラエティ番組に多数出演している。2004年6月に講談社を退社し、独立。現在はフリーの編集者、評論家、タレント、コラムニストとして活動している。

エピソード[編集]

  • 『山田五郎』という芸名の由来はモンブランのPIXという当時20~30万円したシャープペンシルが山田のいた編集部の忘れ物のところに落ちていた。取りに来る人がいないまま1年以上経ったため「もらっていいかな」と思った際、そのシャープペンシルに「Yamada」と彫ってあった。どうしようか考えた結果「俺は山田になればいいんだ!」と気付き芸名を山田とした。
  • 「今週の五つ星り」ではタモリヒュフテヴィッセンシャフトラー・山田五郎教授と紹介され[4]、また『タモリのボキャブラ天国』では美術評論家・山田五郎教授という架空の肩書きで出演していた。そのため、番組外でも「美術評論家」などの肩書で記事になったこともあった[5]。ちなみにヒュフテヴィッセンシャフトラー(Hüftewissenschaftler)とは、ドイツ語のHüfte(尻)とWissenschaftler(学者)をあわせた「尻学者」という造語である。
  • テレビ朝日系列の深夜番組『虎の門』の人気コーナー「うんちく王決定戦」では、上田晋也伊集院光松尾貴史なぎら健壱と共にうんちく5強と称された。山田は初代王者である。このことは、この後に出版された『うんちくブック』(テレビ朝日「虎ノ門」うんちく王選定委員会・編、双葉社・刊)でも紹介された。
  • 「TOKYO REMIX ZOKU」では、共演する中川翔子(しょこたん)の持ち歌をアコースティックに編曲し、ギター伴奏することも。その勢いで『スカシカシパンすこし変?』という曲を作詞・作曲し、中川翔子の1stアルバム『Big☆Bang!!!』にも収録された。
  • 大阪へ帰ると『探偵!ナイトスクープ』は必ず見ているとのこと。後に同番組の顧問(ゲスト)として出演している。
  • VOW9」(1997年、宝島社)のカバー裏には、山田の若かりし頃のピンナップが掲載されている。
  • ネプリーグの芸能界超常識王決定戦SPでは、レギュラーのネプチューンを除き、雨上がり決死隊FUJIWARA西川史子と並び現在最多2回優勝(及び500万円獲得)をしている。
  • 2011年9月8日「荒川強啓 デイ・キャッチ!」出演を取材名目で休む。翌週15日に復帰、前週休んだ理由が食道癌の治療であったことを明かした[6]

出演[編集]

テレビ[編集]

レギュラー

不定期出演

番組終了

ドラマ

CM[編集]

放映中

  • YKK AP(ナレーション)
  • ENEOS(ウサゴローの中の人)

放映終了

ラジオ[編集]

レギュラー

番組終了

不定期

映画[編集]

その他[編集]

主な著書[編集]

DVD[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 山田五郎が“和製タンタン”に、自前で用意した青セーターにコート姿。”. ナリナリドットコム (2011年11月13日). 2014年11月7日閲覧。
  2. ^ a b 講談社MOOK[セオリー]vol.4『学歴社会の楽しみ方』p.46(2006年)のインタビューでの発言。
  3. ^ 高橋はナンシー関と共に『ホットドッグ・プレス』の読者投稿欄「ぱっくんぷれす」を担当するライターでもあり山田と親交をもつ人物。
  4. ^ R25リクルート)2007年6月21日号でのインタビューより。
  5. ^ 山田五郎 芸術家の「ヘンタイ」部に光を当てるイベント人気”. NEWSポストセブン (2014年8月26日). 2014年11月7日閲覧。
  6. ^ “山田五郎氏が食道がん手術を明かす”. 日刊スポーツ. (2011年9月16日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20110916-835648.html 2014年11月7日閲覧。 

外部リンク[編集]