森田一義アワー 笑っていいとも!

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森田一義アワー
笑っていいとも!
Studio alta.jpg
当番組の生放送が行われていた
スタジオアルタ新宿駅東口前)
ジャンル 帯番組 / バラエティ番組
放送時間 月 - 金曜 12:00 - 13:00(60分)
放送期間 1982年10月4日 - 2014年3月31日(全8054回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ
企画 笑っていいとも!のコーナー一覧
笑っていいとも!過去のコーナー一覧
テレフォンショッキング
監修 黒木彰一 / 高平哲郎鶴間政行(共にスーパーバイザー
プロデューサー 中嶋優一チーフプロデューサー) ほか
出演者 森田一義(タモリ)
いいとも青年隊
各曜日レギュラー陣
音声 モノラル放送
(モノステレオ放送)
オープニング いいとも青年隊
「ウキウキWATCHING」
エンディング 同上(インストゥルメンタル
(過去はテーマソングを参照)
外部リンク フジテレビ

特記事項:
・2003年・2013年度版:ギネス世界記録
(本番組生放送単独司会最高記録受賞)
・1998年10月から2014年3月31日まで、本番組開始前、11:57:15 - 11:57:30(15秒間)に一部地域を除き、クロスプログラム番宣)を生放送を実施していた。
・2005年7月25日からハイビジョン制作を実施していた。
・上記のスタッフは2014年3月31日最終回時点(黒木・中嶋はフジテレビ所属)。
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森田一義アワー 笑っていいとも!』(もりたかずよしアワー わらっていいとも)とは、フジテレビ系列にて1982年(昭和57年)10月4日から2014年(平成26年)3月31日まで、月曜日から金曜日の12:00 - 13:00[1]JST)に生放送されていたトークバラエティ番組である。通称は『笑っていいとも!』、『いいとも!』。モノラル放送(モノステレオ放送)ハイビジョン制作(2005年7月25日放送分から)を実施していた。

タモリ(本番組では本名の“森田一義”名義)の冠番組であり、タモリが司会を務める番組の中ではテレビ朝日系列タモリ倶楽部』に次ぐ長寿番組である。2014年3月31日の通常放送最終回、および同日ゴールデンタイム枠の『グランドフィナーレ 感謝の超特大号』と題した生放送特別番組で幕を下ろした[2]

概要[編集]

1980年10月1日から1982年10月1日まで生放送されていた前番組『笑ってる場合ですよ!』の後継番組として、1982年10月4日より当番組が放送開始され、同時期に1981年4月5日から1982年10月3日まで1年半に渡って放送されていたバラエティ番組(ダイジェスト番組)『もう一度笑ってる場合ですよ!』の1982年10月24日から後継番組として本番組の姉妹番組であり、バラエティ番組(ダイジェスト番組)『笑っていいとも!増刊号』の2番組が毎週日曜日 10:00 - 11:45(JST)に放送開始された。

平日に生放送されていた当番組のほかに、毎週日曜日10:00 - 11:45(JST)にダイジェスト番組として『笑っていいとも!増刊号』、毎年年末年始の生放送特別番組『笑っていいとも!特大号』、毎年に生放送されている『FNS27時間テレビ』内で日曜日午前から午後のお昼の時間帯(10:30 - 12:30)に掛けて行われた『笑っていいとも!増刊号 生スペシャル』が放送されていた。

1970 - 1980年代当時の人気漫才タレントが勢揃いしていたバラエティ番組『笑ってる場合ですよ!』の後継番組を受けて、当時深夜色の強いお笑いタレントであった森田一義(タモリ)を総合司会に起用したことから、『笑ってる場合ですよ!』に比べて視聴率的に苦戦することは十分予想できる事態であった。そのため、タモリ自身も3か月から半年での終了を予期していた。1982年10月4日の第1回放送における、関東地区(以下、視聴率は関東地区のビデオリサーチによる数値)視聴率は4.5パーセントであった[3]

しかし、番組放送開始から半年も経たないうちに視聴率が上昇し、同時間帯(12時台)の年間平均視聴率では、1989年の統計開始から2013年までの25年間連続で民放横並び首位を獲得[4]、番組平均視聴率も11.5パーセントを記録。 「楽しくなければお昼じゃない!」(当時のフジテレビのキャッチフレーズ「楽しくなければテレビじゃない!」のもじり)の番組が掲げるコンセプトでタモリといいとも青年隊を軸として、月曜日から金曜日の各曜日レギュラー陣を始めとし、日替わりコーナーゲストに毎回「テレフォンゲスト」を1組招いて、タモリとトークを展開する「テレフォンショッキング」「各曜日日替わりコーナー」「曜日対抗いいともCUP」などのコーナーを主に放送していた。

当番組の特徴は、一般人・視聴者が出演者(芸能人著名人)と共に参加する視聴者参加型コーナーが、番組開始当初から長く続いていたことである。(例:年齢当てクイズ、そっくりさんコンテスト、若見えコンテスト、美男子・美少女コンテスト、ギャップコンテスト、夫婦コンテスト、腹筋イケメンコンテスト、似顔絵コンテストなど多数存在)。

基本的な番組の流れとしては、オープニング → 日替わりコーナー1本 → 「テレフォンショッキング」 → 日替わりコーナー2本 → 日替わりコーナー3本 → 曜日対抗いいともCUP → エンディングの順番やオープニング → 日替わりコーナー1本 → 日替わりコーナー2本 → 「テレフォンショッキング」 → 日替わりコーナー3本 → 曜日対抗いいともCUP → エンディングで生放送を行っていた。

生放送のため、「テレフォンショッキング」や番組後半の日替わりコーナー2本目が長引いた場合、日替わりコーナー3本目を休止または短縮してそのままエンディングになることがある。通常、当日にオーディションを行う視聴者が出演・参加をする日替わりコーナーを優先するが、日替わりコーナーが2本とも視聴者出演の日替わりコーナーだった場合や、報道などの事情で事前オーディションに受かって出演予定となっていた視聴者が出演できなかった例もある。

番組開始初期から続いた人気トークコーナー『テレフォンショッキング』は、毎回ゲストを当番組に招いて、タモリとトークをするコーナーである。エンディングでは、週替わりの様々なゲームに各曜日レギュラー陣が挑戦し、曜日チーム同士の対抗戦で成績を争う(年末の時点で一番勝利数の多かったチームが年間優勝となる)企画があった。このコーナーは『爆笑オールスター・タモリンピック』→『曜日対抗 いいとも!選手権』→『曜日対抗いいともCUP』と名称を変えながら、断続的に行われた(なお、一週間を通しての放送がない年末年始には放送されなかった)。

1991年1月から、番組生放送終了後の約30分間はタモリを始めとする、各曜日レギュラー陣がファンサービスも兼ねてスタジオ舞台上でトークを繰り広げる。その模様の一部は『笑っていいとも!増刊号』でオンエアされる[5]。現在では、増刊号の企画でもある「増刊号スペシャル」、「いいとも!ファンクラブ通信」、「森田一義アワー 座っていいとも!」、「いいとも!スピンオフトーク」、「いいとも!5DAYS」など複数の企画が行われていた。

日替わりゲストの出演傾向として「テレフォンショッキング」のゲスト1組、各曜日日替わりコーナーゲストが宣伝や番宣を兼ねて1組から2組(祝日の時などは多く出演(登場)する)。ゲストの出演傾向としては、タレントはもちろん、お笑い芸人俳優女優作家作詞家作曲家編曲家音楽プロデューサー漫画家小説家ミュージシャンアイドル演歌歌手海外アーティストフリーアナウンサー政治家ゲームクリエイタースポーツ選手さらにはフジテレビや自・他系列局の現役アナウンサーなど多彩な分野の人物がゲスト出演をしている。現役の内閣総理大臣が出演したこともあり、小渕恵三小泉純一郎が生放送中に電話出演しており、2014年には安倍晋三がスタジオ出演した[6]

他には海外からのアーティストや俳優・女優・監督なども生出演していた。

年末年始には、毎年恒例としてエンディングゲスト、『ニューイヤーズ・ロックフェスティバル』より内田裕也を始めとして、白竜HIROシーナ&ロケッツレッズERIKA・BILLY・YUKI らが生出演していた。

1998年10月より本番組開始前、午前11:57:15 - 11:57:30(JST)に一部地域を除いて、クロスプログラム番組宣伝)を生放送している。

フジテレビ系列局がない地域において、他系列局で遅れネットも実施された。

2014年3月31日放送の昼の通常放送の最終回の平均視聴率は16.3パーセント、瞬間最高視聴率は12:45の18.4パーセントを記録した。同日夜の『グランドフィナーレ 感謝の超特大号』の平均視聴率は28.1パーセント、瞬間最高視聴率は23:10の33.4パーセントを記録し、有終の美を飾った。

本番組の放送期間は31年6か月であった。これは本番組終了時点において、フジテレビ系列帯番組最長記録となった(2005年5月に、それまで最長記録を誇っていたトーク番組スター千一夜』の22年6か月の記録を塗り替えた)。

派生番組[編集]

番組の流れ[編集]

オープニング[編集]

いいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊・AD隊など)が番組テーマ曲である「ウキウキWATCHING」の歌とダンスにより放送開始し、客席の声援に迎えられながら、タモリがスタジオ正面からテーマ曲を歌いながら、番組開始当初から2000年4月まで登場していた[7]

エンディング[編集]

2011年8月8日(月曜日)からは、以前の「爆笑オールスター・タモリンピック」 → 「曜日対抗いいとも!選手権」の流れを踏襲した「曜日対抗いいともCUP」が開始され約1年ぶりにかつてのスタイルに戻った。

主なコーナー・企画[編集]

沿革[編集]

放送時間の変遷[編集]

放送期間 放送時間 (JST) 放送分数
1982年10月04日 - 1984年03月30日 12:00 - 12:53:00 53分00秒
1984年04月02日 - 2000年03月31日 12:00 - 12:57:00 57分00秒
2000年04月03日 - 2013年03月29日 12:00 - 12:58:00 58分00秒
2013年04月01日 - 2014年03月31日 12:00 - 12:58:30 58分30秒

記念回[編集]

  • 1982年10月4日 - 第1回
  • 1983年2月21日 - 第100回
  • 1984年9月4日 - 第500回
  • 1986年8月14日 - 第1000回
  • 1990年7月9日 - 第2000回[8]
  • 1994年6月2日 - 第3000回
  • 1998年5月11日 - 第4000回
  • 2002年4月5日 - 第5000回
  • 2006年3月7日 - 第6000回
  • 2010年2月4日 - 第7000回
  • 2013年2月26日 - 第7777回
  • 2014年1月14日 - 第8000回
  • 2014年3月31日 - 第8054回(最終回)

※ 出典(フジテレビ公式サイト[9]

番組史[編集]

ギネス世界記録に認定[編集]

  • 2002年4月5日、放送開始5000回目達成記念にタモリが単独司会者による生放送の長寿記録として、2003年版のギネスブックに認定され、現在においても掲載されている(番組自体が申請した)[9]
  • 2014年3月31日(最終回)では、放送開始通算8054回という放送回数により、森田一義(タモリ)が「生放送バラエティー番組 単独司会最多記録」(記録更新)、当番組が「生放送バラエティー番組放送回数最多記録」にそれぞれ認定され、番組エンディング内で認定式が行われた[10]

タモリの休暇・不在時の対応[編集]

タモリが当番組を休暇・不在した年・日は、

  • ヨットの支柱に額をぶつけて事故に遭った時(1990年7月)
  • 船舶免許を取得する時(1994年12月6日、1995年1月19日)
  • ゴルフのプレー中に起こった事故による時(2001年11月)
  • 体内検診白内障手術)を行うため(2009年7月)

などのほか、かつてはタモリが司会を務めていたバラエティ番組『今夜は最高!』(日本テレビ系列)の海外ロケを兼ねてや1983年 - 1992年までの10年間は毎年、定期的に夏休みをとっていた。

1985年 - 1988年の4年間は正月休暇をとったこともある。この時は各曜日レギュラー陣の代表(リーダー)が番組全体の総合司会を担当していた。主に笑福亭鶴瓶明石家さんま関根勤片岡鶴太郎所ジョージなどが担当していた。

タモリがヨット乗船中にを強打した事故による時(1990年7月16日 - 20日)と、ゴルフのプレー中に起こした事故による時(2001年11月5日 - 14日)には、緊急だったので各曜日レギュラー陣の全員が協力して番組を進行していた。

2009年7月10日放送分のエンディングで、平井理央(フジテレビアナウンサー、当時金曜日担当)から、タモリが精密検査(人間ドック)を行うために次週の放送出演を丸々休養することを発表した。その中で検査とともに白内障の手術も行うことをタモリが自ら語った。タモリが休養の期間は代役の総合司会者を立てず、各曜日レギュラー陣が臨時で司会・進行を務めた。

2013年7月1日放送分からタモリが各曜日日替わりコーナーを1コーナー(OPコーナー)と「テレフォンショッキング」しか出演しないという形状になった。だが、2014年1月6日放送分から同年3月31日放送分までは、全ての日替わりコーナーに出演をしていた。

25年連続同時間帯視聴率首位記録[編集]

  • 番組放送開始から半年も経たないうちに視聴率が上昇。関東地区における同時間帯(12時台)の年間平均視聴率では、1989年の統計開始から2014年までの25年連続で、民放放送横並び首位を獲得しており、人気長寿番組帯・バラエティ番組へと発展した[11]

1980年代[編集]

  • 前番組『笑ってる場合ですよ!』の後番組として、日本の「おの顔の番組」をコンセプトに、第1回(1982年10月4日)に当番組が放送スタート。総合司会者として森田一義(タモリ)が就任した。なお、総合司会者の候補には、タモリの他にビートたけし(『笑ってる場合ですよ!』のレギュラー)の名前が挙がっていたことを、2012年10月1日放送分と2014年3月31日の「テレフォンショッキング」に出演した、たけしが明かしている[12]
    • 最初の日替わりコーナーは「タモリの世界料理」という、タモリがフランス料理に挑戦する企画であった。番組開始から終了までの全期間に渡り行われた「テレフォンショッキング」は最後のコーナーだった。
    • 過去にエンディング終了後に翌日(金曜日の場合は翌週月曜日または『増刊号』)の「いいとも!」を紹介する5秒の予告があったが、1987年に一旦廃止 → 1988年 - 1996年まで復活 → 2004年に再び復活し、最終回前の2014年3月28日まで表示された。
  • 1982年10月11日、司会のタモリがサングラスを変更する。
  • 1982年10月15日、最低視聴率 2.8パーセントを記録。なお、この日出演していたゲストは三波豊和だった[13]
  • 1983年4月4日、テレビ長崎で放送を開始(時差ネット)。
  • 1983年9月26日、テレビ岩手で放送を開始(時差ネット)。
  • 1983年9月30日、四国放送での放送が終了。徳島県では隣県局の越境受信が常態化していた。
  • 1983年10月3日、新潟テレビ21の開局に伴い、前週まで『アフタヌーンショー』を放送していた新潟総合テレビにて新潟県での放送を、同じくテレビユー福島の開局を控え、前週まで『スーパーダイスQ』、『悪友親友』、『ポーラテレビ小説』を放送していた福島テレビにて福島県での放送を開始。系列外の青森テレビ[14]もこの日から時差ネット(16:00 - )開始。
  • 1984年4月2日、大分放送での放送を開始(時差ネット)。
    • 同時に、同時間帯における放送地域数並びに放送局数(遅れネット局も含む)の最多の番組では、この日から系列外ネットが消滅した『テレビ小説』(旧:『ポーラテレビ小説』)を上回ることになった。その後も終了に至るまで本番組は同時間帯における放送地域数並びに放送局数(遅れネット局も含む)では最多の番組だった。最大ネット局数は31局である。
  • 1988年4月29日、最高視聴率 27.9パーセントを記録。
  • 1989年5月19日、タモリが、当時は実話とされていた『一杯のかけそば』を批判。タモリは「150円あれば当時はインスタントラーメンが3個買えた、こんな話はおかしい」と発言し『一杯のかけそば』を「涙のファシズム」と批判した。この発言や作者のスキャンダルが影響したのか『一杯のかけそば」』のブームが過ぎ去った。[15]
  • 1989年9月18日、当番組は福岡県福岡市イムズホールから生放送テレビ西日本が制作協力となり、テレフォンアナウンサーに同局の田久保尚英が起用されたほか、同局のスタッフも制作に参加した。

1990年代[編集]

  • 1990年1月4日・1月5日、当番組はハワイから生放送海外から当番組を生放送するのは初めてであった。
  • 1990年3月30日、テレビ岩手での放送が終了。岩手県ではその後1年間、未放送状態になる。
  • 1990年7月30日、司会のタモリがサングラスを変更する(2回目)。
  • 1990年10月1日、テレビ長崎での放送が時差ネットから同時ネットに変更。
  • 1990年10月、司会のタモリがサングラスを変更する(3回目)。
  • 1991年4月1日、岩手めんこいテレビの開局により岩手県にて1年ぶりに放送再開。
  • 1993年3月31日、テレビ朝日系列へのネットチェンジにより山形テレビでの放送が終了。山形県ではその後4年間未放送状態になる。
  • 1993年10月1日、大分県での放送が大分放送での時差ネットからテレビ大分での同時ネットに変更。同時にFNS全局ネット化達成。出演者の名前テロップが手書き調から丸ゴシック体(JTCウィンR)に変更。
  • 1994年6月2日、放送回数3000回に突入し、同年5月30日からの1週間は、各曜日日替わりコーナー3000回突入記念と冠してスペシャル企画を連日に渡り放送し、6月2日放送分の放送回数3000回当日には、番組内で、タモリ金像除幕式まで行われた。
  • 1995年10月2日、荒井昭博のプロデューサー就任に伴い、番組が大幅にリニューアル。出演者の名前テロップが丸ゴシック体から、デザインも一新されて青地に明朝体(JTCウィンM)に変更。
  • 1996年2月、司会のタモリがサングラスを変更する(4回目)。
  • 1996年9月13日、敬老の日の直前ということで観客全員が老人であった。
  • 1996年9月27日、高知放送での放送が終了。高知県ではその後、半年間未放送状態になる。この日をもって番組エンディング終了後CMをはさんだ後の提供クレジット・翌日または来週月曜日の次回予告が廃止。提供クレジットはすべて番組エンディング前となる。
  • 1996年9月30日、番組のロゴ・出演者の名前以外にも画面に固定テロップが表示される。
  • 1997年4月1日、さくらんぼテレビジョンの開局により山形県にて4年ぶりに放送再開。高知さんさんテレビの開局により高知県にて半年ぶりに放送再開。
  • 1998年10月、「テレフォンショッキング」のコーナーでは、スクロールで簡単にテレフォンゲストのプロフィールを表示するようになる。

2000年代[編集]

  • 2000年4月、オープニングの演出を大幅に変更。タモリによる「ウキウキWATCHING」の歌唱が廃止され、タモリが歌わなくなる。
  • 2002年2月22日、マイクロソフト会長のビル・ゲイツがオープニングの特別企画に出演。タモリに「Xbox日本1号機をもらえる券」と引き換えに同日に発売されたXboxを手渡した。
  • 2002年4月5日、放送回数5000回を迎え、タモリが「生放送単独司会世界記録」として、2003年度版ギネスブックに認定される。翌年2003年1月15日放送分のオープニングでは、当時首相であった小泉純一郎と生放送中に電話会談をし、タモリへ小泉から直々にお祝いの言葉が贈られた。
  • 2002年9月27日、ケーブルテレビの普及に伴い山梨県でフジテレビが通常視聴できる状態が常態化していたことから、山梨放送での放送が終了。
  • 2002年10月14日、司会のタモリがサングラスを変更する(5回目)。
  • 2002年10月22日、司会のタモリがサングラスを変更する(6回目)。
  • 新宿スタジオアルタハイビジョン化工事(工事期間:2005年6月25日 - 7月24日)の時の間、2005年6月27日 - 7月22日の放送分はフジテレビのV3スタジオから生放送がされた[16]
  • 2005年7月25日から、スタジオアルタハイビジョン化工事の完了によりフジテレビ・東海テレビ関西テレビ地上デジタル放送ではハイビジョン放送(画面サイズが16:9)で放送されるようになり、他の系列局でも順次地上デジタル放送開始と同時にハイビジョン放送となった。同時にタモリがオープニングや日替わりコーナー等で持つマイクも、番組終了時点のものへ変更(スポンジの色は随時変わる)。
  • 2005年9月21日、「テレフォンショッキング」のコーナー(ゲスト:山崎邦正)で観客の1人が「いいとも!が年内で終了するのか?」と質問し、スタッフにより退席させられた。
  • 2006年1月から、関東地方のアナログ放送で番組第1回からあった時報が廃止された。
  • 2006年3月7日放送分には放送回数6000回を刻印した『いいとも!』の番組ロゴマークが入ったメロンパンをその日に出演していたゲスト、客席全員に配付した。
  • 2006年10月2日から10月6日までの一週間は、番組開始から25年目に突入することを記念してお台場のフジテレビから生放送され、同年10月7日には『秋の祭典スペシャル』を放送。
  • 中山弘子新宿区長が、2007年11月4日放送分(実際に表彰されたのは11月2日)の『笑っていいとも!増刊号』に出演し、『森田一義アワー 笑っていいとも!』が新宿スタジオアルタから25年間に渡り生放送を現在でも続けて、「新宿の街のイメージアップに多大な貢献をしている」ということで、タモリに感謝状を手渡した。
  • 2007年9月14日、番組放送開始からいいとも青年隊・少女隊・AD隊オープニングダンスの振り付けを担当していた土居甫悪性リンパ腫で死去。これ以降は渡辺美津子が振付を担当した。
  • 2008年8月7日の午前中、タモリと水曜レギュラー(当時は木曜レギュラー)のおすぎは赤塚不二夫の告別式に参列した。特に、タモリにとっては芸能界デビューへのきっかけを作った恩人であり、葬儀では本名の“森田一義”名義で弔辞を読みあげた。当日の『いいとも!』には両人とも予定通りオープニングから出演した。
  • 2009年4月27日放送分より、CM転換時のテロップが変更された。画面下の黒枠の中に、青枠で「CMの後」や「このあと」、赤字で大きく次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを表示する形となった。
    • なお番組開始当初は、CM転換時に赤色で「笑っていいとも!」のロゴを右下に出すだけであった。1998年頃からは「笑っていいとも!」のロゴ他に、画面左下に赤字で「CMの後」や「このあと」、次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを出していた。
  • 2009年4月24日、金曜レギュラーの草彅剛SMAP)が2009年4月23日未明に公然わいせつにより逮捕され、この日の出演はキャンセルされた。その後、当番組を含む全てのレギュラー番組から降板し、当面は出演自粛という形になったが、2009年5月29日の放送で復帰した。
  • 2009年7月10日放送分のエンディングで平井理央(フジテレビアナウンサー)から、タモリが精密検査を行うために次週の放送を丸々休むことを発表した。その中で検査とともに白内障の手術も行うことをタモリが自ら語った。

2010年代[編集]

  • 2010年2月4日放送分で放送回数7000回を迎えた。オープニングにて特別企画として『いいとも!』放送第1回を振り返った[17]
  • 2010年7月19日放送分から23日放送分までの1週間、動画生中継配信サイトUstreamにて、11:50 - 12:00(生放送開始)の間、AD隊(クルット&ハリー)前説の模様を特別に配信していた[18]。同年11月21日放送分の『増刊号』にて、「イマつぶ」を配信開始した。「テレフォンショッキング」のテレフォンゲストへのつぶやきや、番組へのつぶやき、スタッフのつぶやきを当番組の公式ホームページ上で紹介していた。
  • 2011年7月24日に地上アナログ放送が停波するのに伴い、2010年7月5日放送分から地上デジタル放送への完全移行を前提に、アナログ放送の全番組が画角16:9のレターボックス放送に移行するため、本番組もアナログ放送では、2010年7月5日放送分よりレターボックスで放送されるようになった。
  • 2011年1月8日、当番組の初代プロデューサーの横澤彪肺炎のため死去。1月11日にタモリが横澤宛にコメントを寄せたのが公開された[19]
  • 2011年3月11日放送終了後に東日本大震災が発生し、13日の『増刊号』、14日 - 18日のレギュラー放送ともに東日本大震災関連の報道特別番組(14日 - 18日は『FNNスピーク』拡大放送)のため休止。翌週20日の『増刊号』も東日本大震災特別番組のため休止となった。また、被災県の系列局のうち、仙台放送では21日 - 25日の5日間は震災生活支援情報、福島テレビでも21日は『FTVスーパーニュース特報』を放送のため、それぞれ休止となった。レギュラー放送が5日間、『増刊号』も含め8日間もの休止は番組開始以来初となった。なお、レギュラー放送再開となった21日の放送では、オープニングでタモリが『先週金曜日、東日本大震災、被災者の皆様方に心よりお見舞い申し上げます。』と、被災者へのお見舞いの言葉を述べた[20]。3月21日の放送からは、オープニングエンディング部分にて、日本赤十字社の『東日本大震災義援金』の呼びかけを日替わりテレフォンアナウンサーが担当、3月21日以降の「テレフォンショッキング」ではこれまで行っていた儀式やめ、オープニングの後すぐテレフォンアナウンサーの紹介 → テレフォンゲストの紹介という進行となっている。なお、翌週3月28日から5月6日までは「テレフォンショッキング」のコーナー開始前(CM明け)に告知していた。
  • 2011年3月25日、テレビ山口での放送を終了[21]山口県では未放送となる(ただし近隣県の系列局を通じて視聴可)。これにより、時差ネットでの放送は青森テレビの1局のみになり、最大29局ネットとなった。[22][23]
  • 2011年4月18日 - 22日は「ひとつになろう日本」の企画として、ニッポン放送高田文夫のラジオビバリー昼ズとの相互放送を実施した。
  • 2011年7月24日放送分、『FNS27時間テレビ』内での『増刊号生スペシャル』内で、正午に「地上デジタル放送完全移行セレモニー」を実施した。[24]
  • 2011年10月3日放送分から、放送開始30年目を迎えるにあたって番組内BGMやジングル、さらに「テレフォンショッキング」などの仕様が大幅にリニューアルされた。
  • 2012年4月9日放送分から、「テレフォンショッキング」の「友達の輪」(お友達紹介)が終了になり、テレフォンゲストを番組が指名して日替わりにスタジオへ迎えるシステムへと変更された[26]
  • 2012年7月21日(土曜日)放送分の18:30から翌日22日日曜日)放送分の20:54(JST)までの約26時間半、当番組をベースとした『FNS27時間テレビ 笑っていいとも!真夏の超団結特大号!!徹夜でがんばっちゃってもいいかな?』を生放送をした[27][28]
  • 2012年10月1日放送分、「テレフォンショッキング」にビートたけしが、監督を務めた映画アウトレイジ ビヨンド」の宣伝も兼ねて生出演を果たし、同コーナーのテレフォンゲストとしての出演は24年ぶりであった[12]
  • 2012年11月5日放送分からは再び、番組テーマ曲「ウキウキWATCHING」のオープニング・エンディング、CM転換時ジングル、「テレフォンショッキング」などのすべてのBGM・ジングルが従来の電子音へ戻された。
  • 2012年11月30日放送分、日付のごろ「いい(11月)」「さんま(30日)」の日にちなんで、明石家さんまがスペシャルゲストとして、3年ぶりにスタジオアルタに登場した。
    • さんまは、オープニング明けからすぐに日替わりコーナー「知ってるだけで楽しい人生!コレ知ってる!?プレゼンター」に金曜レギュラーの関根勤プレゼンテーションで、「話題のヒト」で「しゃべり出したら止まらないアノ芸人が来てしまった!」として登場した。
    • 「テレフォンショッキング」をはさみ、タモリとさんまによる2人のトークコーナーが「復活!!タモリ・さんまの日本一の最低男」として行われた。さんまの『いいとも!』レギュラー卒業から17年ぶりとなるトークコーナーとなった。結局トークは25分間続き、終盤には金曜日レギュラー陣も登場した。
    • 「テレフォンショッキング」の15分間を除く43分間全てに出演を果たした[29]
  • 20121212121212秒に、「特別企画 2012年12月12日 12時12分12秒ショー」と題したコーナーが放送され、100年に一度の貴重な瞬間を祝おうと「2012年12月12日」を記念して「12」にまつわる様々な人達が続々と集まり、最後には「2012年12月12日12時12分12秒」に出演者・参加者・観客揃って記念写真を取るという特別企画を行った[30]
  • 2013年2月26日放送分で放送回数7777回目を迎えた。特別企画として、放送1週間前に予告されていた、火曜レギュラーの「澤部佑ハライチ)ダイエット企画」を行った。放送回数にちなんで、77.77㎏まで痩せられるかという実験企画を行なった結果、エンディング部分で達成を果たした。また、この日の「テレフォンショッキング」のテレフォンゲストは「7」にちなんで松嶋菜々子が生出演を果たした[31]
  • 2013年5月6日放送分、「テレフォンショッキング」にて、みのもんたが生出演を果たした(2013年5月3日放送分の雨上がり決死隊からの紹介)。みのが当番組の裏番組であった『午後は○○おもいっきりテレビ』→『おもいっきりイイ!!テレビ』の司会を20年務めていたため、1984年7月12日放送分以来、29年ぶりの出演となった[32]
  • 2013年7月1日放送分より、タモリがオープニングコーナーと「テレフォンショッキング」を除いて、各曜日レギュラー陣にコーナーを任せて、出演しないコーナーが新設された。先週まで放送されていた、既存のコーナーを含むものの、事前告知が行われていなかったため、タモリの体調を心配する声が上がった。なお、フジテレビはタモリの体調不良説を否定している[33]

放送終了発表から最終回まで[編集]

2014年3月31日午後9時ごろ、新宿アルタ前にて“グランドフィナーレ 感謝の超特大号”放送の様子を眺める人たち
  • 2013年10月22日(火曜日)放送分において、木曜レギュラーの笑福亭鶴瓶が番組終盤に登場し、タモリに対して「いいとも!終わるってホンマ?」と聞き、2014年の3月で放送が終了することが発表された[34]
  • 2014年1月14日放送分、放送回数8000回を達成。タモリが久しぶりに火曜レギュラー陣、ゴスペラーズと共にオープニングを歌った。「テレフォンショッキング」には、1985年2月25日以来、29年ぶりにとんねるずが出演し、その場でレギュラーになることが発表された[9][35]
  • 2014年1月28日、同年3月31日に最終回を迎えることが発表された。当日は正午スタジオアルタから通常放送の最終回(第8054回)の生放送に加え、ゴールデンタイムの時間帯にお台場・フジテレビから『笑っていいとも!グランドフィナーレ特大号(当時の仮称)』を生放送する予定とされた[2]
  • 2014年2月14日、お笑いタレント萩本欽一が「テレフォンショッキング」のテレフォンゲストとして、当番組に初出演を果たす[36]。これにより萩本とタモリのツーショットトークが実現した。
  • 2014年2月19日、「テレフォンショッキング」にテレフォンゲストとして、10年ぶりにナインティナインがコンビで出演した。岡村隆史がタモリと番組チーフプロデューサーと相談した上、その場でとんねるずと同様の不定期レギュラーとして加入が決定した。なお相方の矢部は、「嫁が今、大事な時期だから見守っててあげたい」と渋々断った[37]
  • 2014年3月5日、「テレフォンショッキング」に女優天海祐希がテレフォンゲストで登場。突然、携帯電話のコール音が響き、トークを中断[38]
  • 2014年3月12日、お笑いタレント江頭2:50が、突如、スタジオに登場し、客席に飛び込むなど大暴れした。江頭が現れたのは冒頭の「真のあだ名を付けまSHOW! 直感あだ名コンテスト」というコーナーが終わりかけた時。コーナーの3人目に伊藤一朗ELT)が登場、爆笑問題太田光に「うたわない方」と命名された瞬間、スタジオ後方から「ちょっと待ったぁ!」と怒鳴り声がした。なお、スタジオアルタへの乱入は13年ぶりで、江頭曰く「橋田壽賀子キスして出入り禁止になって以来!」と話し「いいとも!終わる前に出られてよかった」と喜んだ[39][40]
  • 2014年3月17日、歌手和田アキ子が「テレフォンショッキング」の最多出演(男女共通・22回目)を果たした。
  • 2014年3月18日のオープニングから最終回までの残り回数が表示される。
  • 2014年3月21日(春分の日)、内閣総理大臣安倍晋三が「テレフォンショッキング」のゲストとして生出演を果たした[6]。現役の首相で初めて出演した安倍は、バラエティー番組及びタモリについて「無形文化財だと思う」と述べた[41]。一方でこのときアルタ周辺では、出演に反対する人々が、抗議のデモ行動を起こした[42][43]
  • 2014年3月24日、エンディングで3月31日の通常放送最終回とゴールデン枠に生放送が予定されている『笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号』の番組宣伝が行われた。
  • 2014年3月31日、最終回の「テレフォンショッキング」にテレフォンゲストとしてビートたけしを迎えた。番組最後の言葉はいつも通り「それじゃあまた、明日も見てくれるかな?」「いいとも!」と発し、31年半におよぶ番組の幕を閉じた[44]
  • 最終回の平均視聴率は16.3パーセント[45]、録画再生率は7.5パーセント[46]だった。

番組終了の背景[編集]

番組終了の背景についてタモリ側とフジテレビ側双方において、以下のような報道がなされている。

タモリ側に関する報道
  • 妻の体調異変が数年前から発生しており、妻と過ごす時間を確保したいとタモリ本人が望んでいた[47]
  • 一方で、タモリや所属事務所の田辺エージェンシーは、タモリの体力が続く限り、いいともを続けたいと考えていた。だが、2013年4月に総合演出に就任した演出家が、主婦層の視聴率を確保すべく「オネメンコンテスト」のコーナーを開始。この件をめぐりタモリと田辺エージェンシーが異議を唱え、タモリが一部コーナーの出演を拒否する事態が続いた。以降、田辺エージェンシー側とフジテレビ側との協議がなされ、最終的に番組終了が決定した。[48]
フジテレビ側に関する報道
  • 視聴率は年間1位を維持できていたものの、裏番組との差が年々縮小しており、放送回によっては裏番組に視聴率で負ける回が増加していた。こうした傾向から、フジテレビ内で番組終了論が強まっていた[49]
  • いいともは昔からの視聴者が継続的に視聴する傾向が強く、新たな視聴者層を今後獲得していく見込みがあまりない、と判断されていた[50]

出演者[編集]

テーマソング[編集]

オープニング・エンディング曲[編集]

初代 1982年10月4日 - 2008年3月28日(第1期)、2010年4月5日 - 2011年9月30日(第2期)、2012年11月5日 - 2014年3月31日(第3期)
『いいとも!』生放送中で使用されているBGMはすべて、初期1982年10月4日放送分の第1回目当初から変わらずにエレキギターやシンセサイザー、ブラスによるバンドの録音が使用されていた。下記の2代目、3代目BGMの後、2012年11月5日放送分からは再び、番組テーマ曲「ウキウキWATCHING」のオープニングエンディングCM入り曲、「テレフォンショッキング」などのすべてのBGMが初代のものへと戻された。
2代目 2008年3月31日 - 2010年4月2日
14代目が少女隊だったため、歌いやすくするように通常のイ長調よりキーの高いハ長調のアレンジ版とした[要出典]
3代目 2011年10月3日 - 2012年11月2日
2011年10月3日放送分から放送開始30年目を迎えるにあたり、番組テーマ曲「ウキウキWATCHING」のオープニング・エンディング曲、CM入り曲、「テレフォンショッキング」などのすべてのBGMが、楽器を使用したポップ調のアレンジに一新された(編曲:小西康陽[25])。

観覧[編集]

当番組を観覧希望するには、往復はがきで、希望日、希望人数、全員の氏名・年齢・職業、代表者の連絡先を明記の上、希望放送曜日の1か月から10日前までに番組宛に必着で応募する。1人で多数の応募や、記入漏れがあった場合は無効となり、参加メンバーの変更は出来ない。

番組開始当初から、18歳未満、および高校生(18歳以上であっても定時・通信制を含む高校生であれば該当)による応募は(18歳以上の同伴者を伴った場合を含め)無効となっている。理由としては、学校高校)を無断欠席し、観覧させるのを防ぐためとのタモリの意向による[52]とされるが、番組に出演(一般人・芸能人ともに)する際にはこうした制限もなく、一般の就学児童や学生が学校を欠席して出演している。18歳以上で高校を卒業していても、新年度になる4月までは応募不可となっている。

放送休止・中断[編集]

重要事件・事故・自然災害による休止[編集]

スポーツ関連(オリンピックなど)による休止[編集]

一時中断・途中中断[編集]

ネット局[編集]

番組終了時のネット局[編集]

青森テレビ、テレビ大分、テレビ宮崎以外はフジテレビ系列のフルネット局。

ネット局一覧(青森テレビ[53]のみ16:45からの放送)

過去のネット局[編集]

山形テレビ以外はいずれも遅れネット。

放送対象地域 放送局 現在の系列 備考
岩手県 テレビ岩手 (TVI) 日本テレビ系列 1983年4月4日から1990年3月30日まで
1990年4月2日から1991年3月29日までは岩手県では未放送
山梨県 山梨放送 (YBS) 2002年9月27日まで
徳島県 四国放送 (JRT) 1983年9月30日まで
高知県 高知放送 (RKC) 1996年9月27日まで
1996年9月30日から1997年3月31日までは高知県では未放送
山形県 山形テレビ (YTS) テレビ朝日系列 1993年3月31日まで
1993年4月1日から1997年3月31日までは山形県では未放送[56]
1993年3月31日まではフジテレビ系列局
山口県 テレビ山口 (tys) TBS系列 2011年3月25日まで[21]
1987年9月まではフジテレビ系列(FNSのみ加盟)とのクロスネット局
大分県 大分放送 (OBS) 1984年4月2日から1993年9月30日まで
1993年10月1日にテレビ大分へ放送権移行

ネット局に関する備考[編集]

  • 新潟総合テレビと福島テレビは、フジテレビのフルネット局になった1983年10月3日から、同時ネットでの放送を開始している。
  • テレビ長崎は、1983年4月4日開始から1990年9月28日までは夕方16:00(のちに17:00)に時差ネットが行われていた。これは当時日テレ系列とのクロスネットで、NNN系列のワイドショー番組(『お昼のワイドショー』→『午後は○○おもいッきりテレビ』)を開局時よりネットしていたため。
  • テレビ岩手と高知放送[57]は、フジテレビ系列新局開局(岩手めんこいテレビ・高知さんさんテレビ)に伴うフジテレビ系列番組の新局への移行準備に伴い、フジテレビ系列新局開局の半年から1年ほど前に放送を終了している。
  • 大分県における本来のフジテレビ系列局であるテレビ大分ではなく大分放送で放送されていた理由は、テレビ大分が当時は日本テレビ系列・テレビ朝日系列とのクロスネット局であり、開局時からテレビ朝日系列平日12時台同時ネットのため。この措置は、大分朝日放送開局に伴うテレビ大分のANN脱退まで続いた。
  • 山形テレビにおける打ち切り後は4年間山形県では未放送だったが、1997年4月にさくらんぼテレビ開局に伴い山形県における放送を再開している。
  • 番組放送開始当初、沖縄テレビが視聴不可能だった沖縄県の宮古島と石垣島は宮古テレビ石垣ケーブルテレビで一時期のみであるが、それぞれ午後に時差ネットしていた(2局とも、ネット局のロールには表示せず)。

番組予告(クロスプログラム)[編集]

テレビ大分以外はフジテレビ系列のフルネット局。

番組予告(クロスプログラム)実施局
  • 1998年10月から番組最終回まで、本番組の前に生放送されるニュース番組FNNスピーク』放送終了後の11:57:15から11:57:30(JST)には、一部系列局を除き「次の番組は…」として、当番組のクロスプログラムが放送されている(番組テーマ曲『ウキウキWATCHING』のインストルメンタルがBGMとして流れている)。ただし、2008年まで1月第3もしくは第2月曜日は『ソニーオープン・イン・ハワイ』を10:00 - 12:00(JST)まで生放送していた(この日は『スピーク』自体も放送休止)ため、放送されなかった。
  • また、これとは他に番組開始数年間と2004年7月以降、エンディング放送終了後にも翌日(または、来週月曜日か『増刊号』)の予告スポットが5秒程度行われている(同じく番組テーマ曲『ウキウキWATCHING』のアウトロ部分がBGMとして流れている)。
  • 『スピーク』のエンディング部分が放送されている地域では、北海道文化放送テレビ新広島を除き『いいとも!』のクロスプログラムも放送されている。
  • 関西テレビでも、2006年1月6日より、『いいとも!』のクロスプログラムを放送していたが、実質1か月間も放送せずに終了。
  • 新潟総合テレビと高知さんさんテレビは、『スピーク』のエンディング部分の放送がないが、新潟総合テレビでは『NSTくらしの情報』放送後に、高知さんさんテレビでは(ローカル出しの)エンディングの後『ステーションブレイク』を挟んでクロスプログラムを放送している。
  • 2012年6月4日放送分から、エンディング部分で毎回行われている『曜日対抗いいともCUP』のコーナー開始の前に、2012年7月21日(土曜日)の18:30から翌日22日日曜日)の20:54(JST)までの2日間、当番組をベースとした『FNS27時間テレビ』の放送が間近となったため、30秒間の視聴者からの募集番宣スポットの放送が開始されていた。

スタッフ[編集]

最終回時点[編集]

関連商品[編集]

書籍[編集]

  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part1』(サンケイ出版、1983年、ISBN 4-383-02256-1
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part2』(サンケイ出版、1983年、ISBN 4-383-02274-1
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part3』(サンケイ出版、1983年、ISBN 4-383-02287-1
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part4』(サンケイ出版、1984年、ISBN 4-383-02311-8
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part5』(サンケイ出版、1984年、ISBN 4-383-02320-7
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part6』(サンケイ出版、1984年、ISBN 4-383-02332-0
  • 笑っていいとも!殺人事件 名探偵タモリ誕生する(サンケイ出版、1986年3月、ISBN 978-4383024662
  • タモリ、笑福亭鶴瓶『タモリ鶴瓶のおぼえてるでェ!』(フジテレビ出版、1987年、ISBN 4-594-00180-7
  • タモさん、トコさんの金言・格言色紙でどうじょ!(ベストセラーズ、1989年1月、ISBN 978-4-584-00681-8
  • タモさん、トコさんの金言・格言色紙でどうじょ! Part2(ベストセラーズ、1989年6月、ISBN 978-4-584-00697-9
  • タモリの、ダウンタウンも世紀末クイズ それ絶対やってみよう(フジテレビ出版、1990年、ISBN 4594008264
  • タモリ・ウッチャンナンチャンの世紀末クイズ それ絶対やってみよう(フジテレビ出版、1991年8月、ISBN 978-4-594-00793-5
  • タモリの、ダウンタウンも世紀末クイズ それ絶対やってみよう2(フジテレビ出版、1991年12月、ISBN 978-4-594-00854-3
  • タモリ・ウッチャンナンチャンのダウンタウンもみんないっしょに世紀末クイズ それ絶対やってみよう3(フジテレビ出版、1992年4月、ISBN 978-4-594-00925-0
  • 笑っていいとも!編『タモリの世紀末伝説 関根くん家とマチャミん家のおかしな人々』(フジテレビ出版、1993年12月、ISBN 978-4-594-01321-9
  • 世紀末ゲーム 爆笑!オールスタータモリンピック(フジテレビ出版、ISBN 978-4-594-01080-5、1992年11月)
  • 笑っていいとも!あー(学研ISBN 978-4-05-400933-2、1997年11月)
  • LOVE LETTERS すばらしいラブレターの世界(ワニブックスISBN 978-4-8470-3269-1、1997年12月)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! 秘密のつながりグランプリ(興陽館ISBN 978-4-87723-128-6、1998年12月)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! インスタントイングリッシュ〜おばちゃん海外輸出計画〜(フジテレビ出版・扶桑社出版、ISBN 4-594-02711-3、1999年5月30日)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも!「Mr.ビジョアル」写真集(ISBN 978-4-83425-203-3集英社・ホーム社、1999年6月17日)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも!超変身ビフォー・アフターコンテスト(ISBN 978-4-59-402907-4、フジテレビ出版、2000年5月)
  • 科学実験で笑っていいとも!(学研マーケティング(学研M文庫)、ISBN 978-4-05-902015-8、2000年11月)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! 曜日対抗いいとも選手権!!BESTゲーム集88(河出書房新社、ISBN 978-4-309-26596-4、2002年10月20日)
  • 目指せ!達筆王〜すぐに上達する132のコツ〜(扶桑社ISBN 4594051138、2006年3月23日)
  • 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いて〜(扶桑社、ISBN 978-4-594-06018-1、2009年8月18日)
  • 恋していいとも!あるある川柳(扶桑社刊、ISBN 978-4-594-06270-5、2010年9月17日)
  • 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いてPart2〜(扶桑社、ISBN 978-4-594-06018-2、2012年12月11日)
  • 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いてPart3〜(扶桑社、ISBN 978-4-594-06018-3、2013年1月15日)
  • 嫁タレVSハライチ澤部 夢の炊き込みご飯 夢炊き屋 レシピ(扶桑社、ISBN 978-4-594-06936-0、2013年10月22日)
  • 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いてPart4〜(扶桑社、ISBN 978-4-594-07034-2、2014年4月18日)

グッズ[編集]

  • フジテレビ本社屋7階「エフアイランド」、東京駅東名高速海老名SA(上り線)[60]などにあるフジテレビショップでは、上記に紹介した書籍(絶版除く)や「青汁まんじゅう」など、いいとも!関連グッズを販売している。

CD[編集]

テレビゲーム[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 番組生放送終了の正確な時間は12:58:30。
  2. ^ a b “3・31生特番!「いいとも!」最終回は歴代レギュラー“同窓会””. SANSPO.COM. (2014年1月29日). http://www.sanspo.com/geino/news/20140129/oth14012905050013-n1.html 2014年1月29日閲覧。 
  3. ^ 「いいとも初回を上回った 「バイキング」正午帯番組で視聴率トップ 2014.4.3 09:26”. 産経新聞社 (2014年4月3日). 2014年4月11日閲覧。
  4. ^ “「私服だらけの中居正広増刊号〜輝いて〜」3冊合計で売り上げ120万部突破!2012年も12時台年間視聴率第一位獲得! 『笑っていいとも!』『笑っていいとも!増刊号』 - とれたてフジテレビ” (プレスリリース), フジテレビジョン, (2013年1月31日), http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2013/i/130131-i016.html 2012年2月6日閲覧。 
  5. ^ トークがなかった頃は、13:00 - 13:30に同じスタジオアルタで生番組『ライオンのいただきます』(後の『ライオンのいただきますII』→『ライオンのごきげんよう』)が引き続き放送されており、基本的に『いいとも!』とセットで観覧することとなっていた。
  6. ^ a b 笑っていいとも! - フジテレビ”. フジテレビジョン (2014年3月20日). 2014年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月26日閲覧。
  7. ^ 2014年3月31日の最終回にて再び再現された。
  8. ^ タモリを含む全曜日レギュラー陣が登場。オープニングからは全員が変装をして登場した。
  9. ^ a b c “放送8000回達成!とんねるずが29年ぶりの出演でタモリにレギュラー化を直談判!『笑っていいとも!』” (プレスリリース), フジテレビジョン, (2014年1月15日), http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2014/140115-017.html 2014年2月8日閲覧。 
  10. ^ 『いいとも!』ギネス“W”で認定 タモリ、認定証を高く掲げ喜びオリコン、2014年3月31日
  11. ^ 「笑っていいとも!」25年連続同時間帯民放年間視聴率トップの快挙!
  12. ^ a b “たけしがいいとも出演「司会の話おれも来た」”. サンケイスポーツ. (2012年10月1日). http://www.sanspo.com/geino/news/20121001/owa12100113460003-n1.html 2012年10月12日閲覧。 
  13. ^ バイキング32年ぶり低視聴率2・7%日刊スポーツ、2014年4月16日閲覧。
  14. ^ 出典:当日の東奥日報(縮刷版)テレビ欄(弘前市立図書館で閲覧)から
  15. ^ 日刊ゲンダイ 2011年10月18日号 20世紀のスキャンダル史より
  16. ^ 過去には出演者全員をハワイに招待し、一週間だけ番組をハワイから生放送した。その他、国際スポーツフェア会場(国立代々木競技場)や1987年に開催されたフジサンケイグループのイベント『夢工場』の晴海会場、さらには一度だけタモリの地元である福岡から生放送したこともある。
  17. ^ 番組第1回放送日当日の新聞ラテ欄によると、「タモリのフランス料理教室」というサブタイトルで、「即興エンタテイナー・タモリ」という紹介文があった。
  18. ^ http://www.fujitv.co.jp/iitomo/ustream/index.html
  19. ^ “横澤彪さんを悼む 山藤章二、嵐山光三郎、タモリが語った秘話”. ZAKZAK. (2011年1月11日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20110111/enn1101111618011-n1.htm 
  20. ^ “10日ぶり「いいとも」復活 元気届ける”. サンケイスポーツ. (2011年3月22日). http://www.sanspo.com/geino/news/110322/gnj1103220506002-n1.htm 2011年3月22日閲覧。 
  21. ^ a b 「笑っていいとも」放送終了について”. テレビ山口 (2011年3月25日). 2011年3月27日閲覧。
  22. ^ 2011年3月21日から25日まではテレビ山口での放送が最終週、仙台放送での放送が休止(21日は福島テレビでも放送休止)となったほか、また3月11日に青森テレビでの放送が報道特別番組で休止となったため、30局ネットは実質上3月10日を以て最後となった。
  23. ^ テレビ山口における本番組終了と同時に、山口県は1993年4月 - 1997年3月までの山形県以来となるフジテレビ系帯番組が一切放送されない唯一の県となった(フジテレビ系列局が所在しない山梨県と徳島県では本番組は非ネットだが、本番組の直後番組である『ライオンのごきげんよう』は時差ネットしている)。
  24. ^ この日の正午に特別に作られた『デジタルウォッチング』が、AD隊(クルット&ハリー)、ナインティナインの岡村隆史、タモリで歌われる。
  25. ^ a b c READYMADE JOURNAL » NEWS!「笑っていいとも!」番組音楽の編曲を小西さんが手がけました!”. 2013年7月4日閲覧。
  26. ^ “『いいとも!』のお友達紹介が変更 タモリ自ら翌日ゲストを発表”. オリコン. (2012年4月9日). http://www.oricon.co.jp/news/movie/2009957/full/?cat_id=tw 2013年7月4日閲覧。 
  27. ^ “『FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 真夏の超団結特大号!! 徹夜でがんばっちゃってもいいかな?』記者会見” (プレスリリース), フジテレビジョン, (2012年5月24日), http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2012/120524-report.html 
  28. ^ “フジ「27時間テレビ」司会はタモリ!最年長大役に淡々と抱負”. スポーツニッポン. (2012年5月24日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2012/05/24/kiji/K20120524003317900.html 2012年5月25日閲覧。 
  29. ^ “さんま、いいとも伝説のコーナー17年ぶり復活”. サンケイスポーツ. (2012年11月30日). http://www.sanspo.com/geino/news/20121130/owa12113013420004-n1.html 2013年7月4日閲覧。 
  30. ^ 真紀和泉 (2012年12月12日). “【エンタがビタミン♪】“2012年12月12日12時12分12秒”に『いいとも』で記念企画。”. TechinsightJapan. http://japan.techinsight.jp/2012/12/20121212kinen-iitomo-20121212.html 2013年7月4日閲覧。 
  31. ^ “日本のお昼の顔『笑っていいとも!』が本日見事、放送7777回を迎えた。” (プレスリリース), フジテレビジョン, (2013年2月6日), http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2013/i/130226-i027.html 2013年7月3日閲覧。 
  32. ^ “みのもんた タモリと29年ぶり共演!かつては同時間帯のライバル”. スポーツニッポン. (2013年5月6日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/05/06/kiji/K20130506005748990.html 2013年7月3日閲覧。 
  33. ^ ““タモリ不在”いいともに異変、一部コーナーから姿消した理由は?”. ナリナリドットコム. (2013年7月2日). http://www.narinari.com/Nd/20130722139.html 2013年7月3日閲覧。 
  34. ^ 「笑っていいとも!」来年3月で終了 32年間の歴史に幕 スポーツニッポン 2013年10月22日閲覧
  35. ^ とんねるず 残り2ケ月半でレギュラー獲得 29年ぶり「いいとも!」で独壇場 スポーツニッポン 2014年1月14日閲覧
  36. ^ 萩本欽一、芸歴50年で「いいとも」初出演へ「テレフォン」にゲスト ORICON STYLE 2014年2月13日付
  37. ^ ナイナイ岡村、『いいとも!』不定期レギュラー獲得の裏話明かす「ホンマのガチ」 ORICON STYLE 2014年2月21日付
  38. ^ いいとも、携帯音でトーク中断 タモリがAD注意「何やってんだ!」 ORICON STYLE 2014年3月5日付
  39. ^ 江頭2:50:「いいとも」出禁解ける 13年ぶりに登場毎日新聞デジタル まんたんウェブ
  40. ^ 江頭2:50 出禁のいいともに乱入デイリースポーツ online
  41. ^ 『読売新聞』2014年3月22日付東京朝刊「「長続き秘訣聞きたい」 首相「いいとも!」出演」。
  42. ^ “「いいとも」出演・安倍首相 悪政ごまかし 笑っていい…わけない! アルタ前抗議行動 東京・新宿”. しんぶん赤旗. (2014年3月22日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-03-22/2014032215_02_1.html 2014年3月26日閲覧。 
  43. ^ BLOGOS編集部 (2014年3月21日). “【動画】「辞めろ!帰れ!!」"笑っていいとも!"出演の安倍首相に怒声 - BLOGOS”. 2014年3月21日閲覧。
  44. ^ タモリ、最後のテレフォンで「毎日朝から飲んで7月くらいに死ぬと思う」 サンケイスポーツ 2014年3月31日閲覧
  45. ^ “笑っていいとも! : 最終回視聴率16.3% 特番は平均28.1%、最高33.4%”. MANTAN WEB (毎日新聞). (2014年4月1日). http://mantan-web.jp/2014/04/01/20140401dog00m200006000c.html 2014年9月8日閲覧。 
  46. ^ “「録画視聴率」の指標登場 TV界の常識を激変させる可能性も (1/2ページ)”. ZAKZAK (夕刊フジ). (2014年7月29日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20140729/enn1407291545013-n1.htm 2014年9月8日閲覧。 
  47. ^ NEWポストセブン(2014年4月4日), いいとも終了の裏にタモリ妻の体調異変「妻のために生きる」(2014年5月16日閲覧)
  48. ^ いいとも論 別冊サイゾー 2014年 p169 - 176
  49. ^ 週刊朝日記事, dot, フジ社長人事が後押し? 「笑っていいとも!」終了の明かせぬ事情(2014年5月16日閲覧)
  50. ^ THE PAGE(2014年3月29日), 視聴率よりも視聴層に原因か?「いいとも!」終了の背景とは(2014年5月16日閲覧)
  51. ^ 2011年10月3日から2012年11月2日まで担当。
  52. ^ 後者は景山民夫との対談集『極楽テレビ』より。
  53. ^ a b 青森テレビはTBS系列
  54. ^ a b テレビ大分は日本テレビ系列とのクロスネット局
  55. ^ テレビ宮崎はフジテレビ系列をメインに、日本テレビ系列・テレビ朝日系列とのクロスネット局
  56. ^ 山形テレビのネットチェンジ直後の当該枠の番組は『人間探検!もっと知りたい!!』になったものの、皮肉にも山形テレビにおける本番組終了の2日後に終了したため、当該週の平日正午台の番組に(終)マークが2回もつく事態となった(『おはよう!ナイスデイ』 → 『モーニングショー』も同様)。
  57. ^ テレビ岩手はNNSマストバイ局、高知放送はNNS非マストバイ局。
  58. ^ 2008年4月から実施
  59. ^ 全てクレジット表記なし。
  60. ^ 上り線当SAにフジテレビショップが設置されているのは、施設運営がフジ・メディア・ホールディングス持分法適用関連会社であるフジランドによって行われているためである。一方の下り線海老名SAは、フジサンケイグループが施設運営に一切関与していないため、フジテレビショップは設置されていない。

関連番組[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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フジテレビ系列 平日12:00 - 12:55枠
前番組 番組名 次番組
笑ってる場合ですよ!
(1980年10月1日 - 1982年10月1日)
森田一義アワー 笑っていいとも!
(1982年10月4日 - 2014年3月31日)
バイキング
(2014年4月1日 - )
※11:55 - 13:00
フジテレビ 平日12:55 - 13:00枠
生活美人
(1983年4月 - 1984年3月)
森田一義アワー 笑っていいとも!
(1984年4月 - 2014年3月31日)
【5分拡大して継続】
バイキング
(2014年4月1日 - )
※11:55 - 13:00