桂ざこば (2代目)

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桂ざこば
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結三柏は、桂米朝一門の定紋である。
本名 関口 弘(せきぐち ひろむ)
生年月日 1947年9月21日(64歳)
出身地 大阪市西成区
血液型 O型
方言 関西弁
師匠 桂米朝
出身 大阪市西成区今池
芸風 上方落語
事務所 米朝事務所
活動時期 1963年 -
配偶者
親族 関口まい(次女)
弟子 桂塩鯛、他
公式サイト 桂ざこば公式サイト
受賞歴
1985年(昭和60年) 「上方お笑い大賞」金賞
1992年(平成4年)「上方お笑い大賞」大賞

2代目 桂 ざこば(にだいめ かつら ざこば、1947年9月21日 - )は、日本落語家上方噺家)、タレント。本名、関口 弘(せきぐち ひろむ)。

大阪市西成区今池出身。米朝事務所所属。上方落語協会会員(代表理事)。前名は桂 朝丸(かつら ちょうまる)。出囃子は「御船」(ぎょせん)。愛称は「ざこびっち」。桂雀々とは夫人同士が姉妹であるため義兄弟の間柄。甥(ざこばの妻の弟の子)にJAY'ED


目次

[編集] 来歴

小学校2年生の時、両親が離婚し警察官だった父親に引き取られたが、3ヶ月ほど経って父親は電車に飛び込み自殺してしまった。1963年(昭和38年)、日本橋中学校卒業後に3代目桂米朝に入門。師匠米朝は同時に育ての親にもなり、家族同然の内弟子生活を過ごしていくこととなる。また、この頃、4代目桂文紅の自宅に居候していた時期がある。朝丸時代(千土地興行大宝芸能所属)千日劇場トップホットシアターに出演。千日劇場では師匠米朝が司会する「お笑いとんち袋」(関西テレビ大喜利番組)のレギュラーとなり、トップホットシアターでは自作の「動物いじめ」で売り同劇場の看板芸人となった。「動物いじめ」はレコード化もされたが、ネタの内容に動物愛護団体からクレームが付いた。

スポット的ではあるが、テレビ番組の収録で吉本興業の花月劇場チェーンや、松竹角座の舞台にも立った。

全国的には「ウィークエンダー」での「テレビ三面記事」のレポーターとして売れた。全身を使った身振りと「~なわけや!」と叫ぶレポートは有名であった。このため、概ね1970年(昭和45年)以前の生まれの者には、現在でも前名の朝丸の名の方が通用する場合がある。

全国区入り後は東京で活動するようになったが、ホームシックになり大阪に拠点を戻す。2006年平成18年)以降、大阪のテレビ、ラジオを含めて9本のレギュラー番組を持つほど活躍している。60歳になるのを機にマスコミでの露出は減らし、全国各地で落語会を開催したいとする意向を、かねてより明かしている(産経新聞2006年7月27日の記事「桂ざこば、60歳でマスコミ引退し落語家に専念」より)。ただ、最近は軟化し、レギュラー番組の出演は10月の改編期を過ぎても降板せずに引き続き続投したり、「65歳までは頑張る」と軌道修正ともとれる発言もしている。

噺のスタイルは「朴訥」。詰まり、台詞忘れ、どもりなども頻繁(後述)だが、笑いを取り始めてからの爆発力は相当なものがある。言葉遣いに一家言(「噺家は口に新しいと書くのだから、現代的な言葉遣いで落語をするべき」)があり、江戸落語における江戸弁、師匠・米朝の旧来の大坂上方言葉の使用など、落語を古典芸能化する風潮には批判的である。また、本来はめものの入る噺(「肝潰し」など)でも、敢えてはめものを入れずに口演する傾向が見られる。

現在も全国ネットの番組に出演したり、各地で在京の落語家(6代目三遊亭圓楽との共演が多い)との会を開くなど、上方の噺家においては、屈指の全国的知名度を誇る噺家の一人である。いっぽう、自費を投じて大阪市内に寄席「動楽亭」を開くなど、在阪の落語家としても、存在感を増している。

[編集] 経歴

  • 1963年(昭和38年)桂米朝に入門
  • 1966年(昭和41年)初の独演会「朝丸自身の会」開催
  • 1985年(昭和60年)「上方お笑い大賞」金賞受賞
  • 1988年(昭和63年)2代目「桂ざこば」を襲名(襲名の際は初代の墓に参り法要をしている)
  • 1992年(平成4年)「上方お笑い大賞」大賞受賞
  • 1994年(平成6年)上方落語協会を脱退
    • 会長選出方法などをめぐって当時の執行部(特に露の五郎)と対立した桂枝雀一門が脱退し、その脱退問題を話し合う場で、ある理事が会費滞納を理由に枝雀一門を非難した。その非難に「枝雀兄ちゃんを悪くいうんか」と怒ったざこばが一門を率いて脱退した。
  • 2004年(平成16年)6月21日 上方落語協会に復帰
  • 2007年(平成19年)7月7日 噺家生活45周年・還暦記念公演「桂ざこばの会」を京都南座で開催
  • 2008年12月 西成区山王のマンション2階に寄席小屋「動楽亭」を開設
  • 2011年 大阪市民表彰受賞。

[編集] 得意とするネタ

らくだお玉牛崇徳院、一文笛、肝潰し、厩火事、遊山船、強情、天災、坊主茶屋、子は鎹不精の代参 など

[編集] 人物

[編集] 米朝一門

  • 米朝一門の中では桂枝雀死後、実質的に弟子筆頭として、桂南光とともに米朝を補佐し、一門の運営を主導している。(ざこばの兄弟子月亭可朝は他の一門のメンバーと別の事務所に所属していることもあり、米朝一門の運営に直接関わっていない。)なお、ざこばと南光は米朝一門の大半が所属する米朝事務所の常務取締役である。
  • 好きな人物への思いやりが強く、親友・2代目桂春蝶、最愛の兄弟子2代目桂枝雀、弟弟子の桂吉朝、そして2004年には自身の弟子である桂喜丸の告別式での泣き様は尋常ではなかった。
  • 内弟子時代に師匠米朝の自宅にて居候していた頃、背中の皮膚病で悩まされ、塗り薬を塗っていたが、薬の悪臭がひどく米朝家のお手伝いさんに嫌がられていた。ある時に米朝はざこばを手招きし、薬をその背中に塗ってくれた。薬はヤブ医者からの物で一向に効かず、改めて別の病院で受けた注射でようやく治ったが、ざこばは米朝の思い遣りに感激し恩に感じ、一生付いていこうと心に決めた。
  • 内弟子時代、師匠米朝の長男である明(現・5代目桂米團治)がまだ赤ん坊の頃、子守を言いつけられていたざこばは、明を背中に背負ったままキャバレーに入り浸っていたといわれるが、これは兄弟子である月亭可朝のこと。赤ん坊がいた方が店の女の子からモテるというのが理由。また、明が幼稚園の頃、明を自転車に乗せていて転び、額に怪我を負わせた。
  • 桂吉朝がざこばに電話をした際、落語家の物真似が得意な吉朝は、いたずら心を出して桂春團治の声色を使った。ざこばはすっかり春團治からの電話だと信じ込み、吉朝の物真似だと知るや「洒落んならん」と激怒した。もっともざこばは、桂米二に同じ手を自らも試みた。
  • 襲名に関して師匠米朝は、「米朝」の名をやっても良いが本人が欲しがらないだろうと言っており、ざこば自身も小米朝(現・米團治)が継ぐべきだとしていた。小米朝が落語家になることを米朝はあまり勧めていなかったが、ざこばと枝雀が米朝を口説き落として小米朝の弟子入りが実現した経緯もあり、その当時から米朝の名は小米朝が継ぐものと決めていたようである。結局、小米朝は米朝の名を継がず、5代目桂米團治を襲名した。

[編集] 家族

  • タレントの関口まいは実娘で次女(長女は一般人なので名前は公表していないが、米朝一門の歌舞伎座公演で、妻子の名前を枕として喋ったことがある)。娘2人は、ともに既婚である。

[編集] その他

  • 幼少時代に家族の愛情に飢えて育った影響もあり、感情の起伏が激しい性格で(躁鬱病になった事を公表している。現在は完治。ただし躁鬱病は現在の医学で完治することはないので、寛解のことと思われる)、人前で号泣してしまうこともしばしば。高座でも登場人物に感情移入する余り泣いてしまった事もある。「らくごのご」でも(自分が鶴瓶よりも)三題噺の出来が悪かったと思った時の悔しさや、感動的なシーンのために泣いてしまう事がしばしばあった。
  • 他に「学歴コンプレックス」(自分が中卒止まり、枝雀が大学に進んでいることなど)、「強い独占欲」(枝雀「兄ちゃん」を枝雀の一番弟子である桂南光(前名は桂べかこ)に取られたと思い込み嫉妬したなど)などの傾向が見られ、桂吉弥に対しても「税金で国立大学を出て噺家かい!」と敵愾心を顕にしている。
  • 気に入らない事があると直ぐに口に出すという癇癪持ちで、番組収録直前や収録中に気に入らないことがあると、収録途中でも平気で帰ってしまう悪い癖があり、芸や仕事には厳しいという一面を持つ。特に笑福亭鶴瓶を目の敵にしている。結婚の祝儀や、香典の中身が気になる性分で周囲に金額を執拗に問いただすのを煙たがれている。タージンの結婚式に際して鶴瓶と祝儀の上乗せで諍いを起こし互いにクレジットカードを叩きつけて、さごばの「こんな事はやめよう」でその場は収まるが、何かに因縁をつけては何の脈絡も無く路上で鶴瓶を傘で突き刺そうと襲いかかったり、「らくごのご」の企画に対して難癖をつけて絡むなど、TPOを全く考慮せず絡んでくる事から鶴瓶は「そんなんやから、兄さんは皆から嫌われてんや!」と現在でも剣呑な仲となっている。
  • 両親の離婚原因は父親の家庭内暴力にあり、日々父親の暴力に怯えていたが、父親が自殺したことで一家に笑顔が戻り「父親が生きていたら、家族で楽しく食事する事も無かった。父親には『死んでくれてありがとう』と感謝している」と述べている。
  • 無類の酒飲みで、酒を欠かす日はなかったが、最近体調を崩したこともあって、ほんの少し控えるようになってきた。しかし、番組収録前であろうと気にせず酒を飲む性格はさほど変わらず、現在でも酒の入った状態で番組に出演することもしばしば見られる。喫煙者としても知られる。
  • 大の子煩悩で、愛娘・関口まい女優・タレント、太田プロダクションと業務提携している松竹エンタテインメント所属)を溺愛する。2010年3月25日、初孫(まいの第一子)誕生。同年9月には長女にも第一子が生まれ、現在2人の孫が居る。まいのブログでは相変わらずの子煩悩ならぬ孫煩悩ぶりな様子が娘のブログで報告されている。ざこばのカラオケの十八番が「娘よ」で、唄っていると泪でボロボロになる。
  • 1970年に師匠である桂米朝と親しい永六輔と22歳の頃新宿駅西口地下広場で反戦フォーク集会ならぬ反戦噺会を開いていたことがある。何回か開いている内に「道路だ」との理由から警視庁新宿警察署の機動隊員に永と共に強制排除されたがされる際「サゲまでやらせてぇなぁ!」と絶叫していたという。
  • 20歳の駆け出しの頃、戎橋で大道芸人風の即興落語会を開いたこともあり、当時お金が無かったので、橋の下で寝袋持参で寝ていたことがある。
  • どもり癖や台詞を忘れるなど、落語家として致命的な行動がよく見られるため、一部からは「落ち着け」などと言われている。立川談志からも苦言を呈されている。
  • 報道におけるタブーに触れるような発言をたびたび行う。2009年4月に無期限謹慎が発表されたタレント北野誠に関して、同月14日、自身がレギュラーを務めるABCのラジオ番組「元気イチバン!!芦沢誠です」にて、「北野誠、がんばれよ!」「何を言うたんや北野誠!」とエールを送るとともに「バーニング!」と特定の芸能プロによる圧力を連想させる奇妙な叫び声をあげ、共演の局アナ芦沢誠を凍りつかせたとされる[1][2]。また2009年8月30日には、「乱!総選挙2009MBSローカル版において、ある特定の宗教政党の苦戦を伝える文脈の中で「落ちるという事は、信心が足らんという事ですか?」と発言し、CM明けに局アナが謝罪した。
  • しかし、こうしたタブーに触れることも厭わない発言スタンスが、本音の報道を求める若年層・インターネット世代にウケて「神発言」と賞賛され、近年になって新たなファン層を獲得している。
  • 裁判員制度には否定的なスタンスであり、「たかじんのそこまで言って委員会」などで制度を強く批判している。

[編集] 出演番組

[編集] 現在放送中の番組

[編集] 放送が終了した番組

[編集] 過去に出演した番組

[編集] 出演ドラマ

[編集] 出演映画

  • 泥棒貴族・ボディハンター(1996年)
  • 御法度(1999年)
  • 殺しやPAZUZU(2000年)
  • 影の交渉人 ナニワ人情列伝(2009年)
  • はやぶさ/HAYABUSA(2011年) - 中和神社宮司 役

[編集] 弟子

[編集] 直弟子

[編集] 孫弟子

(桂塩鯛の弟子)

[編集] レコード・CD

[編集] 著書

  • 「桂ざこばのざっこばらん」 (KKベストセラーズ、2006年2月、ISBN 4-584-18918-8
  • 「桂ざこばのざっこばらん2 わかってぇなぁ!」(KKベストセラーズ、2008年6月)

[編集] 脚注

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[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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