やくみつる
| やく みつる(はた山 ハッチ) | |
|---|---|
| 本名 | 畠山 秀樹 |
| 生誕 | 1959年3月12日(52歳) 東京都 世田谷区 |
| 国籍 | |
| 職業 | 漫画家、タレント、スポーツライター |
| 活動期間 | 1979年 - 現在 |
| ジャンル | 4コマ漫画、風刺漫画 |
| 代表作 | 『パロ野球ニュース』 |
| 受賞 | 第42回 文藝春秋漫画賞 (1996年) |
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やく みつる(本名:畠山 秀樹(はたけやま ひでき)、1959年3月12日 - )は、日本の漫画家・タレント・スポーツライター。東京都世田谷区桜新町出身。「やくみつる」の名は麻雀の「役満」からもじったと言われている。
桐蔭学園中学校、同校高等学校男子部、早稲田大学商学部卒業。学位は商学士(早稲田大学)。現在漫画家だけではなく、テレビ番組のコメンテーターなどのタレント活動もしている。野球4コマ漫画などの一部作品でははた山 ハッチ(はたやまハッチ、Hatch Hatayama)名義で執筆することがある。妻はアシスタントの畠山利奈子(やく利奈子)。日本昆虫協会理事、元日本相撲協会外部委員。東京消防庁消防総監感謝状受領歴がある。
目次 |
[編集] 人物
[編集] 活動内容
現在はテレビのコメンテーター及びエッセイストとしても活動している。
[編集] 発言
プロ野球などについて物議をかもす発言を多く残している。社会現象や有名人を諷刺する筆致・姿勢は強く、彼の評価の振幅を大きくしている。そもそも「江川事件に義憤を覚えて四コマ漫画を描き始めた」というだけあって、江川卓には引退して20年近くが経過した現在においても批判的。特に竹下登が死去した際にはやじうまワイドで大学の学部の大先輩であるのにもかかわらず痛烈に批判していた。また貴乃花光司についても終始批判的であり貴乃花が引退した際には宝島紙上で唯一痛烈な批判を展開していた。朝青龍明徳については前述の貴乃花ほどの厳しい批判をしていなかったが、2007年夏のサッカー騒動を期に徹底的な批判に転じる。これについて本人は「即刻クビだと思った」と発言している[1]。朝青龍が3場所連続休場後に出場した2009年初場所では、場所前に「朝青龍は、相撲そのものに執着がないから、1勝2敗で3日目に引退する」と予測していた[2]が、朝青龍は14勝1敗で優勝した。朝青龍が2010年初場所後に泥酔暴行問題で引退後に「ゴーイングマイウェイな姿勢が嫌いであった」とも語っている[3]。
[編集] 漫画についての姿勢
やくは漫画家であるにも関わらず「漫画嫌い」で知られる。著書「小言主義」に収録したエッセイでは、「同人誌系がすべてがそうではないだろう」としながらも「仲間内で楽しめばいいと言う感覚をひきずったままプロになる(中略)ため、人に読んでもらうということに対しての自覚が皆無に等しい」「ネタについてのとらえ方も、独善的であいまいだ」「こういう輩が跋扈する限り、業界はますますヒドくなるだろう」と、同人作家からプロの漫画家へとなった人間に対して批判的な態度を示している。反面、「自分たちの世界で楽しんでいる分には何の文句もつけない」と、同人誌などに代表される同人活動全般を批判するつもりはないことも示している。平成22年(2010年)12月に可決された東京都青少年の健全な育成に関する条例の改正案に対しては、2011年2月11日にTOKYO MXの生放送出演時に、規制対象になるべきものが販売区分もされずに野放しになっている、改正への反対者は表現の自由に甘えすぎである、という趣旨の発言をしている[4]。さらに、『FLASH』誌にて石原慎太郎の12年間の都政のうち、教育・福祉の分野では「70点」と評価し、「児童ポルノ規制、日の丸・君が代の徹底はむしろ評価。知事自身が過去、ヤンチャな時代があったにもかかわらず、看過できないと表現の自由に一石を投じた点は評価してもよい。」とコメントした[5]。
[編集] プロ野球について
長年の横浜大洋ホエールズ→横浜ベイスターズの熱狂的ファンであることが有名ではあるが、選手によって好き嫌いも激しい。例えば、『大魔神』こと佐々木主浩元投手をネタにする時は辛辣さを極めていた。佐々木を主人公にした「ササキ様に願いを」が大ヒットし、『まんがパロ野球ニュース』(現・まんがくらぶオリジナル 竹書房)の看板作家の座をみずしな孝之に追われたことや知名度の低いベイスターズにおいて数少ない知名度のあるの中心選手であるとともに、公私共に様々なエピソードを残した佐々木はネタの材料として格好であったからであると言える。そんな彼でさえ佐々木の引退時には選手としての功績を惜しむコメントを『月刊ベイスターズ』のコラムに書いている。同チームの弱小時代にはコマ中の近藤貞雄に「こんなへぼチームを応援する漫画家はへぼへぼへぼだ。」と言わせる等自虐ネタも書いていた。
野球四コマでは自身の母校である早稲田大学出身者をひいきするネタをかつては多く描いており、仁村薫が偏差値社会日本では勝ち組み云々というオチの四コマも書いたことがある。一方で現役時代の原辰徳を誇張過剰な“アホキャラ”として描いていた。
2011年にベイスターズがDeNAに買収されたが、やくはDeNAの運営する携帯電話向けゲームを認めないため、ベイスターズファンを(親会社が代わるまで)やめると宣言した[6]
[編集] 亀田一家との確執
亀田史郎とテレビ朝日スーパーモーニングにてテレビ番組でケンカ寸前の論争をした。その際、史郎に対し、(史郎の息子らに対する躾がなっていないとして)しつけ糸を投げつけ、息子の試合を「安いドラマ」と挑発した。ただ、内藤大助対亀田大毅戦の前日にムーブ!で今まで亀田の試合自体は見たことがないと発言していた。
[編集] 漢字の知識
テレビ朝日『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』内で行われた、スピード漢字対決(30秒間に、お題に当てはまる漢字を相手よりも多く書く勝負)では、5人抜きを3度成し遂げるほどの強さを誇っている。ただ、シンデレラ畠山には2度負けており、勝利した事はない。
[編集] 40歳での還暦宣言
「漫画家の年齢は通常の人間の年齢×1.5である」とし、40歳の時点で「還暦」を宣言。それ以降しばらく、その「仮の年齢から逆算した年」が「生年」だと称していたこともあった。また、「還暦」を契機に、異常に多数だった連載を整理し、それ以降は妻と二人、日本全国や世界各地を旅行して回っている。
[編集] 交友関係
上記のように、やくは自分の作品掲載以外でもコメンテーターなどとして積極的にマスメディアに出演・寄稿し、「珍品コレクション」の収集という趣味もあるため、有名人との交友を幅広く持っている。その中の一人に、昆虫採集、特にチョウの採集という共通の趣味がある鳩山邦夫がいて、やくは自分の作品の中で鳩山を登場させた事もある。鳩山が日本郵政の西川善文社長の更迭を求めた問題で麻生内閣での総務大臣辞任に追い込まれた際には、「一企業の社長人事で大臣が辞任に追い込まれるのは奇異に思う」などとしてその決定を批判した[7]。また、好角家という関係から親交を持ったデーモン閣下はやくから見ると桐蔭学園中学から早稲田大学までの後輩に当たり[8]、「Qさま!」や「大相撲この一年」などでは共演もしている。
[編集] おもな作品・活動
やくみつるは、「はた山ハッチ」という別のペンネームも持ち、仕事の性格等に応じて両者を使い分けていた。なお連載作品名に「やくみつるの」と付く場合は、これを省略して表記する。
- デビュー当初は「はた山ハッチ」名義で執筆していたが、途中から「やくみつる」名義でも執筆するようになる。今ではほとんどの作品においてやくみつる名義で執筆している。その理由の1つとして「やくみつるの方がはた山ハッチよりもギャラが多い」からだと自身の作品において発表している。[要出典]
[編集] 連載
- 「おチャンコくらぶ」(『VANVAN相撲界』・ベースボール・マガジン社、休刊により終了)
- 「第二代おチャンコくらぶ」(『相撲』・ベースボール・マガジン社)
- 「セ相冗談」→「12球団ドガチャカ交流試合」(『週刊ベースボール』・ベースボール・マガジン社、1986年〜)
- 「パロ野球ニュース」→「やくやくスポーツらんど」→「まんがパロ野球ニュース」(『月刊まんがパロ野球ニュース』→『月刊スポコミ』ほか・竹書房、1986年〜1999年、2003年にまんがパロ野球ニュースの阪神タイガース優勝記念増刊号で一回限りの復活を果たした)
- 「オニのやく目玉」(『SPA!』・扶桑社、連載終了)
- JAFMATE会員投稿コーナー(旧「メイトボイス」、現「おたより王国」)における体験談を基にした4コママンガ(日本自動車連盟―JAF Mate社)
- 「オール見世物」(『オール讀物』・文藝春秋)
- 「マナ板紳士録」(『週刊ポスト』・小学館)
- 「ポテンショット」「番外もう一丁!!」(日刊スポーツ)
- 「ポテン-」はプロ野球関連のイラストだが、大相撲開催時には「番外-」に切り替わる。
- 「はた山ハッチの輝け!ベイスターズ」(神奈川新聞)
- 「ホエールズが行く」(『月刊ホエールズ』・大洋球団)
- 「はた山ハッチ&やくみつるの激笑HamaStars」(『月刊ベイスターズ』・横浜ベイスターズ)
- 「小言・大言」(しんぶん赤旗日曜版、隔週)
- 「おジャマしまん〜にゃわ!!」(『マンスリーよしもと』・吉本興業)
- 同誌は2009年10月号より『マンスリーよしもとPLUS』に刷新。現在やくみつる作品の連載はなし。
- 「カズシゲくん」(1988年、『週刊現代』に連載)
- 当時ルーキーの長島一茂を主人公とした4コマ漫画。1989年発行の『ワッハハプロ野球』第1巻に収録された。
- 「暴笑!!ビーンボール」(『週刊現代』に連載)
- 「カズシゲくん」終了後に連載されたプロ野球4コマ。これも後に『ワッハハプロ野球』に収録された。
その他バラエティ番組、週刊誌での4コママンガ、イラスト等多数
[編集] 書籍
●印は、「はた山ハッチ」名義。
- 漫画
- 『すすめ!!赤ヘル軍団』(清山社)1979年11月5日発行。書籍コード:0071-700490-4020
- 『がんばれエガワ君』全6巻(芳文社)●
- 現在本格的なデビュー作として発表されている作品。
- 『ワッハハ!プロ野球』全6巻(芳文社)●
- 『ワッハハ!スポーツニュース』(芳文社)1993年●
- 『小言主義』(ワニブックス)1994年
- 『パロ野球ニュース』全15巻(竹書房)●
- 『やくやくスポーツらんど』全5巻(竹書房)
- 『やくみつるのおチャンコくらぶ』全3巻(ベースボール・マガジン社)
- 『やく・みつるのマナ板紳士録 1991-1995』(小学館)
- 『やくみつるのガタガタ言うゾ!!』(朝日新聞社)
- 『ギャグギャグベースボール』(世界文化社)1986年
- 『やくみつるの平成ポテンショット』(日刊スポーツ出版社)2009年5月27日発売 ISBN 4817254548
- 「やくやくスポーツらんど」第5巻以来、10年ぶりの漫画単行本。日刊スポーツ連載の1コマ漫画「やくみつるのポテンショット」の2004年〜2008年連載分を解説を交えたうえで収録。
- その他
- 『ベイスターズ心中』(泉書房)1998年
- 『やくみつるの故意死球』(ドリームクエスト)1999年 ISBN 4925192027
- 『芸能世紀末劇場』(小学館、山田美保子との共著)
- 『芸能博物館』(小学館、山田美保子との共著)
- 『やくみつるの大珍宝』(日刊スポーツ出版社)
- 『やくみつるの10年イチジクの思い』(祥伝社)1996年
- 『つけっぱなしテレビ』(ぶんか社、ラサール石井との共著)
- 『原色トイレットペーパー大全』(扶桑社)
[編集] テレビ
※レギュラー
- やくみつるの昆虫審議委員会(MONDO21)
- 笑っていいとも!(フジテレビ、1997年1月 - 3月※火曜日担当)
※テレビドラマ
- 月曜ドラマスペシャル「カードGメン・小早川茜1・借金地獄」(2000年3月20日、TBS)
[編集] ゲームソフト
- はた山ハッチのパロ野球ニュース!実名版(エポック社、開発はアジェンダ、スーパーファミコン用ソフト、野球ゲーム)1993年12月15日
[編集] 脚注
- ^ 『中央公論』2008年2月号
- ^ 『日刊スポーツ』2009年1月11日
- ^ 情報ライブ ミヤネ屋 2010年2月9日放送
- ^ 5時に夢中! 2011年2月11日放送
- ^ FLASH 2011年3月22日号
- ^ “やくみつる氏「横浜ファンをやめる」”. 産経新聞. (2011年12月2日) 2011年12月2日閲覧。
- ^ 産経ニュース2009年6月12日付、[1]
- ^ ただし、デーモンはあくまで「世を忍ぶ仮の姿」での在籍ということになり、実際の年齢としては約10万年生きているデーモンの方が「年長者」ということにはなる。
