ラストエンペラー
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| ラストエンペラー The Last Emperor |
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|---|---|
| 監督 | ベルナルド・ベルトルッチ |
| 製作 | ジェレミー・トーマス |
| 脚本 | ベルナルド・ベルトルッチ マーク・ペプロー |
| 出演者 | ジョン・ローン ジョアン・チェン ピーター・オトゥール 坂本龍一 |
| 音楽 | 坂本龍一 デイヴィッド・バーン コン・スー |
| 撮影 | ヴィットリオ・ストラーロ |
| 編集 | ガブリエラ・クリスティアーニ |
| 配給 | |
| 公開 | |
| 上映時間 | 163分(劇場公開版) 219分(オリジナル全長版) |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 中国語 日本語 |
| 興行収入 | |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| allmovie | |
| IMDb | |
『ラストエンペラー』(The Last Emperor )は、1987年公開のイタリア・中華人民共和国・イギリス合作による映画。第60回アカデミー賞 作品賞ならびに第45回ゴールデン・グローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 歴史映画
清朝最後の皇帝で後に満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀の生涯を描いた歴史映画。溥儀の自伝である『わが半生』を原作としてベルナルド・ベルトルッチが監督、脚本を兼任した。メインキャストである溥儀役は、中国系アメリカ人俳優のジョン・ローンが演じた。
西太后による溥儀に対する皇帝指名と崩御を描く1908年からスタートし、所々に第二次世界大戦後の中華人民共和国での戦犯収容所での尋問場面を挟みつつ、満州国の皇帝になり、満州国の崩壊後に一市民として死去する1967年までの出来事をメインに溥儀の人生を描く。
中国大陸を舞台にした映画であるが、中国系アメリカ人俳優が主なキャストを占めており、主な台詞は英語であったり[1]、独自の脚色も多い。また、他にも中華人民共和国で何本か同じテーマの作品が作られた上、当時はまだ政府による規制が厳しかったために外国映画が広く観られていなかったこともあり、映画の舞台となった中華人民共和国での知名度は低い。
[編集] 故宮(紫禁城)ロケ
故宮で世界初のロケーションを行われたことが公開前から大きな話題を呼んだ。観光名所として一日5万人が訪れる故宮を、中国共産党政府の全面協力により数週間貸り切って撮影が行われた。色彩感覚豊かなベルトルッチの映像美は圧巻の一語に尽きると高い評価を受けた。特に故宮太和殿での即位式の荘厳、華麗なシーンは映画史に残る有名なシーンとなった。
[編集] アカデミー賞9部門受賞
1987年度のアカデミー賞では『恋の手ほどき』以来となる、ノミネートされた9部門(作品賞、監督賞、撮影賞、脚色賞、編集賞、録音賞、衣裳デザイン賞、美術賞、作曲賞)全てでの受賞を達成した。
[編集] 日本における評価
特に日本においては、溥儀や満州国という日本人にとって非常に近い題材を描いた内容であったことで幅広い年齢層を引きつけたことと、甘粕正彦役兼音楽プロデューサーとして参加した坂本龍一が、日本人として初めてアカデミー賞作曲賞を受賞したことなど、様々な要因が大ヒットに繋がった。
なお、日本での劇場公開に際しては、溥儀が「南京虐殺」の映像を見せられるシーンを、配給元がベルトルッチ監督に無断でカットした。そのためベルトルッチ監督から抗議され、後にそのシーンを復活させた。ただ、このフィルムは実は国民党軍による中国共産党軍捕虜の銃殺記録映像で、撮影は1927年。(つまり日中戦争や満州事変より前の映像) これが後に米国で制作された戦時プロパガンダ映画『ザ・バトル・オブ・チャイナ』に転用され、それをさらにベルトルッチが流用。映画劇中でも描かれるように、中国でも長く虐殺記録として上映されていた)
[編集] あらすじ
1950年。第二次世界大戦の終結による満州国の崩壊と国共内戦の終結により、共産主義国である中華人民共和国の一都市となったハルピン駅の構内。5年間にわたるソビエト連邦での抑留を解かれ、中華人民共和国に送還された「戦犯」達がごった返す中で、列から外れた1人の男が洗面所で自殺を試みる。
男は異変に気が付いた監視人の手により危うく一命を取り留めるものの、薄れ行く意識の中で幼い日々の頃を思い出していた。この男こそ清朝最後の皇帝にして満州国の皇帝、「ラスト・エンペラー」と呼ばれた愛新覚羅溥儀その人であった。
[編集] スタッフ
- 監督・脚本:ベルナルド・ベルトルッチ
- 脚本:マーク・ペプロー
- プロデューサー:ジェレミー・トーマス
- 音楽:デイヴィッド・バーン、坂本龍一、コン・スー
- 撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
- 美術:フェルディナンド・スカルフィオッティ
- 衣装:ジェームス・アシュソン
- 制作協力:李文達(溥儀の自伝『わが半生』の共著者)、愛新覚羅溥傑、郭布羅潤麒(婉容の実弟)、愛新覚羅毓嶦
[編集] キャスト
- ジョン・ローン:愛新覚羅溥儀
- ジョアン・チェン:婉容
- ウー・ジュン・メイ(ヴィヴィアン・ウー):文繍
- ピーター・オトゥール:レジナルド・ジョンストン
- ビクター・ウォン:陳宝琛(溥儀の教育係)
- デニス・ダン:大李(溥儀の召使)
- イェード・ゴー:アーモ(溥儀の乳母)
- リチャード・ヴゥ:溥儀(3歳)
- タイジャー・ツゥウ:溥儀(8歳)
- ウー・タオ:溥儀(15歳)
- ケイリー=ヒロユキ・タガワ:張謙和(宦官)
- 英若誠(イン・ルオ・チェン):戦犯収容所長
- 当時の文化部副部長。
- リック・ヤング:戦犯収容所尋問官
- マギー・ハン:川島芳子(通称:イースタン・ジュエル)
- リサ・ルー:西太后
- スーン・ファイケイ:隆裕皇太后
- バシル・パオ:醇親王
- リャン・ドン:瓜爾佳氏(溥儀の母)
- ジャン・シーレン:宮内大臣
- ウー・ジュン:文繍(13歳)
- ファン・グァン:溥傑
- ヘンリー・キィ:溥傑(7歳)
- アルヴィン・ライリーIII:溥傑(14歳)
- チェン・シューヤン:嵯峨浩
- ユー・シホン:鄭孝胥
- シェン・シュー:張景恵
- リー・フーシェン:韓雲階
- ヤン・パオツォン:袁世凱
- チャン・リンムー:裕仁天皇
- 裕仁天皇はキャストにクレジットされているものの、公開されたものには登場シーンはない。長尺版がテレビ放送される際、来日した溥儀を迎える後ろ姿のみ登場するといわれていたが、実際には放送されなかった。
- 坂本龍一:甘粕正彦
- 高松英郎:菱刈隆
- 立花ハジメ:日本人通訳
- 生田朗:日本人医師
- 池田史比古:吉岡安直
- この他、映画監督の陳凱歌が紫禁城の近衛隊長役(ただしセリフは全て吹き替え)、溥儀が収監されていた当時の戦犯収容所長だった金源が、溥儀に特赦通知を渡す共産党幹部役で出演している。
[編集] 脚注
- ^ 日本人の登場人物も中国人の登場人物に対し英語を使って話しており不自然
[編集] 関連項目
- 歴史映画
- 清
- 満州国
- 愛新覚羅溥儀
- 末代皇帝(中華人民共和国制作のテレビドラマ)
- 火龍(中華人民共和国・香港合作の映画)
- 流転の王妃・最後の皇弟(テレビ朝日のドラマ)
- 紫禁城の黄昏
- 東武ワールドスクウェア - 栃木県のテーマパーク。1/25サイズで作られた故宮で、映画の撮影風景を再現している
- クォン・デ公 - ベトナム(グエン王朝)版ラストエンペラーと呼ばれる。アンナン阮朝ジャロン帝の直系で、バオ・ダイ帝の叔父にあたる。1951年(昭和26年)4月6日、亡命先である日本(日本医大病院)で客死。69歳没。
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