三井物産

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三井物産株式会社
MITSUI & CO., LTD.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8031
大証1部 8031
名証1部 8031
福証 8031
札証 8031
NASDAQ MITSY
略称 物産
本社所在地 Flag of Japan.svg 日本
〒100-0004
東京都千代田区大手町1丁目2番1号
電話番号 03-3285-1111
設立 1947年7月25日
業種 卸売業
事業内容 情報エネルギー金属機械化学品金融物流資源
代表者 飯島 彰己(代表取締役社長)
資本金 3,396億27百万円
(2009年3月31日時点)
売上高 単体:11兆1,301億円
連結:15兆3,479億25百万円
(2009年3月期)
純利益 単体:△803億29百万円
連結:1,776億7百万円
(2009年3月期)
総資産 単体:4兆6,650億56百万円
連結:8兆3,692億43百万円
(2009年3月31日時点)
従業員数 単体:6,153名
連結:39,864名
(2009年3月31日時点)
決算期 3月31日
関係する人物 益田孝
岩下清周
飯田義一
山本条太郎
森恪
向井忠晴
石田礼助
弘中協
新関八洲太郎
水上達三
池田芳蔵
山下英明
江尻宏一郎
若王子信行
渡邊五郎
外部リンク http://www.mitsui.co.jp/
  

三井物産株式会社(みついぶっさん)は、三菱商事と並んで日本を代表する総合商社であり、三井グループの中核企業である。通称「物産」

目次

[編集] 概要

源流は、明治初期外国の商館に牛耳られていた貿易を日本人の手に取り戻そうと、井上馨益田孝らによって設立された先収会社井上馨の政界復帰に伴い、益田孝らが三井家の支援を得て先収会社の志を引き継ぎその商権等を元に旧三井物産が1876年に設立される。

まだ商事会社という日本語すら無かった為、自らを「物産」と称し、世界に類を見ない日本独特の企業形態である初の「総合商社」として発展。戦前は三井財閥の中核企業であったが、戦後の財閥解体で一時解体。その後1947年に設立された第一物産株式会社を中心に旧三井物産系の企業が再結集し、1959年に大合同がなった。この大合同に参加しなかった企業群にゼネラル物産(現東燃ゼネラル石油)、東食(現カーギルジャパン)等がある。1965年には木下産商を吸収合併している。

戦前の大日本麦酒(現在のアサヒビールサッポロビール)、大正海上火災保険(現三井住友海上火災保険)、三井造船東レ王子製紙、などの三井グループの中核企業には、旧三井物産出身者が設立した企業が少なくないことから、「組織の三菱」に対し「人の三井」と言われる。また、これら三井グループだけでなく、同業の旧トーメン(現豊田通商)は、1920年に三井物産棉花部の棉花部長であった児玉一造が独立して設立した会社でもある。

トヨタ・グループの創設者豊田佐吉の自動織機製造を資金面で支援したことから、トヨタ・グループとの繋がりも深く、カナダや南米の一部の国におけるトヨタの販売会社(ディーラー)に出資する等の関係を継続している。

セブン&アイ・ホールディングスと親密で物流やショッピングセンターの開発などの面で提携している。

2004年11月22日、ディーゼル排気微粒子除去装置(DPF)の性能データ捏造が発覚し、本社社員ら3人の逮捕者を出した(後に1人は不起訴処分となった)。

かつてはテレビ東京の多くの番組のスポンサーだったが、最近でも映画、「子ぎつねヘレン」をテレビ東京とともに制作したり、同局の早朝深夜の通販番組で三井物産の「イオニックブリーズ」を販売している。またTBSとも関係が深い。

[編集] 沿革

[編集] 歴代社長

[編集] グループ企業

[編集] 主な子会社

[編集] 主な関連会社

[編集] その他出資企業

[編集] 三井物産を筆頭株主としている企業

[編集] 三井物産を主要株主としている企業

[編集] 三井物産食品グループ

これはいわゆる企業系列ではなく、物産社と取引のある食品関連企業の企業共同体である。なお、太字については資本的に三井物産の系列下にある会社である。

[編集] 関連項目

[編集] 関連人物

[編集] 外部リンク

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