ラストエンペラー

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ラストエンペラー
The Last Emperor
撮影の様子
(1/25の模型による再現)
監督 ベルナルド・ベルトルッチ
脚本 ベルナルド・ベルトルッチ
マーク・ペプロー
製作 ジェレミー・トーマス
出演者 ジョン・ローン
ジョアン・チェン
ピーター・オトゥール
坂本龍一
ケイリー=ヒロユキ・タガワ
音楽 坂本龍一
デイヴィッド・バーン
コン・スー
撮影 ヴィットリオ・ストラーロ
編集 ガブリエラ・クリスティアーニ
配給 アメリカ合衆国の旗 コロンビア映画
日本の旗 松竹富士
公開 アメリカ合衆国の旗 1987年11月20日
日本の旗 1988年1月23日
上映時間 163分(劇場公開版)
219分(オリジナル全長版)
製作国 イタリアの旗 イタリア
中華人民共和国の旗 中国
イギリスの旗 イギリス
言語 英語
中国語
日本語
興行収入 アメリカ合衆国の旗カナダの旗 $43,984,230[1]
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ラストエンペラー』(The Last Emperor)は、1987年公開のイタリア中華人民共和国イギリス合作による朝最後の皇帝で後に満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀の生涯を描いた歴史映画

概要[編集]

溥儀の自伝である『わが半生』を原作としてベルナルド・ベルトルッチ監督脚本を兼任した。メインキャストである溥儀の青年時以降の役は、香港生まれの中国系アメリカ人俳優のジョン・ローンが演じた。

西太后による溥儀に対する清朝皇帝指名と崩御を描く1908年からスタートし、所々に第二次世界大戦後の中華人民共和国での戦犯収容所での尋問場面を挟みつつ、満州国の皇帝になり、退位しソ連軍に抑留された後、文化大革命のさなかに一市民として死去する1967年までの出来事をメインに溥儀の人生を描く。

第60回アカデミー賞作品賞ならびに第45回ゴールデン・グローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品。

あらすじ[編集]

作中、溥儀が自転車で走った場所

1950年第二次世界大戦の終結による満州国の崩壊と国共内戦の終結により、共産主義国である中華人民共和国の一都市となったハルビン駅の構内。5年間にわたるソビエト連邦での抑留を解かれ、中華人民共和国に送還された「戦犯」達がごった返す中で、列から外れた1人の男が洗面所で自殺を試みる。

男は異変に気が付いた監視人の手により危うく一命を取り留めるものの、薄れ行く意識の中で幼い日々の頃を思い出していた。この男こそ清朝最後の皇帝にして満州国の皇帝、「ラスト・エンペラー」と呼ばれた愛新覚羅溥儀その人であった。

一命を取り留めた溥儀は、今度は中華人民共和国の戦犯として収容所に送られる。そこで溥儀は善良な所長相手に、清朝皇帝とは名ばかりの西太后の傀儡でしかなかった少年時代、そして満州国皇帝とは名ばかりの日本軍の傀儡でしかなかった青年時代、そして一貫して孤独で不遇だった私生活を「すべては、(空虚な)儀式でしかなかった」と物語る。そんな溥儀少年の唯一の心の慰みは、廷臣たちの前の玉座に隠した壷の中に飼っていた一匹のコオロギだった。

そして1967年、釈放はされたものの庭師にまで身を落としていた溥儀は、文化大革命という新たな「儀式」を、そしてその中でかつての自分のように罪人としてさらし者にされ痛めつけられる所長の姿を見る。

溥儀はその足で街をさすらい、今は博物館として公開されているかつての「自宅」紫禁城へ、そしてかつては自分のものだった玉座へと赴く。玉座の前には、溥儀の顔も知らない子供が一人いるだけだった。溥儀は、かつては国中から崇められ、そして国中から憎まれた自分が、今は完全に忘れられたこと、すべてが変わったことを悟った。

だが玉座は昔のまま、そしてコオロギの壷も昔のままだった。溥儀はその壷を子供に手渡す。そして子供が目を上げたとき、溥儀はもう、子供の前には、この世にはいなかった。

そしてまたすべては変わり、1987年(公開当時の「現在」)、中国は事実上資本主義国へと移行していた。観光事業が盛んになり、何も知らない観光客たちが紫禁城を訪れ、何も知らないまま溥儀の玉座を眺めるのだった。

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹き替え
テレビ朝日
愛新覚羅溥儀 ジョン・ローン 松橋登
婉容 ジョアン・チェン 佳那晃子
レジナルド・ジョンストン ピーター・オトゥール 井上孝雄
戦犯収容所所長 英若誠 小林昭二
陳宝琛(溥儀の教育係) ヴィクター・ウォン  久米明
大李(溥儀の召使) デニス・ダン
甘粕正彦 坂本龍一 本人
溥儀(3歳) リチャード・ヴゥ 森川浩雅
溥儀(8歳) タイジャー・ツゥウ 浪川大輔
溥儀(15歳) ウー・タオ 草尾毅
イースタン・ジュエル(川島芳子 マギー・ハン 戸田恵子
戦犯収容所尋問官 リック・ヤング 古川登志夫
文繍 ウー・ジュンメイ 土井美加
張謙和 ケイリー=ヒロユキ・タガワ 山内雅人
吉岡安直 池田史比古 本人
アーモ(溥儀の乳母) イェード・ゴー 小宮和枝
西太后 リサ・ルー 初井言榮
菱刈隆 高松英郎
日本人通訳 立花ハジメ
溥傑 ファン・グァン
溥傑(7歳) ヘンリー・キィ
溥傑(14歳) アルヴィン・ライリーIII
醇親王(溥儀の父) バシル・パオ
文繍(13歳) ウー・ジュン
隆裕皇太后 スーン・ファイケイ
瓜爾佳氏(溥儀の母) リャン・ドン
宮内大臣  ジャン・シーレン
日本人医師 生田朗
満州国経済部大臣 リー・フーシェン
嵯峨浩 チェン・シューヤン
鄭孝胥 ユー・シホン
張景恵 チェン・シュ
袁世凱 ヤン・パオツォン
満州国近衛兵隊長 陳凱歌(カメオ出演)
裕仁天皇(登場シーンは全てカット) チャン・リンムー -
ナレーション  金内吉男
  • 吹き替え:初回放送 テレビ朝日、1989年4月2日(日)「日曜洋画劇場」.3日(月).4日(火)。「テレビ朝日 開局30周年特別企画」として「ラストエンペラー・オリジナル全長版」を3日間連続放映。
演出:福永莞爾、翻訳:進藤光太、効果:東上別符精・リレーション、調整:小野敦志、担当:圓井一夫

スタッフ[編集]

作品解説[編集]

清朝及び満州国を舞台にした映画であるが、中国系アメリカ人俳優が主なキャストを占めており、主な台詞は英語であったり、独自の脚色も多い。また、他にも中華人民共和国で何本か同じテーマの作品が作られた上、当時はまだ同国政府による規制が現在よりもさらに厳しかったために外国映画が広く観られていなかったこともあり、アカデミー賞受賞作品であったにもかかわらず、映画の舞台となった中華人民共和国での知名度は低い。

満洲国皇帝時代の溥儀

故宮で世界初のロケーションを行われたことが公開前から大きな話題を呼んだ。観光名所として一日5万人が訪れる故宮を、中国共産党政府の全面協力により数週間借り切って撮影が行われた。色彩感覚豊かなベルトルッチの映像美は圧巻の一語に尽きると高い評価を受けた。特に故宮太和殿での即位式の荘厳、華麗なシーンは映画史に残る有名なシーンとなった。

甘粕正彦役兼音楽プロデューサーで坂本龍一[2]が参加。坂本がベルトルッチ監督から音楽についてのオファーを請けるのは、撮影が終了して半年も後のことだった。

甘粕正彦は切腹して自決する筋書きになっていたが、これに強い違和感を持った坂本が監督を説得し、拳銃自殺に変更された(史実では服毒自殺している)。またキャストとして昭和天皇が登場するとされ、溥儀と対面する後ろ姿の写ったスチール写真が存在するが、公開時には登場シーンは全てカットされていた。

評価[編集]

1987年度のアカデミー賞では『恋の手ほどき』以来となる、ノミネートされた9部門(作品賞監督賞撮影賞脚色賞編集賞録音賞衣裳デザイン賞美術賞作曲賞)全てでの受賞を達成した。

特に日本においては、溥儀や満州国という日本人にとって非常に近い題材を描いた内容であったことで幅広い年齢層を引きつけたことと、高松英郎立花ハジメなどの日本人俳優が多く出演し、さらに甘粕正彦役兼音楽プロデューサーとして参加した坂本龍一が、日本人として初めてアカデミー賞作曲賞を受賞したことなど、様々な要因が大ヒットに繋がった。

なお、日本での劇場公開に際しては、配給元が「溥儀が中華人民共和国の収容所で南京事件の映像[3]を見せられるシーン」をベルトルッチ監督に無断でカットした。そのためベルトルッチ監督から抗議され、後にそのシーンを復活させた。

受賞[編集]

テーマパーク[編集]

栃木県テーマパークの「東武ワールドスクウェア」では、1/25サイズで作られた故宮で映画の撮影風景を再現している。

エピソード[編集]

  • 陳凱歌が武装解除される満州国近衛兵隊長役として、溥儀が収監されていた当時の戦犯収容所長だった金源が溥儀に特赦を知らせる共産党幹部役として、それぞれカメオ出演している。

脚注[編集]

  1. ^ The Last Emperor (1987)” (英語). Box Office Mojo. 2011年4月3日閲覧。
  2. ^ 1988年に、坂本龍一が東京などで同作品をテーマにしたコンサートを開催している。
  3. ^ その映像自体は実際の南京事件の映像ではなく、国共内戦時の映像や他の映画のシーン。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]