大阪松竹座

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大阪松竹座
Osaka Shochikuza
大阪松竹座.jpg
情報
通称 松竹座
完成 1997年
開館 1997年2月26日
収容人員 1,033人
延床面積 11,253m²
設備 ホール内:花道、オーケストラピット、宙吊りレール(2基)
その他:売店飲食店
用途 歌舞伎新劇歌劇など
旧用途 映画館
運営 松竹株式会社
所在地 542-0071
大阪市中央区道頓堀一丁目9番19号
位置 北緯34度40分6.6秒
東経135度30分3.2秒
アクセス 該当項目を参照
公式サイト 大阪松竹座
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大阪松竹座(おおさかしょうちくざ)は、大阪府大阪市中央区道頓堀一丁目にある日本の劇場である。松竹株式会社が経営している。なお、この劇場は劇場街・道頓堀を表す「道頓堀五座」(浪花座中座角座朝日座弁天座)には含まれない。

歴史[編集]

日本初の鉄骨・鉄筋コンクリートの映画館[編集]

1930年のポスター。洋画と松竹楽劇部(現・OSK日本歌劇団)のレビューが併演されている

テラコッタを使用したネオルネッサンス様式の正面大玄関の特徴あるアーチを持つ劇場建築は1923年大正12年)に竣工する。イタリアミラノスカラ座をモデルに、大林組の設計技師・木村得三郎が設計した日本初の鉄骨・鉄筋コンクリートの映画館であり、大阪初の洋式劇場として、同年5月17日に開場した。

オープン初日のプログラムは、エルンスト・ルビッチ監督のドイツ映画ファラオの恋』(Das Weib des Pharao)、松竹蒲田撮影所野村芳亭監督の映画『』が上映され、映画の幕間に松竹楽劇部第1回公演『アルルの女』が上演された。

梅田北野劇場と並ぶ、大阪の洋画の殿堂として優秀外国映画の上映を行ったほか、松竹楽劇部から発展した大阪松竹少女歌劇団(OSSK)のレビューも行った。

第二次世界大戦後は松竹映画の封切館として再開したが、その後洋画ロードショー館に転向。1970年代以降は渋谷パンテオン/丸の内ルーブル系列の映画館として、『タワーリング・インフェルノ』『ジョーズ』『E.T.』『ラストエンペラー』『ボディガード』など数多くのヒット作や大作を上映。また2階には松竹芸能の本社事務所がテナントで入っていた。1994年(平成6年)5月8日に映画館としての役割を終え、劇場へ改装するため閉館。最後の上映作品は『風と共に去りぬ』であった。

実演の劇場として再生[編集]

1997年(平成9年)2月に、外観を残しつつ最新設備を備えた劇場として新築開場。松竹制作の歌舞伎新劇松竹新喜劇を中心に、歌劇ミュージカルコンサート等も上演されている。

また、2004年(平成16年)には66年ぶりに大阪松竹歌劇団(現・OSK日本歌劇団)によるレビュー「春のおどり」が復活し、以後毎年恒例となっている。

座席数[編集]

1033席
1階:553席
2階:282席
3階:198席

所在地[編集]

〒542-0071 大阪府大阪市中央区道頓堀一丁目9番19号

道頓堀の西端、御堂筋寄りに位置し、戎橋の南詰にある。グリコ等のネオンサインのすぐ裏手。

最寄駅[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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