IHI

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株式会社IHI
IHI Corporation
IHI logo.svg
IHI head-office building.jpg
豊洲IHIビル
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7013
名証1部 7013
福証 7013
札証 7013
略称 IHI、石播
本社所在地 日本の旗 日本
135-8710
東京都江東区豊洲三丁目1番1号
豊洲IHIビル
設立 1853年創業 法人設立1889年(明治22年)1月17日
業種 機械
事業内容 建設機械航空エンジンプラント
代表者 代表取締役社長兼CEO 斎藤保[1]
資本金 957億62百万円
発行済株式総数 1,546,799,542株
売上高 連結:1兆2,560億円
単独:5,894億円
純資産 連結:2,992億円
単独:1,928億円
総資産 連結:1兆3,642億円
単独:9,360億円
従業員数 連結:26,618名
単独:7,982名
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)4.11%
日本トラスティ・サービス信託銀行(東芝退職給付信託口)3.77%
第一生命保険3.68%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口)3.41%
みずほ信託銀行(退職給付信託みずほ銀行口)2.97%
IHI共栄会1.91%
日本生命保険1.62%
関係する人物 土光敏夫
稲葉興作
永野治
碓井優
真藤恒
外部リンク http://www.ihi.co.jp/
特記事項:各種経営指標は2013年3月期
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株式会社IHI(アイ・エイチ・アイ、英:IHI Corporation)は、重工業を主体とする日本の製造会社。

旧社名は石川島播磨重工業株式会社(いしかわじまはりまじゅうこうぎょう、Ishikawajima-Harima Heavy Industries Co., Ltd,)。2007年7月1日付をもって、従来略称として用いてきたIHIを正式社名に変更した(「H」はHarimaではなくHeavy IndustriesのH)。

概要[編集]

幕末以来160年を超える歴史を誇り、重機などの重工業において、日本を代表する名門企業の一つである。日本の工業技術をリードしてきた企業の一つであり、旧国鉄(現:JR東日本東京駅丸の内側本屋の鉄骨の建造(施工は大林組が担当し、1914年に開業)、永野治による日本初のターボ・ジェットエンジン開発(1945年)、日本国内最大の大型海水淡水化装置建設(1967年)、東京湾アクアライン工事用シールド掘進機納入(1997年)、明石海峡大橋ケーソンやタワー(主塔)の建設(1998年)など、その業績は数多く存在する。

そのため、同社のトップは政財界において大きな発言力を持ち、社外においても様々な場面で重用されてきた。最近では伊藤源嗣日本経済団体連合会(日本経団連)の評議員会副議長を務めていた(就任時は社長、2003年~2007年)。1980年代中曽根康弘首相が進めた行政改革においては、その基本方針をまとめた第二次臨時行政調査会の会長を同社出身の土光敏夫が務め、その主要政策として実行された日本電信電話公社の民営化では真藤恒が同公社の最後の総裁、及び日本電信電話(NTT)の初代社長としてその移行を実現させた。また、稲葉興作1993年2001年日本商工会議所の会頭であった。

元来独立系の企業だが、土光敏夫が三井グループの東京芝浦電気(現:東芝)の再建に関わって以来東芝と密接な関係にあるため、三井グループを構成する二木会(社長会)・三井業際研究所(二木会直轄のシンクタンク)・綱町三井倶楽部(三井系の会員制クラブ)及び月曜会(三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合)に加盟している。一方、旧石川島重工業と旧第一銀行とのつながりから、メインバンクはみずほ銀行であり、IHIは旧第一勧銀グループにも属しているといえる。

2012年10月からコーポレートメッセージを「Realize your dreams」とした[2]

沿革[編集]

旧石川島重工業[編集]

旧播磨造船所[編集]

  • 1907年(明治40年) - 播磨船渠株式會社設立。兵庫県相生村(現在の相生市)に船渠建設開始。
  • 1909年(明治42年) - 播磨船渠が解散。同年に起きた建設中の事故により船渠が崩壊し、出資者が事業意欲を失った事が原因とされる。
  • 1911年(明治44年) - 播磨船渠合名會社を設立。旧社の事業を引き継ぐ。
  • 1912年(明治45年) - 船渠完成。播磨造船株式會社に改組・商号変更。
  • 1916年(大正5年) - 株式會社播磨造船所(第一次)に商号変更。
  • 1918年(大正7年) - 帝國汽船株式會社と合併。鳥羽造船所と共に同社の造船部となる。
  • 1921年(大正10年) - 帝國汽船、造船部を株式会社神戸製鋼所に営業譲渡。神戸製鋼所造船部となる。
  • 1929年(昭和4年) - 株式會社播磨造船所(第二次)、神戸製鋼所から分離設立。この時、造船部傘下の鳥羽電機製作所(現シンフォニア テクノロジー)は、神戸製鋼所に残る。

旧呉造船所[編集]

  • 1945年(昭和20年) - 株式會社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
  • 1952年(昭和27年) - 米ナショナル・バルクキャリア (NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
  • 1954年(昭和29年) - 呉造船所、播磨造船所から分離設立。
  • 1958年(昭和33年) - 世界初の10万トン級タンカー「ユニバース・アポロ」就航。
  • 1962年(昭和37年) - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。

石川島播磨重工業・IHI[編集]

事業拠点[編集]

主力工場は次の通り。

  • 航空・宇宙事業[注 1]
  • 機械事業
  • 物流・鉄構事業
    • 砂町工場(東京都江東区)、横浜第一工場(横浜市)、愛知工場、相生生産部(兵庫県相生市)、呉新宮工場(広島県呉市)
  • エネルギー・プラント事業
    • 横浜第一工場、相生工場(兵庫県相生市)
  • その他の事業

主要製品[編集]

総合重工という業態から、取扱製品は多岐に渡る。詳しくは同社ウェブサイト内の製品案内を参照。同業他社と比べると、日頃から目に触れるような一般民生品や耐久消費財が少ない。

船舶・海洋製品[編集]

船舶・海洋事業については、2002年に分社化したアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド、2013年からはジャパン マリンユナイテッドに移行した。

商船・海洋製品[編集]

艦艇[編集]

戦前の日本海軍からの受注は小型艦が主立っていたが(幕末および明治初期に数隻建造したのみで軍艦建造から離れたが、大正期になり駆逐艦建造で復帰)、当時先進的な上陸戦能力を備えていた日本陸軍船舶部隊より、特種船と称す大型揚陸艦強襲揚陸艦)を受注しており主力船2隻を建造している。

戦後は輸出向けに建造されたことはないため、納入先は海上自衛隊のみである。

東京石川島造船所(戦前)[編集]
播磨造船所(戦前)[編集]
石川島播磨(東京)[編集]
アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(横浜)[編集]

官公庁船[編集]

航空・宇宙[編集]

ジェットエンジン[編集]

航空の分野において、IHIはジェットエンジン製造を専業とし、初の国産ターボ・ジェットエンジン「ネ20」は同社の製品である。国内におけるジェットエンジンのシェアは60%を超え、トップである。

国産[編集]
ライセンス生産[編集]

宇宙[編集]

宇宙事業は100%子会社のIHIエアロスペースがその多くを担っている。

機械事業[編集]

物流・鉄構事業[編集]

エネルギー・プラント[編集]

  • 事業用ボイラ
  • 産業用ボイラ
  • 舶用ボイラ
  • 排煙脱硫装置/排煙脱硝装置
  • 原子力機器
  • 太陽エネルギー利用プラント
  • 石炭液化ガス化プラント
  • 石油精製プラント
  • 石油化学プラント
  • 大型風力発電設備
  • セメントプラント
  • 医薬プラント
  • 海水淡水化装置
  • LNGタンク/LPGタンク
  • 原油タンク
  • 水処理装置
  • 廃棄物処理装置
  • ガスタービン/ガスエンジン

その他[編集]

  • ディーゼルエンジン
  • 土木・建設機械
  • 農業機械
  • この他、1980年代のF1において、ホンダ製のターボエンジンのタービンにIHI製のタービンが使用されている。
  • 東宝映画『連合艦隊』(1981年8月8日公開)の特撮シーン撮影用・戦艦大和縮尺1/20モデル(船体はIHIクラフト製で、艦橋や煙突、砲塔やマストなどの上部構造物は東宝美術、ならびに、東宝特殊美術(現:東宝映像美術)で製作。完成は1981年1月20日。水冷ディーゼルエンジン搭載。船体内部に3人が搭乗し、速力6ノットでの自力航行が可能。また、火薬を使用して、46cm3連装主砲の発射シーンの再現も可能 。撮影終了後、東京・お台場の船の科学館の玄関脇に屋外展示されていたが、2004年12月、台風並みに発達した暴風雨により破損し、解体処分となった)。

関連会社[編集]

2007年に行った会社名変更に合わせ、子会社も従来の「石川島~」から「IHI~」に名称を改めてきている。また本店住所、出資比率もあわせて記載する。

かつて存在した関連会社[編集]

  • IHIメタルテック株式会社 - 東京都江東区豊洲 100% 2013年10月に主力事業を三菱日立製鉄機械に承継、2014年1月IHIへ吸収合併
  • 株式会社IHIテクノソリューションズ - 神奈川県横浜市磯子区新中原町(IHI横浜事業所内)100% 2012年4月IHIへ吸収合併
  • 株式会社アイメック - 神奈川県横浜市磯子区新中原町(IHI横浜事業所内)2012年7月IHI機械システムへ吸収合併
  • 株式会社IHI知多・E&M - 愛知県知多市北浜町 2010年10月IHI環境エンジニアリングへ吸収合併
  • 名古屋プラスチック・ハンドリング株式会社 - 愛知県名古屋市港区昭和町 2010年10月IHI環境エンジニアリングへ吸収合併
  • 株式会社IHI西播磨サービス - 兵庫県相生市那波南本町 2010年7月IHIビジネスサポートへ吸収合併
  • 株式会社ニッシン - 長野県上伊那郡辰野町 2010年4月IHI回転機械へ吸収合併
  • 株式会社IHI物流 - 神奈川県横浜市磯子区新中原町(IHI横浜事業所内) 2010年1月IHIへ吸収合併
  • 株式会社IHI造船化工機 - 東京都江東区新砂 2010年1月IHIへ吸収合併
  • 東京湾土地株式会社 - 東京都江東区新砂 2010年1月IHIへ吸収合併
  • 株式会社日本ヘイズ - 岐阜県各務原市テクノプラザ 2009年10月IHI機械システムへ吸収合併
  • IHI建機東京販売株式会社 - 東京都千代田区神田須田町、2009年4月IHI建機へ吸収合併
  • IHI精機株式会社 - 滋賀県大津市真野、2009年4月IHI回転機械へ吸収合併
  • 石川島運搬機械エンジニアリング株式会社 - 東京都大田区大森北 2008年石川島運搬機械(現・IHI運搬機械)へ吸収合併

不祥事[編集]

名門であるが故に、日本企業の持つ構造的な問題点を抱えているとも指摘できる。その一つとして、各種公共事業における談合に同社が積極的に関与しているという疑惑が持たれており、2005年に発覚した橋梁談合事件では法人としての同社と個人としての同社元社員が起訴された。

提供番組[編集]

現在

過去

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 田無工場(東京都西東京市)は、相馬事業所への移転完了に伴い閉鎖となった。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]