丸の内ピカデリー

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丸の内ピカデリー1・2
Marunouchi Piccadilly 1・2
丸の内ピカデリーがある有楽町マリオン(中央側に1・2、右側に3)
情報
通称 ピカデリー1、ピカデリー2
完成 1984年
開館 1984年10月6日
収容人員 (2館合計)1,388人
設備 ドルビーデジタルサラウンドEX、DTS
用途 映画上映
運営 松竹マルチプレックスシアターズ
所在地 〒100-0006
東京都千代田区有楽町2-5-1
有楽町センタービルルミネ側9階
位置
アクセス JR有楽町駅東京メトロ銀座駅より徒歩1~2分
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丸の内ピカデリー3
Marunouchi Piccadilly 3
情報
通称 ピカデリー3
旧名称 丸の内松竹、丸の内プラゼール
完成 1987年
開館 1987年10月2日
客席数 540
設備 ドルビーデジタルサラウンドEX、DTS
用途 映画上映
運営 株式会社松竹マルチプレックスシアターズ
所在地 〒100-0006
東京都千代田区有楽町2-5-1
有楽町センタービル新館5階
アクセス JR有楽町駅、東京メトロ銀座駅より徒歩1~2分
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丸の内ピカデリー(まるのうちぴかでりー)は東京都千代田区有楽町センタービル内にある松竹マルチプレックスシアターズが所有する映画館。1984年10月6日に開館(オープニング作品は「上海バンスキング」、「ポリスアカデミー」)。3館を有する。

目次

[編集] 歴史

前身は1925年開場の邦楽座。パラマウント映画の直営館となり、その後パラマウント映画が松竹と洋画興行を統合したため松竹の経営に移り、のち松竹キネマの封切館に転換して丸の内松竹に改名。邦楽座に再改称後、戦後占領軍に接収されてピカデリー劇場と名付けられる。接収解除後も丸の内ピカデリー劇場として、松竹洋画系の基幹劇場となっていた。邦楽座時代からの初代建物は1957年に建て替えられ、「丸の内ピカデリー」「丸の内松竹」の2館体制で上映を続けてきた。1984年、2代目の建物も有楽町センタービル(有楽町マリオン)の新館建設に伴い取り壊されることになったため、既に隣接地に完成していたマリオン本館の9階に移転。その後、約四半世紀の歴史を経て現在に至る。

2011年3月1日、松竹は映画興行部門をシネマコンプレックス「MOVIX」を運営する子会社の松竹マルチプレックスシアターズに継承したため、現在は松竹マルチプレックスシアターズの経営・運営となっている。しかし、MOVIX系のシネコンと同様のサービスは行っていない。

[編集] 各館の特徴

[編集] 丸の内ピカデリー1

有楽町ルミネ側ビルの9階。定員802人。常に洋画の大作が上映されているが、近年では松竹系の邦画も上映されている。松竹東急系のチェーンマスターであり、特に松竹系では最大規模を誇る。

[編集] 丸の内ピカデリー2

有楽町ルミネ側ビルの9階。定員586人。松竹東急系のチェーンマスター。主に松竹系の邦画を中心に上映している。

[編集] 丸の内ピカデリー3

マリオン新館の5階。定員540人。洋画と邦画が交互に上映されている。松竹東急系のチェーンのチェーンマスター。1987年に邦画専用館丸の内松竹として開館。興行方針の変更により、1999年6月に丸の内プラゼールとなったのち、2008年12月に現在の名前になった。

丸の内松竹時代の主な上映作
丸の内プラゼール時代の主な上映作
丸の内ピカデリー3改名後

※ただし、ヒット予想の高い作品によっては、客入りなどで上映館が3館内で入れ変わることもたびたびある。

[編集] 外部リンク

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