真金町
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[編集] 地理
横浜の市街地を貫く大通り公園に隣接する一帯で、売春禁止法が施行された昭和33年(1958年)まで「真金町遊廓」を擁した旧赤線地帯で、同様に遊廓があった隣接する永楽町と併せて「永真遊廓街」とよばれることもあった。
[編集] 歴史
明治13年(1880年)、火災により焼失した高島町遊郭が当地へ移転し、赤線廃止まで永真遊郭街として存続した。
赤線廃止後、性風俗は以前からの「青線地帯」であった黄金町の特殊飲食店街や、接収解除後の福富町で興った特殊浴場街に主役が移り、更に昭和末期からは都市計画の規制の隙間をくぐり抜けてファッションヘルス等の風俗店が乱立した曙町が横浜一の風俗街となっている。
曙町に隣接する真金町は逆に「横浜橋商店街」を擁する下町の住宅街に変貌し、赤線当時の建物も年月の経過につれて建て替えが進み、マンション・ビルが立ち並ぶなど名残は殆ど無くなっている。だが、碁盤の目になった区画や大鷲(おおとり)神社などの存在[1]がかつての面影を偲ばせている。現在は外部から移入してきたラブホテルが4・5軒営業している程度で、性風俗産業とはほぼ無縁である。
[編集] 歴史
元々は吉田新田南三ツ目で、明治初期から市街化され、遊郭転入後に富士見町・山田町(共に明治5年に起立)の一部から真金町が分立した。 明治22年(1889年)の市町村制施行の際、横浜市に編入(当時は中区)。昭和18年(1943年)12月1日の南区新設に伴い、中区から編入される。
[編集] 真金町出身の有名人
- 桂歌丸(現在も在住。冨士子夫人も真金町出身。)
[編集] 主な行事
- 酉の市 - 毎年11月(横浜市無形民俗文化財に登録)
[編集] 最寄の交通機関
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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