熊本県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
くまもとけん
熊本県
20140516阿蘇山広域.jpg
噴煙を上げる阿蘇山中央火口丘カルデラ地形
熊本県旗
熊本県旗
日本の旗 日本
地方 九州地方
団体コード 43000-5
ISO 3166-2:JP JP-43
面積 7,404.89km²
(境界未定部分あり)
総人口 1,794,708
推計人口、2014年9月1日)
人口密度 242人/km²
隣接都道府県 (陸上)福岡県大分県宮崎県鹿児島県
(海上)長崎県
県の木 クスノキ
県の花 リンドウ
県の鳥 ヒバリ
他のシンボル 県の魚:クルマエビ
県の歌:熊本県民の歌
熊本県庁
知事 蒲島郁夫
所在地 862-8570
熊本県熊本市中央区水前寺6丁目18番1号
北緯32度47分23秒東経130度44分29.9秒座標: 北緯32度47分23秒 東経130度44分29.9秒
熊本県庁
外部リンク 熊本県
熊本県の位置

熊本県行政区画図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキポータル 日本の都道府県/熊本県
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

熊本県(くまもとけん)は、日本九州地方の中央に位置する

県庁所在地熊本市政令指定都市)。令制国肥後国に当たる。有明海不知火海東シナ海に面している。また、日本第2位の阿蘇カルデラを持つ阿蘇山が知られる。

名称[編集]

熊本という地名は、古くは隈本と書いた。隈本の由来には諸説あるが、菊池則隆に因むとする伝承がある。「隈本」の名が文献に見られるのは南北朝時代以降で、これを加藤清正が「隈」の字が畏(おそれる、かしこまる)の字を含むため武将の居城の名に相応しくないとして「熊」の字を充てたと言われている。なお「来熊(らいゆう)」「訪熊(ほうゆう)」「帰熊(きゆう)」と一文字で略するときは「熊(「ゆう」と音読み)」を使用する。

地理・地域[編集]

九州本島の中央部に位置し、福岡、大分、宮崎、鹿児島の各県と境を接する。海上で有明海を隔て長崎県とも接する。東部の阿蘇地方に日本第2位の阿蘇カルデラを持つ阿蘇山や九州山地の山々が聳え、西部は熊本平野が有明海に、八代平野および芦北地方のリアス式海岸が不知火海に面する。その間に宇土半島が突き出し天草諸島に続いている。中心都市である熊本市は、市域の70万人超の人口を支える水道水が全て地下水でまかなわれている世界でも稀有な都市である。

気候[編集]

気候は県内全域が太平洋側気候に属し温暖だが、冬と夏で寒暑の差が激しい。冬の気温は緯度の割には寒冷である。

熊本地方
熊本市の年平均気温は約16~17°Cである。有明海に面しているが、熊本平野金峰山阿蘇山との間で盆地を形成するため、内陸型気候に近い。夏場は気温が35℃を越す猛暑になることも少なくなく、夕刻には『肥後の夕凪』と呼ばれる無風状態となるために非常に蒸し暑い。2005年には年間106日の真夏日を記録している。梅雨期の6月7月には年平均降水量約2,000mmのうち約40%が集中する。冬は降雪や積雪は少ないが朝方の冷え込みが厳しく、1981~2010年の統計によると1月は平均12.4日が最低気温0℃以下の冬日となる。
阿蘇地方
山地型気候で、九州随一の寒冷地である。冬は九州山地阿蘇山では毎年多量の積雪となるが、中国地方以東のように豪雪地帯には指定されていない。最低気温も氷点下まで下がることが殆どである。寒気が流れ込むと阿蘇山上では稀に−15°C程度まで気温が下がる。 夏は熊本市周辺が35°C以上の猛暑であっても20°C台の気温が続く冷涼な気候である。阿蘇山上で気温が30°Cに達することはない。降水量も多く年間を通して2,800mm程度と多雨である。
天草・芦北地方
海洋性気候で、寒暖の差が小さい。年平均気温が16~17°C、真冬でも平均最低気温が2~5°C前後と暖かい。年間を通した降水量は2,000mm程度である。
球磨地方
人吉盆地を中心とした内陸気候と山地型の気候であり、寒暖の差が激しい。年降水量も2,400mm程度と多いほか、夏は猛暑日になることもあり冬には最低気温が氷点下まで下がる冬日も多い。
熊本県各地の平年値(統計期間:1971年 - 2000年、出典:気象庁・気象統計情報
平年値
(月単位)
阿蘇地方 熊本地方 天草地方 芦北地方 球磨地方
南小国 阿蘇市
阿蘇乙姫
阿蘇市
阿蘇山
高森 山鹿市
鹿北
菊池 玉名市
岱明
熊本 益城 甲佐 八代 宇城市
三角
上天草市
松島
天草市
本渡
天草市
牛深
水俣 人吉 あさぎり町
平均
気温
(°C)
最暖月 24.0
(8月)
23.7
(8月)
20.2
(8月)
23.9
(8月)
25.8
(8月)
26.8
(8月)
27.4
(8月)
27.7
(8月)
26.8
(8月)
27.3
(8月)
27.2
(8月)
26.9
(8月)
26.8
(8月)
27.7
(8月)
26.8
(8月)
26.0
(8月)
25.8
(8月)
最寒月 1.6
(1月)
1.8
(1月)
−1.6
(1月)
2.0
(1月)
3.3
(1月)
4.1
(1月)
5.1
(1月)
5.4
(1月)
5.1
(1月)
6.2
(1月)
6.6
(1月)
6.0
(1月)
6.0
(1月)
8.3
(1月)
6.6
(1月)
4.2
(1月)
3.8
(1月)
降水量
(mm)
最多月 530.0
(6月)
604.2
(6月)
672.4
(6月)
511.3
(6月)
495.2
(6月)
403.0
(6月)
387.5
(6月)
434.7
(8月)
439.6
(6月)
422.8
(6月)
386.2
(6月)
401.6
(7月)
397.0
(6月)
387.1
(6月)
417.5
(6月)
515.6
(6月)
522.0
(7月)
最少月 52.4
(12月)
61.2
(12月)
75.6
(12月)
56.8
(12月)
46.8
(12月)
43.7
(12月)
39.8
(12月)
49.4
(12月)
52.9
(12月)
51.5
(12月)
44.3
(12月)
54.0
(12月)
65.1
(12月)
75.5
(12月)
52.6
(12月)
62.6
(12月)
48.5
(12月)

自然公園[編集]

国立公園
阿蘇くじゅう国立公園雲仙天草国立公園
国定公園
九州中央山地国定公園耶馬日田英彦山国定公園
県立公園
金峰山県立自然公園、小岱山県立自然公園、三角大矢野海辺県立自然公園、芦北海岸県立自然公園、矢部周辺県立自然公園、五木五家荘県立自然公園、奥球磨県立自然公園

隣接している自治体[編集]

地域区分[編集]

熊本県は、県北・県央・県南の3つに大きく分けられ、さらに11の地域に区分される。 また、県内には14市9郡23町8村(計45市区町村)がある。熊本県では、2003年(平成15年)以降に町村合併で誕生したあさぎり町・山都町・氷川町の3町が「ちょう」としている以外は、町はすべてが「まち」、村はすべて「むら」と読む。

1991年末時点の市町村境界図
2006年3月27日時点の市町村境界図
2011年4月1日時点の市町村境界図
県北

(旧鹿本郡であった熊本市植木町域が含まれることもある)

県央

(旧下益城郡であった熊本市富合町城南町域が含まれることもある)

県南

消滅した市町村[編集]

1991年(平成3年)2月1日以降のもの。それ以前の廃止市町村は熊本県の廃止市町村一覧を参照。

歴史[編集]

先史[編集]

県内で人々が狩猟・採集活動を開始し、生活し始めたのは今から3万年以上前である。現在、県内で確認された最古の石器は、熊本市平山町の石の本遺跡出土の石器群である。アカホヤ火山灰や姶良・胆沢火山灰 (AT) 堆積の地層の確認や放射性炭素年代測定から分かった[1]

古代[編集]

4世紀後半期に宇土半島の基部に摺鉢山(すりばちやま)古墳(宇土市、96m)、迫ノ上(さこのうえ)古墳(宇土市、56m)などの前方後円墳が営まれていた。玉名郡和水町(旧菊水町)に5世紀末~6世紀初頭に造られた前方後円の江田船山古墳がある。同古墳から75文字を銀象嵌した大刀が出土している。

熊本県の領域はかつての肥後国のそれとほぼ重なるが、肥後国は古代においては、「火の国」または「肥の国」と呼ばれていた。これは八代郡ひ郷(肥伊郷)=現在の八代郡氷川流域に古代の多氏の流れを汲む「火君(ひのきみ)」と呼ばれる有力豪族がおり、地域の中心であったことに由来するとされている。肥の国はやがて、現在の佐賀県長崎県の地域をも含むようになるが、7世紀終わり頃に肥前国と肥後国に分けられた。

肥後国は生産力が高い豊かな土地で、地理的にも重要と判断されたため、律令体制下では大国の一つとされた。

中世[編集]

中世には、阿蘇神社の神威を利用して勢力を拡大した多氏後裔の阿蘇氏遠江国から地頭として下り球磨郡に土着した相良氏大宰府の府官であった菊池氏といった豪族が勢力を伸ばした。南北朝時代は、後醍醐天皇の皇子懐良親王を擁する菊池氏が九州の南朝の中心として活躍した。さらに、南朝方の名和長年の子孫である名和氏も領地がある八代に移った。戦国時代に至って、相良氏は名和氏を追い肥後国南部を支配するが、北部では菊池氏や阿蘇氏の家中はしばしば乱れ、豊後守護の大友氏の介入を招くなどしたため、有力な戦国大名が現れず、国人が割拠する状態が続いた。

近世[編集]

豊臣秀吉の九州征伐により佐々成政が肥後の国主を命じられるが、太閤検地に反対する国人たちによる一揆が起こった。秀吉は成政にその責任を負わせて切腹を命じる一方、一揆に参加した国人たちを徹底的に弾圧し、その勢力は一掃された。その後、秀吉は北半分を加藤清正、南半分を小西行長に分け与え、球磨郡においては相良氏の支配を認めた。

小西行長が関ヶ原の戦いで敗れ滅亡すると、加藤清正がその領地を併せ52万石の領主となった。清正は名城熊本城を築き、また河川・水路を改修して耕地を広げ生産力の向上に努めたため治水の名人として崇められた。しかし清正の死後、息子忠広の代に改易され、代わって細川氏が54万石の領主となった。(熊本藩)支藩として宇土藩熊本新田藩がある。また、家老の松井家は八代城の城代として、3万石を与えられており、事実上の八代支藩の藩主であった。他に肥後国内には、相良氏が治める人吉藩があった。

天草長崎に近く、また、キリシタン大名であった小西行長の領地になったこともあり、キリシタンの数が多かった。関ヶ原の戦い後、唐津藩12万石の領主である寺沢広高の領地となるが、寺沢はキリシタンを弾圧し、また過酷な徴税を行ったことから、1637年(寛永14年)に島原の乱が起こると、住民の半分がこれに参加し、全滅した。乱後、天草は天領となり、初代代官の鈴木重成の尽力によって天草は次第に復興していった。

近代[編集]

1871年(明治4年)、肥後国には熊本県と八代県が設置された、熊本県はその後白川県と改められ、1873年(明治6年)、白川県と八代県が合併して白川県となった。1876年(明治9年)、再び熊本県に改名され、現在の熊本県が誕生した。

主に明治中期までは熊本が九州の中心と見なされ、熊本鎮台・第五高等学校などが設置されたが、1899年(明治32年)博多港開港、1901年(明治34年)日本で最初の近代製鉄所である官営八幡製鐵所創業開始、1911年(明治44年)九州帝国大学設置に端を発して、福岡県の発展が進み経済、教育、政治における九州の中心地が福岡県に移った。(大正9年人口統計では福岡県が熊本県の人口の2倍を超えている)。

第五高等学校教師として夏目漱石小泉八雲が熊本市に住んでいたことがあり、森鴎外も第12師団軍医部長を務めていた時に、熊本市を訪れたことがあり短編小説『阿部一族』を書いた。これは江戸時代初期に肥後藩で実際に起きた、阿部一族が上意討ちで全滅した事件を題材にしている。

人口[編集]

人口は戦後一貫して増加を続け、1995年(平成7年)には約186万人に達した。九州地方第三の都市である熊本市(約73万人)や熊本都市圏に含まれる自治体は人口増加が堅調だが、他の市町村では人口の減少が顕著になってきている。そのため、県全体では2000年(平成12年)頃から人口は減少に転じている。なお、2012年(平成24年)現在、政令指定都市が所在する都道府県では最も人口が少ない。

Demography43000.svg
熊本県と全国の年齢別人口分布(2005年) 熊本県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 熊本県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
熊本県(に該当する地域)の人口の推移
1970年 1,700,229人
1975年 1,715,273人
1980年 1,790,327人
1985年 1,837,747人
1990年 1,840,326人
1995年 1,859,793人
2000年 1,859,344人
2005年 1,842,233人
2010年 1,817,410人
総務省統計局 国勢調査より

政治・行政[編集]

国政[編集]

衆議院小選挙区が5。参議院では、全県で1区を構成。

県政[編集]

歴代知事(公選)[編集]

財政[編集]

平成24年度[編集]

  • 標準財政規模 4301億9945万円
  • 財政力指数 0.35(都道府県平均 0.46)
    • 財政力指数が0.3~0.4のDグループ(12自治体)に分類されている
  • 経常収支比率 95.0%(都道府県平均 94.6%)
  • 将来負担比率 201.1%(都道府県平均 210.5%)
  • 実質公債費比率 14.6%(都道府県平均 13.7%)
  • 人口100,000人当たりの職員数 1,204.86人(都道府県平均 1,110.90人)
  • ラスパイレス指数 108.8(都道府県平均 107.4)
  • 地方債残高
    • 普通会計分の地方債現在高 1兆5004億200万円
    • 上記以外の特別会計分の地方債(企業債)現在高 392億6800万円

平成23年度[編集]

  • 財政力指数 0.36(都道府県平均 0.47)

県民栄誉賞[編集]

氏名 職業 受賞年月日 備考
山下泰裕 柔道家 1984年8月25日 ロサンゼルスオリンピック柔道無差別級で金メダル
蟻田功 医学者 1988年4月22日 WHO局員として天然痘の根絶に貢献
末續慎吾 陸上選手 2003年10月8日 世界陸上パリ大会200mで銅メダル
チャーリー永谷 カントリー歌手 2005年4月21日 50年にわたりカントリーミュージック一筋に音楽活動を展開
不動裕理 プロゴルファー 2011年12月16日 史上最年少でツアー通算50勝達成
藤井瑞希 バドミントン選手 2012年8月24日 ロンドンオリンピックバドミントン女子ダブルスで銀メダル
垣岩令佳 バドミントン選手 2012年8月24日 ロンドンオリンピックバドミントン女子ダブルスで銀メダル
川上哲治 プロ野球選手・監督 2013年12月12日 読売ジャイアンツの監督として9年連続で日本シリーズ優勝など

※柔道家の内柴正人が2004年9月24日に県民栄誉賞、2008年9月16日に県民栄誉賞特別賞を受賞していたが、2011年の逮捕を受け取り消された。

姉妹(友好)交流地域[編集]

経済・産業[編集]

産業[編集]

  • 2008年(平成20年)度の県内総生産は5兆6049億円である[2]。およそ世界の3分の2の国よりも大きな経済規模を有している[3]。一人当たり県民所得は226.5万円である。

農業[編集]

水産業[編集]

製造業[編集]

  • 近代以後、製造業でめぼしいものが展開せず、第一次産業、第三次産業のウェイトが高かったが、現在ハイテク産業や輸送機械の企業誘致を積極的に行っている。最近では太陽電池関連産業の振興にも力を入れている。

県内に拠点事業所のある主要企業[編集]

工場
支店
  • イケヒコ・コーポレーション(八代市)
営業所

県内に本社のある主要企業[編集]

製造業
商業

生活・交通[編集]

警察[編集]

交通[編集]

空港[編集]

熊本空港(阿蘇くまもと空港)が、熊本県において主な空港である。また、熊本県天草市には、天草飛行場がある。

熊本県の空港に就航している航空会社

鉄道・軌道[編集]

旅客輸送を行っている鉄道。

バス事業者[編集]

路線バスは、熊本都市圏では熊本市交通局(市営)・九州産交バス(産交)・熊本電気鉄道(電鉄)・熊本バス(赤バス)・熊本都市バス(都市)の5事業者が運行しているが、都市圏以外は産交バスが大部分の地域をカバーしている。高速バスも産交がほぼ独占し、一般道経由の長距離路線もいくつかある。路線網は熊本市中央区の熊本交通センターをターミナルとして各方面へ伸びている。

県外からは西鉄バス大牟田(福岡県から)や南国交通(鹿児島県から)などの乗り入れがある。

道路[編集]

航路[編集]

医療・福祉[編集]

災害拠点病院
保育所

教育[編集]

専修学校
特別支援学校
高等学校
中学校
小学校
幼稚園

マスメディア[編集]

新聞[編集]

地方紙
ブロック紙
全国紙

※産経新聞は、2009年(平成21年)9月30日付までは。産経新聞大阪本社発行で午後6時(18時)締切の早版(6版)を委託販売(西日本新聞販売店からの委託)していたが、同年10月1日付より産経新聞西部本部(旧・九州・山口本部)発行の「産経新聞九州・山口特別版」を販売している。(毎日新聞販売店からの委託)

雑誌[編集]

テレビ[編集]

遠距離受信

ラジオ[編集]

過去にはエフエムたまな(コミュニティ放送局)も存在したが、2006年(平成18年)4月をもって閉局。

遠距離受信
FM
大分以外のラジオ局(エフエム福岡CROSS FMラブエフエム国際放送エフエム佐賀エフエム長崎エフエム宮崎エフエム鹿児島)は聴くことができる。ただし福岡、佐賀は熊本市以北(ラブエフエム国際放送に関しては出力が1kWと高いためこの限りではなく、他局よりも聴取が容易)。長崎は宇土や天草でも聴くことができる。鹿児島は阿久根局が100Wと高出力のため県北でも聴ける。宮崎は高千穂に近い山都町などで聴くことができる。
AM
RKBラジオKBCラジオNBCラジオ佐賀長崎放送南日本放送を聴くことができる。また、FMと同様宮崎放送は山都町等で聴くことができる。阿蘇では大分放送南海放送を聴くことができる代わりに、2局の周波数に挟まれる形となる南日本放送は混信で聴取が困難。なお、NHK山口放送局も容易に受信できるが山口放送はNHK熊本放送局による混信で聴取が困難。

ケーブルテレビ局[編集]

文化・スポーツ[編集]

方言[編集]

方言は熊本弁(八代弁、天草弁、球磨弁など含む)が話される。

食文化[編集]

郷土料理

伝統工芸[編集]

経済産業大臣指定伝統的工芸品
伝統工芸品

スポーツ[編集]

観光[編集]

名所旧跡[編集]

観光スポット・祭事・催事[編集]

このほか、県内各地に数多くの温泉地がある。

その他[編集]

くまもとアートポリス
熊本県が1988年(昭和63年)から進めている建築文化事業。安藤忠雄葉祥栄青木淳伊東豊雄山本理顕妹島和世レンゾ・ピアノ等多数の著名建築家による建物、構造物が県内67ヶ所(2008年(平成20年)3月現在)に建設されている。
熊本県野外劇場(アスペクタ)
世界一のカルデラの村南阿蘇村にある世界最大級の野外コンサート場。有料イベントが開催されていない時は無料で入場できる。ピクニックをしたり BBQ やキャンプ、PV撮影など色々な使い方ができる。また、阿蘇の五岳を見ながらの野外結婚式も行われている。

熊本県を舞台とした作品[編集]

熊本県出身の人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 板楠和子「火の国の形成」 松本寿三郎・板楠和子・工藤敬一・猪飼隆明『熊本県の歴史』山川出版社 1999年 10ページ
  2. ^ 平成20年度熊本県県民経済計算の概要
  3. ^ World Economic Outlook Database

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
観光
先代:
熊本藩

八代県

行政区の変遷
1871年 -
(熊本県→白川県→熊本県)
次代:
-----