冨田勲
| 冨田勲 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1932年4月22日(79歳) |
| 学歴 | 慶應義塾大学文学部卒業 |
| 出身地 | |
| ジャンル | 映画音楽 電子音楽 テレビドラマ主題曲 |
| 職業 | 作曲家、編曲家、シンセサイザー奏者、シンセサイザー音楽作家 |
| 担当楽器 | シンセサイザー |
| 活動期間 | 1956年 - |
| 著名使用楽器 | |
| モーグ・III-p フェアライトCMI シンクラヴィア |
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冨田 勲(とみた いさお、1932年4月22日 - )は、日本の作曲家、編曲家、シンセサイザー奏者である。
目次 |
[編集] 概要
1950年代、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家として活動を始め、NHKや民放における数々のテレビ番組、また映画や手塚治虫のアニメーションなど多くの作品で音楽を担当した。特に大河ドラマやNHK番組、虫プロアニメの主題曲、BGMには名曲が多く、繰り返し単独やオムニバスでレコードやCDが発売されて今なお愛され続けている。
初期のころにおいては、作曲家として活動する一方、従来のオーケストラという演奏形態に飽きたらず、新たに出現してきた電子機器と古典的な楽器を融合させるなど、様々な音楽の可能性を追求した。その後1969年にモーグ・シンセサイザーと出会ったことが転機となり、これ以降は古典的名曲をシンセサイザーによって現代的な解釈を加えて発表するという活動が中心となった。「イサオ・トミタ」の名は、広く世界に知られている[1]。
[編集] 来歴
東京都杉並区生まれ[2]。紡績会社の嘱託医だった父の転勤で、四歳から中国青島、山口県防府市、中国北京で過ごす[2]。1939年帰国し、小・中学時代は父親の実家の愛知県岡崎市に住む。愛知県立岡崎高等学校から慶應義塾高等学校に編入する[3]。慶應義塾大学文学部卒業の異色の作曲家といえる。
妻は往年の歌手本間千代子の姉明子。実弟の冨田稔は医学博士、冨田病院院長、慶應義塾大学客員教授。息子の冨田勝は、慶應義塾大学医学部および環境情報学部の教授。
[編集] 学生時代
作曲は独学であったが、高校2年からは平尾貴四男、小船幸次郎に師事。大学では文学部で美学美術史を専攻、その傍らで弘田龍太郎に音楽理論を学ぶ。大学2年で、朝日新聞社主催の全日本合唱連盟のコンクール用課題曲募集に合唱曲「風車(ふうしゃ)」を応募し、1位となる。これによって作曲家の道を歩む決意を固め、在学中からNHKの音楽番組の仕事をはじめ、作曲活動に入る。1955年に大学を卒業する。
[編集] 作曲活動の草創期
1956年のメルボルンオリンピックに参加した日本女子体操選手のための伴奏音楽の作曲や、日本コロムビアでの学校教材用のレコード、森永製菓などコマーシャル音楽の編曲を手掛け、プロの音楽家として活動を始める。NHKのテレビ番組『新日本紀行』、『きょうの料理』、大河ドラマ(池辺晋一郎と並んで最多の5作品を担当)の音楽の作曲、手塚治虫原作のTVアニメ『ジャングル大帝』、『リボンの騎士』、放送・映画・アニメ・ドキュメンタリー・イベント・舞台・学校教材・コマーシャルソングなど、膨大な数の作品を世に送り出す。
[編集] シンセサイザーとの出会い
1969年に、大阪万博の東芝IHIのパビリオンの音楽を録音するため、大阪に滞在した。訪れた輸入レコード店で、モーグ・シンセサイザー (MOOG III-C) を全面的に用いて作成されたワルター・カーロス(現在はウェンディ・カルロス)の『スイッチト・オン・バッハ』と出会い、これこそ求めているものだと直感した。1971年秋頃、モジュラー式のモーグ・シンセサイザー(モーグIII-P画像)を日本で初めて個人輸入した[4]。その後、自宅にマルチトラックレコーダーも備える電子音楽スタジオを設置し、電子音による管弦楽曲の再現を試行錯誤しながら、数々の作品を作曲・編曲した。この時期から映像音楽作品にも、シンセサウンドを多く用い始めた。
[編集] シンセサイザー音楽作家としての活動
1974年、1年4か月[5]を費やしたシンセサイザー音楽作品としてのデビュー・アルバム『月の光』を制作。このアルバムのリリースを日本の各レコード会社にもちかけたが、「クラシックでもポピュラーミュージックでもなく、レコード店に置く場所がない」などという理由ですべて断られた。したがって、米RCAレコード[6]からリリースすることになり、1975年1月18日付けのビルボード(クラシカル・チャート)で2位にランクされた。同年、日本人として初めてグラミー賞にノミネートされ[7]、逆輸入される形で日本でも知られるようになった。さらに、次作の『展覧会の絵』やその2作後の『惑星』で、ビルボードで1位にランキングされ[8]、以降『バッハ・ファンタジー』(1996年)まで、いずれも世界的なヒットを記録している。冨田のシンセサイザー作品群は、すべての音色づくりはもちろん、全パートの演奏と録音も冨田自身が一人で制作したものであり、現在主流となるパーソナルスタジオでの音楽制作の先駆けといえる。
ここで教えを受け、助手として働いた松武秀樹は、後にイエロー・マジック・オーケストラにおいて、第4のメンバーとして、シンセサイザー・マニピュレーターという役割に就いた。海外ではスティービー・ワンダーが来日した時、最も尊敬している音楽家として冨田の名前を挙げている(後に長良川でのサウンドクラウドに登場している)。マイケル・ジャクソンも、来日した際、冨田のスタジオを訪問したことがあった。また、『惑星』の立体音響に深く感銘したフランシス・フォード・コッポラ監督は、映画『地獄の黙示録』の音楽を冨田に要請したが、契約の都合で実現には至らなかった。
1979年には日本武道館で、ピラミッド・サウンドによる立体音響ライブ「エレクトロ・オペラ in 武道館」(小松左京プロデュース)を開催。1980年にはジャパンレコード(現・徳間ジャパンコミュニケーションズ)の社長に就任。しかし、アーティストとしてはRVC(現・BMG JAPAN)所属のままであった(その後も徳間ジャパンからのリリースはなかった)。1984年オーストリアのリンツでドナウ川両岸の地上・川面・上空一帯を使って超立体音響を構成し、8万人の聴衆を音宇宙に包み込む壮大な野外イベント「トミタ・サウンドクラウド(音の雲)」と銘打ったコンサートを催す。以後、世界各地で展開してきた。ドナウ川では「宇宙讃歌」、ハドソン川で「地球讃歌」、長良川で「人間讃歌」を成功させ、共感するミュージシャンとともに、音楽を通じた世界平和を訴え続けてきた。
1998年には、伝統楽器とオーケストラ、シンセサイザーによる『源氏物語幻想交響絵巻』を作曲。東京、ロサンゼルス、ロンドンで初演、自ら指揮棒を振った。2001年には、東映50周年記念作品『千年の恋 ひかる源氏物語』を作曲。また、東京ディズニーシー・アクアスフィアのための3面立体音響シンフォニーを手掛ける。
2002年には、作曲活動50周年、シンセサイザーでの音楽制作30周年の節目の年を迎えた。2005年3月開催の愛・地球博(愛知万博)の公式催事である前夜祭セレモニーをプロデュースした。
[編集] 近年
近年は、これまでのシンセサイザー・アルバムを5.1チャンネルサラウンドで製作し、完結することに主眼を置いている[9]。映画では手塚治虫原作の『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』、山田洋次監督による『隠し剣 鬼の爪』、『武士の一分』、『母べえ』の音楽を手がける。また、2006年10月には、奥三河の霊山である鳳来寺山の鏡岩の反射音を利用した立体音響による『仏法僧に捧げるシンフォニー』を発表。2007年6・7月にはNHKの『みんなのうた』で「鳳来寺山のブッポウソウ」として放送された。
後進の育成には特に力を注いでいる。尚美学園大学大学院教授として「冨田研究室(トミタメソッド)」を開設し、1952年以来半世紀余りの間、音楽界やメディア界の第一線で活躍した豊富な経験を、若手に伝承している。
[編集] トミタサウンド
[編集] 音作りの手法
『冨田勲の世界』というアルバム(未CD化)で、音作りの一部が公開されている。
同じメロディを何十回も多重録音し、大規模な弦楽セクションの様な演奏を作り出す、というような気の遠くなるような作業によって、重厚なサウンドが作られている。「一度録音した音をコピーしてもいいのだが、一回一回手で弾いて重ねた方が音に厚みが出る」とは、同アルバムの中に記載されているコメントである。
映画「風の又三郎 ガラスのマント」で音楽を共同で担当した、国本佳宏のコメントによると「一つの音で最低100回は重ねていた。地方のオーケストラの一番後ろに座っているようなバイオリニストの音まで忠実に音を重ねていた。」と述べている。
『惑星』の冒頭のロケット発射の効果音を作る際、発射のカウントダウンの声をおもちゃのトランシーバーを通して録音し、わざとノイズが混じるようにしている。この様に、「ハイファイな音だけでなく、ローファイな音も使える」という考え方を持っている。
[編集] キャラクター
冨田勲の音楽では、アルバムの演奏の随所に顔を出すお馴染みの音色がある。ある作品の音色が別の作品の脇役として登場する演出が少なくない。これは、手塚漫画におけるスター・システムの手法をサウンドに取り入れたものである。冨田は試行錯誤しながら自分で作ったこれらの音色に対して、わが子のように愛着のある連中だという。主なキャラクターに、「パプペポ親父」、「口笛吹き」、「少女のハミング」、「女神のソプラノ」、「森のコーラス」等と名付けている。
また、冨田が100%自在に操ることのできる専属のデスクトップ・オーケストラを、「プラズマ・シンフォニー・オーケストラ(PSO)」と表現しており、シンセのそれぞれの音色を構成するモジュールを楽団員として扱っている。
[編集] 主な作品
[編集] NHK大河ドラマ
[編集] ドキュメンタリー
- 日本の素顔(1957年11月 - 1964年、NHK)
- 現代の映像(1964年4月 - 1971年、NHK)
- 新日本紀行(旧テーマ曲)(1963年10月 - 1969年3月、NHK)
- 新日本紀行(新テーマ曲)(1969年4月 - 1982年3月、NHK)
- 新日本紀行ふたたび(2005年4月 - 、NHK)
[編集] 時代劇
- 文五捕物絵図(1967年4月 - 1968年10月、NHK)
- 柳生十兵衛(1970年、フジテレビ)
- 大忠臣蔵(1971年1月 - 12月、NETテレビ)
- 無宿侍(1973年10月 - 12月、フジテレビ)
- 唖侍 鬼一法眼(1973年10月 - 1974年3月、日本テレビ)
- 幡随院長兵衛(1974年4月 - 10月、毎日放送)
- 座頭市物語(1974年10月 - 1975年4月、フジテレビ)
[編集] ドラマ
- 2つの橋(1962年 NHK)
- プロファイター(1969年1月 - 3月、日本テレビ)
- かあさんの四季(1972年10月 - 1973年9月、フジテレビ)
- だいこんの花(1970年 - 1977年、テレビ朝日)
- 国境のない伝記(1973年、NHK)
- 銀河テレビ小説No.11「波の塔」(1973年、NHK) ※テレビドラマでシンセサイザー初使用
- 銀河テレビ小説No.17/つらつら椿(1973年、NHK)
- オアシスを求めて(1985年、NHK)
- ザ・デイ その日〜1995年・日本(1985年 - 1986年、NHK)
- ミツコ 〜二つの世紀末(1987年、NHK)
- 風光る剣(1997年、NHK)
- 聖徳太子(2001年、NHK)
[編集] 人形劇・特撮
- 宇宙船シリカ(1960年10月 - 1962年3月、NHK)
- 銀河少年隊(1963年4月 - 1965年4月、NHK)
- 空中都市008(1969年4月 - 1970年4月、NHK)
- キャプテンウルトラ(1967年4月 - 9月、TBS)
- マイティジャック(1968年4月 - 6月、フジテレビ)
- 恐怖劇場アンバランス(1969年制作・1973年放映、フジテレビ)
[編集] アニメ
- アラビアンナイト・シンドバッドの冒険(1962年)
- ビッグX(1964年8月 - 1965年9月、TBS)
- 新宝島(1965年1月、フジテレビ)
- ガリバーの宇宙旅行(1965年、東映動画)
- 宇宙人ピピ(1965年4月 - 1966年3月、NHK)
- 戦え!オスパー(1965年12月 - 1967年10月、日本テレビ)
- ジャングル大帝(1965年10月 - 1967年9月、フジテレビ)
- リボンの騎士(1967年4月 - 1968年4月、フジテレビ)
- どろろ(1969年4月 - 9月、フジテレビ)
- 千夜一夜物語(1969年)
- クレオパトラ(1970年)
- 劇場版 ジャングル大帝
- オサムとムサシ
- ブラック・ジャック ふたりの黒い医者(2005年)
そのほか、実験アニメの音楽や編曲など。
[編集] ニュース
- ニュースブリッジ(NHK)
- ニュースセンター9時(NHK)
- ニュースワイド(NHK)
- ニュース解説(1978年頃 NHK)
- 7時のニュース(1986年4月 - 1988年3月 NHK)
[編集] その他の番組
- きょうの料理(1957年11月 - 、NHK)
- きょうの健康(1967年4月 - 、NHK教育)
- 70年代われらの世界(1970年 - 1975年、NHK) - テーマ曲『青い地球は誰のもの』
- みんなのせかい(1972年4月11日 - 1985年3月、NHK教育)
- 訪問インタビュー(1982年 - 1985年、NHK) - 原曲:J.S.バッハ 2声のインヴェンション第13番イ長調 BWV.784
- NHKスペシャル「太郎の国の物語」(1989年、NHK)
- 大モンゴル(1992年、NHK)
- 街道をゆく(1997年 - 2000年、NHK) - NHKスペシャル版・教育テレビ版とも
- 永遠のアトム 手塚治虫物語(1999年4月 テレビ東京)
- アジア古都物語(2002年 NHK)
- あの人に会いたい(2004年 - NHK教育)
- NHKスペシャル「復活 ~山田洋次・SLを撮る~ 」(2011年、NHK)
[編集] 映画音楽
- 警視庁物語シリーズ(1959年 - 1962年)
- 飢餓海峡 (1965年)
- 黒蜥蝪(1968年)
- 日本暗殺秘録(1969年)
- 座頭市と用心棒(1970年)
- しなの川 (1973年)
- ノストラダムスの大予言(1974年)
- 夜叉ケ池(1979年)
- 風の又三郎 ~ガラスのマント(1989年)
- 学校シリーズ(1993年 - 2000年)
- 千年の恋 ひかる源氏物語(2001年)
- たそがれ清兵衛(2002年)
- 隠し剣 鬼の爪(2004年)
- 武士の一分(2006年)
- 母べえ(2008年)
- おとうと(2010年)
[編集] 童謡
- どこまでも駆けてゆきたい (作詞:谷川俊太郎)
- ネコのめ (作詞:香山美子)
- ふうせんはプン (作詞:香山美子)
- ポワポワーン (作詞:谷川俊太郎 みんなのうた)
- むかしはえっさっさ (作詞:おうち・やすゆき)
- もしもしはいはい (作詞:名村宏)
- 愉快な町の風船屋 (作詞:結城ふじを、歌:安田章子)
- 鳳来寺山のブッポウソウ (作詞・作曲・編曲:冨田勲、歌:NHK東京児童合唱団 みんなのうた)
[編集] 歌謡曲
- 白いボール (1965年 作詞:鶴見正夫、唄:王貞治)
- レオのうた (1965年 作詞:辻真先、唄:弘田三枝子 ※『ジャングル大帝』主題歌)
- 影を追う男 (1969年 作詞:すぎのりひこ、唄:高城丈二 ※『プロファイター』主題歌)
- クレオパトラの涙 (1970年 作詞:中山千夏、唄:由紀さおり ※『クレオパトラ』主題歌)
- 坂道の教会 (1971年 作詞:八坂裕子、唄:西郷輝彦)
- パーティー (1973年 作詞:八坂裕子、唄:朱里エイコ)
- 孤独におわれて (1973年 作詞:安井かずみ、唄:勝新太郎 ※『唖侍 鬼一法眼』主題歌)
[編集] 合唱曲
- 風車 (1952年 作詞:渡辺阿沙爾)
- 青い地球は誰のもの (1970年 作詞:阪田寛夫)
- ともしびを高くかかげて (1974年 作詞:岩谷時子)
[編集] コマーシャルソング・BGM
- てっちゃんのうた (1961年 作詞:宮崎博史、唄:松島トモコ ※「カネテツデリカフーズ」のCMソング)
- 高島屋 ローゼンタール (1972年 作曲)
[編集] 校歌
- 愛知県岡崎市立本宿小学校校歌 (作詞:本校職員) ※冨田の母校
- 愛知県岡崎市立藤川小学校校歌 (作詞:浅岡美徳)
- 福井県丸岡町立磯部小学校校歌 (作詞:坂本政親)
- 埼玉県所沢市立若松小学校校歌 (作詞:はら みちを)
- 愛知県岡崎市立東海中学校応援歌(作詞:浅井森一)
- 愛知県岡崎市立福岡中学校校歌 (作詞:浅岡美徳)
[編集] 交響詩・交響組曲
- 子どものための交響詩『ジャングル大帝』(1966年) - 文部省芸術祭奨励賞受賞
- こどものための交響詩『銀河鉄道の夜』(1972年) - 「音楽ってたのしいな」(TBSブリタニカ)の2枚組LPの2枚目片面に収録
- 交響詩『大地に花が歌う』(1990年)
- 源氏物語幻想交響絵巻(1998年)
- 仏法僧に捧げるシンフォニー(2006年)
[編集] ディスコグラフィー
- 子どものための交響詩 ジャングル大帝(1966年)
- スイッチト・オン・ヒット&ロック(1972年)[10]
- 月の光(1974年)
- 展覧会の絵(1975年)
- 火の鳥(1976年)
- 惑星(1977年)
- 惑星 ULTIMATE EDITION (2011年)
- 冨田勲の世界(1977年)※シンセサイザーによる組曲『銀河鉄道の夜』収録
- 宇宙幻想(1978年)
- バミューダ・トライアングル(1978年)
- ダフニスとクロエ(1979年)
- 大峡谷(1982年)
- ドーン・コーラス(1984年)※ドーンコーラスや星からの電波の波形を音に変換し音源として使用。
- マインド・オブ・ザ・ユニバース(ライブアルバム)(1985年)
- バック・トゥー・ジ・アース(ライブアルバム)(1987年)
- 蒼き狼の伝説(1992年)※NHKスペシャル「大モンゴル」サウンドトラック
- 新日本紀行 冨田勲の音楽(1994年) - NHK「新日本紀行」サウンドトラック
- 『ナスカ幻想』(1994年)※「鼓童 with 冨田勲」名義
- バッハ・ファンタジー(1996年)
- 源氏物語幻想交響絵巻(2000年)
- 「21世紀への伝説史 長嶋茂雄」サウンドトラック(2000年)
- 「千年の恋 ひかる源氏物語」サウンドトラック(2001年)
- 「ジャングル大帝(劇場版)」サウンドトラック
- 「ブラック・ジャック ふたりの黒い医者」サウンドトラック
- 「マイティジャック」サウンドトラック
- 「リボンの騎士」サウンドトラック
- 「ジャングル大帝」サウンドトラック
- 東京ディズニーシー アクアスフィア・テーマミュージック(2002年)
- TOMITA ON NHK(2003年)
- パーティ(2003年)※朱理エイコ名義
- 源氏物語幻想交響絵巻 DVD版(2004年)
- 交響絵巻源氏物語十二支(2005年)
- 鳳来寺山のブッポウソウ/新日本紀行ふたたび(2007年)
- 響(KYO)(2008年)※尺八演奏:藤原道山、SACD録音
- 交響詩ジャングル大帝〜白いライオンの物語〜(2009年改訂版)
- 「たそがれ清兵衛」サウンドトラック
- 「街道をゆく」サウンドトラック
- 「ノストラダムスの大予言」サウンドトラック
- 「風の又三郎 ガラスのマント」サウンドトラック
- 「夜叉ケ池」LPサウンドトラック
そのほか、万国博覧会などのテーマ曲のレコードなど。
[編集] コンサート/イベント
[編集] サウンドクラウド(音の雲)
- 1984年:リンツ・ドナウ川『マインド・オブ・ザ・ユニバース』(ブルックナー音楽祭)
- 1986年:ニューヨーク・ハドソン川『バック・トゥ・ジ・アース』(自由の女神百年祭)
- 1988年:岐阜・長良川(ぎふ中部未来博)
- 1988年:シドニー『オセアニアの夜明け』(オーストラリア建国200年祭)
- 1989年:横浜『スペース・ポート横浜』(横浜港開港130周年記念)
- 1990年:サウンドクラウド・オペラ『ヘンゼルとグレーテル』(1990年 - 1992年)
- 1994年:京都『泉涌寺音舞台』(京都遷都1200年記念)
- 1997年:名古屋『新マインド・オブ・ザ・ユニバース』(ナゴヤドーム落成記念)
[編集] その他のコンサート
- 1976年:ヨーロッパ・ツアー
- 1977年:坂東玉三郎の舞台『天守物語』 日生劇場(原作: 泉鏡花)
- 1978年:エフエム東京『サウンド・カーニヴァル〜シンセサイザー・ランド』公開録音(郵便貯金ホール、YMO初ライブ)
- 1979年:『エレクトロオペラ・イン武道館』(日本武道館)
- 1982年:アルス・エレクトロニカ(Ars Electronica)に初参加
- 1985年:第27回大阪国際フェスティバル〜シンセティック・コンサート『冨田勲の世界』
- 1985年:CASIO SUPER SOUND '85(日本武道館)
- 1991年:府中サマー・フェスティバル'91
- 1993年:福岡ドーム(現ヤフードーム)・オープニングイベント
- 1996年:イレーヌメイヤー超幻実美術館
- 1997年:アルス・エレクトロニカ(Ars Electronica) ミニ・サウンドクラウド
- 1998年:交響絵巻「源氏物語」 初演(NHKホール)
- 1999年:交響絵巻「源氏物語」 ロサンゼルス公演
- 1999年:交響絵巻「源氏物語」 ロンドン公演
- 2001年:高島屋創業170周年記念「京・華舞台」(延暦寺根本中堂)
[編集] 博覧会の音楽
- 1970年:日本万国博覧会 東芝IHI館『グローバル・ビジョンのためのマルチプル・サウンズ』(MULTIPLEX SOUNDS FOR GLOBAL VISION EXPO'70)
- 1972年:第27回鹿児島国民体育大会(太陽国体) 入場行進曲『太陽のマーチ』
- 1975年:沖縄海洋博覧会 日本政府館の音楽
- 1981年:神戸ポート博'81 住友館で上演されたミュージカル『愛と希望のファンタジア~森の詩』、サントリー館のテーマ曲『ウォーターランド』(Portopia'81 Suntory Pavilion Theme Waterland)
- 1985年:科学万博つくば'85 燦鳥館(サントリー館)のテーマ曲(Tsukuba Expo'85 Suntory Pavilion Sound Bird Chorus)、電力館テーマ・ソング『すてきなラブ・パワー』、日本政府出展テーマ館の音楽
- 1986年:長岡市制施行80周年記念 音と光の祭典の音楽
- MOA美術館 『オーロラサウンド』
- ハウステンボス 『サウンドギャラクシー(音の銀河)』
- 東京ディズニーシー 『アクアスフィアのテーマ』(Tokyo DisneySea AQUASPHERE THEME MUSIC)
[編集] ノミネートおよび受賞歴
- 1966年:第21回文部省芸術祭奨励賞 - 交響詩版『ジャングル大帝』
- 1974年:全米レコード販売者協会(NARM) '74年度最優秀クラシカル・レコード - 『Snowflakes are Dancing』(月の光)
- 1974年:第17回グラミー賞 ノミネート(Album of the Year - Classical, Best Classical Performance - Instrumental Soloist without Orchestra, Best Engineered Recording - Classical)
- 1975年:全米レコード販売者協会(NARM) '75年度最優秀クラシカル・レコード - 『展覧会の絵』
- 1975年:第17回日本レコード大賞企画賞受賞 - 『展覧会の絵』
- 1979年:米コンテンポラリー・キーボード誌 ベスト・スタジオ・シンセシスト賞 - 『バミューダ・トライアングル』
- 1979年:第22回グラミー賞 ノミネート(Best Engineered Recording - Classical)
- 1980年:第3回(1979年度)日本アカデミー賞 優秀音楽賞 - 『夜叉ヶ池』
- 1980年:英国レコード協会(BPI) ゴールデン・ディスク - 『Snowflakes are Dancing』
- 1982年:第25回グラミー賞 ノミネート(Best Classical Performance - Instrumental Soloist without Orchestra)
- 1994年:第17回(1993年度)日本アカデミー賞 優秀音楽賞 - 『学校』
- 2001年:第52回日本放送協会放送文化賞 - 放送事業の発展や放送文化に貢献した功績
- 2002年:第25回(2001年度)日本アカデミー賞 優秀音楽賞 - 『千年の恋/ひかる源氏物語』
- 2003年:第26回(2002年度)日本アカデミー賞 最優秀音楽賞 - 『たそがれ清兵衛』
- 2003年:勲四等旭日小綬章受章 - 芸術・文化
- 2004年:著作権協会国際連合(CISAC) ゴールドメダル(LARGEST-EVER賞)受賞
- 2005年:第28回(2004年度)日本アカデミー賞 優秀音楽賞 - 『隠し剣 鬼の爪』
- 2007年:第30回(2006年度)日本アカデミー賞 優秀音楽賞 - 『武士の一分』
- 2007年:第1回エレクトロニクス・アーツ浜松賞
- 2009年:第30回(2008年度)日本アカデミー賞 優秀音楽賞 - 『母べえ』
- 2011年:第30回(2010年度)日本アカデミー賞 優秀音楽賞 - 『おとうと』
- 2012年:2011年度 朝日賞 - 世界を舞台にした作曲家・音響クリエーターとしての活動
[編集] 主な著書
- 電子のゆらぎが宇宙を囁く - 1/fゆらぎ講義(武者利光共著、1985年、朝日出版社、ISBN 4-255-85062-3)
- シンセサイザーと宇宙(1986年、岩波書店、ISBN 4-00-004999-2)
- 音の雲 - ずっと音の響きにこだわってきた(2003年、日本放送出版協会、ISBN 4-14-005443-3)
- ムーグ博士の大いなる遺産(書籍「ムーグ・ノイマン・バッハ」の中のインタビュー記事)
[編集] 脚注
- ^ 冨田勲の功績を評している文献例=
・シンコーミュージック刊「スーパーロック マルチ・キーボードの全貌(1976年)」(日本に於けるシンセサイザーの最高権威)
・エイプリル出版(株式会社エイプリル・ミュージック)刊「ロック&キーボード/シンセサイザー(1978年)」(日本のシンセサイザーの第一人者)
・誠文堂新光社刊「無線と実験別冊 シンセサイザーと電子楽器のすべて(1980年)」(シンセサイザー・ミュージックの第一人者/日本において、そして世界的な場においてもっともミュージック・シンセサイザーに精通している一人) - ^ a b 斉藤明美『家の履歴書 文化人・芸術家篇』キネマ旬報社、2011年、p360
- ^ 作曲家小森昭宏と同期。
- ^ 当時、「楽器」として輸入しようとしたところ、日本ではまだシンセサイザーがほとんど認知されていなかったので、税関から軍事機器と疑われ、税関の検査場で数か月間止められたというエピソードがある。ただし楽器とは関税率が異なる「精密機器」として扱われそうになったので、楽器と証明する必要があったともされている。
- ^ アルバム『展覧会の絵』のライナーノーツに記載された冨田勲自身の解説では、14か月となっている。
- ^ RCAはこの時点でハンス・ウールマンによるシンセサイザー音楽作品『革命のエチュード(RVC-2093』などをリリースした経験があった。
- ^ 第17回グラミー賞3部門にノミネートされた: (1) Album of the Year - Classical, (2) Best Classical Performance - Instrumental Soloist(s) without Orchestra, (3) Best Engineered Recording - Classical.
- ^ アルバム『ダフニスとクロエ』国内盤のライナーノーツから。
- ^ 2003年にDVDオーディオ盤の「惑星」がリリースされた。ただし5.1chではなくセンター・チャンネルを使わない4.1chで構成されている。
- ^ 初期に残した唯一の企画盤、SQ4チャンネルで制作。ただし、冨田の名前は全面には出していない。
[編集] 外部リンク
- ISAO TOMITA OFFICIAL SITE公式サイト
- Tomitamethod.comトミタ研究室公式サイト
- 冨田勲 - Discogs
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