羽生結弦

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Pix.gif 羽生結弦
Yuzuru HANYU
Figure skating pictogram.svg
Yuzuru Hanyu-Sochi 2014.jpg
2014年ソチ五輪の表彰式にて
基本情報
代表国: 日本の旗 日本
生年月日: 1994年12月7日(20歳)[1]
出生地: 宮城県仙台市泉区[1]
身長: 171 cm[2]
体重: 52 kg[2]
コーチ: ブライアン・オーサー(2012-)[3]
トレイシー・ウィルソン
元コーチ: 阿部奈々美(-2012)[4][5][6]
都築章一郎[6]、松田達義[7]、関徳武[7]
武者愛[4][5]
振付師: ジェフリー・バトル[6]
デヴィッド・ウィルソン[6]
元振付師: 関徳武[7]
阿部奈々美[4]
ナタリア・ベステミアノワ
イゴール・ボブリン
所属クラブ: 全日本空輸(ANA)[8]
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 293.25 2013 GPファイナル
ショートプログラム: 101.45 2014 ソチ五輪
フリースケーティング: 194.08 2014 GPファイナル
 
獲得メダル
フィギュアスケート
オリンピック
2014 ソチ 男子シングル
世界選手権
2012 ニース 男子シングル
2014 さいたま 男子シングル

羽生 結弦(はにゅう ゆづる、1994年平成6年〉12月7日[4][7] - )は、宮城県仙台市泉区出身の日本人フィギュアスケート選手(男子シングル)。愛称は「ゆづ」[※ 1]全日本空輸 (ANA) 所属[9]

主要な戦績として、2014年ソチオリンピック男子シングル金メダル。2014年世界選手権優勝。2013年2014年グランプリファイナル優勝。2010年世界ジュニア選手権優勝。

人物[編集]

仙台市立七北田小学校仙台市立七北田中学校東北高等学校を経て、早稲田大学人間科学部人間情報科学科通信教育課程(eスクール)在学中[10]

名前は「を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」と父が命名した[2][11]

演技前に必ず行う胸の前で十字を切るような動作は、実際には漢字の「士」の字を描いており、「ジャンプの回転軸と両肩を平行に保つ意識を確認する自己流のおまじない」である[12]

2歳の頃から喘息(ぜんそく)の持病があるため、体力や持久力の面で劣ると指摘されてきたが、吸入薬、鍼治療、冷気を避けるためのマスクなどの対策を続け、改善されつつある[13]

尊敬する選手はエフゲニー・プルシェンコジョニー・ウィアー荒川静香。 荒川は同じアイスリンク仙台で育ち、東北高、早稲田大でも先輩にあたる。彼女の得意技であるレイバック・イナバウワーを自身の演技に取り入れ、荒川へのリスペクトを示している。2002年ソルトレイクシティ五輪での演技を見て以来、エフゲニー・プルシェンコも尊敬しており、技の手本とするに留まらず、彼のマッシュルームカットまで真似した時期もある[14][15]。また、彼の得意技であるビールマンスピンを自身の演技に取り入れ、プルシェンコへのリスペクトを示している[16]。これに対し、プルシェンコも羽生を賞賛する言葉を数々述べている[※ 2][17][18][16][19][20]ジョニー・ウィアーも幼少期から憧れの選手に挙げており、現在いくつかの衣装デザインを手掛けてもらっている。

スケート技術[編集]

2種類の4回転ジャンプトウループサルコウ)を跳ぶが、最大の武器は確実に加点の付くトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)である[21][22]。 踏み切り直前に「カウンター」と呼ばれる難しいターンを行ったり、スプレッドイーグルからのトリプルアクセルは常に2~3点のGOE(出来栄え点)がつく[※ 3]。特に基礎点が1.1倍となる演技後半に組み込んだトリプルアクセルからのコンボは、4回転以上の強力な得点源となっている。また練習やアイスショーなどでは、3回転アクセル-3回転アクセル、4回転トウループ-3回転アクセルなども跳んでいる[23][24]フリップは踏み切りがアウトサイドになる癖がありエッジエラーの判定を受けていたが、2011-2012シーズンより矯正に成功している。

柔軟性の高さを生かしたスピンへの評価は総じて高く、殆どが最高評価の「レベル4」がつく[25]。ビールマンスピン[5]やドーナツスピン、レイバックイナバウアーを演技に取り入れている。小学生の頃は柔軟性を高めるために金粉入りの水を飲んでいた[26]ハイドロブレードも得意。

新たな4回転ジャンプや、4回転の連続ジャンプにも挑戦している。アクセル4分の1アンダー(回転不足)で転ぶくらいで、ある程度は回れる段階まできている[27]。 4回転ループは2014年4月9日のショーで成功させており、10月にクリケット・クラブに報道が入った際にも練習で跳んでいる映像が残っている。大会で認定されれば史上初となるが「まだ成功率が低いため、現段階では演技に取り入れる予定はない」と語っている[28]。また練習では4回転ルッツもおりているとのことである[29]

経歴[編集]

ジュニア以前[編集]

1998年の長野五輪フィギュアスケート競技では、日本代表7人中4人(田村岳斗本田武史荒川静香荒井万里絵)が仙台市の東北高等学校に在学中の高校生選手で、かつ、4人とも長久保裕コーチの教え子だった[30]。すると、仙台ではフィギュアスケートブームが起こり、長久保コーチや4選手が所属するダイエー系列のスケートリンク(現・アイスリンク仙台[※ 4]佐野稔が開催した子供スケート教室に姉が通い始め、その姉の影響により[6]羽生も4歳でスケートを始めた[1][2][31][32]。同じダイエー系列の新松戸アイスアリーナが2002年1月に閉鎖になると、同アリーナの都築章一郎コーチが仙台に移ってきて、小学2年から中学3年まで指導を受けた[33]

2004年12月にホームリンク[※ 4]が経営難で閉鎖されたため、勝山スケーティングクラブ(仙台市)に練習拠点を移した。2006年2月のトリノ五輪フィギュアスケート女子シングルで金メダルを獲得した荒川が、記者会見で仙台のアイススケート環境の悪化を懸念していると訴えて全国に報道されると、翌月の仙台市中心部での凱旋パレード[※ 5]および「県民栄誉賞」等授与、さらには長久保コーチと共に名古屋に移住せざるを得なくなった本郷理華(小学3年生:9歳)らの窮状を伝える全国放送[34]や地元マスメディアでの報道もあって環境改善の県内世論が喚起された。同年5月23日ミヤギテレビOH!バンデス[※ 6]にて小学6年生(11歳)の「天才スケート少年」として羽生の特集が組まれ[35]、(年齢的に出場可能となるソチオリンピックで)金メダルを目指すと発言。2007年3月には、荒川の発言を機に復活の道が開けたかつてのホームリンクがアイスリンク仙台[※ 4]として営業を再開し、羽生も練習拠点を同リンクに戻した。4月に入り、再開間もない同リンクを荒川が訪れると仙台放送情報ライブMovin'[※ 6]で生中継がなされ、荒川の子供スケート教室に参加した羽生が、荒川に指導されて五輪のメダルを目指す気持ちが高まった旨を語り、荒川の代名詞であるレイバック・イナバウアーを本人の前で初披露する模様が放送された。

2007-2008シーズン、まだノービスの選手(中学1年)ながら全日本ジュニア選手権で3位となる。ノービスの選手が全日本ジュニア選手権の表彰台に上がるのは日本男子史上初[36]

2008-2009シーズンからジュニアに上がり、ISUジュニアグランプリ (JGP)に参戦。全日本ジュニア選手権で初優勝を果たし、初出場となった全日本選手権では出場選手中最年少ながら8位に入る。世界ジュニア選手権でも大会最年少ながら12位となった。

2009-2010シーズン、初戦のJGP トルン杯でJGP初優勝。続くクロアチア杯でも優勝し、JGPファイナルでは史上最年少(14歳)で総合優勝を果たした[※ 7]。全日本ジュニア選手権では2連覇を達成し、全日本選手権ではショートプログラム13位から、フリースケーティングの演技後半に3回転アクセル-3回転トウループ-2回転トウループのコンビネーションジャンプを決めるなどして追い上げ、総合6位となった。世界ジュニア選手権ではフリースケーティングで大幅にパーソナルベストを更新して優勝。日本人男子としては初の中学生で、高橋大輔、織田信成、小塚崇彦に続く4人目の世界ジュニアチャンピオンになった[※ 8]。2010年4月、東北高等学校に進学。

シニア移行後[編集]

2010-2011シーズン、シニアデビュー戦となったISUグランプリシリーズNHK杯で、フリースケーティングで自身初となる4回転トウループを成功させ4位に入った。出場3回目の全日本選手権では4位となり、四大陸選手権の代表に選出された。2011年2月に開催された四大陸選手権ではショートプログラム、フリースケーティング共にパーソナルベストを更新する演技を見せ初出場ながら銀メダルを獲得、男子選手としては四大陸選手権史上最年少のメダリストとなった。

3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生。地震発生時には仙台市のアイスリンク仙台で競技の練習中であり、スケート靴を履いたまま外へ避難した。羽生本人や家族、阿部コーチやリンクメイトは無事であったが、同リンクは被災して営業休止になり、自宅も大きな被害を受けたため避難所で4日間過ごした[37]震災で多くの死者・行方不明者が発生し、大勢の避難者が避難所生活をしている中、スケート続けることへの疑問を抱いていたが、自身が在学する東北高校野球部が避難所でボランティアをしながら第83回選抜高等学校野球大会(春のセンバツ甲子園)に出場し、3月28日の初戦を全力で戦っている姿をテレビで観て、スケートへの意欲を取り戻した[38]兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)の41日前に生まれた羽生は、4月9日に開催された兵庫県スケート連盟主催「東日本大震災チャリティー演技会 ~復興の街、神戸から~」に招待され、東北高校の先輩の田村・本田・荒川らと演技を披露した[39]。4月からは、テクノルアイスパーク新井田(青森県八戸市)や、かつて師事した都築コーチがいる神奈川スケートリンク(神奈川県横浜市)を仮の拠点とし、復興支援目的のアイスショーへ多数出演して各地を転々としながら練習を続けた[37][40][41]7月24日、アイスリンク仙台が営業を再開したため、羽生も拠点を戻した。

世界選手権で初の銅メダル獲得[編集]

2011年中国杯でのビールマンスピン

2011-2012シーズン、9月にはネーベルホルン杯に出場し、シニアクラスの国際大会では初の優勝を果たす。ISUグランプリシリーズでは中国杯で4位に終わるも、続くロステレコム杯でグランプリシリーズ初優勝を果たし、ISUグランプリファイナル進出を決める。初のISUグランプリファイナルでは、総合得点でパーソナルベストを更新するが、1.73点の僅差で表彰台に届かず4位となる。全日本選手権では、ショートプログラムで4位と出遅れたが、フリースケーティングで1位となり総合3位、これにより自身初の世界選手権の代表に選出された。

世界選手権のショートプログラムでは7位と出遅れたものの、フリーでは中盤繋ぎの部分で転倒するアクシデントを起こしながらも巻き返し2位に躍進、初出場ながら総合で3位に入り、銅メダルを獲得した。[42]。特に技術要素点ではパトリック・チャン高橋大輔らを上回る今大会最高の点数をマークした[43]。なお17歳3ヶ月での世界選手権メダル獲得も、日本男子選手では羽生が最年少記録となった[※ 9]

2012年の4月にコーチをブライアン・オーサーに変更。夏からはオーサーの指導拠点となる「クリケット・クラブ」(Toronto Cricket Skating and Curling Club)があるカナダトロントに渡り練習を開始した[44]。羽生自身はオーサーの師事を決めた理由として、同じくオーサーの指導を受けることで4回転ジャンプの精度が上がったハビエル・フェルナンデスに着目し「自分の最大の武器である4回転が安定すれば、スケーティングや表現力など、他の部分も上達するチャンスが出てくると考えました。」と語っている[45]

全日本選手権初優勝[編集]

2012-2013シーズン。フィンランディア杯ではフリーでトゥループとサルコウの2種類の4回転ジャンプを成功させ優勝。グランプリシリーズでは初戦のスケートアメリカ、地元・宮城県で開催された第2戦のNHK杯と、2戦続けてショートプログラムで歴代最高得点を更新、GPファイナルでは2位となる。全日本選手権では初優勝を果たした。

四大陸選手権では、ショートプログラムでは1位だったものの、フリーでは4回転サルコウが2回転に、3回転ルッツが1回転になるミスがあり3位。総合得点では2位になった。しかし世界選手権では、2月からの体調不良と左膝の故障の影響からSPでは精彩を欠き9位と出遅れた。更にフリーの公式練習で右足首を故障したが、満身創痍で臨んだフリーでは3位となり、総合では日本男子最高の4位に入った(翌2014年2月開催のソチオリンピック男子シングル種目は、高橋大輔の6位との成績で最大の3枠を確保)[46]。左膝の故障の為、2013年世界フィギュアスケート国別対抗戦は辞退した[47]。2013年4月に早稲田大学に進学した。

GPファイナル初優勝・ソチ五輪選出[編集]

2013-2014シーズンを前に、2013年7月1日全日本空輸 (ANA) と所属契約した[48]。シーズンインするとフィンランディア杯で2年連続の優勝。スケートカナダエリック・ボンパール杯は共にパトリック・チャンに次ぐ2位。福岡市で開催された2013年GPファイナルではショートプログラムの歴代最高得点を更新、フリーでは自己ベストを大幅に更新し総合1位でGPファイナル初優勝を果たす。続く全日本選手権では2連覇[49]を達成し、ソチオリンピックに初選出された。

ソチオリンピックで金メダル獲得[編集]

ソチオリンピックで日本男子シングル史上初の金メダル獲得

2014年2月、ロシアで開催のソチオリンピック本番では、同大会から新種目としてスタートした団体戦でショートプログラム1位となるが、日本代表の最終結果は総合5位に留まった[50]

男子シングル個人種目では、ショートプログラムで完璧な演技を披露し101.45点をマーク、公式大会世界最高得点かつ、史上初の100点超えを達成し首位に立った。しかしフリースケーティングでは、冒頭の4回転サルコウで転倒、直後の4回転トウループは成功したものの、3回転フリップで再び着氷失敗。演技後半の3回転アクセルからのコンビネーションは2回共成功させたが、3回転ルッツ-1回転ループの直後3回転サルコウが認定されないなど不本意な演技となり、自己ベストには程遠い178.64点にとどまった[51]。フリー演技終了直後のインタビューでは「(体が)全然動かなかった。(本番直前の)6分間練習から焦っていた。はっきりいって自分の演技に満足していない。終わった後は、金メダルは駄目かなと思った」と語っていた[52]

SPで2位につけていたパトリック・チャン(カナダ)は羽生の直後に滑走。冒頭4回転-3回転トウループのコンビネーションを成功させるも、その後は単独の4回転トウループと3回転アクセルで手を着き、さらに終盤の2回転アクセルでもバランスを崩すなどの着氷ミスが続き、羽生のフリーの得点を上回れず銀メダルに終わった[53]。その後に滑走した2選手もメダル圏内には及ばず、結果羽生はフィギュアスケート男子シングルの種目において、日本人初(アジア人でも初)となる冬季オリンピックでの金メダルを獲得した[54][55][56]。表彰後のインタビューではシカゴ・トリビューンの記者フィリップ・ハーシュから東日本大震災についての質問を受け、「金メダルをとったからといって、復興に直接つながるわけではない。自分には何もできていないんだという無力感がある。でも、金メダリストになれたからこそ、これをスタートとして、復興のためにできることがあるんじゃないかと今は思っています。」と回答し、故郷への感謝を述べた[57][58]。この質問をしたハーシュは「僕にとってソチ五輪で最も忘れられない瞬間は、誰かが成したことではなく日本の羽生結弦が言ったことだ。」とツイートし[59]、「19歳とは思えない成熟と謙虚さ、細やかな感受性をもって、この勝利について語った。」と羽生を称える記事を書いた[60]。また同席していたニューヨーク・タイムズ の記者ジェレ・ロングマンは「金メダルの獲得こそが、羽生が前進するための出発点となるだろう。」と結ぶ記事で勝利を称えた[61][62]

2014年2月14日時点で羽生は19歳65日という年齢であり、フィギュアスケート男子シングルの金メダリストとしてはディック・バトンアメリカ合衆国)が1948年サンモリッツオリンピックで優勝した際の18歳202日に次ぐ史上2番目の年少記録となり、66年ぶり2人目の10代での金メダリストになった[63][64]。更にオリンピック初出場で金メダルを獲得したのは、ウルリッヒ・サルコウイリヤ・クーリックに次いで史上3人目。ソチオリンピックでは日本人唯一の優勝、また平成生まれの日本人として史上初の夏季・冬季を通して五輪の金メダル獲得となり、又さらに日本選手で過去冬季五輪の金メダリストは記念すべき10人目となった。

世界選手権初優勝[編集]

2014年3月、さいたま市で開催された世界選手権では、ショートプログラムで4回転トウループを転倒し3位と出遅れた。しかしフリースケーティングは、国際スケート連盟主催の大会で自身初の4回転サルコウジャンプを成功させる。その後3回転フリップでエッジエラー判定されたが、それ以外はほぼパーフェクトな演技で総合首位に。総合2位の町田樹を合計得点0.33点の僅差でかわし、逆転優勝を果たした。日本男子シングル種目では、2010年世界選手権の高橋大輔以来、4年ぶり2人目の世界チャンピオンとなる。さらに「GPファイナル・冬季オリンピック・世界選手権」の主要3大会を全て制しての3冠達成は、2001-2002年シーズンのアレクセイ・ヤグディン以来、男女シングルを通じて史上2人目の快挙となった[65]

2014-2015シーズン[編集]

フィンランディア杯は腰痛のために欠場。初戦となった中国杯ではショートプログラム2位スタート。フリースケーティング前の6分間練習で、中国の閻涵と衝突事故を起こした[66]。現場では米国の医師に応急処置を受け、頭部と顎にテーピングと包帯を施したままの状態で演技に臨んだ。ショッキングな流血事故を押しての出場は、当初脳震盪の可能性が疑われたため「危険だったのではないか」と賛否が分かれる事態に発展したが、驚異的な執念で最後までプログラムを滑りきり銀メダルを獲得した[67][68]。なお実際にはこの時羽生は頭部は打っておらず、医師の「脳震盪ではない」という診断を受け出場を決断したことが後日明らかとなっている。この演技終了後に顎を7針、頭を3針縫い、表彰式とエキシビションには出演せず翌日に帰国[69]。精密検査の結果、頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫で全治2~3週間と診断を受けた[70]。次戦のNHK杯は開催直前まで出場の可否が検討されていたが、最終的には出場し総合順位は4位となる[71]。この結果により、ISUグランプリシリーズポイントランキング6位となり、最下位でグランプリファイナルへと進出した。1番滑走で臨むことになったファイナルのショートプログラムでシーズンベストを記録し首位に立ち、フリースケーティングでは2種類の4回転を成功させ、自己ベストを更新[72]。日本男子初となる大会2連覇を達成、[73][74][75]事故を乗り越えての勝利を「存分に体を使える幸せを感じた。今スケートができることが一番の幸せ。」と語った[76]。続く全日本選手権では3連覇を達成したものの[77][78]、グランプリシリーズ時から断続的に続いていた腹痛の精密検査のため、エキシビションを欠場し緊急入院。「尿膜管遺残症」との診断結果により翌30日に手術を受けた。3連覇を達成した直後に、様々な困難を乗り越えた2014年について問われ「壁の先には壁しかない。課題を克服しても、人間は欲深いからまた超えようと思う。」と総括し、1年を締めくくった[79][80]。手術後は約2週間の入院および約1か月の安静治療が必要とされている[81]

主な戦績[編集]

大会/年 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10 2010-11 2011-12 2012-13 2013-14 2014-15
International Skating Union.svg 冬季オリンピック 1
International Skating Union.svg 世界選手権 3 4 1
International Skating Union.svg 四大陸選手権 2 2
全日本選手権 8 6 4 3 1 1 1
International Skating Union.svg GPファイナル 4 2 1 1
International Skating Union.svg GPNHK杯 4 1 4
International Skating Union.svg GP中国杯 4 2
International Skating Union.svg GPエリック杯 2
International Skating Union.svg GPスケートカナダ 2
International Skating Union.svg GPスケートアメリカ 2
International Skating Union.svg GPロシア杯 7 1
フィンランディア杯 1 1
ネーベルホルン杯 1
International Skating Union.svg 世界Jr.選手権 12 1
全日本Jr.選手権 7 3 1 1
International Skating Union.svg JGPファイナル 1
International Skating Union.svg JGPクロアチア杯 1
International Skating Union.svg JGPトルン杯 1
International Skating Union.svg JGPメラーノ杯 5
スケートコペンハーゲン 1 N
  • N = ノービスクラス

詳細[編集]

2014ソチオリンピック金メダル
(中央が羽生)
2014-2015 シーズン
開催日 大会名 ショート フリー 結果
2014年12月
25日-28日
第83回全日本フィギュアスケート選手権(長野)〔Result〕 1
94.36
1
192.50
1
286.86
2014年12月
11日-14日
International Skating Union.svg 2014/2015 ISUグランプリファイナル(バルセロナ)〔Result〕 1
94.08
1
194.08
1
288.16
2014年11月
28日-30日
International Skating Union.svg 2014/2015 ISUグランプリシリーズ NHK杯(大阪)〔Result〕 5
78.01
3
151.79
4
229.80
2014年11月
7日-9日
International Skating Union.svg 2014/2015 ISUグランプリシリーズ 中国杯(上海)〔Result〕 2
82.95
2
154.60
2
237.55
2013-2014 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年3月24日-30日 2014年世界フィギュアスケート選手権さいたま 3
91.24
1
191.35
1
282.59
2014年2月6日-22日 ソチオリンピックソチ 1
101.45
1
178.64
1
280.09
2014年2月6日-22日 ソチオリンピック 団体戦(ソチ 1
97.98
- 5
団体
2013年12月20日-23日 第82回全日本フィギュアスケート選手権さいたま 1
103.10
1
194.70
1
297.80
2013年12月5日-8日 2013/2014 ISUグランプリファイナル福岡 1
99.84
1
193.41
1
293.25
2013年11月15日-17日 ISUグランプリシリーズ エリックボンパール杯パリ 2
95.37
2
168.22
2
263.59
2013年10月25日-27日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダセントジョン 3
80.40
2
154.40
2
234.80
2013年10月4日-6日 2013年フィンランディア杯エスポー 1
84.66
1
180.93
1
265.59


2012-2013 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2013年3月10日-17日 2013年世界フィギュアスケート選手権ロンドン 9
75.94
3
169.05
4
244.99
2013年2月6日-11日 2013年四大陸フィギュアスケート選手権大阪 1
87.65
3
158.73
2
246.38
2012年12月20日-24日 第81回全日本フィギュアスケート選手権札幌 1
97.68
2
187.55
1
285.23
2012年12月6日-9日 2012/2013 ISUグランプリファイナルソチ 3
87.17
2
177.12
2
264.29
2012年11月23日-25日 ISUグランプリシリーズ NHK杯利府 1
95.32
1
165.71
1
261.03
2012年10月19日-21日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカケント 1
95.07
3
148.67
2
243.74
2012年10月4日-7日 2012年フィンランディア杯エスポー 2
75.57
1
172.56
1
248.13


2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2012年3月26日-4月1日 2012年世界フィギュアスケート選手権ニース 7
77.07
2
173.99
3
251.06
2011年12月22日-25日 第80回全日本フィギュアスケート選手権門真 4
74.32
1
167.59
3
241.91
2011年12月8日-11日 2011/2012 ISUグランプリファイナルケベック・シティー 4
79.33
3
166.49
4
245.82
2011年11月25日-27日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 2
82.78
2
158.88
1
241.66
2011年11月4日-6日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 2
81.37
4
145.16
4
226.53
2011年9月21日-24日 2011年ネーベルホルン杯オーベルストドルフ 1
75.26
1
151.00
1
226.26


2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年2月15日-20日 2011年四大陸フィギュアスケート選手権台北 3
76.43
3
151.58
2
228.01
2010年12月24日-27日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 2
78.94
4
141.12
4
220.06
2010年11月19日-21日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 6
70.24
6
132.42
7
202.66
2010年10月22日-24日 ISUグランプリシリーズ NHK杯名古屋 5
69.31
4
138.41
4
207.72


2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月8日-14日 2010年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ハーグ 3
68.75
1
147.35
1
216.10
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権大阪 13
57.99
5
137.23
6
195.22
2009年12月3日-6日 2009/2010 ISUジュニアグランプリファイナル東京 3
69.85
1
136.92
1
206.77
2009年11月21日-23日 第78回全日本フィギュアスケートジュニア選手権横浜 1
76.00
2
118.15
1
194.15
2009年10月7日-10日 ISUジュニアグランプリ クロアチア杯ザグレブ 1
70.78
1
130.37
1
201.15
2009年9月9日-13日 ISUジュニアグランプリ トルン杯トルン 1
66.77
1
131.88
1
198.65


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年2月23日-3月1日 2009年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ソフィア 11
58.18
13
103.59
12
161.77
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権長野 8
64.50
5
117.15
8
181.65
2008年11月21日-23日 第77回全日本フィギュアスケートジュニア選手権名古屋 4
57.25
1
124.92
1
182.17
2008年9月3日-7日 ISUジュニアグランプリ メラーノ杯メラーノ 6
51.06
4
95.62
5
146.68


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年11月24日-25日 第76回全日本フィギュアスケートジュニア選手権仙台 7
49.55
1
111.47
3
161.02


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2006年11月25日-26日 第75回全日本フィギュアスケートジュニア選手権広島 18
38.80
4
90.16
7
128.96


プログラム使用曲[編集]

シーズン SP FP EX
2014-2015[82][83] バラード第1番ト短調
作曲:フレデリック・ショパン
振付:ジェフリー・バトル
オペラ座の怪人
作曲:アンドルー・ロイド・ウェバー
振付:シェイ=リーン・ボーン
花は咲く
ボーカル:指田郁也
振付:阿部奈々美

The Final Time Traveler
ボーカル:サラ・オレイン
振付:宮本賢二
2013-2014[84] パリの散歩道
曲:ゲイリー・ムーア
振付:ジェフリー・バトル
映画『ロミオとジュリエット』より
作曲:ニーノ・ロータ
振付:デヴィッド・ウィルソン
練習曲第12番 嬰ニ短調「悲愴」
作曲:アレクサンドル・スクリャービン
編曲:トルガ・カシフ
演奏:マキシム
振付:阿部奈々美

ノートルダム・ド・パリ
作曲:リカルド・コッチアンテ
振付:デヴィッド・ウィルソン

Story
ボーカル:AI
振付:宮本賢二

ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
映画『ロミオ+ジュリエット』より
映画『Plunkett & Macleane』より
作曲:クレイグ・アームストロング
振付:阿部奈々美

花になれ
曲:指田郁也
振付:宮本賢二
2012-2013 ノートルダム・ド・パリ
作曲:リカルド・コッチアンテ
振付:デヴィッド・ウィルソン
花になれ
曲:指田郁也
振付:宮本賢二
ハロー・アイ・ラヴ・ユー
曲:ドアーズ
振付:カート・ブラウニング
2011-2012 練習曲第12番 嬰ニ短調「悲愴」
作曲:アレクサンドル・スクリャービン
編曲:トルガ・カシフ
演奏:マキシム
振付:阿部奈々美
映画『ロミオ+ジュリエット』より
映画『Plunkett & Macleane』より
作曲:クレイグ・アームストロング
振付:阿部奈々美
ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
サムバディ・トゥ・ラヴ
曲:ジャスティン・ビーバー
ヴァーティゴ
曲:U2
2010-2011 ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
振付:阿部奈々美
ツィゴイネルワイゼン
作曲:パブロ・デ・サラサーテ
振付:阿部奈々美
ヴァーティゴ
曲:U2
2009-2010 ザ・ベイト
ベア・アイランド
映画『ミッション:インポッシブル2』より
作曲:ハンス・ジマー
振付:阿部奈々美
パガニーニの主題による狂詩曲
作曲:セルゲイ・ラフマニノフ
振付:阿部奈々美
CHANGE
ボーカル・演奏:MONKEY MAJIK+吉田兄弟
2008-2009[4][85] ボレロ
映画『ムーラン・ルージュ』より
作曲:スティーブ・シャープルズ
振付:阿部奈々美[85]
2007-2008 シング・シング・シング
作曲:ルイ・プリマ
振付:阿部奈々美[85]
火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:阿部奈々美[85]
アマゾニック
作曲:Tonci Huljic 演奏:マキシム
死の舞踏
作曲:Franz Liszt 演奏:マキシム
2005-2006[7] - サマーストーム
「四季」より「夏」
作曲:ヴィヴァルディ
編曲・演奏:川井郁子
-

受賞・栄誉等[編集]

日本政府
日本オリンピック委員会
日本スケート連盟
  • JOC杯(最優秀選手賞)(2014年)[89]
マスコミ
自治体
世界記録

CM[編集]

関連出版物[編集]

書籍
  • 蒼い炎(2012年4月20日、扶桑社
写真集
  • YUZURU 羽生結弦写真集(2014年10月24日、集英社
映像作品

趣味・嗜好[編集]

好きなアーティストとしてポルノグラフィティHi-Fi CAMP(羽生の地元である仙台出身)、BUMP OF CHICKENThe Sketchbookなどを挙げている[2][111][112]。2014年2月6日、羽生がファンであると公言するHi-Fi CAMPの元メンバーが所属するパンダライオンが制作した羽生の応援歌「夢に描くキセキ」にのせて、羽生の地元・仙台にゆかりのある多数の著名人や羽生に関わりのある人物など総勢145名が、自筆メッセージを書いた紙を手に持って出演する動画『羽生結弦応援PROJECT「仙台が繋いだキズナ」』がYouTube上に投稿された[110]。この動画は羽生も閲覧していると発言しており、コメント欄を通じて応援メッセージを羽生に届ける場となっている[110]。金メダル獲得後は、祝福が綴られる場となっている。

音質に拘るオーディオマニアで、イヤホンを収集している[113]。普段から約50本のイヤホンを用途に応じて使い分けており[114]、最も高いイヤホンは自身の耳の型を取った特注品で約22万円[115]

プロ野球では楽天イーグルスも応援しているが、楽天が存在しなかった幼少期から広島東洋カープのファンであり、憧れの選手は前田健太である。小学生当時は「野球をやりたい」と思った時期もあったとのこと[2][116]

「いつも変わらないあの表情をみるとリラックスできるから」との理由でくまのプーさんを好んでいる。また、フィギュア選手の練習に欠かせないティッシュもプーさんのケースに入れ、ほぼ毎回試合の際に持参している。[117][118]

その他[編集]

  • 東日本大震災の復興支援ソング『花は咲く』にあわせた演技が2014年6月25日よりNHKで放送された。またこの演技のメイキングとなるドキュメンタリー番組も放送された[83]。さらに2014年の「NHK杯国際フィギュアスケート競技大会」(なみはやドーム)のエキシビションにおいて羽生が披露した演技に、別角度から撮影した映像や練習風景などを加え、再編集を行った「羽生結弦 世界へ届ける「花は咲く」」が2014年12月より放送された。[119]第65回NHK紅白歌合戦」では、緊急手術のため入院中だった羽生のコメントを櫻井翔が読み上げ、見舞いの言葉を述べたのち、徳永英明が『花は咲く』を歌唱。徳永の背後のスクリーンに羽生が滑る映像を流すという演出がなされた。[120]
  • スケート靴の調整は、中学生の頃から仙台市に工房を構える阿部年伸(阿部奈々美の夫)が担当している[121]。海外に拠点を移してからも小包で送るか帰国時に持ち込んで調整を依頼しており、工房でも羽生専用の研磨機を用意して対応している[122]
  • ソチ五輪のSPで使用したゲイリー・ムーアの「パリの散歩道」(Parisienne Walkways) が、団体SPの翌2月8日から16日までレコチョクデイリーランキングの洋楽ロック部門で1位になった[123]。また、同曲が収録されたムーアのベスト盤CDが、アマゾンの通販サイトにおいてベストセラーチャート「ハードロック部門」で1位になった[123]
  • 2014年7月16日に発売された初の映像作品「覚醒の時」は初週売り上げ2.1万枚を記録し、オリコン週間DVDランキングで最高位1位を記録した。スポーツ選手のDVDが総合1位となるのは1999月4月のDVDランキング開始以来史上初となった。また、同時発売のBlu-ray Discもオリコン週間Blu-rayランキングの総合3位となっており、こちらもスポーツ関連Blu-ray Discとしては、DVD同様に歴代最高位と歴代最高初週売上枚数となった。[124]
  • 2014年10月24日に発売されたファースト写真集「YUZURU 羽生結弦写真集」は初週売り上げ2.3万部を記録し、オリコン週間ランキング写真集部門とスポーツ関連部門で1位を獲得、BOOK(総合)部門では2位にランクインし、スポーツ選手写真集のBOOK(総合)部門獲得順位と週間売上部数の両記録で歴代トップとなった。[125]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2014年流行語大賞候補ノミネート語。
  2. ^ プルシェンコは、2012年に「彼を見ていると昔の自分を思い出す。まだ17歳だが、私が見る限り彼がナンバーワンだ。」と語り、2014年ソチ五輪時には「私は彼のヒーローだったかもしれないが、今は彼が私のヒーローになっている」と語り、羽生の金メダル獲得後はTwitter上で「私のアイドル。よく頑張った。彼は天才だ」と勝利を称えた。2014年にゼビオアリーナ仙台で開催された凱旋公演で共演した際には、プルシェンコが羽生に花束を渡し祝福する一幕などが見られた。
  3. ^ 例として2014年世界選手権SP後半のGOE加点2.86 (PDF)2014年中国杯SPのGOE加点3点満点 (PDF) など
  4. ^ a b c 羽生の住居から徒歩圏にある。
  5. ^ 羽生結弦に聞く 4回転×3回「可能性ゼロではない」(朝日新聞 2014年4月11日) … 羽生も観客の立場で荒川のパレードを観覧した。
  6. ^ a b 在仙台局の夕方ワイド番組
  7. ^ 日本人選手の優勝は2005-2006シーズンの小塚崇彦以来2人目。
  8. ^ 2002年高橋大輔2005年織田信成2006年小塚崇彦に続く4人目
  9. ^ 以前は本田武史2002年世界選手権で銅メダルを獲得した当時で20歳11ヶ月だった。尚、世界の最年少記録はプルシェンコの15歳4か月である。

出典[編集]

  1. ^ a b c 『蒼い炎』p168
  2. ^ a b c d e f 羽生、男子史上初の金!!歴史の扉開いた19歳/フィギュア (5/5ページ) - サンケイスポーツ、2014年2月17日更新
  3. ^ 金妍児育てたブライアン・オーサー氏、羽生のコーチに『産経ニュース』2012年4月25日
  4. ^ a b c d e 『PASON 2009 フィギュアスケート男子シングルフォトブック』双葉社、2009年2月、p.119
  5. ^ a b c 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.32
  6. ^ a b c d e 国際スケート連盟による羽生結弦のバイオグラフィー
  7. ^ a b c d e 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.44
  8. ^ フィギュアスケート 羽生結弦選手全日本空輸(ANA)、2014年4月16日閲覧。
  9. ^ フィギュアスケート・羽生結弦選手との所属契約締結について、全日空輸広報部、2013年7月1日
  10. ^ フィギュアの羽生結弦、来年早大に進学”. スポニチ (2012年12月23日). 2012年12月23日閲覧。
  11. ^ 「羽生結弦、世界ジュニア逆転V!」 - スポーツ報知、2010年3月12日更新
  12. ^ スケート、ルール変更で羽生結弦選手の「おまじない」が見られなくなる? 、2014年10月31日更新
  13. ^ 「けがなく成長」 羽生、体の弱さと向き合い頂点へ
  14. ^ 羽生、金メダルへの道「類いまれな表現力ある子だった」産経ニュース、2014年2月15日
  15. ^ 羽生、カナダで支えたのはおふくろの味/フィギュアサンスポ、2014年2月16日
  16. ^ a b プルシェンコ、羽生のコーチに名乗り「可能性は確かにある」スポニチ、2014年2月16日
  17. ^ 2012年2月2日 共同通信インタビュー
  18. ^ 「“本当の1位”の味を知りたい」羽生選手が著書で語った理想の王者像(日刊SPA! 2014年2月19日)
  19. ^ 皇帝・プルシェンコ「ユヅルは私のアイドル」 ツイッターで羽生祝福産経ニュース、2014年2月15日
  20. ^ 羽生スマイル、仙台凱旋 プルシェンコ選手も出演河北新報 2014年6月14日)
  21. ^ 羽生のトリプルアクセル
  22. ^ 男子フィギュアスケート界に新たな歴史を刻んだ羽生結弦
  23. ^ 『Cutting Edge 2011 +Plus』p65、スキージャーナル株式会社
  24. ^ Sell it Hanyu, sell it! - Universal Sports、2011年9月14日更新
  25. ^ 元フィギュア選手が語る羽生結弦のすごさ - 加点を取れる質の高いジャンプ - マイナビニュース
  26. ^ フィギュア四大陸選手権で2位と大活躍した羽生結弦選手の素顔に迫りました。 - FNNニュース、2011年2月23日更新
  27. ^ 羽生“新ジャンプ”開発「初めて跳んだ人になりたい」(東スポWeb  2014年2月23日)
  28. ^ ループを跳んでいる映像を記録した報道番組で「ループを演技に取り入れるか?」と聞かれたことに対する本人の弁
  29. ^ 【一問一答】SP首位の羽生「すごく緊張した」
  30. ^ フィギュア三都物語@仙台(上) 指導者が泣いた日 / 「最高のプレゼント」(中日新聞 2013年8月27日)
  31. ^ <フィギュアスケート> 羽生結弦 金メダルの裏に橋本団長の喝!(THE PAGE 2014年2月15日)
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  33. ^ 羽生結弦 金メダルの陰に「夢捨てて支えてくれた姉の存在」【羽生結弦】女性自身 2014年2月18日)
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  40. ^ 羽生選手の八戸への“凱旋”心待ちデーリー東北 2014年2月16日)
  41. ^ 『Cutting Edge 2011 +Plus』p59, スキージャーナル株式会社
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  43. ^ 世界フィギュア:羽生、フリーで高橋上回り「びっくり」 - 毎日新聞、2012年4月1日
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  62. ^ NYタイムズの羽生結弦の金メダル獲得報道記事が、いい話で泣ける
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  65. ^ 気迫の3冠!プリンス羽生結弦が見せた王者の輝き
  66. ^ 羽生結弦の事故を教訓に、今すべきこととは?
  67. ^ 「流血」羽生結弦に日の丸背負う不屈の“闘志”を見た
  68. ^ 羽生結弦が見せた王者の誇りと、男子フィギュア最悪の事故の背景。
  69. ^ 羽生結弦、あご7針・頭3針縫う 9日に帰国し精密検査
  70. ^ 羽生 検査結果は頭部挫創などで全治2~3週間
  71. ^ 羽生NHK杯強行出場 きょう非公式練習
  72. ^ 羽生 大差V2、完全復活の舞 完璧4回転連発「I did it」
  73. ^ 2連覇・羽生結弦の飽くなき挑戦。今季最高得点も「まだ完璧じゃない」。
  74. ^ 言葉で読み解く羽生結弦の「本質」。理想を追う様は、まさに形而上学?
  75. ^ 羽生ファイナル連覇 「サルコー跳んだ瞬間 きた!」
  76. ^ 羽生結弦が2連覇「今、スケートができることが一番の幸せ」
  77. ^ 羽生、全日本3連覇達成!今年ラスト演技で圧巻の舞い!
  78. ^ 羽生結弦が全日本選手権3連覇 フィギュア男子
  79. ^ 羽生勝って名言「壁の先には壁しかない」
  80. ^ 羽生手術 入院2週間&1カ月は絶対安静…3月世界選手権ピンチ
  81. ^ 羽生結弦、尿膜管遺残症で手術 1カ月の安静必要
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  87. ^ 春の褒章発表 羽生結弦さんらに紫綬褒章
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  89. ^ 羽生がJOC杯受賞「光栄で誇りに思う」
  90. ^ フィギュア羽生が満票で初受賞 スケーター・オブ・ザ・イヤー
  91. ^ 震災越え、歴史刻んだ 羽生に朝日スポーツ賞
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  93. ^ 毎日スポーツ人賞:グランプリに羽生結弦さん…受賞者決定
  94. ^ 第33回NumberMVP賞は羽生結弦選手に決定!
  95. ^ 羽生結弦、内村航平がテレビ朝日ビッグスポーツ賞を受賞
  96. ^ 第64回河北文化賞に羽生選手ら
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]