西田厚聰
西田 厚聰(にしだ あつとし、1943年12月29日 - )は、日本の実業家。株式会社東芝の会長(2009年6月 - )。東芝のパーソナルコンピューター(パソコン)事業を興した功績者の一人。
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[編集] 経歴
三重県出身。1968年3月 早稲田大学第一政治経済学部を卒業し、1970年3月に東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。大学院では、西洋政治思想史を研究した。学生時代に、日本政治史の研究で来日したイラン出身の女性と出会い、結婚。イランに渡り、東京芝浦電気(現・東芝)と現地資本の合弁会社に入社、1975年5月に東京芝浦電気に入社する。
1984年に東芝ヨーロッパ社上級副社長に就任。パソコン事業の創始に携わる。1992年に東芝アメリカ情報システム社社長に就任すると、業績不振に陥ったアメリカのパソコン事業を1年で立て直す。1995年にパソコン事業部長、1997年に取締役、1998年に常務、2003年に執行役専務。パソコン事業を興した功績者として、社長候補の本命となる。2003年度にパソコン事業が赤字に転落すると、西田が手腕を発揮。2003年度第3四半期に142億円の赤字であった決算を、2004年同期に84億円の黒字に転換し、驚異的な回復を果たす。これが決め手となり、2005年6月、岡村正に代わり東芝の社長に就任した(岡村は会長に就任)。2009年3月、サブプライムローンを発端とした世界金融危機により、2009年3月期決算で2800億円の赤字に転落した結果、2009年6月の株主総会後に社長職の退任と会長への就任が発表された(後任社長には佐々木則夫が就任)。
[編集] 経営手腕
社長に就任後は、事業整理によって財務体質を改善した岡村時代の経営基盤を引き継ぎ、東芝として前例がないほどの積極的な設備投資に打って出た。原子炉技術大手のウェスティングハウス・エレクトリック社を54億ドル(約6210億円、1ドル115円で換算)で買収することを決定するなど、2006年度からの3年間で2兆4000億円の投資計画(2003年度から2005年度の設備投資は1兆1323億円)を発表した。
[編集] エピソード
Twitterに「TOSHIBA_Nishida」名義のアカウントが登録されており、会長としての視点からビジネスのあり方についての考えなどが綴られていた。そのため、日本の製造業では珍しいTwitterを開始した経営者だと思われていたが、記者の取材に対し東芝広報室では西田本人のアカウントではないと回答した[1]。その後、同アカウントは何者かによるなりすましであることが判明し、削除された[2]。
[編集] 脚注
- ^ Taro Kamematsu『Twitter / Taro Kamematsu: 会長ご本人ではないみたい。東芝広報室に確認したら「違 ...』ツイッター、2010年2月16日。
- ^ Taro Kamematsu『Twitter / Taro Kamematsu: 東芝の西田会長を名乗るつぶやきが「@TOSHIBA_Nishida」というアカウントで...』ツイッター、2010年2月18日。