東急文化会館

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東急文化会館(とうきゅうぶんかかいかん)

渋谷東急文化会館(2003年 6月25日撮影)
渋谷東急文化会館
(2003年 6月25日撮影)
  1. 東急グループの文化施設によって構成されているビルに付けられた名称。渋谷のほかにも新宿にあるが、一般的には2.の、現在は閉鎖・解体された渋谷東急文化会館を指すことが多い。
  2. 渋谷駅前(東京都渋谷区)に、東京急行電鉄株式会社(東急電鉄)が運営していた文化施設。本項目で詳述する。

目次

[編集] 概要

映画館や店舗が入っていた施設であり、特に戦後、日本で初めてのプラネタリウム天文博物館五島プラネタリウム」が設置されたことで有名である。当時の国鉄渋谷駅東口は、都電のターミナルであったことから、交通の混乱を避けるために、開業と同時に歩道橋が作られた。

しかし1989年に、東急百貨店本店に併設される形でBunkamuraが開業したため、東急グループを代表する施設ではなくなっていた。そして2003年、建物の老朽化と東急東横線(渋谷駅 - 代官山駅)の地下化工事、および東京メトロ副都心線建設のため、閉鎖し解体された。

2008年、跡地の地下に東京メトロ副都心線が開業。開業後は、跡地の再開発も予定されている。

[編集] 歴史

  • 1956年(昭和31年)12月1日…渋谷東急文化会館開館
  • 1957年(昭和32年)4月…五島プラネタリウム営業開始
  • 1986年(昭和61年)6月…東急名画座が「渋谷東急2」に改称
  • 1990年平成2年)10月…東急レックスが「渋谷東急3」に改称
  • 2000年(平成12年)7月…東急ゴールデンホール(結婚式場・宴会場)を閉鎖
  • 2001年(平成13年)3月…五島プラネタリウムを閉鎖
  • 2002年(平成14年)5月…解体を発表
  • 2003年(平成15年)6月30日…完全閉鎖

[編集] 映画館

渋谷の東口から見える大きな4つの映画看板で知られていた。以下の館名・定員はすべて、閉館時のものである。

  • 渋谷パンテオン
    定員1119人。名称は円形劇場を意味しており、プラネタリウムを持つこの建物にちなんでいる。70mm映写機や緞帳ル・コルビュジェの『闘牛十四号』)もあった超大型の映画館。その大きさのために、東京国際ファンタスティック映画祭など、数々のイベントの会場となった。終盤期には、主に丸の内ルーブルチェーンの映画を上映していた。
  • 渋谷東急
    定員824人。現在の渋谷東急に繋がる映画館。ファミリー向きの映画などが多く上映されていた。松竹東急系のチェーンマスター。
  • 渋谷東急2
    定員381人。開業時は東急名画座の名称だった。終盤期には、丸の内ピカデリー1系の作品を中心に上映していた。
  • 渋谷東急3
    定員374人。開業時は東急ジャーナルとして、ニュース映画を低価格で流していた。その後、低料金で映画を提供する映画館として東急レックスという名称で運営。また、映画館だけではなく『大正テレビ寄席』(NET → テレビ朝日)の収録会場として使用されていたこともあった。さまざまな系列の映画を上映していたが、最終期には丸の内シャンゼリゼ(現・丸の内TOEI2)などと少数館でチェーンを組み、ミニシアター向きの映画を中心に上映していた。

[編集] パンテオンで上映していた作品

[編集] 旧・渋谷東急で上映された作品

[編集] 渋谷東急2で上映された作品

[編集] 渋谷東急3で上映された作品

[編集] 文化理髪室

文化会館3階にあり、長嶋茂雄御用達の理容室としても知られていた。文化会館閉館後は、大田区北千束に移転した。

[編集] 外部リンク