日曜劇場

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日曜劇場』(にちようげきじょう)は、TBS系列で放送されているテレビドラマ枠である。ステレオ放送連動データ放送(2009年4月より)を実施している。

概要[編集]

1956年に放送を開始した、半世紀以上の長い歴史を持つ民放ドラマ番組枠である。放送開始当初より2002年までは東芝一社提供であり、『東芝日曜劇場』の名称で放送されていた。

放送中のドラマ枠としては、自局の金曜ドラマ(金10)、フジテレビ月曜9時台(月9)木曜劇場(木10)、日本テレビ土曜ドラマテレビ朝日水曜21時刑事ドラマNHK連続テレビ小説(朝ドラ)・大河ドラマと共に日本を代表するドラマ枠と言える。

放送開始当時は一話完結ものの単発ドラマを放映していたが、1993年4月より連続ドラマの放送枠に移行した。一話完結時代には、キー局のラジオ東京(KR)→TBSテレビ(TBS)だけではなく、TBSを含むJNN基幹局である北海道放送(HBC)・中部日本放送(CBC)・毎日放送(MBS)・RKB毎日放送(RKB)の計5局が持ち回りで競作していた。また、次回予告の時もタイトルの後に制作局が表示されていた。1975年3月31日腸捻転ネット解消以前は、MBSではなく当時のネット局であった大阪テレビ放送(OTV)→朝日放送(ABC)が持ち回り競作に参加していた。

放送される内容は一話完結時代から、放送時期とほぼ同じ時代を舞台とした作品が中心であるが、昭和30年代から40年代を舞台にした『華麗なる一族』(2007年)や『官僚たちの夏』(2009年)、『南極大陸』(2011年)、江戸末期が舞台の『JIN-仁-』といった放送時期と異なる時代を舞台とした作品も放送されるようになっている。

基本放送時間[編集]

※作品により初回や最終回には時間拡大の場合がある。また、ごく稀ではあるが、それ以外の回で時間拡大を行った番組もある(『GOOD LUCK』、『砂の器』、『JIN-仁-』など)。
※放送開始以来、基本放送時間は幾度となく変動がみられたが、1973年10月7日以降、現在の時間で定着している[1]

歴史[編集]

一話完結時代[編集]

  • 1956年12月2日、「東芝日曜劇場」(とうしばにちようげきじょう)として一話完結のドラマ枠として放映開始。第1回は『舞踊劇 戻橋』(十七代目市村羽左衛門主演)であった。
  • 1958年11月16日に『マンモスタワー』(森雅之主演)を放送。この映像が、同枠の作品でTBSに現存する最古の映像である[2]
  • 1960年には、番組枠そのものが第8回菊池寛賞を受賞した。
  • 1962年11月25日に芸術祭参加作品として、『ひとりっ子』(RKB制作、久野浩平演出)が放送される予定であった。しかし、内容に対してスポンサーが不適当だと判断したという理由により、放送中止となった。しかしながら、テレビ記者会賞の特別賞を受賞した(未放送の作品が受賞するのは、初めてであった[3])。この作品は、日本民間放送労働組合連合会によって全国各地でスライド上映が行われたほか、舞台化・映画化もされるなど、話題となった。
  • 1963年に出版された書籍『愛と死をみつめて』を、翌年に初めて映像化したのがこの番組である。なお、これらの時期に制作されたVTR収録のドラマ(他局含む)は当時のVTRの事情などで、大半が消去されて現存せず(テープが非常に貴重で使い回されていた)、TBSが1960年代に制作したドラマでは希少な現存作品となっている[2]
  • 1967年1月15日放送の『女と味噌汁』(池内淳子主演)では、TBSのドラマ番組で初のカラーVTR制作となった。
  • 1968年10月20日放送の『からくりや儀右衛門』(山村聰主演)では、当番組のスポンサーである東芝の創業者田中久重と妻・よしを中心に蒸気船開発における意気込みをホームドラマ形式で描いた。
  • 1969年9月21日放送の『ゴンズイとキス』(梓みちよ主演)以降はすべてカラー作品となった。
  • 1972年12月31日には、同年4月に逝去した伊志井寛の功績を讃え、名シリーズ『カミさんと私』の最終作(第32回)が再放送された。この年以前にも、12月31日(大晦日)が日曜日となった年には日曜劇場が放送されたことがある。
  • 1973年10月7日放送から、放送時間が30分繰り上がり、21:00開始に変更された(それまでは時期によって放送時間が変わっていたのと、TBS制作の30分ドラマ放送のため)。
  • 1993年3月28日の『おんなの家』(第16回)をもって、開始から1877回続いた単発ドラマ枠としての放送が終了した。これと同時に、JNN基幹局の持ち回り制作も終了した。

連続ドラマ時代[編集]

  • 1993年4月の『丘の上の向日葵』以降は、現在の連続ドラマ枠となり[4]、これ以降はTBSの局制作またはTBSと製作プロダクションとの共同制作だけとなる。
  • 2002年9月、東芝がスポンサーを降板し[5][6]「東芝日曜劇場」としての放送は終了。翌10月からは複数社提供[7]となり、「日曜劇場」に名称が変更され、現在に至る[8]。なお、東芝は2009年10月期の『JIN-仁-』以降で、複数のスポンサーのうちの一社として7年ぶりに復帰している。スポンサーについては基本的に初回・最終回の延長放送がある場合でも21時台のみ(延長時間分はパーティシペーション)で提供するが、『南極大陸』(2011年10月期)のように大幅な拡大放送の場合、22時台の番組スポンサー(MBS側がスポンサードセールスを行う時間)を休止して提供する場合がある。

作品リスト[編集]

単発ドラマ[編集]

ここでは、1993年3月までの単発時代に放送された中で、主な作品を紹介する。放送局名のないものはTBS制作。

連続ドラマ[編集]

連続ドラマ枠へと移行した1993年4月以降の作品を紹介する。制作プロダクション名のないものはTBSの局制作[9]

1990年代[編集]

2000年代[編集]

2010年代[編集]

歴代視聴率10傑[編集]

1993年4月以降、連続ドラマでのデータ。ビデオリサーチ社(関東地区)の視聴率データによる。

平均視聴率[編集]

(2014年1月期まで現在)

1位 ビューティフルライフ 2000年 32.3%
2位 GOOD LUCK!! 2003年 30.6%
3位 半沢直樹 2013年 28.7%
4位 華麗なる一族 2007年 24.4%
5位 オヤジぃ。 2000年 24.2%
6位 JIN-仁-完結編 2011年 21.3%
7位 Love Story 2001年 21.0%
8位 スウィート・ホーム 1994年 20.4%
9位 カミさんの悪口2 1995年 20.3%
9位 白い影 2001年 20.3%

最高視聴率[編集]

(2013年7月期まで現在)

1位 半沢直樹 2013年 42.2%(最終回)
2位 ビューティフルライフ 2000年 41.3%(最終回)
3位 GOOD LUCK!! 2003年 37.6%(最終回)
4位 華麗なる一族 2007年 30.4%(最終回)
5位 オヤジぃ。 2000年 28.0%(最終回)
6位 スウィート・ホーム 1994年 26.9%(最終回)
7位 砂の器 2004年 26.3%(初回)
8位 JIN-仁-完結編 2011年 26.1%(最終回)
9位 JIN-仁- 2009年 25.3%(最終回)
10位 Love Story 2001年 24.3%(初回)

なお、単発ドラマ時代の最高視聴率作品は『女たちの忠臣蔵』(1979年12月9日)の42.6%である。

東芝日曜劇場[編集]

前述したが、1956年のスタート以来2002年9月までは、東芝グループによる一社提供の「東芝日曜劇場」という名称であった。

放送開始当時の東芝が放映するCMは、家庭向けの白物家電が中心であり、それに合わせて内容も視聴者年齢層が比較的高い、極めて保守的なホームドラマがメインであったが、サスペンスやミステリードラマも少なからず放映していた。ドラマの場面に登場する冷蔵庫炊飯器電話機などの家電品はもちろん、タクシートラックに付いていた無線機、そして使用されたテレビカメラまでもがすべて東芝製で、壁に掛けられていたカレンダーも東芝が内外に配布している(東芝の企業ロゴ入り)ものであった。珍しいところでは、1996年放送の『その気になるまで』第11話に登場した町工場に置かれていた工業用エアコンプレッサー(ブランド名:TOSCON)も、東芝(現 東芝産業機器システム)製であった。

連続ドラマ枠となって以降は、東芝の主力商品もこの頃から白物家電からパソコン情報通信機器にシフトしたため、広告戦略の点からもドラマの内容が徐々にサラリーマン向け、その後さらに若者向けのものに移行していった。東芝の一社提供終了後も、この路線は継続している。

なお、放送時間が拡大された場合も、現在の「パナソニック ドラマシアター」(※現在は終了)「日立 世界・ふしぎ発見!」と同様、他スポンサーへの交代やスポットCMを挿入せずに、東芝単独で放送されていた。

当時この番組に限り、東芝グループ各社がスクロールで紹介される、30秒間ないし60秒間のCMが放映されていた。

中にはこの番組のみのCMとして「リビングスポット」と称したシリーズも存在した。

スポンサーから東芝が撤退したのを機に「日曜劇場」から改名も検討されたようだが、名前が定着しすぎているからか残された。

オープニング[編集]

開始当初から1986年3月までは、光る東芝の歌オープニングキャッチ、作曲:越部信義)が冒頭に歌われていたが、その後は通常の歌が冒頭で歌われるようになる。タイトルバック前にはカウキャッチャーとして東芝製品のCMがあったが、東芝日曜劇場後期はなくなる。

  • 初代(1956年12月 - 1967年9月) … 映像:未来都市(モノクロ・実写・フィルム録画) / 音楽:「光る東芝」(唄:ダークダックス
  • 2代目(1967年10月 - 1979年3月) … 映像:未来都市(カラー・合成特撮・フィルム録画) / 音楽:「光る東芝」(唄:デューク・エイセス
    • このバージョンからカラーとなる。
    • このバージョンまでは、以前の東芝ロゴ(「Toshiba」と描かれたもの。通称:傘ロゴ)が使用された。
  • 3代目 第1期(1979年4月 - 1982年3月) … 映像:昇る朝日と家族のシルエット / 音楽:「光る東芝」(唄:家族の合唱)
    • このバージョンから音声がステレオとなり、また放送回数を表示。
    • 現在の東芝ロゴが初めて使用されたバージョンである。
  • 3代目 第2期(1982年4月 - 1986年3月) … 映像:昇る朝日と家族のシルエット / 音楽:「光る東芝」(唄:家族の合唱)
  • 4代目 第1期(1986年4月 - 1987年3月) … 映像:昇る朝日と家族のシルエット / 音楽:「愛のめぐり逢い」(唄:ジュディ・オング[11]
    • 映像は3代目と変わっておらず、このバージョンでも「東芝日曜劇場」の文字はロゴ風だった。
  • 4代目 第2期(1987年4月 - 1992年9月) … 映像:昇る朝日と家族のシルエット / 音楽:「愛のめぐり逢い」(唄:ジュディ・オング
    • 「東芝日曜劇場」の文字がナールフォントに変わった。
  • 4代目 第3期(1992年10月 - 1993年3月) … 映像:昇る朝日と家族のシルエット / 音楽:「愛のめぐり逢い」(唄:ジュディ・オング
    • タイトルが画面奥からズームアップするようになった。
    • このバージョンまで放送回数を表示。
    • 単発時代最後のバージョンである。
  • 5代目 第1期(1993年4月 - 1998年3月) … 映像:海と地球 / 音楽:「いつまでも」(唄:大貫妙子
    • このバージョンから連続ドラマとなり、放送回数も表示されなくなった。
    • 2011年現在でも、同曲のインストゥルメンタル版が東芝家電ご相談センターの保留音として使われている。
  • 5代目 第2期(1998年4月 - 2001年9月) … 映像:海の地球 / 音楽:「いつまでも」(唄:大貫妙子)
  • 6代目(2001年10月 - 2002年9月) … 映像:ジョイナス / 音楽:インストゥルメンタル曲
    • 東芝日曜劇場としての最終バージョンであり、複数社提供以降はオープニングキャッチが無くなった。

オープニングの提供読み[編集]

  • 初代:不明
  • 2代目/3代目 第1期:「明日をつくる技術の東芝がお送りする、東芝日曜劇場。」(押阪忍のナレーション)
  • 3代目 第2期:「エネルギーとエレクトロニクスの東芝がお送りする、東芝日曜劇場。」(引き続き、押阪忍のナレーション)
  • 4代目:「先端技術を暮らしの中に。E&Eの東芝がお送りする、東芝日曜劇場。」(小幡研二のナレーション)
  • 5代目 第1期:「東芝日曜劇場。人と地球の明日のために、東芝がお送りいたします。」(林美雄TBSアナウンサーのナレーション)
  • 5代目 第2期:「東芝日曜劇場。この番組は、東芝の提供でお送りいたします。」(引き続き、林美雄TBSアナウンサーのナレーション)
  • 6代目:「東芝日曜劇場。人と地球の明日のために、東芝がお送りいたします。」(若本規夫のナレーション)

クロージング時のタイトルバック[編集]

オープニングと同様に、番組終了時にも番組枠共通のタイトルバックが放送されていた。

  • 1956年12月 - 1986年3月 … 「ではこれで、○○の東芝がお送りした、東芝日曜劇場を終わります。」のアナウンス(エンドカードは「東芝日曜劇場 終 来週をお楽しみに」)
  • 1986年4月 - 1993年3月 … 「提供 TOSHIBA」の提供クレジット表示にあわせて、「この番組は○○の東芝の提供で(が)お送りしました。」のアナウンス(TBS制作作品は岡崎潤司元TBSアナウンサー、それ以外は「この番組は」が省略されていた)⇒東芝製品のヒッチハイクCM⇒「東芝日曜劇場 終 次回をお楽しみに!」のエンドカード+チャイム音[12]
    • ※○○には、当時の東芝の企業スローガン(明日をつくる技術の、エネルギーとエレクトロニクスの、先端技術を暮らしの中に。E&Eの、など)が入り、アナウンスは製作局アナウンサーによるもので、製作局により男性、女性などの違いがある。
  • 1993年4月 - 2002年9月 … 「この番組は、(人と地球の明日のために、)東芝の提供でお送りいたしました。」→次番組のジャンクション→アサヒビールのヒッチハイクCM
    • 5代目と6代目のタイトルバック映像はオープニングと同じであり、ナレーションもオープニング同様、5代目は林美雄、6代目は若本規夫である。

放送局[編集]

現在のネット局[編集]

放送対象地域 放送局 系列 放送時間 備考
関東広域圏 TBSテレビ TBS系列 日曜 21:00 - 21:54 制作局
北海道 北海道放送 同時ネット
青森県 青森テレビ
岩手県 IBC岩手放送
宮城県 東北放送
山形県 テレビユー山形
福島県 テレビユー福島
山梨県 テレビ山梨
新潟県 新潟放送
長野県 信越放送
静岡県 静岡放送
富山県 チューリップテレビ
石川県 北陸放送
中京広域圏 CBCテレビ
近畿広域圏 毎日放送
鳥取県島根県 山陰放送
岡山県・香川県 山陽放送
広島県 中国放送
山口県 テレビ山口
愛媛県 あいテレビ
高知県 テレビ高知
福岡県 RKB毎日放送
長崎県 長崎放送
熊本県 熊本放送
大分県 大分放送
宮崎県 宮崎放送
鹿児島県 南日本放送
沖縄県 琉球放送
秋田県 秋田放送[13] 日本テレビ系列 日曜 12:00 - 12:55 7日遅れ
福井県 福井放送[14] 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
日曜 16:00 - 16:55
徳島県 四国放送 日本テレビ系列

過去のネット局[編集]

※全局共『東芝日曜劇場』時代。系列は現在の系列。

放送対象地域 放送局 系列 備考
青森県 青森放送 日本テレビ系列 青森テレビ開局まで
RABでは日曜16時から放送[15]
山形県 山形放送 テレビユー山形開局まで
福島県 福島テレビ フジテレビ系列 テレビユー福島開局まで
1983年3月まではTBS系列とのクロスネット局
山梨県 山梨放送 日本テレビ系列 テレビ山梨開局まで
富山県 北日本放送 チューリップテレビ開局まで
中京広域圏 東海テレビ フジテレビ系列 1959年5月24日から1960年5月1日まで同時ネット[16][17]
京阪神大都市圏 大阪テレビ放送 KRテレビ系列
日本テレビ系列
放送エリアは京阪神のみ
朝日放送への吸収合併まで
近畿広域圏 朝日放送 テレビ朝日系列 1975年3月まで
1975年3月まではTBS系列局
鳥取県 日本海テレビ 日本テレビ系列 当時の放送エリアは鳥取県のみ
鳥取・島根の電波相互乗り入れまで
山口県 山口放送 テレビ山口開局まで
香川県 西日本放送 山陽放送のJNN加盟まで
愛媛県 南海放送 あいテレビ開局まで
高知県 高知放送 テレビ高知開局まで

備考[編集]

  • 秋田放送・福井放送・四国放送の3局は、「24時間テレビ」放送日に当たる場合、放送時間の変更などが行われる(ともに2004年までは「24時間テレビ」内のローカル枠等を使用して放送していた。秋田放送では2006年は2週分を翌週に放送した)。またその他に週にも、特番などの編成の都合で別の時間に放送されることがある。なお、秋田放送・福井放送・四国放送の3局は、TBSが『パナソニック ドラマシアター』を以って月曜20時台パナソニック一社提供枠の系列外遅れネットを廃止したことに伴い、2013年4月以降は本枠が唯一のTBS系ドラマのレギュラー放送枠となった。
  • 秋田放送・福井放送・四国放送の3局とも、日本生命の一社提供。
  • CS TBSチャンネルでも再放送が行われている[18]
  • また、ハワイの地上波放送局KIKU-TVが、日曜劇場の全ドラマではないが、年1-3作程度の頻度で(2003年のみ4作全て)英語字幕付で放送している。放送される時期は早くとも半年以上後で、最近では2008年5月4日から『冗談じゃない!』(英題:Give me a break!)が放送された。
  • NHK北米地区向け国際放送テレビジャパンが、2006年に『あいくるしい』、2008年に『華麗なる一族』、『パパとムスメの7日間』、2009年に『佐々木夫妻の仁義なき戦い』を放送した。この場合は字幕はなく日本語のみ。

再放送[編集]

  • TBS系列のほぼ全局で、これまでに放送されたドラマから再放送で放映する場合がある。

関連商品[編集]

  • 『SUNDAY BOX ドラマソング・コレクション』(2002年12月11日、東芝EMI
    1993年から2002年までに放送された一部作品の主題歌と、大貫妙子の「いつまでも」を収録したコンピレーション・アルバム

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 1960年台から70年代初期、21時から30分間のドラマ枠が設けられていた時期があり、本番組は21時30分からのスタートだった。また、ナイターシーズン中は、日曜20時枠がプロ野球中継対応の90分枠になるため、30分繰り下がることも少なくなかった
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai 現在も神奈川県横浜市放送ライブラリーで視聴が可能。 番組検索(放送ライブラリー)
  3. ^ 花伝社「放送中止事件50年」より
  4. ^ 編成段階では当時の「月曜ドラマスペシャル」との枠交換で2時間ドラマ枠にする予定だったが、スポンサー料の折り合いがつかなかったと思われ[要出典]、結局連続ドラマ枠になった。
  5. ^ 東芝「日曜劇場」から降板 45年続いた1社提供に幕(47NEWS)(2002.8 共同通信)
  6. ^ 東芝、TBS系「日曜劇場」降板(nikkansports) (2002.08、ウェブアーカイブ)
  7. ^ 基本的に全協賛スポンサー90秒提供。スポンサー表記は企業カラー+白透かしじゅうたんで表記するが、「提供」の文字はいれていない(複数スポンサー初期はカラー表示のみ、かつ「提供」の字幕があった)
  8. ^ ただし、田村正和主演の『おとうさん』と『夫婦。』、『誰よりもママを愛す』(第2話まで)については、今までの「東芝日曜劇場」を思わせるオープニング構成(タイトル出し→スポンサー提示→CM→主題歌)になっている。
  9. ^ ただし、製作部門が分社化された2000年4月から2004年9月までは「TBSエンタテインメント」名義、同年10月から2009年3月は「TBSテレビ」名義。しかしながら従来通り「TBS」の製作・著作のクレジットがあり、二重表示されていた。2009年4月以後は、東京放送が放送持株会社東京放送ホールディングス(TBSHD)』となったことに伴う再編で、TBSテレビが放送免許や「TBS」の略称を東京放送から承継したため「製作・著作 TBS」と表示される。
  10. ^ 当作品と「サラリーマン金太郎3」、及び「太陽の季節」以降の作品はHD(高精細度テレビジョン放送)制作
  11. ^ この曲は1987年に東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン)よりシングル発売された。また、テレビ宮崎では、1990年代に放送された「東芝こどもマンガ劇場」のオープニング・エンディング・CMでこの曲の冒頭から歌い出しまで使用された
  12. ^ 1986年4月の改編以降、TBS・MBS・CBC製作のゴールデンプライムタイム番組のクロージング時、エンドカードと同時にチャイム音を入れ、次の番組をワイプで告知するようになったため。
  13. ^ 1960年台後半は日曜15時00分から、2012年3月までは日曜16時00分から16時55分の間で放送していたが、同年4月の『ATARU』より現在の時間で放送。
  14. ^ 一時期日曜昼頃に放送した後、後に水曜16時00分 - 16時54分に時間変更して放送していたが、2007年3月頃から2009年3月まで一時中断していた。『JIN-仁-』から5年半ぶりに日曜16時00分でのネットが復活した。
  15. ^ 出典:東奥日報1969年10月付けテレビ欄から
  16. ^ 当時のプロ野球中継のネットの関係で、いったん同局に移動していた(この間中部日本放送では、真裏で日本テレビ制作のドラマを放映)。なお番組開始当初は中部日本放送で同時ネット、1960年5月8日より五社連盟結成に伴い中部日本放送へ復帰。
  17. ^ 参照・1959年5月23日付名古屋タイムズ
  18. ^ ただし、当時の東芝日曜劇場の名称は映像処理で伏せている。