いまみちともたか
| いまみちともたか | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | 今道友隆 |
| 別名 | イマサ |
| 出生 | 1959年10月12日(53歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP ロック |
| 職業 | 作曲家 ギタリスト |
| 担当楽器 | ギター |
| 活動期間 | 1984年 - |
| 共同作業者 | BARBEE BOYS |
| 公式サイト | 本人のホームページ |
いまみちともたか(いまみち ともたか、本名 今道 友隆(いまみち ともたか)、1959年10月12日 -)は、ロックバンドBARBEE BOYSのメンバーでギタリスト・作曲家。
目次 |
来歴・人物 [編集]
東京都出身。父親は、哲学者、美学者であった今道友信(元東京大学名誉教授、元聖トマス大学名誉教授)。ピアニストの川口信子は実妹。また、母親は元ソプラノ歌手で音楽大学の教授であったが、幼少時に両親が離婚し、父親の元で育てられる[1]。
1984年にBARBEE BOYSのリーダーとして、ギター担当でデビュー。ソングライターとしてBARBEE BOYSのヒットシングル「目を閉じておいでよ」「負けるもんか」「女ぎつね on the Run」等を含め、殆どの曲の作詞・作曲を担当。
お気に入りのアーティストはデヴィッド・ボウイ、T-REX、ジグ・ジグ・スパトニックなど[2]
バービー在籍時より川村かおりらへの楽曲提供や、ギタリストとしてPSY・S、渡辺美里、佐野元春、井上陽水などのレコーディングへの参加。1985年「チャック・ムートン」名義で松田聖子「裏庭のガレージで抱きしめて」の作曲を担当(アルバム「StrawberryTime」に収録)。
解散後は『Love Dynamights』名義でソロ活動。さらに1994年からKei-Tee(現・角川慶子)と元グラスバレーの上領亘とともに『Kei-Tee+LOVE DYNAMIGHTS』で活動。2004年には初のいまみちともたか名義の作品を発表した。
通称イマサ。
私生活ではバービー - 時代バンドメンバーのスタイリングを担当していた女性と1991年(平成3年)3月3日午前3時33分に結婚、子も授かるが後年離婚。
その後Kei-Teeと同棲を経て2001年に入籍(いまみち・Kei-Teeとの間には子なし)。なおKei-Teeの実父は角川春樹であり、角川・いまみちは”婿と舅(しゅうと)”に当たったが、2007年1月に離婚している(現在バツ2)。
ギタリストとしてのテクニカル面 [編集]
弦楽器だけで鍵盤楽器のような音楽表現を追求する空間系のバッキングワークを得意とする。BARBEE BOYS時代はKONTAのサックスを除くと基本的に3ピース(ドラム・ベース・ギター)構成であるにもかかわらず、その個性的なアルペジオとコンプレッサー・空間系エフェクター(エコー・ディレイ)によるクリアな音色により、バンドとしてのカラーを演出しているとともに音の厚みを感じさせる。一見テクニカル志向を感じさせないが、非常に高度な技術で演奏を行っている。
出演 [編集]
- 『森田一義アワー 笑っていいとも!』「テレフォンショッキング」(1991年4月2日)
- あごの長いのが特徴だが、「医学的にこの骨格は珍しいらしい」という話を本人が披露した。「ししゃもが好物で、ししゃもばかり食べていたら、骨の発育が良くなって、このあごになった。」と、冗談めかすやりとりもあった。
ディスコグラフィー [編集]
※ソロ以降
アルバム [編集]
- STEREO SOLID SONIC(Love Dynamights名義、1993年12月22日)
- STEREO SOLID SONIC Vol.2 〜The Ultra Sound Track(Love Dynamights名義、1994年12月19日)
- 愛は極嬢(Kei-Tee+LOVE DYNAMIGHTS名義、1994年11月23日)
- PINK&BLUE(Kei-Teeといまみちともたかとlove LOVE DYNAMIGHTS名義、1996年)
- SLOW RIDE(いまみちともたか名義、2004年4月7日)
シングル [編集]
- WILDルビィ(Kei-Tee+LOVE DYNAMIGHTS名義、1994年10月21日)
脚注 [編集]
- ^ 吉田豪「バンドライフ」メディアックス収録のインタビューより
- ^ http://homepage3.nifty.com/chordstroke/2012_06.htm いまみちともたか ima_gene_box 私的駄文 レコード盤が好きだった 3-3 2012/6/09
外部リンク [編集]
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