笑点
| 笑点 | |
|---|---|
| ジャンル | 演芸番組 |
| 放送国 | |
| 制作局 | 日本テレビ |
| 演出 | 末延靖章(日本テレビ) |
| プロデューサー | 中村博行(日本テレビ) 飯田達哉・大畑仁(ユニオン映画) / 松崎聡男(CP、日本テレビ) |
| 出演者 | 桂歌丸 林家木久扇 三遊亭好楽 三遊亭小遊三 6代目三遊亭圓楽 春風亭昇太 林家たい平 山田隆夫 ほか |
| 音声 | 解説放送[1] |
| 字幕 | 文字多重放送 |
| オープニング | 笑点のテーマ |
| エンディング | 同上 |
| 外部リンク | 公式サイト |
| 放送開始から1968年4月まで | |
| 放送時間 | 日曜日 16:30 - 17:10(40分) |
| 放送期間 | 1966年5月15日 - 1968年4月28日 (1 - 95回) |
| 1968年5月から1996年3月まで | |
| 放送時間 | 日曜日 17:20 - 18:00(40分) |
| 放送期間 | 1968年5月5日 - 1996年3月31日 (96 - 1511回) |
| 1996年4月から | |
| 放送時間 | 日曜日 17:30 - 18:00(30分) |
| 放送期間 | 1996年4月7日 - 現在(1512 - 2327回) |
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特記事項: 通算放送回数2327回(2012年8月12日現在) |
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『笑点』(しょうてん)は、日本テレビ系列で毎週日曜日夕方に放送されている寄席風の演芸バラエティ番組である。2011年(平成23年)に放送開始45周年を迎えた、日本を代表する長寿番組である。
目次 |
概要 [編集]
1966年(昭和41年)5月15日に『金曜夜席』を受け継ぐ形で放送がスタート。番組名の由来については2通りの証言がある。
- 初代司会者である7代目立川談志の証言 :長年番組スポンサーを務めるサントリーの当時のPR誌「酔族館」に柳原良平が連載していた一コマ漫画のタイトルが「笑点」で、その「笑いの点(ポイント)」という意味合いのタイトルが気に入った談志が柳原に使用許可を求め、番組名として使用することになったというもの(実際に「笑点音頭」でも「笑いのポイント」というフレーズが使われている)。
- 桂歌丸や林家木久扇などの現出演者の証言: 三浦綾子の小説をテレビドラマ化したNETテレビ(現 テレビ朝日)放送の番組『氷点』をもじって談志がつけたというもの。
放送開始当時はまだカラーテレビの普及率が1%にも満たない時代であったが、第1回から一貫してカラーで放送されていた。
収録は後楽園ホールで隔週土曜日の昼間に行われる(1回で2週分収録する)。また年に数回(基本的には4回)、ネット局の開局記念イベントなどで地方収録が行われる。なお番組で放送されるのは、収録から8日後と15日後の日曜日となることが主である(年末進行[2]や地方収録などのスケジュールの関係で貯め撮り収録し、それが翌日から1か月以上先の放送になることもある)。
現在では、日曜のお茶の間を代表する番組となっている。放送開始から45年経った現在でも基本的には18%以上、時には22%を超える高視聴率(関東地区)を記録する人気番組で、週間バラエティ番組部門における視聴率も1位を記録することが多い。年配の視聴者が多いため、かつては大相撲中継がある場合には視聴率が15%程度まで落ちこむ場合も多かったが、近年はあまり影響を受けていない。放送回数は2006年(平成18年)1月22日の放送で2000回に到達した。現在の日本テレビの番組では『NNNきょうの出来事』(2006年9月放送終了)、『キユーピー3分クッキング』(NTVバージョン)に次いで放送期間の長さで歴代第3位である。さらに2009年(平成21年)には『素人名人会』(毎日放送、テレビ版)の42年という、演芸番組として最長の放送期間を塗り替えた。
2005年(平成17年)11月23日には放送40周年を記念して5枚組の『笑点 大博覧会 DVD-BOX』が発売されたが、日本テレビのアーカイブに現存する『笑点』の番組本編映像は1973年(昭和48年)8月26日(第369回)放送分が最古である。理由としては、放送局用VTRは1970年代まで2インチ規格で場所を取り、テープも1巻当たりの単価が現在とは比べ物にならないほど高く、加えて著作権法の絡みで番組の資料保存が安易に行えなかったことなどから、放送済みビデオテープは消去されて使い回されることがほとんどだったためである。そのため同番組の1960年代の映像は、オープニング(「笑点音頭」が主題歌だったころのアニメーションフィルム)を除き現存していないという。
1976年(昭和51年)より毎年チャリティーカレンダー「笑点暦」(発売元は日テレアックスオン)を発売しており、年末になると番組内で告知される。発売当初は価格分の郵便切手を同封して注文する通信販売のみの扱いであったが、好評により書店での販売を開始している。売り上げの一部は、日本テレビ小鳩文化事業団(2011年までは、日本テレビ系列愛の小鳩事業団)に寄付される。
1980年(昭和55年)4月6日(第711回)からステレオ放送。1989年(平成元年)9月3日(第1186回)からはクリアビジョン化に伴い字幕放送[3][4]を開始、2009年(平成21年)10月4日(第2184回)からは解説放送[4][5]を実施している。
ハイビジョン制作は、ほかの番組よりかなり遅れていたが、2010年(平成22年)1月1日の新春スペシャルで初めて全編ハイビジョン放送(アナログではレターボックス)となり、同年1月3日(第2197回)からレギュラー放送もハイビジョン放送となった。また、全編ハイビジョン放送開始以降「大喜利」のコーナーに於いて、出演者の座布団の間隔をおくようになった。
放送時間 [編集]
毎週日曜日の17:30 - 18:00(1996年4月 - 現在)
- 以前の放送時間(いずれも毎週日曜日)
- 16:30 - 17:10(1966年5月 - 1968年4月)※1967年9月の1か月のみ17:00 - 17:40
- 17:20 - 18:00(1968年5月 - 1996年3月)
- 5代目圓楽時代の人気低迷を受けたために、1996年(平成8年)4月に番組の放送時間が40分間から30分間に短縮されたという説がある。その一方で「40分」という枠組みが時代に合わないため、日本テレビ側から1時間に拡大するか30分に短縮するかの打診を受け、大喜利を長くやるのは不可能と判断して短縮を選んだというエピソードもある[6][7]。
- 放送時間が短縮されるまでは、冒頭の司会者挨拶時にネット局のロール(『笑っていいとも!』と同様)が流れていた。
- 2005年(平成17年)はプロ野球・読売巨人軍主催試合がある日で、試合開始が17:00の場合テレビ中継が18:30に前倒しになるため、あわせて「笑点」の開始も17:00からの放送となった。その際、歌丸は大喜利の挨拶で、「来週は5時からの放送となりますので、ご注意下さい」などとたびたび告知をしていた。
- 年末年始以外の特番などによる休止はほとんどないが、ごくまれに休止となることがある。以下の例がある。
- 16:30からの放送だった1968年(昭和43年)4月までは、巨人戦のデーゲーム中継やダブルヘッダー(第1試合が夕方の4時台に開始のため「薄暮ナイター」と呼ばれていた)で休止となることがあった。
- 1998年(平成10年)以前は、全国規模の選挙の投票日は投票締切の18時からの選挙特番に合わせて夕方のニュースを繰り上げて放送するため、笑点が休止となることもあった。ただし、1998年(平成10年)以降は投票締切時間が20時となり、合わせて選挙特番も20時台からの放送となったため、影響はなくなった。ちなみに歌丸は選挙当日に放送された大喜利の冒頭で「今日は選挙の投票日です。投票をお済ませでない方は笑点を見終わったらすぐ投票所にお出かけ下さい」と挨拶したことがある。
- 2004年(平成16年)7月18日はNNN報道特別番組(平成16年7月福井豪雨に伴う)に差し替えた為休止となった。
- 2008年(平成20年)6月8日は特別番組『Touch! eco 2008 明日のために…55の挑戦?スペシャル』を放送したため休止した。このため、後の歌丸の休演(腰の手術・療養に伴うもの)の回も先送りされ、当初予定から1週ずつスライドされることになった。
- 2011年(平成23年)3月13日の放送は、前々日(同年3月11日)14時46分頃に発生した東日本大震災の影響で特別報道番組に差し替えられたため休止となった。
- FIFAクラブワールドカップ中継により順延または休止になることがある。
- 2011年(平成23年)12月11日の放送は、『TOYOTAプレゼンツ FIFAクラブワールドカップ 2011 準々決勝』の放送時間延長により18:00 - 18:30の放送になった。
- 2011年(平成23年)12月18日の放送は、16:20から『TOYOTAプレゼンツ FIFAクラブワールドカップ 2011 3位決定戦』を放送したため休止した[8]。
- 2012年(平成24年)12月9日の放送は、『TOYOTAプレゼンツ FIFAクラブワールドカップ 2012 準々決勝』の放送時間枠確保により18:00 - 18:30の放送になった。
- 2012年(平成24年)12月16日の放送は、16:20から『TOYOTAプレゼンツ FIFAクラブワールドカップ 2012 3位決定戦』を放送したため休止した。
- 毎年8月後半に行われる『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』では、チャリティー大喜利という特別バージョンで生放送を行う(1988年から参加、1978年 - 1987年は放送休止)。かつては1題のみだったが、レギュラーと同じ3題になり、またその年のパーソナリティにお笑いコンビ・トリオが担当していたら大喜利前に漫才・コントも行われるようになり、ほぼレギュラーと同じ構成になっている。なお、遅れネット局では放送されないため、放送回数には含まれない。
- 1990年ごろには、日本テレビほか一部地域で土曜10:30-11:10に関東ローカル扱いで再放送されていた。その後2002年も1クールではあったが、金曜10:30-11:00の枠で再放送されていた。2009年11月頃から西日本放送で日曜7:30 - 8:00の枠[9]、および中京テレビで日曜10:55-11:25の枠で2010年4月より広島テレビで金曜16:30-17:00で再放送されている。
- 2003年(平成15年)と2004年(平成16年)の新年最初の放送は、正月特番の編成の都合で18:00-18:55の1時間に拡大されて放送された[10]。
- 2010年(平成22年)7月4日の放送は、17:59から1分間、国内全テレビ局(民間放送127社とNHK)で『全国一斉地デジ化テスト』を放送したため、本編が1分遅れてスタートし17:59[11]までのステブレレスで放送された。なお、本編の最後に桂歌丸が、『全国一斉地デジ化テスト』の予告を行った。逆に地デジEPGでの放送時間は、17:30 - 17:59[12]までとなった。2011年(平成23年)4月24日にも『全国一斉地デジ化テスト』が行われ、同様の編成となった。
出演者 [編集]
以下の表中の出演者名欄にある記号の意味は次のとおり。
- ◎: 前身番組『金曜夜席』に引き続いて出演している出演者。
- △: かつて演芸に出演した出演者。
- ○: かつて大喜利メンバーだった出演者。
- ☆: かつて若手大喜利に出演していた出演者。
現在の出演者 [編集]
出演者にはそれぞれ性格付けがしてあり、特に木久扇の馬鹿・与太郎キャラ、6代目圓楽の腹黒キャラは、メンバーの代表的なキャラクターである。
座布団運びは大喜利で司会者が大喜利メンバーに差配する座布団を運ぶのが主な役目。
詳細は「大喜利 (笑点)#出演メンバーのキャラクター」を参照
| 司会者 | |||
|---|---|---|---|
| 名前 | 色紋付の色と着衣期間 | 出演期間 | 出演回 |
| 桂歌丸◎○ | 1968年冬 - 1969年3月30日 1970年秋 - 2007年7月29日 2007年9月9日 - 現在 |
1966年5月15日 - 1969年3月30日 1969年11月9日 - 現在 |
第1回 - 第139回 第171回 - 現在 |
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| 大喜利メンバー | |||
| 名前 | 色紋付の色と着衣期間 | 出演期間 | 出演回 |
| 林家木久扇☆ | 1970年秋 - 1971年7月11日 1971年9月5日 - 現在 |
1969年11月9日 - 現在 | 第171回 - 現在 |
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| 三遊亭好楽 | 1979年9月9日 - 1980年11月2日 1980年11月2日 - 1983年10月9日 1988年4月3日 - 現在 |
1979年9月9日 - 1983年10月9日 1988年4月3日 - 現在 |
第682回 - 第889回 第1116回 - 現在 |
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| 三遊亭小遊三△ | 1983年10月16日 - 現在 | 1983年10月16日 - 現在 | 第890回 - 現在 |
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| 6代目三遊亭圓楽 | 1977年8月28日 - 現在 | 1977年8月28日 - 現在 | 第578回 - 現在 |
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| 春風亭昇太☆ | 2006年5月14日 - 現在 | 2006年5月21日 - 現在 | 第2017回 - 現在 |
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| 林家たい平☆ | 2004年12月26日 - 現在 | 2006年5月21日 - 現在 | 第2017回 - 現在 |
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| 座布団運び | |||
| 名前 | 色紋付の色と着衣期間 | 出演期間 | 出演回 |
| 山田隆夫 | 1984年10月7日 - 1985年7月21日 1985年9月1日 - 現在 |
1984年10月7日 - 現在 | 第938回 - 現在 |
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過去の出演者 [編集]
| 司会者 | |||
|---|---|---|---|
| 名前 | 色紋付の色と着衣期間 | 出演期間 | 出演回 |
| 7代目立川談志◎ | 1968年冬 - 1969年3月30日 | 1966年5月15日 - 1969年11月2日 | 第1回 - 第170回 |
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| 前田武彦 | 1969年11月9日 - 1970年12月13日 | 1969年11月9日 - 1970年12月13日 | 第171回 - 第228回 |
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| 三波伸介△ | 1970年12月20日 - 1972年7月23日 1972年9月17日 - 1982年12月26日 |
1970年12月20日 - 1982年12月26日 | 第229回 - 第850回 |
| 5代目三遊亭圓楽◎○ | 1968年冬 - 1969年3月30日 1970年秋 - 1977年3月27日 1984年9月9日 - 2006年5月14日 |
1966年5月15日 - 1969年3月30日 1970年6月21日 - 1977年3月27日 1983年1月9日 - 2006年5月14日 |
第1回 - 第139回 第203回 - 第556回 第851回 - 第2016回 |
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| 大喜利メンバー | |||
| 名前 | 色紋付の色と着衣期間 | 出演期間 | 出演回 |
| 柳亭小痴楽◎ (のちの春風亭梅橋) |
1968年冬 - 1969年3月30日 | 1966年5月15日 - 1969年3月30日 | 第1回 - 第139回 |
| 林家こん平◎ | 1968年冬 - 1969年3月30日 1972年9月17日 - 2004年9月5日 |
1966年5月15日 - 1969年3月30日 1972年7月30日 - 2004年9月5日 |
第1回 - 第139回 第313回 - 第1932回 |
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| 4代目三遊亭小圓遊 | 1968年冬 - 1969年3月30日 1970年秋 - 1980年10月12日 |
1966年5月15日 - 1969年3月30日 1969年11月9日 - 1980年10月12日 |
第1回 - 第139回 第171回 - 第737回 |
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| 柳家かゑる (5代目鈴々舎馬風) |
1969年4月6日 - 1969年11月2日 | 第140回 - 第170回 | |
| 三升家勝二 (8代目三升家小勝) |
1969年4月6日 - 1970年6月14日 | 第140回 - 第202回 | |
| 柳家さん吉 | 1969年4月6日 - 1970年6月14日 | 第140回 - 第202回 | |
| 三遊亭好生 (春風亭一柳) |
1969年4月6日 - 1969年11月2日 | 第140回 - 第170回 | |
| 春風亭栄橋☆ | 1969年4月6日 - 1969年11月2日 | 第140回 - 第170回 | |
| 2代目三遊亭歌奴 (3代目三遊亭圓歌) |
1969年11月9日 - 1970年6月14日 | 第171回 - 第202回 | |
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| 4代目三遊亭金馬 | 1969年11月9日 - 1970年6月14日 | 第171回 - 第202回 | |
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| 柳家小きん☆ (6代目柳家つば女) |
1970年秋 - 1972年7月23日 | 1969年11月9日 - 1972年7月23日 | 第171回 - 第312回 |
| 6代目三遊亭圓窓 | 1970年秋 - 1977年7月17日 | 1970年6月21日 - 1977年8月21日 | 第203回 - 第577回 |
| 三笑亭夢之助 | 1977年8月28日 - 1979年7月15日 | 1977年8月28日 - 1979年9月2日 | 第578回 - 第681回 |
| 7代目桂才賀☆ | 1980年11月2日 - 1988年3月27日 | 1980年11月2日 - 1988年3月27日 | 第740回 - 第1115回 |
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| 座布団運び | |||
| 名前 | 色紋付の色と着衣期間 | 出演期間 | 出演回 |
| 三升家勝松 (4代目桂文字助) |
1966年5月15日 - 1967年1月22日 | 第1回 - 第34回 | |
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| 毒蝮三太夫 | 1968年冬 - 1969年3月30日 | 1967年1月29日 - 1969年11月2日 | 第35回 - 第170回 |
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| 三遊亭笑遊 (5代目三遊亭圓遊) |
1969年11月9日 - 1970年6月14日 | 第171回 - 第202回 | |
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| 三笑亭夢丸 | 1969年11月9日 - 1970年6月14日 | 第171回 - 第202回 | |
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| 小野千春 | 1970年6月21日 - 1971年7月11日 | 第203回 - 第258回 | |
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| 桂米助 (ヨネスケ) |
1970年6月21日 - 1971年7月11日 | 第203回 - 第258回 | |
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| 松崎真 | 1971年9月5日 - 1984年9月30日 | 1971年7月18日 - 1984年9月30日 | 第259回 - 第937回 |
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アシスタント [編集]
番組内では、若手の落語家がアシスタントとして座布団運びの手伝いをしたり、収録前の前説を行っている。そのほとんどが大喜利メンバー(あるいは元大喜利メンバー)の弟子。
- 現在のアシスタント
- 過去のアシスタント
ほか多数
番組構成 [編集]
1996年4月以降は、番組本編を演芸と大喜利の2部で構成している。
番組開始当初から1996年3月までは、演芸と大喜利の間に「談志とゲスト対談」など司会者が務めるコーナーが存在し(または演芸ゲスト2組で2コーナー)、長らく3部構成であった。これについては終了したコーナーの節を参照されたい。
三波時代にはCMとCMの間に、当時「ちびっ子大喜利」に出演していたずうとるびの代表が、人形(声:丸山裕子)と小咄をしていた。
各放送時期における番組構成とコーナーの進行順は次のとおり。
- 1996年4月7日以降
- タイトルバック
- 提供クレジット
- (CM)
- オープニング
- 演芸
- (CM)
- 大喜利
- エンディング
- エンドカード
- 1966年5月15日 - 1969年11月2日
- タイトルバック
- 提供クレジット
- (CM)
- オープニング
- 演芸
- (CM)
- 談志とゲスト対談
- (CM)
- 大喜利
- (CM)
- エンディング
- エンドカード
- 1969年11月9日 - 1970年6月14日
- タイトルバック
- 提供クレジット
- (CM)
- オープニング
- 前武歳時記(前田のフリートーク)
- 演芸
- (CM)
- 前武の何でも入門(演芸2組目)
- (CM)
- 大喜利ナンバー・ワン
- (CM)
- エンディング
- エンドカード
- 1970年6月21日 - 1970年12月13日
- タイトルバック
- 提供クレジット
- (CM)
- オープニング
- 前武歳時記(前田のフリートーク)
- 演芸
- (CM)
- 前武の何でも入門(演芸2組目)
- (CM)
- 大喜利(2問)
- コスチューム大喜利(1問)
- (CM)
- エンディング
- エンドカード
- 1970年12月20日 - 1982年12月5日
- タイトルバック
- 提供クレジット
- (CM)
- オープニング
- 三波のフリートーク
- 演芸
- (CM)
- 伸介の何でもコーナー(演芸2組目)
- (CM)
- 大喜利
- (CM)
- エンディング
- エンドカード
- 1983年1月9日 - 1983年10月9日
- タイトルバック
- 提供クレジット
- (CM)
- オープニング
- 5代目圓楽のフリートーク
- 演芸(1組目)
- (CM)
- 演芸(2組目)
- (CM)
- 大喜利
- (CM)
- エンディング
- エンドカード
- 1983年10月16日 - 1996年3月31日
- タイトルバック
- 提供クレジット
- (CM)
- オープニング
- 5代目圓楽のフリートーク
- 演芸
- (CM)
- 円楽のよろずガイダンス(演芸2組目)
- (CM)
- 大喜利 ※この時期では、途中でCMが入るなど試行錯誤していたことがあった。
- (CM)
- エンディング
- エンドカード
オープニング [編集]
番組のオープニングではテーマ曲をBGMに、その放送回の出演者(レギュラー出演者とゲスト出演者)と、番組スタッフの紹介のあと、最後に制作クレジット(「日本テレビ」と公開収録したテレビ局名)が表示される。
表示される番組スタッフは、題字、テーマ音楽担当、オープニングアニメ制作者、企画立案、制作協力、ディレクター、プロデューサー、制作担当などである。
テーマ曲 [編集]
「笑点音頭」 [編集]
番組放送当初はテーマ曲は無かったが、1967年(昭和42年)1月29日の放送回からオープニング曲が使用された。
- 曲名: 「笑点音頭」
- 作詞: 談盗作、作曲: 宮崎尚志
- 歌唱: 立川談志&笑点グループ
- 1967年、キングレコードからレコード発売。のちに複数のレコード会社から、企画盤のうちの一曲としてCD化されている。
- 2012年、立川談志追悼としてタワーレコード専売で当時のシングル盤のジャケット写真を用いてマキシシングルとして復刻販売される。
- なぜかジャケットには「連続TVドラマ「笑点」主題歌」と記載されている。
「笑点のテーマ」 [編集]
| 「笑点のテーマ」 | ||
|---|---|---|
| 中村八大の 楽曲 | ||
| リリース | 1969年 | |
| 時間 | 1分17秒 | |
| 作詞者 | 前田武彦 | |
| 作曲者 | 中村八大 | |
1969年(昭和44年)11月に談志が司会を降板した後、新テーマ曲として「笑点のテーマ」が導入された。中村八大が作曲した「チャンチャカチャカチャカ、チャンチャン」というお馴染みのフレーズは、現在では『笑点』の代名詞ともなっている。
また、導入当初は司会の前田武彦による歌詞があった。歌は前田と当時の大喜利メンバーが歌ったが、メンバーチェンジを期にインストゥルメンタルのバージョンとなり現在に至っている。歌丸曰く「あまりの下手さに不評を買った」とのことで、歌つきの映像・音源は日テレにも現存していない[15]。
1985年3月31日まで使用されていた初期バージョンは、東海林修の編曲・指揮により、ジャズのオーケストラ形式で録音されたが、効果音係が、効果音の一つとして使用していたクラクションの操作ミスによって、最後の部分に妙な音調で「パフ」という音を入れてしまった。しかし、これが好評だったのでそのまま採用され、後述の再録音の際にも再現されるなど、「笑点のテーマ」のシンボルとなった。また、提供社名を流す際の番組開始・終了用音楽は、前述の効果音による合いの手が入らないなどアレンジが微妙に異なり、曲の最後の部分でブラスの音が強調されていた。これらの音源は、後述のステレオ再録音の音源が採用されるまで使用され続けた。なお、当番組は1980年4月6日放送分からステレオ放送[16]となっているが、それから後述のステレオ再録音が使われるまでは、このモノラル音源を擬似ステレオ化した物が使われていた。
その後テーマ曲は、1985年4月7日に別の演奏者によりステレオにて再録音された(「笑点 大博覧会 DVD-BOX」では、1991年12月まで使われたオープニングまで前のバージョンの音声に変えていた)ものが放送される。その際、鳴り物や吹き物が変更され、アレンジも変化したが、全体的にはオリジナルの曲調を踏襲している。提供アナウンス時の音楽は、ジャズ調アレンジのテーマが流され、後に2006年5月14日放送(第2016回)の40周年記念スペシャルのエンディングや2009年1月1日放送の2009お正月スペシャルのエンディングでも流された。1998年8月2日からは若干変更になり、2代目のアレンジに加え、長さも40秒に短縮された。2010年1月からはハイビジョン制作となったのと同時にテーマ曲も高音質となっている。
2007年4月中旬ごろからは、大喜利メンバーがデザインしたTシャツ「福T」や「福バッグ」「福ジャン」(ジャンパー)が抽選で当たるサントリーのビール・発泡酒のキャンペーンで使用されている(歌詞は、小林克也によるCMオリジナルのもの。この歌詞には前奏(「チャンチャカチャカチャカ、チャンチャン」の部分)にも歌詞が付けられているが、オリジナルの歌詞にはない)。
初期の東海林修の編曲・指揮によるモノラル音源のインストゥルメンタル・ヴァージョンは、ソニー・ミュージックエンタテインメントからのコンピレーション・アルバムCD「日曜夜のテレビは哀愁」(CD番号:MHCL1185、2007年10月10日発売)の第1曲目に収録されている。
歴代オープニング [編集]
- 「笑点音頭」 (1967年1月29日 - 1969年3月30日)
- アニメーションの似顔絵と演出は、竹内大三が担当。
- 「笑点」の文字を笑顔に見立てるアニメーションの後、以下の順でメンバーを模した動物が登場。
- 途中、メンバーの名跡襲名・改名があった際、字幕のみ変更。
- 1969年4月以降、5代目圓楽らが降板したため「笑点音頭」が使えなくなる。
- 「笑点のテーマ(歌唱つき)」(歌詞付き) (1969年11月9日 - 1970年6月14日)
- 「笑点のテーマ」を歌っていたのは前田武彦と大喜利メンバー。
- 任侠陣傘編 (1970年6月21日 - 1971年12月26日)
- テーマ曲の「笑点のテーマ」はインストゥルメンタル版(歌なし楽器演奏のみ)で、出演者紹介時のみ静止画で表現される形式。以降のオープニングで踏襲される。
- 切り絵風アニメーション(似顔絵・演出は永沢詢が担当)で、陣笠姿の大喜利メンバー6名と司会者が陣笠を取り、コスプレ姿に。
- 笑点大演芸編 (1975年1月5日 - 1977年8月21日)
- 浮世絵風アニメーションで、おなじみの定式幕を背景に「笑点」のタイトル表示後、以下の順で出演者紹介。
- 出演者紹介時のみ静止画と寄席文字で表現される形式に。「製作 日本テレビ」の表示が、これまでのテロップ表示に代わってアニメーション表示に変更。
- 5代目圓楽が番組卒業した1977年4月以降は、5代目圓楽の似顔絵アップ部分のみカットし若干ピエロのシーンを延長して対処。
- 江戸の暮らし編 (1977年8月28日 - 1978年12月24日、1979年9月9日 - 1980年12月28日)
- 6代目三遊亭圓窓の降板と三笑亭夢之助と三遊亭楽太郎の2名の加入に伴い、オープニング一新。
- 1979-80年は三笑亭夢之助の急な降板や4代目三遊亭小圓遊の急逝に伴い、新メンバーの林家九蔵と古今亭朝次の紹介に、作り替えたバージョンを放送。
- 1980年10月19日と26日は、同年10月5日に急逝した4代目三遊亭小圓遊の追悼によりオープニングテーマなし。
- 古今東西大演芸編 (1979年1月7日 - 1979年9月2日)
- アニメーションの似顔絵・演出は、夢野凡天が担当。
- 東海道五十三次編 (1981年1月4日 - 1982年12月26日)
- 1982年12月12日と19日は、同年12月8日に急逝した三波伸介の追悼によりオープニングテーマなし。
- 日本の祭り編 (1983年1月9日 - 1983年10月9日)
- 5代目三遊亭圓楽の司会就任後、初のオープニング。当初は三波伸介で制作されたが急逝したため、顔の部分だけ5代目圓楽に作り替えて放送に間に合わせた。
- 落語の世界編 (1983年10月16日 - 1985年3月31日)
- 三遊亭好楽の降板と三遊亭小遊三の加入に伴い、オープニング一新。
- 世界の童話編その1 (1985年4月7日 - 1986年3月30日)
- このオープニングからステレオ音声に。
- 世界の童話編その2 (1986年4月6日 - 1987年3月29日)
- 世界の童話編その3 (1987年4月5日 - 1988年3月27日)
- 古今東西有名人編 (1988年4月3日 - 1989年12月24日)
- 7代目桂才賀の降板と三遊亭好楽の復帰に伴い、オープニング一新。
- 5代目圓楽(徳川家康)→ゲスト出演者(関ヶ原の戦い)→歌丸(サリー・ライド)→こん平(マイケル・ジャクソン)→木久蔵(アーサー王)→楽太郎(小野小町)→小遊三(ジョン万次郎)→好楽(一休宗純)→山田(ユーリイ・ガガーリン)
- 江戸の商売編 (1990年1月7日 - 1990年12月30日)
- 世界のスポーツ編 (1991年1月6日 - 1991年12月29日)
-
- 5代目圓楽(ポロ)→ゲスト出演者(メンバーの駅伝)→歌丸(釣り)→こん平(アメリカンフットボール)→木久蔵(鉄棒)→楽太郎(ゲートボール)→小遊三(野球)→好楽(シンクロナイズドスイミング)→山田(ボクシング)
- 江戸の生活編 (1992年1月5日 - 1992年12月27日)
- 古典落語の世界観で表現。
- 日本テレビ開局40周年記念・日本の昔話編その2 (1993年1月10日 - 1995年12月24日)
- 「日本の昔話編」のリメイク。
- 笑点フェスティバル編 (1996年1月7日 - 1997年3月30日)
- 笑点メンバーの趣味趣向編 (1997年4月6日 - 1998年6月28日)
- 1998年7月は新オープニングアニメ(七福神編)の制作が間に合わず。山田も休演していたことも重なり、オープニングテーマなし。
- 笑点七福神編 (1998年8月2日 - 1999年12月26日)
- ここからアレンジされ、間奏とゲスト紹介が消滅された40秒バージョンに。
- 笑点ファミリー編 (2000年1月9日 - 2000年12月24日)
- ここからレギュラー陣氏名のアルファベット文字が入り、三遊亭好楽と三遊亭楽太郎の紹介順が入れ替わる。
- 5代目圓楽(サラリーマンの父)→歌丸(料理中の母)→こん平(階段から転げ落ちる子供)→木久蔵(トイレを済ませたおじいさん)→好楽(セーラー服の女子高生)→小遊三(リーゼント極めてる高校生)→楽太郎(バス停へ走るOL)→山田(女の子を追いかける幼稚園児)
- 21世紀記念編 (2001年1月7日 - 2001年5月13日)
-
- 5代目圓楽(1966年/笑点誕生)→歌丸(1967年/ツイッギー来日)→こん平(1969年/アポロ11号人類月面到着)→木久蔵(1970年/大阪万博)→好楽(1972年/札幌オリンピック)→小遊三(1977年/王貞治・756号本塁打)→楽太郎(1989年/ベルリンの壁崩壊)→山田(2000年/日本女子マラソン・オリンピック初金メダル)
- 笑点35周年記念・大江戸すごろく編 (2001年5月20日 - 2003年12月28日)
- 「東海道五十三次編」のアレンジ。
- 2002年・2003年の「新春!笑てん声慎吾」のみ、香取慎吾(文字・場所ともに不明)とキャイ〜ン(御油宿・文字不明)を追加。
- 笑点1900回記念・大江戸笑点街編 (2004年1月4日 - 2006年5月14日)
- 途中で5代目圓楽とこん平が休演するが変更はなし。こん平の代理で出演した林家たい平の紹介もなし。
- 笑点40周年記念・新装開店祭編 (2006年5月21日 - 2008年5月11日)
- 桂歌丸の司会就任、春風亭昇太の加入、林家たい平のレギュラー昇格後、最初のオープニング。
- 2007年9月23日以降は、スタッフテロップのフォントおよびスタッフテロップの2つ目のアニメが変更(太神楽→馬の体が半分にちぎれる)。
- 日本テレビ開局55周年記念・落語の世界編その2 (2008年5月18日 - 現在)
- 「落語の世界編」のリメイク。
- 2008年6月29日・7月6日・2010年3月7日・3月14日に、歌丸が休演するが変更はなし。
- 番組のハイビジョン化により、2010年1月1日の新春スペシャルより画面比率16:9に拡大。2009年1月1日の新春スペシャルでも地上デジタル放送ではオープニングアニメーションのみ16:9フルサイズで放送。アニメーション自体そのものは作成当初からハイビジョンで制作。
- 出演者の名前の表示枠は4:3表示に対応する位置にあるが、ハイビジョン化以降変更した6代目三遊亭圓楽のみ16:9表示を前提とした位置に。
ロゴマークとクレジット [編集]
オープニングの最後に表示されるロゴマークとクレジットは次のとおり。
- 1967年1月から1969年3月(テーマ曲「笑点音頭」の期間) - 「日本テレビ」(ロゴ)と「現代センター」(ゴシック体)の二段組み表示。
これ以降のクレジットは「製作・著作 日本テレビ」の寄席文字。これと同時に表示されるロゴマークは次のとおり。
- 1978年以前 - NTVのマーク
- 1978年から1992年7月まで - NTVのマーク(社章であるメルカトル図表のロゴマーク)
- 1992年7月以降 - なんだろう(同月登場)
- 1993年12月まで - なんだろうの下に“40th”(日本テレビ開局40周年の意)の文字
- 2003年7月以降 - 「なんだろう+日テレ」のロゴ(日本テレビのCI導入による。現行ロゴだが使用初期は色が金色主体ではなく朱色1色だった)
- 2008年から2009年3月まで - 「日テレ55」(開局55周年キャンペーン用)ロゴ。
- 2013年 - 「0テレ Go! Next 60」(開局60周年キャンペーン用)ロゴ。
放送時間が40分の時代(1966年5月-1996年3月)では、オープニングテーマのあとにネット局のテロップ表記が流れていた。
このオープニング最後の表示の直前には、下記で紹介するテーマに沿ったものが、画面手前からこちらに向かって飛んでくるのが慣例となっている。
主なコーナー [編集]
演芸 [編集]
番組の前半に行われる。5代目圓楽司会時は「今日の笑点、端(はな、始めという意味。「華」を掛けている)は…」と紹介していたが、三波・歌丸は「今日の演芸をご紹介しましょう」と言い、ゲストを紹介する。また、上方芸人がゲストの場合、歌丸は「上方からおいでの」を付け加える。登場するゲストは毎回1組が基本であるが、40分番組だった時代はピン芸人の短いネタの場合、2組が出るケースもある。
コーナー終了後には「引き続き大喜利をお楽しみください」のテロップが登場し、CMに入る(1998年5月3日から6月21日まではCMを挟まずそのまま大喜利に入り、大喜利の1問目と2問目の間にCMを挟んだ)。
主な芸の種類と主な出演者は次のとおり。
- 落語 - 東西の様々な落語家が新作・古典を問わず演じる(春風亭小朝、春風亭柳昇など)。
- 浪曲 - 玉川カルテット(歌謡浪曲)、など
- 講談 - 田辺一鶴、一龍斎貞水(夏季の怪談話)、神田山陽、など
- 漫才 - 上方漫才、東京漫才の漫才師(宮川大助・花子、横山ホットブラザース、中田カウス・ボタン、内海桂子・好江、正司敏江・玲児、人生幸朗・生恵幸子、春日三球・照代、星セント・ルイス、など)
- 漫談 - 牧伸二(ウクレレ漫談)、ケーシー高峰(医事漫談)、堺すすむ(ギター漫談)、ぴろき(ギタレレ漫談)、柳家紫文(三味線漫談)、など
- 手品 - ナポレオンズ(最多出演回数)、マギー司郎、マギー審司、北見マキ、松旭斎すみえ(水芸含む)、など
- 物真似・声帯模写 - 江戸家猫八(3代目、4代目、動物声帯模写)、桜井長一郎(人物声帯模写)、など
- コント - コント山口君と竹田君、ゆーとぴあ、東京03など
- パントマイム - カンジヤママイム、がーまるちょば、など
- その他 - 曲芸(海老一染之助・染太郎)、紙切り(3代目林家正楽)、南京玉すだれ、など
この他、若手のお笑いタレントが多数出演している。
- 芸歴の長いベテランから注目の若手まで幅広く、ジャンルも落語、漫才、漫談、コント、マジック、物真似など多岐にわたっている。
- 星セント・ルイスやツービートなど後の漫才ブームでブレイクした漫才師たちも早い時期から演芸に出演していた。特にセント・ルイスは1970年代半ばごろに収録の間の時間つなぎをする「マエラク」を担当していた縁もあり、1977年(昭和52年)の『NHK新人漫才コンクール』でセント・ルイスが優勝すると直後4ヶ月の間に演芸に3回出演させ番組ぐるみでブレイクを後押しした。
- その一方、実際に漫才ブームが訪れた1980年代初期にはブームの中心となった漫才師たちがほとんど出演しなかった。これは「笑点」から出た「ずうとるび」を通じてブームそのもののはかなさと怖さを知ったという当時のプロデューサーが「ブームに便乗するとブームが去った時に番組も終わる」と判断し、漫才ブームから距離を置く姿勢を取ったためである。ただし、漫才ブームが沈静化した後はセント・ルイスやおぼん・こぼん、西川のりお・上方よしお、オール阪神・巨人、今いくよ・くるよなどブームの中心を担った漫才師も演芸に出演している。
- 5代目圓楽の司会当時は、毎年新年1回目の演芸で5代目圓楽の落語が披露されるのが恒例となっていた。また、一時期地方収録の際にはほぼ毎回大喜利メンバーが交替で落語を演じていた。近年は落語そのものの登場回数が減少したこともあり、歌丸の司会就任後は2007年(平成19年)4月の熊本公録で昇太が、2011年(平成23年)4月10日で歌丸自ら演じた2回のみである。ちなみ現笑点メンバーでは歌丸・小遊三・6代目圓楽は演芸の出演回数が20回を超えており(落語家では他に4代目桂米丸・5代目圓楽・8代目橘家圓蔵が20回以上出演している)、木久扇、好楽も20回近く出演している。
- CSで放送されていた『笑点Jr.』では、毎回落語を披露するコーナーが放送されており、笑点メンバーも不定期で出演。
- コラボレーション演芸では、木久扇+カンカラ、BOOMER+プリンプリン、内海桂子+あした順子など、異色あわせの芸も披露している。
- 2006年(平成18年)1月22日の第2000回放送と、同年5月14日の「40周年スペシャル」では、演芸最多出演者として、マジックのナポレオンズが紹介され、出演した。なお、ナポレオンズの出演回数は2008年までで47回を数える。
- 2006年(平成18年)1月29日の放送では、桂歌丸のオープニング(通常は「皆さんこんにちは。笑点の時間がまいりました」と発言)無しでそのまま同年1月16日に死去した漫談師・ローカル岡を偲んでと題し、2005年12月に収録済みであった彼の漫談が流された。
- 2009年(平成21年)の正月スペシャルでは、綾小路きみまろ、大木こだま・ひびき、ナポレオンズが出演、さらにコロッケが、噺家以外で初めての“物真似落語”を披露した。
- マギー審司が出演した2009年(平成21年)12月13日の放送では、SMAPの草彅剛が同日放送の『さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』の番宣の為に「マギーつよし」として出演。テツandトモが出演した2010年(平成22年)2月14日の放送では、地上デジタル放送のPRの為に地デジカも出演している。
演芸にて定期的に行われているコーナー [編集]
現在では、「真打昇進・襲名披露口上」と年に2回を行われている「アナウンサー大喜利」などがある。
- アナウンサー大喜利
詳細は「アナウンサー大喜利」を参照
- 真打昇進・襲名披露口上
演芸内で落語家の真打昇進披露や襲名披露が行われることがある。近年の真打昇進披露は落語協会と落語芸術協会、円楽一門会、落語立川流の各団体(上方落語協会を除く)の合同によって行われることが多い。
- 寄席の定席での襲名披露で普通行わない、真打になった本人の挨拶があるのが特徴。本来襲名披露口上では本人による挨拶は行われないため、進行者がその旨を述べてから本人挨拶を行う。
- 本人挨拶が行われるようになった背景には、時間短縮がある。1996年4月、それまでの17:20-18:00から、17:30-18:00に、10分短縮された。寄席どおりにやってしまうと、大喜利の時間が取れなくなってしまうため、一席に替えて本人挨拶が登場した。だが、現在では、各協会の側も、まず笑点で顔と名前と声を一つでも覚えてもらい、寄席で芸を見てもらいたいという姿勢で臨むようになっており、全国へのお披露目の場として積極的に活用している。
- 通常は、各協会・一門に関係する大喜利メンバーが進行役や挨拶で登場する。しかし、9代目林家正蔵襲名披露では、こん平が多発性硬化症で療養中だったため、代理として5代目圓楽が高座に上がった。また、大喜利レギュラーとなった後で真打になった者のうち楽太郎・好楽(昇進時は林家九蔵)の際にはその時点で真打に昇進していた大喜利メンバーが全員高座に上がった。才賀の真打昇進披露の時は当時の出演者全員揃っての口上、楽太郎の6代目圓楽襲名披露の時は山田を除く出演者全員での口上だった。
かつて演芸にて行われていたコーナー [編集]
- 若手大喜利
詳細は「若手大喜利」を参照
- 若手の登竜門 笑点の穴
1996年(平成8年)11月3日にスタート。ベテランの出演が多かったころ、あまり出演機会のなかった若手を対象にしたとコーナー。コーナー名は『タイガーマスク』の「虎の穴」にちなんでいる。
- 毎回2、3組登場し、最後まで笑いを取れれば「おめでとう!全国放送」のテロップが出るが、取れなければネタの途中でカットされ「笑点の穴へ逆戻り!再チャレンジお待ちしています。」のテロップが出る。
- アンジャッシュ、グループ魂(暴動・破壊・バイト君)、爆笑問題、つぶやきシロー、プリンプリン、テツandトモ、ますだおかだ、北陽、たい平、など多くの若手芸人がしのぎを削った。
- また、ウッチャンナンチャンのウリナリ!!のコントコーナー「ランキングキャラクターライブ」から、番組内ユニットのザ・レスラーズ(南原清隆・勝俣州和・濱口優)とSeniorJunior(内村光良・ウド鈴木)が対決を行ったこともある。なお、ウリナリ!!メンバーが出演した後、木久蔵(木久扇)・好楽・楽太郎(6代目円楽)が「笑点Boys」としてウリナリ!!に出演し大喜利対決も行っている。
- その他のコーナー
- 1980年(昭和55年)から1987年(昭和62年)までの年末と1990年(平成2年)から1996年(平成8年)までの新春スペシャルでは、笑点メンバーがマジックを披露する年1回のスペシャルコーナーがあった。
- 1998年(平成10年)7月は山田が4週にわたって番組を休んだため[17]、その間は演芸を休止して若手落語家が出演し「大喜利下克上」を行った。ちなみに、この間はオープニングアニメーションがなく、1本目のCM明けに5代目圓楽の挨拶で始まり、スタッフクレジットはエンディングで表示された。
- 2007年(平成19年)2月4日の放送では、当時、林家きくおの2代目木久蔵襲名後の自分の名前を募集していた林家木久蔵の新しい名前の中間発表が行われた。結果、林家木久扇に決定した。その時点までの公募された名前の中で、多かったものや笑点メンバーが選んだ物を紹介した(楽太郎は歌丸の本名「椎名 巌」を出していた)。結果は4月28日の収録で発表され、終了後本人が会見を開き公表した。その模様は5月6日に放送。9月23日の放送から「林家木久扇」の名で出演している。
- 2009年(平成21年)11月8日の放送では、「さよなら円楽笑点お別れ会」として、現在のメンバーとこん平が、5代目圓楽の秘蔵映像とトークが行った。
大喜利 [編集]
番組の後半に行われる。
詳細は「大喜利 (笑点)」を参照
終了したコーナー [編集]
フリートーク [編集]
1969年11月に前田武彦司会就任と共に始まった「前武歳時記」で、舞台上にいる前武が日々感じたことをありのまま喋っていたもの。三波伸介司会就任後は、収録会場の観覧客席に移る。番組オープニング直後に司会者がカメラに向かって番組開始の挨拶に続いて簡単な話を数分間した後、直後の演芸へと繋いだ流れは1996年3月まで続いた。
談志とゲスト対談 [編集]
談志がゲストと対談するコーナー。
- トークコーナーであるが、ゲストとの掛合いが半ば即興漫才となっていた。
- 第1回のゲストはミヤコ蝶々で、前身番組『金曜夜席』の裏番組だった『蝶々・雄二の夫婦善哉』(朝日放送・TBS系列)の司会という間柄の対談であった。
前武の何でも入門 [編集]
その道のプロを呼んで挑戦するというコーナー。
- 後に座布団運びを担当する小野千春は、このコーナーのアシスタントを担当していた。
伸介の何でもコーナー [編集]
ゲストを呼んでの対談やその道のプロを呼んで挑戦するというコーナー。
- このコーナーの最多出演者は、計13回出演の神田川俊郎。三波と親交があったため定期的に出演し、自慢の料理の腕前を披露していた。次いで多かったのは、三波がファンであったシャンソン歌手高英男で、コーナーへは6回出演しているほか、新春の特別コーナーであるドレミファ大喜利へも出演した。
- 他に岡本太郎・手塚治虫・嵐寛寿郎・淡谷のり子・永六輔・石原慎太郎といった、そうそうたる豪華ゲストが出演した。
円楽のよろずガイダンス [編集]
落語に関することを中心とした雑学を5代目圓楽が披露するコーナー。
エンディング [編集]
現在は歌丸の「有り難うございました」の後、大喜利メンバーたちが高座に正座した状態で客席に向かって手を付いてお辞儀をしている様子を映したまま、『笑点のテーマ』をBGMに提供クレジットと次回の放送内容のテロップが出てそのまま番組終了となる。この間の大喜利メンバーたちはお辞儀をしたまま特に動きがないのが基本だが、時に最後に出たネタを引きずってそれに絡んだアクションをしたり、歌丸と大喜利メンバーたちのやり取りが見られることもある。また、6代目圓楽とたい平は2人でじゃれ合うことが多く、時に山田も巻き込んでのアクションになることもある。また、3問目でかつらをかぶる問題があった場合は、頭が蒸れるのか、かつらを脱いだ歌丸が自分の頭を扇子で扇ぐしぐさが見られることがある。さらに、11月から12月にかけては番組の公式カレンダーである「笑点暦」の宣伝をエンディングで行うが、番組のオフィシャル本などカレンダー以外の番組関連グッズの宣伝をエンディングで行うこともある。
歌丸の締めの挨拶は「どうやらお時間が来たようです。また来週お目にかかりましょう(「お会いしましょう」と言うこともある)。有り難うございました」が基本だが、直前に座布団没収になるようなネタが繰り出された場合はそのネタについてのフォローを入れながら締めの挨拶に移っていくことが多い。この場合、挨拶の文面も変わることがある。三波伸介や5代目圓楽などは「といったところで笑点このへんでお開き。また来週。有り難うございました」が、締めの挨拶の決まり文句になっていた。
40分番組だった頃は司会者の挨拶の後大喜利メンバーたちがお辞儀をする姿を一瞬映し、さらに拍手を送る客席の様子を映してからCMに入り(30分番組になってからも客席を映すエンディングはしばらく続けられている。現在でも地方収録時にしばしば見られる)、CM明けに提供クレジットと次回の放送内容が出たあと、オープニングタイトルの左下に寄席文字で「終」の文字が入ったタイトルが出て番組終了となっていた。次回の放送内容の紹介はテロップではなく、収録後の高座の様子を写したスチール写真に寄席文字で書いたパネルで紹介するスタイルが長く続いていた。30分番組に移行する直前には、客席の様子をバックに、次回の放送内容をテロップで表示し、CM、提供クレジット、タイトルの順になっていた。
1997年(平成9年)6月8日放送の富山収録の回ではエンディングで普段は放送されない三本締めの様子(地方収録の終了後には必ず行われている)が放送されている。また、2009年(平成21年)11月1日放送の青森収録の回ではこれも普段は放送されない収録の最後に行われる出演者全員が揃っての挨拶のシーンがエンディングで放送されている。なお、このエンディングでは元大喜利メンバー・司会者であった5代目圓楽の訃報を流すためにBGMも「別れの曲」を使用している。
地方収録やその年の最後に「三本締め」で幕締めすることが恒例中の恒例であったが、最近では前半で真打昇進披露を行う場合以外には行われなくなっている。
舞台装置 [編集]
1970年(昭和45年)まであった演芸場「人形町末廣」を参考に、「昔ながらの寄席の高座をスタジオに再現したい」というコンセプトでデザインされている。部分的な手直しは何度か行われたが、『金曜夜席』の放送開始時から基本的なところは変わっていない。
最近では2002年(平成14年)に手直しされ、柱や欄間など木目の露出している部分がそれまでのダークブラウンからライトブラウンの色目に変わり、舞台全体が明るい印象になっている。
舞台奥の襖は4枚あり、後楽園ホールでの収録時と地方収録時では絵柄が異なる。
- 後楽園ホールでは、絵柄が表裏で異なる回転式の襖が使用されており、演芸と大喜利で襖の絵柄が変わる。演芸では主張の強い大胆な襖絵になり(現在の絵柄は2009年3月22日放送分から使用)、大喜利では、カメラでメンバーを映す時に邪魔にならないような青を主体とした柄が採用されている(当初は1、2年で手直しされていたが、5代目圓楽時代から、長期間使用されるようになり、現在の柄は2001年から使用)[18]。
- 地方収録時はその地方の特産品や名所を描いた襖絵となり、演芸も大喜利も同じ絵柄となる。4枚それぞれに異なる絵が描かれることもあれば、4枚で続き絵になることもある。
舞台の上の提灯には当初、笑点メンバーの定紋を入れていたが、1969年(昭和44年)から現在のように名前を書くようになった(ただし、その後も特番の時などに紋の入った提灯が下げられたことがある)。赤地に白文字の提灯は放送当初から変わっていない。なお、名前の表記は下の名前のみ(前田は「前武」・毒蝮は上の名前のみ)だったが、松崎や山田などはフルネームとなっている。また、代理出演者や裏方アシスタント扱いの出演者の提灯はない。
なお、出演者や裏方たちは原則として上手から入退場するので下手側は通常襖で閉められているが、対抗戦形式の大喜利が行われる時などは下手側の襖も開いて下手から入退場するケースもある。この下手側の襖は元々大喜利メンバーの後ろにある襖と同じ色のものを使っていたが、2002年(平成14年)のリニューアルの際に白地に緑の「笑」の文字が入った襖に変わっている(スペシャル版では、微妙な手直しが施されているが、それ以前から使われている)。
舞台上は、基本的に土足厳禁となっており、大喜利メンバーのみならず前半の演芸コーナー出演者も舞台上には靴は履かずに舞台に上がる。
地方収録 [編集]
初の地方収録は大阪府寝屋川市で行われた(放送日不詳、収録日は1967年(昭和42年)7月15日。他、談志司会の頃には山形県天童市や岩手県花巻市などにも行っている)。
また、神奈川県伊勢原市での地方収録の放送時(1973年(昭和48年)10月21日)に当番組の歴代最高視聴率40.5%をマークしている[19]。地方公開収録は、日本テレビの系列局の開局○周年記念として行われることが多い。
かつて、地方収録第1週目の客席からのオープニングでは、司会者の隣に系列局の女性アナウンサーが座り、当地の名所や名産物を紹介していた。
1997年(平成9年)以降の地方収録は以下の通り。
| 放送年月日 | 会場 | 理由 | |
|---|---|---|---|
| 1997年 (平成9年) |
8月10日 8月17日 |
鳥取県・山陰・夢みなと博覧会会場 | 日本海テレビジョン放送開局40周年記念 |
| 9月28日 10月5日 |
熊本県・熊本市民会館 | 熊本県民テレビ開局15周年記念 | |
| 11月9日 11月16日 |
徳島県・鳴門市文化会館 | 四国放送開局45周年記念 | |
| 1998年 (平成10年) |
3月8日 3月15日 |
埼玉県・熊谷文化創造館 さくらめいと | 日本テレビ放送網開局45周年記念 |
| 6月21日 6月28日 |
山形県・山形県県民会館 | 山形放送開局45周年記念 | |
| 10月11日 10月18日 |
鹿児島県・鹿児島市民文化ホール | 鹿児島讀賣テレビ開局5周年記念 | |
| 2002年 (平成14年) |
3月24日 3月31日 |
山梨県・山梨県立県民文化ホール | 山梨放送50周年記念 |
| 6月30日 7月7日 |
福井県・鯖江市文化センター | 福井放送開局50周年記念 | |
| 9月29日 10月6日 |
広島県・はつかいち文化ホール | 広島テレビ放送開局40周年記念 | |
| 12月8日 12月15日 |
熊本県・熊本県立劇場コンサートホール | 熊本県民テレビ開局20周年記念 | |
| 2003年 (平成15年) |
3月9日 3月16日 |
徳島県・徳島市立文化センター | 四国放送開局50周年記念 |
| 4月27日 5月4日 |
秋田県・秋田県民会館 | 秋田放送開局50周年記念 | |
| 6月8日 6月15日 |
神奈川県・横浜にぎわい座 | 日本テレビ放送網開局50周年記念 | |
| 7月6日 7月13日 |
山形県・山形県県民会館 | 山形放送開局50周年記念 | |
| 10月26日 11月2日 |
鳥取県・鳥取県立倉吉未来中心 | 日本海テレビジョン放送開局45周年記念 | |
| 2004年 (平成16年) |
3月14日 3月21日 |
高知県・高知県立県民文化ホール | 高知放送開局50周年記念 |
| 5月23日 5月30日 |
鹿児島県・鹿児島市民文化ホール | 鹿児島讀賣テレビ開局10周年記念 | |
| 9月26日 10月3日 |
静岡県・静岡市民文化会館 | 静岡第一テレビ開局25周年記念 | |
| 12月5日 12月12日 |
岩手県・北上市さくらホール | テレビ岩手開局35周年記念 | |
| 2005年 (平成17年) |
3月6日 3月13日 |
福岡県・福岡市民会館 | 福岡放送開局35周年記念 |
| 5月29日 6月5日 |
石川県・金沢市観光会館 | テレビ金沢開局15周年記念 | |
| 9月11日 9月18日 |
宮城県・仙台サンプラザホール | 宮城テレビ放送開局35周年記念 | |
| 12月4日 12月11日 |
長野県・長野県県民文化会館 | テレビ信州開局25周年記念 | |
| 2006年 (平成18年) |
4月30日 5月7日 |
山口県・周南市文化会館 | 山口放送開局50周年記念 |
| 10月8日 10月15日 |
新潟県・長岡市立劇場 | テレビ新潟放送網開局25周年記念 長岡市制100周年記念 |
|
| 2007年 (平成19年) |
4月1日 4月8日 |
熊本県・熊本県立劇場演劇ホール | 熊本県民テレビ開局25周年記念 熊本城築城400周年記念 |
| 7月8日 7月15日 |
富山県・富山県民会館大ホール | 北日本放送開局55周年記念 | |
| 9月9日 9月16日 |
福井県・福井市文化会館 | 福井放送開局55周年記念 | |
| 2008年 (平成20年) |
3月30日 4月6日 |
広島県・はつかいち文化ホール | 広島テレビ放送開局45周年記念 |
| 7月13日 7月20日 |
島根県・出雲市民会館 | 日本海テレビジョン放送開局50周年記念 | |
| 10月26日 11月2日 |
愛媛県・松山市民会館 | 南海放送開局55周年記念 | |
| 2009年 (平成21年) |
3月8日 3月15日 |
鹿児島県・鹿児島市民文化ホール | 鹿児島讀賣テレビ開局15周年記念 |
| 5月17日 5月24日 |
岩手県・岩手県民会館 | テレビ岩手開局40周年記念 | |
| 8月9日 8月16日 |
山梨県・山梨県立県民文化ホール | 山梨放送開局55周年記念 | |
| 10月25日 11月1日 |
青森県・青森市文化会館 | 青森放送開局55周年記念 | |
| 2010年 (平成22年) |
3月7日[20] 3月14日[20] |
愛知県・みよし市文化センターサンアート大ホール | 中京テレビ放送開局40周年記念 |
| 6月20日 6月27日 |
福岡県・福岡市民会館 | 福岡放送開局40周年記念 | |
| 7月4日 7月11日 |
宮城県・仙台サンプラザホール | 宮城テレビ放送開局40周年記念 | |
| 11月14日 11月21日 |
長野県・ホクト文化ホール | テレビ信州開局30周年記念 | |
| 2011年 (平成23年) |
4月17日 4月24日 |
長崎県・長崎市公会堂 | 長崎国際テレビ開局20周年記念 |
| 7月10日 7月17日 |
新潟県・弥彦総合文化会館 | テレビ新潟放送網開局30周年記念 | |
| 10月23日 10月30日 |
山口県・周南市文化会館 | 山口放送開局55周年記念 | |
| 2012年 (平成24年) |
7月8日 7月15日 |
富山県・魚津市新川文化ホール | 北日本放送開局60周年記念 |
| 11月4日 11月11日 |
熊本県・熊本県立劇場 | 熊本県民テレビ開局30周年記念 | |
| 2013年 (平成25年) |
2月10日 2月17日 |
福島県・郡山女子大学 建学記念講堂 | 福島中央テレビ東日本大震災復興支援 |
| 4月7日 4月14日 |
徳島県・徳島市文化センター | 四国放送開局60周年記念 | |
なお、2013年2月現在で地方収録の回数が一番多い回数は福島県の9回。次いで福岡県が8回。逆に、茨城県、千葉県、三重県、滋賀県、奈良県、和歌山県、佐賀県、宮崎県では1度も行われていない(いずれも2010年6月時点)。
初の地方収録を大阪で行った地区は関西地区での視聴率対策のためと言われるが、現在は地方収録を行っている番組自体が非常に少なく人気番組であることもあり、ネット局からの収録の依頼が殺到している状態である。そのため激しい誘致競争に勝ち抜くために上記の通り各ネット局の開局記念行事として行われることがほとんどである。
なお、2000年代あたりには関西地区での収録は行われておらず、「笑点」のオフィシャルサイトにも「関西での収録予定はないのか」という質問が紹介されており、それに対する答えが「前提として要請のあった系列局に伺うことになっております」となっていることから暗にNNNとNNSの関西広域ネット局の読売テレビ放送が積極的に公録の誘致を行っていないことを匂わせている。また、歌丸の著書では大阪府寝屋川市で公録を行った際に読売テレビ側がきちんとした対応をとらなかったということで局と出演者たちの間で対立が起きたというエピソードが紹介されている[21]。
海外公演 [編集]
過去に大喜利での座布団10枚獲得などによる、海外での収録は幾度か行われているが、うち大喜利そのものの海外収録は過去3度行われている。
| 放送年月日 | 公演名 | 収録地 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1978年(昭和53年)4月30日、5月7日 | 笑点 亜米利加寄席 | サンフランシスコ | 日本テレビ放送網開局25周年記念 |
| 1980年(昭和55年)10月5日、10月12日 | 笑点 ハワイ公演 | ハワイ州 | 番組15周年記念 |
| 1997年(平成9年)4月20日 | 笑点 in 香港 | 香港 | 番組30周年記念 |
ハワイ公演は大喜利レギュラーだった4代目三遊亭小圓遊の最後の出演となった(ハワイ公演の1回目の放送があった日の未明に急死)。また、香港ロケの模様は90分の特別版で放送された。
このほか、1991年(平成3年)の番組25周年の時にはパリでの収録が予定されていたが湾岸戦争の影響を理由に中止されている[22]。
番組史 [編集]
『金曜夜席』時代の歴史については「金曜夜席#番組史」を参照
出演者変遷の詳細については「大喜利 (笑点)#歴代席順」を参照
- 1966年(昭和41年)
- 5月15日 『笑点』放送開始。放送時間は16:30-17:10。
- 1967年(昭和42年)
- 1月1日 初の「師弟大喜利」を開催。
- 8月27日 初の「大喜利ゲスト大会」を開催。大喜利メンバーの1人として前田武彦が出演。
- 10月8日 初の「若手大喜利」を開催。大喜利メンバーの1人として林家木久蔵(木久扇)が初登場。
- 1968年(昭和43年)
- 5月5日 放送時間が17:20-18:00に変更。
- 12月15日 石井が「毒蝮三太夫」に改名。この頃、談志とメンバーの間に、番組の方向性についての深刻な溝が出来ていた。
- 1969年(昭和44年)
- 3月30日 5代目圓楽らメンバー全員が談志と対立し降板。翌4月6日から新メンバーで大喜利を行う。
- 11月9日 視聴率低下に伴い前田武彦が2代目司会者となり、メンバーチェンジで大喜利が8人制に。「前武の何でも入門」がスタート。
- 1970年(昭和45年)
- 1972年(昭和47年)
- 1月2日 初の「親子大喜利」を開催。
- 放送日不明 座布団の色がピンク色から現在の紫色になる。
- 4月30日 放送300回を記念して、歴代3司会者によるスペシャル対談を行う。
- 8月27日 歌丸小圓遊・手打ち式。三波・5代目圓楽を仲裁立会人として仲直りさせる。
- 1973年(昭和48年)
- 1975年(昭和50年)
- 12月14日 一般販売用「笑点暦」第1号を披露。
- 1976年(昭和51年)
- 8月22日 『笑点』放送開始10周年を記念して、京王プラザホテルでの開催。
- 1977年(昭和52年)
- 1978年(昭和53年)
- 4月30日・5月7日 日本テレビ開局25周年を記念して、サンフランシスコで「亜米利加寄席」を開催。
- 1980年(昭和55年)
- 1982年(昭和57年)
- 12月8日 三波が大動脈解離のため死去。
- 12月12日・12月19日 三波伸介追悼特集を行う。
- 1983年(昭和58年)
- 1月2日 司会者不在となった新春スペシャルのそれぞれの大喜利司会をこん平と愛川欽也が臨時に担当。
- 1月9日 5代目圓楽が4代目司会者として復帰。
- 10月16日 「円楽のよろずガイダンス」がスタート。
- 1985年(昭和60年)
- 4月7日 寄席「若竹」で初の公開収録を行う。
- 12月22日 間近となった『笑点』放送開始20周年と放送1000回突破を記念して、京王プラザホテルで特番を開催。歌丸が「2000回までやろう!」と言う。
- 1988年(昭和63年)
- 8月28日 初の「24時間テレビ・チャリティー大喜利」を開催。『笑点』史上初の生放送。
- 1991(平成3年)
- 12月29日 大喜利メンバー全員が座布団10枚達成。賞品(いわしみず)の贈呈は、翌年5月の慰安旅行先にて行われた。
- 1996(平成8年)
- 4月7日 放送時間が17:30-18:00に短縮。
- 11月3日 若手芸人の登龍門「笑点の穴」がスタート。
- 1997(平成9年)
- 4月20日・4月27日 『笑点』放送開始30周年を記念して、香港寄席を開催。
- 1998(平成10年)
- 7月5日 - 7月26日 山田が休演。この間は、大喜利下克上で優勝した若手落語家が座布団運びを務めた。
- 2001年(平成13年)
- 5月20日 『笑点』放送開始35周年。そのため、この日の大喜利の3問全てが35周年に関する問題となった。
- 2004年(平成16年)
- 9月12日 こん平が休演。残りのメンバーで大喜利を行う(こん平の場所には4枚の座布団が積まれたまま)。
- 12月26日 たい平が初登場。こん平の代役として出演。
- 2005年(平成17年)
- 10月23日 5代目圓楽が休演。メンバーによる代理大喜利司会を経て、11月27日より歌丸が大喜利司会代理に。
- 11月23日 『笑点 大博覧会 DVD-BOX』発売。
- 2006年(平成18年)
- 1月22日 『笑点』放送2000回を達成したが、5代目圓楽とこん平が療養中のため通常放送。このとき、番組の歴史を写真でたどり、出演者や番組製作に関わった人々のコメントで構成された本【笑点】が刊行。番組の直後に宣伝も行われていた。歌丸が「今度は5000回までやろう!」と発言。
- 3月26日 5代目圓楽がオープニングの案内役として復帰するが、大喜利司会は歌丸が引き続き担当。
- 5月14日 『笑点』放送開始40周年記念特別番組を最後に、5代目圓楽が勇退を表明。翌週から歌丸が正式に5代目司会者になる。
- 5月21日 たい平が正式にメンバーに昇格し、昇太が初登場。
- 10月19日 木久蔵が新高座名公募の募集を『笑点』を通じて行い、番組を巻き込んだ騒動となる。
- 2007年(平成19年)
- 9月23日 「ダブル襲名披露口上」を行い、木久蔵の新高座名が「木久扇」と改名される。
- 2008年(平成20年)
- 6月29日・7月6日 歌丸が腰の手術および療養のため休演。案内役は2週とも木久扇と楽太郎。大喜利司会は6月29日がたい平、7月6日を昇太が担当。歌丸は翌週の7月13日(島根県での地方収録)から司会に復帰した。
- 2009年(平成21年)
- 10月29日 5代目圓楽が転移性肺がんのため死去。
- 11月8日 5代目圓楽追悼特集を行う。
- 12月23日 DVD『笑点 ありがとう円楽さん! 〜五代目 三遊亭円楽を偲ぶ映像集〜』発売。
- 2010年(平成22年)
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)
放送局 [編集]
- 40分番組時代には、オープニングのあとにネット局のテロップロールが流れていた。
- 2011年時点で放送されていない都道府県は、日本テレビ系列局が無い沖縄県と佐賀県の2県である。また、日本テレビネットワーク協議会(NNS)加盟局の無い県で放送されている県は宮崎県のみである。 なお、佐賀県の大部分の地域では福岡放送およびくまもと県民テレビや長崎国際テレビで視聴可能。
- 下の表で放送開始年が「※」なのは、1966年(昭和41年)5月の番組開始から放送している局。
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 放送時間 | 遅れ | 放送開始年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | 日本テレビ(NTV) | 日本テレビ系列 | 日曜 17:30 - 18:00 |
制作局 | ※ |
| 北海道 | 札幌テレビ(STV) | 同時ネット | ※ | ||
| 青森県 | 青森放送(RAB)[24] | ※ | |||
| 岩手県 | テレビ岩手(TVI)[25] | 1969年(昭和44年)12月 | |||
| 宮城県 | ミヤギテレビ(MMT)[26] | 1970年(昭和45年)10月[27] | |||
| 秋田県 | 秋田放送(ABS) | ※ | |||
| 山形県 | 山形放送(YBC)[24] | ※ | |||
| 福島県 | 福島中央テレビ(FCT) | 1971年(昭和46年)10月[28] | |||
| 山梨県 | 山梨放送(YBS) | ※[29] | |||
| 新潟県 | テレビ新潟(TeNY) | 1981年(昭和56年)3月29日[30] | |||
| 長野県 | テレビ信州(TSB)[31] | 1991年(平成3年)4月[32] | |||
| 静岡県 | 静岡第一テレビ(SDT) | 1979年(昭和54年)7月 | |||
| 富山県 | 北日本放送(KNB)[33] | ※ | |||
| 石川県 | テレビ金沢(KTK) | 1990年(平成2年)4月 | |||
| 福井県 | 福井放送(FBC) | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列[34] |
※ | ||
| 中京広域圏 | 中京テレビ(CTV)[31] | 日本テレビ系列 | 1973年(昭和48年)4月 | ||
| 近畿広域圏 | 読売テレビ(ytv) | ※ | |||
| 鳥取県・島根県 | 日本海テレビ(NKT) | 1972年(昭和47年)10月 | |||
| 広島県 | 広島テレビ(HTV) | ※ | |||
| 山口県 | 山口放送(KRY)[24][35] | ※ | |||
| 徳島県 | 四国放送(JRT)[36] | 1988年(昭和63年)[37] | |||
| 香川県・岡山県[38] | 西日本放送(RNC) | ※ | |||
| 愛媛県 | 南海放送(RNB) | ※ | |||
| 高知県 | 高知放送(RKC) | ※ | |||
| 福岡県[39] | 福岡放送(FBS) | 1969年(昭和44年)4月 | |||
| 長崎県 | 長崎国際テレビ(NIB) | 1991年(平成3年)4月 | |||
| 熊本県 | くまもと県民テレビ(KKT) | 1982年(昭和57年)4月 | |||
| 鹿児島県 | 鹿児島読売テレビ(KYT) | 1994年(平成6年)4月 | |||
| 大分県 | テレビ大分(TOS) | 日本テレビ系列 フジテレビ系列 |
土曜 16:15 - 16:45 |
6日遅れ | 1970年(昭和45年)4月[40] |
| 宮崎県 | テレビ宮崎(UMK) | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
火曜 11:15 - 11:45 |
9日遅れ | 2008年(平成20年)[41] |
日本国外 [編集]
- テレビジャパン (NHKワールドTVのアメリカ地域向け放送)
- 放送時間 (いずれも現地時間)
- 本放送
- 日曜 21:15 - 21:40 (アメリカ東部)
- 日曜 18:15 - 18:40 (アメリカ西海岸)
- 日曜 16:15 - 16:40 (ハワイ、ただしアメリカ本土の夏時間期間中は15:15開始)
- 再放送
- 同じ週の土曜日 (ハワイのみ時差により金曜日深夜)
- 本放送
- 放送時間 (いずれも現地時間)
2005年(平成17年)4月10日放送開始。日本での放送から約3か月遅れの内容(当初7か月遅れだったが、5代目圓楽不在時に歌丸以外が司会を担当した回を飛ばしたため遅れが短縮)。番組中のCMはカットされている。
かつて放送していた局 [編集]
- IBC岩手放送 (岩手県、TBS系列) - 1969年(昭和44年)12月(テレビ岩手開局)まで放送
- 東北放送 (宮城県、TBS系列) - 1970年(昭和45年)10月(ミヤギテレビ開局)まで放送
- 福島テレビ (福島県、ネット当時はNNN系列) - 1971年(昭和46年)10月(TBS系列加盟および福島中央テレビとのNNS・FNSネット局交換)まで放送
- 新潟総合テレビ (新潟県) - 1968年(昭和43年)12月1日(開局前のサービス放送開始時)から1971年(昭和45年)9月26日まで放送(同時ネット)。その後は、NETテレビの夕方のニュースの同時ネットに切り替えた。
- 新潟放送 (新潟県、TBS系列) - 1981年(昭和56年)3月28日[42]まで放送(土曜13:00開始、6日遅れ)
- 信越放送 (長野県、TBS系列) - 1991年(平成3年)4月[43]まで放送(同時ネット→土曜12:00 - 12:40、6日遅れ)
- 静岡放送 (静岡県、TBS系列) - 1979年(昭和54年)3月まで放送
- 静岡朝日テレビ (静岡県、ネット当時はNNNとANNに加盟) - 1979年(昭和54年)4月から6月(静岡第一テレビ開局)まで放送
- 北陸放送 (石川県、TBS系列)
- 石川テレビ (石川県、FNS系列) - 1990年(平成2年)3月(テレビ金沢開局)まで放送(2週遅れ、日曜15:00 - 15:40 → 土曜16:00 - 16:40)
- 名古屋テレビ (愛知県、NNNとNNSに加盟) - 1973年(昭和48年)4月(中京テレビのNNSフルネット移行)まで放送
- 山陰放送 (鳥取県、島根県、TBS系列) - 1972年(昭和47年)9月(日本海テレビが島根県で放送開始)まで放送(日曜15:00 - 15:40→土曜16:00 - 16:40)
- RKB毎日放送 (福岡県、TBS系列) - 1969年(昭和44年)4月(福岡放送開局)まで放送[44]
- 長崎放送 (長崎県、TBS系列) - 1969年(昭和44年)4月(テレビ長崎開局)まで放送
- テレビ長崎 (長崎県、ネット当時はNNN系列とフジテレビ系列に加盟) - 1990年(平成2年)9月まで放送[45]
- 大分放送 (大分県、TBS系列) - 1970年(昭和45年)4月(テレビ大分開局)まで放送
- 熊本放送 (熊本県、TBS系列) - 1969年(昭和44年)4月(テレビくまもと開局)まで放送
- テレビくまもと (熊本県、フジテレビ系列、ネット当時時はNNN/NNSとANNにも加盟) - 1982年(昭和57年)4月(くまもと県民テレビ)開局まで放送
- 宮崎放送 (宮崎県、TBS系列) - 1970年(昭和45年)4月(テレビ宮崎開局)まで放送[46]
- 南日本放送 (鹿児島県、TBS系列) - 1969年(昭和44年)4月(鹿児島テレビ開局)まで放送
- 鹿児島テレビ (鹿児島県、フジテレビ系列、1982年9月までNNN/NNSにも加盟) - 1994年(平成6年)4月(鹿児島読売テレビ開局)まで放送
- 沖縄テレビ (沖縄県、フジテレビ系列) - 1989年(平成元年)5月まで放送。放送時間は日曜13:30-14:10→13:00-13:40→火曜24:30-25:10、遅れ放送(7日遅れ→9日遅れ)。
- 琉球放送 (沖縄県、TBS系列) - 2003年(平成15年)4月から1年間のみ放送(月曜15:55-16:25)
特別大喜利 [編集]
「演芸」や正月特番などでは、特別企画として以下の大喜利が放送される。
「演芸」にて定期的に行われる大喜利 [編集]
アナウンサー大喜利 [編集]
詳細は「アナウンサー大喜利」を参照
派生番組にて行われる大喜利 [編集]
若手大喜利 [編集]
詳細は「若手大喜利」を参照
正月特番にて毎年行われる大喜利 [編集]
寿大喜利 [編集]
笑点メンバーによるレギュラー大喜利だが、3問目は「干支大喜利」と称しその年の干支の動物の着ぐるみを着て登場する。
振袖大喜利 [編集]
番組黎明期から開催されているバラエティ大喜利で、女性芸能人6人が笑点メンバーとペアを組んで大喜利に挑戦する。
このコーナーには泉ピン子(もともと牧伸二に師事して歌謡漫談家として活動したキャリアがあり、昭和40年代の演芸コーナーに2度出演したこともある)と山田花子が常連で出演している。他に、日本テレビアナウンサー時代は「アナウンサー大喜利」に出演しなかった永井美奈子も出演した。現在はグラビアアイドルが多いが、ニューハーフがいる場合もある。
ペアを組む相手は、メンバーのキャラクターに合わせて決められることもある(例として、2009年のスザンヌ&木久扇、2013年の吉田沙保里&たい平)。また、好楽&ピン子、6代目圓楽&花子のペアは概ね固定されている。
| 近年の席順(2002年から2005年までの圓楽は5代目圓楽、2011年以降の圓楽は6代目圓楽) | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 放送日 | 司会 | 出演メンバー(左側が下手) | 座布団運び | 備考 | |||||
| 1999年1月1日 | 圓楽 歌丸 |
山田(ま) 小遊三 |
ピン子 木久蔵 |
原 好楽 |
永井 こん平 |
花子 楽太郎 |
山田 | ||
| 2002年1月1日 | 圓楽 歌丸 |
島崎 小遊三 |
藤崎 木久蔵 |
ピン子 好楽 |
山川 こん平 |
花子 楽太郎 |
山田 | ||
| 2003年1月1日 | 圓楽 歌丸 |
新山 小遊三 |
酒井 木久蔵 |
ピン子 好楽 |
上原(さ) こん平 |
花子 楽太郎 |
山田 | ||
| 2004年1月1日 | 圓楽 歌丸 |
ユンソナ 小遊三 |
飯島 木久蔵 |
ピン子 好楽 |
佐藤 こん平 |
花子 楽太郎 |
山田 | ||
| 2005年1月2日 | 圓楽 歌丸 |
井上 小遊三 |
飯島 木久蔵 |
ピン子 好楽 |
平山 たい平 |
花子 楽太郎 |
山田 | ||
| 2006年1月1日 | 歌丸 | 小倉 小遊三 |
若槻 木久蔵 |
ピン子 好楽 |
インリン たい平 |
花子 楽太郎 |
愛楽 | 「大笑点」内で開催。 この年から司会は歌丸のみとなった。 |
|
| 2007年1月1日 | 歌丸 | 小倉 小遊三 |
菊川 木久蔵 |
ピン子 好楽 |
眞鍋 昇太 |
ユンソナ たい平 |
花子 楽太郎 |
山田 | 「大笑点」内で開催。 この年から6人体制となった。 |
| 2008年1月1日 | 歌丸 | 小倉 小遊三 |
田丸 木久扇 |
ピン子 好楽 |
眞鍋 昇太 |
ユンソナ たい平 |
花子 楽太郎 |
山田 | 「大笑点」内で開催。 |
| 2009年1月1日 | 歌丸 | 平山 小遊三 |
スザンヌ 木久扇 |
ピン子 好楽 |
エド 昇太 |
はるな たい平 |
花子 楽太郎 |
山田 | |
| 2010年1月1日 | 歌丸 | 杉本 小遊三 |
優木 昇太 |
ピン子 好楽 |
マリエ 木久扇 |
上原(美) たい平 |
花子 楽太郎 |
山田 | |
| 2011年1月1日 | 歌丸 | 西山 小遊三 |
小森 昇太 |
ピン子 好楽 |
芦田[47] 木久扇 |
ヨンア たい平 |
花子 圓楽 |
山田 | |
| 2012年1月1日 | 歌丸 | 剛力 小遊三 |
ローラ たい平 |
デヴィ 好楽 |
芦田 木久扇 |
重盛 昇太 |
花子 圓楽 |
山田 | |
| 2013年1月1日 | 歌丸 | 指原 小遊三 |
鈴木 木久扇 |
ピン子 好楽 |
吉田 たい平 |
ローラ 昇太 |
花子 圓楽 |
山田 | |
東西大喜利 [編集]
新春スペシャルで年1回行われ、笑点メンバーと上方噺家が大喜利で対戦する。「お客さん」である上方メンバーに花を持たせるため、勝負は西軍勝利となることがほとんどである。
1977年(昭和52年)の新春スペシャルが初開催。当初は鶴亀大喜利の東西対抗戦として行われていたが、しばらくして東西大喜利として年1回開催の新春恒例のスペシャル大喜利として定着した。
笑点メンバーは全員黒紋付袴で登場していたが東西のカラーをはっきりさせるため、2003年(平成15年)から笑点メンバーは笑点の色紋付で登場している。上方メンバーも2006年まで全員黒紋付袴で登場していたが、2007年(平成19年)からは色紋付袴を着るメンバーが出てきた。
司会は三波伸介で、三波が急逝した1983年(昭和58年)の新春スペシャルは愛川欽也が代理で司会を務めている。以降、2005年(平成17年)までは5代目圓楽、2006年(平成18年)から2008年(平成20年)は歌丸と三枝(当時)、2009年(平成21年)からは歌丸単独で司会を務めている。
上方メンバーは、松鶴一門が笑福亭松之助と鶴光の2人でほぼ固定され、それ以外は文枝一門と米朝一門で占められている。メンバーは年に1人程度入れ替わりがある。
- 2011年は、山崎邦正が月亭八方門下の「月亭方正」として出演(現在は月亭方正に統一されているが、当時は落語とそれ以外で芸名を使い分けていた)。
- 2013年は、城島茂(TOKIO…奈良県出身)が松之助に替わって出演。
| 近年の席順(2003年から2005年までの圓楽は5代目圓楽、2011年以降の圓楽は6代目圓楽) | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 放送日 | 司会 | 出演メンバー | 座布団運び | 勝利チーム | 敗北チーム | 備考 | |||
| 西軍 | 東軍 | 西軍 | 東軍 | ||||||
| 2003年1月1日 | 圓楽 | 三枝 八方 鶴光 きん枝 小枝 可朝 |
歌丸 楽太郎 好楽 木久蔵 小遊三 こん平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | ||
| 2004年1月1日 | 圓楽 | 松之助 雀々 鶴光 きん枝 小枝 可朝 |
歌丸 楽太郎 好楽 木久蔵 小遊三 こん平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | ||
| 2005年1月2日 | 圓楽 | 三枝 きん枝 鶴光 ざこば 小枝 可朝 |
歌丸 楽太郎 好楽 木久蔵 小遊三 たい平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | ||
| 2006年1月1日 | 歌丸 | 三枝 | 松之助 きん枝 小米朝 小枝 八方 |
木久蔵 好楽 小遊三 楽太郎 たい平 |
三弥 | 愛楽 | 西軍 | 東軍 | 「大笑点」内で開催。 この年から三枝が 歌丸と共に司会にまわった。 |
| 2007年1月1日 | 歌丸 | 三枝 | 松之助 きん枝 鶴光 小枝 雀三郎 可朝 |
小遊三 好楽 木久蔵 昇太 楽太郎 たい平 |
三弥 | 山田 | 東軍 | 西軍 | 「大笑点」内で開催。 |
| 2008年1月1日 | 歌丸 | 三枝 | 松之助 きん枝 鶴光 小枝 文福 可朝 |
小遊三 好楽 木久扇 昇太 楽太郎 たい平 |
三弥 | 山田 | 西軍 | 東軍 | 「大笑点」内で開催。 |
| 2009年1月1日 | 歌丸 | 松之助 きん枝 鶴光 小枝 米團治[48] 八方 |
小遊三 好楽 木久扇 昇太 楽太郎 たい平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | この年から司会は歌丸のみ。 | |
| 2010年1月1日 | 歌丸 | 松之助 きん枝 鶴光 小枝 あやめ[49] 可朝 |
小遊三 好楽 木久扇 昇太 楽太郎 たい平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | ||
| 2011年1月1日 | 歌丸 | 松之助 鶴光 ざこば 小枝 方正 可朝 |
小遊三 好楽 木久扇 昇太 圓楽 たい平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | ||
| 2012年1月1日 | 歌丸 | 松之助 鶴光 ざこば 小枝 あやめ 可朝 |
小遊三 好楽 木久扇 昇太 圓楽 たい平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | ||
| 2013年1月1日 | 歌丸 | 城島 きん枝 鶴光 小枝 あやめ 可朝 |
小遊三 好楽 木久扇 昇太 圓楽 たい平 |
愛楽 | 山田 | 西軍 | 東軍 | ||
過去に行われた大喜利 [編集]
師弟大喜利 [編集]
- メンバーの師匠が参加し、弟子達と大喜利対決をする。第1回の師弟大喜利は1967年(昭和42年)の新春スペシャルである。談志が司会だった時代は年末にも行われていた。
- 初期に出演したのは
- 後に出演したのは
- その後メンバーの高齢化にともなって、師匠サイドで登場するべき人物の大多数が故人となってしまったことや、メンバーである好楽と楽太郎の師匠が、当時司会を務めていた5代目圓楽だったことなどから調整が難しくなってしまったため、1981年(昭和56年)の新春スペシャルに放送された後は行われなくなったが、これとは別に、レギュラーメンバーが自分の弟子・弟弟子達と大喜利対決をする師弟大喜利も何回か行われている。
師弟一門大喜利 [編集]
- 1999年(平成11年)の新春スペシャルでは昇太を司会に、神田北陽(現:3代目神田山陽)を座布団運びとして、主に若手大喜利に出場していたメンバーが自分の師匠とタッグを組んで大喜利を行った。この時に出演したのは
- 2006年(平成18年)5月14日の40周年記念特番で、レギュラーメンバーが自分達の弟子又は弟弟子とタッグを組む形で大喜利が行われた。出演者は
1999年の師弟一門大喜利では、師匠に普段言えない小言をつくというお題の中で、洋楽に対して五代目圓楽が回答の中で本当に小言を長々と続けるハプニングがあり、司会だった昇太が「本当に小言言うのやめてください」と、慌てて止めに入っていた。後の、五代目圓楽追悼番組でもこのシーンに触れており、当時のことを、昇太は本当に慌ててしまったと述懐している。六代目圓楽曰く、「弟子集めて普段やる小言と変わらない」とのこと。
ちびっ子大喜利 [編集]
詳細は「ちびっ子大喜利」を参照
鶴亀大喜利 [編集]
- 1970年代後半から主に新春スペシャルで、東西の大御所落語家混成チームの対抗戦方式での大喜利が行われた。
- 1978年(昭和53年)の新春スペシャルに出演したのは
- 1977年(昭和52年)や1983年(昭和58年)の新春スペシャルでは、笑点メンバーと上方噺家との東西対抗戦方式で行われた。しばらくして東西大喜利と改題し、現在でも新春スペシャルの恒例大喜利となっている。
ドレミファ大喜利 [編集]
- 1981年(昭和56年)から主に新春スペシャルで、高英男、ディック・ミネ、藤山一郎など往年の名歌手を集めての大喜利が行われた。
- 1983年(昭和58年)の新春スペシャルでは司会者の三波伸介が急逝したことにより、林家こん平が代理で司会を務めている。この時の参加メンバーは、高英男、大津美子、田端義夫、近江俊郎、松尾和子、林伊佐緒。座布団運びは、マジシャンのダーク大和。
笑点VS天声慎吾 [編集]
- 2002年(平成14年)と2003年(平成15年)の2回は「新春!笑てん声慎吾」と題し、『特上!天声慎吾』のメンバーと大喜利対決を行った。2002年は笑点側が勝ったため、その後の「天声」を楽太郎メイン、木久蔵と好楽が出演の「天声楽太郎」と改題した。
- 席順(2002年と2003年の圓楽は5代目圓楽)
| 放送日 | 司会 | 出演メンバー | 座布団運び | 勝利 チーム |
敗北 チーム |
|||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 天声慎吾 | 笑点 | 天声慎吾 | 笑点 | |||||
| 2002年1月1日 | 圓楽 | 香取 ウド 天野 勝俣 ゴルゴ レッド |
歌丸 小遊三 好楽 木久蔵 楽太郎 こん平 |
内山 | 山田 | 笑点 | 天声慎吾 | |
| 2003年1月1日 | 圓楽 | 香取 ウド 天野 石田 磯野 三瓶→ 上島 |
小遊三 好楽 木久蔵 歌丸 楽太郎 こん平 |
上島 ↓ 三瓶 |
山田 | 天声慎吾 | 笑点 | |
お笑い芸人大喜利 [編集]
- 若手・中堅芸人が大喜利に挑戦。
ものまね大喜利 [編集]
- 2012年(平成24年)1月1日の新春スペシャルで初実施。ものまね芸人がご本人と組んで大喜利に挑戦。司会は昇太、座布団運びは山田。また、ものまねタレントに交じってたい平も参加している。
行列のできる法律相談所大喜利 [編集]
- 『行列のできる法律相談所』の出演者が大喜利に挑戦。
TOKIOとの対戦 [編集]
- 2005年(平成17年)の新春スペシャルではTOKIOと対戦した。『元気なお年寄り』、『ト・キ・オの三文字をそれぞれ頭につけた言葉』、『自慢合戦』の3問で対戦した。5対5となるため、たい平は座布団運びにまわった。
- TOKIOは『大笑点』でメインパーソナリティを務めた。またメンバーの国分太一は2006年(平成18年)5月14日の40周年記念特番に出演し、師弟大喜利で歌丸と共に司会を務めた。
- 笑点メンバーとTOKIOの対戦は2006年以降舞台を「大笑点」の番組上に変えて、2008年(平成20年)まで4度開催されている。
- 席順(2005年の圓楽は5代目圓楽)
| 放送日 | 司会 | 出演メンバー | 座布団運び | 勝利チーム | 敗北チーム | 備考 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| TOKIO | 笑点 | TOKIO | 笑点 | ||||||
| 2005年1月2日 | 圓楽 | 城島 山口 国分 松岡 長瀬 |
歌丸 楽太郎 木久蔵 好楽 小遊三 |
山田 | たい平 | TOKIO | 笑点 | ||
| 2006年1月1日 | 歌丸 | 城島 山口 国分 松岡 長瀬 |
小遊三 好楽 木久蔵 楽太郎 たい平 |
愛楽 | 山田 | TOKIO | 笑点 | 「大笑点」内で開催。 | |
| 2007年1月1日 | 歌丸 | 城島 山口 国分 松岡 長瀬 |
小遊三 好楽 木久蔵 楽太郎 たい平 |
愛楽 | 山田 | TOKIO | 笑点 | 「大笑点」内で開催。 昇太は福岡市で行われた公演に出演するため欠席。 |
|
| 2008年1月1日 | 歌丸 | 城島 山口 国分 松岡 長瀬 |
小遊三 好楽 木久蔵 昇太 楽太郎 たい平 |
愛楽 | 山田 | TOKIO | 笑点 | 「大笑点」内で開催。 | |
ボクシング世界チャンピオン大喜利 [編集]
- プロボクシングの元世界チャンピオンが出演。司会は昇太(2007年以降)。輪島功一は毎回本番前に飲酒して出演するのがお約束となっている(顔が赤く、正座ができない)。
大福大喜利 [編集]
- 2010年(平成22年)1月1日の新春スペシャルで初実施。芸能界のデブタレントが大喜利に挑戦。
- 日本テレビにはメンバーに合う着物が無かったためメンバー全員が私服(テレビ衣装)で出演。メンバー全員正座がしにくい事が判明したため座布団は5枚からスタートし、正座せずに座布団の上に普通に座る(椅子に座るような要領)という特別ルール。司会はたい平、座布団運びは山田。
その他 [編集]
- 大喜利ゲスト大会
- スペシャル大喜利の第1弾。1967年(昭和42年)8月27日の放送で実施。前述の通りこの時には後に2代目の司会者となる前田も大喜利メンバーとして出演していた。司会は談志、座布団運びは毒蝮。
- 親子大喜利
- 1972年(昭和47年)1月2日の新春スペシャルで実施。当時の大喜利メンバーが子女と共に出演した。司会は三波、座布団運びは松崎。この際、木久蔵(当時)の長女[51]が圓楽の顔を見て怖くなって泣き出してしまったというエピソードがある。
- 2010年(平成22年)1月1日の新春スペシャルでは、メンバーが自身の子女と共に出演した。参加メンバーは、はなわ、北斗晶、ボビー・オロゴン、西村知美、たい平の各親子。司会は昇太、座布団運びは山田。
- スター大喜利
- 春の大喜利大会
派生番組 [編集]
レギュラー番組 [編集]
BS笑点・笑点Jr. [編集]
2003年(平成15年)10月12日から2007年(平成19年)2月17日までBS放送BS日テレで兄弟番組として若手中心の『BS笑点』を放送した。
2007年4月からはCSに移転し、CS放送日テレプラス(放送開始当時は日テレプラス&サイエンス)で『笑点Jr.』として2007年(平成19年)4月22日から2011年(平成23年)3月13日まで放送した。
現大喜利メンバーの春風亭昇太と林家たい平は、この番組の出身。現司会者の桂歌丸はナビゲーターとして出演し、笑点の現アシスタントである三遊亭愛楽もこの番組に出演していた。
笑点デラックス [編集]
詳細は「笑点デラックス」を参照
2012年(平成24年)10月1日より毎週月曜18:00 - 18:54にBS日テレにて放送開始。過去のアーカイブの演芸、および大喜利を厳選して放送する。
笑点 特大号 [編集]
詳細は「笑点 特大号」を参照
2013年(平成25年)4月3日より毎週水曜22:00 - 22:54にBS日テレにて放送開始。「大喜利」のディレクターズ・カット版や新規撮影した「演芸」「落語」「大喜利」などを放送する。
特別番組 [編集]
24時間テレビ・チャリティー笑点 [編集]
1988年(昭和63年)から『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』内で毎年日曜17時25分頃から18時過ぎまで生放送される。放送回数には含まれない。
通常の放送と同様に演芸と大喜利3本で構成されているが、大喜利メンバーの挨拶を演芸前に行なったり、大喜利の1問目と2問目の間にコマーシャルが挿入されたりするなど、一部の構成が異なる。なお一時期は放送時間は不定で、メンバーの挨拶→CM→大喜利1本という短さで構成されていた。2005年以降から現在の構成となる。
大喜利では座布団が一番多かったメンバーには栄誉(拍手)が送られる。過去の大喜利では、「座布団1枚につき1万円を募金」という特別ルールがあり、募金をさせるためにつまらない答えでも座布団を減らされることなく大盤振る舞い、メンバーが募金を嫌がるというやりとりが見られたため、視聴者から苦情が殺到した[52]。そのため1991年(平成3年)以降はこのルールがなくなり、笑点メンバー全員が募金をする様子を大喜利前に放送している。
2007年(平成19年)以降はその年のメインパーソナリティーらが出演する場合もある。
- 2007年(平成19年)の放送では、演芸にタカアンドトシが登場。座布団運びをタッキー&翼の滝沢秀明が務め、滝沢とのツーショット写真が大喜利での「豪華商品」となった。
- 2008年(平成20年)の放送では、演芸にチュートリアルが登場。
- 2009年(平成21年)の放送では、演芸にネプチューンが登場。
- 2010年(平成22年)の放送では、「チャリティー笑点」放送前の14時台に6代目圓楽がメイン会場の日本武道館を訪れ、師匠・5代目圓楽との想い出を語った。演芸には森三中が登場。
- 2011年(平成23年)の放送では、演芸にマギー審司が登場。真矢みきが大喜利の座布団運びなど、歌丸の補佐役を務めた。
- 2012年(平成24年)の放送では、演芸にマギー司郎が登場。黒木瞳が大喜利の座布団運びなど、歌丸の補佐役を務めた。
1988年と1989年は日本武道館からの生放送(2分間のCMの間にセットを組んだという)、1990年からは銀座・旧日産本社ギャラリー前広場、JCB旧本社(お茶の水スクエア)などからの生中継だった。2003年(平成15年)から2010年(平成22年)までは汐留・日本テレビタワー特設スタジオから生中継された。2011年(平成23年)以降は日本テレビ麹町Gスタジオからの生中継となっている。
遅れネット局であるテレビ大分とテレビ宮崎、24時間テレビ参加局だが日本テレビ系列外である沖縄テレビでは放送されない。生放送のためリアルタイム字幕放送が実施され、解説放送は行われない。
なお、『24時間テレビ』が始まる前は毎年年末に通常放送の中でチャリティー大喜利が行われていた。
近年では、「来年のチャリティーランナーは歌丸」というネタを、主に小遊三や6代目圓楽がすることが多い[53]。
大笑点 [編集]
詳細は「大笑点」を参照
2006年(平成18年)から2008年(平成20年)までの1月1日に新春スペシャルとして、『大笑点』を放送した。
2009年(平成21年)以降は16:00 - 18:00に『笑点!お正月だよ!大喜利祭り』の2時間特番が放送されている。演芸やレギュラーメンバーによる寿大喜利のほか、東西大喜利、振袖大喜利、ものまね大喜利、チャンピオン大喜利などが行われる。
おはよう笑点 [編集]
詳細は「おはよう笑点」を参照
1998年(平成10年)から2007年(平成19年)までの1月2日に箱根駅伝中継が始まる前の時間帯に『おはよう笑点』を放送した。
笑点緊急追悼特番 ありがとう 円楽さん [編集]
5代目三遊亭圓楽の逝去に伴う追悼特番。2009年(平成21年)11月1日16:55 - 17:25に日本テレビ、読売テレビで放送。後に2010年(平成22年)1月3日16:30 - 17:00にBS日テレで放送された。
桂歌丸を司会に落語「弥次郎」(2000年(平成12年)1月9日放送分の再放送)、大喜利(1988年(昭和63年)3月6日放送分・2001年(平成13年)2月11日放送分・1988年(昭和63年)4月3日放送分(若竹での収録))の様子が流れた(ハイビジョン放送)。
また、その翌週の2009年(平成21年)11月8日には急遽予定を変更して「ありがとう円楽さん!笑点メンバーお別れ会」が放送した。
レギュラー番組のエンディングでは、圓楽の弟子である好楽と楽太郎(現:6代目圓楽)が追悼DVD『笑点 ありがとう円楽さん! 〜五代目 三遊亭円楽を偲ぶ映像集〜』の告知を2009年(平成21年)12月27日から2010年(平成22年)1月24日まで行った。
ザ・富士山 [編集]
2011年(平成23年)5月6日に『金曜スーパープライム』枠で「ザ・富士山 大解剖スペシャル!!」を放送した。ここでは、大喜利メンバーが富士山にちなんだ大喜利を披露。ナレーションは平野義和。
スタッフ [編集]
- 構成:遠藤佳三、鈴木重夫、横山誠一、城啓介、内海譲司、三木睦郎、山西伸彦、佐藤かんじ
- 音楽:中村八大
- アニメ:竹内大三
- 題字:橘左近
- TM:石塚功
- TD:飯島章夫
- 照明:内藤晋、下平好実
- SW:宮崎和久、安藤康一
- カメラ:田代義昭、吉田健治
- 音声:酒井孝、小川勉
- PA:木本文子
- 美術:大竹潤一郎
- 大道具:赤木直樹、峰崎俊輔
- 装飾:佐々木洋平
- 衣裳:栗田佐智子
- 美粧:外山奈津子
- 編集:大森美佳子
- 整音:小林陽子
- 音効:吉田茂、宮川素子
- TK:中村ひろ子
- AD:山口裕之
- AP:梅沢佳代
- デスク:奥山知美
- ディレクター:末延靖章、岩沢錬、高木裕司
- プロデューサー:中村博行、飯田達哉・大畑仁(共に以前はディレクター)
- チーフプロデューサー:松崎聡男
- 制作協力:ユニオン映画
歴代のスタッフ [編集]
- 構成:新野隆司、新倉イワオ
- アニメ:エレホン企画、マルチボックス
- 題字:橘右近
- TM:古井戸博
- TD:柴田康弘、牛山敏彦、三沢津代志
- SW:田口勝夫
- 調整:矢田部昭
- 照明:蜂谷道雄
- 編集:青木健
- 整音:駒路健一
- 音効:恩田佳代子
- 美術:石川啓一郎
- 美術制作・デザイン:磯村英俊
- 小道具:渡辺勇二
- 衣裳:佐々木皖子
- 装飾:丸山善之
- 人形デザイン:辻下浩二
- 企画:小暮美雄
- AP:中野留理子、菅原由芳
- ディレクター:上田崇博
- チーフプロデューサー:北村光雄、吉田勲明、吉岡正敏、佐野讓顯、吉田真、馬場寛、梅原幹、菅賢治
- チーフプロデューサー→ラインプロデューサー:鈴木雅人
- プロデューサー:小里光、小暮美雄、本多益幸、中島銀兵、吉田勲明、尼崎昇、中村元気、江口義明、鈴木雅人、中西健、鬼頭直孝/中野留理子、加藤晋也
- 制作協力:現代センター
※また地方収録の時はその地域の系列局の技術スタッフ、ディレクター、プロデューサーが携わることがある。なおかつては地方収録時は日本テレビとその地域の系列局が共同で製作・著作していたが、現在はその地域の系列局は制作協力扱いとなっている。
その他 [編集]
- 柳家きん平の自殺という悲劇があったからでもあるが、『笑点』スタートにおいて(「きん」つながりで)三遊亭金遊(後の4代目三遊亭小圓遊)が加入する。これは立川談志がその実力を柳亭小痴楽(後の春風亭梅橋)と並び評価し、番組の顔として据えようと考えていたからである。転じて、現在でも影響のある5代目圓楽・歌丸・こん平によって2000回を超える長寿番組になるとは思いもよらなかったのである。
- 番組の特徴である出演者のカラフルな色紋付は、カラー放送が開始された当時カメラのカラー調整用に製作された原色の紋付がそのまま定着したものである[54]。
- 司会に前田武彦が初登場した日の新聞には、前田が日々感じたことをありのまま喋る「前武歳時記」。第2部「演芸」で、一流芸人が芸を披露(この日は漫才・てんやわんや)。第3部「前武なんでも入門」で話題の人物をゲストに迎え、その技術のツボを聞く(この日はスパイ入門)。第4部が「大喜利ナンバー・ワン」、歌奴(現:3代目圓歌)・金馬(4代目)の2チームが対抗と掲載されている。
- 1980年(昭和55年)の笑点ハワイ公演は現地でこん平の師匠・林家三平の訃報(9月20日)が届いた中での収録となった(こん平は訃報を聞いて他の大喜利メンバーやスタッフと共に一晩中泣き明かしたという。そして、翌日最後の収録を終えると他のメンバーより一足早く帰国している)が、その初回放送日である10月5日未明には当時の大喜利メンバーであった小圓遊が急逝してしまい、二重の不幸に見舞われてしまった(歌丸は、ハワイ公演を終えて帰国した小圓遊が空港の花壇に力なく座り込んでしまったのを見て「様子がおかしい」と感じたと語っている)。
- 歌丸の地元・横浜にある放送ライブラリーでは1980年10月5日放送分(上記)[55]と2001年(平成13年)10月28日放送分[56]の閲覧が可能となっている。
- 1987年(昭和62年)6月28日15時前の『NNNニューススポット』では、ハプニングでタイトルバックに『笑点のテーマ』がBGMとして流れてしまったことがある。この日の笑点は特番編成の都合でこのニュースの後放送されることになっていたが、その際、主調整設備(マスター)に於いて番組テロップ表示の際の音声用のカートリッジ・テープ(CT)の順番を入れ間違えた為かマスターの制御プログラムの入力ミスかそういう原因によって起きたものと思われる。
- 1993年(平成5年)にスペシャル番組『テレビの裏側大公開』で笑点メンバーがオリジナルの歌詞を付けて歌うという企画が放送された。また2002年10月28日にフジテレビで放送された『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でそのことが取り上げられた際、証拠VTRとして麹町日本テレビ本社屋前(当時)で歌唱する映像が放映されたことがある(歌っているのは出演者ではなく別の人である)。2000年頃の新春スペシャルでも実はテーマ曲に歌詞があるとして、合唱団がいろいろな場所で歌うという企画があった。
- 2006年(平成18年)9月17日放送のニッポン放送『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』にゲスト出演した好楽によると「三波伸介さん急死後、愛川欽也さんには『大勢の落語家さんを相手にとても司会なんか出来ない』と断られ、中村メイコさんや山城新伍さんにも司会を打診していたが断られた」という。そうした経緯もあって5代目圓楽に白羽の矢が立ったという。
- 16:9フルサイズのハイビジョン放送は、ほかの番組より大幅に遅れて開始された。
- ユニオン映画が制作協力しているからとも言われているが、後楽園ホール内に配置されているテレビカメラなど放送機材はすでにハイビジョンに対応している(『欽ちゃんの全日本仮装大賞』(2008年(平成20年)以降)やボクシング・プロレス中継ではすでに16:9フルサイズでハイビジョン放送化されているため)。だが、放送素材そのものが16:9フルサイズのハイビジョン画質で収録されていても番組送出時に画質変換なしで4:3ノーマルサイズにして放送している。地方での公開録画でもハイビジョンカメラで収録されているが、やはり16:9フルサイズのハイビジョン画質で収録しても番組送出時に画質変換なしで4:3ノーマルサイズにして放送している。したがって番組の放送素材自体そのものは16:9フルサイズのハイビジョン制作となっており、4:3SD画質(標準画質)をアップコンバートしたものではない(サイドカット)。なお、地上デジタル放送開始当初は後楽園ホール内に配置されているテレビカメラなどの放送機材がまだSD仕様だったためアップコンバートでの放送だった。
- 24時間テレビのチャリティー大喜利や『大笑点』(一部VTRを除く)ではハイビジョン放送。
- 地方収録の時は各系列局が所有する、スポーツ中継などに対応した中継車を用いることが多い(ハイビジョン中継車を所有する局では原則ハイビジョン収録となるが、未だに導入していない局もある)。また、ローカル独自の番組宣伝ではサイドカットせず16:9フルサイズで放送されることがある。
- 2009年(平成21年)1月1日放送の『笑点お正月スペシャル』では通常放送のオープニングアニメーションのみ16:9フルサイズのハイビジョン画質で放送され、他はサイドカット部分にオープニングアニメーションのイラストが付けられている。
- 2010年1月1日のスペシャルで初めて全編ハイビジョン放送(アナログではレターボックス)となり同年の1月3日からレギュラー放送もハイビジョン放送となった。
- 『笑点』の番組収録が行われる土曜日に限り、後楽園ホールのある青いビルの前に「笑点」の幟と提灯が目印の「笑点みやげ」の売店が設営されている。売店では笑点メンバーの人形焼(840円)や「笑点飴」なる金太郎飴(367円)などを販売している。
- 全日空(ANA)の国際線では、個人用テレビで過去放送分の『笑点』を月替わりで放映している。
- 大喜利については綿密な打ち合わせがされている。それが批判の対象になることもあるがその結果、進行はスムーズであり絶妙なアドリブ、ハプニングも起きて笑いにつながっており広く認められることになった。またメンバー内での罵倒合戦が非難されることもあるが、「今は暗いニュースが多く、そういうのを取り上げるのはよそう(明るいニュースがもっとあったら、それをやりたいですよ)」(歌丸談)という了解から現状やむなく行われているという。
- こん平休養後、放送では5代目圓楽以外の笑点メンバーが交代で行っていたのを境に「1、2、3、チャラーン!」はめったに行われなくなったが(アナウンサー大喜利時に藤井恒久が行う程度)収録の前説では観客をほぐすために行われている。
- 2007年(平成19年)からは、「SUNTORY×笑点・飲んで笑おうキャンペーン」が開催。(2009年からは春だけの開催、ちなみに秋には「暴れん坊将軍」での開催になる。)
- 放送開始時、出演者の平均年齢は28歳(30代は2人だけで、5代目圓楽の33歳が最年長)とかなりの若手落語家の番組であったが放送開始から45年を経た2011年5月現在は59歳(最年少のたい平でも46歳で、60歳以上の出演者が5人いる)とかなりのベテラン落語家の番組となっている。
- 大喜利メンバー加入時の年齢が最も若かったのはこん平で23歳。逆に最も年長だったのは昇太で46歳である。
- 2008年(平成20年)3月9日の放送では、4代目司会の5代目圓楽が番組内で円楽一門会の口上披露を行った関係で久々に番組に登場、結果的にはこれが5代目圓楽の最後の『笑点』出演となった。
- 2009年(平成21年)10月4日放送の第2184回から音声多重放送を利用した視覚障害者向けの解説放送を開始(一部解説放送を行なわない場合もある)。
- アナログ放送とデジタル・ワンセグでは音声帯が2chなので主音声が従来の放送、副音声で解説放送。何れも従来のモノラル化された。
- デジタル・12セグでは音声帯が最大5.1chなので主音声はこれまで通りステレオ放送、副音声もステレオで解説放送を実施。
- 副音声では、主音声で「ご覧のスポンサーの提供でお送りします」と省略されているスポンサー名を全て読み上げている。[57]
- 解説は、アナウンサー大喜利登場経験者を中心とした日本テレビのアナウンサーが持ち回り(週替り)で担当している。副音声解説放送の第1回目は藤井恒久が担当し、以後は若手・中堅(40代以下)の男性アナウンサー担当となった(藤井も週替り担当の一人である)。なお、提供クレジット担当は女性アナウンサー2名の交替制。
- テレビの完全デジタル化を睨んだ措置でもあるが、画角は2009年最終週の放送まで4:3のままであった。機能完全装備の12セグ対応デジタルテレビで視聴する場合は、特別な装置無しで従前通りの臨場感(ステレオ放送)を解説付きで味わうことができる。
- 2010年(平成22年)7月4日放送の第2223回は、17:59に放送された『全国一斉地デジ化テスト』とのステーションブレイクレス編成を行うため、放送開始時間を1分遅らせた(遅れネット局は通常通り放送)。2011年(平成23年)4月24日放送の第2262回にも同様の措置[58]を行っている。
- 初代司会者・立川談志死去(2011年11月21日)後の初の放送となった2011年11月27日放送分では、クロージングに談志時代のスチール写真や三波時代の映像を映し、お悔やみの言葉を添えた。
DVD [編集]
- 『笑点 大博覧会 DVD-BOX』(2005年11月23日発売)
- 『笑点 ありがとう円楽さん! 〜五代目 三遊亭円楽を偲ぶ映像集〜』(2009年12月23日発売)
関連書籍 [編集]
- 『笑点第1号』 日テレムック、ISBN 978-4820300021
- 『笑点第2号』 日テレムック、ISBN 978-4820300106
- 『笑点第3号』 日テレムック、ISBN 978-4820300175
- 『笑点第4号』 日テレムック、ISBN 978-4820300250
- 『笑点の謎』 ISBN 978-4309264547
- 『笑点 諸国お笑い漫遊記』 ISBN 978-4309267098
脚注 [編集]
- ^ 地上デジタル放送ではステレオ放送も実施。
- ^ 新春スペシャル等は麹町分室にて収録される。東日本大震災の影響により後楽園ホールで収録出来なくなった際にも、2011年(平成23年)5月分5本(45周年記念口上も含む)と6月分1本の計6本の収録を麹町分室にて行われた。
- ^ 開始当初は日本テレビ、読売テレビ、福岡放送など極少数の局でしか行われていなかった(当時は民放各局の字幕放送番組が現在よりも少なかった)が、1998年までにすべての同時ネット局で実施するようになった。
- ^ a b 2009年(平成21年)11月8日放送の5代目圓楽追悼の回では放送日が収録直後だったこともあり、リアルタイム字幕放送を実施。解説放送は行わなかった。
- ^ 2010年(平成22年)4月4日(第2210回)からは、解説放送のナレーター(NTVアナウンサー)が自己紹介するようになった。
- ^ 『レディス4』にゲストで出演した桂歌丸から語られた(2007年10月29日放送分にて)。
- ^ これに関連して、当時、『笑点』で削られた10分間を得て17:25までの30分間に放送時間が拡大された『ぐるぐるナインティナイン』(関東ローカル放送)において、時間変更直後の数回、『笑点』のオープニングに映る客席とシチュエーションを似せたセットに5代目圓楽を真似た矢部浩之と、客として紛れ込む岡村隆史(いずれもお笑いコンビナインティナイン)が出るミニコントの終わり際に「笑点ファンのみなさん、もう少しお待ち下さい」というテロップを流していた。
- ^ 2005年-2008年も同様
- ^ 本放送から2年経過。
- ^ 以前は、新年最初の日曜日は新春特番や高校サッカーのハイライトなどで番組が休止だったため、新年最初の放送は1月第2週目からだった。
- ^ 通常は17:30 - 17:58まで。
- ^ 通常は17:30 - 18:00まで。
- ^ 「笑点の謎」(河出書房新社)より
- ^ 石井伊吉(毒蝮三太夫)が座布団運びに選ばれた理由は、大喜利のコーナーでの座布団運びは司会者の意を受けて落語家の座っている座布団を取ることもあるが、落語家同士だと真打など格上の落語家の座っている座布団を取りずらいという司会者・談志の配慮があったためとされ、石井(毒蝮)は落語家ではなく言わば「異種格闘技」であったために選ばれたという(立川談志が逝去した際に『大沢悠里のゆうゆうワイド』での追悼特番において毒蝮三太夫から語られた。2011年11月28日放送分にて)
- ^ 2002年10月28日にフジテレビで放送された『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』内にて、どれだけ下手だったかは不明。
- ^ 1980年3月と4月の朝日新聞縮刷版にて確認済。
- ^ 5代目圓楽は、山田の休んだ1週目の大喜利の挨拶時に「子作りに励むため数週間休みます」と言っていた。
- ^ なおノブ&フッキーが演芸に出演する際は、大喜利と同様の柄が採用されている。
- ^ ただし、歴代最高視聴率を記録したこの放送回の記録媒体は日本テレビに残っていないため2013年現在VTRを利用できない状況にある(2013年5月15日放送『1番ソングSHOW 日テレ60年伝説番組が生んだ名場面&名曲大連発スペシャル』)
- ^ a b ただしこのとき歌丸は体調不良で休演。大喜利の代理司会は1週目を木久扇、2週目を好楽が担当した。
- ^ 歌丸の著書「極上歌丸ばなし」に記述あり。
- ^ 1997年の香港公演の特番冒頭に出演者から明かされ、その際に「サダム・フセイン、あなたのおかげでパリ収録が中止になりました」という皮肉めいた恨み節のテロップが表示されていた
- ^ 「笑点」の報道特別番組による休止は2004年7月18日の「曽我ひとみ一家帰国関連」以来である。
- ^ a b c 一時期日本テレビ系列・テレビ朝日系列クロスネット局でもあったが引き続き放送。
- ^ 2011年10月から水曜夕方の枠で再放送を行っている。
- ^ 週末を中心に不定期で再放送も行っている。また、開始時期は不明だが、毎週月曜10:25-10:55に再放送を実施している。
- ^ 東日本放送が開局するまでは、日本テレビ系列とNET系列のクロスネット。クロスネット時代はNETの番組(『ビッグスポーツ』『朝日新聞テレビ夕刊』)を同時ネットしていたため、日曜12:15から(開局-1973年3月まで)→土曜16:30から(1973年4月-)のそれぞれ遅れネットだったが、1973年9月でいったん打ち切り。その後東日本放送の開局に伴うクロスネットの解消で、1975年10月に同時ネットでネット再開。
- ^ 福島放送が開局するまでは、日本テレビ系列とテレビ朝日系列のクロスネット。また、1979年4月1日-1981年9月27日は『ANNニュースレーダー』(日曜日のみ)をネットしていたため遅れネット。
- ^ 2010年4月頃からは、毎週金曜日に過去の放送分の再放送を行っている。
- ^ それまで、当番組を放送していた新潟放送は、6日遅れの放送だった為、テレビ新潟は、開局前のサービス放送開始後のこの日から同時ネットし続けている。
- ^ a b ANN主体からNNNマストバイ局変更による。
- ^ それまでは『530ステーション』を放送していた。
- ^ 2010年4月から月曜夕方の枠で再放送も行っている。
- ^ 1989年4月からANNにも加盟したが、日本テレビ系優先のクロスネット局のため放送を継続。かつては日本テレビ系列でありながら『ANNニュース&スポーツ』や『530ステーション』などのテレビ朝日の日曜夕方のニュースを1991年3月まで(1989年3月までは番組販売扱い)放送していたために6日後の土曜夕方に時差ネットしていたが、その後、自社番組などの放送を経て、1996年4月以降になり日本テレビとの同時ネットに移行している。
- ^ 2011年10月以降土曜16:55 - 17:25にて再放送も行っている。
- ^ 17:00から『日曜劇場』の遅れネットのため(現在も別時間で継続)、当初は土曜正午に時差ネットしていたが、現在は日本テレビとの同時ネットに移行している。
- ^ 社史「四国放送の50年」による。
- ^ 1983年(昭和58年)4月に西日本放送が岡山県に乗り入れるまでは岡山県では放送されていなかった(ただし、多くの地域でRNCもしくはNKT・ytv・HTVで視聴することは可能であった)。
- ^ 佐賀県でも大部分で視聴可能。
- ^ 土曜 16:15 - 16:45に時差ネット(編成の関係で放送時間変更や休止される場合あり)。また、テレビ大分では未ネットである『FNSの日』当該日の日本テレビとの同時ネットも行われない(『FNSの日』当該日には『TOSニュース』を放送)。2011年10月1日から現在の放送時間。
- ^ 火曜 11:15 - 11:45に時差ネット。1997年3月に一旦打ち切られたが(ただし2005年(平成17年)正月特番は放送)、2008年以降火曜10:45 - 11:15に放送を再開した。2010年4月より現在の時間に移動。
- ^ 翌3月29日から、開局前のサービス放送中のテレビ新潟での同時ネットに移行。
- ^ この月にテレビ信州が、それまでのテレビ朝日系列・日本テレビ系列(但しNNSは非加盟)クロスネットから、日本テレビ系列へネットを一本化(NNS加盟)した。
- ^ JNN基幹局でありながら、放送開始当時、福岡県に日本テレビ系列局がなかった事情から、同系列の番組もネットしていた。
- ^ 同年10月にNNNを脱退したため、半年間長崎県では放送されなかったが、1991年(平成3年)4月に長崎国際テレビが開局して再開。
- ^ テレビ宮崎では開局と同時に放送を開始したが、途中で打ち切り・再開を繰り返していた。1997年3月で一旦放送は打ち切られたものの、2008年から放送を再開している。
- ^ 大喜利メンバー史上最年少
- ^ 桂小米朝より改名。
- ^ 西軍初の女流メンバー。
- ^ 後に2011年の東西大喜利に月亭方正として出演。
- ^ 40周年記念本では「さっこちゃん」と呼ばれ、2010年3月14日放送のフジテレビ系「ボクらの時代」で父や弟(2代目木久蔵)と対談した人物。
- ^ 『笑点』(日本テレビ、2006年、ISBN 4-8203-9955-1)
- ^ 2012年は、「未来が覗ける双眼鏡」で何が見えたかを答えるという題で、黒木瞳がこのネタを披露した。
- ^ 林家木久扇が、2006年(平成18年)11月6日放送の日本テレビ系『極上の月夜』にゲスト出演した際に語った。
- ^ 放送ライブラリー program番号123180
- ^ 放送ライブラリー program番号129642
- ^ 2012年1月1日放送のスペシャル版「お正月だよ!大喜利祭り!」ではスポンサーが3部に分けており、第1部と第3部(第3部はレギュラー放送と同じスポンサー)はネットセールス・第2部はローカルセールスとなっているが、ネットセールス・ローカルセールスともスポンサー読み上げが主音声・副音声で別々になっているのは日本テレビのみで、他のネット局では第2部のローカルセールスのみ主音声・副音声とも同じアナウンスとなっている(局によって異なるが、たいていは「ご覧のスポンサーの提供でお送りします」というアナウンスとしている局が多い)。
- ^ 但し、2011年(平成23年)4月24日は、アナログ終了が延期された、TVI・MMT・FCTへの配慮から「地デジ化完了まであと3ヶ月」の前に後続番組「真相報道 バンキシャ!」の5秒プログラムを挿んだ。
参考文献 [編集]
- 『笑点』 日本テレビ放送網株式会社、2006年、ISBN 978-4820399551
関連項目 [編集]
- 金曜夜席 - 前身番組。
- 日本テレビ制作局制作番組の分野別一覧
- 演芸番組
- バラエティ番組
- 日本お笑い史
- 落語家
- チャリティーカレンダー
- なぞかけ
- ミスター味っ子 - 味吉陽一が薄いカキアゲを10枚重ねて作った「ジャンボカキアゲ丼」のヒントとして、当番組が登場している。アニメでも第17話で登場しているが、テレビ東京系列放送なので「落語名人会」となっている。因みに当時司会だった五代目圓楽風キャラを演じたのは龍田直樹。
- フットンダ - 系列局の中京テレビ制作のバラエティ番組。「真夜中の笑点」とも称されている。
外部リンク [編集]
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笑点
(1968年5月5日 - ) |
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